第三章 欲しかったもの

 正直、再会してどうしたいなんて考えてなかった。
 ただ、闇雲に探していただけなのかもしれない。
 でも、守りたいって思った気持ちに嘘はなくて、
 戻りたいって想いは何よりも強くて、
 許せないって気持ちもどこかにあった。
 恨んでいないと言ったら嘘になる。
 だけど、本当はどうしたらいいのかさえも分からない。































 安宿の硬いベッドの上で、海理は目が覚めた。
 「…………」
 むくっと起き上がってあたりを見渡す。
 「ここ……どこ……?」
 どう考えても自分でこの場所に来た記憶がない。
 服も着替えさせられてる。
 海理は自分の記憶を遡ってみる。
 「えっと……確かレイリアの砦で斬り合ってて……それから……!!」
 アルトフォード・サルヴァム。
 蘇ってきた一番鮮烈な記憶。
 あの時アルトフォードは確かに剣を突きつけた。
 「でも……私、生きてる?」
 だったらここまで運んできたのはアルトフォードということになる。

 でも、どうして?
 私を助ける理由なんて、無いはずなのに。
 ずっと、憎まれてると思っていた。
 「アルト……分かんないよ……」
 その時バタン、と扉が開く音がした。
 「目ぇ覚めたみたいだな」
 中に入ってきたのはアルトフォード。
 その手に持っていたのはパンとスープがのったトレイ。
 「アルト……」
 アルトフォードはそのトレイを海理に渡す。
 「食えるか?無理そうならもっと消化のいいものを持ってくるが」
 「…………」
 「どうした?」
 アルトフォードはどこまでも普通だった。
 先日まで殺し合いをしていた相手とは思えない。
 「私を、殺したいんじゃなかったの?」
 「…………」
 あれ?何か、怒らせたみたい……
 どうして?
 ますます訳が分からない。
 「…………ーーから」
 「え?よく聞こえないんだけど…」
 「いいから黙って食え!このバカ娘!!」
 「〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 み……耳が……きーーーーん……!!
  
 アルトフォードはそのままそっぽ向いてしまった。

 「う……!」
 パンを口に入れると血の味が広がっていく。
 そういえば血を吐いて倒れたのを思い出した。
 不快な感覚だがここは我慢するしかない。
 これ以上アルトフォードを怒らせるのは良くない。

 そうやって海理がトレイにのったものを全部平らげた頃、ようやくアルトフォードの方
が話しかけてきた。
 「最初に聞いておく。お前は俺の知ってる海理・ルナリス・グナハーンで間違いないん
だよな?」
 こんな質問を今更するのは本人を目の前にしても解決できない矛盾があったから。
 そして海理の答えもまた明確だった。
 「そう。私はアルトフォード・サルヴァムの知っている海理・ルナリス・グナハーン。
間違いないよ。アルト」
 アルトフォードは目を閉じる。
 激情に流されないように、自分の心を落ち着かせる為に。
 「二つ目の質問だ。俺の記憶違いでなければお前は今十二歳のハズなんだが……」
 今の海理はどう見ても十六、七歳くらいに見える。
 魔法師の成長が遅いのはよく聞く話だが、その逆の例なんて聞いたことがない。
 「うん。私は十二歳。でもこの体は十六歳の私」
 「魔法……か?」
 「うん。時間と空間に干渉して、四年後の、十六歳の私の体をこの場所に置き換えてる。
架空元素の応用」
 「…………」
 いまいちよく分からないが、とにかく十六歳の体を強制的にこの場所に持ってきている
という事なのだろう。
 「肉体の年齢を変えた理由は二つ。一つはグナハーンの追手の目くらましと、もう一つ
は旅の都合上。やっぱり子供の一人旅は色々と面倒事が付きまとうから」
 「なるほどな」
 確かに十二歳のままでは一人で宿をとるのも難しいだろう。
 下手をすると家出人扱いにされかねない。
 そこで身元を調べられたりしたら更に厄介な事になる。
 「でもそれならもっと年齢を上げた方が良くないか?」
 どうせなら十八歳以上ぐらいにしておいた方が色々と都合がいいと思うのだが。
 「時間と空間への干渉は禁呪の一つ。当然制約はある。私は十六歳以上の肉体はこの空
間に置き換えられないの」
 「ふーん。便利なようで不便なんだな」
 「まあね」
 はっきりいって細かい内容はさっぱり分からない。
 どれも並の魔法師のレベルでは理解の外だ。
 元々俺は魔法師じゃないしな。

 「私からも、聞いていい?」
 「ああ……」
 そこで海理はずっと疑問に思っていたことを口にした。
 「あの時、なんで私を殺さなかったの?」
 殺されてもいいと思った。
 他の誰でもないアルトになら、その権利があるから。
 だから剣を突きつけられても反撃する気さえ起こらなかった。
 それなのに、アルトが未だに私を生かしている理由が分からない。
 「アルト……?」
 アルトフォードは黙ったまま俯いていた。
 「俺は、お前を殺したかった訳じゃない」
 「え……?」
 「俺はただ、知りたかっただけだ」
 「何を……?」
 「俺はあの時海理と親父の間に何があったのか知らない。でも親父は納得して死を受け
入れていた。あの時親父が命を懸けて行った『何か』。俺はそれが知りたい」

 知らなければ何も出来ない。
 何も言えない。
 親父の想いを知らないまま、海理をどうにかする権利なんて俺にはない。

 「あの時、どっちにしてもリヴィオは死んでいた。結局、私がアルトからリヴィオを奪
ってしまったことには変わりないんだ。でもね、リヴィオはいなくなった訳じゃないよ」
 「どういう…意味だ……?」
 言っている意味が理解できない。
 海理は何を言おうとしているのだろう?
 「ここにいる。リヴィオはここにいるよ」
 「海理……?」
 ここにいる?
 心の中に、生きていると言いたいのか?
 「ちゃんと、ここにいる」
 「……!!?なぜ服を脱ぐ!?」
 いきなり服を脱ぎ始めた海理に一気に後ずさるアルトフォード。
 余談だが海理が今着ている服を着替えさせたのはアルトフォードではなく宿の従業員で
ある。
 「……何だ!?それは?」
 そんな焦りも一瞬で吹き飛ぶものを目にしてしまった。
 海理の背中一面に刻まれている刻印。
 触れなくても分かる。
 何か、大きな力を押さえつけて、今この瞬間も鬩ぎ合っている。
 これは一つの封印だ。
 「『封呪刻印』、とリヴィオは言っていた。私の中の回路をこの刻印で封じているの。魔力を外界に繋ぐ回路を封じられたら私は魔力を使えない。でもその代わり魔力の発動が出来ないから、私の中の竜の因子も発現できないの。だから反転も暴走もしない。一切の魔力を封じる代わりに、私は人として生きていくことが出来る」
 「親父は……この封印で命を落としたのか」
 確かにそれなら分かる。
 海理の中に眠る力は絶大で、それは人間一人の手に負えるものじゃない。だからそれを
押さえつけようとするのなら、確実に命ぐらいは代償になるだろう。
 いくら竜の因子を持っていても『人間』という器に縛られている以上、自己の魔力と外
界を繋ぐ回路を通してしかその力を発揮できない。
 だから親父は海理の回路のみを封じたんだ。
 最もシンプルで、最も確実な方法。
 あの封呪刻印は親父の命で創られたもの。
 だから親父はここにいる。
 
