第二章 出会い

 鍵を探しなさい。
 あなただけの巫女を。
 あなたは大きな力を持っている。
 でも、それは一人では扱えない。
 それを引き出す鍵が必要になる。
 それが葬世の巫女。
 あなたの、たった一人の運命。
 対なる者。
 旅立ちなさい。
 あなたの運命が、待っている……








 大地は赤く、
 緑は無く、
 砂と、石と、灰色の空。
 「腐った世界。滅びちまえばいい……」
 サクヤは目深にフードを被ったまま壊れかけた街の中を歩く。
 ちぎれた布、
 さびた看板、
 木切れにしか見えない板、らしきもの。
 酒場、のような処に足を踏み入れた。
 酒場、といっても合成食をつまみにまずいアルコールをちびちびと飲むようなところで、まあ気休めみたいな場所だ。
 しかし金さえ出せば食糧でも情報でも手に入れやすい場所でもある。
 サクヤはフードを被ったままカウンターに座る。
 「ご注文は?」
 「…………」
 ゴチュウモンも何も合成食とアルコール十パーセント、二十パーセント、三十パーセントの四種類しかねえ……
 「一番安いセットで」
 つまりアルコール十パーセントと合成食セット。
 これがマズイのなんのって……
 しかし今食糧らしきものはこんなのしか残っていない。
 「まいどー」
 マスターは合成食パックをあけて電子レンジで加熱を始める。
 その間にアルコールの方を準備して、ほぼ同時に出来上がり。
 「おまち」 
 「…………」
 うむ。手際としてはなかなかである。
 「ところでさ。ここの駐屯軍で奴隷飼ってる奴がいるってホント?」
 この街に来る前にうわさで聞いた。
 この街の軍人が奴隷を一人飼っていて、そしてその奴隷は葬世の子狩りの生き残りかもしれないと。 
 サクヤは紙幣を何枚かグラスに入れてマスターに渡す。
 「詳しいこと知りたいんだけど、教えてくんない?」
 葬世の子供かもしれないモノに関わろうとする奴などロクなものではない。
 しかし、その土地の支配体制も一枚岩ではないことも確かだ。
 そこを刺激してやればいい。
 「なんだお前。その子に用があるのか?やめとややめとけ 今ごろあのクソ軍人共にボロボロにされてるよ」
 「いやー俺が用があんのはそのクソ軍人の方でさ。お気に入りの奴隷でも盗みだしてやったらどんな顔するかなぁって。いい気味だと思ってさ」
 「…………」
 ここにきてマスターは乗り気の笑みを浮かべた。
 「へぇー。あんた若いの に命知らずかい?それとも本当に奴隷に用があるとか?」
 他人の事情を詮索したがるのが情報を扱う人間の悪い癖だ。
 サクヤは胡散くさそうに笑って、
 「んー、じゃあ俺の生き別れの妹ってコトでどう?」
 「…………」
 胡散くさそうな顔で、さらに胡散くさそうな嘘を吐いてみた。
 「ぶっ……あっはっはっは!!今までで一番面白い!」
 マスターはカウンターをダンダン叩いて大笑いした。
 「生き別れの妹説はそんなにウケましたか?」
 「サイッコーにな!」
 ぐっと親指を立ててみせるマスター。
 そりゃー良かった。
 「いや。今まであの奴隷を盗み出そうとした奴は結構いるんだけどよ、どいつもこいつも骨のない奴らばっかりでよ。一人も成功しやがらねえ」
 「何々?チャレンジャー記録更新中?」
 「まあな だってみんな生きてくだけでやっとの御時世に奴隷まで抱え込んでるなんてのはあんまりな話だろう?」
 「それはたしかに」
 結構恨み買ってそうだなぁ、その軍人サン。
 「その軍人サンの名前は?」
 「あ ?何だよ知らねーのかよ。ゴルットっつーんだよ」
 「ゴルット、ね。いかにも悪人っぽいお名前だねぇ」
 サクヤはにやにやと笑いながらアルコールを煽った。
 「もう、あそこの奴隷が葬世の子狩りの生き残りなんてのはみんなほとんど忘れてるよ。今じゃただの奴隷さ」
 「本物だとしたら『巫女』ってことになりそうだなぁ」
 サクヤが面白半分に言ってみると、またマスターが笑いだした。
 「まっさかー!!あんなクソ汚れた巫女様がどこにいるってんだよー!!」
 再びカウンターを叩いて大笑いするマスター。
 「そりゃーそーだ。巫女って言ったらもっと神聖なイメージだもんなぁ」
 サクヤもマスターに話を合わせる。
 
