第三章 道程

 私たちは、どこへ行こうとしているのだろう。
 どこを、目指しているのだろう。

 光の無い暗闇の中を手探りで進むように、
 進むべき道はまだ、どこにも見えない。

 どこに行ってもいい。
 どこへ堕ちてもいい。
 ただ、君の姿を見失わなければ、それでいい……






 「…………」
 「…………」
 とある安宿で、二人は頭を抱えていた。
 結構困っている感じである。
 「巫女である私が言うのもなんだけど、今更になって結構胡散臭いモノを感じるのよね……」
 「…………」
 二人は出会えた。
 運命の子供。
 世界を無に帰す為に。
 「でもねー。具体的にどうやったら世界は滅ぼせるわけ?」
 「さあ?俺の力を引き出すのが巫女の役割なんだからエイルが何か知ってるんじゃないのか?」
 「知らない」
 「…………」
 二人は行き詰まっていた。
 お互いが進むべき道を見失っていた。
 「引き出すって言われても、私が特に何かしてる訳じゃないし?傍に居たところで引き出せる力はほんの一部でしょう?」
 「ああ。最大出力でもこの街を半壊させる程度かな」
 サクヤは自らのパラメーターを冷静に分析した結果を告げる。
 最大出力で一つの街を半壊させる。
 一個人の能力としては相当なものだが世界そのものを滅ぼすにはかなり足りない。
 エイルは頭をかかえる。
 「それじゃあ葬世の王って言うよりただの強力な超能力者って感じね」
 「魔法使いと言ってくれ」
 超能力者という表現はイマイチ気に食わないらしい。
 「なんで魔法使い?」
 別に呼び方などどうでもいいじゃないかと反論するが、サクヤはえっへんと胸を張る。
 「超能力者よりも魔法使いの方がカッコイイから!」
 「…………」
 しょーもない理由であった。
 サクヤは時折どうでもいい事にこだわろうとする。
 「私は超能力者の方がカッコイイと思うけどなぁ。その名の通り何でも出来そうな気がして!」
 「そこが気に入らない」
 「え?」
 サクヤが真面目な顔をして人差し指を立てる。
 「何でも出来そうってのが気に入らないんだよ」
 「何で?」
 「物事には制約が必要だと思うから。超能力は万能っぽいけど魔法は等価交換っていうイメージがあるんだ。たとえば禁忌の呪文を使おうとすると術者にも反動はあるような感じで」
 「…………」
 たしかに。大きな力には制約がつきまとう。
 魔法とはそういうイメージがある。
 「代償も無しに得られるものなんてない。だから俺は超能力者よりも魔法使いがいい」
 ガッツポーズで熱く語るサクヤ。
 言いたい事は分かった。
 分かったのだが……
 「では魔法使いさん。原点回帰としてこれからどうしますか?」
 「う……」
 そう。問題はちーっとも解決してはいなかった。
 これからどうするか。
 あてもなく、
 目的だけがあって、
 手段が分からない。
 「以前は『声』に従っていれば良かったんだけどなぁ」
 「そうね。私にも聞こえていたわ。『王が来る』って」
 二人とも頭の中に直接聞こえてくる声に従ってここまで来た。
 使命を果たせ。
 対なる魂を探せと。
 しかし……
 「今はなーんも聞こえん」
 「私も……」
 要するに、手詰まり。
 「まさか今の状態で世界を滅ぼせとか言わないよな……」
 「まさか。今のサクヤじゃ世界どころか街一つがいいところよ」
 「…………」
 ストレートに事実だけを突き付ける巫女さま。
 言葉に容赦がないような気がするのはきっと、気のせいじゃないと思う。
 「あ!そうだ!!」
 何かを思いついたらしいサクヤは、ぽんっと手を叩いた。
 「何?」
 「今のままで街を一個一個破壊して回るってのは?」
 「…………」
 塵も積もれば山となる。
 そうやって破壊を繰り返していけばいつかは人類も滅亡する。
 うんうん。我ながら名案……
 「バカー!!そんな事したらすぐに軍が来ちゃうでしょーが!!」
 「〜〜〜〜〜!!」
 がぁーっと怒り狂うエイルを前にして、うーっと耳を塞ぐサクヤ。
 「だ…だめ?」
 「さっさと殺されていいならご自由に。私はそんな馬鹿見捨ててさっさと逃げるけど!」
 「…………」
 つまり却下。
 まあ、冷静に考えれば当然の結果である。
 「というかね、私たちの当面の問題はどうやって軍から身を隠すかでしょう?」
 現実問題を突き付ける巫女様。
 どこへ向かうにしても、国境付近には必ず軍が配置されている。
 今回の葬世の子騒ぎで一層警戒を強めているようだ。
 二人とも生きていることが分かった以上、俺たちを血眼になって探すだろう。
 葬世の子は、生きていれば十五歳。
 しかし、俺とエイルは細胞に細工することによって強制的に肉体を成長させられている。
 俺たちを守ろうとしてくれた家族の手によって。
 だから俺とエイルの外見は十八歳前後である。
 しかし軍も中々にやるようで、細胞変異を探知する装置を開発した。
 葬世の子の隠蔽対策として。
 この装置によって肉体を成長させられた子供でも探知することができるようになった。
 つまり、俺とエイルはその装置に引っ掛かればおしまいということである。
 これでは簡単に動くことはできない。
 「このままダラダラしていてもいずれは捕まる」
 でも、答えが分からない今、迂闊に動くのも危険だ。
 どうすればいい?
 
 「あのね……一つだけ心当たりがないこともないんだけど……」
 エイルが気まずそうに口を開く。
 「何?どういう事?」
 「というかあんまりあてになるか分からない情報なんだけど……」
 「?」
 エイルは言いにくそうに目を逸らしながら、
 「私が、ゴルットの駐屯地にいたときにね、噂程度に聞こえてきた事があって……」
 嫌な事を思い出しているのか、逸らされた目はさらに下へとさがる。
 
