『ハローハローワーカー』

雲飴ゆきりさんに素敵な絵を頂きました。 Merci pour une vie.

誰かが世界平和を神に祈った。それはよくある話。例えばそう、平凡な女子中学生の少女がいたとしよう、願いがよく叶うよって言われている神社でお願いをする。お賽銭を入れガランガランと鈴を鳴らす。さて、お願い事だ。なにを祈ろう? 恋愛成就、無病息災、家内安全、合格祈願? 少女はどれも選ばなかった。世界が平和になりますように、そう願うのだ。だって少女にはそれしか思い浮かばなかったのだから。

その使い古された願いは叶うだろうか?

 

『ガーデナーの少女』

 

ここでは一日の生活をするのに銅貨一枚で十分お釣りがくる。それは一日の労働で手に入る対価。この世界ではどんな仕事をしても一日の報酬は銅貨一枚。極端に言うなら政治家だってコンビニ店員だって同じ報酬。コンビニなんてシステムないんだけどさ。

ちっちゃなあたしはここで生きている。お日様の下、人様のお庭や花壇、鉢植えをいじるのがお仕事、通称ガーデナー、草や花をきれいに飾るのが好きだから選んだお仕事。有り余った土地に住むここの人たちは庭付き一戸建て? っていうのに好きこのんで住んでいる人も大勢いる。だからあたしの選んだこんなお仕事でも十分に働ける。まぁほとんどが小さな植木や草花をいじるお仕事だけれど、たまに庭を造ってくれと依頼されることもある。スキルはあるのでそれほど苦労はしないが。

あたしは庭付きの家になんて住んでいない。広ければいいのかって思うので人が密集しているメインシティに支給されているワンルームに住んでいる。そこは十分機能的だしまったく生活に困らない。隣人達は人種がばらばら、あたしはモンゴロイドだけどオーストラロイド、コーカソイド、ネグロイド、そしてモンゴロイドと様々な人種がここには住んでいる。人種のるつぼっていうのかな? そんな感じ。そして職種も様々、お隣さんはコーカソイドのバーテンさん、右隣はネグロイドの絵描きさん、あたしの住んでいるフロアだけでも数十種類の職種の人たちが生活している。スキルシステムといって、様々な職業のスキルがこの世界にはあって、それを取得することによってその業種のお仕事ができる。うーん、簡単に言うと免許みたいなものかな? あたしも詳しくはわからないんだけれど。みんな、お仕事の時間帯も活動範囲も違うのであまり普段は会えないが、この世界には休息日というものがある。月末の休息日には誰もかれもが一斉にいろんな所で休む、遊ぶ。……なぜだかあたしの住んでいるフロアの人たちは、特に仲がいいのか休息日ごとに宴会がある。コーカソイドのデジレってお姉さんを中心にみんなでお酒を飲んだりうたったり騒いだりあたしを着飾らせて躍らせたりあたしを追い掛け回したりあたしに無理やりお酒を飲ませたり…… あぁ、そんな話はやめよう。

とりあえずお仕事お仕事、支給されている個人端末を覗く。あぁー、いっぱいあるよ、お仕事…… でもすべてをこなすってワケじゃない。自分のできる範囲で自分のやりたいお仕事を選ぶ、お仕事を選ぶ自由それがここのルール。あたしはなるべく全部の依頼をこなしたいんだけどさっ。ちっちゃなこの身体はひとつしかないんだよね。

どれにしよう? と少しあたしは考える。いい天気だしきょうはお日様の下でお仕事がしたいな、優しそうな人のところがいいな、月のはじめなので少し小さめのお仕事がしたい。そんなふうに色々考えた結果、メインシティの郊外で庭付き一戸建てに住む女性の依頼人に決めた。我ながら適当だなって考えたけどここはそんな世界、お客さんが選ぶんじゃなくてあたしたちが選ぶ世界。

交通手段はとっても簡単、メインシティから出ている「レールカー」に乗ればどこにでもいける、それしか交通手段がないんだけどね、えーっと住所は北地区のBの39か…… 北地区行きのレールカーに乗る。車内は結構広い、ざっとみると様々な人種が乗っている、みんな今からお仕事? それともお仕事の帰り? みんな生き生きとした顔、嫌そうに仕事場に向かう人はいない、だってここでは好きなことがお仕事になるんだから、しかも強制的なお仕事はない、自分のできる範囲でお仕事を選び働くのだ。あたしはここで働く人たちの顔が好き、たとえきつい仕事で疲れていたとしても明るく笑っている人たち。人種の壁を越えて笑いあえる素敵な人たち。この世界はそういうもので満ちている。そんなことを考えている間に目的地に到着する。レールカーから降り、駅前の広場に出た瞬間、あぁ、気持ちいいなと感想が口から漏れた、緑の絨毯を敷いたような敷地にたくさんの鳩がいる、真ん中には太陽の光を反射する噴水の水しぶき、たくさんの人々がいる、観客を集め芸をする人、おしいしいよって声をかけながらフランクフルトを売る人、子供達に風船を配るピエロ、鳩を追いかけて走り回る子供達。あたしはお日様の光を浴びながらその公園を少し歩く、一羽の鳩が目の前で飛び立った、その姿はこの美しい公園に映える。おっと、いけない、いけない、あたしはお仕事をしに来たんだ。……帰りにこの公園に少し寄りたいな。

