第五章 いつか夢見た風景に

 全てをやり直すことは出来ないけど、何か
を取り戻すことは、出来ると思う。

 それはたとえば絆だったり、

 思い出だったり、

 約束だったり……

 いつか見た夢のカケラ





























 次の日の朝、アルトフォードが目を覚ますと海理の姿が消えていた。
 「海理……?」
 シャワーを浴びているというわけでもなさそうだ。
 しかし、荷物は置いたままだったので黙って一人で消えたというわけでもないらしい。
 「……そうか」
 アルトフォードは海理がどこに行ったか、すぐに分かった。
 とは言ってもあまり時間があるわけではない。
 今日の午前中にはこの国を出なければならない。
 それが緋星との約束。
 「迎えに行くか……」
 アルトフォードは海理が居るであろう場所へと向かった。

 虹見の丘。
 ここはそう呼ばれているらしい。
 グナハーンが見渡せるぐらい高い位置にある丘。
 そこに一本だけ狂い咲きの桜があった。
 「きれいだね。リヴィオ」
 四年前はたどり着けなかった場所。
 森の中を必死に走って、逃げ回って、ただこの場所にたどり着きたくて、それ以外はも
うどうでもよかった。

 『今度、桜を見に行こう』

 あの時のアルトの言葉と、笑顔が今でも鮮明に蘇る。

 たった一つの約束。
 果たせなかった過去のユメ。

 「ずっと、この場所に来たかった」
 そのために危険を承知でグナハーンに来たのだ。
 その結果、もちろん酷い目にはあったけれど。

 「やっぱりここにいたな」
 少し息を切らしながらやってきたのは他でもないアルトフォード。
 ここにいると確信していた。
 いつかの約束を気にしていたのは海理だけではない。
 アルトフォードもまた、果たせなかった約束をずっと後悔していた。
 「アルト、来てくれたんだ」
 海理は満面の笑顔でアルトフォードを迎えた。
 その姿は十二歳のまま、幼い姿で桜の木の下に立つ。
 「約束、だったからな。四年も待たせて悪かったな……」
 「ううん。来てくれてうれしい。すっごくうれしい!」
 アルトと、リヴィオと三人でここに来ること。
 桜を見に行く。
 ただひとつ、それだけを願っていた。
 私の命が終わる前に、叶って良かった。
 「桜、きれいだね」
 「ああ。俺も久しぶりに来たけど、全然変わってない。ここの桜が、一番キレイだ」
 たった一本だけの桜の木。
 だけど、その一本がこんなにも美しい。

 「アルト」
 「どうした?」
 海理は少し泣きそうな顔でアルトフォードの方へと向きあう。
 その瞳は、何かの決意の表れにも思えた。
 「約束、守ってくれてありがとう」
 「ああ」
 海理はその先の言葉を紡ぐのを躊躇うように視線を泳がせる。
 「どうした?海理」
 「うん……その……」
 そのまま震えだした海理をアルトフォードが支える。
 「お、おい!海理!!大丈夫か!?」
 アルトフォードの胸に頭を埋めたまま、両手でその服を掴む。
 「私ね、怖かったんだ……」
 「海理……!?」
 「私が、私のままで壊れていくのが、すごく怖かった」
 「…………」
 アルトフォードの胸のあたりが涙で濡れていく。それでも海理は震えながら続けた。
 「反転したとき、私の中の私がいつも言ってくる。殺せ、壊せ、憎めって!でもそれは
間違いなく私の意志で、他の誰でもなくて、私自身が心から望んでいた。私が私じゃなく
なるんだったら、こんなに苦しくないのに!!でも、私のままで殺したいって、思ってし
まうんだ!!血が見たいって叫んでいるんだ!!笑いながら、人を殺せるようになる!!」
 「海理!!おちつけ!!」
 両肩を掴んで取り乱した海理を固定する。
 その顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
 「そして、その時私、アルトのことを……一番殺したかった……!!」
 「…………」
 グナハーンの兵士よりも、兄上よりも、自分を殺そうとしている陛下よりも、誰よりも
アルトを殺したかった。
 私をつなぎ止める最後の絆。
 私が完全に壊れる為に、アルトが一番邪魔な存在だから。
 「私はいつかきっと、アルトを殺してしまう。そんなの嫌だ!そんな事……したくない
!」
 「海理、もういい!もういいから!!」
 海理はぶんぶんと首を振ってアルトフォードから離れた。
 「私、怖いよ。私のままで、私を取り巻く世界が無価値になるのが怖いよ……!」
 私の好きだった人、
 大切にしたかったもの、
 守りたかった全てのものが、意味を無くしてしまう。
 そんなの絶対に嫌だ!
 「アルトは、それでも私と一緒にいてくれるの!?いつ自分を殺すか分からない人間と
一緒にいられるの!?」
 それは、確かな言葉を紡いでいるのに、言葉にならない叫びのように聞こえるのは何故
だろう。
 「……一緒に……居る。俺は…海理と一緒に居る」
 いつかの、海理に殺されそうになったときのことを思い出した。 
 どうせ、生きている目的なんて一つなんだ。
 だったら俺の命を担保に、博打を打っても構わない。
 「俺が、止めるよ。その時は俺が止める」
 俺が海理を止める。
 それは意味を裏返せば終わらせるという事。
 海理の世界が意味を失う前に俺が……
 「……ほんとに?」
 「……ああ」
 「…………」
 「約束……する……!」
 海理は一度だけ笑って、再びアルトフォードの胸にしがみついた。
 「約束だよ。私が、アルトの信じた私じゃなくなったとき、アルトの手で終わらせてね
……」
 「……ああ」
 他の誰でもない。
 アルトでなければ意味がない。
 私が、誰よりもアルトを殺したいと思っているのと同時に、アルトになら殺されてもい
いと、心から思うから。
 ごめんね。
 こんな、未来のない約束をさせてしまって。
 でも私は、アルトとリヴィオが信じてくれた私のままで終わりたい。
 せめてそうする事が、命がけで今の私を守ってくれたリヴィオと、それでも私と一緒に
いてくれると言ってくれたアルトへの精一杯の返せる想いのカタチだから。

 
 それはひとつの『オワリ』
 そしてひとつの『ハジマリ』

 終わりの見える旅を続けよう
 いつか夢見た風景に、還れる刻が来ると信じて