 「行くのか?」
 「ああ。ちょっくら遊んでくる」
 「もう二度と会わねーかもしれねーけど一応頑張れよー」
 「…………」
 それはつまり俺が失敗して死ぬことを想定しての言葉かコラ!
 「…………」
 まあいいけど。
 情報はしっかりもらったし。
 ゴルットの宿舎の見取り図と見張りのおおよその人数。
 そして奴隷女が監禁されているであろう場所。
 宿舎の一番奥に閉じ込められているらしい。
 「用心深いことで。今までの苦労が目に浮かぶねぇ」
 そこまで言うほどお気に入りか?
 「でも、お前にはやらねーよ……」
 サクヤは見取り図を握りつぶして、殺意に満ちた目で笑った。
 「うん。汚れた巫女様ってのも中々に悪くないんでない?」
 サクヤは一人納得したように手を叩く。
 「待ってろよ……俺の巫女……」
 俺の鍵
 俺の運命
 いま、迎えに行ってやるから……


 その頃エイルは……
 「……くる」
 私の、王が来る。
 もうすぐ……
 私の運命が……
 「あ ? か言ったか?」
 私の独り言に反応したのはゴルット。
 私の、現在の飼い主、という事になっているらしい。
 
 とんでもない下衆野郎だ。
 「別に。人の考え事まで干渉してくるな、うっとおしい」
 いつも通りに小馬鹿にした態度で返す。
 「!」
 そしていつも通りに殴られた。
 頬が腫れあがる。
 「おまえ、まだ調教が足りないのか?」
 「はじめからお前なんざに調教される覚えはない、下衆野郎」
 立場上はこいつの奴隷でも、心だけは屈しない。
 あの時、そう決めた。
 「私は一生お前なんかに屈しない」
 私が従うのはただ一人。
 私の、ただ一人の王。
 「くっくっく……お前のその態度、本当に殺したくなるほど憎らしく、時に愉快だ。俺はな、お前がそんな口も聞けなくなるぐらい可愛がってやった後にな、しゃべる気力もなくなった絶望に満ちたお前の顔がお気に入りなんだよ!」
 「う……あっ…… !」
 陵辱されるからだ。
 踏み荒らされる心。
 だけど、最後の一線は渡さない。
 こいつにだけは従わない。
 こいつは、私の心が折れるのを待っている。
 私が、こいつの足元にすがりついて許しを乞うのを待っている。
 ずっと、この五年間……
 誰が、屈してやるもんか。
 お母さんを殺した奴なんかに……
 だけど時々、負けそうになる自分がいる。
 もう、死にたいと思う私がいる。
 死んだ方がましだって、ずっとずっと思ってきた。
 「ゴルット、お前は今日死ぬ。私の、黒き王の手によって……」
 「何を訳の分からない事を……」
 エイルの上に乗ったまま、ゴルットの表情が固まる。
 エイルが、今までただの肉奴隷だった女が、今までにない表情をして見せたから。
 憎しみでもなく、殺意でもなく、ただ、愉快そうに笑っていた。
 残酷さすら入り混じった、妖艶な瞳で。
 ゴルットの下から、たしかにゴルットを見下していた。
 「せいぜい楽しんでおけ。最後の快楽だ」
 「一体…何を……」
 今、目の前にいるエイルはゴルットの知っている人形ではなかった。
 殺意の入り混じった、葬世の巫女。
 それがエイルの本来の姿。
 葬世の巫女であるエイルには王であるサクヤが確実に自分の元へ近づいてきているのが分かった。
 もうすぐここに来る。
 黒き王。
 そして……
 「そのとーり!」
 その時窓が勢いよく蹴破られた。
 そりゃもーパリーン、と豪快に。
 「な……何者だ!?」
 ゴルットはエイルの上に乗ったまま慌てて自分の銃を探す。
 「うわ〜。まっ昼間っからお盛んだぁ。さすが穢れた巫女様」
 サクヤはからかうようにエイルを眺める。
 「いや〜。絶景絶景」
 「……これは私の趣味じゃない。そこの下衆野郎が昼間からロクでもないだけよ」
 エイルは思わずムキになって怒った。
 『穢れた巫女様』というのがよっぽど気に障ったらしい。
 しかしサクヤは笑う。
 「あっはっはっは!下衆野郎だって!ゴルット、お前相当恨まれてるなぁ!!」
 エイルの反応がそんなに面白いのか、サクヤは笑いっぱなしだ。
 「…………」
 何なのこの人……
 葬世の王だって言うからもっと威厳に満ちた黒き王を想像していたのに……
 何このクソガキにしか見えない笑ってばかりの子供は……
 し……信じられない……
 私、今まであんな奴を待っていたって言うの?
 「ま、いいや。あんた名前は?」
 「……エイル」
 信じたくない。
 認めたくない。
 だけど、私の中の葬世の巫女としての血が確信を持って認めている。
 この男が葬世の王だということを。
 「ふーん。エイルね。中々キレイな響きじゃんか。うん、合格」
 「…………」
 何様のつもりだこの野郎。
 二人で和む(!?)中、怒り狂ったゴルットがサクヤに銃を向ける。
 「さっきから人の部屋には言って訳の分からんことをー!!」
 「あー、あんたまだいたんだ」
 「な!?」
 今まで完全に存在を忘れられていたゴルットだった。
 「もう死んでいいよ。用は済んだから、じゃーな」
 
 ドンッ!
 