B行きの路線バスに乗る。街の景観に合わせてレトロちっくなデザイン。すこしうきうきする。流れる景色を見ているとあっという間に依頼人の家に着く。なんだか木造の素敵な外観、お店屋さんをやっているのかな? あたしはかわいらしい音の鳴る呼び鈴を鳴らした。

「こんにちわぁー、ご依頼を受けたガーデナーです」

……

「……あのぉ、誰かいませんか?」

 ぱたぱたと足音がする、家主がやっと気づいたらしい。

「いらっしゃいっ あらっ? かわいいお客さんね」

 綺麗な声、それだけでいい人だなって思う私はほんとにかわいいお客さんなのかもしれない。ひとつに束ねたブロンドの髪が腰まで伸びている、清潔そうなエプロンドレスを着ていて、それが一枚の絵のようにしっくりと似合う女性。あたしは少し見惚れてしまった。……気を取り直して彼女に用件を言う。

「コラリーさんですね。私ガーデナーとして依頼を受けました『みや』と言います、よろしくお願いします」

「えっ あなたが? うふふ、とってもキュートなガーデナーさん、よろしくね」

コーカソイド特有のオーバーリアクションでかわいく微笑むコラリーさん、駄目だ、あたしはこの人が凄く好きかも知れない。少し照れながらあたしはお仕事の話を進める。

「ハーブがちゃんと育たないとご依頼をお受けしたのですが?」

「ええ、そうなのよ、でもまぁ仕事はともかく、まずはお茶にしましょう」

「……えっと、お仕事……」

「うふふっ まずはあなたとお話したいわ、紅茶は嫌い?」

「……いえっ 好きです」

「じゃあお入りなさい、おいしい紅茶を入れてあげる、うふふっ」

 中は小粋な喫茶店? のようなお店だった。木造りの椅子とテーブル、出窓からはお日様の光があたたかく差している。お客さんはいない静かで優しい空間、彼女の人柄を表しているみたいだった。

「このお店は喫茶店なんですか?」

「えぇ、一応パティシエのスキルも持っているのよ、私」

もうすでにテーブルにはおいしそうなお菓子が並んでいた、最初からガーデナーが来たらお茶にするつもりだったのだろう、あたしの見たことのない焼き菓子が並んでいる。

「パスティエーラっていうのよ、それ。私の国のお菓子なの、簡単なチーズケーキみたいなものよ。ほらっ紅茶も入ったから食べてみて」

 しっとりとした濃厚な口当たりの中でしなやかな歯触りと滋味を感じさせる小麦の粒、大量の卵とたっぷりのリコッタチーズのどっしりとしてふわふわした舌触りから立ち上ってくる柑橘系の爽やかな香り…… あぁ、あたしお仕事しに来たのになぁ。

「MIYAちゃんだったわね、いくつなの?」

「ふがっ、……あっ 14です、ごめんなさい、おいしくってこのお菓子、それとみやって発音です」

「うふふっ、みやちゃんでいいの? よかった、お菓子気に入ってくれて。 お店で人気のあった焼き菓子なのよ。じゃあ、お仕事の話をしますね」

 庭にハーブ用の花壇があってそこに植えたいバジルの苗を鉢で育てているのだが、うまくいかないとのこと。ハーブかぁ、そういえばバジルを植えるには今が一番いい時期だ、この地域は気候も湿度もちょうどいい。

「種から育ててるんですか?」

「そうなの、芽は出たのだけどなかなか大きくならなくて、困っていたのよ」

「うーん、土かなぁ、とりあえず見に行きましょう」

 お店の外から見たときはよくわからなかったが庭は綺麗に整理されている。季節の花ごとに花壇があり配置も見栄えがいいように工夫されている。どうしてここまでの知識があるのにガーデナーを呼ぶのだろう? 少し疑問をぶつけてみると、

「あははっ この庭は私が作ったんじゃないのよ」

 そう言ってコラリーさんは笑う、気のせいだろうか、少し寂しそうな笑顔。……などと思っているうちに問題のハーブの花壇にたどり着いた。傍にある鉢の中を覗き見ると出揃った芽の葉が触れ合っていた。

「あっ ちゃんと間引かないと駄目ですよ、いい芽を選んで太くしっかりした芽を残すように、何回かに分けて間引いてください」

「あらっ そうだったの? でも間引いちゃうなんてかわいそうじゃない?」

「大丈夫です、間引いた芽や苗もお料理に使えますよ。きっと狭いところで生えているよりもそのほうがバジルも喜びますよ」

「あらあら、さすがプロのガーデナーさんね、さっそく今晩の料理にでも使わせていただくわ」

その後はいい芽を選んで残していく、二人でいろいろおしゃべりしながら作業をしたらあっという間に終わってしまった。コラリーさんは一人で喫茶店を経営しているらしい。お客さんはあまりというか全然まったく来ないみたいなのでのんびりと暮らしているのかな? ある日、庭にハーブの花壇があるのを思い出して見てみるとバジルが枯れていたらしい、去年まではたくさん生えていたのに私が枯らしちゃったのよ、そう言ってやっぱり少し寂しそうに笑う、なんなのだろう? あたしは気にはなったけど理由は訊けずにいた。

