第四章 緩やかな逃避


 すべてから逃げられたら、どんなにいいだろう。
 運命からも
 未来からも
 自分に降りかかる嫌なことすべてから逃げ出せたなら……

 すべてを失う前に……
 すべてから目を背けられたならば……



































灰色の空を見上げても、気分は全然晴れたりしない。
 赤い土を眺めても、緑が生い茂るユメなんてもう見れない。
 緩やかな終わりは、静かな足音を立てて近づいてくる。
 「死んじまえ……」
 廃ビルの屋上で、寝転がってふと呟く。
 どいつもこいつも無駄に生きたがって反吐が出る。
 死んじまえばいいんだ……
 「子供らしくはないが、葬世の王としてはらしいセリフかのう……」
 「…………」
 いつの間にか後ろに来ていたカムナ。
 サクヤは見向きもしなかった。
 ぼーっと無駄な時間を過ごしている。

 ここは、悪くない。
 腐ってるけど、平和といえば平和だ。
 軍の奴らも結界の所為で今は入って来れない。
 惰眠を貪るにはいい場所だと思う。
 それに、現実逃避にも……

 「いつになったら、行動を起こすつもりじゃ?」
 「…………」
 この街に来て二週間。
 サクヤは何をするでもなく、暇があれば廃ビルの屋上で惰眠を貪っていた。
 「……そのうちな」
 「…………」
 ごろん、と寝返りを打つ。
 誰とも顔を合わせたい気分じゃなかった。
 「ここのところずっと、エイルのことを避けてるようじゃな」
 「…………」
 だったら何だ。
 お節介でも焼きに来たのか?
 うっとおしい……
 「ひょっひょっひょ!そんな露骨に嫌そうな顔をするでない。別にお節介など焼かんよ」 「あっそ」
 だったら話題に出すなよ。
 今は特に、エイルのことは考えたくない。
 「エイルはサラ達と仲良くやっとるよ」
 「…………」
 サラとリーアとは結構気が合うらしい。
 エイルにとって、初めての友達か……
 それでエイルの気が紛れるなら、悪くない状況だ。
 「…………」
 今はエイルに会いたくなかった。
 会って、答えを出すのが怖かった。
 「怖いか?」
 「…………」
 「己が成すべき事のために、エイルをその手にかけるのが」
 「…………」
 サクヤは何も言わなかったが背を向けたままの体がびくっとなったのをカムナは見逃さなかった。
 カムナは黙ってサクヤの横に腰を下ろした。
 「どっか行けよ……」
 「いいのか?」
 「…………」
 「サクヤ。お主は強い。だから最後の最後で判断を誤るようなことはせんじゃろう」
 全ての迷いを振り切って決断する。
 目の前の少年はそういう残酷な強さを持ってしまっていることをカムナは見抜いていた。
 「だからこそ、残った時間を一緒に過ごさなくて後悔しないのか?」
 「ほっとけよ」
 後悔なんて、するに決まってる。
 今だって、こんなに苦しい気持ちで一杯なのに……
 だけど……
 「俺が近づけば近づくほど、あいつは俺に心を許すから……」
 自分を殺す相手に心を開いていく。
 そんなの、あんまりじゃないか……
 エイルは、道具でいればいいんだ。
 俺の為の犠牲なんて、そんなのは駄目だ。
 俺の為に何かしたいなんて、思わせてはいけないんだ。
 「…………」
 「不器用な守り方、とも言えるがお主らしいといえばそれまでか」
 カムナはサクヤの頭に軽く手を老いて立ち上がった。
 「一つだけ忠告を」
 「?」
 「急いだ方がいいぞ」
 「……どういう意味だ?」
 行動を起こすなら急いだ方がいい?
 この、軍も手出しできない結界で護られた場所に、不穏な空気を感じた。
 「ワシ等が張っている結界の一部が機能破壊されておった。ギルスがすぐに修復に向かったがな」
 「軍の奴らか?」
 しかしあれは普通の人間がどうこう出来る代物ではないはず……
 「いや、人間ではワシ等の結界に手出しは出来ん。おそらくは……」
 カムナが眉をひそめると同時にサクヤも状況を理解した。
 「魔属か……」 
 「そう。ワシ等以外の魔属が干渉し始めてきておる」
 カムナは廃ビルから荒れ果てた街を見下ろす。
 
 カムナ達以外の魔属の干渉……
 「魔属にもいろんな奴がいるんだな。まあ当たり前といえば当たり前だけど」
 「…………」
 「しかしそいつも悪足掻き主義か?人間以上の力を持っていながら諦めの悪さは人間と同レベルか……」
 破滅への拒絶。
 生への執着。
 そんなみっともないモノに縋り付くのは、人間だけで十分だ。
 「いや。ワシ等魔属はこの世界が滅びても大した影響は受けん。異次元へと住処を移せばいいだけじゃからな」
 「…………」
 みょーに落ち着いてると思ったらそういうことか。
 魔属サマにとっては人間達の葬世伝説なんて危険でも何でも無かったらしい。
 「だったらそいつの目的は何だ?別に放っておいても死ぬことは無い。だったらなんで俺達に干渉してくるんだ?」
 「理由は分からん。正体もな。もしかしたら面白がってるだけかもしれんし……」
 「…………」
 「それとも、本当に全てを滅ぼしたいと考えているのかもしれん……」
 全てを滅ぼす。
 それは俺の仕事。
 俺の役割。
 どこのどいつかも分からない奴に邪魔されてたまるか。
 「だったら干渉してくる意味がない。俺が行動を起こせば傍観してるだけで世界は滅びる」
 「少し違う」
 「?」
 「サクヤ。お主は再生を司る破壊者じゃ。世界を癒す為に今の世界を壊す者。しかし相手が完全なる破壊を望んでいるのなら……」
 「まさか……」
 限界を迎えようとしている世界。
 すべてが手遅れになる前に、ゼロからやり直す。
 その為の端末が『葬世の王』
 しかし、もしもこのまま限界を超えたのなら……
 「ゼロではなく虚無。再生ではなく完全な滅び。馬鹿な……そんなことになれば他の次元にだって影響は出るぞ!?」
 「そうじゃな。本当にそうなればワシ等とて無事では済まんじゃろう。この世界には本当に何もなくなる」
 「…………」
 完全なる破壊者。
 もしも、カムナの言う通りそいつの目的がゼロではなく虚無への帰結だとしたら……
 「正気じゃねえな……」
 「魔属にもいろいろ物騒なのがおるからのう……」
 結界の修復は済んだがまたいつ破壊されるか分からない。
 この街にサクヤの敵となる魔属が潜んでいる。
 どう対処するべきか……
 「状況は分かった。その件に関しての対処はこれから考える」
 結界以外で手を出してくるとすれば俺かエイルだろう。
 「サラ達に伝えてくれ。出来るだけ、エイルを一人にしないでほしいと」
 「サクヤ」
 「…………」
 サクヤは振り返らない。
 しかしカムナはそのまま続ける。
 「お主なりにエイルを大切にしているのはよく分かる。しかし、それは本当にエイルにとって最善だと思うか?」
 「…………」
 そんなの、胸を張って正しいなんて言える答えは知らない。
 俺はまだ十五のガキで、本当に正しい選択ができるかどうかも分かっていない。
 「どんなに過酷な現実も、お主が一人で背負い込む姿を見てエイルが何を思うか考えたことはあるか?」
 「…………」
 考えないようにしている。
 考えたらきっと俺は、エイルを……
 「もう一度あの子のことについて良く考えてみるといい。そうすれば、今まで見えなかったものが見えてくるかもしれん……」
 「…………」
 カムナはそれだけ言うと、サクヤの前から姿を消した。
 「結局、お節介してんじゃねーかよ……」
 痛い言葉だけが、胸の奥につき刺さる。
 選んだ道が、正しいなんて思ってない。
 だけど俺には、こんなやり方でしかエイルを守れなかった。
 傷つけると分かっていて、泣かせると知っていて、それでも……せめて、穢れないままでいて欲しいと思ったのは、俺自身の願い。
 たとえ傷つけても、
 泣かせることになっても、
 憎まれたとしても、
 キレイなままでいて欲しかった。
 だけど……
 「俺は、間違ってたのかな……」
 頭の中がぐちゃぐちゃになる。
 正しさなんていらない。
 信じる道が欲しかった。
 胸を張って、誇れる自分でありたかった。
 どこで間違ったんだろう……
 誰よりも大切にしたかった女の子。
 誰よりも傷つけてしまった少女……
 今はもう、謝ることすらおこがましく思えた。
 「エイル……」
 空に一番近い場所で泣く少年の声は、誰の耳にも届かなかった。


