紫式部は美人だったか

残念ながら、そうではなかったようである。
研究者の多くが美人どころか、不美人だったと
書いている。
瀬戸内寂聴氏にいたっては、はっきりとブス
だったと断言!
(物書きに美人はいないという説から)
しかし見た人がいないのだから、どちらとも
いえない。

右は狩野孝信による「紫式部」図。

どうだろう、これは。
かなりお多福(お多福は当時の美人)だが、思慮
深く、理知的な感じである。
「1000年展」には他にも紫式部の肖像画があった
が、絵師によって微妙にちがっていて面白かった。
これは最も美人に描かれたものだったのでは?
(なかには「ちょっとォ……」と思うようなものもあった)

しかし、いくら鎌倉、室町、江戸時代トップの絵師といっても紫式部本人をみたことはなく、伝説をもとに想像で描いているわけだから、後世の者があれこれ言う方がおかしい。

実際は、紫式部は『源氏物語』に出てくる空蝉(うつせみ)に自己を投影させたのではないか、といわれている。


空蝉は物語にでてくる数多くの女性のなかでも、身分はさほど高くはなく、
美人でもない。
(紫式部も中流貴族の娘である)
だが、随一といっていいほど誇り高く、賢い女性。
光源氏にいいよられて一度は身をゆるすが、二度と同じあやまちはしない。
思慮深く、知性的である。

一体、紫式部の本心はどこにあったのだろうか。

                                                












     
    





二千円札に描かれた紫式部











ほとんどお目にかかることのなかった二千円札、
(発行以来、数えるほどしか見てない。一枚どこかにしまってあるはずだが、それすら見つからない)
その裏に描いてある紫式部の肖像画。

この下ぶくれ、引き目、鉤鼻はどうだろう。
(もっともこれが当時の美人顔だという説も
ある)
鎌倉時代前期(13世紀)に描かれたもので絵師不明。
これだって想像画なのだから、実際のところは分からない。
私の想像では頭はいいが、気難しく、神経質。となると、こんなにふっくらしているのは娘のときだけで、中宮に仕えていた頃の彼女はもっとぎすぎすしていたのではないだろうか。
これも勝手な想像である