 「葬世の街?」
 エイルが軍人達から得た情報は一つの街の話。
 十五年前、
 世界中が滅びを夢見た。
 すべての人間が、王と巫女の誕生を知った。
 運命の歯車が、壊れゆく音を聴いた。
 人々は逆らうように、足掻くように多くの子供たちを殺した。
 葬世の子さえ殺せば自分たちは生き残れる。
 そう信じて。
 葬世の子を否定し続けた。
 しかし、否定するものだけではなかった。
 終わりを受け入れ、待っている人間たちも確かにいたのだ。
 ごく少数だけれども。
 その人たちは互いに寄り合い、集まり、一つの街を作った。
 それが、葬世の街。
 破滅を待ち焦がれる人々の地。
 葬世の王と、巫女を信仰する場所。
 「ただの噂で、その……確証は無いんだけど……でも、手掛かりぐらいにはなるかもしれないと思って……」
 葬世を信じているならば、私達の視ていないことも知っているかもしれない。
 進むべき道が見えない今、そこに向かうのは悪くない選択だと思う。
 「葬世の街……か……」
 滅びを夢見た人間の街。
 うん。悪くないかも。
 確かに、手掛かりぐらいは見つかるかもしれない。
 そんな気がしてきた。
 「よし。では次の目的地は葬世の街。ということで」
 「うん」
 目的地は決まった。
 しかし……
 「で?」
 「ん?」
 「その葬世の街って、どこにあるんだ?」
 「あ……」
 エイルはすっごく気まずそうな顔をした。
 噂程度でしか聞いた事がないため、当然場所までは知らなかった。
 「…………」
 「…………」
 気まずい沈黙。
 いやもう、かなり間が抜けてるかんじで……
 「ごめん……分かんない……」
 「…………」
 がっくし。
 目的地不明。
 どーすんだよコレ……
 意気込んだ先にまた遭難。
 はっはっは……
 ダメじゃん俺達……
 「役立たず……」
 「ーーーー!!」
 がーん
 ごーん
 ががーん……
 エイルは打ちひしがれていた。
 どうしてこんなに打ちひしがれているかというと……
 それは……
 「よりによってバカに役立たず呼ばわりされるなんて……しばらく立ち直れない……」
 くっとわざとらしく涙を拭うエイル。
 「…………」
 このやろう……
 言いたい放題言いやがって……
 
 しかしそこはたくましく起き上がって次の考えを述べる。
 「よし!軍人をとっつかまえて聞いてみよう!元々は軍からの情報なんだし、軍人に聞けばきっと分かるよ!」
 「…………」
 それはまあ、確かにそうだが……
 リスク高くないか?
 ヘタに軍に仕掛けるなってさっきは言っておいて……
 「で?捕まえて吐かせるのは俺の仕事なわけ?」
 「当然。か弱い女の子にそんな事させる気?」
 「…………」
 か弱い女の子は人の鳩尾にボディーブローを食らわせたりしないと思う。
 「…………」
 なんてことを言おうものなら今度は蹴りでも飛んできそうな気がしたので黙っておいた。


 そして夜。
 行動開始。
 サクヤが夜の闇にまぎれて駐屯地の入り口付近で見張っている軍人を一匹とっつかまえようとする。
 「具体的にどうするの?まさか正面突破とか言ったら笑うわよ?」
 「ダメ?正面突破……」
 一応言ってみる。
 「あはははは」
 「…………」
 うわー……
 本当に笑われた。
 しかも相当白々しい感じで。
 「冗談だ」
 「よかったわ。本気で今後の対応考えようかと思ってたから」
 「…………」
 サクヤは茂みの中に身を隠したままわざと木を揺らす。
 
 がさがさがさがさ……

 わざわざ見張りに聞こえるように。
 「?」
 音を聞いた見張りがこっちに近づいてくる。
 「誰かいるのか?」
 いかにも軍人サマらしい横柄な物言いだった。
 「いるなら出て……ーーー!!?」
 茂みの中に足を踏み入れた瞬間、サクヤに口を塞がれて押し倒された。
 ばたばたと暴れる軍人にみぞおちパンチ。
 「っ!!」
 うめきつつもおとなしくなった。
 やっぱり効くよなー
 痛いよなー
 おとなしくなった軍人君をその辺の廃屋に連れ込んでハンドガンを突き付ける。
 「な……何者だお前等!!?」
 いきなりとっ捕まえられてハンドガンを突き付けられた軍人君は立場も忘れて二人を睨む。 
 「何者って……ただの通りすがり?」
 「ねー」
 白々しいにも程がある。
 「ふざけるな!!」
 軽い調子で答えた二人に逆ギレしかけたが、ごりっと押し付けられたハンドガンによっておとなしくなる。
 脅迫とは時に最も効率のいい交渉手段だと思う。
 「俺たちちょっと聞きたい事があってさ。教えてくれたらおうちに帰してあげる♪」
 「…………」
 軍から漏れた情報。
 だからその核心は軍に在る。
 噂としてエイルの耳にも入ってきたぐらいだからこんな下っぱでも知っている可能性は高いだろう。
 「何を知りたいっていうんだ……」
 「葬世の街について」
 「!」
 サクヤはハンドガンを突き付けたまま人当たりのいい笑みを浮かべた。
 「知ってるだろ?軍人サン。あんたらから流れた来た情報だからな。俺たちが知りたいのはその街の場所」
 「お前等まさか葬……!!」
 「はいストップ。余計な事は言わなくていいからねー」
 余計な口は黙らせる。
 脅しだけではない事を証明するように、一発間近で発砲した。
 もちろん、サイレンサー付で。
 軍人君の頬がぱっくりと裂ける。
 「…………」
 さすがにおとなしくなった。
 「教えて」
 「…………」
 拒否は許さない命令。
 軍人君は震えながら口を開く。
 「サウススラムの辺境に、そういう街があると聞いた事がある。上は街を壊滅させるかどうかで相当揉めたらしいが……」
 「へー……どうにか生き残ってるんだ」
 「いや。何か不思議な力で守られていて手出しが出来ないらしい」
 何度か軍を派遣した事はあったらしい。
 しかし、得体の知れない力で逆に壊滅状態に追いやられたという。
 これが、葬世の街を一層危険視する要因にもなっていた。
 そして、ならば元から絶ってしまえばいいということで、葬世の子狩りに一層力を入れた。
 「…………」
 「…………」
 これは軍内部の話で、一般人には情報規制がされている。
 葬世の子がこの街の情報を得るのを防ぐ為の筈だった。
 「ふふふ。甘いな。トロイの木馬は意外なところに潜んでいるものなのだ♪」
 「ちょっと、嫌な事思い出させないでよ」
 トロイの木馬とはもちろんエイルの事。
 外には漏らさないが軍の中では普通に話題にしていたのが仇になった。
 「じゃあ次の目的地はサウススラムの葬世の街という事で」
 「だね」
 二人で意気投合していると、ハンドガンを突き付けられたままの軍人君が口を挟んでくる。
 「おい!」
 「ん?」
 「知りたい事は分かったんだろう?だったらもう解放してくれ!」
 「…………」
 確かに知りたい事は分かった。
 しかし……
 「ご苦労さん。でもさ、あんた生かしておいたら俺たちの事がバレるじゃん?」
 屈託なく笑って、その笑顔に似つかわしくない殺気を込めて死刑宣告をする。
 「そ……そんな、約束が違う!」
 軍人君はなりふり構わずその場から逃げ出すが、
 「ばいばーい♪」
 「!」
 逃げ出す背後から脳天に一発食らって絶命した。
 ハンドガンを懐にしまって廃屋から出るサクヤ。
 サクヤに黙ってついて行くエイル。
 「馬鹿だねー。約束ってのは破る為にあるんだぜ」
 楽しそうに呟くサクヤの横で、
 「サクヤ、そのセリフかなり非人間っぽいんだけど」
 「いやーそれほどでも♪」
 「褒めてないって……」
 てれるサクヤにすかさず突っ込み。
 「えー。でも俺達人類の敵らしいじゃん?」
 「人類の敵でも一応生物学的には人間なんだからまともな人間性ぐらいは持ってなさいよ」
 「うーん。努力する」
 「…………」
 エイルは溜息まじりに死体の横を通り過ぎる。
 