 「エイル、大丈夫?」
 ぼーっと道の真ん中に立ったままのエイルにリーアが心配そうに声をかける。
 しかしエイルは気づかない。
 ぼーっとしたまま、サクヤがいるであろう廃ビルの屋上を見上げていた。
 「…………」
 サラはため息をつきながらエイルの腰に手を回す。
 わしゃわしゃわしゃ……
 サラは遠慮容赦泣くエイルの脇を刺激した。
 「やっ……あはははは!!や…やめ……サラ!やめて……!!あはははは!!」
 「ほーらほら♪」
 「やー!サラ!!あはははは!!」
 半分涙目になったところでようやくサラの魔手から解放された。
 「うー……ひどいよ、サラ……」
 まだ涙目のままサラを睨むが……
 「ひどいのはどっちよ。さっきからずーっとリーアが声かけてんのにさ。エイルったらずーっとうわの空なんだもん!」
 腕を組んでふんぞり返るサラ。
 下を見ると困ったように笑っているリーアがいた。
 「……ごめんね、リーア」
 「うん。エイルはもう大丈夫?」
 「うん。大丈夫だよ」
 リーアの頭をなでてやると、照れくさそうに笑った。
 「サクヤの奴まーた屋上で黄昏てんのかしら?」
 サラが廃ビルを見上げてそう言うと、
 「うん。最近まともに顔合わせてないけど、多分あそこにいると思う」
 「ふーん。サクヤはまだエイルの事を避けてるんだ。男のクセにウジウジしちゃって……」
 「…………」
 「あー……ゴメンゴメン。あんた達の場合は事情が事情だもんね!ゴメン!そんな泣きそうな顔しないで?ね?」
 さらに落ち込んだエイルを必至でなだめようとするサラ。
 「でも本当にこのままだと……」
 「どうしたの?」
 「あ、うん。今朝言ってた結界を壊した奴のこと。また妙なことしなければいいんだけど……」
 無理でしょうね、とため息をつく。
 「とにかく出来るだけ一人にならないようにね。そいつの目的が私達の予想通りだとしたら、真っ先に狙われるのはサクヤかエイルの筈だから」
 「うん……」
 エイルはもう一度サクヤがいる廃ビルを見上げた。
 「…………」
 私か、サクヤに接触してくるかもぃれない魔属……
 「サクヤなら心配ないって。ああ見えて結構タフだしね」
 「うん」
 サクヤは単独でも能力を使えば何とかなる。
 でも私は……
 「ごめんね。迷惑かけてるよね……」
 助けてもらったう上に、今も守ってくれている。
 魔属と私達は本来何のかかわりもない筈なのに。
 「いいのよ。あんた達をここに呼び寄せた責任もあるしね。それにあんた達はこの世界にとって必要な存在だから」
 「ありがとう……」
 サラの言う通り、エイルとサクヤは世界にとって必要な存在。
 だからサラ達も二人に協力的なのだ。
 「先の事を考えると、どうしても気持ちが重くなるけど……」
 「エイル?」
 エイルはサラ達に笑いかけ、
 「でも私は、こんな時間をずっと覚えておきたいな」
 こんな風に気の許せる友人と一緒に過ごした時間を、最後まで覚えておきたい。
 サラもリーアも、そしてカムナとギルスも、私が葬世の巫女という運命を持っていなければ、出会えなかったかもしれない人達。
 今こうして一緒に笑いあって過ごせることが、すごく意味のあることだと思うから。
 ずっと、忘れないでおきたい。
 「…………」
 「リーア?」
 リーアがエイルにぎゅっと抱きついた。
 「大丈夫。全部終わっても、また会えるから」
 「え……?」
 「長い時間の果てで、エイル自身が忘れてしまっても、私は覚えてる。だから大丈夫」
 「リーア……?」
 「ね?」
 言っている意味が理解できないまま、まっすぐに笑いかけてくるリーアを前にして、エイルはよく分からないままうなずいた。
 「う……うん……?」
 「エイル、大好き」
 「ありがとう。私もリーア達が大好きだよ」
 リーアの小さな手を握って、笑いかける。
 
 遥か未来、
 君がすべてを忘れてしまっても、
 私は変わらず君の事を想うだろう。
 そして、君の幸せを願っている……

 「へぇー。あれが葬世の巫女か。結構かわいいじゃん」
 サラとリーアの間で笑っているエイルを遠くから眺める影があった。
 黒い姿は死神を連想させる。
 「あいつら邪魔だな。何とか二人っきりで話がしたいな……」
 邪魔、というのはもちろんサラとリーアの事。
 同じ魔属。
 しかも二対一では少々分が悪い。
 「ま、もう少し様子を見ますか」
 男は楽しそうに笑った後、その場から姿を消した。
 「…………」
 エイルはさっきまで男がいた場所に視線を移す。
 「エイル?どうしたの?」
 「うーん……なんか妙な感じがしたんだけど……」
 しかし視線の先には何もない。
 「気のせいだったみたい。行こう」
 違和感を覚えつつ何も気づかないまま、エイルはその場所から視線を外した。
 数々の思惑が錯綜する中、黒の残滓だけが僅かに残された。
 

 「母さん!!」
 俺が、泣いている。
 子供のころの俺。
 そうか、夢を見ているんだ。
 見たくもない過去。
 そして、決して忘れる事の無い記憶。
 ノーススラムの検問で、細胞変異の探知機に引っ掛かった俺は殺されることを覚悟した。
 いつまでも逃げ切れるなんて思っていなかったし、この辺が潮時だということも分かっていた。
 「朔夜!!」
 いつも、逃げてばかり。
 逃げ続けて、いつかは終わりが来る。
 「母……さん……!!」
 母さんが俺をかばって軍人たちに撃たれた、と認識するまでに数秒かかった。
 まるでスローモーションでその光景を見ているように、すべてが緩やかに動いて見えた。
 痛みに顔を歪める母さんの顔も、殺意に満ちた軍人たちの顔も。
 飛び散る鮮血や、倒れゆく様。
 一人守られた俺は、母さんに駆け寄ることも出来ずに、その場に立ちつくしていた。
 「朔夜……」
 倒れゆく中で、確かに声が聴こえた。
 
 『守ってあげられなくて、ごめんね……』
 
 サクヤは自らの頭を両手で抑えて、ただ目の前の光景を否定する。
 「あ……あ……」 
 震えながら、ひたすらに首を横に振る。
 銃声が響く。
 楽しそうに、殺している。
 この……くそ軍人共が……
 「…………」
 そして母さんは動かなくなった。
 目を見開いたまま、いろんなところから血を流しながら、いろんな場所に穴をあけて、物言わぬ死体になった。
 「母……さん……」
 サクヤは母親に近づこうとするが、その歩みを黒い塊によって止められた。
 小さな頭へと突き付けられた黒い銃。
 「坊主。悪く思うなよ」
 笑ってる。
 たった今、人を殺した奴が笑って俺に銃を突き付けている。
 殺人というのは恐怖や麻痺を通り越すと、快楽へと変わるらしい。
 楽しそうに母さんを殺した顔、俺は忘れない。
 そして今も楽しそうに俺を殺そうとしている。
 俺を守ってくれた母さん。
 でも、俺だってもうすぐ死ぬ。
 でもいいんだ。
 母さんが寂しくないように、俺も行くから。
 だけどせめて、こいつらを道連れにするだけの力が欲しかった。
 俺は死んだっていい。
 だけど、関係無い母さんを殺した奴らを俺は許せない。
 力が欲しい。
 こいつらを、皆殺しにできる力が。
 母さんの敵を討てるだけの力が、欲しい……!!
 「じゃあな」
 軍人が引き金に指をかけたとき、それは起こった。
 「お前ら、絶対に許さない」
 「何!!?」
 身体の中から、知らない何かが溢れだす。
 これは力。
 俺が今、一番望んでいたもの。
 母さんを殺したこいつらを、殺すことの出来る力。
 「殺してやるよ。お前ら全員……」
 サクヤの身体の周りに炎が舞う。
 「こ……こいつ!!こいつだ!間違いない!!こいつが葬世の子の一人だ!!」
 軍人が銃を向けたまま叫ぶ。
 そしてその場にいた全員がサクヤに銃を向けて発砲した。
 「…………」
 しかし弾丸は届くことは無く、すべてサクヤを取り巻く炎の中で消し炭となった。
 「ば……化け物!」
 「…………」
 化け物、か……
 確かにそうかもしれない。
 人間はこんな異質な力は持っていない。
 だけど……
 「だけど、この力が俺を否定しないのなら……」
 俺を守ってくれるのなら、
 俺に、こいつらを殺す力となってくれるのなら……
 俺は受け入れる。
 全部、受け入れるよ。
 今まで否定してきた運命もすべて。
 だから……
 「今、こいつらを殺すだけの力を俺に……」
 サクヤの炎が軍人達に襲いかかる。
 「あ……あああぁぁぁー!!」
 「やめ!やめてくれぇぇえ!!」
 「あつい……あつい!!たす……たすけて……!」
 「いやだ!死にたくないぃぃー!!」
 醜い声を上げながら燃えていく軍人達。
 「母さんだって、まだ死にたくなんかなかったはずだ」
 俺のせいで死んだ。
 だけどこいつらが殺した。
 許さない。
 俺も、こいつらも、そしてこんな世界もすべて、俺は許さない。
 「死んじまえ。いや、殺してやるよ。俺が全部!」
 炎は更に温度を上げて、軍人達を燃やし続ける。
 悲鳴は更なる絶望を増して、やがて声も出せない黒い塊へと変わった。
 「…………」
 何も、感じない。
 初めて人を殺したのに、恐怖も、戸惑いも、満足感さえも……
 母さんの敵が討てたのに……
 俺は、人を殺して何も感じることができない。
 もっと、笑えればよかった。
 もっと、後悔できればよかった。
 人並みに、人を殺したという事実の前に、震えられたらよかったのに……
 「何も感じない。何も、感じられないんだよ……母さん……」
 俺は……
 「母さん……」
 母さんが信じてくれた俺は、どんな俺だったんだろう……
 少なくとも、今の俺じゃない気がする。
 こんな俺が、母さんに愛されるわけがない。
 「ごめんなさい……」
 小さな両手を血がにじむほどに握りしめて、大好きだった人の亡骸の前で謝り続ける。
 「俺……きっと、これからたくさんの人を殺す」
 この世界の全ての命を刈り取る。
 その運命を受け入れる。
 だから、俺が母さんの前で泣く資格なんてない。
 「ごめん……」
 口から出る言葉は謝罪のみ。
 目から溢れだしそうになる涙は必至でこらえた。