 手に持っていた銃で脳天に一発、
 
 ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、
 
 心臓に二発、
 どてっ腹に二発、
 ついでに右眼に一発。
 はい、中年親父の肉片のできあがり〜♪
 なーんてな。
 「…………」
 しかしエイルは不満そうにサクヤを睨む。
 「ん?何?俺一応助けてやってるつもりなんだけど?」
 ハンドガンのカートリッジを交換しながら、睨まれる理由が分からずに困惑するサクヤ。
 「止めは私が刺したかったのに……」
 「あー、そりゃー悪かった。まだかろうじて痙攣はしてるけど、殺っとく?」
 ほいっとサクヤは自分のハンドガンをエイルに投げる。
 エイルはハンドガンを受け取った直後ためらいもなく引き金を引いた。
 
 ドンドンドンドンドンドン!!

 「…………」
 全弾ゴルットの顔面にぶち込みやがりましたよこの巫女様は……
 「はー……はー……!」
 ハンドガンを両手で抱えて息を切らすエイル。
 多分、吐き気を堪えているのだろう。
 「うわー……エグ……」
 顔面、原型留めてないんですけど……
 いや、女って時々恐ろしーコトするよなー……
 「ってゆーか一応弾だって高いんだから無駄遣いしないで欲しいんだけど?」
 「…………」
 エイルはハンドガンをサクヤに投げ返す。
 「ほかの奴らは?やけに静かなんだけど……」
 サイレンサーも無しにこれだけ銃声を響かせれば誰かやってきてもおかしくなさそうなのだが……
 誰一人来ない今の状況はむしろ不自然だ。
 「ん?ああ、全員殺っといた。その方が面倒無くていいし」
 「……それで?」
 信じられない、とでも言いたげにサクヤのハンドガンを指さす。
 この宿舎には百人以上の軍人が待機しているのだ。
 腐っても軍人。
 ハンドガン一つでその人数に立ち向かうなど正気の沙汰ではない。
 「まさか。こっちこっち」
 サクヤが壁に手をかざす。
 「…………」
 次の瞬間には壁が粉々に破壊されていた。
 「能力……もう、使えるんだ……」
 「エイルが近くにいることで俺も能力が使えるようになるみたいだな。さすがは鍵と言われるだけの事はある」
 サクヤは裸のままのエイルに自らの上着を羽織らせて、手を差し伸べる。
 「じゃあ、行こうか。俺の巫女」
 ようやく出会えた。
 世界を滅ぼす対なる存在。
 葬世の王。
 葬世の巫女。
 「行こうぜ。すべてを終わらせる為に」
 破壊者とは思えない屈託の無い笑顔でサクヤは笑った。
 エイルも、笑ってはいなかったがサクヤの手をとった。
 「私、あんたの名前、まだ聞いてない……」
 「ああ、そう言えば。俺はサクヤ。エイルに負けず劣らずキレイな響きだろう?」
 「…………」
 確かに、キレイな名前だと思う。
 似合わないぐらいに。
 「名前だけね」
 「うわっひでー!口悪いなぁー、さすが穢れた巫女様……いでっ!」
 「穢れた巫女ってゆーな!」
 「っつぅー……」
 容赦無く頭をはたかれた。
 どうやら『穢れた巫女様』というのはエイルの前では相当な禁句らしい。
 
 多くの屍の中を、二人で歩く。
 エイルは顔色一つ変えることは無かった。
 その死を悼むことなく、無表情に通り過ぎるモノとして、足を進める。
 サクヤと手を繋いだまま。
 「サクヤ……」
 「ん?」
 「これから、どうするの?」
 「当然、この世界をぶっ壊す!」
 その物騒な発言に似合わない無邪気な笑顔で、サクヤは断言した。
 「うん。そうだね。それが私達の役割だもんね……」
 「ああ。そしてエイルはその為の、俺の道具だ」
 「…………」
 「ん?気に障ったか?」
 サクヤを睨みつけるエイル。
 というかまあ普通気に障るだろう。
 道具扱いされて喜ぶ奴がどこにいる。
 「だってさ、俺もお前もどうせ死ぬんだろ?だったら余計な感情移入したって虚しいだけじゃん?」
 「…………」
 それは、一理ある。
 死ぬことは決まっている。
 全ての者が。
 だから、想いは遺さない。
 傷つきたくないから。
 そして、傷つけたくないから……
 だから、割り切った方が楽だと言っている。
 それは、とても利口なことに思えた。
 だけど、認めてしまうのは嫌だった。
 だって、サクヤは逃げてる。
 自らが、傷つくことから……
 「私は、サクヤが私を道具扱いする間は、絶対サクヤには従わないから!」
 理解、出来なくは無いけど、
 納得は、してあげない。
 「ふーん。でもさ、エイルが近くにいるだけで俺の力は引き出されるわけだから、エイルが別に俺に従わなくっても別に問題無いと思わね?」
 「…………」
 そ…そう言えばそうだった……
 こいつ……
 嫌な奴。嫌な奴そのものだ……
 「うん。今分かった。私サクヤの事大嫌いみたい」
 「ふーん。そりゃどーも」
 である。
 この二人の関係は前途多難のようだ。
 