「さて、コラリーさん、後はバジルの育て方を説明します、それでガーデナーとしてのあたしの仕事は終わりですね」

「うーん、みやちゃん、できれば何度かここに通ってくれないかしら? 私だけだとちゃんと育てられるか不安なのよ」

「バジルを育てるのは簡単ですよ、この地区は気候もいいですし、おひとりでも大丈夫だと思いますけど」

「……それでも、必ずちゃんと育てたいの、確実にこの花壇に植えたいの。 お願い、みやちゃん、毎日じゃなくてもいいからうちに来て、それにガーデナーさんは植物の生長を早めることが出来るんでしょ? 私、一年も待っていられないの、だからあなたを呼んだのよ」

そう、ガーデナーのスキルは一年草であろうが二年草であろうが数週間で生長させることができる、でも草花はゆっくり生長を楽しむ方がいいのだけれど、それにこんな簡単な仕事で報酬を貰うのも…… あたしは少し悩んだがコラリーさんの真剣な顔を見て、そして言った。  

「わかりました。鉢から花壇に定植させるまで、数日毎に生長を促しに通いますね」

「ありがとうっ! みやちゃん」

 そう言って、ちっちゃなあたしの身体に抱きついてきたコラリーさんの胸はあたたかかった。あたしはそのあたたかさに埋もれながらこの人がどんどん好きになっていく。

 

 うちに帰るとデジレさんが仁王立ちで待っていた、……あぁー。

 デジレさん、あたしの住んでいるフロアを勝手に(みんなには結構尊敬されているらしい、あたしにはわかんないよ)まとめている女性。ていうか基本的にきれいで素敵な人なのだけど、なぜかあたしには過保護、しかもあたしと違って身体がおっきいんだよね。あぁーって感じ。

「みーやっ おかえり。 あんた、今日はうちでご飯食べなさい!」

 開口一番そんなことを言う、あたしにも都合があるのにさっ。

「……あたしはみやです。 ご飯くらいひとりで食べれます」

「みーやっ 今日はガビーからいい蟹を貰ったんだよ、あははっ うちで茹でて食べようぜっ

「行きます」

 うぅー ……即答してしまった。蟹さん好きだもの。でもガビーさんのかわいそうな顔が浮かんだ、オーストラロイドの陽気なガビーさん、荒れ狂う海の男と本人は言っているが、ただの漁師さんでしょ?

「きょうはいい酒が手に入ったんだ、チャーリーの奴がくれたよ、あははっ」

 左隣のチャーリーさんも今日のかわいそうな人だったのか…… まぁあの人はあたしをからかうからいい気味だ。

「よーし、みーやっ 今日はとことん飲むぞっ」

「……あたし飲めないんですけど」

「き・に・す・る・な」

 ……あぁー。

 蟹を豪快に鍋に突っ込んで茹でる後姿が勇ましい、たまに思う、この人は本当に女性なのだろうか? しかも片手にはワインのボトル、料理に使うんじゃなくてグビグビ飲んでるよ…… 

「あははっ 暴れてやがるぜっ この蟹野郎、あぁっ酒がうめぇなっ」

 ……おっさんだ。

「ああん? なにか言ったか? みーやっ」

「なんでもありません それとあたしはみやです」

 そんなこんなで大笑いで茹でた蟹さんを豪快にばらしてテーブルに並べる。ほんとに豪快ですよデジレさん。さすがに活きが良いだけあっておいしかった。隣に酔っ払いさえいなけりゃもっとゆっくり味わえるんだけど、がはははっと笑い声がこだまする。まぁ ……楽しいからいいか。酔っ払ったデジレさんが少し真剣な目でこっちを見る。

「あんた、今日は北地区に行ったんだって?」

「はい、お仕事です」

「そうか……」

 少し時間が止まる、デジレさんが笑ってないとそんな感じがした。そしてやっぱり少し真剣な目であたしに言う。

「郊外に住んでいる人間てさぁ、結構のんびり生きているから、いろいろ考えちゃう人が多いのよね」

「……」

「あたし達みたいに毎日なにも考えないでせわしなく働いているメインシティの人間と違ってさぁ、暇だと人っていろいろ考えるんだよね、まぁ、あんたみたいなガキにはわからないと思うけどさぁ」

「……あたしは子供じゃないです、ちっちゃいだけです」

「あははっ ガキじゃんあんた、まだまだ子供だよ ……でもさぁ、結局人って行き着くところは一緒なのかもしれないね」

「……」

「……あははっ 酔っ払いの戯言だ、ガキは気にするな!」

 デジレさんはいつものように酔っ払ってわけのわからないことを言う、わけがわからないからあたしはまだ子供なのだろうか? でも少しだけ、デジレさんの言いたいこと、ほんの少しだけちっちゃなあたしは気づいているのかもしれない。気づかないふりをしているのかもしれない…… それから、デジレさんはずっと笑っていた。ここではいつもこういう時間が流れている、あたしの大好きな居心地のいい時間。

「おぅ、子供は早く寝るんだぞっ みーやっ」

「……みやです。今日はご馳走様でした」

「あははっ それはガビーに言ってやれ、おやすみ、みーや」

「おやすみなさい、デジレさん」

 

