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歳時記  


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 平成25年(2013) 9月の歳時記     
9月の花言葉 9月の誕生石  9月の星座  旅日記 酔いどれ親父の妄言 calendar

  9月の花言葉 はぎ BushCloverr 
   
思案 内気 想い

 「はぎ」は秋の七草の一つで、古より日本の山野に自生し万葉集に最も多く登場する草花の一つです。カンザシ代わりに萩の花を飾ることは万葉の時代から行われていたようです。黒髪に一枝のはぎの花を挿した可憐な少女を想像します。万葉の頃に広く野山に自生していたはぎは「ヤマハギ」で、現在園芸用に庭に植えられるものは「ミヤギノハギ(センダイハギ)」という種類だそうです。”はぎ”を漢字で書けば草冠に秋「萩」。まさに秋の花です。夏の終わりから花をつけますが、9月がもっとも見頃。お月見の飾り物として欠かせない草花です。
 情熱的な夏が終わり、なんとなく物悲しい雰囲気の野に咲く可憐な花。どことなく寂しげな風情が「思案」「内気」といった花言葉にピッタリです。

  9月の誕生石 アイオライト Iolite
  
 9月の誕生石といえばサファイヤがもっとも有名ですが、近年アイオライトも9月の誕生石として親しまれているようです。アイオライトの和名は菫青石(きんせいせき)。名前から想像するように「青みを帯びた菫(すみれ)色」の石です。サファイアに似ていることからウォーターサファイア(WaterSapphire)ともいわれます。おもな産地はスリランカ・インド・ミャンマー・マダカスカル。産出量が比較的多いことから価格も手ごろのようです。
 アイオライトの石言葉は「誠実・貞操・徳望」。また有名な冒険家が身に着けていたとのうわさから「目標を達成する道しるべの象徴」とされている。
 ついでながら日本のロックバンド”joy”の曲にアイオライトの題名のシングル盤があります。 

9月の星座 山羊座(やぎ座) Capricorn

 
山羊座は黄道12星座の一つで、プトレマイオス(トレミー)の48星座の一つでもあり、もっとも古くから親しまれてきた星座です。
 空気の澄んだ秋の空は星空も綺麗に輝いていると想像しがちですが、意外と地味な星ばかり。9月中旬の南の空にぼんやりと見える逆三角形の星座が山羊座です。 これらの星の配置から山羊の姿を見出すには相当な想像力が必要。古代人は何を夢見て名前を付けたのだろうか。星座占いでの山羊座は12月22日〜1月20日生れの人の星座。これは星占いが始まった頃と現在では星の見える位置、季節が変わってずれが生じているから。

 ちなみに山羊座の姿は上半身が山羊で下半身が魚です。ギリシャ神話に由来するそうです。

旅日記
 8月の終わり、名古屋に所用があり、新幹線でとんぼ帰りするのも何か味気ない気分。かといって他に立ち寄りたい場所も思いつかない。時間は有り余るほどあるが年金生活者である。費用節約から在来線で帰ることにする。時刻表もないのでどれほど時間がかかるか分らない。遅くなるようであれば、あるいは途中で嫌になれば、新幹線に乗り換えればいいと気楽な気分でもある。東海道新幹線と在来線の東海道線はほぼ同じルートで走っている。時間に追われない生活は退屈でもあるが、その時次第の気ままな行動が思いのままである。
 名古屋で横浜までの切符を買う。新幹線のほぼ半分の値段だ。名古屋を14:02発の豊橋行き電車に乗る。かつて私は名古屋に住んでいたことがあるが、当時は国鉄であった東海道線に乗る機会はめったになかった。学生だった頃、豊橋までは何度か行ったが、利用したのは名鉄電車だった。そのほうが早いし、多分値段も安かったような気がする。東海道線を利用した記憶があるのは高校生の時。名古屋から東京まで行ったことがある。高校2年の終業式の日に一人で北海道を旅する目的で出発した。1965年(昭和40年)の3月のことだ。その年の前年に東京オリンピックが開催され、東海道新幹線も開業していた。だが私の持っていた1カ月有効(有効期限は記憶違いかもしれない)の北海道周遊きっぷは行きも帰りも特急列車には乗車できないし勿論新幹線も利用できない(別に追加料金を支払えば乗れたかもしれない)。かといって不満もなかった。新幹線の早さは当時の私には必要がなかった。長旅は、そのこと自体が目的でもあった。
 高校2年の終業式は午前中には終わったと思う。学校から一旦家に戻ったのか、そのまま名古屋駅に向かったのか記憶が曖昧である。戻ったような気もするし、学生服を誰かに預けたような気もする。名古屋駅を何時の列車に乗ったのかも正確に覚えていない。ただ、クラスメートが10人ばかり見送りに来てくれたことはしっかりと覚えている。決して人気者ではなかった私にこれだけの友が来てくれたことに感激した。差し入れに貰ったサンドイッチの味は忘れたが、手を振って見送ってくれたクラスメートの顔は今になっても忘れない。当時はまだたくさん走っていた東京まで直通の急行電車に乗ったと思う。東京まで5、6時間かかったのではと思う。
 今同じように名古屋駅のプラットホームに立って、高校生の時のような高揚した気分にはなれないが、普段と違う事をするのはちょっとした冒険気分にはなる。見送ってくれる友はいないが、あれから50年の月日の流れが突然に消え去ったように感じる。当時と同じままの自分がここに居る思いがする。
 平日の通勤時間帯でない時刻だが、乗客は結構いた。座席に座ることはできたが多少窮屈な思いもする。豊橋には15時頃についた。豊橋から東京方面に向かう列車はすぐにあったが、ここで途中下車することにした。特に目的はないが、私にとって豊橋は思い出の地である。
 豊橋では、結局何をすることもなく駅付近をぶらついて16時ちょうど発の浜松行き電車に乗る。16:33に浜松に着き、16:38発の熱海行きの普通電車に乗る。このまま熱海まで行くのもちょっとしんどい思いもしていたとき、ちょうど一時間ほど経った頃、まもなく静岡駅に到着するとの社内放送があった。車内放送で静岡には17:50に到着し、18:15に静岡駅から沼津行きのホームライナーがあるとの案内があった。210円の追加料金が必要とのことだが、普通電車ののんびり感に少々退屈していたのですぐさまそれに乗り換えることにした。全車指定席なので乗れない場合も想定したが、その時はその時の気分だ。
 沼津行きホームライナーの乗車率は50%にも満たない程度だった。ホームを小走りして急いで乗車券を自動販売機で購入したが、急いだことは全く無駄だった。サラリーマンだったころ、東京駅や新宿駅を出る同じような列車に度々乗ったが、常に満席状態だったことを思うと地方都市の鉄道経営の難しさを(余計なことだが)考えさせられる。ともあれホームライナーは普段は特急列車として使用される列車であろう快適な乗り心地である。途中の停車駅も三島だけである。
 沼津には18:53に着く予定であったが、5分ほど遅れた。その為に沼津を18:55分に出発する熱海駅電車が出発を遅らせて待っているとの社内放送がある。別に急ぐ必要のない私にはどうでもいいと思ったが、待っていてくれると聞かされるとそれに乗らなければ申し訳ない気分にもなる。沼津駅に到着して、急いで待っていてくれる列車に乗る。後で調べて知ったのだが、慌てて乗ったこの電車は私が16:38に浜松駅で乗り静岡駅で途中下車した列車と同じだった。ホームライナーに乗り換えるため静岡駅で25分ほどの待ち時間があったが、その間に普通電車は沼津駅まで先行していたようだ。推理小説のネタに使えるのかなと、束の間の小説家気分を味わう。
 熱海に19:14に着き、19:22発の東京行き電車に乗る。これも後で調べてわかったのだが、この電車は沼津を19:05発。沼津で慌てて待っていてくれた電車に飛び乗ることはなかった。
 このまま乗車していれば20:49には横浜に着く。途中で降りて飯でも食おうかとも考えたが、腹はすいていない。結局横浜まで乗り換えることもなく到着。名古屋を出たのが14:02。6時間半ほど過ぎていたが、途中で1時間ほど時間をつぶしたので、約5時間半ほど要したことになる。着いてみれば、途中退屈であった気分もあったが、それほどの疲れはない。昔を思い出して年をとったことを忘れていたせいかもしれない。とはいえ、高校生の時は東京まで行き、それから更に上野に行って青森行きの夜行列車に乗った。今はそれだけの体力や忍耐力はない。
 