 「母さん……」
 「サクヤ?」
 廃ビルの屋上で、眠ったまま涙を流すサクヤにエイルが驚く。
 そして目が開いたサクヤとエイルの目が合った。
 「…………」
 「…………」
 心配そうにサクヤの涙を拭ったエイルと、びっくりして何が起こっているのか理解できていないサクヤ。
 「ーーー!!」
 自分が泣いていることに気がついたサクヤは慌てて起き上がってエイルから距離をとる。
 「い…いつからそこに!?」
 「えっと、三十分くらい前から」
 「…………」
 つまり結構前からいたらしい。
 「大丈夫?」
 「何が?」
 「泣いてたから……」
 「…………」
 サクヤがエイルから目を逸らす。
 バツの悪そうな顔をして、舌打ちした。
 「お母さんのこと、ずっと呼んでた……夢、見てたの?」
 「…………」
 エイルがそう聞くと、サクヤがあからさまに不機嫌そうな顔をした。
 「ごめん。嫌なこと、聞いたよね……」
 エイルがうつむいたまま謝る。
 また泣きそうな顔をしているのかもしれない。
 「悪い。嫌な夢見てた。八当たりする気は無いんだけど、でも今は他人を気遣った態度は取れないと思う」
 「いいよ。気にしない。それがサクヤの本心からの態度なら、私は気にしない」
 「…………」
 サクヤと背中合わせに座ったまま、エイルは空を見上げる。
 「私のお母さんは、私をかばって死んじゃった。お父さんは初めからいない。どこかの軍人だと思う」
 「…………」
 それで、エイルの出生が何となく分かってしまった。境遇まで似ているとはな。
 「それでもね、どこの誰だか分からない血の入った私でも、お母さんは愛してくれたんだ」
 「…………」
 「私、それがすごくうれしかった。だから私は今でもお母さんが大好き。お母さんがまた生まれ変わって、この世界で生きるときに、今よりずっといい世界になっていてほしいって、思ってる」
 「…………」
 やっぱり、俺とエイルは違う。
 エイルは、どこまでも人の為に動いている。
 誰かの為に生きている。
 とても、キレイな存在だ。
 だが俺は……
 「俺は、その後の創世なんてどうでもよかった」
 「サクヤ……」
 「俺は、この世界と、そしてこの世界で生きている人間すべてが憎いんだ。殺してやりたいぐらいに。だから今、ここにいる」
 同じ運命を背負いながら、まったく正反対の心を持っている二人。
 だけど俺はその正反対の心に惹かれたのかも知れない。
 自分にはないものだからこそ、ひどく憧れる。
 そして、それを実感するたびに、自分が嫌いになる。
 「俺は……愛してくれなくてもよかったんだ……」
 サクヤがぽつぽつと呟き始める。
 「母さんは、エイルの母さんと同じように、俺を庇って死んだ。だけど、そんなことまでして守る価値が俺にあったとは思えない」
 「そんなことない!そんなことないよ!サクヤは大事にされてた!愛されてた!だからサクヤのお母さんもサクヤを守ったことに後悔なんかしてないはずだよ!!」
 「……俺は、母さんが殺された後、初めて人を殺した」
 「…………」
 「何も、感じなかったんだ。命を奪っておいて、何の感慨もない。こんなタチの悪いことってあるか?笑いながら、感情を持って人を殺す殺人鬼の方がまだマシだ!こんな奴守って死んだなんて、あんまりじゃないか……」
 吐き出す言葉は、自分自身すら傷つける。
 嫌な夢を見たせいかもしれない。
 感情のコントロールがうまくできない。
 「大丈夫」
 「エイル?」
 後ろからサクヤを抱きしめる。
 正面からサクヤの顔を見たらきっと、私も何も言えなくなる。
 「大丈夫だよ。サクヤは大丈夫」
 「なんでお前にそんなこと分かるんだよ」 
 「分かるよ。だってサクヤ泣いてたもん。母さん、って言いながら、泣いてたもん……」
 「…………」
 「大切な人の為に涙を流せる人が、終わってるわけないよ。サクヤはちゃんと、まっとうな心の持ち主だよ」
 だから大丈夫、と再びサクヤを抱きしめる。
 「でも俺は、殺人に対して何も感じられない……」
 「いいんじゃない?別に」
 「…………」
 「…………」
 人がこんなにも悩んでいることに対してあっさりといいんじゃない?って……
 「……はい?」
 「どうでもいい他人の死なんて気にしなくていいと思う。それよりもお母さんの為に、家族の為に流せる涙がある方が、私は大事だと思う」
 「…………」
 不完全な心でも、大切なことを見失わないですむのなら、それでもいいと思う。
 「それに……」
 「?」
 「私だってゴルットにトドメを刺したときなーんにも感じなかったし?」
 「…………」
 サクヤは頭部の原型が分からなくなるぐらい弾丸を打ち込んだときのエイルを思い出した。
 「きっと、私達はそういう風にできてるんだよ」
 「どういう風に?」
 「私達は、これからたくさんの人たちを殺すでしょう?だからきっと『殺人』に対しては心が麻痺するようにできてるんだよ。一人二人殺したぐらいで落ち込んでたら身が保たないもん」
 「…………」
 あ、なんか、すとんとおちた。
 心の中でずっと引っ掛かっていた何かが、在るべき場所に収まった感じ。
 「なるほど。そう言われてみればそうかもな」
 「そうだよ!だからサクヤは大丈夫!」
 ねっとエイルが笑いかける。
 「そう……かもな……」
 サクヤもここに来てやっと笑った。
 人としては激しく間違っている気がするが、俺たちはそれでいいのかもしれない。
 「エイル」
 「何?」
 「ありが…とう……」
 「どういたしまして」
 「…………」
 このところずっと避けていたせいか、エイルの笑顔が不意打ちに思えた。
 「どうしたの?」
 僅かに戸惑うサクヤの顔をエイルが覗き込む。
 「な…何でも無い!」
 動揺を悟られたくなかったサクヤがなるべく焦って見えないように身体をずらした。
 「?」
 「…………」
 沈黙が続く。
 お互いに灰色の空を眺めながら、お互いの言葉を待っている。
 「ねぇ、サクヤ」
 先に口を開いたのはエイルだった。
 「ん?」
 「サクヤは、私が死んだら……泣いてくれる?」
 「泣かない」
 「…………」
 即答だった。
 迷う様子など一切無く、コンマ〇・二秒くらいの即答だった。
 ちょ…ちょっとくらいは期待してたのに……
 「道具……だから……?」
 自分で言っていて痛い言葉だった。
 でもやっぱり、どうしても聞いておきたいことだから。
 サクヤが優しいのは知ってる。
 だけどサクヤの真意はまだ分からないままだから。
 「資格がない」
 「…………」
 「エイルの為に泣く資格なんて、俺にはない」
 俺は、俺の目的の為にエイルを殺す。
 それなのに、殺した張本人である俺がどの面下げて涙を流すって言うんだ?
 ふざけているにも程がある。
 俺は泣けない。
 エイルの為に泣く資格なんて、俺にはありはしない。
 「そっか……」
 エイルもそれ以上は何も言わなかった。
 泣いてほしいとも、言わなかった。
 その代わりサクヤに寄りかかって、目を閉じる。
 近い未来の悲劇よりも、今このぬくもりを大切にしたいから。
 「私も泣かない。サクヤが死んでも、泣かないよ」
 「そうか」
 「うん」
 
 いつか、君を殺すときが来ても、俺は絶対泣かないよ……
 無表情に、顔色一つ変えずに殺すんだ。
 君が、何一つ、俺に想いを遺さずに済むように……
 「でもね、サクヤ。私は……」
 「私は?」
 「……ううん。やっぱり何でもない」
 「そうか……」
 「うん。何でもないよ……」
 それでも、私はサクヤを想っている……
 でも、そういったらきっと、もっとサクヤを苦しめるよね。
 だから、言わない……
 言えない……
 「サクヤ」
 「今度は何だ」
 「私は、もう大丈夫だから」
 「サクヤの決心が決まったときでいいから」
 「ああ……」
 辛い、言葉だと思う。
 自分を殺してくれても大丈夫だと言うのは……
 それでも、この子は笑って言えるんだ。
 そうさせているのが自分だと思うと、情けなくなる。
 「エイル」
 「何?」
 「悪い。一人に、してくれ……」
 「うん……」
 お互いに目を合わせないまま、二人は別れた。
 サクヤはエイルがいなくなった屋上で再び横になる。
 「俺が、決めなきゃ……」
 前に、進めない。
 すべてを終わらせるために、俺は……
 この手で……
 「くそ!!」
 あまり頑丈ではない拳で思いっきり地面を殴る。
 何度も
 何度も。
 分かってるさ。
 そうしなければならない事は。
 あの笑顔を、俺の手で奪わなければならないことも……
 決められないのは、
 踏み出せないのは……俺の弱さなのか、それとも譲れないものだからなのか。
 俺にはまだ、分からない。
 