数日後、そろそろコラリーさんのバジルの草丈がだいぶ伸びているはずだ。ガーデナーのスキルを使うと本当に生長速度がはやい。昨日、個人端末からメールで今日訪問しますと送っておいた。少し駅前の広場でお散歩したかったので、早めに北地区に着くようにレールカーに乗って出発した。やはりこんな時間では車内には人はまばら、だけど働いている人は確実にいるんだ。あたしも頑張ろう、そう思った。北地区の駅を出て少し早い朝、澄み切った朝の匂い、やっぱりここは気持ちいい。さすがにこの時間には芸をする人やジャンクフードを売る人はいない、たくさんの鳩の声だけがこだまする。……少しうるさいかもしれない。一面に広がる芝生の上、くるっくーと鳴く鳩たちの中をお散歩する、まるで緑の絨毯にしろい綿を敷き詰めたみたい。ふと見ると、一羽だけよろけながら歩いている鳩がいる。なぜだろう? とよく見るとその鳩は片足しかない。えっ? そんなのありえない? そう思い近づこうとするとバサバサと羽を広げ、よろけながらも器用に飛び去ってしまった。あたしはその鳩の飛ぶ姿を見て少しだけきれいだなとなぜだか思った。

「お嬢ちゃん、あの鳩が気になるかい?」

 はっと気づくと後ろに背の高いネグロイドのお爺さんが立っていた。優しそうに少し笑っている、笑顔に釣られてあたしはそのお爺さんに疑問をぶつけてみた。

「どうしてあの鳩は片足なんですか? そんなのって ……ありえないんじゃ?」

「ははっ 所詮この世界も完璧じゃないさ、粗はたくさんある、そんなことよりも彼のことをどう思った?」

「彼?」

「ああ、すまない。 わしはあの鳩のことを彼と呼んでいる、はははっ いきなり不躾な質問だったようだね、ふむ、わしは吟遊詩人をやっている、一曲聴いてみるかい? お嬢ちゃん」

お嬢ちゃんと呼ばれるのは慣れてなかったので少し戸惑ったが吟遊詩人さんというのは初めてみた。少し興味があったのであたしは言った。

「よければ聴かせてください」

「貴女のためにうたいましょう、お嬢さん」

 そう言ってお爺さんはうやうやしく礼をする。そんな対応初めてだったので少しこそばゆかった。変わった形の楽器を取り出す、キタローネっていうんだよって教えてくれながら、小さな音と大きな音をかき鳴らしてくれた。音色と音の強弱を派手に変化させてお爺さんがうたいはじめるとまわりにいた鳩たちが一斉に空へと飛び立つ。そういうスキルなのだろうけど、ちっちゃなあたしは素直に感動した。

 

その一羽の鳩には足が一本しかない

 

みんなその鳩を見ると同情する、かわいそうだと言う

そんなことはない、彼は誰よりも気高く生きている

いくら人間たちが餌を与え、懐かせようとしても彼は媚びない

片足で歩き、よろけながらも日々生きる糧だけ人間にもらう

それ以上、人間にかかわろうとしない

誰にも染まらずに自由に飛んでゆける

風にあおられ、倒れそうになっても気にしない

彼にとってはそれも日常のひとつ

暇つぶしにもならない

 

彼が信じるものはなんなのだろう

風をつかめる自由な羽

身体を暖めてくれる太陽

夜道を照らす月

 

きっと一番信頼できるのは自分自身だろう

 

片足で地面を蹴り、風を大きな羽でつかみ、はばたく

その一連の動作は完成された彼自身

一瞬で遠くにいける自分があるから、彼は誇り高く生きてゆける

 

そんなもの持っている人間なんているのだろうか?

彼は気高く、今日も風に乗る

 

 うたが終わると鳩たちが一斉に戻ってきた。その羽音のせいであたしのちっちゃな拍手はかき消された。ふとみるとその中に『彼』が居た、無邪気に仲間達と首を振っていた。

「はははっ お嬢さん、またどこかで会えたら貴女のためにうたいましょう」

 そう言って吟遊詩人のお爺さんは颯爽と去っていった。名前、聞いたらよかったな。

くるっくー、足元にいる『彼』にあたしは少しどきどきした。

 

 コラリーさんのお店に着くと優しい笑顔があたしを出迎えてくれた。やっぱりお客さんは今日も居ない、退屈じゃないのかな?

「みやちゃん、元気だった? あなたのおかげでかなりバジルの芽が大きくなったわ、ほらっ はやく見に行きましょう」

 そういって子供みたいにあたしの手を引っ張るコラリーさん、やっぱりこの人のことあたしは好きだ。花壇の傍の鉢を見に行くと予想通り立派に育っている。あたしは道具箱の中から愛用の鋏を取り出す。

「変わった鋏ね。 ガーデナーさんは特別な鋏を使うの?」

「あっ これはあたしがデザインした鋏です。 ガーデナーになったときに創りました。 あたしって少しだけ ……あのぉ、ちっちゃいから、既製の鋏じゃなんだかカッコつかなかったんです」

なんだかコラリーさんには素直に言えてしまう。恥ずかしいのに。

「うふふっ あなたみたいなかわいいガーデナーさん、なかなか居ないものね、あたしはあなたが大好きよ」

 そんなまっすぐな好意を恥ずかしげもなく向けられると照れる。あたしは少し顔が熱くなりながらハーブの芽先を切っていく。

「ええっ! 切っちゃうの?」

「あっ すいません、説明もしないで、芽先を摘んで脇芽を出させるんですよ。 これを繰り返すことで枝数が増えていきます。植物って不思議なもので真ん中の方の若芽を摘んで行くと、危機感からどんどん大きく育つんですよ」

