第三章 妄執

 ただ一つ。
 完全に支配できたもの。

 唯一。
 好き放題に壊せたもの。

 ミルアルド。
 俺の人形。
 
 他のヤツになんか渡さない。
 
 お前は……俺だけの……































 「と、いうわけなんだが……」
 「…………」
 アルティオ、ディート共に気まずい沈黙が続く。
 アルティオは自らの過去を話してはいない。
 何をどう話していいかも分からなかったし、冷静でいられる自信もなかった。
 なので話すことはせずに、アルティオ自らの記憶を直接ディートに視せた。
 
 二年前
 戻った記憶
 絶望に打ちひしがれた先に
 ただ一つの救いを見つけた。
 
 アルティオの正体
 葬世の王と呼ばれる世界最大の災厄。

 『きっと、この世界で最も多くの人を殺したのは俺だ。そして、遠い未来、俺はきっと、同じ事をもう一度繰り返す』

 少し前にアルティオ自身が吐き出した言葉。
 「…………」
 それが今になって重くのしかかる。
 
 重たい過去
 がんじがらめの運命
 それは……
 しかし、
 それよりも……
 
 ディート自身が衝撃を受けた一つの事実……

 「アルティオ……」
 ディートが不安そうな目でアルティオを見上げる。
 「…………」
 アルティオはその先の、自らを責め立てる言葉を覚悟する。
 
 奪った記憶。
 ミルアルドの意志に反して、俺が奪ったサイノスとの絆。
 
 『お前は俺を憎んでもいい』

 そう言った。
 その言葉にも、覚悟にも、何一つ偽りなど無い。
 だから、覚悟を決める。
 この先、ディートが俺を否定したとしても、俺はその言葉を受け入れると。

 「俺、信じられないんだ……」
 「…………」
 記憶が混乱しているだろう。
 何を信じればいいのかも分からなくなるぐらいに。
 「アルティオが……」
 「…………」
 告発される
 自らの過去に
 覚悟の裏側の、底なしの不安……
 
 「アルティオに……あんな真っ当な時期があったなんて……」
 「…………」
 
 覚悟を決めた。
 決めたはずだった。
 何を言われても、心折れたりしないと……
 どんなにに組まれても、どんなに詰られても……
 それなのに……

 「…………」
 「…………」
 
 なんでこいつはその覚悟を台無しにすることを言いやがるのカ?

 「…………」
 ああ、責められるべき立場は俺だ。
 それは分かってる。
 なのに、何で俺の右手は震えながらディートの胸ぐらを掴んでいるのカ?

 「お……」
 「アルティオ?」
 
 ふるふるふる……
 体全体を震わせながら……

 「お前はー!!突っ込むところはそこか!?そこなのかぁー!!?」
 「なー!!?いたたたたーーーー!!?いひゃいいひゃいいひゃいーーー!!」
 アルティオが青筋たてながら左手でディートの頬を思いっきり引っ張った。
 
 「ったく。バカだろ?お前……」
 「むー!いきなりバカ呼ばわりするな!!」
 アルティオはいきなりのバカ発言に一瞬怒ったがすぐにまた笑った。
 これが、ディートなりの気遣いだと分かったから。
 ディートはアルティオを責めるよりも、アルティオを憎むよりも、ディートとして過ごしたアルティオとの時間を受け入れてくれた。
 今のアルティオを家族として受け入れてくれた。
 だから、それだけでもう気持ちが一杯だった。

 「俺はさ、ミルアルドの記憶も今は大分戻ってきてるんだ。多分、マスターに会った影響だと思う」
 「ああ。記憶の封印なんて完全に出来る訳じゃないからな。他者の運命に介入する魔法っていうのはかかりが悪いんだ。だからミルアルドの記憶だってちょっとしたことで戻ってもおかしくはない」
 この二年間、全く戻らなかった方がむしろ奇跡なのだ。
 そしてアルティオも願っていた。
 その奇跡のような二年間で、たとえミルアルドの記憶が戻ったとしても、『ディート』で居た時間を大切に思えるようになればいい。
 そう、思っていた。
 だから……

