マット・ヘルムのファンにもっともお気に入りの一冊を尋ねたら、陰影に満ちた「破壊部隊」のいかにも忍びの世界めいたいぶし銀のような味わいとか、切れ味鋭い書き出しではじまる「待伏部隊」のしびれるほどの感慨について語ってくれるかもしれません。
もっと端的に、「最高傑作は何か?」と質問したらこれらに加えて「抹殺部隊」を挙げる人もいるでしょう。鋼のごとく硬質で、ウェスタン作家の面目躍如たる作風です。
描かれる世界はタフにして非情、任務は時として感動的なまでにダーティーで、スパイ小説界のハメットともいうべきこの作家の文章表現は、一旦その味わいに目覚めると一生まとわりついてくるほど素晴らしいものがあります。
でも、これらの真価を理解するには、いくつかの手順を踏む必要があります。
引きしまって抑制のきいた文章を駆使し、刈り込まれた言葉によって微妙な意味が語られているため、作品が読者を選んでしまう、ちょっとキビシイ側面があるからです。
特に「抹殺部隊」なんぞ、初めてこのシリーズを手にする人は絶対に避けるべきでしょう。巧みな読み手であるか、ハメットに心酔しているような筋金入りの硬派な読者でもなければ。
では、はじめて読むには、どの一冊から手をつけるべきか?
入り口はただひとつ、シリーズ1作目の「誘拐部隊」です。
全てはここが起点にして基準になるからです。
そして、シリーズを順に読み進めるのが正しい歩き方です。
最初の3冊は一介の普通の市民が諜報員として成長していく過程の物語であり、従って特にこの3冊は初期の作品とはいえ読む順番を間違えると、面白さがさっぱりわからなくなる可能性があります。
また、物語を通じて登場する人物配置およびエピソードがいくつかの作品にまたがって絡みあっているため、少なくとも最初の6冊は順番に読み進めることによって、読者にとってもひとつの道筋がついてくることと思います。
ちょっと考えてみれば実にあたりまえなアドバイスなのですが、とはいっても、もはや古本屋を探しまわらないと手に入らない現在、そうしたえり好みもなかなか許されないことでしょう。
だとしても、少しでもあなたがこの作品群に選ばれるチャンスを大切にしたければ、「誘拐部隊」と「破壊部隊」だけは真っ先に目を通しておく必要があります。
一旦この世界感を飲み込めたら、やがてその語り口に含まれる独特のうねり、リズム感が心地よく響いてくるようになります。そして、刈り込まれた言葉ながらも実は過不足なく描かれていることに気づくと、どこを切っても一字一句がいちいち面白くてならず、何度でも読み返したくなってきます。
このシリーズにはそうした魅力があるのです。
それでは・・・ |