 「サクヤ、これから、どこに向かうの?」
 「うーん。行きたい場所は、実はいっこだけある」
 葬世の王。
 葬世の巫女
 世界を滅ぼす運命を背負わされた幼い二人。
 しかし、具体的にはどうすれば世界を滅ぼせるかなどさっぱり分かっていなかった。
 普段は本当に、ただの人間と変わらない。
 二人とも、十五の子供に過ぎない。
 通常は、何の力も使うことの出来ないただの人間。
 ただ、自分のみに危険が及んだ時のみ、力の片鱗が見えたことはある。
 あとは、時折頭の中で妙な声が聞こえてくること。
 そして、これは二人出会えて初めて分かったことだが、エイルが近くにいる時のみ、サクヤは本来の力を発揮することができるらしい。
 これが、巫女が鍵だと言われる所以だろう。
 つまりエイルはサクヤの力を引き出すための道具。
 「…………」
 俺だけの、道具。
 それでいい。
 それ以上の感情なんて、持つ必要は無い。
 「黙ってついて来いよ、エイル。俺たちは、一度はそこに行かなければならない」
 「……分かったわよ」
 態度が非常に気に食わないけど。
 あてがあるわけでもなかったのでとりあえずついて行くことにした。
 どんなに嫌な奴でも、サクヤが私の王であることに変わりは無いから。
 「…………」
 私の、たった一人の黒き王……
 

 何人もの命が、無意味に散っていった。
 
 幾つもの死が、頭の中に流れてきた。

 近くで起きたことも、

 遠く離れた場所で起こったことも、
 
 関係無くって、

 見たくないときも、
 目を瞑り、耳を塞いでも、
 強制的に頭の中に流れ込んできた。

 俺に、忘れるなと言っていた。
 この死は、お前の責任だと。
 だから、決して目を背けるな。
 すべてを受け止めろと……
 
 俺は、数えきれないほどの死を見てきた。
 忘れない。
 俺は、詫びる事もできないけれど、
 せめて、忘れないから……


 同じ眠りの中で、世界の滅びを夢見よう……
 「サクヤ……」
 「ん?」
 同じベッドの中で、お互いの吐息が感じ合えるほど近くで、それでも、この二人の心が近づくことは無い。
 
 道具

 絶対なる壁を、サクヤがつくってしまっているから……

 「空って、昔は蒼かったって、本当かな……」
 まどろみの中、どうでもいいことを口にしてみる。
 何でもいいから話してみたかった。
 サクヤの事が、知りたかった。
 「さあな。俺がそんな事知るわけねーじゃん」
 「…………」
 ミもフタもない答えである。
 まともな話に付き合うつもりは無いのだろうか。
 「でも、蒼かったんじゃねーの?多分……」
 「なんでそう思うの?」
 思わず聞き返す声が弾んでしまったのは不覚だったと思う。
 でも、会話が続いたことが嬉しかった。
 「昔、母さんに写真集を見せてもらったことがあってさ、もう百年以上昔の、擦り切れた写真集。でも、その本に写っていた絵は、空は、すごく綺麗な蒼だった」
 「蒼い、空……本当に……あったんだ……」
 「四角に切り取られた空だったけど、その時は本物の空の色が見れた気がして、すっげー嬉しかった。でも……」
 サクヤが少し複雑そうな顔をして、窓から見える灰色の空を見上げる。
 四角に切り取られた空。
 視覚に切り取られた空。
 「今は、あの綺麗な四角の方が、よっぽど偽物みたいに思える。あんなのは作りもので、こっちの濁ったクソみたいな空が、本物なんだって、分かる」
 キレイなものに憧れた。
 澄みきったものを夢見た。
 だけど、その先に待つ現実は、濁っていて、汚い。
 虚しくなるだけのモノならもういらない。
 哀しくなるだけのモノならもう求めない。
 「俺は、このクソみたいな世界を破壊する。跡形もなく、何も残さない」
 サクヤはエイルに笑いかける。
 決意を秘めたまなざし。
 運命を、受け入れた強さ。
 「俺達は葬世であると同時に創世。ゼロを司る存在。破壊の先は無ではなく有。新しい未来が待っている。俺はそこで、蒼い空を探してみるよ」
 「……うん」
 そうだね。
 この世界はもう、壊れすぎた。
 私たちが聞いたのは星の声。
 そして、ヒトの声。
 人間達はこの世界を、星を痛めつけすぎた。
 だからもう、休ませてあげよう。
 大丈夫。
 終わりじゃない。
 遥か未来で、新しい始まりが待っているから……
 

 「ねーサクヤ……」
 「?」
 「疲れたんだけど」
 「ふーん」
 無視。
 朝から荒野を歩き通し。
 ノンストップ五時間強歩。
 さすがに文句の一つも言いたくなる。
 「…………」
 すたすたすたすた。
 エイルの方を見向きもせずに歩き続けるサクヤ。
 「…………」
 ぶちっ
 その辺に落ちていた石をサクヤに投げつける。
 
 ごっつーん!