 一方、ビルのしたまで降りたエイルは、サクヤがいる屋上を見上げながら、
 「ごめんね……」
 と呟いた。

 「苦しい?」
 そのとき、後ろから声が聴こえた。
 エイルはその声に振り向く。
 「あなた……だれ?」
 「ねぇ、苦しい?好きな人に殺されるのはつらい?」
 黒い姿をした青年だった。
 髪も、目も、着ているものさえも黒い、漆黒の死神。
 そんなイメージを思い起こさせる人。
 「何を……」
 「それとも」
 青年がエイルに近づいてその顎を軽く上げる。
 整った顔を数センチの距離にまで近づけて、
 「それとも、好きな人を殺す方が辛いのかなぁ?あのサクヤ君みたいに」
 「ーーー!!」
 エイルは反射的に青年の腕を振り解いた。
 「誰か知らないけど用が無いならもう行くわ」
 この男は危険だ。
 近づいたらいけない。
 直感が、そう叫んでいる。
 しかし青年はエイルに笑いかける。
 見ている限りでは、人なつっこい笑顔で。
 「僕はリツカ。よろしくね。エイルさん」
 「…………」
 「どうして名前を知っているのかって顔してるね。知ってるよ。だってずっと見てたもん」
 「…………」
 「ちなみに結界に穴をあけたのも僕だよ。ちょっとしたイタズラ心でさぁ」
 あははーっと軽く笑うリツカ。
 「…………」
 この男が、サラ達の言っていた魔属……
 「そんなに警戒しないでよ。かわいいなぁ。いじめたくなっちゃうな」
 「…………」
 完っ全にからかわれている。
 得体が知れない。
 でも、味方ではない事だけは確かだ。
 「用件は?」
 「あはは。せっかちだなぁ。用件はもう終わったよ」
 「?」
 「今日はただのあいさつ」
 「…………」
 ふざけているのか本気なのか。
 胡散臭い笑顔の裏側の真意はつかめない。
 「もしも……」
 リツカがうつむき加減に笑う。
 「…………」
 「もしも、葬世の王によってこの世界が滅び損ねたら、この先どうなっていくと思う?」
 「…………」
 「見てみたいな。本当に、すべてが滅びる様を……」
 リツカはうっとりとした顔で笑う。
 心から完全な滅びを望む死神。
 「何、考えてるの?このまま自然な滅びを迎えればあなた達だって無事では済まないでしょう?」
 「うん。そうだね」
 リツカは楽しそうに笑ったまま、エイルを見据える。
 「…………」
 エイルは背筋が寒くなった。
 「な…んで……」  
 本気だ……
 この男、本気で自分も含めて全部完全に滅びればいいと思っている。
 同じ滅びを望む者でも、私達とは正反対の存在。
 「どうして……?」
 すべてが完全なる無。
 そんな終わりなんて、悲しいだけなのに。
 なぜこの男は、そんなものを望むのだろう。
 「ねぇ。エイルさん」
 「…………」
 「もしも葬世の王か巫女、一人でも欠けたらどうなるのかなぁ?」
 口調は楽しそうで、顔も笑っている。
 しかしその身体からは抑えようの無い殺意があふれ出ていた。
 「私を、殺す気?」
 「うん。サクヤ君でもいいけど、君はどっちがいい?」
 「…………」
 そんなの答えられない。
 サクヤが死ぬのは絶対に嫌。
 でも私が死んでもサクヤの願いが叶えられない。
 「私は、まだ死ねない」
 エイルは震えながらリツカを睨み返す。
 「へぇ……」
 リツカはその強がりを楽しむようにエイルへと顔を近づけた。
 エイルは動けないまま、リツカが近づいてくるのを睨むだけで抵抗する。
 「……!」
 もう駄目だ!と目を閉じたとき、
 「そこまでよ」
 険しい顔をしたサラがリツカの背後に立っていた。
 「サラ……か。久りぶりだね」
 「ええ。お互いこんな形で会いたくは無かったけどね。エイルを離しなさい、リツカ」
 サラは近づけた腕に力を込める。
 「嫌だと言ったら?」
 「殺すわ」
 サラは明確な殺意を込めてそう言い放った。
 サラの中にある力がリツカに向かう寸前で止まっているのが感じ取れる。
 サラは本気だ。
 「……分かった。今日のところは引き下がろう。目的も果たせないまま死ぬのはさすがに心残りだからね」
 リツカは人なつっこい笑みを浮かべてエイルをサラに返した。
 「大丈夫?エイル」
 「あ、ありがとう。サラ」
 「ありがとう、ぢゃないでしょ!このお馬鹿!あれほど一人になるなっていったのにどうしてあんたは……」
 「ご、ごめん」
 「うん。分かればよろしい」
 エイルの頭を叩いたり撫でたりした後、サラはリツカへと向き直る。
 「何?エイルさんは離したよ?それでも僕にまだ危害を加える気?」
 「……いいえ。リツカがこのまま立ち去るのなら、私は何もしないわ」
 「…………」
 リツカはエイルを見て笑う。
 何か含みのある笑いだった。
 「?」
 サラが身構えるが、
 「また会おうね。エイルさん」
 「…………」
 「近いうちに」
 「…………」
 リツカはそれだけ言うとその場から消えた。
 「…………」
 「はぁー。やっと行ったか……」
 サラがようやく気を抜いた。
 「サラ……あの人がそうなの?」
 「うーん。そうみたいね。まさかというか、やっぱりというか……」
 「知り合い?」
 「まあね。魔属そのものはあまり数が多くないから顔見知りも結構いるわ。リツカもその一人」
 「友達……だったの?」
 「…………」
 サラは言葉に詰まって、少し目を伏せた。
 「昔ね、結構バカやってたわ。でも……」
 「…………」
 サラはリツカの居なくなった方向を見ながら深く溜息をついた。
 もしかしたら、すごく大切な友人だったのかもしれない。
 しかし、それについて深く聞くことは出来なかった。
 サラの、切なそうな横顔が目に焼き付いたまま……
 

 「と、いうわけなのよ」
 サラが溜息混じりに今回の邪魔者の正体をみんなの前で告げた。
 「…………」
 「まさか、リツカがな……」
 「リツカ……」
 カムナはやれやれ、といったかんじで溜息をついた。
 ギルスは無言だが、目は少々伏せ目がちになっているあたり、結構落ち込んでいるのだろう。
 リーアはショックで半泣き状態になっていた。
 「しかし……リツカか。リツカの出生を考えると、これも仕方のないことかもしれんな」
 「…………」
 カムナの言葉にサラは黙って頷いただけだった。
 「どういう…事?」
 魔属の出生。
 リツカが滅びを望む理由。
 「リツカはね、死を司る魔属なのよ」
 「死を……?」
 「例えばカムナは木、ギルスは石、リーアは風、私は水、それぞれの存在の元となったものが魔属にはあるの」
 「……うん」
 サラは一拍置いてから、言葉を続ける。
 「リツカの元となったのはね……」
 「…………」
 「死体よ」
 「え……?」
 「リツカは、たくさんの人間の死体から生まれたの」
 「死体……から……?」
 「そう。沢山の棄てられた死骸、腐り果て、骨と化し、永い刻を掛けて一つの意志へと昇華した」
 「…………」
 それで納得がいった。
 まるで、死神を見ているような、圧倒的な死の気配。
 あれは、リツカの気配。
 存在そのものなんだ。
 「私達は、意志を持って生まれたとき初めて生きてるって実感できたけど、リツカは生まれる前から死んでるの」
 「…………」
 生まれてきた命。
 生まれる前に死んでいる存在。
 それでも生きている矛盾。
 それは、どれほどの絶望だろう。
 沢山の死を味わって、苦しみを記録して、生まれてなおその意味が存在を縛る。
 「リツカには死しかないの。生きていても、ずっと死に縛られている。だから、他の生き物が許せないんでしょうね」
 「だから、再生も望んでいない……」
 哀しい存在。
 ここで、私達が世界を終わらせても、魔属は……リツカは生き残ってしまう。
 死に縛られたまま、永い刻を生きなければならない。
 だからリツカは終わらせたいんだ。
 全てを巻き添えにして、自分も殺したいんだ。
 「リツカ……」
 サラは俯いたままリツカの名前を呼ぶ。
 本当に、大切な存在だったのだろう。
 敵対したことが、嘘だと思いたいぐらいに。
 「サクヤは?サクヤにこの事は?」
 「今はまだ例の場所じゃ。明日にでもワシが伝えておく」
 「うん……」
 また屋上か。
 この街で、一番空に近い場所。
 灰色の空の下で、サクヤは何を思っているのだろう。
 たったひとりで……

 
 いつもの廃ビルの屋上で眠っているサクヤを眺める影があった。
 黒い気配。
 死を司る魔属、リツカはサクヤを眺めている。
 「分かってはいたけど、やりづらいな……」
 魔属が敵に回っている。
 その事もだが、リツカにとってサラを敵に回したのが結構堪えていた。
 サラは昔……いや、今もリツカにとって姉のような存在だったから。
 やりづらい相手ではある。
 サラの敵意が自分に向いただけで、素直に引いてしまったぐらいには。
 「エイルさんにはサラ達が護衛に付くだろうけど、サクヤ君は無防備だね」
 サクヤ自身、誰かに守られるのを嫌っているようだし。
 それに、サクヤは単一でも魔属とやり合えるだけの力を持っている。
 伊達に子供ながらに葬世の王を名乗っているわけではない。
 だからサラ達も安心している。
 「…………」
 しかしだからこそ、油断しやすい盲点でもある。
 「さて、もしも力が使えなかったら、君はどう切り抜ける?サクヤ君」
 既に次の手は打った。
 あとは、面白くするだけ。
 「ねぇ。サクヤ君。僕と君はとても気が合う気がするよ。君は殺したいだけ、創世なんてどうでもいいと思っているだろう?僕もだよ。だから……一緒に滅びようよ。ねえ?」
 サクヤから見えない場所から、サクヤへと手を伸ばすリツカ。
 その様は、恋い焦がれた人を求めるようでもあった。
 「もうすぐ……」
 もうすぐ、虚無への幕が開く。
 何もない、本当の世界へと還るんだ。
 僕が、還してあげる。
 待っていて。
 もうすぐだから……