 「でもね、俺はディートとして生きている今が一番幸せだよ」
 「ディート……」
 そんな心配など一気に吹き飛ばすようにディートはあっさりと今の自分を笑って肯定した。
 ミルアルドではなく、ディートとして生きていたいと。
 「俺はミルアルドには戻らない。マスターには悪いけど、今の俺はアルティオの家族だから」
 「ああ……」
 今度はディートから差し伸べられた手をアルティオが確かな意志で握り返す。
 それで、アルティオも心が決まった。
 これまでもこれからも、ディートは俺の家族だ。
 だから絶対に、サイノスなんかには渡さない。
 「アルティオ……」
 そして握手をといた後、またディートが不安そうに見上げる。
 「ん?」
 「俺、今はちゃんと自分が人間じゃないって自覚できる。だから……その……」
 「…………」
 ディートが何を言いたいのかが分かったアルティオは不機嫌そうにディートを睨みつける。
 「今更俺のことを『マスター』なんていったらぶっ飛ばすぞ?」
 「ーーーーー!」
 あっさりと、自分の心を先読みされたディートは言葉に詰まる。
 「お前が自分で言った言葉を忘れるな」
 「うん」
 アルティオはディートの目を見てはっきりと告げる。
 それにディートも嬉しくなって笑った。
 自分は今まで通り、アルティオの家族でいいのだと。
 そして……

 「お前は人形なんかじゃないよ。立派な……」
 「…………」
 ディートはその先の言葉を期待して瞳を輝かせる。
 そして、アルティオは、
 「下僕一号なんだからさ♪」
 「…………」
 あっさりと、いつも通りの暴言を吐いた。
 「…………」
 「…………」
 ディートが言葉に詰まって気まずそうになった後、顔を上げてアルティオを睨む。
 「だっ…誰が下僕一号だー!!」
 そしていつも通りにディートは怒りながら否定した。
 いつもの日常、
 変わらない関係、
 そしてアルティオもそんなディートを見て笑う。
 「それでいい」
 ここでやっといつもの二人に戻ることが出来た。
 お互いが一番安心できる関係。
 日常の罵り合い。
 家族であり、相方であり、仲間であるその関係に、ディートは嬉しくなって涙目で笑った。
 そして……
 「アルティオ。もう一つ質問」
 「何だよ……」
 嫌な予感がしてアルティオが返事をしながらも顔をしかめる。
 「アルティオ。この二年間で何があったんだ?今と昔じゃ別人……っていうか前の方が随分まともなんだけど」
 「…………」
 この二年間。
 真っ当な人間性を持っていたあの日から、何がどうなって現在のロクデナシへと退化……いや、変化を遂げたのか?
 それがディートにとって最大の疑問だった。
 贅沢を言えば元々真っ当ならば前の人格の方がいいにゃ〜とか思ってみたり……
 「いい根性してんな。ディート……」
 「あはははー。だってアルティオ変わりすぎ。ここまで別人だと疑問の一つぐらいわいてくるってもんじゃないかなぁ?」
 「よしよし。その根性に免じて教えてやろう」
 「うんうん。教えて!」
 アルティオのこめかみが引きつっているのを気づかないふりをして、ディートがワクワクしながらその答えを待つ。
 「俺はある日突然気がついたのだ」
 「うんうん。何を?」
 真顔で語るアルティオを見て神妙に頷くディート。
 もしかしたら、理由を知ることでアルティオを元の真人間に戻すきっかけが掴めるかもしれない。
 そしてその淡く儚い期待は……
 「俺サマってば、こんなにいいとこだらけなんだから根性ぐらい歪んでたって何の問題もないんじゃないかってな」
 「…………」
無惨にも打ち砕かれてしまった。
 「はは……ははは……は……は……」
 きっかけを知ろうとしただけなのに……
 きっかけも何も、作為的な性格の切り換えでしたか……
 真人間がとあるきっかけで歪んだのではなく、もともとロクデナシの芽があったとしか思えない。
 いいとこだらけか……
 客観的に見ればそう言えなくもない。
 何しろアルティオは、
 美形だし、長身だし、魔法にも長けて、前文明の知識にも長けていて、おまけにお財布二号のお陰で万年金欠とは無縁である。
 はっきり言って完璧超人と言っていいぐらい欠点が見つからない。
 だから魔が差したのだろう。
 バランスとして、どこか一つぐらい欠点がないとおかしいとか、そんな余計な考えが浮かんだに違いない。
 ははは……
 作為的なロクデナシ……
 アルティオはいつも通り不敵に笑っていた。

