第一章 王の誕生

 もう、疲れたと、誰かが言った。
 もう、終わりにしようと、世界は言った。
 
 一からやり直さなければ、
 すべてが取り返しのつかなくなる前に。

 その為に、選ばれた。
 一人の王、
 そして巫女。
 
 世界は今、その歯車を壊し始める。
 
 古き終わりと、新たなる始まりの為に……








 「ーーーーー」
 産声を上げた。
 小さな命。
 たった今、この世に生まれ落ちた命。
 誰かに守ってもらわなければ、すぐに死んでしまうほどに、折れそうで儚い。
 母は幼子を抱いた。
 愛しい我が子を宝物のように。
 「…………」
 幼子は知っていた。
 いつか、自分はこの母を殺す存在になることを。

 その日、世界は同じ夢を見た。
 自分たちが近い未来、滅ぼされる夢。
 たった一人の王と、巫女の手によって。
 葬世の王と呼ばれる、まだ幼い少年の手によって。
 
 多くの人が同じ夢を見た。
 ただの夢と片づけてしまうのは簡単だろう。
 しかし、それで済ませるにはもう、この世界はあまりに手遅れだった。
 緑を根こそぎ奪われた赤い大地。
 砂漠化が進み命の感じられない寂しい星。
 資源は枯渇して、海はコールタール状に、空もいつしか淀んだ灰色になった。
 みんな、終わりが近いことは感じ取っていた。
 ろ過しないと飲めない水。
 作物なんかもう普通に育つことはなく、パック入りの合成食で命をつなげる人々。
 不自然な在り方に、終止をを打つときが来たのだと、本能で感じ取っていた。
 だから、みんなが見たこの夢は真実なのだと、終わりを受け入れるべきときなのだと悟った。
 しかし、今を生きる人々がそれほど強ければ、とっくにみんな死んでいただろう。
 人は弱くて、愚かで、どうしようもなく惨めな生き物だから。
 だから摂理を曲げて生き延びてきた。
 死にたくない。
 生きていたい。
 ただ、その想いだけで、この星を食いつぶしてきた。
 だから今回の事も、今を生きる人々は受け入れられなかった。
 
 
 「やめて!この子は違う!違うの!!」
 「あ ……」
 我が子を守ろうとする母。
 よく分からずに母親に手を伸ばして笑う子供。
 軍服を着た男たちが母親から無理矢理子供を奪っていく。
 「可能性のある子供を見過ごすわけにはいかない。すまないが、理解してくれ」
 母親に残された言葉。
 こうして、その夢を見た歳に生まれた子供は、次々と調べられ、処刑されていった。
 みんなが死を免れるために。
 受け入れるべき運命ですら、自分達の為にねじ曲げた。
 男児も女児も、西暦三千二十七年に生まれた子供は皆殺しにされた。
 多くの血が流れた。
 多くの墓が作られた。
 たった二人の子供の為に、犠牲になった命たち。
 王は知っていた。
 このすべての出来事を、意識の深いところで見ていた。
 