 次の日の早朝。
 軍の野営地に一人の青年が現れる。
 「な……なんだ!?貴様は!?」
 「あっはっはっは!歓迎されてないなぁー。さすがは警戒心の塊」
 態度の悪い軍人達にも気分を害することはなく、リツカは人なつっこく笑う。
 「ねーねー、ここで一番偉い人呼んでくれない?いいこと教えてあげるからさ」
 「はあ!?何いってんだこのガキ」
 「いいから帰った帰った」
 ぐいぐいと後ろへと押されるリツカ。
 しばらくうーん、と考え込んでから、
 「実力行使の方が手っ取り早いかなぁ」
 などと呟いた。
 「がっ!?」
 「うわぁ!?」
 リツカは軽く押しただけで二人の軍人を吹っ飛ばした。
 「こ、こいつ!!」
 一人がリツカに向かって発砲した。
 しかし弾丸はリツカには届かない。
 リツカの前で制止した弾丸はそのまま地面に墜ちた。
 「な!?」
 「こいつ、まさか……!!」
 「葬世の子か!!」
 どよめき始める軍人達。
 しかし否定の声も上がる。
 「ちがう!俺が見たのはこいつじゃない。黒髪じゃない。茶髪だった!」
 間近でサクヤを見ていた者もいた。
 しかし……
 「じゃあこいつは一体……」
 「まさか、仲間?」
 「オイオイ。どう考えたらそうなるんだよ?いいこと教えてやるって言ったろ?あんたらのお偉いさんはどこー?」
 飛んでくる弾丸も気にせずにお偉いさんらしき人をきょろきょろと捜すリツカ。
 銃声は続く。
 しかし一発たりともリツカには届かない。
 「あー、困ったな。どーしよ。とりあえず邪魔な者からどけていこっか」
 リツカはそう言って自分の周りにいた軍人達を吹っ飛ばした。
 勿論命は取ってない。
 十メートルほど体ごと飛ばされただけだ。
 「大丈夫。殺さないから。だって大事な戦力だからね」
 にこにこ笑いながら前へと進むリツカ。
 「偉い人〜偉いヒト〜?どっこかなぁ〜?」
 次々と周りの軍人達を吹っ飛ばしながら、鼻歌交じりに歩を進めるリツカ。
 しかし……
 「よせ!これ以上私の部下に危害を加えるな!!」
 半分ぐらい障害物(軍人)をどけたころ、威厳に満ちた中年男が現れた。
 「へぇ〜」
 リツカは楽しそうに笑ってリーダー格らしき男に歩み寄る。
 「あんたがリーダーさん?」
 にこにこしながら尋ねるが、殺気は丸出しだ。
 「ああ。連邦陸軍大佐。バルロック・リュバレードだ」
 「ふーん。変な名前」
 「…………」
 開口一番に自分の名前を貶されたバルロックは思わずリツカを撃ち殺したくなったが、殺気の得体の知れない力を目の当たりにしているため、それも出来ないでいた。
 「それでさ、バロックさん」
 「バルロックだ」
 「バロロック?」
 「バルロック!」
 「……呼びにくい。バロさんでいいや」
 「…………」
 激しくバカにされている気がするのはきっと気のせいではないだろう。
 殺意は膨れあがるが恐怖が上回っている為何とか行動には移れていない。
 「あのさ、バロさん。いい話があるんだけど乗らない?」
 「いい話とは?」
 リツカは人なつっこい笑みを一瞬で殺意に満ちた笑みに切り替えて、バルロックに近づく。
 その耳元で囁かれた言葉は、

 『葬世の王を殺させてあげる』

 「何だって!?」
 リツカは再び人なつっこい笑みに戻る。
 「しかし、我々は街に入ることが出来ない」
 葬世の王はもう街の中。
 つまり結界の中にいる。
 殺したいのは山々だが人間ではあの結界に手も足も出ない。
 「だーかーらー、僕が一時的に壊してあげるよ。その結界」
 「なに!?」
 バルロックは信じられない、という目でリツカを見るが先ほどの得体の知れない力はまさにそれと同種のモノだと思い至った。
 「なぜ、我々に協力する?」
 「そんなことどうでもいいじゃん?現状ではバロさん達が葬世の王を殺すには僕に頼るしか方法はない」
 「…………」
 つまり、生き残る為に用意された道は一つだけ。このまま葬世の王に皆殺しにされるのを選んでもいいけど……」
 「…………」
 「やっぱり人間最後まで諦めたりしたくないよね?」
 「…………」
 バルロックは冷や汗を流しながらも考え込んだ。
 この青年が完全に我々の味方だとは思えない。
 しかし、現状では唯一の道であることも事実。
 利用されているのは明白だが……
 「…………」
 それはこちらも同じ事か……
 「どーする?」
 楽しそうなリツカと、気の重そうな顔で大きな溜息をつくバルロック。
 「分かった。我々はどうすればいい?」
 多くの命がかかっている。
 利用されるぐらい、気にしても仕方がない。
 要は葬世の王か巫女を殺せればいいのだ。
 その後利用されたことで多少の損害が出たとしても、人類全てが助かることに比べたら小さな犠牲だろう。
 「そうだ。我々は……人類の未来を背負っている」
 生き残る為の最善の道を。
 「そうだよ。生き残るのが一番大事だよ。ねえ」
 リツカはバルロックの耳元で囁く。
 葬世の王を、サクヤを殺す為にどう行動すればいいのかを。
 

 早朝。
 サクヤは廃ビルの屋上で朝まで眠っていて、
 「へっぐじ!!」
 ずずーっと鼻をすするサクヤ。
 完全に風邪を引いてしまったらしい。
 「うー……」
 風邪なんか久々に引いた。
 頭がぼーっとするし、何だか体も熱い。
 「だめだ。しんどい……」
 仕方ない。
 ここにいても悪化するだけだろうし、今日ぐらいは大人しく建物の中で寝よう。
 「よっと……」
 ふらつく体を何とか動かしながら下へと降りる。
 「…………」
 見上げた空が少し遠くなった気がした。
 「やっぱり、高い場所の方が好きだな」
 見上げるときも、
 見下ろすときも……
 「…………」
 決してバカだからではない、と一応主張しておこう。
 「さて、戻るか」
 そうして、サクヤが本来の寝床に戻ろうとしたとき……
 「!」
 後ろから突然口を布で塞がれた。
 「な!?」
 サクヤが暴れだそうとするが、布に染みこんだ薬の所為で意識が遠のく。
 「お前……ら何……で……」
 サクヤはそのまま意識を失った。
 「ターゲット確保。帰還します」
 サクヤを抱えた軍人が無線でバルロック大佐へと任務成功を報告する。
 サクヤは混濁する意識の中で、
 「エイ……ル……」
 ただ一人の名を呼んだ。


 「……サクヤ?」
 エイルが目を覚ましたのは、その直後のことだった。
 「あれ……?」
 エイルは自分の中の違和感を感じた。
 今まで、サクヤがどこにいても、何となく居場所が分かっていた。
 王と巫女の繋がり。
 その、無意識に感じ取れていた繋がりが、今酷く微弱なものになっている。
 「サクヤ……!?」
 エイルはベッドから跳ね起きて、いつもの廃ビルへと走った。
 サクヤが居るはずの、あの場所へ……

 「ハァ……ハァ……」
 息を切らして廃ビルの屋上までたどり着いたとき、そこにあるはずのサクヤの姿が……
 「……サクヤ?」
 なかった。
 どこにも。
 気配すら感じない。
 「サクヤ!サクヤ!!サクヤー!!」
 エイルは叫んだ。
 どこかで返事が帰ってくることを期待して。
 しかし……
 「サクヤ……どこ……!? 
 どんなに叫んでも、
 「お願い……返事してよぉー……」
 どんなに捜しても、
 「サクヤ……」
 どんなに泣いても、サクヤは居なかった。
 「サクヤ君、どこにいるか知りたい?」
 「ーーー!!」
 膝を折って泣き崩れるエイルの後ろで、よく知っている声を聴いた。
 とても聴きたくない声。
 黒い青年、リツカの声だった。
 「リツカ……」
 振り向くとリツカは以前と同じように笑っていた。
 「また会ったね。エイルさん」
 「サクヤをどこにやったの!?」
 「知りたい?」
 「!」
 エイルがリツカに掴みかかろうとするが、リツカ軽くかわす。
 「…………」
 「ねぇ、サクヤ君がどこにいるか、教えてあげようか」
 「…………」
 エイルは返事しない。
 きっとリツカはそれをわざわざ教える為にここに来たから。
 「可愛くないなぁー。素直に教えてって言えばいいのに……」
 「教えたいのならさっさと言いなさい!」
 「うわー、更に可愛くない好感度マイナスだよ?」
 「別にリツカに嫌われたってどうでもいいわ」
 「あっそ。前は可愛かったのにな。残念」
 リツカはつまらなそうに舌打ちをしてエイルの前から消えた。
 「…………」
 そして風の音と共に、
 
 『街の外へ行ってごらん』

 確かにそう聞こえた。
 「街の外?なんで……?」
 しかし、ありえない話でもない。
 リツカの事を信じるわけでは決してない。
 だけど、他に手がかりはない。
 「サクヤ……どうか無事で……」
 エイルは街の外へ向かって走り出した。


 「あれ?エイルどうしたの?」
 息を切らしながら走るエイルを見たリーアは声を掛けるが……
 「…………」
 エイルから言葉は返ってこず、そのまま走り去っていった。
 「エイル……?」
 リーアは首を傾げながら、サラ達の所へと戻った。
 
 「まただ」
 「え?」
 「また結界が破られた。恐らくリツカの仕業だろう」
 「やれやれ。また修復するのか。面倒じゃの」
 カムナが酷く面倒くさそうにそう呟くと……
 丁度入ってきたリーアが、
 「そう言えばさっきエイルが外に向かって入っていったんだけど、何か関係あるのかな?」
 何気ない一言。
 「…………」
 「…………」
 「…………」
 壊された結界。
 エイルが街の外に一人で向かった。
 導き出される答えは一つ。
 「あんの……バカ……!!」
 サラが忌々しげに吐き出す。
 「まさか、そうくるとはな」
 「…………」
 「どうしたの?みんな怖い顔して……」
 みんなが深刻な顔をする中、リーアだけが状況を掴めずにいた。
 「リツカよ」
 「え?」
 サラがイライラした口調で続ける。
 「だから、リツカの奴がサクヤとエイルを街の外におびき出したの!恐らく人間を使ってね!!」
 「そんな……」
 リーアは部屋を飛び出した。
 「エイル……サクヤ…!!」
 小さな体で必死で走る。
 「…………」
 あのとき、止めていれば……
 私が、気づいていれば……!!
 「あんたの所為じゃないわよ。リーア」
 「でも……!!」
 後から追いついてきた三人もリーアを慰める。
 「ワシ等の落ち度じゃ。あやつの人間嫌いを甘く見ておったわ」
 「すまない」
 「しかし……ワシ等が急いだところで手出しはもう出来ん……」
 「…………」
 サラが悔しそうに唇を噛む。
 「サクヤ……エイル……」
 しかしそれでも向かわずにはいられなかった。
 この世界に必要な二人の子供。
 そして、自分にとって大切な友人の為に……