 「でも、その方がアルティオらしいけどさ」
 「いや〜、それほどでもあるけどな!」
 「褒めてない……」
 「…………」
 今度はむーっと不満そうに頬をふくらませるアルティオが少しだけおかしかった。
 「最後に一つだけ。今しか言えないだろうから言っとく。ありがとう、アルティオ。その右腕のことを含めて」
 ディートを助けた代償はアルティオにとって決して小さくはない。
 アイオードの義手で元通りに動くとはいえ、本来の腕は永遠に失われた。
 「はっはっは!気にすんな。その分一生コキ使ってやろう♪」
 「…………」
 いつも通り意地悪く笑うアルティオ。
 うん。こんな関係が心地いいのはかなり複雑だけど、俺達はこれでいいんだと思う。
 
 いつも通り、アルティオがバカ言って、ディートが抗議する。
 バランスのとれた日常がここにある。
 

 「ミルアルド……」
 サイノス・フォーガルドはフォルトゥーナのホテルでミルアルドの名を繰り返し呼んでいた。
 取り戻したい、人形の名を……


 さて、ここで少し昔の話をしよう。
 とある、壊れた少年のお話。


 サイノス・フォーガルドはかなりお金持ちの家に生まれて、そしてごく普通ではない育ち方をした。
 別に虐待を受けたり、イジメに遭っていたわけではない。
 少し、他人とは違う思考を持っていただけである。
 小さい頃は訳の分からない焦燥感が常に付きまとっていた。
 意味もなくストレスが溜まって、いつだってそのはけ口を探していた。
 はけ口を見つけ出せないままサイノスは成長していく。
 幼少の頃から頭の良かったサイノスは優等生として学生時代を過ごす。

 そして、その違和感に気づいたのは彼が十五歳になった頃。
 アカデミー卒業前にたまたま目撃した現場。
 一人のクラスメイトが、複数の同級生によって暴行を加えられていた。
 「…………」
 まあ、簡単に言えば、イジメとか、カツアゲとか、リンチとかの類である。
 偶然その場を通りかかっただけだった。
 優等生を通していたサイノスは頭では止めるべきだと理解していた。
 「…………」
 しかし……
 その光景に目が釘付けになった。
 加害者側の楽しそうな顔。
 被害者側の理不尽な顔。
 そして、多くの暴力の跡。
 「…………」
 ごくりと、喉を鳴らす。
 これは何だ?
 この感覚は知らない。
 だけど不快じゃない。
 むしろ、この行為はとっても……

 「   ーーーー        ーーーーー?」
 「…………」
 加害者の一人がサイノスに歩み寄ってくる。
 なにやら頭の悪そうな言葉を言っているが良く聞き取れない。
 そしてサイノスの胸ぐらを掴みあげて拳に力を込める。
 「       じゃないんだけどさ、         すかしたその顔         かったんだよ?     優等生さまは      !」
 「…………」
 よく分からない理由を吐きながら血に濡れた拳が迫ってくる。
 暴力は良くない。
 サイノスは真っ当な常識と良識を持ち合わせている。
 だから客観的に見てこの行為は間違っていることも理解できる。
 「あ……」
 だったらこの渇きは何だろう?
 この欲求は何だろう?
 暴力は良くない。
 それでも……
 
 それでも、正当防衛なら許されるのではないのか?