 小さな手を母親へと伸ばして、その服を握る。
 「おかーさん。僕は、殺されないの?」
 「…………」
 無邪気な目でそう聞いてみると、母親は泣きそうな顔をして少年を抱きしめた。
 「大丈夫。お母さんが守ってあげるから」
 愛しい息子を抱きしめて、涙を流しながら大丈夫だからと繰り返す。
 世界中の人々に忌み嫌われた滅びの児の誕生。
 多くの子供が殺され、そしてわずかな母親、父親たちは我が子を守るために逃げ続けた。
 「サクヤのことは、お母さんが必ず守ってあげるから」
 「…………」
 サクヤは母親にしがみついて、小さな声で呟く。
 「お母さん。今日も、子供が殺されたよ。僕と、同じ歳の子。女の子だった……全然、関係のない普通の子だったのに……」
 サクヤには視えていた。
 この世界で起こっていること。
 この世界で為すべきこと。
 「僕が、殺されればいいのに……」
 「お願いだからそんな事言わないで!」
 「でも、僕が、葬世の王なんだよ?いつか、僕がみんなを殺すんだ……」
 生まれたときから知っていた。
 世界がこの頭に直接語りかけてきた。
 世界の深層に一番近い者。
 そして、世界を殺す者。
 葬世の王。
 それが、自らの運命だと。
 みんな知っている。
 みんな守ろうとしている。
 そして僕は、そのみんなの願いを踏みにじる為に生を受けた罪人。
 たくさん、たくさん、殺された。
 たくさん、たくさん、視てきた。
 お前のせいだと訴えかけてくる眼を。
 僕が居なければ死ななくて済んだ命がたくさんあった。
 僕が居るだけで死んでいく数えきれないほどの命がある。
 存在するだけで、死をまき散らすモノ。
 お母さんは僕の体を無理矢理成長させて、歳をごまかして今まで逃げてきた。
 お母さんは知ってる。
 僕が、みんなの悪夢の主なんだってことを。
 でも、守ってくれてる。
 愛してくれてる。
 「お母さん。ありがとう」
 だったら僕は誓うよ。
 たとえ、滅ぼすことが僕の運命だとしても、お母さんが生きている間は、絶対にこの運命に逆らってみせると。
 「サクヤ、 お母さんはサクヤが何であっても、サクヤを愛しているから。だから絶対に、自分から諦めたりしないでね……」
 「うん……」
 怖がることなく、憎むこともなく、ただ愛してくれた大好きなお母さんの為に、運命を諦めることだけはしないと、誓うよ。
 お母さん……


 サクヤがそう誓った遥か遠くで、対の運命を持つ少女もまた、死を免れていた。
 しかし……
 「お母さん!お母さん!!」
 「エ……イル……」
 「やだ!お母さん!!死んじゃやだ!!」
 軍服を着た男達に蜂の巣にされた母親はエイルの前で血を撒き散らしながら倒れた。
 「エ…イル……ごめんね……」 
 守ってあげられなくて、ごめんね……
 そう、聞こえた。
 「やだ!行かないで!お母さん!!!」
 母親にしがみつくエイル。
 しかし軍人たちは無情にもエイルを母親から引き剥がす。
 そしてその頭に銃口を突き付ける。
 「殺しなさいよ!はやく!!お母さんみたいに!」
 エイルは恐れなかった。
 葬世の子を狩るために、何人もの子供たちを手にかけてきたこいつらは、すでに殺人を楽しむクズに成り下がっていたから。
 怖がるほどに、泣き叫ぶほどに、こいつらは喜ぶ。
 子供をいくら殺しても、人々は安心できなかった。
 王と巫女は必ず生きている。
 だからまだ殺せと。
 でも……この荒んだ世界で、終わりの見えた世界で、正当な理由をもって人を、特に子供を殺せることは、彼らにとって予想以上の快楽だったらしい。
 「私は怖がってなんかやらない!お前らを喜ばせてなんかやらない!」
 泣くもんか!
 怖いけど!でも、虚勢ぐらいは張り続けてやる!
 お母さんは、守ってくれた。
 だから、お母さんのところへいけるのなら、寂しくなんかないんだから!
 それに……私が死ねば鍵は失われる。
 葬世の王は力を発揮できない。
 巫女が居なければ……

 軍人たちはエイルの髪を乱暴につかんだ。
 「ーーー!!」
 エイルはただ軍人たちを睨みつける。
 負けないように。
 心だけは負けないように。
 「面白いな。お前……」
 「な…にを……!」
 軍人がいやらしく笑う。
 十歳のエイルの体は、闇医者の手により強制的に十五才前後にまで成長させられている。
 歪んだクズどもの興味をそそるには十分だった。
 「や……やだ!何するの!!?」
 服の中に手を入れられてよく分からない恐怖に駆られるエイル。
 「やだ……やめて……殺して……殺してよぉーー!!」
 道端で、部屋の中で何度も見てきた。
 自分も同じことをされるのだと理解した。
 それは、殺されることよりも怖かった。
 何度も何度も弄ばれて、ごみのように捨てられるよりも、一度殺されて終わりの方がましだ!
 「殺しなさいよーーーーー!!」
 エイルの願いはかなうことなく、何度も何度ももてあそばれたあげく、その軍人のペットとなった。


 地獄の中を生き延びた二人の少年少女。
 この二人が出会うことになるのは、
 まだ先のお話。
 今はまだ、運命の刻を待っている……