 「アルト。比喩でも何でもなくリヴィオはここにいるんだよ。だってこの刻印はリヴィ
オの魂を使って刻まれているから」
 「……え?」
 「リヴィオは死んでしまったけど、実質的には肉体を捨てただけなの。魂は此処にいる。
この刻印と共に私の中に居る」
 「…………」

 そのときの衝撃を、何という言葉で表現すればいいのか……
 体の中からこみ上げてくる『何か』。
 それは涙となって頬を伝う。

 「本当に…ここに……」
 「うん。いるよ。私には分かる」
 海理の、背中の刻印にそっと触れる。
 分かる。
 魂の感触。
 間違えるはずがない。
 此処に在るのは間違いなくリヴィオヴェルク・サルヴァムの魂。
 確かに、此処に居るんだ……
 「わっ!?ちょ、ちょっとアルトー!!?」
 アルトフォードはあろうことか上半身裸のままの海理をそのまま抱きしめた。
 さすがにこれには海理も焦る。
 「悪い…少しだけ……!」
 
 少しでも、近くに感じていたくて、
 止まらない涙も、どうでも良くて、
 ただ、ここにある温もりが全てだった。
 それだけで、よかった。


 「悪かったな。服、着てくれ……」
 さすがに裸のまま抱きしめ続けていたのは悪いと思ったらしくアルトフォードは視線を
逸らしたまま床に落ちた服を海理に渡す。
 「ううん。気にしないで……っくしゅん!」
 だいぶ体が冷えていたらしい。
 いっそう罪悪感が増してくる。
 「……悪かった。ほら」
 服を着た海理の頭の上に更に毛布をかぶせる。
 「大げさだよ〜」
 「いいからかぶってろ。今温かいもの持ってくるから」
 アルトフォードはそのまま部屋から出て行く。
 残された海理はかぶせられた毛布に頬をすり寄せた。
 「……リヴィオ、アルトは、変わってないね」
 背中の刻印が疼く。
 語りかけると、ちゃんと反応が返ってくる。
 本当に、此処に居るんだって実感できる。
 それがうれしい。
 「アルトは、変わらない。ずっと、優しくてあったかい。あの時のまま……」
 それがすごくうれしくて、苦しかった。
 本当はもっと責めて欲しかった。
 自分の罪を知っているから、優しくされるとすごく苦しい。
 変わらないアルトを見てるのが辛くて、でもそれがやっぱりうれしくて、本当、現金な
自分の性格が嫌になる。
 「……はぁ」
 「何でっかい溜息ついてんだよ?ただでさえ幸薄そうなのにこれ以上幸せ逃がしてどう
するよ」
 どん、と頭の上に置かれたのはホットミルク。
 ホットミルクは大好きだけど……
 でも今のセリフはちょっとヒドイ……
 「私、そんなに不幸そうに見える?」
 「そりゃあもう、これ以上無いって位に!」
 「…………」
 そこまで言うかな……
 「私、今結構幸せなんだけどなぁ……」
 アルトと再会できて、
 ホットミルク入れてもらって、
 優しくしてくれて、
 夢みたいに幸せなのに……
 「でっかい溜息ついたあとに言われたって説得力ないって」
 「…うっ!それはそうかも」
 相変わらず突っ込みが鋭い。
 リヴィオもこんな気分だったんだろうか?
 ホットミルクは熱過ぎず、温過ぎず、まさに絶妙だった。
 「ところで海理。さっきの話を聞いてもう一つ疑問に思ったことがあるんだが……」
 「何?」
 ずずず〜っとホットミルクをすすりながら返事をする。
 「封呪刻印によって回路を封じられた海理は魔力を使えないんだよな」
 「うん」
 「だったらその年齢詐称はどうやってるんだ?」
 「……っ!」
 ぶっ……、と少しホットミルクを吹き出してしまった。
 きちゃないと突っ込むなかれ……
 今のはちょっとアルトにも非がある…と思うから……
 「あ……あのさ、確かに年齢詐称には違いないんだけど、もう少し他に言い方無いかな
ぁ?ちょっと人聞き悪いっていうか……」
 物言いにちょっぴり悪意を感じるよぅ……
 「意味は一緒なんだから気にするな」
 「うぅ〜〜〜……」
 やっぱり少し変わったかもしれない。
 少〜し意地悪になってる気がする。
 「回路による魔力の発動は出来ない。けど魔力そのものが使えない訳じゃないの」
 海理は自分の荷物からいくつか宝石を取り出した。
 「自らの回路から魔力を持ってこれないのなら別のところから持ってくればいい。この
宝石に込められている魔力を使えば私でも魔法を使うことが出来る」
 「そういうカラクリか」
 長い年月を経た物質には『時間』というセカイが出来上がる。
 特に純度の高い鉱石、宝石などは余分なものが無い為、『時間』というセカイの中に魔
力を込めやすい。
 魔法具を扱う店ではそういった魔力を込められた宝石も多く売られている。
 一つの宝石に魔力と元素、つまり魔法を込めることによって呪文詠唱無しで魔法を発動
させることも可能になる。
 大抵の場合はそういった呪文詠唱無しの攻撃や結界の為に利用されることが多く、魔力
のみを込めて必要に応じて使うなどという栄養ドリンクみたいな使い方をする奴は初めて
見た。
 「でもその年齢詐称って禁呪の一つなんだろ?結構魔力の消耗激しいんじゃないか?魔
力そのものの調達はいったいどこから……」
 「だから年齢詐称ってゆわないで……」
 海理は半泣き状態だった。
 宝石を取り出した袋の中から今度はナイフが出てきた。
 「魔力はね……ここから!」
 海理はそのまま自分の手首をナイフで勢いよく切った。
 ドバドバと血が滴り落ちる。
 「海理ーー!!?」
 「Gelare Absorptio」
 流れ落ちた血は急激に宝石に吸収された。
 手首の傷はゆっくりと塞がっていく。
 「回路から外に出せないのなら別の方法で出せばいい。体内に流れる血液は魔法師にと
っては魔力そのものだから。周囲に魔力と元素さえあれば私も魔法は使える」
 「…………」
 「でもこの方法だとしょっちゅう貧血になるんだけどね。あ、傷が塞がるのは体内に流
れる魔力と竜の因子による回復力みたい」
 「…………」
 「あれ?どうしたのアルト?」
 「いや、なんっつーか……予想はしてたけどなんかヤバ気な人生送ってるなー…って思
ってさ」
 デンジャラスエッセンス百二十パーセント?自分で手首切って魔力の補充なんて端から
見たらプチ自殺志願者って感じ?
 「アルトだって戦場にいたくせによく言うよ!」
 「お前を捜してたんだよ!!」
 「…………」
 「…………」
 「えっと…ごめん…」
 一気に空気が重くなる。
 息をするのもしんどくなる。
 「いや、俺もちょっと大人気なかった」
 「あの…ね、アルト、怒るかもしれないけど、でもどうしても聞いておきたいことがあ
るの」
 今の時間を壊すことになっても、これだけははっきりとしておかなければならない。
 絶対に、先延ばしにしてはいけない。
 「……言ってみろ」
 「うん。私はずっと、アルトに憎まれているんだと思ってた。それがリヴィオの意志だ
としても、私がリヴィオを殺した事実は変わらない。だから剣を向けられたとき安心した。
でもアルトは私を殺さなかった。今もこうやって普通に話してる。私ね、アルトがどうし
たいのか、何を考えてるのか全然分かんないよ」
 「…………」
 「アルト、答えて」
 残酷な問いかけだということは分かっている。
 でも、どうしても聞いておかなくちゃいけないこと。
 殺されると思った。
 殺されてもいいと思った。
 「俺が、お前に抱いている感情は正直複雑なんだ。海理を恨んでいないと言ったら嘘に
なる。でも、親父が命を懸けてお前を生かしたのはこんな未来を望んでいたからじゃない
だろう?俺はお前のこと許せないけど、でも守りたいって気持ちも嘘じゃないんだ。四年
前、俺は自分への誓いを裏切った」
 海理を守る
 海理を助ける
 他の誰でもない、自分自身への誓い。
 俺は、それを一度破った。
 「許せないって気持ちも、守りたいって気持ちも、同じ重さの想いなら、俺はもう何も
失いたくない。俺は親父と約束したんだ。いつか海理の力になるって。だから、この約束
は破りたくない。海理の中に親父が生きているのなら尚更だ」
 「…………」
 「もう、四年前には戻れないけど、それに近い形があるのなら、俺はそれがいい。海理
を憎むよりも、俺は海理を守って生きていきたい」
 「アルト……」
 それは、どんなに辛い決断だっただろう。
 それでもアルトはいいと言ってくれた。
 叶わないと思っていたユメ。
 来るはずがないと諦めていた未来のかたち。
 でももう一度、アルトが許してくれるのならもう一度、この手を取って生きていきたい。
 アルトと一緒に、生きていたい!