 そのころ、エイルは結界を抜けて街の外に出た。
 「サクヤ!!」
 その時エイルが見たものは……
 「エ……イル……?」
 体に何発もの銃弾を受け、全身血まみれになってなお鉄骨に磔にされているサクヤの姿だった。
 がんじがらめに縛りつけられた鎖からは絶え間なく血が落ちていた。
 エイルがサクヤに駆け寄る。
 涙を流しながら、必死でその血を止めようとする。
 「どうして!?サクヤ!力を使えばこんな奴ら……!」
 そうだ。
 サクヤが力を使えばこんな無様な捕まり方をするはずがない。
 私と多少離れていても、サクヤはちゃんと力を使える。
 それなのに何で!?
 「それがさ、さっきから、力……使えねぇんだよ……」
 「え……?」
 どうして……
 どうしてこんな……
 私も、サクヤとの繋がりを薄く感じている。
 何で、こんな事に……
 「僕だよ。エイルさん」
 「!」
 いつの間にか後ろにリツカが居た。
 「初めまして。サクヤ君。僕はリツカ。君をそんな目に遭わせた張本人だよ。よろしくね」
 血まみれで半死に状態のサクヤを前にしても、笑顔を崩すことなく挨拶をした。
 「リツカ!!」
 「おっと、怖い怖い。そんな血相変えた顔すると可愛い顔が台無しだよ?」
 「うるさい!サクヤに何したの!?何でサクヤが力使えなくなってるのよ!!」
 「いや、僕はその件に関してはサクヤ君には何もしてないよ」
 「うそ!信じない!あんた以外有り得ない!!」
 「うわー信用無いな。ホントにサクヤ君には何もしてないって。サクヤ君にはね……」
 「え……?」 
リツカの胸倉を掴む手がわずかに緩んだ。
 「どういう……事……?」
 「どういう事って、言葉のまんまさ」
 リツカはエイルの頬に触れる。
 「この前エイルさんに接触した時にちょっと肉体に細工させてもらったんだ」
 「細工……?」
 「エイルさんと、サクヤ君との繋がり、つまりパスを一時的に断絶した」
 「……そんな!!」
 そんなこと……
 「出来る筈がないって思う?他の奴には無理だろうね。でも僕は死を司る存在。活きているものならたとえ、生物でなくても殺せる。もっとも、僕の力じゃせいぜい後二日がいいところだけどね。でも……」
 「それだけで十分だ」
 そう言って笑ったリツカの瞳は、今までのどのリツカよりも殺意に満ちて、満足そうに見えた。
 「サクヤ君はもうすぐ死ぬ。そうだなぁ、その様子じゃ後一時間と保たないんじゃない?」
 「サクヤ!!」
 エイルはサクヤの名前を呼び続ける。
 このままサクヤが死ぬなんて……
 そんなのって……!
 お互い最後は死ぬって分かっていたけど、でもせめてサクヤには自分の願いを叶えて死んでもらいたかった。
 「ご……ごめん……」
 「え……?」
 「ごめん…な……エイル……」
 血を吐きながら、サクヤはエイルへと謝罪の言葉を漏らす。
 「どうして?どうしてサクヤが謝るの!?」
 今酷い目に遭っているのはサクヤの方なのに……
 「俺…お前の事…守れな……かった……」
 「サクヤ……違う!サクヤは悪くない!悪いのは全部……!」
 「僕?」
 楽しそうに言うリツカが腹立たしかった。
 「サクヤ!死なないで……サクヤ……!!」
 泣きながらサクヤにしがみつくエイルの後頭部に冷たい感触があたる。
 「こいつが、葬世の巫女か」
 バルロック大佐はエイルのこめかみに銃口をあてて、引き金に指をかける。
 「よ……せ……!」
 死にかけの身体で、サクヤは止めようとする。
 動こうとして、さらに出血はひどくなる。
 「サクヤ、動いちゃ駄目!!」
 「おい……オッサン。俺が代わりに死んでやる。だからエイルは撃つな」
 「そうはいくか。葬世の子は生かしておけない。王も巫女も必ず殺す」
 エイルのこめかみにあてられた銃口は動くことはない。
 「俺さえ……殺せば…エイルは無力だ……お前らは……死なずに済む……」
 「サクヤ!?」
 「だから……」
 エイルは俺とは違う。
 どうせ、願いが叶えられないのなら、エイルだけは……普通に生きて欲しい。
 俺はもう……エイルの傍にはいられないけど……
 「…………」
 バルロック大佐はリツカの方を見る。
 本当なのかと問うように。
 「本当だよ。サクヤ君さえ殺せばエイルさんは巫女としては無力なただの女の子だよ。今もだけどね」
 リツカは嘘偽りなく答えた。
 リツカも、エイルを殺すことにはこだわっていない。
 要は、葬世さえ成らなければいいのだから。
 「そうだね。エイルさんは見逃してあげても害は無いんじゃない?」
 「頼……む……」
 「そんな……!やだ!!やだよ!!サクヤ!!そんなのズルイ!!いつも、全部自分一人で抱え込んで、私の意志はどうなるのよ!!」
 一人守られて、生き延びて、大切な人の命の上に成り立った人生なんて、私はいらない!
 「ごめん…な……」
 サクヤもそれは分かっている。
 だから、エイルに謝ることしかできない。

 「リツカ」
 「サラか……」
 振り返った先には険しい顔で睨むサラがいた。
 「何のつもりよ!私達が人間に関わるのは最大の禁忌だった筈よ!」
 「干渉制限は超えていないよ。僕はあの人達に助言しただけだもの。殺してもいないし、助けてもいない」
 「…………」
 魔属が人間に干渉するのは最大の禁忌とされている。
 軽い接触、会話ぐらいなら問題は無いが、直接殺したり、助けたり、人間の運命を大きく変えてはならない。
 もしもこの制約を破れば、世界がその存在を許さない。
 つまり、死ぬ。
 「助言ね。あんた、人間に関わるのは死ぬほど嫌いじゃなかったっけ?」
 自分を生み出した人間を、リツカは心の底から憎んでいた。
 見るのも、関わることも絶対にしようとしなかった。
 「……そうだね。でも、このまま世界が続く方が死ぬ以上に嫌だから。多少の譲歩はしてみたんだ」
 いつものように笑うリツカ。
 そんなリツカに、サラは容赦の無い平手を食らわせる。
 「だから、すべてを巻き込むの!?あの子達まであんな目に遭わせて!!」
 リツカは叩かれた頬を抑えたまま、そうだよ、と笑う。
 「みんな、死んでしまえばいい」
 「リツカ!!」
 リーアが風の元素でリツカに攻撃をする。
 風の刃はリツカへと向かって、そして通り抜けた。
 「…………」
 「無駄だよリーア。君程度の力じゃ僕は殺せない」
 「……!」
 それでもリーアは風の刃を生み出して攻撃をしようとするが……
 カムナによって止められる。
 「変わらんな。リツカ。お主は昔から」
 リーアを後ろに引かせてカムナが前へと出る。
 「カムナじーさんか。僕は変わらないよ。ずっと前から死にたくて、そして殺したいんだ」
 「人間達の無念の塊、そこから生まれたお主はワシ等の中では一番異質で、そして最も人間らしい」
 「なん……だって……?」
 常に笑っていたリツカが、ここに来て初めて笑顔を崩した。
 「人間を嫌いながら、一番人間にこだわっておるのはお主じゃよ。リツカ」
 「うるさい!お前なんかに僕の何が分かる!!」
 初めて、笑顔を崩したリツカはカムナを殺しかねない形相で怒鳴りつける。
 「カムナ……それ以上は……」
 「いいから黙っておれ。ギルス」
 「…………」
 「死しか感じられないからこそ、生者を憎む。しかし本当に憎かったのか?」
 「ああ!憎いさ!!僕を生み出した人間達が、そして生きている全てのものが!!」
 感情を露わにしてリツカがカムナに叫ぶ。
 しかしカムナはリツカの言葉を否定する。
 「自分にはないものだからこそ、欲しかったのではないか?生きている喜びや実感、それらの正の感情が。そして手に入らないと分かっているからこそ憎むしかなかった。違うか?」
 「……うるさいうるさいうるさい!!」
 リツカは耳を塞いでカムナの言葉を必死で否定する。
 知りたくなかった心の奥底。
 かつて、焦がれていたもの。
 憧れていた想い。
 諦めるしかなかった在り方。
 すべてを否定することでしか、自分を保てなかった。
 「いいのか?ここですべてが終われば、二度と取り戻せんぞ?」
 「…………」
 「本当にいいのか?リツカ」
 「いいんだよ!手に入らないものなんていらない!全部無くなればいいんだ!!」
 リツカは自分の中の力を最大限に引き出す。
 そしてその矛先をサクヤとエイルへと向ける。
 「リツカ!!」
 「うるさい!もう構うもんか!!先に殺してやる!!」
 そうして、怒りのままにリツカは闇を二人へと放った。
 大きな絶望が、二人へと近づく。
 自分が死んでも、それでも殺したかった二人。
 その、決意の塊の力は……
 「ぐっ……うぅ……!!」
 サラによって止められた。
 リツカの闇を全て受け止めたサラは全身ボロボロになりながらも倒れることなくリツカを睨む。
 「サラ……」
 「このバカ!どうしてあんたはそんな事でしか自分を救おうとしないのよ!!」 
 「うるさい!もういらない!!何にもいらない!!」
 リツカはサラに闇を放ち続ける。
 「この……!」
 サラはリツカの攻撃を受け続けながらじりじりとリツカへの距離を縮める。
 「!」
 そうして、サラがリツカの手を掴んで、残った方の手でリツカを攻撃した。
 「ぐ……ふっ……!!」
 サラの攻撃をモロに喰らったリツカはその場に崩れ落ちる。
 「ってく……手間掛けさせて……」
 「殺せよ」
 「殺さない」
 「なんで……」
 サラはリツカを抱きとめて、自分も膝をついた。
 「だってまだ、リツカに言ってないこと、あるもの……」
 「…………」
 「リツカが誰よりも死に縛られていることはよく知ってる」
 「…………」
 「でも……リツカだって、それでも生まれてきたんだから、その意味はちゃんとあるんだって、知って欲しい。探して欲しい……」
 「サラ……」
 「私……覚えてるよ。リツカと初めて会ったとき、初めて……手を差し伸べたとき、笑ってくれたリツカの顔……」
 「あ……」
 