 不思議な力に守られた街。
 葬世の街。
 そんな場所ならきっと、何かが起こるに違いない。
 そんな期待に胸を膨らませながら、宿への道を急いだ。


 サウススラムまでは徒歩でいく事になった。
 徒歩で約二週間の道のり。
 まっとうな交通手段など使えばすぐに軍の警戒網に引っ掛かるだろう。
 それだけは避けたいところだった。
 「結構きついだろうけどまあ頑張れ」
 徒歩でいく事になったとき、サクヤからの言葉はそれだけだった。
 「…………」
 ええ頑張りますとも。
 弱音なんて吐きませんとも。
 言い出しっぺは私だしね!
 「…………」

 と、意気込んで一週間。
 「…………」
 早くもダウン寸前のエイルだった。
 「…………」
 うう……
 情けない。
 情けない。
 私ってこんなに体力無かったっけ……
 「…………」
 そういえば奴隷としてゴルットのベッドに一日中転がされてるだけだった……
 そりゃー体力無くて当然か…… 
 足元がふらつく。
 「…………」
 だめ……
 弱音なんか、吐かない。
 負担なんか、かけたくない……
 「だ……め……」
 遠のく意識。
 重くなる身体。
 自然と、歩いているのではなく身体を引きずるようになる。
 遠ざかっていく姿に、追いつきたくて、ただ前へと進む。
 「サク……ヤ……」
 視界が霞む。
 追いつかなきゃ……
 追いつきたい……
 「…………」
 置いて行かれたく、ない……
 エイルはそのまま倒れた。
 そして先を進んでいたサクヤがエイルの方へと歩み寄る。
 「サク…ヤ……追いつか……なきゃ……」
 意識がないまま、うわごとのように繰り返す。
 「…………」
 「…………」
 サクヤは倒れたエイルを抱き上げる。
 「ま、頑張った方かな」
 本人の前では見せようとしない、優しいまなざしで、エイルを担いだまま進む。
 「エイル……ごめんな……」
 聞こえないと分かっているからこそ、言える言葉。
 割り切る事を選んだのは自分だ。
 だけど、傷つける事を実感する度に、謝りたい気持ちでいっぱいになる。
 それでも、最初に選んだ道だから、貫き通す。
 エイルは道具として扱う。
 この子の心が、魂が、自身の意志によって穢れる事の無いように。
 「でも……せめて……」
 だけど、せめて……
 エイルが、キレイなままで終われるように、最後の刻まで、俺が守ってみせるから。
 そして最後に謝らせて欲しい。
 傷つけてごめんと……
 でも、きっと……それも言えないのかもしれない。
 肝心な言葉は、いつも言えないまま、俺も一人の王として終わるのだろう。
 それもいい。
 それでもいい。
 俺は自分から、罪人になる事を選んだ。
 それが俺の逃れられない運命だとしても、選んだのは俺自身。
 俺は最後まで、俺の道を誇る。
 

 「あれ……?」
 エイルが目をさましたのは廃屋の中だった。
 「ここは……?」
 砂漠の中に、ぽつんと残されていた廃屋。
 寂れて、埃っぽく、とても人の住める環境ではなかったが、一時の眠りの場としては文句は無かった。
 少し離れた場所に壁を背にして眠っているサクヤがいた。
 「…………」
 そっか。
 サクヤが私をここまで運んでくれたんだ……
 壁を背にして静かな寝息を立てているサクヤ。
 しかし座ったまま眠っていて横にはなっていない。
 「サクヤ。ちゃんと横にならないと疲れが取れないよ」
 「んー……」
 むにゃむにゃと寝ぼけているらしいサクヤはエイルに引っ張られるまま横になった。
 「え……?」
 しかし、サクヤが横になった瞬間吹き抜けてきた冷たい風。
 「サクヤ……」
 壁にあいた穴……
 そこから、冷たい風がびゅうびゅうと吹いてくる。
 「サクヤ……」
 サクヤはわざわざ風穴を塞いでいたのだ。
 自らの身体で。
 エイルが、ゆっくりと眠れるように。
 「…………」
 「ん……」
 ごろんと寝返りを打つサクヤ。
 その背中は、今まで受けていた風のせいでひどく冷え込んでいた。
 エイルはさっきまで自分にかけられていたサクヤのマントを、今度はサクヤにかけた。
 「んー……」
 サクヤは無意識のうちにマントに丸まって、眠り続ける。
 僅かだが、寝顔が緩んだのが分かった。
 やっぱり、寒かったのだろう。
 「ごめんね。サクヤ」
 自分がどれだけ大切にされているのか、改めて実感できた。
 「…………」
 道具だって、言ってたのにね。
 これじゃあ、決心が揺らいじゃうよ……
 サクヤは優しい。
 自分から、その優しさを表に出そうとしないだけで、本当は誰よりも優しいってこと、私は知ってる。
 私を道具扱いするのも、私の為だという事も知ってる。
 「……でもね…………」
 でも、それなら、こんな優しさ見せないで……
 私は、道具でもいいって思ったんだよ……
 サクヤが、私の為にそれを望むのなら、もう道具でもいいって……
 だけど、サクヤ自身が私を、大切にしてくれてるのが分かったから……
 私は……サクヤが……
 「朔夜……」
 だめ……
 サクヤの重荷にだけは、なりたくない。
 この気持ちは、告げられない……
 「…………」
 眠り続けるサクヤの横で、今度は自分が風を塞ぐ壁になりながら、自身を苦しめる気持ちと戦っていた。
 「私……」
 この気持ちは一生、死ぬまで、封印していよう。
 サクヤが、負い目を感じる事の無いように。
 この、優しい王の心が、これ以上傷つく事の無いように。
 

 鍵は……
 王の力の、発動は……
 鍵の……

 「え……?」
 深い……
 意識の深いところで、聞こえてきた声。
 「そんな……」
 エイルは一人、涙を流し続けていた。
 「私……が……」
 場所なんて、関係無かったんだ……
 サクヤの、力の……発動条件は……
 私の……
 