 「これが、俺の答えだよ」
 アルトフォードはボロボロと泣いている海理をそのまま抱きしめた。

 泣き虫なところも変わらない。
 海理の中の不変のものが、うれしかった。

 「私、アルトが大好きだよ。リヴィオのことも、アルトのこともずっとずっと、大好き
だよ」
 アルトフォードの胸にしがみついて、海理はただその言葉を繰り返した。

 私の欲しかったもの。
 取り戻したかった時間。
 全部、この腕の中にある。
 限られた時間でもかまわない。
 この幸せに包まれて、生きていけるのなら。



 その夜、海理の隣の部屋にいたアルトフォードは中々眠れなかったので、何となく海理
の部屋に足を運んだ。
 コンコン、と戸を叩く。
 「海理、起きてるか?」
 …………
 反応は返ってこない。
 戸を開けると海理はソファーでうたた寝をしていた。
 「あーあ、こんなところで寝ると風邪ひくぞ?」
 海理を抱えてベッドまで運んでやる。
 そのまま毛布を掛けて部屋を出ようとしたが、ふと思い留まった。
 「…………」
 寝返りを打った海理の背中からは封呪刻印が少し見えていた。
 「……親父、そこに…いるのか?」
 刻印に触れると確かに感じるリヴィオヴェルクの気配。
 忘れるはずがない。
 十九年間、ずっと共にあった感覚。
 「親父。これで、良かったんだよな?俺、間違ってないよな……?」
 自分の選択に、絶対の自信なんて持てない。
 だけど、リヴィオヴェルク・サルヴァムの事は誰よりも理解しているつもりだ。
 だからきっと、俺たちにとってのこの選択は間違っていないと確信できる。
 「……刻印相手に話しかけるのもちょっと不毛かもな」
 ふぅ…と一息ついてアルトフォードはそのまま出て行こうとする。
 『…………くん』
 「…………」
 今、空耳が聞こえた。
 『アルくん』
 「……嘘……だろ!?」
 振り返るのが怖い。
 ありえない、なんて言えない。
 親父は確かに海理の中に居るんだから。
 『アルくん。久しぶり』
 振り返って、目の前にいた幻は確かにリヴィオヴェルク・サルヴァムの姿だった。
 「親……父……」
 その姿は、壁の向こうに透けていて、実体ではないことは明らかだった。
 『大きくなったね。待っていたんだ。君と、海理様が再会できる日を』
 「親父は、変わらないな。魂だけになると歳はとらないものなのか?」
 リヴィオヴェルクは四年前の姿のままだった。
 あの時と、何一つ変わらないまま……
 『そうだね。今アルくんと並ぶと同じ歳くらいにみられるかな?』
 「アホぬかせ!この年齢詐称コンビ!しかし一体どういうカラクリなんだ?」
 封呪刻印となったリヴィオヴェルクはその刻印のみの存在で、意識の具現化なんて便利
なことは単体で出来るとは思えない。
 『うん。僕だけじゃ無理だった。でも海理様が協力してくれたから』
 そう言って、リヴィオヴェルクは海理の手の方を指さした。
 海理の手には一つの宝石が握られていて、その宝石から魔力の流動を確かに感じる。
 つまりリヴィオヴェルクは宝石の中にある魔力を使って自分の姿をこの場所に投影して
いるらしい。
 『ほとんど限定的なものだけどね。あの宝石の魔力と、海理様が眠っている間だけ。海
理様が起きている間は僕も封呪刻印の維持で手一杯だから』
 つまりこうなることを予測して海理は宝石を持ったまま眠ったらしい。
 「お節介な奴……」
 『そうだね。正直そう何回も出来る事じゃない。海理様への負担も大きいし、この宝石
に込められた魔力も本当は海理様にとって必要なものだから』
 本来は眠っている間も封呪刻印の維持は最優先で、今こうしている間もギリギリの状態
らしい。
 それでも海理は親父を俺と逢わせてくれたんだ。
 「ありがとな……」
 眠っている海理の頭をそっと撫でた。
 「親父。親父はあの時、海理が逃げ出さなくても、自分が殺されなくても、結局はこう
するつもりだったんだな」
 『うん。それがあの時僕が為すべき事で、僕にしか出来ない事だったから』
 それにしても大それた事をしてくれる。
 他人の体に魂を刻みつけるなんて、下手をすれば双方の魂が融合して対象者の人格を破
壊しかねないのに……
 『あははは。そうだねー。でもうまくいったでしょ?』
 「笑いごとじゃねぇ!!」
 …………
 何てこった…
 親父のこの性格は死んでも直らなかったらしい。バカは死ななきゃ治らないって言葉が
あるがあれは迷信だな。
 きっと生まれ持ったものは死んでも治らないんだ……
 『うわ〜…何を考えているのか手に取るように分かるよ。ひっどいなぁ〜。僕だって確
証無しにこんな危険な事しないよ。ちゃんと成功させる自信はあったんだ。前例があるか
らね』
 「前例?」
 『うん。シグノージェナスって国は知ってる?』
 「ああ」
 グナハーンの遥か西に位置する国で、グナハーン同様魔法の研究に力を注いでいる国。
 『そこの王家の秘術に『守護刻印』っていうのがあるんだ。自分の魂の一部を対象者に
刻み込んでその力を以て守護するっていう魔法。僕が使った『封呪刻印』はこの『守護刻
印』とは正反対の性質だけど大元になるものは同じ。自らの魂を人体に刻みつける事で効
力を発揮する』
 反対の性質を持つもの。
 しかし、その元となるものは同じ魂。
 刻みつけられた魂は人間ではなく一つの概念となる。
 「初耳だ。でもよく知ってるな。また何かセコイ手でも使ったのか?」
 『またって何ー!?セコイ手って!?人聞き悪ーい!!僕はこれでも元・国家魔法師な
んだよー!特使としてシグノージェナスに行く機会があったんだってば!!その時に知り
合いのシグノージェナスの国家魔法師に教えてもらったの!』
 「それでも国家機密だったのは間違いないんだろ?」
 『そこはまぁ……いろいろと……』
 急にリヴィオヴェルクの歯切れが悪くなった。
 「やっぱセコイ手使ってんじゃねーか」
 ぎくっと後ずさるリヴィオヴェルク。
 あまりに生前らしくて幽霊じみた姿に違和感を覚えるほどだ。
 『ちがうもーん!対価として僕のオリジナルの魔法をいくつか提供したもん!セコイっ
ていうなぁー!!』
 「…………」
 な……泣けてくるぜ。
 久しく忘れていたこのバカ全開パワー。
 懐かしさよりも脱力感が先に襲ってくるね。
 『アルくーん。そんな珍獣を見るような目で見ないでよぅ…おとーさんはかなしーよぅ』
 「よく分かってんじゃねーか」
 体の透けてる思念体ってもっと儚いイメージがあったんだけどな……
 現実はこの珍獣モドキ。
 認識を改めなければ……