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 平成25年(2013)8月の歳時記     
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8月の花言葉 アマリリス(Amarillis) 
 おしゃべり ほど良い美しさ 内気の美しさ

 アマリリスはアフリカ大陸の南端、喜望峰(Cape of Good Hope)の原産とされるが諸説ある。アフリカ西海岸、ポルトガル、イタリア、そして南アメリカでも原種が発見されているようです。ヒガンバナ科の多年草。初夏に六弁の大きな花を咲かせます。ギリシャ語では「輝かしい」といった意味の花の名前だそうで、昔から羊の世話や田園で働く乙女のシンボルとして愛されてきました。美しい花だが、どこか庶民的。そんなイメージが明るく太陽の下で談笑する健康的な少女達を連想して「おしゃべり」そしてその裏返しの「内気の美しさ」という花言葉になったのでしょう。
 代表的な花の色は赤ですがピンク、白、緑、褐色等、多彩な園芸種があります。今も小学校の唱歌なのかわかりませんが、私の時代には「アマリリスの歌」を歌った記憶があります。日本人の作詞で曲はフランス民謡です。

8月の誕生石 サードオニキス(Sard Onyx) 

 石英の非常に細かい結晶が網目状に集まり緻密に固まった鉱物=カルセドニーの一種で、褐色、白色の平行の縞模様のあるものをサードオニキス。縞模様のないものをカーネリアンと呼びます。語源はギリシャ語で”茶色のかぎ爪”といった意味だそうです。日本では紅縞瑪瑙と呼ばれます。主な原産国はインド、ブラジル、中国。
 
古代より良く知られた宝石で、夫婦の幸福や結婚運を象徴する石として用いられてきたといわれます。夫婦の幸せを守る、結婚運を高める効果のほか、魔よけ、悪のエネルギーから身を守る、意思を強固にする、周囲に流されないという効果があるそうですから、興味があればご活用ください。なお、カーネリアンは石器時代にはナイフなどに加工され、日本でも江戸時代には火打石として使われていたそうです。

8月の星座 わし座(Aquila) 

 8月の中旬、午後9時ごろの南天にわし座が見られます。わし座のα星はアルタイルと呼ばれ、日本では七夕の彦星です。同時刻、七夕の頃は東の空に輝いていました。アルタイルは全天21の一等星の一つで、はくちょう座のα星デネブとこと座のα星ベガの三つの一等星で”夏の大三角”と呼ばれる広大な2等辺三角形を形成しています。古くから知られた星座で、起源は古代バビロニアに遡るとされ、2世紀の天文学者トレミー(プトレマイオス)の48星座に数えられています。
 ギリシャ神話でのわし座は、トロイアの王子ニュメーデース(ガニメデス)が美しい少年であったため、ゼウスが神の宴席の給仕にするため鷲の形に変えてさらったという。鷲はゼウスの使いをする傍ら、毎日下界を飛び、見聞きすることをゼウスに伝える役目を負っていたともいわれます。またゼウスの打つ雷電の矢を運ぶ役割をしていたとされています。

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 酔いどれ親父の妄言・妄想

 韓国政府と北朝鮮政府の開城(ケソン)工業団地再開の交渉を見て、日本と韓国の関係を改めて考え直す。韓国も北朝鮮も同一民族であるが、これほど原則論に固辞するのは多様性のない思想の所為ではないのかと思う。兄弟げんかは激しくなるものとも言うが、あるいは北と南に国家が分断する以前から地域的な対立があったにせよ、こうまで妥協を許さない態度は私には異常に見える。民主主義国家と共産主義国家の違いはあるにせよ、両方とも思想的には何事も妥協を許さない唯一論的な考え方に固まっているように感じる。唯一の物が絶対であり、それに対立するものは排除する以外の考えがない。妥協は敗北でしかないようだ。もっとも、日本は違うと声高に宣言するつもりはない。日本人でも原則論以外は受け入れない者も多くいる。近頃この傾向は強くなっているようにも感じる。しかし、日本人の多くは意識することなく思想の多様性、考え方の多様性を自然と身につけている。神道であれ仏教であれ、唯一絶対の神はいない。俗に言う”捨てる神あれば拾う神あり”の考え方だ。この柔軟な考えが、時に優柔不断に見えて西洋人には理解されにくいが、これこそ誇るべき日本人の特質ではないかと思う。サッカー場に「歴史を忘れた民族に未来はない」と横断幕に掲げられたが、歴史そのものが支配者の都合で書きかえられてきた歴史を日本人の多くが知っている。唯一絶対の歴史はない。たがいに自分たちの都合のいい歴史を振りかざして相手を責めるだけでは未来はない。しかし残念ながら日本人同士なら絶対反対・断固反対は建前で、本音はどこかで妥協する道を探そうとするが、他の民族にはこれは通用にしないと思うべきだ。若かりしときに描いたボーダーレスの世界は夢物語なのかと、この頃は考えてしまう。
 いや、それ以上に日本の現実も怪しくなっている。原則論以外は受け付けない日本人が多くなったと先に書いたが、いわゆるご当地ナンバーについて訴訟に発展した経緯をみるとその思いが強くなる。新聞報道以外の情報を持ち合わせていないので批判は的を得ていないかもしれないが、自分の信じる唯一絶対以外は力ずくでも排除するといった考え方の最たるものではないかと思う。世田谷区が東京都を通して国土交通省に「世田谷」ナンバーを申請し、これが認可された。これに対して反対する住民が差し止めの申し立てをした。勿論、民主主義の国である以上この行為そのものが非難されるべきことではない。何事にも反対者の存在があり、その意見が堂々と述べられるのは民主主義社会の基本である。時に訴訟に持ち込むとしても非難されるものではない。だが、この種の事柄が訴訟にまで発展することなのかと疑問に思う。気に入らないから訴訟する、といった程度にしか私には理解できない。住民訴訟をサポートする者に3人の区議会議員がいる。本来なら区議会で意見を申し立て、そこで議論すべき話ではないか。もし区議会で自分たちの考え方が認められなく、それで訴訟に持ち込んだのであれば、それこそ無駄な費用の支出であろう。反対する理由の一つに多額の公費を使っておかしな住民アンケート調査を実施したことを挙げている。また、反対する理由としてアンケート調査を含めて手続きが民主主義の原則を逸脱していると主張している。また、世田谷ナンバーにすると車の所有者が特定された地域の住民と分かり、プライバシーの侵害になるという。私にはこれらの反対理由はどうしてもこじつけの理由にしか思えない。気に入らないから訴えて困らせてやろうと、そんな程度にしか思えない。行政者が世田谷ナンバーを申請した理由はそれなりの効果を考えてのことだと思う。反対者はそのことには何も触れてはいない。区議会議員であれば議会活動を通して意見陳述をすべきで、これこそ民主主義の基本ではないか。この程度のことでやたらと大衆運動を主導すべきではないと思う。プライバシーの侵害については、私にはまったく意味がわからない。世田谷区民であっては都合が悪いのだろうか。世田谷区民は日本社会から嫌われているのだろうか。住んでいる地域が特定されるというが、世田谷区は過疎地ではない。車の登録台数も万単位であろう。
 いつものことながら、こんなことを書き綴ってから、おれも実につまらん人間だと落ち込む。この先社会に何一つ貢献できる身でもないのに、ああだこうだと言い張ってみたところで何の役にも立たないことは承知している。まあ、これも自分自身のストレス解消であるので、酔っ払いの戯言と聞き流して、いや、読み流してください。