 「な!!?」
 サイノスが相手の拳を寸前で受け止めて笑う。
 「先に手を出したのはそっちだ。文句はないよな?」
 やられたらやり返すのは当然のことで、自然なことだ。
 だから俺は悪くない。
 そう、だからこの暴力は正当だ。
 「がっ!!」
 サイノスは攻撃してきた加害者を殴る。
 そのあと軸足に力を入れて気合いの入った回転と共にサンドバックのように蹴り飛ばした。
 「あっ!あがああぁぁぁぁ!!?」
 壁まで叩きつけられた加害者はそのまま意識を失った。
 頭から血を流しながら……
 そして……
 残った奴らはサイノスの意外な一面にびっくりしながらも傷つけられたプライドに怒り狂う。
 「来るなら容赦はしない。それでもいいなら覚悟しろよ?」
 サイノスは笑う。
 ああ、楽しい。
 これは何だ?
 自分の身を守っているだけなのに、何でこんなに楽しいんだ?
 何でこんなに愉快なんだ?
 満たされていく、体のそこから沸き上がるようなたとえようのない快感。
 これは……何だ!?
 「ぐぁ!!」
 「やめ……やめろぉーーー!!」
 「はは……うん。正当防衛、正当防衛♪」
 殴る
 蹴る
 投げる
 拳
 肘鉄
 膝蹴り
 頭突き
 体当たり
 思いつく暴力を全て試してみた。
 サイノスは成績優秀だが、それだけではなく身体技能も優れていた。
 初めてのケンカ。
 しかし負ける気は全くしなかった。
 正当なる暴力。
 許された加虐。
 「何だよ?もうおしまいか?」
 気持ちがいい。
 きもちがいい!
 キモチガイイー!!
 こんな気持ちは初めてだ。
 こんな快楽は初めてだ。
 こんなにも素晴らしい!!
 「じゃあ、最後にもう一つ楽しませて貰おうか?」
 殴るのは気分がいい。
 蹴り倒すのは気持ちがいい。
 そう、ならば……
 骨を折るのはどんな気分になれるんだろう?
 サイノスは倒れている内の一人の腕を掴んで、そして本来とは全く別の方向へと無理矢理曲げた。
 「あ……ぎえ……ああああああぁぁぁぁーーー!!!」
 ボキッと、
 とても惨めな声と、とても不出来な音がした。
 「はは……ホントに折れた……変な音だなぁ」
 サイノスは最高の気分になっていた。
 快楽に酔いしれている。
 こんな素敵なことが世の中には在ったんだと知る。
 「はははは……はははははははは!!」
 おかしい。
 うれしい。
 きもちいい。
 もうこれだけで達してしまいそうだ!
 新しい感覚。
 そう、娯楽を見つけた子供のように。
 サイノスはいつまでも一人で笑い続けた。
 助かったクラスメイトはサイノスにお礼を言ってその場を去ったがそんなどうでも言葉は聞こえない。
 サイノスの頭の中を占めるのはただ一つの事柄。
 他者を痛めつける。
 初めて発見した最高の娯楽。
 衝動といってもいい。
 満たされていく渇き。
 初めて、ただ生きているだけの日常に楽しみを見出せた。
 それが、サイノスにとっての全て。
 抑えきれない暴力衝動。
 最高の快感。
 「ははは……いい気分だ。いい気持ちだ……」
 狂った笑い声が響く。
 こうして、目覚めてはいけない衝動に目覚めてしまった少年は、ゆっくりと壊れていく。


 「すみません。正当防衛とはいえとっさのことで加減が分からなくて……」
 そして後日。
 事後処理のごとくサイノスは呼び出しをくらい、優等生らしく被害者の態度を取った。
 「いや、今後気をつけてくれればいい。フォーガルド、お前自身に非はないのだから」
 「はい。今後はもっと気をつけます」
 ……我ながら白々しいと思いながらも優等生の態度は貫くサイノス。
 そう、人並みとは言えない趣味に目覚めてしまったとはいえ、サイノスはちゃんとした人並みの常識と良識を持ち合わせているのだ。
 だからサイノスは困っていた。
 フォーガルド家の跡取りとして表向き人道に反することは許されない。
 生徒指導室を出たサイノスは一人考え込む。
 「…………」
 ばれないようにすればいいのか。
「いや、その考えは良くない。後ろめたい事っていうのはどうやったっていつかばれる。綻びのない物事など存在しない」
 だったらどうすればいい?
 今も沸き上がってくるこの衝動。
 殴りたい……
 蹴りたい……
 痛めつけたい……
 この快感を、また味わいたいのだ。
 また言い寄ってくるバカがいれば問題ないのだが、今回の騒ぎでサイノスにケンカを仕掛ける命知らずはいなくなった。
 初めてのケンカで相手を全て病院送りにしたのはさすがにやり過ぎだったのかもしれない。
 「過ぎたことを悔やんでも仕方がないけどな」
 後悔よりも改善を。
 よりよい娯楽のためにこれからどうするべきかを考えなければならない。
 「合法的に出来れば問題ないんだけどな」
 そう、違法でなければいい。
 絶対的な主従関係。
 痛めつけられても文句など言われない存在。
 永遠の魂の奴隷。
 「そうか。そうだな。うん、それがいい」
 サイノスは一人納得する。
 奴隷を買えばいいんだ。
 有機人形。
 人間のために存在する活きたヒトガタ。
 マスターになれば何だって許されるに違いない。
 卒業まであと少し。
 社会勉強のために一人暮らしをしたいと両親に切り出そう。
 きっと喜んで送り出してくれるだろう。
 そして身の回りの世話のために人形を一体買えばいい。
 表向き、それで理由は十分だ。