 『アルトフォード。隠しても無駄みたいだから先に言っておく』
 「…………」
 親父が俺を『アルトフォード』と呼ぶときは決まって真面目な話をする時だ。
 だから俺も気持ちを切り替える。
 『この封呪刻印も、そして海理様の命も、保ってあと一年だ』
 「……そうか」
 『やっぱり、驚かないんだね』
 「予想はしていたからな」
 海理が俺の前で血を吐いて倒れた時から、残された時間は多くないと分かっていた。
 『本当はね、僕の魂を全部費やして完成させたこの封呪刻印も、二年と保たない筈だっ
たんだ。かけた当時は五年は保つかなって思ってたんだけど見通しが甘かったみたい。海
理様の中に眠っている力は僕の予想を遙かに超えていた。でも二年で消滅するはずだった
この封呪刻印を守る為に、海理様は自分の魔力のほとんどを費やしている』
 「…………」
 無理矢理魔力を引き出してでも、この封呪刻印を守りたかったのか……
 それはきっと……
 『海理様はあの時の僕の言葉を守ろうとしてくれている。でも、それももう限界に近い。
周囲の生命力を集める方法も、今の海理様にはもう出来ないだろうしね』
 「周囲の……生命力……?」
 そうか。
 だから海理は戦場にずっといたのか。
 あの場所は血と、生命に満ちあふれている。
 たとえ負の力でもそれを吸収していれば、確かに封呪刻印の維持は可能だろう。
 「もう……出来ない……?」
 『出来ないだろうね。間違いなく。アルトフォードと再会した今、必要以上に血に汚れ
たくない。無意味に人を殺したくない。海理様はきっとそう考えている。今までだって本
当は、戦いが終わる度にずっと泣いていた。他人の命を糧に生きている自分は何て酷い化
物なんだろうって。一人でずっと泣いてたんだ。僕はもう、そんな海理様は見たくない』
 「生きていく為だけじゃ……無いと思う……」
 きっと海理は生きていたかった訳じゃない。
 俺を前にして死を望んだ海理が、自分の為に人を殺したりはしない。
 生きていたかった訳じゃない。
 ただ、死ねなかっただけなんだ。
 自分が死んだら、自分の中にいるリヴィオヴェルクまで殺してしまう。
 自分の為に命を懸けてくれた人を二度も死なせるのが、海理には耐えられなかったんだ。
 だからどんなことをしてでも生きるって決めたんだ。
 たとえその為に人を殺し続けても……
 「本当……相変わらずだよな……」
 『そうだね。でも、海理様らしいよね』
 「ああ」
 不器用で
 真っ直ぐで
 優しくて
 あの時と何一つ変わってない。
 『でも、海理様はもう戦場では生きていけない。アルトフォード、君に出逢ったから』
 「結局、足を引っ張るのは俺なんだな……」
 いつだって、海理の足枷になるのは俺なんだ。
 俺さえいなければ海理は……
 『駄目だよ。そんな事考えたら』
 「…………」
 『確かに君は海理様にとっての足枷だけど、でも海理様にとってそれは失くしてはいけない、かけがえのないものだから。だから君がそんな事を言ったらいけない。分かるね?』
 「ああ」
 俺がするべき事は嘆く事じゃない。
 海理の傍で笑っている事。
 海理が安心できるように。
 それぐらい、分かってるさ。
 『封呪刻印は今この瞬間も確実に海理様の肉体を蝕んでいる。力を力で押さえつければ
反発し合うその力で対象者の体はボロボロになっていく。僕はそれが分かっていてもこう
するしかなかった。海理様を人として生かしたかったから。他に方法が無かった。僕の命
全部使っても結局は海理様の未来をつくってあげる事は出来なかった。ホント、何が国家
魔法師だ。無能もいいところじゃないか……』
 そう言って、リヴィオヴェルクは目を伏せた。
 かすかに震える肩が心に渦巻く怒りの度合いを表している。
 「終わりは、避けられないんだよな?」
 『……うん』
 人として生きる代償。
 それはあまりに大きくて、現実は酷く残酷なものだということを再認識させられる。
 「そうか。大丈夫だ。海理には俺がいる。親父もいる。たとえ限られた命でも、生きて
て良かったって思えるぐらい幸せにしてやればいい。俺が必ずそうしてやる。だから心配
すんな!」
 『アル……くん……』
 「な?」
 短い時間でも、得られるものはきっとある。
 無意味に長く生きるよりも大切なものを、その手に掴めればいい。
 『アルくんはすごいね。僕は過去の落とし前をつける事しかできなかったけど、アルく
んならきっと、未来の幸せを手に入れる為に生きていける』
 「まかせろ。その為に俺は間に合ったんだ」
 限られた海理の命が終わる前に再会できたのは、それが俺の役割だからだと信じてる。
 今度こそ、絶対に守るから。
 『うん。僕に出来なかった事、他の誰でもないアルくんならきっと出来るよ。僕が保証
する』
 「ああ。だから親父はもう無理すんなよ?俺はもう、大丈夫だから」
 もう大丈夫。
 感情に流されたりしない。
 俺は自分の意志でこの道を選ぶ。
 『うん。ごめんね。アルくんには父親らしい事何もしてあげられなかったね』
 「はじめから期待してないって……」
 それに、残っているものもちゃんとある。
 今もまだ左耳にある青銀の光。
 『カフス、つけてくれてるんだ。うれしいな』
 「……たまたまだ!」
 素直になれない。
 でもきっと、俺達はこんな関係が一番自然だ。
 『そっか。たまたまなんだ。うん、でもうれしいからいいや!』
 リヴィオヴェルクは今までで一番の笑顔をアルトフォードに向けた。
 その笑顔は、本当に心からの気持ちで、悲しい事なんて何もないのに、胸がすごく痛く
なった。
 「親父」
 『ん?』
 「俺さ、親父に言えなかった事、言いたかった事、いっぱいあるんだ」
 『うん……』
 「幽霊でも何でももう一度逢えたら、絶対に言おうと思っていた。でも、やっぱりやめ
とく」
 『そっか……』
 リヴィオヴェルクは少し寂しそうに笑っただけだった。
 「でも……」
 夢でも
 幻でも
 幽霊でも
 思念体でも……
 「もう一度、逢えて良かった」
 アルトフォードの笑顔は、今にも泣きそうで、でも泣けなくて、過去との決別を必死で
受け入れようとしている。
 そんな痛々しい笑顔だった。
 『うん。僕ももう一度逢えてうれしかった。愛してるよ、アルトフォード!海理様をよろしくね』
 「ああ」
 『ばいばい』
 そう言って、手を振ったリヴィオヴェルクは一瞬でその場から消えた。
 いや、正確には海理の中に戻った。
 それはまた明日、とでも言うような気軽さで、どこまでもリヴィオヴェルクらしかった。
 もう、こんな形で逢う事も二度と無いだろう。
 それでも、リヴィオヴェルクはいつもと変わらない潔さで消えた。
 「うん。またな」
 だから俺も引きずったりしない。
 未来を見るって決めたから。
 「海理……。ありがとう」
 アルトフォードは今度こそ海理の部屋を出た。
 眠っている海理の頬に落ちた一粒の涙。
 それは海理から流れたものではなく……
 