 鍵は道
 巫女は扉
 王の為の、最上の……

 「…………」
 この事実をサクヤに明かせば、わざわざ危険を犯してまで、葬世の街に向かう必要は無い。
 今すぐにでも、サクヤの全能力を解放できる。
 私は……いい……
 それでも、いいって思ってる。
 だけどサクヤは……
 「私……出来ない……」
 私のせいでサクヤが傷つくのだけは嫌だ。
 サクヤはこの事を知れば、きっとひどく傷つく。
 表には出さなくても、きっと、心の奥でひどく……
 それでも、判断を鈍らせる事は無いだろう。
 それがサクヤの強さ。
 だけど、それでもサクヤに一生消え無い傷をつけてしまう。
 サクヤは、死ぬ瞬間まで後悔し続ける。
 すぐにお互い死んでしまうけど、そんな死に方させたくない。
 「エイル……?」
 目をさましたサクヤが真っ青になって震えているエイルに気がついた。
 「サク…ヤ……?」
 「どうした?」
 今にも泣き出しそうなエイル頬に手をあてて、心配そうに見つめてくる。
 「何でも……ないよ……」
 言えない。
 サクヤには言えない……
 この……私にとって一番大切な人の心を、壊したくないから。
 「ならいいけど。しっかり休んどけよ。また倒れられたりしたら面倒だし」
 「うん」
 そんな心配そうな目をして、そんなそっけない口調で言われても、ぜんぜん説得力無いよ。
 「サクヤ」
 「ん?」
 「葬世の街。何か手掛かり、あるといいね……」
 「っつーか無かったら八方塞がりだ。担がれたかもって疑っちゃうぜ?」
 「あははは。そうだね」
 何もないよ。
 多分……
 葬世の街には、私たちが求めるものは、何もない。
 私の意識下で聴こえてきた声が本当なら、そんなところに行く必要は無い。
 だけど……
 「大丈夫。もう、だいぶ回復したから」
 「そうか。じゃあ出発だ」
 サクヤは荷物をまとめて立ち上がる。
 一刻も早く、世界を無に帰す為に。
 「うん……」
 差し伸べられた手を握って、エイルも立ち上がる。
 「行こうか」
 歩きだしたサクヤはエイルの方を振り返らない。
 エイルも、黙って後をついて行く。
 「…………」
 傷つけたく、ないな……
 サクヤの事……
 でもやっぱり最終的には私がサクヤを傷つけてしまうんだと思う。
 それは避けられない終わりであると同時に、逃げられない運命でもあるのだから。
 いつか直面する残酷なる真実。
 でも今は、もう少しだけ……
 どうか……
 もう少しだけ、この時間を二人で過ごせますように……
 
 エイルに歩幅を合わせて歩くサクヤは、以前よりも進むスピードが落ちていた。
 エイルがちゃんと、追いつけるように。
 「…………」
 サクヤの背中を追いかける。
 
 私は、いつかサクヤに……
 …………
 逃げたい訳じゃない。
 ただ、もう少しだけ、先延ばしにしたいだけ。
 サクヤの為に。
 そして、自分自身の為に……


 サクヤとエイルが葬世の街……の近辺にたどり着いたのはそれから十日後の事だった。
 「……ま、予想はしてたけどな」
 「予想はしていても対応できなきゃ意味無いよ……」
 「…………」
 そう。軍は葬世の街に手を出せなくとも、周辺警備は決して怠ってはいなかった。
 「かなり、重装備よねー……」
 「…………」
 持っている装備が半端じゃない。
 なんで街の周辺警備ごときがサブマシンガンなんて常備してやがる!?
 しかもトラックに積んであるバズーカにしか見えない大筒は何だ!?
 いくらなんでもこれは……
 「俺たちの足取りがばれてる……としか思えねーなぁ……」
 「あの軍人サンから糸口を掴んだんだとしたら中々に侮れないってことね」
 つまりあの重装備は俺達に対する武装。
 十五の少年少女にあんまりな仕打ちだよなぁオイ。
 こっちはちょーっと世界を滅ぼすだけだってのに……
 「それ、ちょっとで済む問題?」
 「俺にとってはな」
 「なるほど……」
 認識の違いってのは恐ろしいと実感したやりとりだった。
 
 問題は、
 「どうやって街の中に入るか、なんだが」
 「…………」
 「そのいち。一般人を装う!」
 「…………」
 すでに完全指名手配されているので無理。
 つまり却下。
 「そのに。強硬突破!」
 「…………」
 馬鹿と言ってもいいですか?
 「……そのさん。警備の薄そーなところからこっそりと」
 「…………」
 ま、それが妥当でしょうね。
 
 決行は夜。
 見張り君もあくびをするころに一部ぶちのめして侵入してやるぜ!

 「ふあー……退屈……っ!?」
 後ろから忍び寄られナイフを突き付けられた見張りその一は叫びだす前に口を塞がれた。
 「こーんばーんわぁー♪」
 刃物片手ににこやかにあいさつをするサクヤ。
 「ふぉ…ふぉふぁえりゃまひゃきゃ!?」
 (お…お前等まさか!?)
 こんな下っ端にもサクヤたちの事は知れ渡っているらしい。
 っていうか顔写真まで持ってるよ。
 
 ゴルットのところ……
 隠し監視カメラでも設置してやがったのか?
 それ以外顔写真を撮られるようなヘマをした覚えは無い。
 「大正解♪のところ悪いんだけどとりあえず死んでくんない?邪魔だから」
 にこやかにナイフを持つ手へと力を込めるサクヤ。
 しかし……
 「!?」
 そこは最も警備が手薄だった場所の筈なのに。
 なぜかサクヤとエイルの周りにはぞろぞろと人が集まりだした。
 もちろん属性は『敵』。
 「は……はは……はははは……」
 ナイフを突き付けられながらも愉快に笑う見張りその一。
 追い詰められていたのに逆に追い詰めてやった。
 その事実が恐怖を超えて今、この男を笑わせている。
 「…………」
 あー、なるほどね。
 