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 平成25年(2013)1月の歳時記     
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1月の花言葉 椿(ツバキ)  
 花言葉 控え目な美徳 最高の愛らしさ

 ”ツバキ”の語源は葉に艶があることから「艶葉木」とされ、それが転じてツバキとなったという説。あるいは葉が厚いことから「厚葉(あつき)」とされてそれが転じたという説。また常緑の葉であることから「寿葉木(すはき)」とされ、それが転じたという説等いろいろありますが、いずれも花弁ではなく葉の特徴を語源としています。優雅な花を咲かせて、春を告げる花の代表としては少々残念な気もしますが、花のない季節のツバキの木はその葉の存在感がそれだけ際立っているのでしょう。花言葉の控え目な美徳の意味が理解できる気がします。そしてまた、赤や白を代表とする花の色は控え目ながらときに大胆に自己主張する女性をイメージさせてくれます。日本を原産地とするのは「ヤブツバキ」。太平洋岸に広く分布し、内陸部に自生するものは「ユキツバキ」として区分しているようです。伊豆諸島、大島に咲くツバキを想像するとあんこ椿の歌詞とともに日本の原風景が蘇る気がします。因みに「花椿」は春の季語ですが「寒椿」は冬の季語。万葉集の時代からもてはやされた椿ですが、茶の湯の場を飾る花として江戸時代には多くの品種が栽培された。西洋には18世紀後半にフィリピン産のツバキが宣教師によってスペインに伝えられ、その宣教師の名をとって”Camellia"と呼ばれています。ヤブツバキの原種は一重咲きですが、西洋では八重咲きの大輪が好まれたようで、品種改良によって多くの種類がある。

1月の誕生石 ガーネット(Garnet 柘榴石) 
 石言葉 真実 友愛 忠実 勝利

 日本では原石が柘榴に似ていることから「柘榴石(ざくろいし)」と呼ばれていました。ガーネットの語源はラテン語で種子を意味する「granatus」から。古来より実りの象徴の石として扱われたようです。主な原産国はアフガニスタン、インド、スリランカ、ロシア、オーストラリア、ブラジル等で世界各地に広く分布している。ガーネットは成分によって10種類以上に分類され、その色も赤、オレンジ、黄色、緑色と多彩。日本では赤い色彩のものがガーネットの代表として用いられてきましたが、近年ではグリーン系のガーネットが珍重されているようです。特にロシアで産出される黄色味がかったグリーンの色彩のデマンドイドガーネットはダイヤモンドのような輝きがあり高価なものとして扱われています。
 実りの石として用いられていたガーネットは、中世のヨーロッパでその血のような赤い色が一族の結束をあらわすものとして王族の紋章として使われと言われています。また信頼と愛の石として不変の愛を誓う人の間で贈られたようです。また、実りの象徴の意味から目標に向かって努力する人のお守りとしても重用された。ガーネットは宝石として用いられるほか、硬度が高いこと、種類によっては比較的多く産出されることから研磨剤としての利用もされています。

1月の星座  オリオン座

 冬は星が美しく輝いて見える季節。夜空を見上げるのは少々寒いが、ダイヤモンドのように輝く星を眺めていると心が温かくなる。冬の空に瞬く星の数が多い分、よく知られた星座も多く、かつはっきりと見える。そのなかで圧倒的な存在感のあるのがオリオン座。オリオン座は1月に限らず冬の季節を代表する星座。とりわけオリオンのベルトに位置する三つの星は神秘的な輝きで人を魅了する。その配置はエジプトのギザにある三つのピラミッドの配列と似ているという人もいる。ギリシャ神話でのオリオンは海の神ポセイドンとミノス王の娘エウリュアの間に生まれた子。狩りの名手であったが乱暴者であったことと、その自慢話に怒った神がサソリを足元に放ち、その針の一撃で殺してしまった。オリオンもサソリも星座となって夜空に輝くが、さそり座が東の空から昇る季節にオリオン座は西の空から姿を消してゆく。日本でもオリオン座の三つの星は古来より注目されていたようで、住吉神社に祀られている住吉三神である底筒男命(ソコツツノオノミコト)、中筒男命(ナカツツノオノミコト)、表筒男命(ウワツツノオノミコト)はオリオンの三つの星にになぞられている。因みに住吉神社は海の神、航海の神として信仰されている。
 オリオン座の三つ星の下には腰に付けた剣に見立てられるオリオン大星雲がある。逆三角形の形をしたこの星雲は肉眼でも見えるが、小学生の時に初めて買ってもらった小天体望遠鏡で覗いたときの星の輝きは今でも記憶に残っている。