 きっとそれは決別の証。
 その涙が乾く頃には、もう振り返る事もないだろう。


「デートしよう!」
 「…………」
 次の日の朝、
 アルトフォードが海理に開口第一声に言った言葉。
 「…………」
 「…………」
 更に沈黙。
 「えっと……どうしていきなりそんな事を?」
 いきなりの言葉に混乱しながらも一応そんなことを聞いてみる。
 「俺がしたいから」
 「…………」
 思い出作り、なんてガラじゃないけど、一番はこれしか思いつかなかった。
 海理に思いっきり楽しい一日をプレゼントする。
 月並みだけど、でもきっと楽しいと思う。
 幸いこのパッシオの街は程々に栄えていて娯楽に飢えることはない。
 楽しめる場所はいくらでもあるだろう。
 「イ…イヤか?海理は俺とはデートしたくないのか?」
 「え!?う、ううん!そんなこと無いよ!」
 少々強引だがここは押しの一手に限る。
 そうすれば海理は絶対に折れることを知っている。
 「イヤじゃないけど……」
 「大丈夫!元の姿ならちょっと犯罪だが今の十六歳ヴァージョンならギリギリオッケー
だ!!」
 さすがに十二歳ヴァージョンではロリコン、と後ろ指を指されかねないが。
 「……犯罪」
 「と、ゆーわけで決まりな!後で海理の部屋に行くからちゃんと着替えて待ってるよう
に!」
 残った朝食を一気に掻っ込んでアルトフォードは食堂から出て行った。

 一方、残された海理は……
 「……デート」
 一言、繰り返してみる。
 「……って、何だっけ?」
 …………
 いくら外見を誤魔化しても所詮中身は十二歳のお子ちゃまであり、デートという言葉は
知っていても具体的な内容はなーんにも知らない、というボケっぷりであった。

 それから三十分後、

 「海理ー!準備できたかー?」
 コンコン、と戸を叩く。
 「うん。もう着替えたから入ってきていいよ」
 「…………」
 硬直……
 確かに海理は着替えていた。
 着替えていたのだが……
 「その格好で……行くつもりか……?」
 「うん。え?何か…おかしい……?」
 海理の着ている服はどう考えても普段着でデート用というよりは今からまた旅に出ます
よ、といった感じの冒険者ルックだった。
 しかもばっちりニホントウまで帯刀してるし……
 「……最初に行く場所は決まったな」
 「へ?アルト……?」
 ここで海理に服装について突っ込んだところでまともな着替えなど持ってはいないだろ
う。
 だがとりあえずその服は改めさせなければなるまい。
 そして……
 「海理!!」
 「ハイ!!」
 いきなり大声で名前を呼ばれた海理は条件反射のごとく大声で返事をした。
 「ニホントウは置いていけ」
 「え?で、でも…何が起こるか分かんないし……」
 気持ちは、分からなくはない。
 剣士にとって自分の獲物を手放すと言うことはどうしようもない不安を抱えることにな
る。
 体の一部を一時的に失うと言ってもいい。
 丸腰で街中を歩くというのはそれだけで落ち着かない。
 しかし、今日だけはそれが許せない。
 「何が起こっても俺が守ってやる。だからニホントウは置いていけ」
 「…………」
 何か今……別の意味で許せないものを垣間見たぞ……
 「おい……なんだその目は?俺ってそんなに信用無いか?」
 「だってアルト前に私に敗け……」
 「うわあぁぁぁぁーーー!!言うなあぁぁぁーーーー!!!」
 嫌なことを思い出した。
 そうだよ!俺以前コイツに敗けてるんだよ……。
 ちっくしょーう!!!
 「あれはお前の運動能力がズバ抜けてんだよ!!俺はグナハーンにいた時だって負けた
こと無かったんだからなー!!」
 なんか負け惜しみっぽくなって嫌になるがこのまま頷くのはもっと嫌だ。
 男としてそれだけは耐えられない!
 「うーん。たしかに私と戦ってあそこまで持ち堪えたのはアルトが初めてだった」
 「そうだろう、そうだろう!あれは海理の強さの方が異常だ。何だ、それもアレか!?
竜の因子の副産物ってヤツか?」
 傷が回復したりするんだから運動能力が桁外れに向上したって今更驚かないぜ…ふふふ
……
 「うん。あと動態視力とかも人並み以上だと思う」
 「…………」
 あー…さいですか……
 もーいーです。
 ちょっと虚しい……
 「と、とにかく!海理は例外としても俺だってそこそこ強いつもりなんだ!今日一日ぐ
らい丸腰の海理を守ってやれるぞ!」
 「…………」
 散々迷ったが、海理はニホントウを部屋に置いていく事を了承してくれた。
 しかしニホントウを無造作に壁に立てかけた海理に向かって一言だけ言っておいた。
 「文化遺産だぞ……それ……」
 本当の価値を理解しているのかいないのか。
 売ればこの街一つくらい丸ごと買えてしまうであろう名刀をいかにも盗んでくださいと
分かり易い場所に放っておくのは如何なものか。
 「…………」
 妥協案としてベッドの下に隠しておくことになった。

