一葉と晶子から学ぶ"幸せのかたち”
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樋口一葉は24歳の若さで花びらが散るように死んでいった。
結婚もせず、子供もいない。小説の師・半井桃水をさいごまで慕い、そのこと
は晩年、一葉の家に入り浸った「文学界」の仲間たちにもいわなかった。
短いながらプリーツスカートのようにひだの多い人生で、平均寿命以上生きた
人に勝るとも劣らない、凝縮されたものである。

与謝野晶子は64歳の生涯をまっとうし、11人(産んだのは13人で1人夭折、
1人死産)
の子供を育て、歌集もこぼれるように生み出した。

感性がするどく情が濃いゆえに、夫鉄幹との軋轢(あつれき)にはすさまじい
ものがある。とても真似できるものではない。
明治を代表する女流作家と歌人だが、二人は幸せだったろうか?
人生はどうやら、長短でははかれないものらしい。そして、幸福のかたちも
それぞれに違うもののようである
一葉はふつうの女の子がするようなオシャレや贅沢とは縁がなく、生涯貧に
苦しめられたが、不幸であったかというと、そうではない。百年以上たっても
色あせないみずみずしい作品を残し、毎日を懸命に生きた。寿命を生ききった
一葉は充分に幸せであったろう。
一方、晶子は子産みと子育てがつづくなか、歌集もこぼれるように生み出した。
鉄幹はロマンチストで、常に恋をしないと生きられない多情な夫であった。
いきおい家計は晶子ひとりの肩にかかり、家庭は修羅場と化した。彼女ほど
嫉妬と懊悩を深めた女性はいないのではないか。
しかし晶子は、鉄幹なしに歌をつくることも子供を産むこともできなかったの
であろう。鉄幹をさいごまで愛し、歌のなかで自我を開放した晶子は、充分手
ごたえのある生涯を送ったのだった。
ほんとうの幸福とは何か?
それは、与えられた人生を精一杯、生ききることなのかもしれない。



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