「へぇー、そうなんだ、さすがプロのガーデナーさんね、カッコいいわよっ みやちゃん、うふふっ」

 だから恥ずかしいんだってば。

「……少し、土が乾燥していますね、庭植えの場合はそんなにいらないのですが、鉢植えは鉢土が乾いてきたら、鉢底から流れ出るまでたっぷりとあげてください」

「はいっ わかりました、ガーデナーさん」

 ……嫌味に聞こえないのがこの人の凄いところだ。あたしはガーデナーが扱える特別な液肥を取り出し少し水で薄め鉢に撒いた。

「見てください」

みるみるうちに脇芽が出てくるバジル。あたしはこの瞬間が好き、植物が一生懸命にお日様に向かって伸びようとする姿。これをみたくてあたしはガーデナーになったのかもしれない。隣にいるコラリーさんを見るとあたしよりもさらに目をキラキラさせながら頑張ってるバジルを見ている。やっぱりこの人は素敵だ。

「さて、少し忙しくなります。 枝数をちょうどよくするまで単純作業の繰り返しですよ。 コラリーさんはお店にいてください、見ていても退屈すると思いますから」

「そんなことないんだけどなっ でも、うふふっ おいしいお菓子を焼いて待っているわね」

……がんばろう。お菓子に釣られたわけじゃないけれど、そんな気持ちになった。作業を進めていると小さな青虫がいた。かわいそうだけど捕殺する。うーん、害虫対策も必要かな? そして花壇にバジルを定植させるために土作りをはじめる、土をいじりながら思う、ほんとうにこの花壇はハーブ用で使いやすい、水はけもよさそうだ、ガーデナーが作ったのかな? 見た感じ一年ほどほったらかしにされていたようだがその割にはそんなに荒れてない、つくりがしっかりしているからだ。うーん、後で聞いてみよう。作業もひと段落してお店に戻るとお菓子のふんわりと甘い匂いが充満していた。あーあ、ここで暮らしたいよ。おなかがすいたら甘いお菓子でいっぱいにちっちゃなあたしを満たすの、そんな幸せな夢を思い描きながらぼーっと突っ立っていると、

「みやちゃんっ 今ちょうど焼きあがったわよ、うふふっ おなかすいたでしょう? 手を洗ってらっしゃい」

手を冷たい水で洗いながら思う、あぁ、ここの子になろうかな、あたし。テーブルにはまた今日もたくさんのお菓子が並んでいる、ちっちゃいあたしに食べきれるのだろうか?

「今日のお菓子は前とは違うんですね」

「そうなのよ、サツマイモとアーモンドの焼き菓子バニラのジェラート添え、ジェラードは自家製よ、今朝作ったの」

本当にここの子にしてくれないかな? 一口食べてみると、

「ふわっ!? あまくってあたたかくってつめたいのっ!? はっ! ……すみません、なんだかあたし ……子供みたい」

「うふふっ 私はみやちゃんのかわいい顔が見れて嬉しかったけど? たくさんあるからいっぱい食べてね」

 その笑顔をみているとあたしは子供みたいでもここではいいか、なんて思った。

 おなかがいっぱいになり、コラリーさんが入れてくれたおいしい紅茶を飲んでいる時にふと、疑問だったことを訊いてみた。

「あの庭はどこかのガーデナーさんが作ったんですか?」

コラリーさんは少し寂しそうに笑う。訊いてはいけないことなのだろうか?

「この庭は私の大切な人が作ったのよ、うふふっ」

そういってやっぱり寂しそうに笑う、あたしにはそれ以上なにも訊けなかった。

 

うちに帰るとデジレさんが仁王立ちで今日は待っていなかった。お仕事にいったのだろうか? ていうかあの人はどんなお仕事をしてるんだろう? 一年以上一緒にいるのに謎だった。このフロアの七不思議のひとつ。いなけりゃいないで少し寂しい、傍にいたらうるさいんだけどさ。少し今日はひとりになりたくない気分、だからあたしは自分の部屋に入らず右隣の部屋をノックした。

「開いてるわよ」

少し男性っぽい太めの声でそう言ったのはネグロイドで絵描きさんのマルトさん、印象派? なよくわからない絵を描いている変な人、あたしは好きなんだけどね。以前、彼女の描いている絵を見てよくわからないですって正直に答えたら「そうだよ、それを君に言わせるために描いたんだ」ってよくわからないことを言われた。なんだかそんなやり取りが妙に楽しくってあたしはこの人が好きになった。悩んだときとか悲しいときにこの人の部屋にいくとなんだか癒される。あたしにとっては魔法使いみたいな人。

「今日はなに描いてるんですか?」

「君の寝顔を描いていた」

 そう言ってこっちを振り返ることもなく、答える。あたしの寝顔見たことあるのっ? ていうかどう見ても人間には見えないんだけど ……たとえて言うなら、アジの開き? そんなのマルトさんは絶対に知らないだろうけど。