 「よし、行くぞ!」
 「うん」
 宿屋を出てから一番最初に向かった場所は女性用の衣類店。
 まずはデートに相応しい格好をさせなければなるまい。
 最初に海理に好きな服を選んでみろ、と言ったら……
 「これとかいいかも〜♪」
 一目で気に入った、といって選んできた服は見事に予想通りだった。
 動きやすさ、通気性重視、スカートの『ス』の字も見あたらないパッチリなサバイバル服。
 良く言えば旅慣れてるセンスというか……
 長旅用の服としては一級品だ。
 しかし!!
 今日はそんなものをわざわざ買いに来た訳じゃないんだぁ!!
 いいさ!世間知らずのお姫サマをリードするのは男の役目さ!
 「海理はそこでじっとしてろ!」
 そう言ってアルトフォードは店内を見回って海理に似合いそうな服を物色する。
 そうして選んだ服はさっき海理が選んだ服とはうってかわってヒラヒラで、フワフワで、
いかにも良いところのお嬢様が着るような服だった。
 「こんなの着れないよーー!!」
 「う……だよなぁ……?」
 ヒラヒラ、フワフワ、お嬢様服は海理によって却下された。
 でも確かにこれはちょっと、海理には派手すぎたかもしれない。
 困った……
 どうしよう……
 しかし元の格好のままというのは俺的に許せん……!
 「うーーーーむーーーー……」
 「あのー……」
 「むむむむ……」
 「お客様……」
 「ん?」
 うんうん唸っていると店員さんらしき人が声をかけてきた。
 「よろしければ私がお見立ていたしましょうか?そちらのお嬢様の服……」
 「マジっすか!?ぜひお願いします!」
 渡りに船、魚心あれば水心あり、救いとは必ず近くにあるものだ。
 オシャレに無頓着な海里よりも、女性用の服に無知な俺よりも、ここはプロに任せるべ
きだろう!

 「…………」
 「いかがでしょう?」
 「……イイ!」
 店員さんが選んでくれたのは白のワンピース。
 派手すぎず、動きやすく、女性としての清楚さも損なわれていない。
 「何か……ちょっと…変な感じ……」
 着慣れていない服のせいか、海理は妙にそわそわしていた。
 しかし真っ白なワンピースに身と包んだ海理は壮絶に可愛かった。
 これ以上ないって位に似合っていた。
 どこから見ても清楚なお嬢様だ!
 「海理!!」
 「ハ…ハイ!!」
 「今日は一日その格好な!」
 「…………」
 「決定!」
 「えーーーー!!!!???」
 背中をポカポカ殴られながら、抗議の声が聞こえてきたがもちろん聞いてやるつもりは
ない。
 俺は海理のワンピース姿が気に入った。
 今日一日は絶対にこの格好で過ごさせてやる!

 それからワンピースに合った靴と、リボンも店員さんが選んでくれた。
 海理は始終不満そうな顔をしていたが敢えて見ないフリをした。
 リボンも変えてポニーテールにした海理はじーっとこっちを睨んでくる。
 「そんなに怒るなよ。似合ってるんだから」
 「動きにくーい!スースーする!!こんな服じゃ剣もうまく振るえない!!」
 っつーかその格好で剣を振り回そうとするな!
 台無しじゃないか!
 「いい加減機嫌直せってば」
 馬子にも衣装、なんてレベルじゃない。
 海理は元々素材がいいから着飾れば相当なものだ。
 さすが元お姫サマ。
 バリ可愛い!
 「今日一日は我慢してくれよ。俺はその格好の海理と一緒に歩きたい」
 「……今日だけ…だからね」
 「おう!」
 勝った!
 しかしやっぱり可愛い。
 一緒に道を歩いているだけで三人に一人は海理を振り返る。
 やっぱり他の人から見ても海理の外見は上等なんだなぁと実感する。

 「アルト、どこに行くの?」
 「いいからいいから。こっちこっち」
 海理の手を引いて、町の中心にある広場へと向かう。
 人混みを抜けたその先には、ちいさなお祭りが開かれていた。
 「うわあぁぁぁ……!すごーい!!」
 外見十六でもやっぱり中身は十二歳。
 こういうのが好きだろうとアタリをつけたのは正解だった。
 目の前に広がるのはサーカスの一団。
 綱渡り、玉乗り、動物使い、種類も様々だ。
 まわりには楽器を弾いている人たちもいてちょっとしたカーニバルになっている。
 「すごい!すごい!!アルトみてみてー!!」
 ぐいぐいとアルトフォード腕を引っ張ってはしゃいでいる海理は本当に楽しそうだった。
 「わかった、わかったから引っ張るな!伸びるー!!」
 「すごいよね!あんな細い綱の上でよく落ちないよね!?」
 そのうち綱渡りをしていたピエロが手に持っていたかごの中身を観客にばらまいた。
 紙吹雪が辺り一面に舞う。
 「ははは……前が見えないって……」
 ばらまきすぎだろう……
 うん、でも海理のこんな顔が見られたんならここまで来た甲斐があるってもんだ。
 生き生きしてる。
 いい笑顔だ。
 そんな風に気分を和ませていたら海理の周りにちょっとした異変が起こった。
 「……え?え!?」
 動物使いと芸をしていたライオンが一匹、海理の方へと寄ってきた。
 しかも小さな花束をくわえて。
 ちょっとしたサービスの一つだろう。
 ライオンはちょこん、と海理の前に座って花束を差し出す。
 「私……に……?」
 ライオンはぐるぐるとのどを鳴らす。
 「あ…ありがとう!!」
 海理はうれしそうに笑って花束を持っていない方の手でライオンのたてがみを撫でた。
 「アルト!みてみて!!」
 「よかったな」
 こんな大勢の中で選ばれるなんてすごいラッキーだな。
 いや、案外あのライオンくんも海理の可愛さに参ってたのかもしれないな。
 なんてちょっとアホなことを考えていたらライオンを迎えに来た動物使いが声をかけて
きた。
 「あれ?お連れさんもしかして剣士かい?」
 ちょうどアルトフォードの腰に下げている剣が目に入ったらしい。
 「俺?ああ、一応」
 「結構腕たつ?」
 「まあ、それなりに……」
 と、答えた瞬間、いきなり腕を掴まれた。
 「ちょうど良かった!頼む!協力してくれないか!?」
 「へ?」
 ズルズルとサーカス団のテントに連れて行かれるアルトフォード。
 海理は花束を持ったまま呆気にとられていた。