酔いどれ親父の妄言
 年老いたせいだろうか。世間の動きがさほども気にならなくなった。日本の将来を決定づけるともいえる今回の衆議院選挙のはずであるが、のめり込む様な気分にはならない。経済的に安定して安穏とした生活を送っているわけでは決してないが、いやむしろ将来の生活に危機感すら覚えているのだが、それでも世間の動きを自分のものとして受け入れられないでいる。何故だろうと考えてみたが、自分の気持ちが整理できない。あまりにも多くの難題が立ちはだかっていることに思考が止まってしまっているのだろうか。もとより自分自身のことはなる様にしかならないと諦めている。政治的なことは、今も昔も私の気持ちとは関係なく通り過ぎてゆく。不満があったとしても一時のうっ憤で終わってしまう。これまでも今も、少し醒めた目で世の中を見渡してきたが、それでもちょっと前までは今よりは熱く物事を感じてきた。自民党が圧勝した選挙結果に終わったが、それがどうだという気分だ。おそらく前政権よりはましな政治がおこなわれるだろうが、それがどうしたというのだ。いや、つくずく日本は良い国だと思う。政権の交代が自由な社会を根本的に変化させることはない。人権や自由な意志の表現が妨げられることはない。 熱く燃えることがないのが平和である証拠かもしれない。激動する世界の中で日本だけが穏やかに見える。
 多分、私の思いは間違っているのだろう。激動する世界の中で日本だけが安穏として穏やかでいられるはずはない。しかしまわりを見渡しても危機感が見られない。陸続きの国境線を持たない島国の民は、先天的に穏やかな性格を有しているのだろうか。 小さなコップの中の嵐さえ耐え抜けばそれがすべてで、それで良しとしているのか。それで何の問題もなければ幸いなことだ。いくら心配したところでどうにかなるのでもないと、達観しているのか、悟っているのか。そんな思いも、実のところほんの一瞬脳裏に浮かぶだけだ。 
 歳を重ねると物事に対する考え方が硬直化してくる。同時に自分を特別な存在に置いて他人を見るようになる。自分も同じ目的で集まった群衆の一人ではあるのに、心の奥底ではそれを否定する。そればかりか群衆の思いををばかにさえする。感動を他人と共有することが、卑しいことにさえ感じてしまう。新しいものを受け入れられないのではない。技術の進歩を理解できないのでもない。まして進歩や変革を拒むのではない。たゆまない進歩や変革は人間が人間であることの証であり、かつ進歩や変革を求めることは人間の宿命でもある。だが、この頃はそれに感動が伴わなくなった。そう思うのはやはり先の短くなった人生の思いがそうさせるのか。美しいものは美しい。楽しいことは楽しい。だが何かが不足している。2012年の年の終わりに、都会の喧騒の中に身を投げ出したが、そんな思いの不満だけが自分の脳細胞に蓄積されていくようだ。私だけではなく、そんな気分の高齢者が近頃増加しているように感じる。  

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11月の花言葉 シクラメン(Cyclamen) 
 花言葉 内気・はにかみ・嫉妬
 シクラメンの原産地は地中海沿岸。古代は花ではなく球根のデンプン質が重宝されて食糧にされたようです。英名ではシクラメンの球根が豚の餌にされたこともあり豚のパン(sow bread)と言われ、明治時代に日本に輸入されたとき、これを”豚のまんじゅう”と訳したようです。また植物学者の牧野富太郎は花の形から篝火(かかりび)花と名付けたそうです。現在のシクラメンの語源はCycleからで、これは花茎が丸まった状態で発生するから。
 古代ローマ時代にはシクラメンの地下茎が蛇に噛まれた傷を治す効用があるとされ、お守りとして庭に植えられたという。高温多湿の日本での栽培は困難が伴ったようですが、今では冬の鉢植えの代表として最も多く栽培されている花の一つとなっています。
 華やかな花なので贈り物としても最適ですが、花言葉は”嫉妬”。贈る相手を間違えないようにしてください。

11月の誕生石 トパーズ(Topaz)
 石言葉 誠実・友情・潔白
 トパーズは水晶よりも少し硬いケイ酸塩鉱石。和名では黄玉(おうぎょく)
日本では明治になってから岐阜県恵那地方で発見された。おもな産地はブラジル、ロシア、タイ、カンボジアなど。ブラジル産のトパーズは褐色でインペリアルトパーズと呼ばれる。日本産も含めその他のものはほとんどが無色に近いという。天然のものでピンクやブルーのものもあるが、ブルートパーズのほとんどは無色のものに放射線を照射して変色させたものだそうです。
 トパーズの名前の由来はギリシャ語の探し求めるという意味の”topazos”からで、産地である紅海にあるトパゾス島は霧の深い地域で、探し求めるのに困難だったためという説がある。もっともこの時にトパーズとされた石は現在の「ペリドット」だったといわれている。
 パワーストーンの愛好家では”勇気を持って未来に進むためのサポートをしてくれる石”とされているようなので、これから何かにチャレンジしたいとお考えの人には身に着けていると願いが成就するかもしれません。

11月の星座 カシオペア座(Cassiopeia)
 住んでる場所によって日常的に目にする星座も違ってくる。南向きに窓のある我が家からはこの季節になると冬の星座オリオン座が東の空から徐々に姿を現してくる。ちょっと遅くなった帰り道、北の空を見上げると天頂近くにカシオペア座のM字を見つけることができる。カシオペア座は春から夏にかけては地平線近くにあってM字はW字に見える。ギリシャ神話ではカシオペアはエチオピアの王妃。自分の娘のアンドロメダは海の神ネレウスの50人の娘より美しいと自慢したため海の大神ポセイドンの怒りを買い大津波を起こされて苦しむことになる。 夫のエチオピアの王ケフェウスはこれを鎮めるため娘を生贄として差し出す。これを助けるのがメドゥーサを退治したペルセウス。この物語はその後も長く続く。ペルセウスはアンドロメダと結婚して何人かの子供をもうける。その子孫からヘラクレスが生まれることになる。生贄の娘を助ける勇者の話は日本の神話にもあり、世界各地に類似の話は沢山あるそうだ。人種や民族の違いはあっても人類の思考回路はどこかでつながっている。

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10月の花言葉 キンモクセイ(金木犀) 
  花言葉  謙虚 あなたは高潔です
 10月の雨あがり、街を歩いていると金木犀の甘い香りが漂ってくる。姿は見えなくとも、香りで秋の到来を感じることができる。キンモクセイは黄色の小さな花を咲かせるモクセイ科の植物。別に白い花を咲かせる銀木犀があるが、香りは少し弱い。春の到来を感じさせるのはジンチョウゲ。どちらも香りは高いが花は小さくて地味。そんな理由で「謙虚」という花言葉になったのだろうか。
 銀木犀は江戸時代初めに中国から渡来した。金木犀は少し遅れて明治になってから。中国からの渡来植物で可憐な花を咲かせる金木犀の花言葉が”謙虚”であるのは近頃の政治状況を鑑みると皮肉な感じもする。金木犀は空気が汚れていると花が咲かないという。この花の香りが街中に漂っている間はまだまだ平和であることの証拠か。私の年代のものにとって金木犀の香りは芳香剤を連想する。臭いものに蓋をして隠すのでなく、金木犀の甘い香りが風通しの良い空間を自由に漂う、そんなすがすがしい気分になっていたい。