「……」

「……」

「お茶を入れてくれ」

「うん」

勝手知ったるマルトさんの部屋、筆入れになっているマグカップを洗い、インスタントのコーヒーを濃い目に入れる。あたしはブラックコーヒーが飲めないので(というかここ以外でコーヒーを飲んだことないよ)砂糖とミルクをたっぷり入れる、それでもあまり飲みたくないけれど、マルトさんの部屋にはそれしかないのだ。

「……」

「……」

「君は…… ちっちゃい『みや』か?」

「……まさかっ 今気づいたんですか?」

「そんなことはない、ほらっ 今、君の笑顔を描いているだろう?」

「さっき寝顔だって言ってました」

「……」

「……」

「今日は良い天気だね」

「そうですね、もう夜ですけど」

「……」

「……」

「お茶を入れてくれ」

「うん」

「……」

「……」

「本当はなにを描いてるんですか?」

「君だよ」

 そう言って微笑んでやっとこっちを見たマルトさん、このアジの開きはやっぱりあたしなのだろうか?

「マルトさん…… お話、聞いてくれますか?」

「なんだい?」

「今、お仕事に行ってる先の、コラリーさんという人なんですけど……」

 かいつまんで事情を話す、少し寂しい笑顔が気になる素敵な人がいること、大切な人が作った庭でハーブを育てていること。

「君はその人のことが好きなんだね」

「はい ……でも大切な人って誰なんだろう?」

「君にとって大切な人はいるかい?」

「いっぱいいます、ここにはもういない ……お父さんもお母さん、おばあちゃんも大切です。 そしてこのフロアに住んでいるみなさんも……」

「その中で自分より大切な人はいるかい?」

 言葉に詰まる、そんな事あたしは考えたこともない。

「……多分、その人は、そんな大切な人のことを想っているんだろうね」

「あたしは、どうすればコラリーさんのっ なにか……できることはあるんでしょうか?」

「……少女の微笑みは天使の微笑み」

「へっ?」

「天使が笑うと人間は歓喜に満ちるものだよ」

 そう言って、今描いていた絵をあたしの眼前にかざすマルトさん、だからっ アジの開き以外には見えないんだって。いきなりだったので失礼だけどあたしは少し笑ってしまった。

「みやは笑っているほうがいいね、やっぱり」

 

今日はコラリーさんの家へ行く最終日になる予定。先日見た様子であれば、もう立派に花壇に定植させることができるだろう、花壇の土も少し手を入れたので今頃ちょうどよい塩梅だと思う。後は花を咲かせないように気をつけるだけだ。

北地区行きのレールカーにも、もう乗りなれた。駅前広場に着くと相変わらずのたくさんの鳩たち。『彼』は見当たらなかった。吟遊詩人のお爺さんも見当たらない。きっと次にくる時には会えるだろう、仕事が終わってもコラリーさんのお店にはちょくちょく通うつもりだ、あのお菓子はちっちゃなあたしを虜にしている。あぁ、コラリーさんちの子になりたい。

 コラリーさんのお店に着くといつもの優しい笑顔があたしを出迎えてくれた。やっぱりお客さんは今日も居ない、ちゃんと営業しているの?

「みやちゃん、今日はついに鉢から花壇に移すのね、うふふっ」

「はい、花壇には元肥を施しておいたのですんなりといくと思います」

「信頼してるわよっ みやちゃん。 さぁ、はじめましょう」

 そういって今日もあたしを引っ張るコラリーさん。一緒に花壇の傍にある鉢の様子をみると、うんうん、立派な苗が育っている。これならちゃんと定植するだろう。あたしはコラリーさんに今日の作業の説明をした。

「バジルって思っているよりもどんどん茂るから株と株の間が10〜15センチ間隔になるように植えたほうがいいんですよ」

「はいっ わかりました、ガーデナーさん」

そうやってちょこんと敬礼するコラリーさん、もう、年上なのにかわいいなこの人は。やっぱりあたしはこの人がどんどん好きになっていく。最後の作業なので少し緊張していたのだけれど彼女の笑顔につられてあたしも笑顔になる。そうして笑いあいながら作業を進めると、あっという間に終わってしまった。

「これでおしまいです。あとは害虫対策ですが、牛乳を霧吹きで吹きかけるとアブラムシなんかも寄ってきませんよ」

 その時、ずっと笑っていたはずのコラリーさんの様子がおかしい。どうしたんだろう? 泣きそうな顔に見える。気のせいだろうか?

「……ありがとう」

そういっていきなりちっちゃなあたしを抱きしめるコラリーさん。

「今日はうちでご飯を食べていって ……ねっ」

そう耳元で囁く。本当にどうしたんだろう? こんな震えた声、初めて聞いた。

「……どうしたんですか?」

「うふふっ なんでもないのよ、今日はおいしいパスタをみやちゃんだけにご馳走しちゃうんだから」

 あたしから離れたコラリーさんはもう笑顔だった。そして花壇に定植したばかりのバジルから葉を摘む、まだ少し声が震えていたけれど、この摘みたてのバジルで今日のパスタを作るのよって言いながら笑っていた。

 

その笑顔は…… いつか、みた、あたしの嫌いな……笑顔だった。

 