 「で?つまり怪我して出られなくなったヤツの代わりに俺に剣舞の相方をしてくれと、
あんたらはそう言いたいのか?」
 サーカス団のテントの中でほとんど無理矢理引っ張られてきたアルトフォードは不機嫌
そうに問いかけた。
 「ええ、お願いできませんか?」
 頭を下げているのはサーカス団のリーダーらしき爺さん。
 白くて長いお髭がなんとも特徴的だ。
 「…………」
 「…………」
 テント内にわずかな沈黙。
 「普段なら断るところだが……」
 「じゃあ……!!」
 今日の俺は機嫌が良い。
 それに俺の手で海理を喜ばせられるのならサーカスの真似事ぐらいやっても良いかな。
 「今日は特別だ。いいぜ。やってやるよ」

 それから舞台裏で模擬剣を使った手合わせが行われた。
 アルトフォードはただ仕掛けてくる相手に合わせて動けばいい、ということらしく思っ
たよりも順調にリハーサルは進んでいた。
 リハーサルが終わった頃、相方の男が話しかけてきた。
 「それにしてもあんたとんでもないスゴ腕だなぁ……」
 「そうか?」
 つい朝方、海理にボロ敗けしたことを思い出した身としては素直に喜べないでいた。
 「実戦であんたと剣を交えなくて良かったよ」
 「単純に剣の腕なら海理の方が上だけどな」
 舞台裏から観客席で表舞台を見ている海理を指さした。
 「カイリ…って君と一緒にいたあの可愛い女の子?ウッソォー!?」
 「嘘だったら俺もどんなに救われたか……」
 思い出しただけで泣きたくなるね……
 「…………」
 「…………」
 「マジ!?」
 「マジ……」
 その後、臨時の相方から返ってきた反応は両肩をポン、と一度叩く、というものだった。
 元気出せ、とか
 いつかいいことあるさ、とか
 そんな感じか?
 下手な慰めなんかいらねーよボケ!

 そしていよいよ剣舞が開幕した。
 二刀流で向かってくる相方に対し、アルトフォードは一本の剣で全て捌ききる。
 剣舞という行為は慣れていないものの、相方の舞うような動きと攻撃に自分の動きを合
わせていれば良いだけなので、アルトフォードは特別苦労はしなかった。
 模擬剣を使っているのでわりと遠慮無く実戦と変わらない動きが出来ている。
 臨場感は文句なしだろう。
 「兄ちゃん、ラストだ。ちゃんと頼むぜ」
 「分かってるさ。引き受けた以上はちゃんとやる」
 相方の最後の攻撃を受け流して、その剣を二本とも弾き飛ばす。
 再び歓声が上がる。
 もちろん海理の姿もそこにあった。
 あとはこのまま放り投げられた球体を真っ二つにして中に入っている花をばらまけば終
了だ。
 「…………」
 「兄ちゃん?」
 「一つ、サービスしてやるよ」
 「え!?」
 アルトフォードは大きくジャンプして、投げられた球を斬る。
 花びらが広場中に舞い上がり、再び歓声が上がる。
 それと同時にアルトフォードは呪文を発動させる。
 「Aqua Cum Esse Lux Caelum Ad−Scendre!」
 空中に水と光が舞い上がり、空に舞う花の中に大きな虹が生まれた。
 今までで一番大きな歓声が上がる。
 そして広場いっぱいに響き渡る盛大な拍手。
 今日の興業は間違いなく大成功だろう。
 「すっげぇ!!兄ちゃんあんた魔法師かい!?」
 「俺はただの剣士。魔法はまぁ…遺伝でな。ちょっと使える程度だ」
 ってゆーか抱きつくな!
 苦しい!
 男に抱きつかれても嬉しくない!!
 「おっ……」
 一輪の花がちょうどアルトフォードの手の上に落ちてきた。
 「…………」
 それはほんの、軽い思いつきだった。
 その花を持って海理の方へと歩み寄る。
 「アルト!すごいね!!あんな魔法初めて見た!」
 「水と光、あと風の応用だな。あれぐらい海理にも出来るだろ?」
 「ううん。私、あんな使い方思いつきもしなかった!やっぱりアルトはすごいよ!すご
いすごい!!」
 ほ、褒め殺し……?
 なんだかそこまでストレートに褒められるとちょっとテレる。
 「海理。ちょっと顔あげて」
 「アルト?」
 アルトフォードは顔を上げた海理の頭にさっき手にした花を添えた。
 花の髪飾り。
 「うん。やっぱり似合ってる」
 可愛さが当社比で三割り増しになった。
 もちろん俺の主観だが。
 「アルト、大好きー!!」
 ぎゅーっとしがみついてくる海理。
 さすがお子ちゃま。
 感情表現が実にストレートである。
 「俺も大好きだぞぅ♪」
 調子に乗ってそのまま抱き返す。
 こうしてると少し懐かしい気分になってくる。四年前はこうやってよく俺に抱きついて
きたっけ……
 あの時は腰のあたりにしがみつかれていた、という感じだったけど。
 でも、海理にとっては変わらないんだな、きっと。


 その後、サーカス団の打ち上げに誘われた。
 海理も参加していいということなので加わることにした。
 とにかく今日は海理が楽しめることなら何だっていいんだ。

 「それでは今日の興業の成功を祝って…」
 「かんぱーい!!」
 「イエーイ!!」
 一斉に飲み物のカップが弾かれた後は、もうドンチャン騒ぎ。
 興業が終わったにもかかわらず、まだ酒の席の出し物ということで芸をやっている奴ら
までいる。
 でも腹踊りはあんまり見たくない。
 「よう!兄ちゃん飲んでるかーい?」
 ドンッと無遠慮に人の背中を叩いてきたのは今日の剣舞の相方。
 「グッ…イテェよ馬鹿!もう酔っ払ってんのか!?」
 「え〜?はっはっは〜!まだまだ序の口さ〜〜〜♪」
 「…………」
 しっかり酔っ払いだ。
 酒には弱いらしい。
 しかも酒癖まで悪いとあってはかなり救えない。
 酒瓶片手にヘロヘロな踊りを披露しながら相方は去っていった。
 「海理。間違っても酒は飲むなよ」
 「うん。大丈夫。ちゃんとジュースだよ」
 未成年の飲酒をとやかく言う気はないが海理は酒に免疫なさそうだから気をつけるに越
した事はないだろう。