 遠い昔……
 多くの死体、無数の思い、そのかたち。
 一つの意志として生まれた人ならざる命。
それは、唐突だった。
 唐突に、世界を感じた。
 空を、風を、大地を……
 ここにいるという実感……
 周りにある動かないヒトガタなどどうでもよくて、なぜ、突然こんな事になったのかを必死で考えた。
 「僕は……」
 両手を震わせて状況を考える。
 いま、ここにいる自分。
 何から生まれたのか……
 「あれ?君もしかして生まれたて?」
 「え……?」
 唐突に現れた女性。
 「あ、こわがらないで。君の同族だから」
 「同族……?」
 「そう。永い刻をかけて意志を持った人ならざるもの。君もでしょ?」
 「……うん」
 「私はサラ。君は……と、生まれたばかりじゃまだ名前はないか……」
 「…………」
 サラはそっと近づいてマントをかぶせた。
 「リツカ。リツカでどう?君の名前」
 「リ……ツ……カ……?」
 リツカはあまり上手くない発音で自分に与えられた名前を口にする。
 「気に入らない……かな?」
 サラが心配そうにリツカの顔をのぞき込むと、
 「リツカ…サラ……」
 リツカはその名前を呟くと嬉しそうに笑った。
 「気に入ってくれたみたいね」
 サラもつられて笑った。
 「おいで。リツカの仲間に会わせてあげる」
 「まだいるの?」
 「ええ。いるわよ。リツカは一人じゃないんだから」
 「うん!」
 リツカは迷うことなくサラの手を取った。
 初めて、他の存在と関わった瞬間。
 リツカはサラに名前と、居場所を貰った。
 
 「ねぇ……サラ……」
 「どうしたの?リツカ。怖い顔して」
 リツカがサラや他の魔属達と居るようになってから数年が経った頃、リツカは明らかに他の魔属を避けるようになっていた。
 それでもサラとだけは話すようだが。
 「サラは水から生まれたんだよね?」
 「?そうよ。私は長い年月存在した水が一つの意志に昇華した存在よ。それがどうかした?」
 サラがそう聞くとリツカは気まずそうに目を逸らした。
 「別に。ただちょっと知りたくなっただけ」
 サラはリツカと背中合わせに座って、その背中に寄りかかる。
 「生まれたとき、不思議な感じがしたわ。今まで漠然と散りばめられていた意識が一つになって、受肉することによって肉体を得て、一つの意識体になった。ずっと前から存在していたはずなのに、すごく生きてるって感じがした」
 「生きてる……?」
 「そう。今ここで、サラという私が、確かな意志を持って生きている。とても充実しているわ。勿論生まれた瞬間もね」
 「生きてる……実感……」
 サラと反対側を向いているリツカはそう呟いて沈んだ気持ちになった。
 「僕は……死んでる。生まれる前から……」
 「リツカ……」
 僕は、沢山の死体と、無念の意志によって生まれた。
 生きているのに、死んでいる感触しかなくて、生きている実感を考えると、すごく空っぽな気持ちになる。
 「僕、みんなと違うね……」
 同じ存在の筈なのに、どこか異質で、歪。
 それがリツカという存在。
 「そうね。リツカは私達とは違うかもね」
 「……うん」
 やっぱり、サラもそう思ってるんだ。
 仕方ないよね。
 分かってるけど、悲しくなってくるのはサラのことがとても好きだと思う心が痛いから。
 「でも……」
 「サラ?」
 「でも、それでもリツカは私の大事な弟分だよ」
 サラは振り向いてリツカに笑いかける。
 「サラ……」
 「ね?」
 その顔を近づけて、首を僅かに傾ける。
 サラの笑顔が眩しかった。
 違う存在であることを認めてなお、受け入れてくれた。
 そんな、君の笑顔が好きだったよ……

 「リツカは……私の大事な弟分なんだから……」
 「サラ……」
 そして今も変わらず、笑ってくれる。
 あの時と同じ言葉で……
 長い時間の中で、内なる虚無に負けてしまいそうで、大切だと思っていたものも壊したいものへと変わった。
 それが怖くて、サラ達の元を離れた。
 ずっと一人で、孤独で、死だけが全てだった。
 「諦めないで……リツカ……」
 変わらずに大切に思ってくれる君が、今でも好きだよ……
 「もう、遅いよ……僕は、光を求めるには、虚無に焦がれすぎた……」
 「リツカ……」
 リツカは一度だけサラを抱きしめた。
 今までの想いを、全部込めて。
 「ごめん。サラ。僕、あんまりいい弟じゃなかった……」
 リツカはサラに寄りかかりながら、サクヤとエイルの方を見る。
 サクヤは自分が死ぬことが分かっていて、エイルをかばっている。
 片方が死に絶えれば、葬世は成らない。
 リツカの願いは叶う。
 「僕は、満足だよ。これで葬世は来ない。みんな滅んでくれる」
 「リツカ……」
 自分の役割は終わった。そのことに満足したリツカはそれ以上暴れだすことは無く、サラを離した。
 
 「俺は放っておいても死ぬ。だから……」
 意識が朦朧とする中、死を身近に感じながらサクヤが懇願する。
 エイルを助けて欲しいと。
 「サクヤ!!嫌!私そんなの嫌だよ!!」
 エイルは泣きながらサクヤの言葉を否定する。
 「…………」
 そしてバルロック大佐はサクヤへとその銃口を向ける。
 「少年。それは君の命を賭けた願いか?」
 「ああ」
 「…………」
 「…………」
 二人の睨み合いが数秒続いて、そしてバルロック大佐は銃を下した。
 「分かった。その願い、聞き届けよう。エイルという少女には手を出さない。その代わり君には確実にここで死んでもらう」
 「感謝する……」
 サクヤは安心したように目を閉じた。
 このまま、いつ死んでも構わないというように。
 「サクヤ……どうして……」
 その場に泣き崩れるエイル。
 しかし、そんなサクヤの願いも裏切られることになる。
 
 パン

 渇いた銃声。
 「あ……」
 エイルの胸のあたりからじわりと紅い血がにじみ出る。
 サクヤとエイルを囲んでいた軍人達の一人が、エイルに向かって発砲したのだ。
 「エイル……!!」
 サクヤは薄れゆく意識も、霞んでいく視界も、感覚を失っていく身体も無視して、がしゃがしゃと縛りつけられた鎖を引きちぎらんばかりに動く。
 そのたびに出血は酷くなり、死へと近づく。
 「死んでしまえ!俺たちを脅かす者すべて!」
 エイルに向かって発砲した男が狂ったように笑いだす。
 「サ…ク…ヤ……」
 エイルが必至にサクヤへと手を伸ばす。
 少しでも近づきたくて、触れていたくて……
 傍に……居たくて……
 「エイル!エイル!!駄目だ……!エイル!!」
 サクヤは必至で叫ぶ。
 急所を貫いた弾丸。
 血を吐くエイルの顔から、みるみると生気が失われていく。
 「ちっ……余計なことを……!」
 バルロック大佐が振り返り、撃った男を睨みつける。
 彼は本当にエイルだけは助けるつもりだったのだ。
 部下の行動を制止しきれなかった自分を悔やみながら、
 「すまない……少年……」
 サクヤへと謝る。
 腐りきった軍の中でも、この男だけはまだまともだった。
 「エイル!!」
 「…………」
 がしゃがしゃと暴れながら、外れないと分かっていて、それでも足掻く。
 「そうだ。二人とも殺せ!!」
 「なぶり殺しでも生ぬるい。原型残らず肉片にしてしまえ!!」
 殺せ殺せと次々に叫びだす。
 「俺が殺してやるよぉー!!」
 そう言ってサブマシンガンを持ち出す。
 「馬鹿!よせ!!」
 バルロック大佐が止めようとするが、狂気に駆られた部下は上司の言葉など聞かなかった。
 「ははははは!まずはお前だぁ!!」
 そうして、その銃口をサクヤへと向ける。
 鎖で縛りつけられた動けない的へと……
 「死ねぇー!!」
 
 ーーーーー
 切れ目の無い銃声が数秒間響き渡る。
 誰もが、その光景を息を飲んで眺めていた。
 そして……
 
 「エ……イル……?」
 目の前に飛び散ったのはサクヤではなくエイルの鮮血だった。
 エイルが、最後の力を振り絞ってサクヤの盾となったのだ。
 「サ……クヤ……」
 身体中に無数の穴をあけて、身体の大部分をえぐられたエイルが、サクヤへと倒れ込む。
 ちょうど、サクヤに正面から寄りかかるかたちで……
 「エイル!!エイル!!エイルー!!馬鹿!なんでこんな事した!!」
 すでに生きているのも不思議な、うつろなエイルへとサクヤは怒鳴りつける。
 「サ…クヤ……私…やっぱり道具は嫌……」
 「エイル…?」
 薄れゆく意識の中で、エイルがぽつぽつと漏らす最後の言葉。
 エイルの血を、命を浴びて、サクヤの中の力が甦る。
 傷は癒えることなく、行き場の無い力だけが膨れ上がっていく。
 「分…かるよ……今…サクヤとの繋がりが戻ってきてるのが……」
 エイルの命によって、リツカの死を解除した。
 二人はまだ、王と巫女なのだ。
 「エイル……!!」
 「よかった……これで……サクヤの願いは叶うね……」
 もう見えない目を開いたまま、エイルはサクヤへと笑いかける。
 「よかった……サクヤに、殺されるんじゃなくて……サクヤを……守って死んでいけるのが……うれしい……」
 「…………」
 「これで……私の……鍵としての役割は……おわり……」
 溢れだした力が、サクヤに巻きついていた鎖を粉々に砕いた。
 自由に動けるようになったサクヤが、エイルを抱きしめる。
 「もう…いい!!もう…しゃべらなくてもいいから……!!」
 サクヤの中にどんどん力が溢れている。
 痛みも忘れて、今までにない強大な力が……
 エイルの命を犠牲にした、世界を壊す力が……!!