食事の用意をするから待っていてね。そう言ってコラリーさんは厨房に入った。あたしは少し上の空。だってあんな笑顔を見てしまったから。店を出て、よく整理された庭を歩きながら考える。あたしの一番大切な人のこと、お父さん、お母さん。……また、大切な人が消えちゃうのかな? 少しだけ涙が出て庭の土に染みを作った。こんな気持ちは久しぶりだ。でも理解している、それがこの世界のルール。この綺麗な庭も、立派なお店もぜんぶ……嘘。

「みやちゃんっ お店の中に入ってらっしゃい、おいしいパスタができたわよ」

 このまま帰ろうかとも思ったが、ちゃんと確認しなければならない。確認したい。コラリーさんが何を選択したのか。本当に ……大好きなコラリーさんだから。

「ほらっ バジルとトマトのパスタ。おいしそうでしょ?」

 やっぱり悲しい笑顔でコラリーさんは言う。ちっちゃなあたしはもう耐えることができなかった。

「あなたは消えちゃうんですか?」

「……みやちゃん」

「行っちゃうんですか? あなたもっ!」

「そうよ」

 コラリーさんは笑顔の消えた悲しい顔で答えた。そんな顔見たくなかったのに、あたしはただ確認したかっただけなのに、どうして責めるような口調で言ってしまったんだろう?

「最後にね、ここの花壇で育てたバジルを使って、私の大切な人が得意だったこのパスタを作りたかったの」

最後、その言葉はあたしの心にずんと響く。あぁ、この人はやっぱり選んだんだ。あたしには全然わからない理解できない選択。

どうしてみんな、みんなみんなみんなっ! 

こんなふうに行っちゃうんだろう。

「……」

「うふふっ そんな顔しないでみやちゃん、去年までね、このお店は夫婦で切り盛りしていたの。 本当はレストランだったのよ? イタリアンのお店。私一人じゃ大変だったから喫茶店に変わっちゃったけどね。でも先月でお店をたたんじゃった」

そう言ってコラリーさんは窓から庭を見る。懐かしいものでも見えるような目つきで、きっとそれはあたしにはみえない景色。いつもこの店で、お客さんの来なくなったこの店で、彼女はなにを見てきたんだろう?

「……どうしてひとりになったんですか?」

わかっているのに訊いてしまう、理由なんてひとつしかないのに。それはあたしが子供だからなの? ちっちゃいからなの? でもっ でもさ、せっかく知りあえたのにこのお仕事が終われば……お別れなんて、凄く仲良くなれたのに、もっとおいしいお菓子を食べに来ようと思ったのに、もっともっと…… そんなの…… やだよ。

「彼は言ったわ、自分のできることがしたい、幻じゃなくて、自分の手で掴めるものを手に入れたいって、私と幸せに暮らすのは満足できないの? って喧嘩になっちゃった、うふふっ」

 そう言ってコラリーさんは悲しく笑う。いままで何度かあたしもそんな笑顔を見たことがあった、みんな消える前にはそんな顔をするんだ、ここで、この世界であたしの一番嫌いな笑顔。もう二度と見たくなかった悲しい笑顔。

「彼を追いかけることはしなかった、私になにができるかわからなかったし、 ……怖かったし、それに、彼には絶対来るなって言われていたしね」

「じゃあ、行かなくてもいいじゃないですかっ! ここで暮らしていたらいいじゃないですかっ! せっかく仲良くなれたのに、そんなのっ……」

 大きな声を出してのどが少し痛かった、少し涙も出ているかもしれない、でもあたしより多分……本当はわかっている、だけど、あたしには受け入れられない。

「でもね、しばらくひとりで生きて、ずっとこのあたたかい場所で生きて…… 気づいたの、彼の居ないこの世界は幻なんだって。あははっ あの時、怖がらずに彼についていけばよかった、こんな通知が来るまでっ…… どうして気づかなかったんだろう、私って駄目ね」

そう言ってコラリーさんは黄色い封筒を見せてくれた。

 

それは戦死者の家族だけが受け取れる封筒。

 

「私は行くの、私にできることを探して、私が役に立てることを探して、それは私が選ぶこと、選んだこと、それがこの世界のルールでしょ?」

 あたしはなにも言えなかった、ちっちゃなあたしには ……なにも言えなかった。

「ごめんね、みやちゃん、いろいろよくしてくれたのに悲しませちゃったね、でももう決めていたことだから……せめて最後はあなたの笑顔を見せて、好きなのよ、みやちゃんの笑った顔」

 そう言って悲しく微笑むコラリーさん、すっかりパスタも冷めてしまった。

 

 でもあたしは笑えなかった。

 

しばらくして個人端末にメールが来ていた。

『ささやかながらガーデンパーティーを開きたいと思います。親しい人しかお呼びしていません。ぜひお越しください コラリー』

ちっちゃなあたしは行かなかった。

 

 

それは二年ほど前のお話、あたしがまだこの世界にいなかった頃のお話。

そのお店は北地区では名の知れたイタリアンのお店。

仲むつまじい夫婦がお店を切り盛りしていました。

シェフが大切に育てた採れたての新鮮なハーブをふんだんに使った料理は評判がよく、とても繁盛していたそうです。

とくにバジルとトマトのパスタは最高だと聞きました。

ある日、シェフだった夫が言いました。

こうやって日々暮らしていく、あたりまえのように暮らしていく、だけどその生活の下では人々は悲しい思いをしている。

妻にはわかりません。

どうして幸せだといけないの? どうしてそんなこと言うの?