 見事な音がしました。
 クリーンヒットであります。
 「いってぇぇぇーー!」
 後頭部を押さえてしゃがみこむサクヤ。
 結構涙目になっていた。
 「ちょっとは人の話聞きなさいよ!」
 「うるせーなぁ。道具のくせに手間かけさせんな!」
 「……!」
 沈黙……
 気まずい空気。
 「また、道具扱い?」
 エイルは泣きそうになるのを堪えてサクヤを睨みつける。
 「うるせーな。どうでもいいだろそんな事」
 「っ!」
 エイルはサクヤの頬を叩いた。
 涙目で。
 「さっきから石投げたりぶん殴ったり、道具扱いがそんなに不満かよ!?」
 さすがに切れかけるサクヤ。
 しかしそこに二発目の平手が飛んできた。
 往復ビンタ……
 「こ…この暴力女!そんなんじゃ嫁の貰い手がねーぞ!!」
 「どーせ貰い手なんかいないわよ!その前に死んじゃうんだから!!」
 「……そりゃそーだ」
 「この……」
 冷静に頷く姿がムカついたのでもう一発殴っておいた。
 「っつぅー……」
 ヒリヒリとする頭を抑えながら反論する気力もなくエイルを見上げる。
 「私…は……」
 「エイル……?」
 ぽろぽろと涙を流しながら声を絞りだすエイル。
 「私は……今まで、何も……出来なくて……」
 「…………」
 「誰一人、守れなくて……なんの取り柄も無くて、ただ、無意味に生きてきただけだけど……」
 サクヤの胸倉を掴んでその胸に頭を近づける。
 「だけど!初めて……!誰かの力になれるって思ったのに……!それが葬世の巫女としてでも、誰かの為に生きていけるって、そう思ったのに……!人として、誰かの役に立てるって、そう思ったのに……!!どうして、道具にしかなれないんだったら……私が、私が生きている意味が……無くなる……」
 嗚咽混じりに、胸倉を掴んだまま、泣き続けるエイル。
 