 「しまった……」
 リツカが慌てるが、もう遅いことに気がつく。
 力の解放はもう始まっている。
 世界を破壊できる単一個体に、一魔属の力など通用しない。
 横にいたサラがリツカの腕を掴む。
 「諦めなさい。あの子達の勝ちよ」
 「…………」
 そう言ったサラの顔は穏やかなものへと変わっていた。
 仕方ないなぁ、とため息をつきながらも、リツカも手出しは止めた。
 「サラ……」
 これ以上、サラを悲しませたくもなかった。
 「確かに無駄だな……」
 突然の力の解放に慌てた軍人達が、二人を一斉に撃つが、すでに弾丸は届かない。
 密度の高い力の壁によってすべて塵と化す。
 
 世界の終わりが始まる。
 再生を約束された、未来ある終わり。

 「サクヤ…私、鍵として……死ぬんじゃないよ……サクヤを……守って……死ぬんだから……」
 「…………」
 サクヤは涙を流したまま、何も言えずにエイルの言葉を聞いていた。
 「サクヤが、私のために……私を道具として扱おうとしたのは知ってる。でも、私は……汚れてもいい……キレイじゃなくてもいい……サクヤと……同じものを……同じ痛みを……背負いたかった……」
 「エイル……」
 すべてを一人で抱え込むサクヤの姿が痛くて、キレイでいて欲しいというサクヤの願いを知っていたからこそ、何も言えなかった。
 だけど私は……同じものを背負いたかったんだよ……
 過酷な運命だからこそ、二人で分け合いたかった……
 「朔夜……」
 「…………」
 「私は……朔夜が……好きだから……」
 「エイル……」
 「だれよりも……一番……好きだと思ったから……」
 「ご……めん……」
 俺は、何も見ようとしなかった。
 エイルの苦しみも、その心も、痛みも。
 俺の願いそのものがずっとエイルを苦しめていたのに……
 心のどこかでそのことに気づいていながら、ずっと、向き合うことを避けていた。
 「ごめん……ごめん……エイル……!!」
 エイルは、こんなにもまっすぐに、俺を想ってくれていたのに……
 「謝らないで……私……やっと言えたよ……朔夜……大好き……」
 道具ではなくて、好きな人を守って終わることがうれしかった。
 朔夜が、泣いてくれるのがうれしかった。
 私は……大丈夫……
 もう、辛いことなんて何にもないから……
 「私……生まれ変わったら……遠い未来でも……また、朔夜に……会いたいな……」
 「会えるさ……」
 朔夜は漠然と理解していた。
 遠い未来、世界が同じ状況になったとき、再び自分たちが同じ運命を背負わされることを。 
 「また、会える?」
 「会える。俺が、必ず、エイルを捜し出す!何度生まれ変わっても、姿が変わっても、俺はエイルを見つけ出す」
 「ありがとう……」
 それが、エイルの最後の言葉だった。
 うつろに開かれた目は光を失い、呼吸の止まった口は、最期は笑っていた。
 朔夜はエイルの目をそっと閉じて、最期に冷たいくちづけをした。

 終わってしまった命。
 言えなかった言葉。
 そして、これから終わる命。
 最期に、大きな役割を残して……

 「すべてを、あるべき姿に……」
 サクヤはエイルを抱いたまま、自らの力すべてを世界の望むままに解放した。
 周りの軍人達の表情が絶望に満ちる。
 叫びだす者、泣きだす者もいた。
 しかし、滅びは等しく訪れる。

 「いかん。ワシ等もそろそろ」
 カムナが空間を切り取り、異次元の入り口を開く。
 カムナ、ギルス、リーアが続いて、
 「私達もここにいると危ないわ。行きましょう、リツカ」
 「…………」
 リツカはサラの手を振り解いて、その身体をつき飛ばした。
 「リツカ……?」
 「サラ……僕は、ここに残る。ここで消えるよ……」
 「リツカ……!」
 サラがリツカを連れて行こうと再びリツカに近寄るが、
 「…………」
 「…………っ!」
 泣きそうな顔で笑ったリツカによってその足を止めた。
 「もう……いいんだ……ありがとう。サラ」
 「……リツカ」
 リツカは闇をサラに放って、サラを身体ごと次元の穴へと押し飛ばす。
 「!」
 「サラ。ありがとう。サラの事……好きだったよ……」
 最期に笑ったリツカの顔は、とても満ち足りたものだった。
 「リツカーーー!!」
 サラを吸い込んだ後、次元の穴は閉じていった。
 サラの泣き顔を目に焼き付けたまま、リツカも目を閉じる。
 「最初から……こうすればよかった……」
 消えない虚無。
 囁く絶望。
 生きている限り、僕を苛むのなら、僕が死んでおけば良かったんだ。
 僕はここで消えるよ……
 サラ……
 
 大地がひび割れ、世界が壊れる。
 全ての命を飲み込んで……
 すべての希望を消し去って。
 新たなる希望への道を開く。

 「エイル……」
 朔夜は、気がついたら別の場所にいた。
 「ここは……」
 さっきまでの場所じゃない。
 ここは……
 そうか……
 「阿頼耶と、庵摩羅の深層……」
 すべての生きているものの、
 死んでいるものの、
 そして世界の、
 意識の海。
 「ここに、還ってきたのか……」
 最も深く繋がった魂。
 還るべき場所……
 
 これであなたの役割は終わりです、朔夜。
 お疲れさまでした。

 「…………」
 声が、聴こえた。
 世界の声。
 意識の、統合思念……
 
 「ああ。つかれたよ……」
 朔夜は誰もいない場所で一人笑った。
 
 これから世界は永い眠りにつきます。
 すべてを癒す為に……
 そうして再び、生き物が生まれて、世界は繰り返す。
 
 「俺も、眠るんだな……」
 
 ええ。今はゆっくりと、眠ってください。
 あなた達は大きな役割を持っている魂ですから。
 
 「一つ、聞いていいか?」
 
  ええ、何ですか?

 「やっぱり、次の世界でも俺達は同じ運命なのか?」

 ……
 そうです。
 何度か転生を繰り返し、再び世界が終わりを迎えるとき、貴方達は再度王と巫女になる。 
 「…………」
 
 辛い役目を押しつけてしまっていると分かっています。
 だからせめて、役目のない世代ではこの事は忘れて安らかに過ごしてください。
 
 「忘れる……?」

 ええ。
 転生後は以前の記憶は残りません。
 王である自覚もなく、普通の人間として過ごせるでしょう。

 「…………」
 普通の人間。
 何一つ、不安など無い。
 穏やかな暮らし。
 殺し、殺されることもなく、平凡な日常。
 何よりも、求め続けたもの……

 「一つ、条件がある」
 
 何でしょう?

 「俺は、次の終末でも、この運命を呪ったりしない。受け入れる。だから……」
 何一つ呪ったりしない。
 逃げたりしない。
 受け入れる。
 そして今、一番失いたくないもの……
 それは……
「だから、生まれ変わったどの世代でも、今の俺の記憶は無くさないで欲しい」
 生まれ変わった俺は、魂が同じだけの別人だ。
 他人に余計な運命を背負わせてしまうことも分かってる。
 それでも……
 「俺は、エイルのことも、この想いも、痛みも全て、忘れて……無かったことになんか出来ない。だから、俺の記憶を俺自身に遺して欲しい」
 
 …………

 「頼む」
 俺は、何一つ、忘れたくない。
 無駄な事だって、思いたくなんか無い。
 
 それがあなたの望みなら。
 エイルはどうしますか?

 「いや。エイルはいい。通常通り、何も知らないまま、普通の人間として過ごさせてやってほしい」
 彼女が夢見た日常。
 遠い未来、再び悲劇がその身に降りかかっても、
 その時まではどうか、幸せでいてくれますように……
 「記憶を遺す代償に、俺は再び運命を受け入れる」
 朔夜は何もない場所で、世界と契約をした。

 眠りなさい。
 今は全てを忘れて。
 あなたが再び別の人生を歩み始めたとき、大きな傷を抱えることになっても……
 あなたのその強き想いは必ず未来のあなたを支えるでしょう。
 朔夜……
 今はただ、眠りなさい。

 薄れゆく意識
 
 止まる命
 
 多くの犠牲があった
 
 多くの罪を犯した
 
 沢山、傷つけた 

どんなに永い刻が流れても、忘れないと誓うよ……

 エイル……
 
 そして、再び出逢えたのなら

 君が俺のことを忘れていても、俺は必ず言うよ

 言えなかった言葉

 伝えられなかった想いを……

 『私は、朔夜が一番好き……』

 「俺も、好きだよ……」

 世界の終わりで君を待っている

 もう一度出逢えたなら俺は、今度こそ間違えない

 この痛みも、罪も、そして想いも、全て覚えておくから……

 だから……

 その時までは、どうか幸せに……


 王は眠った
 全ての記憶を刻み込んで
 再び
 たった一人の運命と出逢えるのを待っている……