10月の誕生石 オパール Opal
  石言葉 希望 無邪気 潔白
 オパールの主な生産地はオーストラリア・メキシコ。多色の色彩を放つ、いわゆる遊色効果のみられる宝石。見る角度によって虹色に輝くオパールはプレシャスオパールと呼ばれています。オパールの語源は宝石を意味するラテン語あるいは”目”を意味するギリシャ語”opthlmus”からともいわれ、賢者の石ともいわれています。宝石の中で唯一水分を含む宝石で、水分がなくなると濁ったりヒビが入ったりすることがあるそうです。
 オパールの揺れ動く多彩な光は自由なエネルギーを象徴し、創造性を高め、内面の隠れた力を引き出す力があるとされます。クリエイティブな職業に就いている人にはお勧めです。固定概念を外し、視野を広げて新しい価値観を呼び込むための助けとなるそうですから、壁にぶち当たったら、オパールの怪しく揺れる色彩を眺めて、未来の自分を探してください。

10月の星座  ペガサス座(ペガスス座) Pagasus
 星座占いでは10月生まれの人はてんびん座(Libra)9/24〜10/23とさそり座(Scorpio)10/23〜11/22ですが実際の10月の中頃に南天に現れる星座で有名なものにペガサス座(ペガスス座)があります。
 ペガサスのいわれはギリシャ神話に登場する翼を持った馬・天馬です。ポセイドンの愛人であったメドゥーサは、オリンポスの12神の一人・アテーナの怒りを買い、髪の毛が無数の蛇といった醜い怪物の姿に変えられ、そのうえ勇者ベルセウスによって首を切られた。その首から滴り落ちる血からペガサス(ラテン語読みでペガスス:星座の場合はこの読みが正式だそうです)が生まれた。
 ペガサス座は10月の中頃に真南にあらわれる大四辺形(秋の四角形といわれる)を目印に探してください。ただし、いずれも2等星ですからちょっと探しにくいかもしれません。秋の夜長の爽やかな冷気に包まれて夜空を眺め、ペガサス座を見つけることができれば天を翔ける馬に乗って希望の星に到達できる夢を見ることができるかもしれません。

酔いどれ親父の旅日記

 旅というには近場すぎる。散歩にしてはちょっと遠い。横浜からスカイツリーのある押上までは京急なら乗り換えなしで50分ほど。それでも日頃乗り慣れていない電車に乗るのはちょっとした旅行気分を味合うことができる。
 スカイツリーが完成したのは今年の5月。真っ先に展望台からの眺めを堪能しようと思っていたが、チケットを手配する煩わしさからまだ実現していない。今日も急に思い立ってのことで、勿論チケットの予約はない。当日券も販売されているということなので場合によってはと思い、ともかく出掛けることにした。が、休日の東京の人気スポットが閑散としているわけはない。3時間後ならチケットが予約できると案内があったが、私は漫然と3時間を待つ忍耐力はないし(時間は有り余るほどあっても)それに今日は小雨模様の天気で視界が望めない。即座に展望台に昇るのは諦めた。
 スカイツリーに併設して建てられた「ソラマチ」の賑わいを一通り見学して浅草まで歩いた。浅草を訪れるのも久し振りのことだ。
 特に何かの縁日というのでもないが、仲見世通りの混雑は相変わらず。円高の所為なのかそれとも尖閣や竹島の問題の所為なのか、日本を訪れる外国の観光客、とくに中国系や韓国系の姿が少ないように感じた。仲見世に店を構える商店も外人向けの店が少なくなったように思う。外国人が少なくなった分、私と同世代の高齢者の姿が目立つ。自分のことはさておき、老人社会の日本のこの先がどうなるのかと不安を感じる。
 浅草もスカイツリーを訪れた観光客を呼び込もうとしているのか、浅草寺周りの商店街も随分と整備され現代風に綺麗になった。ちょっと前なら地元客や常連でなければ寄ることはなかった飲み屋街も、たまたま訪れた観光客でも気軽に立ち入れるような明るい雰囲気に変わっている。ちょうど昼時なのでおでんか串揚げで軽く一杯と思ったが、飲めないカミさんが同行しているので東京風のラーメンを注文。期待通りの懐かしい味で、しかも観光地値段でないのがいい。
 浅草から上野に出て、10月1日にレンガ作りの駅舎の復元工事が完了した東京駅に向かう。少し前なら日常的に東京駅を利用していたが、ここも久し振りに訪れた場所だ。そういえばサラリーマンであった頃、5年くらい前になるが、東京駅を見下ろせるビルにある事務所に勤務していたことがある。その時、ちょうどレンガ駅舎の復元工事が開始された。工事は単に建物を復元するだけでなく、基礎工事からやり直したという大工事。費用は莫大であったと思われるが、この新しい駅舎を見学しようと集まった大勢の人の波を見ると、費用対効果は十分にあると思われる。JRの見込みでも年間100億の収益効果はあるという。
 駅を行き交う人の姿を見て少し前に聞いたちょっと気になるニュースを思い出した。この頃の若者は旅行にあまり出掛けないのだそうだ。円高で海外旅行に出掛けて国内旅行がサッパリ、といったことでもない。精力的に出歩くのは我々高齢者のようで、若い人は旅行そのものに興味を持たないということらしい。旅行以外に楽しみがあるのか、それとも経済的な問題なのか。私の若い頃は金もなかったが、兎も角何処かへ出かけること、そのことが目的だった。出かけた先には何かがあると、無鉄砲に歩き回った。今の若者は賢くなったのか、無銭旅行などとバカげたことはしないようだ。ちょっと淋しい。大袈裟かもしれないが、それにちょっと違うかもしれないが、日本人の活力が衰えていくようにも感じる。
  