 サクヤは男がポケットから出した小さな機械に目をやる。
 「監視カメラに小型発信機。ほとんどロステクものだから侮ってたよ」
 ロステク。ロスト・テクノロジー。
 失われた技術。
 高度に機械化された文明は、崩壊を迎え、今は遺された技術にすがって生き延びているに過ぎない。
 と、思っていた。
 「俺たちだって生き延びたいんだ!その一心で研究班が再開発したのがこれだ」
 「あっそ」
 サクヤは悔しがることもなく、そのままナイフを引いた。
 「がっ!!」
 首から大量の血が溢れだす。
 噴き出した血は、サクヤのナイフを紅く染めた。
 ぽたぽたと落ちる血を振り払いながら、包囲されているにもかかわらず不敵に笑う。
 「サクヤ。どうする?」
 「方法はある。ここで俺の能力を最大出力で一時的に解放すれば……」
 その後で俺が動けるかが問題だが。
 ゴルットのときとは規模が違う。
 ヘタをすれば、解放した瞬間気絶する事だってあり得る。
 無理をして能力を引き出そうとすれば、ツケは当然自身に還ってくる。
 「…………」
 どうする。
 でも、ほかに方法は……
 エイルが近くにいると言っても、これだけの包囲網を壊滅させるには俺もかなり無理をしなければならない。
 ここで殺されるわけにもいかない。
 「…………」
 やるしかないか。
 サクヤが覚悟を決めたとき、エイルがサクヤの服の裾を引っ張った。
 「エイル?」
 「サクヤ。そのナイフ、貸してくれる?」
 「?……ああ」
 サクヤは意味が分からないままエイルにナイフを渡す。
 「ありがとう」
 エイルはそのナイフで迷うことなく自らの腕を切りつけた。
 「エイル!?」
 どばどばと勢いよく流れ落ちる血液。
 「サクヤ。私の血、使っていいよ」
 腕を振り上げ、エイルの血がサクヤの身体へと付着する。
 エイルが腕を抑えて痛みに顔をしかめるが、
 「無駄使いしたら、許さないから」
 「…………」
 どくん
 どくん
 どくん……
 こどうが、早打ちする。
 何かが、何かが俺の中で溢れだす。
 「これ…は……?」
 「ごめん……サクヤ……私、だめみたい……」
 大量の血液を失ったエイルは貧血になりその場に倒れた。
 「エイル!!」
 地面に倒れる前にサクヤがエイルの身体を支える。
 「…………」
 真っ青になって意識を失ったエイルを片手に抱いて、自らの内から溢れる力をコントロールする。
 「これなら……!」
 エイルの血を浴びることによって自らの力を引き出すことが容易になった。
 つかえていた壁が取り払われた感じだ。
 まるで、道が開くような……
 
 「何をしている!!撃て!子供だろうと生かしておくな!!」
 リーダーらしき男が部下たちに銃を打つように命じる。
 「は、はい!!」
 「うわぁぁぁぁ!!」
 正気な者も、気が触れた者も、すべての動揺と殺意を弾丸に込めて打ち出す。
 「…………」
 響き続ける銃声。
 しかしサクヤ達を取り巻く高密度の風が壁となって弾丸は届かない。
 「エイル。使うぜ……お前の力……」
 サクヤは自らを護っていた風と、これから放射する力を合わせて敵へと放つ。
 「くたばれ!」
 今までとは比べものにならない力で、辺り一帯を壊滅させた。
 人も、物も、サクヤが壊すと決めたモノすべてを飲み込んで。
 絶望、悲鳴、憎悪、怨嗟、命が散りゆく間際の、おぞましいほどにぶつけられてくる意志の塊。
 サクヤはエイルを抱いたまま、街の入り口へと向かう。
 「ぐっ……こ…の……」
 「!」
 全員を、殺せたわけではない。
 炎に背を焼かれながらも、必至でこちらを睨んでいる奴もいた。
 銃を構えてエイルに狙いをつける。
 「死ね……!」
 「エイル!!」
 サクヤはエイルの身体を反転させて、自らの身体を盾にする。
 
 「ぐっ……あっ……!!」
 胸の辺りにのめり込んだ弾丸。
 傷口を見ながら、貫通していないことを確認する。
 「…………」
 良かった。
 貫通はしていない。
 エイルに、当たらないで良かった……
 「こ…の……!」
 よくも、エイルを殺そうとしたな……!
 俺じゃなくて、よりにもよってエイルを!
 「ぎぇああああがあぇぁぁ!!」
 サクヤは男にまとわりついていた炎の温度を上げれ、一瞬で炭にしてやった。
 「……ったく。ヘマしたなぁ」
 ごふっと血を吐きながら歩き続ける。
 もう少し。
 もう少しでたどり着く。
 葬世の街。
 俺たちが、目指した場所……  

 「…………」
 そして入り口に立ったとき……
 「結界……?」
 科学ではない。
 どちらかというと、サクヤの能力に近い力がそこに在った。
 超能力、魔法……
 どちらにしても、今この時代でサクヤ以外にも力が使える存在があるということだ。
 「これを解かないことには、中には入れないということか……」
 サクヤ自身、もう立っているのがやっとの状態だった。
 しかし、やるしかない。
 このままここにいても、軍の奴らに殺されるだけだ。
 同種の力をぶつければ相殺できるだろうか?
 「…………」
 しかし、結界を壊したらこの街にも軍が……
 「え!?」
 そう考えて結界に手を触れた瞬間、結界の一部が溶解した。
 「…………」
 丁度、サクヤとエイルが入れる大きさの穴が空く。
 「歓迎されてる……と考えるのは安易だが……」
 どちらにしろ、結界を壊さずに済んだことも、余計な力を使わずに済んだことも助かったと言える。
 「……もう、駄目かも」
 街の中に足を踏み入れ、結界が閉じたのを確認した後、サクヤはその場に倒れた。
 エイルを抱いたまま、胸から血を流しながら。
 「エイル……」
 遠のく意識の中で、エイルの手を握った。
 別に、手を繋ぎたかった訳じゃない。
 エイルの、腕の傷がまだ塞がっていないから、代わりに自分の手で止血していただけだ。
 まだ、エイルの怪我を手当てしないといけないのに、薄れゆく意識がそれを許さない。
 「畜生……」
 エイルの腕を握ったまま、サクヤは意識を失った。
 

 待っていた
 会えるのをずっと……
 
 誰の声だろう……

 意外と幼いのねぇ〜
 でもこーゆー童顔も結構好みかも♪

 ほっとけ。
 
 っていうか死にかけてるぞ?
 大丈夫なのか?

 大丈夫な訳あるか。
 胸を打たれて平気なら俺はどこぞのターミネーターかよ。

 葬世の王……
 こんな子供が……

 文句あるかよ?

 お兄ちゃん……
 死なないよね……?

