井上光晴の遺影に「ミツハル」と呼びかける
                       谷川雁
        1992年6月8日 於・千日堂会堂
             (写真はキネマ旬報社
        このとき谷川雁 69歳

※ まさかこの2年半後に自分も”生まれたばか
   りの雲”となって空のかなたにいくとは思わ
   なかったであろう。 
弔辞

谷川雁から故・井上光晴へ

ミツハル、逝ってしまったか。
逝くという表現は限りなくおれを苛立た
せる。
おれが何をいおうと、おぬしは一切、
聞いて
いないじゃないか。

オンザロックの氷のようにおぬしは溶けた。
自我の司令塔を解体した。

おぬしが残した再現可能なものの集まり、
自己運動の深化の他におぬしはもういない。

ミツハル、うまれたばかりの雲となったミツ
ハル、……

お前があばよといえば、すかさずさらばと
こたえる。

酔い心地のままでいおう……


谷川雁は「タニウツギの咲く」黒姫から出てきて弔辞を読みあげた。
おそらくその場には多くのマスコミが集まり、カメラも何台かまわって
いたであろう。
何しろ葬儀場の最前列に坐っているのは、谷川雁のほか、瀬戸内
寂聴、小田切秀雄というメンバーだったから。
谷川はその場を充分すぎるほど意識したに相違ない。

さいごにはこう結んだ。





この弔辞の最後のことばをどう取ればいいのだろう。
自分の死後、書いたものに対してあれこれいわれるのを
封じこめるため、とも考えられる。
何しろラボの15年間、マスコミには一切出なかったのだ
から。




おぬしの残した文字については、プロレタリア
プの字も分からぬ連中が何かいうだろう。
あれこれの値札をつけるだろう。

そんなものと渡りあうことをやめる。
おれはただおぬしのことばの最期の一滴を
この世に呼びもどしたい。