酔いどれ親父の妄想・妄言

 ”百年兵を養うは、ただ平和を護るため”連合艦隊司令長官山本五十六の言葉だそうである。海上自衛隊の観艦式に臨むために大桟橋に係留されていた護衛艦「ひゅうが」(ヘリコブター搭載空母)を訪れた。
 今の日本を取り巻く情勢がすぐさま戦争に結びつくとは思わないが、武力を持つことが外交の一つの手段であることには違いないと、そう考えさせられる状況であることは間違いない。私はいわゆる国粋主義者でもないし皇室崇拝者でもない。かといって単純平和主義者でもない。学生の頃、ベトナム戦争反対運動をカジッタ身であるが、ただ単純に武力を放棄して平和を唱える勢力には常に疑問を感じていた。反対運動そのことがある種の暴力であり武力であり、そして陰湿なイデオロギーの闘争でもあった。自由を求める先に真の自由は存在しないと思った。
 尖閣諸島をめぐる争いは単なる領土問題なのだろうか。少々穿った見方かもしれないが、未だに世界同時革命を目論む中国共産党の長期戦略の一部ではないのか。自由主義社会と共存する共産主義社会などあり得ないではないか。もし共産主義を標榜する人があり得るというなら、それは共産主義者の自己矛盾でしかない
自由主義を標榜する人が言うなら、その人は楽天家か思料の無い人か、それとも政治的な思惑あるいは商売上の利害関係でものを言う人であるかだ。
 とは言ったものの”矛盾があるのが世の中だ”と子供の頃にオフクロが言った言葉を思い出す。”なにをばかなことを” とその時は反抗したが、今はその言葉こそ真理のような気がする。人の顔が違うように人の心も違う。当然世の中には違いが満ち溢れている。昨今は自己主張ばかりが強くて人と交わったり、妥協することをしない人が多くなった。妥協しなくても生活することができる良い時代なのかもしれないが、自分が信ずる原理原則だけを振りかざしても前には進まない。今は前に進まなくとも暮らしてゆけるが、やがては壁にぶち当たる。国と国との関係も同じだ。互いに自分たちの主張を大上段に構えれば構えるほど壁にぶち当たった時は暴力に訴えたり武力による解決を選択するしか方法が残されていないこともある。面子とメンツのぶつかり合いは何時の世にも厄介な結果しか残さない。矛盾を矛盾として理解し合えないのは不幸なことだが、これが人の世の常なることかもしれない。だから”兵を養うのは平和を維持するため”その言葉を信じて武力の保持には賛成するし、武力の維持には弛まない訓練が必要なことも認める。あとは外交努力だが、それが最も欠けているように感じる。短期政権の素人集団では長期的視野で世界制覇を目論む大国中国には所詮は歯が立たないかもしれないが、兵を養う段階で何時までもいてほしいと願うばかりだ。 
上2枚の写真は米空母GW(横須賀) 

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9月の花言葉  リンドウ
 花言葉 悲しんでいるあなたを愛する
 リンドウ科リンドウ属の多年生植物。古くは「えやみ草(疫病草)」ともいわれ、またリンドウを漢字で書けば「竜胆」となり、これはリンドウの根を原料とす生薬が竜の胆(?)を舐めたように苦いことから付けられたという。
 亜寒帯から熱帯まで世界各地で自生していますが、日本では本州、四国九州の湿った野山に自生しています。花は晴天の時にしか開かないようです。
 リンドウは古来から日本人に愛された花で、枕草子70段目の草の花はに始まる節に「竜胆は枝さしなどむづかしげなれど こと花はみな霜枯れたれど いと花やかなる色合ひにてさし出たる いとおかし(りんどう、これは枝ぶりなどわずらわしい様子だけれど、ほかの花が霜枯れしてしまっても鮮やかな色彩で顔を出しているのは大変面白い)」とあります。
 リンドウは群生せず、一本ずつ咲く姿と、紫色の花のイメージが「悲しんでいるあなたを愛する」という花言葉になった由来だそうです。

9月の誕生石  サファイア Sapphire
 サファイアはコランダム(酸化アルミニュウムの結晶からなる鉱物)の一つ。純粋なコランダムは無色ですが結晶が取りこんだ不純物によって色が付き、赤い色をしたものが”ルビー”、青い色をしたものを”サファイア”と分類している。
 サファイアのおもな産地はタイ、ビルマ(ミャンマー)カシミール、スリランカ、オーストラリアなど。インドのヒンズー教徒の間では不吉な石とされていたが、同じインドでも仏教徒の間では幸運を呼び石として特に珍重された宝石であった。西洋にはローマ時代にすでに伝わっていて、中世のキリスト教の司祭の叙任の際には、サファイアをつけた指輪が与えられる習慣があった。
 日本ではその色合いから「青玉(せいぎょく)」とよばれ、慈愛、貞操、誠実といった石言葉とともに多くの人に愛されている宝石です。

9月の星座  はくちょう座
 はくちょう座はプトレマイオスの48星座の一つで古くから知られた星座。ギリシャ神話ではゼウスがスパルタの王妃レダを見染め、愛の女神アプロディテの助けを借りて白鳥に変身。アクロディテが化けた鷲に追われてレダの膝元に逃げ込んだという。レダは憐れんで白鳥を愛撫し、ゼウスは思いを遂げたという。
 9月の下旬の8時頃、ちょうど真南に1.3等星の明るさのα星デネブがやってくる。デネブは白鳥座の尾の部分。くちばしの部分は2.9等星のβ星アルビレオ。胸の部分は2,2等星のサドル。両翼にそれぞれ2つの星を持つ。この星座は十字の形でもあるので北十字星(ノーザンクロス)ともいわれる。デネブはわし座のアルタイタ(七夕の牽牛)こと座のベガ(七夕の織女)で夏の大三角形を造っている。また、毎年同じ場所同じ時刻に現れるように見える恒星も僅かに移動して、デネブは8千年後には今の北極星の位置にあるとされています。
 くちばしの部分のアルビレオは宮沢賢治の小説「銀貨鉄道の夜」に天の川の早さを測る測候所の役割で登場しますが、この星は宝石のように黄色と緑に輝く2重星だそうです。

秋の七草

 秋の野に 咲きたる花を 指(および)折り かき数ふれば 七種(くさ)の花
 萩の花 尾花葛花 なでしこが花 をみなへし また藤袴 朝顔が花

 秋の七草は山上憶良(やまのうえのおくら)が詠んだ和歌が基になって今に伝えられているもののようです。最後の朝顔の花には文字通り朝顔とする説や昼顔、むくげなど諸説がありますが、ききょうとするのが一般的のようです。また、春の七草は七草粥にして食べる習慣がありますが、秋の七草は野を散策してもっぱら風景を楽しむためのもの。 
 今話題の「なでしこ」も秋の七草の一つ。日本に自生する固有種は”カワラナデシコ”の一種だけで、これをヤマトナデシコという。平安時代に中国から輸入されたなでしこは”セキチク”と呼ばれ、四季咲くことから”常夏”とも呼称されている。因みにヤマトナデシコの花言葉は「可憐 貞節」 