 「初めまして、マスター。ミルアルドと申します」
 「初めまして、ミルアルド」
 そうして、サイノスは暗い部屋の中でミルアルドを迎え入れた。
 そして、出会い頭に……
 手に持っていた棒でミルアルドを殴りつける。
 「マスター!?」
 いきなり殴られたミルアルドは訳が分からずにサイノスを見上げる。
 そしてサイノスは、
 「ミルアルド。お前の存在理由を今から教えてやる」
 「え……?」
 この時はまだ、ミルアルドの目にも恐怖らしきモノが浮かんでいた。
 精霊の魂。
 人形の心。
 傷つけられたら辛いという当たり前の感情を、まだ持っていた。
 その表情に満足しながら、サイノスは絶望を紡ぐ。
 一発
 二発
 三発
 四発
 五発……繰り返し、繰り返し殴る。
 「う……あっ……マスター……」
 「ミルアルド。お前は俺の暴力衝動の受け皿だ。それ以上でも、それ以下でもない」
 「…………」
 ミルアルドが眼を見開いたのは一瞬だけ。
 そのあとは、諦めたように、繰り返される暴力に耐え続けた。


 「はぁ……はぁ……」
 サイノスは体力の限りミルアルドを痛めつけて息を切らしていた。
 「…………」
 ミルアルドは気絶している。
 血を流しながら……
 「はは……なんだ……ちゃんと、赤いじゃないか……」
 有機人形。
 人ならざるもの。
 偽りの人間もどき。
 それでも、感情はあるし、痛覚もある。
 そして同じ血を流す。
 それは……なんて……
 「なんて、素晴らしい代用品……」
 サイノスが酔いしれたように笑う。
 「俺は……」
 この人形になら、好き放題に出来るということ。
 なんて素晴らしいんだ。
 今まで我慢してきたこと。
 今まで他者の目を気にしてきたこと。
 ここでなら、
 こいつ相手になら、
 その制限は一切無いんだ。
 生まれながら壊れたこの衝動を、ミルアルドになら思う存分ぶつけられる。
 「ミルアルド。素晴らしい……こんな気持ちは初めてだ。俺の……ミルアルド……」
 「…………」
 ミルアルドは答えない。
 聞こえていない。
 既に気絶しているミルアルドにはサイノスの言葉など届かない。
 それでも……
 「マスター……」
 ミルアルドはサイノスに逆らうことはなかった。
 この先五年間、自らが稼働できなくなるまで、サイノスの意志に殉じた。
 

 「お別れだ。ミルアルド」
 そして、稼働限界がやってくる。
 サイノスは特別惜しむこともなくミルアルドを棄てた。
 そう、代わりはいくらでもいる。
 新しい人形を買えばいい。
 「待って……下さい……」
 声が気こる。
 しかし、サイノスには届かない。
 「…………」
 サイノスは振り返ることなくその場から離れる。
 どうして……
 そんな声を聴きながら、それでも要らないものには用はないとでも言うように。
 そうして、サイノスはミルアルドのマスターの権利を放棄した。
 ミルアルドも、このまま壊れて消えるだけだと、信じて疑わなかった。
 ミルアルドを買った人形師の所に持っていったがここまで破壊されていては手の施しようがないと言われた。
 どんな人形師にも、こんなジャンク品は修復できないと断言された。
 だからサイノスも諦めた。
 二度と戻らないとしても、新しい人形をまた買えばいいと。
 