 死んでたまるか。


 さっきから自分の周りで聞こえてくる色々な声。
 男から女から子供からじじいまで、俺はそんなに知り合いは多くないつもりだが?
 「ねーねー。顔に落書きしてみない?」
 とんでもないことを言ってのけたのは女の声だった。
 「オイ。人が動けないからって勝手なことぬかすなよ……」
 顔に落書きされてはたまらないので仕方なく意識を覚醒させた。
 「あ、目が覚めたみたい」
 「存外しぶといのぅ……」
 「大丈夫?お兄ちゃん……」
 美女、マッチョ、じじい、ガキ……に囲まれて目を覚ましたサクヤはいまいち状況が掴めないでいた。
 「お前ら誰だ?」
 あたりに他の人間はいない。
 「…………」
 というかこいつら本当に人間か?
 気配が……違う……
 「あら、結構鋭いわね」
 「…………」
 というか何かが足りない。
 誰かが居ない。
 「エイル!!」
 そうだ。エイルの姿がどこにもない。
 サクヤは跳ね起きるが……
 「いっ……いってえぇぇぇぇええ!!!!」
 胸に強烈な痛みを感じて再び倒れる。
 のたうちまわる。
 「お兄ちゃん。急に起き上がっちゃ駄目だよ!」
 「そうそう。胸に小穴が空いてたんだから」
 「…………」
 言われて自分の体を見ると、胸のあたりに包帯が巻かれていた。
 じわりと血が滲んでくる。
 さっきの反動で傷が開いたらしい。
 「……エイルは!!?」
 傷は痛い。すごく痛い。
 しかし、エイルのことも確認しなければ……
 こいつらが、信用に足るかどうかも分からないし。
 「あの子なら隣で眠っておる。疲労が溜まっておったんじゃろうな」
 じじいがエイルの居る隣の部屋を指さした。
 「…………」
 サクヤは重い体を引きずって隣の部屋へと歩き出す。
 「ちょ……ちょっと、まだ動いちゃ……」
 制止する声も無視して歩き出す。
 姿を、無事な姿を確認するまで安心できない。
 「エイル……」
 そうして、隣の部屋に辿り着いたときには穏やかな寝息を立てるエイルの姿があった。
 「…………」
 ほっと安堵の息をついてその場に座り込むサクヤ。
 「無事……だな……」
 やっと、気を抜くことが出来た。
 エイルの頬に触れて、温かいことが分かるとサクヤの顔が一気に緩んだ。
 「よっぽど大切なのねー、その子のこと」
 「!!」
 後ろから女に声をかけられてびっくーんとなる。
 そしてその所為でまた傷口が痛み出す。
 「〜〜〜〜〜!!」
 思わず涙目で蹲るサクヤ。
 「…………」
 ちょっとむかつく。
 しかしサクヤは何も言わなかった。
 この女は言い返すほどにからかって楽しむ性格だと言うことを直感で理解したからである。
 「…………」
 「ぶー。つまんなーい」
 「…………」
 別に見も知らずの女を楽しませるほど俺は暇じゃないんですけど。
 「…………」
 しかし気になることはある。
 人間とは微妙に違う気配。
 俺と、よく似た存在感。
 こいつらは……
 「街に結界を張ったのはお前らだな?」
 「あ、やっぱり分かった?その通りよ」
 特に驚いた風もなくあっさりと認めた。
 俺も別に驚かなかった。
 「何のために結界を張った?」
 「もっちろん!君たちを呼び寄せる為よ!」
 「…………」
 これもまた、予想通りの答えだった。
 つまり、この街が特別なんじゃなくて……
 「この街を特別に見せかけることで、俺達をおびき寄せた、ということか」
 「大正解!いやー、飲み込み速くて助かるわぁ♪」
 きゃあきゃあはしゃぐ女は放っておいて、他の奴らを見渡す。
 「それで?お前らは何者だ?少なくともまっとうな人間じゃないだろう?」
 不機嫌そうに四人を睨むサクヤ。
 得体が知れないし、呼び寄せた目的も分からない。
 敵意を持つのは当然だ。
 「まあそう怖い顔をしなさんな。別にお前さんに敵対するつもりはないんじゃよ」
 「私達ね、お兄ちゃんに会いたかったんだよ」
 子供が無邪気な顔で答えた。
 「俺に……?」
 ますますもって分からない。
 こいつらは俺の正体を知ってる。
 この世界の、災いそのものだと言うことも。
 それを知っていてなお、会いたいだと!?
 「まずは俺達が何者かだが、推測の通り人間じゃない」
 マッチョが静かに答える。
 「…………」
 「私達はねー、う〜ん、なんて言ったらいいのかなー。統一した呼び名なんて無いんだけど、簡単に言えば精霊とか、九十九神とか、うーん、他には魔物とか呼ぶ人もいたっけ?」
 「…………」
 言いたいことは何となく分かったが、いまいちピンとこないな。
 平安とか、陰陽師が存在していた時代に存在したなら結構しっくりくるけど。
 「つまり、人間ではないが意志を持った生命体、と考えればいいんだな?」
 「うん。シンプルでいいわね」
 「それで?その妖怪共が俺に何の用だ?」
 「がーん!!」
 「…………」
 「う……」
 「ひょっひょっひょ!言いおるわ!」
 反応は四者四様だった。
 そして真っ先に叫びだしたのは……
 「ひっどーい!よりにもよって妖怪はないでしょー!!?」
 「…………」
 予想通りの騒がしい女。
 「じゃあなんて呼べばいいんだよ……」
 「うっ……えっと……」
 何か必死で考え込み始めたよ。
 しょうもないことにこだわる女だな……
 「…………」
 ガキの方はなんか泣きそうな顔で見てるし……
 確かにちょっと妖怪は可哀想なプリティーさだが……
 「…………」
 複雑そうな顔のマッチョ。
 やっぱり妖怪が気に障ってるのか?
 「〜〜〜♪」
 それを愉快そうに眺めるじじい。
 完全に傍観者だな。
 「とにかく妖怪は駄目ー!せめて悪魔とか精霊とかにしてー!!」
 ぎゃーっと叫び出す女。
 サクヤが嫌そうに耳を塞ぎながら目を逸らす。
 「精霊はなんか図々しい気がするから却下」
 「なんですって……?」
 ちょっと逆鱗に触れたらしい。
 「悪魔って言う割にはダークさが足りないしな」
 「むむっ……!」
 ちょっと痛いところだったらしい。
 「でも属性的には『魔』って感じだよなー。人間じゃないし……」
 「…………」
 「魔族……いや、『魔属』でどーだ?」
 「…………」
 「何?気に入らない?」
 「ううん……悪くない……かも……」
 予想外に気に入ったのか、照れ隠しに変な顔をしていた。
 にやけてしまうけど、それを見せたくなくて崩れた表情になってしまう、みたいな。
 「で?魔属サン達。俺達に会いたがった目的は?まさか本当にただ会いたかっただけ♪なーんてオチじゃねーよな?」
 「…………」
 「…………」
 「…………」
 「…………」
 四人とも沈黙。
 何か明後日の方向に視線がいってるし……
 「オイ、まさか……」
 サクヤはこめかみを引きつらせながら四人を睨みつける。
 「あははー。うん。本当にただ会いたかっただけ♪怒ってるー?」
 「…………」
 怒っていいやら呆れていいやら……
 種族の違う奴らの考えることはよく分からん。
 「一目見てみたかったんじゃよ。お前さん達は人間でありながらワシ等と近い存在じゃからな」
 「人間でありながら、魔属に近い存在……」
 「そう。君たちは俺達と同じ『力』が使える存在だ。本来人間には備わっていない力。だから興味を持った」
 「力……」
 この、魔法みたいな力の事か……
 確かに、普通の人間はこんな力使えない。
 それが、俺が葬世の王である証。
 でも、同じ力を持った奴らがいるならなんで俺なんだ?
 「…………」
 「ん?どうしたの?むつかしー顔して。似合わないよ?」
 「…………」
 失礼極まりない女に怒鳴ったところで疑問が解ける訳でも無し。
 「俺はお前等と同類って訳か?」
 「違うよ」
 あっさり即答。
 ばっさり否定。
 「じゃあ同じ力が使えるのは何でだ?」
 「それはお兄ちゃんが世界と繋がってるからだよ」
 「…………」
 「私達人でないモノは、長い時間をかけて存在したモノが意志を持つことによって生まれた。私達は呼吸をするだけで世界との繋がりを感じることができる。存在そのものが世界との『道』になっているから。だからこの世界に存在する『元素の力』を使うことができる」
 世界との繋がり。
 そして『道』
 それによって扱うことの出来る『力』。
 「…………」
 どれも、自分の中にしっくりと来る言葉だった。
 サクヤ自身が力を使おうとするとき、『道』を開くような感覚で解放を行う。
 それが、元素を扱う為の前準備。
 つまり『道』を開くこと。
 「私達は世界によって生み出されたから、いつでも繋がっている。でも人は人が生んだものだから。人としか繋がれない。でもお兄ちゃんたちは人間でありながら、世界に繋がる『道』を持っている。今はまだ不完全だけど……」
 「…………」
 不完全な『道』。
 エイルの血を浴びた瞬間、その『道』が強制的に広げられるのが分かった。
 俺の巫女。
 王の力を解放する鍵……
 …………
 「まさか、な……」
 サクヤは自分の中で浮かんだ嫌な可能性を無理矢理振り払った。
 