  萩  尾花(すすき)  葛の花 

なでしこ   女郎花 藤袴  ききょう 

酔いどれ親父の妄想・妄言

 9月はセッテンバー。この響きはちょっと物悲しい。灼熱の太陽を浴びた皮膚が、澄まし顔で爽やかに(あるいは冷やかに)通り過ぎる秋風に触れたときのように、少しさめた思いを印象つけられる。例年であれば9月中頃のこの季節、物哀しく思いに耽る頃なのだが、今年は夏が何時まで経っても終わらない。終わろうとする気配もない。いい加減に夏の陽気には飽きたのだが、自然の差配には逆らえない。今年は春の訪れが遅かった分、その埋め合わせに夏の陽気が何時までも頑張っているのだろうか。年間を通してみればプラスマイナス、イコールということなのだろうか。自然はいつも規則正しく繰り返すというのはあくまでも平均的なものであり統計学上のことなのだろう。短い期間であれば、振幅の幅は結構大きなものかもしれない。
 ところがその平均的、統計学的な季節感も変化してきているようだ。近年になって急激に北極海の氷が溶け出しているという。年々北極の海水温が上昇しているようだ。人類の生活がその原因に挙げられている。NASAの研究者による調査でもそれが裏付けされているようだ。地球温暖化は、それが全てではないにしろ自然現象ではなく人類の活動、とりわけ化石燃料の消費に負うところが少なからずあるというのは事実のようだ。
 昔、ロシアがソビエト連邦だった時、 その政府が発行した雑誌にベーリング海峡に巨大な海上ダムを造り、暖かい海水を取り込み北極海を温めてシベリアを温暖な地域に変えるという、そんな記事が記載されていたことを覚えている。当時は温暖化を危惧する学者はいなかったのだろうか。不毛のシベリアを緑豊かな農地に変えれば食糧問題は一挙に解決するという、そんな内容だったと思う。シベリアの大部分を占めるツンドラ地帯は永久凍土が地盤だ。温暖化により永久凍土が溶ければ地盤沈下が起こり目論見通りの豊かな農地が実現するかどうか怪しい。それになにより、北極圏だけでなく、地球全体の気候バランスを崩すことになる。今は温暖化を危惧する勢力の力が強い。またソビエトからロシアへ政治体制も変わり一党独裁政権ではなくなった。そんなことを目論む輩はいなくなったに違いない。だが、未だに一党独裁の巨大な国家が存在する。その力はますます強くなり、かつ傲慢で貪欲だ。その国の政府の調査船が北極海を通って欧州への航路を開拓したというニュースを見た。最短距離で大量の荷物を欧州に運び込むことができれば、時間もコストも節約できる。燃料も節約でき温暖化ガスの発生も抑制できる。ひいては環境保全に役立つと。果たしてそうなのか。
 地球温暖化の象徴ともいえる北極海での氷の減少を利用することは、そもそも環境保全とは言い難い。しかしながら揚子江に巨大なダムを築いて環境を変えた実績のある政府だ。一度開拓した航路は既得権として絶対に手離なさないと言い出すかもしれない。どうやら北極海から氷が溶けてなくなるのはそれほど遠い先ではないようだ。とはいえ、近いといっても10年以上先のことだろう。それまで私が生きているかどうかわからない。
 ついでに、生きているかどうかわからない時代の話をもう一つ。2050年には地球の人口が90億人に達するらしい。その時の食糧問題をどうするのか。最近読んだ新聞記事に、その時の人類はすべて菜食主義者でなければ生き残れないと書いてあった。1s の肉を生産するには、その1500倍の水を必要とする。地球上でその水を確保できる能力はないそうだ。今では肉をほとんど食べなくなった私には問題ないが、エネルギーの問題は深刻だ。温暖化を避けるには化石燃料を燃焼させてエネルギーを確保することは止めるべきだ。かといって核エネルギーの利用に消極的なのは世界的傾向のようだが、果たして自然エネルギーの利用だけで問題が解決するのだろうか。90億人の生活を維持するためには例え自然エネルギーの生産が効率的になったとしても限界がある。確証のない期待だけではベーリング海峡の巨大ダム計画と同じだ。もっとも2050年、私は確実にこの世にいない。いい時代に生まれたことを改めて感謝します。

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8月の花言葉 すいれん
 花言葉 心の純潔 清純 信仰
 すいれんは熱帯・亜熱帯および温帯地域の一部が原産地で世界中の広い地域に自生しています。花の色も赤、ピンク、黄色、オレンジ、青、紫、白など多彩ですが日本での自生種は白い花を咲かせる”ヒツジグサ”の一種類のみ。 ヒツジグサの名前の由来は”未の刻(14時頃)”に花を咲かせることからといわれています。
 すいれんの花びらは光のように力強く放射していることから古くよりいろいろな民族の間でで太陽のシンボルとして神聖化されています。古代エジプトではすいれんの花冠から日の出の神ホルスが立ち上がるとされ、復活のシンボルとして信仰の対象になっていたそうです。花言葉の”清純”はこの花の清らかなイメージからつけられたものと考えられますが、東洋にはワオタ(太陽)という名の酋長が美しい乙女に恋をしたが、その乙女の両親が反対したため、乙女は湖に身を投げすいれんになったという話も伝わっています。それ以後すいれんは太陽の暖かさで開き、日が沈むと眠るようになったといわれています。

8月の誕生石 ペリドット(peridot) 
 8月の誕生石べりドットはカンラン石の一種で、マグネシウムや鉄の珪酸塩鉱物である苦土カンラン石のうち緑色の特に美しいものを宝石として加工したもの。地球の内部のマントルの上部は主にカンラン石から構成されているらしい。
 カンラン石は西洋ではolivineと言われ、緑色をしていることからoliva(オリーブ)がその語源。日本でカンラン石と呼ばれたのは東南アジア一帯で栽培されているカンラン科の植物がオリーブと似ていたために誤訳したものと言われています。
 べりドットは光の屈折率が高いためわずかな明かりでも輝きを放ち、夜会の席で好んで用いられている宝石です。ギリシャ語でべりドットは”黄金石”を意味するそうです。また古代エジプトでは”太陽の石”として崇拝され、暗闇の恐怖から身を守る護符として用いられてきました。古代ローマでは暗い夜でも光ることから「イブニングエメラルド」とも呼ばれたそうです。ヨーロッパには中世に十字軍によって伝えられ、教会の装飾などに使われたようです。近年では太陽の光が宿る石として、パワーストーンとして人気があるようです。

8月の星座 ヘラクレス(ヘルクレス)座
 星占いで用いられる黄道12宮では8月生まれ(7月23日〜8月22日)の人の星座はしし座となっていますが、しし座がもっともよく観察できるのは4月。夏に見られる星座の中から8月の星座としてヘラクレス(ヘルクレス)座を紹介します。都会で見る夏場の星空は冬の空とは違っては華やかさに欠けますが、人里離れた海や山に出掛けて夜空をみれば天の川の姿も捉えられるかもしれません。
 ヘラクレスはギリシャ神話の最高神ゼウスの息子。王になる予定であったがゼウスの妻・ヘラの横やりで王になれず、大罪を犯してそれを償うために12の冒険をする。その最初の冒険でメネアの森にすむライオンを退治するが、そのライオンが星座になったのがしし座。その後も数々の冒険で倒した怪物や動物がことごとく星座になっているのは面白い。
 ヘラクレス座は星座の大きさは5番目に大きいのですが、もっとも明るい星で2.8等星で3〜4等星の星で構成されています。真夏の天頂近くに見えますので是非探してください。