 何も出来なかった。
 何一つ守れなかった。
 お母さんが守ってくれた命なのに、何の意味も持てない自分は耐えられなかった。
 せめて、何かの役に立ちたくて、
 誰かの為になりたくて、
 一人の為に、生きたかった。
 そうすれば、今の私がここに生きてるっていうことに、意味はあるんだって、信じることができるから。
 「…………」
 サクヤは初めて自分からエイルを抱きしめた。
 やさしい、今までに見せたことの無い瞳をしていた。
 「サクヤ……?」
 エイルの涙を拭って、そのまま頭を撫でる。
 「だったら、余計にやめとけよ。道具でいい。意志なんか持つな」
 「どうして……!」
 「お前の母さんが守ってくれた命なんだろう?その大切な命を生かす意味が、こんな人殺しの為なんて、あんまりな話だ」
 サクヤは一度だけエイルにキスをした。
 たった一度だけの、心のこもったやさしい口づけ。
 「…………」
 「…………」
 知らなかった。
 サクヤは、こんなやさしい顔も、出来る人だったんだ。
 「エイル、お前は、俺の道具でいればいい。世界を滅ぼして、たくさんの人を殺して、そんな事が、お前の探し求めていたたった一つの生きる意味になんか……させたくない。だから、葬世の巫女としてのエイルは、俺だけの意志で、俺に使われるだけの道具でいい。エイルの意志はいらない。この罪も、業も、運命も、全部…俺だけが背負うから……」
 「だめだよ……そんなの……!」
 そんなの……あんまりだよ……
 私たちは、望んでそうなったわけじゃないのに……
 すべてを一人で背負い込んで、
 押しつぶされちゃうよ……
 「俺はいいんだ。俺はこの世界を、この世界で生きている人間を、ちゃんと憎んでいるから。死んでしまえばいいって、思えるから。俺の、大切な家族を殺したこんな世界なんて、俺はいらない」
 「私だって……」
 こんな世界、滅びたっていい。
 そう、思ってるよ……
 「違うだろ」
 「え……?」
 エイルの両頬に手を添えて、まっすぐに見据える。
 「エイルは、俺とは違う。まだ、誰かの為になりたいって、誰かの為に生きたいって思っているエイルの心は、憎しみに染まってはいけない」
 「サクヤ……」
 そしてサクヤは別人のように険しい顔をして言葉を紡ぐ。
 「俺は、壊す。そして殺す。この世界に、守るべき価値なんてない。俺が全部、ゼロにしてやる」
 すべてを憎む。
 すべてを、この憎しみで、壊してみせる。
 「サクヤ……私は……」
 「エイル。お前は俺の道具だ」
 「あ……」
 拒絶の言葉じゃない。
 これは、サクヤの不器用な優しさ。
 哀しい、思いやり。
 でも……
 「エイルを生かして、そして愛してくれた人の為にも、こんなことに意味を見出したらいけない」
 「……でもそれは、逃げてるってことにならないのかな」
 自分に課せられた運命から、
 自分が進むべき道から、
 「違う。俺が全部、俺の意志で壊すから。エイルは俺の、葬世の巫女という道具としていてくれればいい。それ以上の感情は、エイルを穢す」
 綺麗なままでいて。
 罪は、汚れは、全部俺が持っていくから……
 「サクヤのお母さんは?」
 「?」
 「私のお母さんが、そんな事を望まないって言うのなら、サクヤのお母さんは?」
 サクヤが全部一人で背負い込むことを望んでいるのかな……
 サクヤが、この世界に生きる命を根こそぎ奪う運命を、望んでいるのかな……
 「いや、わりと望んでる方だと思うよ」
 「…………」
 あっけなく、
 軽い感じで、
 そんな事を言い切りやがりましたよこの男は……
 「…………」
 「母さんは、全部知ってたよ。その上で、俺を愛してくれた。守ってくれた。だから、俺は誓ったんだ」
 「何を?」
 「母さんが生きている間は、母さんが俺を信じてくれている間は、俺は、この運命に逆らい続けると」
 「…………」
 つまり、葬世の王としての運命を拒み続けると。
 人を殺すのではなく、守る為に生きようとした。
 「その母さんも、軍人共に殺されたけどな」
 「だから、憎いの?お母さんの仇が……」
 「それもある。でも母さんが言ってくれたから……」
 死ぬ間際、俺を見て笑ってくれた。
 もう、自由になっていいよ。
 今までありがとう。
 もう、無理しなくていいから……
 「俺の誓いは、そこで終わった。母さんが言ってくれた。あとは、俺の望むようにすればいいって」
 「サクヤ……でも、本当は……」
 「言うな」
 「…………」
 言ってはいけない。
 望んでいた未来は、闇ではなく光。
 愛してくれた人が幸せでいてくれたら、それだけで良かった。
 でも、今はもう……
 「無駄な後悔だっていうことは、分かってる。でももし、俺があの時葬世の王としての運命を受け入れていたのなら……母さんは、俺が世界を破壊するまでは、生きていてくれたんじゃないかって……思わずにはいられない……」
 やり直したい。
 すべてを……
 でも、起こってしまった事は変えられなくて、過ぎてしまった刻は戻せなくて、癒えない痛みだけが、俺の中に残った。
 「要は、やつ当たりなんだ。あの時ああしておけば良かったっていう」
 変えられない運命なら、受け入れる。
 そしてこの消えない後悔を吐き出す為の、手段にしてやる。
 「間違って……るよ……うまく言えないけど、サクヤは間違えてる……」
 「そうだな……」
 きっと俺は、最初から間違えている。
 「やり…直したいよ……できれば……」
 「サクヤ……」
 サクヤの、弱さ……
 優しさ……
 そして脆さ……
 すべてを憎しみに換えなければ、立ち上がれなかった。
 優しい、黒き王……
 「…………」
 エイルはサクヤを抱きしめようとした。
 その痛みを、少しでも分けて貰いたくて、
 癒して、あげたくて……
 しかし……
 「ごめん……」
 サクヤはエイルを拒絶する。
 「サクヤ……どうして……」
 「気持ちは嬉しい。でも……」
 俺に、そんな資格は無い。
 今の俺には、誰かの為に生きたいと言ったエイルが、眩しく映るから……
 「ごめんな……俺はきっと、これからもエイルをたくさん傷つける。深く……でも、エイルには、俺は……そのままでいて欲しい。ごめん…な……」
 「…………」
 「これが最後だ。弱音を吐くのは。この先は、俺は人間の感情を切り捨てる」
 エイルの両肩に手をおいて自分から引き離したサクヤは最後に穏やかに笑った。
 人として、最期の感情を覚えていて貰えるように……
 「サクヤ……」
 今は何を言っても、聞いてもらえない。
 そんな気がした……
 せめて、傍にいよう。
 何も出来なくても、道具でも、傍にいよう。
 そうすることで、今は無理でもいつか、サクヤの何かを変えられるかもしれないから。


 そして、サクヤは感情を閉じた。
 エイルも、そんなサクヤに文句を言うことはなくなった。
 二人は黙って荒野を歩く。
 そして、たどり着いた先……
 「何……ここ……?」
 エイルは涙を堪えて、その場に座り込んだ。
 ゴルゴタの丘に来たのかと思った。
 荒れ果てた大地に、積み上げられた白い骨たち。
 子供の、白骨死体……
 「葬世の子狩りの、犠牲者たち……」
 サクヤがエイルに背を向けたまま、歯を食いしばる。
 「俺たちが居なければ、死なずに済んだ子供たち……」
 その、死体の廃棄場。
 何百、何千という白骨死体の山。
 野晒しにされ、時折巻き付いている布からは血の跡が見えた。
 「俺たちの代わりに、死んでいった多くの命」
 「あ……あ……!」
 エイルは両耳を塞ぐ。
 巫女であるエイルには、聴こえてしまう。
 えんさの声が。

 いたいよ……

 くるしいよ……
 
 おかあさん……
 
 おとうさん……

 ああぁぁぁぁーー!!