 「ねぇ……」
 「ん?」
 「お兄ちゃんの名前、教えて……」
 「お前が先に名乗れ」
 「私はリーアだよ」
 「…………」
 泣くと思ったがリーアはちょっとだけ恥ずかしそうに名乗った。
 子供の方は結構素直である。
 「私サラよ」
 「ワシはカムナじゃ」
 「……ギルス」
 リーアが名乗ると次々に名乗りだした。
 こいつら連動生物か?
 「俺はサクヤだ」
 名乗られた以上は素直に名乗り返すことにした。
 「で?」
 「?」
 「そっちの子は?」
 サラがエイルの方を指さす。
 「…………」
 「どうしたの?」
 「こいつが起きたら自分で聞け」
 なぜだか、教えてやる気になれなかった。
 実際本人に名乗らせた方がいいような気もしたし。
 しかし……
 「エイル、でしょ?」
 うふふーっとすっごい意地悪そうな顔してサラが言った。
 「何で……」
 知ってる……と言いかけてようやく思い出した。
 自分がエイルの名を呼びながらこの部屋に来たことを……
 「…………」
 不覚……
 一生の、不覚……
 サクヤが顔をしかめて頭を抱えていると、サラが慰めるように肩を叩く。
 「いいじゃない。自分のとった行動に冷静になれないぐらいその子が大事だってことでしょ?」
 「…………」
 何も言いたくなかった。
 サラのからかうような口調も、油断した自分も、全部嫌気がさしていた。
 「もう、いいだろ?」
 「え?」
 「会えたんなら、もういいだろう?一人にしてくれ……」
 「サクヤ……」
 今のサクヤには余裕がなかった。
 エイルの事だけじゃない。
 目指していた葬世の街。
 求めていた手掛かり。
 見失った目的。
 道が、見えない。
 とるべき行動が分からない。
 エイルの事も、守れないまま……
 「うん。分かった。エイルが起きたころまた来るね。エイルとも話してみたいし」
 「…………」
 「そーんな露骨に嫌そうな顔しないでよぉー。一応エイルの介抱したのって私達なんだよ?」
 「…………う」
 「え?」
 「ありが…とう……」
 そのことに関してだけは素直に礼を言った。
 サラ達がいなければどうなっていたか分からない。
 俺の力不足で、エイルを守れなかった。
 「……うわ!何すんだよ!?」
 いきなり抱きついてきたサラに戸惑うサクヤ。
 だが、サラはお構いなしにサクヤにすり寄る。
 「んー♪かわいいとこあるなーって思って!ちょっとサクヤの事気に入っちゃった♪」
 「はーなーれーろー!」
 ばたばたと暴れる……と傷口が痛みだし、結局されるがままになっていた。
 
 「ん…何?騒がしいなぁ……」
 「あ、エイル起きたみたい」
 さすがにこれだけ騒げば目も覚めるだろう。
 「おは……よー……」
 すでにサラによって大ダメージを食らっていたサクヤは絞りだすような声でおはよーと言った後……
 「サ…サクヤ……!?」
 「う……」
 サクヤはそのまま床に倒れた。
 「あー……撃沈しちゃった。無理するから……」
 「今のはサラが悪いと思う……」
 「えー?」
 重傷のサクヤに更なるダメージを与えたのはサラであることは間違いない。
 「サ、サクヤ!?ちょっと、どうしたの!?」
 エイルがベッドから降りてサクヤにかけ寄る。
 「あー……うん。ごめん。トドメ刺したの私……かな……?」
 さっきまで反論していたサラだったがさすがにエイルの泣き顔を目の当たりにすると謝るしかなくなった。
 「え……えっと……」
 エイルは初対面の女性に少し混乱していた。
 「あ、私サラよ。よろしくね。エイル」
 「え?どうして私の名前……」
 「サクヤに聞いたから」
 「サクヤに……あー!そうだった!サクヤ!!しっかりしてー!!」
 思い出したようにサクヤをがっくがっく揺らすエイル。
 そのたびにサクヤの顔色が悪くなる。
 「サクヤー!」
 がっくがっくがっく……
 「あのー……あんまり揺らさない方が……」
 おずおずと声をかけてきたのはリーアだった。
 「え?」
 「お兄ちゃん、胸に銃弾食らってるから」
 「え!?え!?胸に銃弾って……」
 エイルが慌ててサクヤの上着をはだけさせる。
 胸にがっちりと巻かれた包帯。
 そこからにじみ出る紅い血。
 「サクヤ……なんで……?」
 私が倒れている間にサクヤが撃たれた?
 私の力が足りなかったから……?
 「お姉ちゃんを庇ったんだよ」
 「え?」
 リーアがそっとエイルの手を握る。
 「お兄ちゃんは、お姉ちゃんが撃たれそうになるのを庇って撃たれたんだよ……」
 「…………」
 サクヤが……私を……

 エイルはサクヤの身体を抱きしめると、自分が寝ていたベッドにサクヤを横たわらせた。
 静かに寝息を立てるサクヤは少しだけ顔色がよくなったような気がした。
 「…………」
 そのそばに、エイルは座る。
 サクヤを見守るように……
 「似てるな……」
 ギルスが初めてエイルに話し掛けた。
 「?」
 「あんたとサクヤはよく似てる。サクヤも、眠っているあんたをそんな瞳で見ていた」
 「……そう」
 エイルはもう驚くことはなかった。
 サクヤのそういう表に出そうとしない優しさも、どれだけ自分が大切にされているかも全て知っているから。
 だからエイルも決めたのだ。
 だったら自分も同じようにサクヤを大切にしようと。
 サクヤが私を守ってくれるように、私も出来る範囲でサクヤを守るんだ。
 最期の刻まで、その時間をいとおしく思えるように……
 「いい子だね。エイルも、サクヤも」
 「わぷっ……」
 サラの巨乳に挟まれて息苦しそうに呻くエイル。
 しかし悪い気はしなかった。