酔いどれ親父の旅日記

 日光には何度も出かけているのに、戦場が原に立ち入ったのは初めてのこと。7月の下旬、これまでは東北道の宇都宮インターから日光へ向かったが、今回は関越道の沼田インターで降りて吹き割の滝(関東ではメジャーな観光スポットであるがここも初めて訪ねた)を経由して戦場が原に向かう。梅雨は2、3日前に開けたと発表されたが空は厚い雲に覆われている。ちょっと心配したが戦場が原を散策した3時間ほどの間はなんとか雨に見舞われることはなかった。
 戦場が原は標高1400mにある湿原。名前の由来は山の神がここを舞台に争ったとの伝承からで、人間どもが争ったからではないらしい。
 戦場が原の湿原はこの地を流れる湯川が男体山の噴火でせき止められて湖ができ、長い年月を経て湿原化、また陸地化したもの。近くの尾瀬も同様の環境だから、いずれ尾瀬の湿原も戦場が原のように陸地化が進行すると思われる。自然は絶えず動いているもので、植生の進行や土砂の堆積は避けようがない。変化そのものが自然なのだと思い知るべし。
 実のところ、戦場が原で長時間滞在する予定ではなかった。吹き割の滝を午前中に見て、同じ道を帰るのも面白くないので宇都宮方面に抜けて帰ることにし、時間があれば立ち寄ろうと考えていた程度だ。したがって本格的な山歩きの装備はない。それでも小型のリックに雨具と長袖のシャツは入れておいた。
 赤沼から戦場が原の散策路に入り、ほんの一時間程度のつもりが、3時間を超えての散策となった。一時間で帰るのは何だかもったいない気になったからだが、体力には自身があるといつまでも思っている意地っ張りと空元気のせいでもある。散策路はよく整備されており、かつ平坦なので距離の長さをのぞけば苦労することは何もない。いや、苦労などと感じることもなく戦場が原の自然を満喫できた。時間の都合で割愛したルートもある。今度来るときはここを主目的にして、できれば近くの温泉宿で一泊程度はしたいと思う。早朝や、夕暮れ時にはまた違った姿を見ることができるに違いない。
 このところ各地でシカによる食害が広がっている。この戦場が原でもシカの侵入を防止する柵が設けられていた。シカの増加も自然のなす術なのか。とすれば自然はもともと無秩序なものなのだろう。もっとも今ある姿が秩序だと考えるのは人間の基準でしかない。などなど私が考えても詮無いことだと、老い先短いことを理由にこれ以上の思考はやめた。何事もあるがままに生きていくことがもっとも望ましい生き方だと思うことにしたのは少し前のことだ。
 とは言いながらやはり不満が口に出る。 このごろ私に似た老人がやたらと目につく。私同様元気に歩き回ることは大いに結構なことだが、マナーが良くない。カメラの性能が良くなって、誰でもいっぱしの写真が撮れるようになって、大型のカメラを携えている老人の姿が目に付く。私がポケットカメラしか買えないから僻みで言っているのではない。(いや、本当はそれもある)写真を撮るのは大いに結構だが他人を気遣う心は忘れないでほしい。さすがに立ち入り禁止の区域に立ち入っている者を見ることはなかったが、長い三脚を折りたたむことなく肩に担いで我が物顔で散策路を歩きまわるのは止めてほしい。危険だし、そんな姿は美しくもなく醜いだけだ。老人は老人らしく謙虚になって生きていきましょう。将来の年金受給が当てにならない若い世代から非難を受けないように致しましょう。


酔いどれ親父の妄想・妄言

 4月の初め、なかなか上がらない温度計に今年は春が来ないのではと思っていたが、いつの間にか猛暑の季節に突入している。低気温が続いていた時期は地球温暖化の話は何処かへ消え去っていたが、このところの暑さで息を吹き返したようだ。地球規模で起こる熱波や干ばつ、その反対の豪雨。異常気象は人間の活動に原因があるのだろうか。自然は規則性を持って繰り返しているのは確かなことなのだろうか。もっとも繰り返しのサイクルは1年とか10年とかの短い物差しでは計測できないようだ。何十億年の地球の歴史を測るには100年あるいは千年単位の物差しが必要のようだ。ともあれ地球の歴史の中で今の2000年ほどがもっとも穏やかな自然環境にあった時期という。この先同じように穏やかな自然環境が続く保証はないが、かといって太古の地球環境に後戻りすることはないだろう。地球そのものが進化(変化)して今を造っている。今を生きる地球人にとっては穏やかな自然環境しか経験していないのだから、この環境が当たり前のものであり唯一のものだ。だから過酷で極限状態の地域に生きる人を除いては今の環境を守ろうとするのは当然のことだ。だが、そもそも地球という星は60億もの人間が生きていくことが出来るだけの容量があるのだろうか。60億の人間が生きるためには自然の恵みを単に利用するだけでは成り立たない。農業にしても漁業にしても60億の胃袋を満たすには高い生産性が求められる。高い生産性は科学技術の裏付けによってのみ支えられる。衣食住以外にも、人が人として文化的な生活を望むのであれば人間が作り出した科学技術の助けを借りなければ成り立たない。科学技術を維持するためには絶え間ないメンテナンスとさらなる革新が必要とされる。
 暑い夏の訪れとともにやってくる年中行事がある。今年も長崎・広島に原爆の日がやってきた。悲劇を悲劇として語り継ぐこと、過ちを二度と繰り返さないと誓うことに異存はない。だが福島と長崎・広島を結び付ける動きには違和感を覚える。ここでもマスメディアは声高に叫ぶ人を重
視する。単に現象を追いかけて追従するだけの責任のない報道は無責任な人を生む。とはいえこれも民主主義のコストである。無責任な報道であっても規制することには反対である。自由こそ人が守るべき最大の価値がある事柄だ。自由はまさしく自由であって、どこかの国の政府が自らの都合で勝手に解釈する自由ではない。
 人が現在の自然環境を守るためには科学の進歩なしでは成し得ない。科学は時として原子爆弾のような負の技術を生み出すが、そのことをもってすべての原子力技術を否定するのはおかしい。核分裂によるエネルギーの利用は人類にとってマイナスなのだろうか。原子力は新しいエネルギーが開発されるまでの繋ぎの役割でしかないのか。現在の技術で福島の事故を乗り越えることはできないのか。現在ある技術であっても放射能を制御できると信じる。それは経済的な利益のためだけではない。核分裂あるいは核融合によるエネルギーの利用は人類が勝ち得た、あるいは勝ち得ようとする財産である。人類が進歩するために必要な技術であり資産である。一時的な感情論が世論を形成することはこれまでの歴史でも繰り返してきた。同時に、時がたてば感情論で形成された世論はいずれ終焉する。これも歴史が繰り返してきたことだ。その流れに流されて技術の進歩を怠ることこそ人類にとってマイナスだ。怯まず絶え間ない研究や開発が必要とされる。原子力利用の今後ともさらなる進歩を期待したい。 
  

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