夫は言いました。

自分のできることがしたい、幻じゃなくて、自分の手で掴めるものを手に入れたい。

夫は妻を置いて戦場に行きます。

妻はそれでも幸せに生きようと努力しました。

夫の思い出、ハーブの花壇に目もくれず、ずっとずっと働きます。

おいしいお菓子を焼いてお店はまた繁盛しました。

ある休息日、ふと、少し庭を散歩してみました。

夫の大切に育てていたハーブはぜんぶ、枯れていました。

妻はお店をやめてしまいました。

 

しばらくして、少しだけ気になったのであたしはコラリーさんのお店へ行ってみる、やっぱりそこにはもう誰もいなかった。ハーブの花壇を見るとバジルの花が咲いていた。もう葉は硬くなってお料理には使えないだろう。

白くてちっちゃなその花はとてもきれいだった。

 

 数日後、BBSでオーストラリアのメルボルンがイタリア軍によって壊滅させられたと聞いた。ネット人口が、また、たくさん減った。

 

この戦争には徴兵などない。

滅びを待つか救いを待つか、それとも自国を護るのか。

個人の意思を尊重し、自国を護る意思のある者だけ参加すれば良い。

世界大戦は現在も続いている。

日々どこかの国が滅んでいる。

 

この戦争には徴兵などない。

 

戦争はもう10年以上続いている。2020年に制定された国際公法によりすべての国の徴兵制度が撤廃された。それを機に人々は荒れ果てた世界を捨て仮想現実で生きている。

 

 

『休息日』

 

 とある休息日、少しメランコリック(マルトさんが意味を教えてくれたので最近使っている)な気分のあたしはゆっくり休もうと部屋に引き篭もっていた。あの人が来るまでは……

 ドンドンドン、ドンドンドン 部屋が揺れる、……うるさいなぁ。

「こらっ みーやっ なに部屋に閉じこもってるんだ、出て来いっ!」

 あぁーって感じだ。ドアを開けるといきなりあたしのちっちゃな腕を引っ張る。

「今夜はバーベキューって聞いているだろう? 何してるんだっ もうみんな盛り上がってるんだぞ、急げっ」

「……そんなの聞いてないです、それとあたしはみやです」

「なぁぁあ! チャーリーの野郎、伝えてなかったのか! せっかくの休息日だ、みーやも今から参加しなっ」

「……あたしの都合は」

「き・に・す・る・な」

あたしのちっちゃな身体をほとんど担いで運ぶデジレさん、ほんとにこの人は女性なんだろうか? あたし達の住んでるフロアのすぐ傍に、小さな公園がある。そこでフロア中の人間が今日も集まっているとのこと。休息日の度にこれだ…… それはそれで楽しいんだけれど、今日は少しそんな気分じゃなかったのに。だけど参加は強制みたい。だって担がれているあたしの身体は自由に動かせないんだもの。……あぁーって感じ。そしてあっという間に公園にたどり着く、わいわいがやがや、本当にほとんどの人がいるよ。色んな人種が混ざり合って独特な雰囲気がある、言葉は共通だけど慣れるまでは昔、このフロアに来たばかりのあたしも戸惑った。ていうか、かなり盛り上がってるし、チャーリーさんなんてもうふらついているし。

「おいこらっ チャーリー、あんた、みーやにちゃんと伝えてなかっただろっ!」

「ネェさん、俺はちゃんとメールを送ったぜ、なぁ、おチビちゃん」

「……あたしはちびじゃないです、ちっちゃいだけです」

「直接言わなきゃ駄目だろうがっ、かわいそうに、みーやひとりで泣いてたぞ」

「泣いてないです、メールは見てませんでした」

「もう、勘弁してくれよ、ネェさん、俺の仕事は夜の蝶だから時間が合わないんだって」

「……夜の蝶、かっこわるい」

「おいおい、おチビちゃん、お兄さんをなめると危ない目にあうぜ、ふふっ 暁の別れでも経験してみるかい?」

「……なんですか? それ」

「チャーリーっ みーやをからかうんじゃねぇよ 今回はお前が悪いんだろっ」

「あたしはみーやじゃないです」

「ネェさんそりゃねぇぜ、俺に頼むんじゃなくて暇なマルトちゃんあたりに頼んだらよかったじゃねぇか」

「暇じゃない」

「こんばんは、マルトさん」

「こんばんは、みや」

「うおっ びっくりしたっ 気配ないんだよっ マルトちゃん、ていうかおチビちゃん、どうして俺には冷たいの?」

「デジレさんおなかすきました」

「わかったっ チャーリー、焼けた肉をもってこい、大量にな」

「だからネェさん、俺は夜の蝶なのよ? わかる?」

「……夜の蝶、かっこわるい」

「おいおいおチビちゃん、何度も言うがお兄さんをなめると……」

「ほらっ 空を見て、みや」

マルトさんが少し男性っぽい太めの声でそう言うとみんな一斉に空を見る。空一面に咲き乱れた星空、そしてこうこうと輝くお月様、完成されたその姿に感心する。それはきっと本物じゃないけれど、幻だってわかっているけれど、ちっちゃなあたしはメランコリックな気分なんて忘れてしまえた。