 やめて!!

 しにたくないー!!

 やだぁぁぁああ!!

 あいつらさえ、いなければ……
 
 「ーーーーー!!」
 
 葬世の子さえ、居なければ!
 こんな目に遭わずに済んだのに……!!
 
 「や……い…や……!!」
 
 お前等さえ居なければ!! 

 「やあぁぁぁぁぁーーー!!」
 エイルは我を失いながら叫び続ける。
 「ごめ……ごめんなさい!!ごめんなさい……!!」
 この子たちは……
 私達が居たから殺された。
 不条理に、理不尽に……

 サクヤは白骨の中に歩み寄って、自らのマントを突き刺さっていた棒に巻き付ける。
 墓標代わりにもならない、小さな弔い。
 「忘れない。お前たちの恨みも、無念も、全部……俺にぶつけて構わない。だからせめて……次の世代では幸せになって欲しい……」
 身勝手な願いだってことは分かっている。
 だけどせめて、幸せを願わせて欲しい。
 俺が、変えてみせるから……
 「次の世界はきっと、もっと、誰もが笑い合えて、平和で、そんな世界に……なると思うから……」
 破壊と再生。
 葬世と創世。
 「俺は、自分の運命を呪いたくない。俺が葬世の王として今、ここにいるのはちゃんと、意味があるって信じたいから」
 謝ることしかできない。
 でも、次に生まれ変わるときには、幸せな世界にしてみせるよ……

 サクヤは白骨死体たちに背を向けてエイルの方へと歩み寄る。
 震えながら、あらぬ方向を見ながら泣き続けるエイル。
 きっとまだ『声』を聞いているのだろう。
 「エイル……」
 「あ……あ……」
 首を降りながらサクヤの手を振り払う。
 「エイル!!」
 「……!!」
 「もういい。もう、閉じていろ。これ以上は、もういい」
 心を閉じれば、この『声』は聞こえなくなる。
 「サク…ヤ……私……」
 「悪かった。巫女であるエイルには負担が大きすぎたな」
 「ごめ……ごめん……なさい……」
 サクヤの胸にしがみついて泣き続けるエイル。
 直接流れ込んできた多くの感情。
 これ以上無理をさせれば、廃人になりかねない。
 「私も……忘れない……から……」
 私も、忘れないよ。
 絶対に……
 「この、葬世の子狩りの死体廃棄場は、各地にまだたくさんある。ここにあるのは被害者のほんの一部に過ぎない。それでも、ここに来たのは、こいつらの恨みを、無念を俺の記憶に刻みつけるため……」
 忘れられない。
 忘れてはいけないことだと思うから。
 「うん。私も、ここには来なくてはいけなかった。そう、思う……」
 心が痛くても、
 壊れそうになっても、
 この、多くの死は、私達の責任だから……
 「俺は、たくさん見てきた。ここに、そしてほかの場所にもゴミのように捨てられていく子供たちを……」
 「…………」
 「エイル。巫女が死者の声を聴けるように、王にも生者の記録を視る力がある」
 「遠視の、力……」
 「ああ。殺される瞬間、近くのものも、遠く離れたものも、たくさん見てきた。一日中、うんざりするぐらい。すべての記録と、俺の魂はリンクしているんだろう」
 俺も、そしてエイルも。
 阿頼耶と庵摩羅の深淵で、最も深く繋がっている対なる魂。
 それが、俺が葬世の王である証。
 人間の意志。
 星の意志。
 即ち世界の意志。
 その意志の最も近くに魂を置く者。
 つまり、すべての意志を司る世界の端末。
 俺も、エイルも、ただそれだけの存在。
 
 「行くぞ。用は済んだ」
 「うん……」
 置き去りにしてきた死。
 私は……
 ううん。私も、願うから。
 次の世代で、あなた達が幸せでありますように。
 そしてこの世代での無念は、私達が覚えておく。
 許してくれなくてもいい。
 永遠に憎んでくれてもいい。
 私には、そんな事ぐらいしかできないけど、どうか安らかに……
 エイルは一度だけ振り返って、白骨死体たちに深く頭を下げた。
 