 そうして、サイノスはあっさりと別の人形を買った。
 しかし……
 「あれ……?おかしいな……」
 「…………」
 殴った。
 ミルアルドと同じように、たくさんたくさん痛めつけた。
 それなのに……
 「何で……」
 渇いたままなんだろう。
 何で、満たされないんだろう。
 同じだ……
 ミルアルドと同じ筈なのに……
 確実にミルアルドとは違う何か。
 五年間、共にあった感覚が、ごっそりと無くなっている。
 「俺は……いつの間にか……」
 この、暴力衝動は……
 『誰でもいい』ではなく『ミルアルドがいい』になっていた。
 「それも違う」
 ミルアルドがいいんじゃない。
 ミルアルドでなければ駄目なんだ。
 そう、唯一……俺の衝動を受け止めてくれた絶対の奴隷。
 ミルアルドはいつの間にか、俺にとってはなくてはならない存在になっていた。
 たとえその存在理由がどんなに酷いものだとしても……
 でも、ミルアルドは戻らない。
 俺が……棄てたから……
 もう自分から手放してしまった。
 いや、手放さなくてもすぐに壊れていただろう。
 それでも、ミルアルドを取り戻したい。
 ミルアルドを、痛めつけたい。
 ミルアルドを、壊したい……! 
 どうせ壊れるのなら、自分の手で壊せば良かった。
 「ミルアルド……ミルアルド……ミルアルド……!!」
 ミルアルドの名を叫びながら、サイノスは新しい人形を壊し続ける。
 「ーーーーー!!    ー   ーーーー  ー!!」
 何か言っているがそんな訳の分からない言葉を聞いてやる気はない。
 違う
 ちがう
 ちがう
 ちがう 
 チガウ
 ちガウ
 違うーーーーー!!
 俺が殴りたいのは、
 俺が痛めつけたいのは、
 俺が壊したいのはこんな不出来なモノなんかじゃないー!!
 ミルアルド
 ミルアルド
 ミルアルド
 お前一人だけ!!
 お前達が奴隷だというのなら、俺の許しがあるまで勝手に壊れるんじゃない!
 主人にこんな不愉快な思いをさせるな!!
 お前は……
 ミルアルド……お前はまだ俺の傍にいないと駄目なんだ!!!
 「…………」
 ミルアルドはゆっくりと壊した。
 でも、今度の人形はすぐに壊れた。
 加減がきかなかった。
 力一杯壊し尽くした。
 「だから、こんなにも……あっけなく……壊れて……」
 ミルアルドも……
 「あ……あ……ああああああぁぁぁぁぁああーーーー!!!」
 サイノスは走り出した。
 ミルアルドを棄てたフォルトゥーナの辺境へ。
 走って、走って、近づいて……
 あの場所へとたどり着いた。
 「はぁ……はぁ……はぁ……」
 いない。
 ミルアルドはどこにもいない。
 僅かな血の痕だけが、そこにミルアルドが居たのだと言うことを証明していた。
 「ミルアルド……お前は……もう二度と……」
 回収されたか……
 そうだ。
 ゴミとして棄てた。
 ここにないのなら戻ってくるはずがない。
 仮にここにいたとしてもミルアルドはもうミルアルドのかたちをしただけのガラクタになっていただろう。
 「もう二度と……戻らない……」
 泣いた。
 サイノスは初めて泣いた。
 失って初めて分かる大切なもの。
 胸を引き裂く喪失感。
 狂いそうなほどに、いとおしい破壊衝動。
 「俺は永遠に、ミルアルドを失ってしまった……」
 流れる涙は止まることなく……
 人目も気にせずに、ミルアルドは子供のように泣き続けた。
 「ミルアルド……」
 そして、納得がいかないままサイノスはミルアルドとの別れを受け入れる。
 

 そして、それから二年間、空虚は日々が続いた。
 虚ろで物足りない空っぽの日常。
 常に暴力衝動は胸の内にあったが、それは既にミルアルドでしか満たされないモノになってしまった。
 歪なかたちではあるが、サイノスはサイノスなりにミルアルドに愛着を持っていたのだ。
 もう二度と、あんな満たされた気持ちになることはないのかもしれない。
 そして、この空虚な気持ちを抱えたまま、俺はその一生を送るのだろう。
 それはどんなに……


 「え……?」
 絶望と驚きは同時だった。
 フォルトゥーナ中心市街地。
 気分転換に出てきたその場所で、サイノスは良く知る姿を見つける。
 偶然ぶつかってきた少年。
 それは、ミルアルドに瓜二つの……
 「ミルアルド……?」
 全てが同じだった訳じゃない。
 むしろ性格はミルアルドとは大きく違っていた。
 それでも、心のどこかで確信している。
 この少年はミルアルドだと。
 「俺はディートって名前ですけど……」
 ディート……
 違う。お前はミルアルドだ。
 俺の、俺だけのミルアルドだ。
 それなのに何で、そんな違う名前を名乗っているのか。
 違う違う違う違う違う!!
 「じゃあ俺そろそろ行きます」
 「ーーーっ!!」
 待て、と言いたかった。
 ミルアルド。
 ディートなんかじゃない。
 でも今は、ディートなんだ……
 俺のミルアルドじゃない……
 ああ……そうか……この出会いは必然だ。
 天がもう一度、俺とミルアルドを出会わせてくれた。
 「どうだ。そうに決まってる」
 だから、ミルアルドは必ず俺の所に戻ってくる。
 いや、取り戻すんだ。
 待っていろ……
 そんなふざけた名前すぐに棄てさせてやる。
 お前は、ミルアルドなんだから……