 「兄ちゃん。これ今日の礼だ。受け取ってくれ」
 団長が小さな袋をアルトフォードに向かって放り投げた。
 「……痛ッ!」
 袋はアルトフォードの頭にコツン、と直撃した。
 「ありゃ……。悪い。見えるように投げたつもりだったんだが」
 「いや、俺がボーッとしてた。普段は見えなくても気配で分かるから問題ないんだがち
ょっと今は気を抜いてた。気にしなくていい」
 「兄ちゃん視力悪いのかい?」
 「いや。右眼は問題ない。左眼は完全に失明してるけどな。慣れればどうってことない
さ」
 そう言ってアルトフォードは地面に落ちた袋を拾い上げた。
 「アルト!!」
 「ぐえっ!!ちょ…ちょっと!!海理!苦しいーーー!!!」
 いきなり海理に襟首を掴まれたアルトフォードは苦しげに離すよう訴える。
 「左眼……見えてないの!?」
 さっきまで楽しそうにしていた海理の様子が一変する。
 「ああ。額の傷、思ったより深くてな。視神経まで影響が及んで、気がついたら見えな
くなってた」
 「…………」
 出来れば知られたくなかったんだけどな。
 そんな顔をさせてしまうって分かってたから。
 酒が入っているせいで口が滑った。
 しまった、と思ったときにはもう遅い。
 「気にするな、っつっても無理なんだろうな。でも俺は海理にそんな顔をさせたい訳じ
ゃない。だから今は笑ってろ。な?」
 「……うん」
 袋を開けてみると、中には小さな指輪が入っていた。
 「これ、結構値打ちものじゃないのか?いいのかよ!?俺はちょっと手伝っただけなの
に……」
 形は何の変哲のない指輪だが、指輪そのものの材質は一級品だ。
 透き通るようなエメラルドグリーンの石。
 「最後に気の利いた魔法を見せてくれた礼だと思ってくれ。あんなキレイな魔法は初め
てみたんだ」
 「いや、俺は別にそんな大した事したわけじゃ……」
 単なる思いつきでここまで喜ばれるとは思わなかった。
 確かに通常とは違った使い方したけど……
 「うん。俺も思った。魔法ってもっと攻撃的なものだと思ってたんだけど、あんなキレ
イな魔法もあるんだなぁ。俺ちょっと感動した!」
 相方の男が、目をキラキラさせて語りかけてくる。
 「まあ、喜んでもらえたんなら何よりだけどさ」
 やっぱりテレる。
 そんな、すごい事したつもりはないんだけどな……
 「兄ちゃん魔法師かい?俺はてっきり剣士かと思ってたんだけど」
 「家庭の事情で一応免許だけは持ってる。でも本業は剣士」
 一応元・国家魔法師の息子だしな。
 「アルトは、正規の魔法師じゃない。でも、だからこそ他の魔法師には出来ないことがアルトには出来るんだと思う」
 「海理?」
 「魔法師にとっての魔法は攻撃する為のもの、身を守る為のもの、その二つに限られて
いるけど、アルトならもっと別の何かを創り出せるかもしれない」
 人を傷つけるものではなく、人を守るだけでもない、たくさんの人を幸せに出来る『何
か』を。
 「買いかぶりすぎだよ」
 「そうかな…アルトなら、きっと出来るよ。アルトは…いつだって未来を見ている人だから……」
 「お、おい!海理!!?」
 ずるずると倒れてくる海理を見てまさか、と手に持っているものを確認する。
 「お……お前!あれほど酒は飲むなっていったのに……!!」
 「お酒?このジュースおい…しー…よ……」
 「それは酒だ!!馬鹿者ー!!」
 怒鳴ったときにはもう遅い。
 海理はアルトフォードの膝の上でぐーすかぴー状態だった。
 「……ったく!しょうがねぇなぁ」
 アルトフォードは自分の着ていた上着を膝の上で寝ている海理に掛けてやる。
 「よ!兄ちゃんラブラブだねぇ〜♪」
 例によって例のごとく相方が冷やかしの声をかけてくる。
 ラブラブ?
 誰が?
 俺と海理が!?
 …………
 「海理は……そんなんじゃねーよ」
 「へ?違うの?」
 そう。
 海理とは、そんなんじゃないんだ。
 「海理は……そうだな。強いて言うなら大切な家族ってトコかな。妹って言う感覚が一
番近い」
 海理相手に『恋人』という言葉はしっくりこない。
 「なんだつまらん」
 「つまらんって……お前……!!」
 人の色恋沙汰をネタにしたがる酔っ払いについ石を投げつけたくなったが何とか堪えた。
 「その指輪、何だったらその子にあげたらどうかな?」
 その様子を微笑ましく眺めていた団長がそんな提案をしていた。
 「……そうだな。俺が持ってても仕方ないし、今日の記念ということで」
 眠っている海理の左手にエメラルドグリーンの指輪を嵌めてやる。
 もちろん薬指ではなく中指に嵌めた。
 
 その帰り道、アルトフォードの背中に背負われながら眠っていた海理は、宿まであと少
しというところで目が覚めた。
 「……ア…ルト?」
 「おー、目が覚めたか?ったく、酒は飲むなっつったろ?」
 案の定、海理は酒にメチャ弱だった。
 十二歳なら当然か。
 「うん。ごめん……」
 「もういいさ。あと少しでつくからそのまま寝てろ」
 海理は両腕をぎゅっと首に回してきた。
 「左眼、本当に見えないんだね……」
 「ああ」
 「ごめんね。私、アルトから色んなもの奪ってばかりだ……」
 どれだけのものを奪えば気が済むのか。
 本当はもう、何一つ奪いたくなんてない。
 誰一人、傷つけたくないのに。
 私は、ただ生きているだけで、誰かにとっての災いになる。
 「私は、きっとアルトに何一つ返せない。何も出来ないまま、終わっていく……」
 それが何よりも辛かった。
 大好きな人をただ傷つけることしかできないまま終わっていくのが……
 「そんなことないさ。この左眼だって、見えなくてもそんなに困ってる訳じゃない。逆
に見えなくなったからこそ、見えてきたものもある。失ってから、手に入るものだってあ
るんだ」
 「アルト……」
 「それにな、ちゃんと海理にだって色々返してもらってるぞ。たとえば今日のその格好。
俺的にはものすごーく目の保養になった!」
 「…………」
 「それに、海理が笑うと俺もうれしい。海理が幸せだと俺もそんな気分になってくる。
海理は海理らしく生きているのが一番いいんだ」
 「私…らしく……生きる……」
 四年前、リヴィオにも同じことを言われた。
 でも、自分らしく生きるって、どういう風にすればいいのかよく分からない。
 これから……探していけばいいのかな……
 アルトと一緒なら、見つかるかな……?
 「アルト、この指輪……」
 「ああ。俺が持ってても仕方ないしな。今日のデート記念ということで、海理にやるよ」
 中指に光るエメラルドグリーンの石。
 ひんやりとした石の感触が、とてもあたたかいものに感じた。
 「きれいだね。アルトと、同じ瞳の色だ」
 「そうだったか?」
 「うん。すごくきれい。ありがとう。アルト」
 中指に嵌められたエメラルドグリーンの光を月に透かしてみると、アルトの左眼の代わ
りに月を見てくれている気がした。
 
 少しずつ、歩いていけたらいいな。
 アルトが見ている未来のユメ。
 一歩ずつ、近づけたらいいな。
 そしたら、いつかきっと……