 一週間前、イーストスラムで葬世の王が巫女を強奪していった。

 「…………」
 「…………」
 というニュースはたちまちに大陸全土に広がった。
 二人がいるのはアジア大陸。
 かつてロシア連邦が存在した辺りである。
 「うーん。人の噂も七十五日……ってわけにもいかないか……」
 「何それ?」
 「俺の国のことわざ」
 「え?サクヤって大陸出身じゃないの?」
 「俺は日本人だ」
 「えー!?日本ってとっくに沈没してるじゃない!サクヤって海の中で生まれたの!?」
 「んなワケあるか!」
 ナイスボケなエイルにゴツンと軽く突っ込みを入れるサクヤ。
 「大陸に移住してきた日本人夫婦の子供なんだよ。俺は」
 生まれは大陸だが人種は生粋の日本人という訳だ。
 「初耳……」
 「今言ったからな」
 「ってコトは……」
 「ん?」
 エイルが何かワクワクした目でサクヤに詰め寄る。
 「な…何だよ……?」
 「もしかして、サクヤってちゃんと漢字の名前なの!?」
 「ーーーー!!」
 あ、いますっごく気まずそうな顔した。
 しまった、と苦虫噛み潰したような顔をした時にはすでに遅かった。
 「…………」
 「…………」
 おしえてー!
 おしえてー!!
 エイルの目がひたすらに訴えかけてくる。
 「知りたい!」
 「…………」
 「サクヤ!」
 「…………」
 「…………」
 じーっと見つめ合う(にらみ合う!?)こと十数秒……
 サクヤが赤くなって目を逸らしながら呟いた。
 「朔…夜……」
 「え?」
 「朔の、夜で……朔夜……」
 「…………」
 月の無い夜。
 光ではなく闇。
 そう、象徴するかのような名前。
 でも……
 「綺麗な名前ね!」
 「…………」
 そう。それはとても、綺麗だと思った。
 月が出ていなくても、小さな星々が輝き続ける。
 散りばめられた無数の輝き。
 その不完全な綺麗さが、とてもサクヤらしいと思った。
 「朔夜!」
 「そっちの呼び方禁止!」
 「えー!!?」
 「禁止!」
 「なんで?」
 「なんででも!!」
 サクヤは赤くなってそっぽ向いた。
 どうやら照れているらしい。
 「ぶっ!あはははは!!サクヤ、カワイイかも!!」
 「…………」
 うん。
 でも、普段は『サクヤ』でもいいかな。
 たまに『朔夜』って呼んで不意を突くのも面白そうだし。
 「ゴメンゴメン!サクヤ。もうたまにしか言わないからすねないで?ね?」
 クスクスと笑いながらサクヤをなだめるエイル。
 「たまに……?」
 言葉に不審なものを感じながらもこれ以上の反論はやめておいた。

 「しかし結構早くにばれるもんだな……」
 「うん。そりゃああれだけ派手にやればね」
 百人以上いる軍の駐屯地をたった一人で壊滅させて、しかも葬世の子の生き残りをさらっていった。
 これでその事実に結びつかない方が不自然に思えてくる。
 「今後行動は慎重に行わないとね」
 「いや。問題無い」
 「え?」
 「言ったろ?エイルが傍にいれば俺の力は引き出せるって」
 「うん。言ったけど……」
 王の力は巫女が傍にいることによって引き出される。
 世界を丸ごと破壊するにはまだ足りないが、それでも対人ならば絶対的な力を誇るだろう。
 「つまり、邪魔する奴は片っ端から薙ぎ払う」
 「…………」
 つまりぶち殺す。
 うん。シンプル・イズ・ベスト!
 「名案だろう?」
 「馬鹿?」
 「うわっ!さらっと心を抉る一言を……」
 ため息をつきながらエイルはサクヤを睨む。
 「サクヤの力は確かにすごいけど、でも今はまだ不完全なはずよ」
 「…………」
 「ゴルットのときと同じに考えないでね。対人には絶対的だけど、対軍にはまだ足りない。敵さんが軍備を整えてきたら今のサクヤじゃ無理よ」
 「う……」
 言われてみれば、千人単位で来られるとちょっと厳しいような気が……
 消耗戦になると勝ち目は薄い。
 「分かった?自分がどれだけ直線馬鹿なことを言っていたか」
 「…………」
 言っていることは分かる。
 納得もできた。
 しかしその言い方がムカつく。
 「…………」
 「サクヤ?馬鹿ってのが気に障った?」
 「…………」
 障るに決まっているだろう。
 馬鹿といわれて喜んでいたら俺は一種の変態だ。
 「道具のクセに……」
 ボソリと禁句。
 「…………」
 「…………」
 しかしエイルは以前のように泣きそうになることは無かった。
 「…………」
 「…………」
 代わりに笑顔。
 凍りついた笑顔がそこに在った。
 敢えて表現するならば、にっこりと笑っているが、その額にはプッツンマークが浮かび出ているような……そんな感じ。
「…………」
 怒ってる……はずなんだけど……
 笑顔なのが余計に怖いというか……
 「サクヤ」
 「な…なに?」
 思わず怯む。
 しかしエイルは笑顔のまま、
 「!!」
 情け容赦の無いボディーブローを食らわせた。
 「〜〜〜〜〜!」
 鳩尾ヒット。
 「て…てめっ……」
 「♪」
 エイルはサクヤを見下ろしてしてやったりと笑う。
 「…………」
 そりゃー泣かれるよりはずっといいけど……
 ある意味割り切ってくれたんだろうけど……
 これはこれで……
 結構怖いかも……

 教訓・女は笑ってるときの方が怖い。  Byサクヤ