 「え……?」
 サイノスは信じられなかった。
 向けられた拒絶。
 ミルアルド……いや、ディートからの。
 「そんな……」
 ミルアルドは俺に絶対服従で逆らう事なんて許されないのに……
 俺のためだけに存在する永遠の奴隷。
 それがミルアルドなのに……
 目の前のディートはまるで人間みたいだ。
 「……!」
 人形のくせに
 人形のくせに
 人形のくせにーーー!!!
 「許さない……」
 アルティオ・トーディロス。
 この男が俺からミルアルドを奪った。
 この男が、ミルアルドをこんな人間もどきに変えてしまった。
 殺してやる……
 この男を殺して、ミルアルドを取り戻す。
 絶対に……!!
 「…………」
 そうして、サイノスはアルティオを殺すべく行動を開始する。
 

 「と、言う訳なんだがどうかな?報酬は弾むよ?」
 「…………」
 「…………」
 サイノスは客人をホテルの一室に招き入れて話を進める。
 「うーん。やっぱりやめとく」
 「な!?」
 驚きはサイノスのものだった。
 「行こう。アルト」
 「あ……ああ……」
 女の子の方が男の手を取って部屋を出て行く。
 「悪いけど気が変わったから。他の人探してくれる?」
 「…………」
 女の子はそれだけ言ってサイノスを残したまま部屋を出る。
 「…………」
 そしてあっさりと閉められた扉。
 「くそ……!」
 サイノスがテーブルを叩きながら舌打ちする。
 腕が立つ二人組にアルティオの殺害とミルアルドの回収を依頼したのだが、最初は男の方が断ろうとした。
 しかし女の子の方が話を聞こうと言い出したのだ。
 これで何とか依頼までこぎつけられると安心したのに。
 女の子の方は土壇場になって断ってきた。
 子供の気まぐれほどたちの悪いモノはない。
 また一から探し直しだ。
 いっそギルドにでも公開依頼として張り出すか?
 「…………」
 思ったら即行動がサイノスの信条だった。
 サイノスは早速ギルドと連絡を取る。
 「ミルアルド……ミルアルド……!!」
 取り戻したい。
 そして殺したい。
 その一心でサイノスは動いていた。

 『うぎぇあう゛ぉぁぁぁぉぉぉおお』

 「あれ、お客さんだ」
 「サイノスだったら追い返せよ」
 「りょーかい」
 がちゃりとドアを開ける。
 「…………」
 「…………」
 「…………」
 そこに立っていたのはいつものアルティオ目当ての女の子ではなく、サイノスでもなく、ちょっとかっこいい青年と、かなり可愛い女の子の組み合わせだった。
 「えーっと。いらっしゃいませ……」
 今までにないタイプのお客さんだったためちょっと戸惑った。
 ディートは二人を中に招き入れてお茶を出す。
 「…………」
 アルティオは何故か二人組をじーっと真面目な顔で眺めている。
 女の子はとても可愛いが明らかにアルティオの攻略範囲を越えている。
 さすがに十二、三歳ぐらいの女の子に手を出したら俺でも見損なう。
 「んー……」
 そのあとアルティオが難しい顔をした痕、手を叩いた。
 「あー!思い出した。あの時の二人組!!」
 アルティオが思い出したように笑う。
 「ん?会ったことあったっけ?」
 男の方が首を傾げる。
 「あんた『アルトフォード』だろう?通称『アルちゃん』」
 「…………」
 アルトフォードは『アルちゃん』と言われた途端すごく嫌そうな顔をした。
 本人もこの呼ばれ方は不本意らしい。
 「んでそっちが『海理ちゃん』。グナハーンの元王族。違うか?」
 アルティオが海理に笑いかける。
 「う……うん……何で知ってるの?」
 海理の方もびっくりしながらアルティオを見る。
 「うん。君達は俺のこと知らなくて当然だ。あの時ファウミーですれ違っただけだからな」
 「…………」
 「……なるほど。アイオードの客か」
 アルトフォードの方が思い至ったようだ。
 「正解。あの時たまたま妙な気配を感じて目に付いたんだけど、アイオードの名前を出してたんで覚えてたわけだ。それにアイオードも事あるごとに二人のことを話題にしてたしな」
 「ほえ?アイオードさん?」
 海理の方ははて、と首を傾げる。
 「あれから二年か。一応初めましてだな。俺はこの店の店主、アルティオ・トーディロスだ」
 「俺達は名乗る必要はなさそうだな」
 「ああ」
 「???」
 ディートだけがいまいち事情が飲み込めずにいた。
 アルティオの記憶の中で知っている二人とはいえ初対面でどうしてアルティオが男相手にここまで気を許しているかも疑問だった。
 