 「サラ。ここには何もないのね……」
 エイルは確認するためだけに問いかけた。
 「ええ。エイルはもう、知っていただろうけど……」
 「…………」
 知っていた。あの声を聴いたときから……
 それでも、ここまで来てしまったのは私の我が儘。
 もう少しだけ、サクヤと過ごしたかった。
 そして何よりも、私の所為でサクヤを傷つけてしまうのが耐えられなかった。
 「私、せめてもう少しだけ……サクヤに笑っていて欲しかったな……」
 もう少しだけ、逃げていたかった。
 でも、それももう終わり。
 「私達もう少しここにいるから。結界の維持もあるし」
 「ありがとう……」
 「ん?助けた事?それとも結界のこと?」
 「それもあるけど……」
 エイルは少し涙を堪えながらサラ達に笑いかける。
 「私に……時間をくれたから……」
 「エイル……」
 私に、サクヤと過ごす時間をくれた。
 サラ達が居たから私は、答えを先延ばしに出来た。
 あやふやな可能性でも、選択肢があったから私はまだサクヤを傷つけずにすんだ。
 「ありがとう……」
 エイルはもう一度、サラ達に礼を言った。
 こぼれ落ちる涙と共に……


 眠っているサクヤの顔をずっと眺めている。
 静かに、穏やかに、まるで自分の運命など全て忘れられたかのように、そんな寝顔。
 サラサラの髪にそっと触れて、近づいてみる。
 「…………」
 サクヤ。
 ごめんね。
 たった一人でたくさん背負わせて……
 たくさん傷つけてごめんね……
 「私…結局何も出来ないね……」
 役に立てない道具だね。
 もう、手がかりはない。
 私しか、居ない。
 でも、どうやって伝えればいいんだろう……
 「…………」
 言えない……
 言えないよ、サクヤ……
 私を……
 「…………」
 自然と、サクヤの顔に近づいていった。
 辛いよ。
 苦しいよ。
 今は、サクヤのぬくもりが欲しい……
 
 エイルは眠っているサクヤに唇を重ねようとするが……
 
 「…………」
 「起きてんだけど……」
 「…………」
 「…………」
 エイル硬直。
 だらだらと冷や汗を流しながら顔を真っ赤にしている。
 「ご……ごごごごご……ごめん!」
 慌ててサクヤから離れようとするが、そのままサクヤに引き寄せられて強引なキスをされた。
 「ん……」
 「…………」
 寂しさを埋めるような、温もりを求めるような、そんなキス。
 短いキスが終わった後、サクヤはエイルに額をぶつける。
 「人の寝込みを襲おうなんて十年はえー」
 「う……ぐっ……」
 別に襲おうとした訳じゃないのに……
 ただ、体が勝手に……ってこれじゃあ結構言い訳っぽい……
 キス……したかったけど逆にされたのが嬉しいけど悔しいというか……
人の心、とくに乙女心なるものはかなり複雑な構造のようです。
 「サラ達に聞いたんだな……」
 「うん……」
 「ここには何もない。あいつらの結界があるだけ外よりマシだけどな」
 街の入り口で倒れていたサクヤとエイル。
 王と巫女ではなく行き倒れとしてこの街に迎え入れられた。
 ここは葬世を崇拝しているとはいえ危険がないわけではない。
 だから二人の素性は隠しておいた方がいい、というのがカムナの意見だった。
 確かにそれは一理あると思う。
 しかし手掛かりがない以上ここに長居する理由もない。
 「これから、どうする?」
 「私は、もう少しここにいたい……」
 「…………」
 どこにいても同じなら、もう少しだけ……
 「駄目かな……?」
 サクヤが一日も早く全てを終わらせようとしているのは知っている。
 だから私は真実を告げなければいけない。
 「いいんじゃねえの?むやみに動いてどうなるわけでもなし。ほっとけばまた『声』が聴こえてくるかも知れないし」
 「…………」
 「そう……だね……」
 声は聴こえた。
 私だけに……
 つまり、私に選択を委ねるということ。
 王であるサクヤではなく、私に……
 「サクヤ……」
 エイルはサクヤをまっすぐに見据える。
 「何?」
 いきなり改まったエイルに少々虚を突かれるが、
 「私の血を浴びたとき、サクヤの力の解放量が跳ね上がったでしょう?」
 まっすぐに見据えていた瞳は、徐々に下へとさがる。
 「ああ……」
 道が開いた。
 エイルの血によって……
 「だからね、サクヤの力の鍵はきっと……私の……」
 「…………」
 それ以上の言葉が、喉の奥につかえている。
 「サクヤが……私を……」
 傷つけてしまう。
 これ以上言えば、サクヤをひどく傷つけてしまう。
 怖い……
 サクヤを壊してしまうかもしれないのが、一番怖い……
 「私を……」
 この先の言葉が出ない。
 言わなきゃいけないのに……
 声にならない……
 「私……」
 エイルは再びサクヤを見上げて震える唇で次の言葉を紡ごうとしている。
 辛さも、怖さも、すべて押し込めて……
 「もういい……」
 「…………」
 サクヤはエイルから目を逸らした。
 これ以上言いたくなかったエイル。
 これ以上聞くことを拒否したサクヤ。
 向けられた拒絶。
 「今言えないことなら、無理に言う必要は無い」
 「…………」
 エイルから目を逸らしたまま、サクヤは言葉を続ける。
 「続きは、言えるときでいい……」
 「サクヤ……」
 エイルは溢れだした涙を拭いながら、部屋から出ていった。

 一人残されたサクヤは壁を殴りつける。
 「……!」

 予測は出来ていた。
 エイルが言えない理由も、分かっていた。

 ガン、ガン……と拳から血がにじむのも関係無く壁を殴り続ける。
 歯を食いしばって、唇からも血が滴りだす。
 痛みと、血と、涙が込み上げてくる。
 「俺に、お前を……」
 分かってしまった答え。
 深く心を抉る真実。
 「ちくしょう……!!」
 俺がとるべき道は一つであり、
 俺の選択肢なんてほかには残されていない。
 だけど……こんなのはあんまりだって叫びたくなる。
 嘘はいつだって優しくて、
 真実はいつだって残酷だ。
 「俺は……」
 決断、出来るだろうか……
 抗うことの許されない運命に従い、決められるだろうか……
 俺が、守りたかったもの……
 俺が、壊したかったもの……
 
 何一つ、この手には残らないと知っていて、俺は、この手を洗い落とせない血と、拭いきれない罪で染められるだろうか。

 人ではないモノに護られた場所で、
 少年は一つの決断を委ねられた。
 答えはまだ、決められないまま……