 「それで?こんな所に何の用だ?国家魔法師の一人息子、竜の血を引くお姫様、わざわざこんな所の不思議アイテムに頼らなくても二人いれば出来ない事なんてなさそうなのに」
 アルティオが二人の用件を聞き出そうとする。
 「もう察してるとは思うが、海理がどうして持って聞かなくてな。今日は忠告に来たんだ」
 アルトフォードがお茶に手をつけながら海理の方を見る。
 「サイノス・フォーガルドって知ってる?」
 「…………」
 「ああ」
 やっぱりサイノス絡みか。
 そんなことだろうと思ったけどな。
 しかしこの二人が関わってくる理由だけが分からなかった。
 「サイノス・フォーガルドがあんたを殺そうとしている。目的は、そうだな。多分その子だろう」
 アルトフォードはディートの方を見た。
 「…………」
 「ふーん。本気なんだあいつ」
 アルティオは特に気にした風もなく面白そうに笑う。
 「最初に俺達に依頼してきた。腕の立つヤツを捜していたらしい」
 「なるほどね。確かにアルトフォード達なら適任だ」
 アルティオも一目見たときからアルトフォードの桁外れの魔力と、そして鍛え抜かれた戦士としての力を見抜いていた。
 そして海理の方もアルトフォードと負けず劣らずの戦闘能力の持ち主だと言うことも。「俺達は元々傭兵稼業だからな。ここ数年は人殺しの仕事は引き受けていないが、それでも腕は落ちていない」
 「ああ、それは見ていれば分かる」
 アルティオ自身、この二人を敵に回したら確実に生き残れる自信など無い。
 店の物騒な商品を幾つか駆使して何とか互角まで持って行けそうだが、それでも片方を凌いでいる内にもう片方二部っすりと殺られているだろう。
 「サイノスは本気だった。きっとどんな手を使ってもあなたを殺しに来る。だから忠告に来たの」
 海理の方が真面目な顔でアルティオを見る。
 とりあえず、この二人が敵になることはないらしい。
 純粋な行為から忠告しに来てくれたと言うことだ。
 「ありがとう。海理ちゃん」
 アルティオは海理の頭に手を置いて軽く撫でた。
 「えへへ」
 海理は嬉しそうに笑う。
 撫でられるのは好きなようだ。
 「…………」
 その横でアルトフォードが面白くなさそうな顔をしていた。
 どうやら妬いているらしい。
 「…………」
 いや、俺そんなつもりはないけどさ。
 っていうかやっぱりこの二人はそーゆー関係か……
 海理が歳をとらないとはいえ、組み合わせ的には完全にロリコンだな……
 「忠告は有り難く受け取っておく。でも問題はない。俺があんた等の力を見抜いていたようにあんた等だって俺の力は見抜けているだろう?」
 アルティオが自信満々に言い放つ。
 それに海理は笑って頷き、アルトフォードも黙って頷いた。
「ああ。あんたならそんじょそこらの雑魚が束になっても返り討ちに出来るだろう。俺達クラスの刺客を送られない限りは問題ない」
 「そーゆーこと」
 というかこいつ等クラスの化け物なんてそうそういてたまるか。
 僅かに自信を無くしたアルティオは心の中でこっそりと毒づく。
 「俺は心配無いって言ったんだけどな。海理がどうしても知らせておきたいって言うからこうして来たって訳だ」
 アルトフォード自身はあまり乗り気ではなかったが、惚れた弱みか、海理の我が儘には逆らえないようだ。
 「まあ、それは感謝してるよ。お陰でたっぷりと歓迎の準備が出来る♪」
 ふふふふ……と悪巧み全開で笑うアルティオ。
 「うわ。あんた知略に長けてそうだなぁ。敵に回したくないタイプだ」
 アルトフォードはその笑いに多少たじろいていた。
 「その気持ちはよく分かる」
 ディートも横で頷いた。
 こんな楽しそう(怪しそう)なアルティオを見るのは久しぶりだ。
 これは、サイノス共々血を見ることになりそうだな、と溜息をついた。
 「じゃあ、私達はそろそろ行くね」
 海理がソファーから立ち上がる。
 それに続いてアルトフォードも立ち上がる。
 「あんな小物にやられることはないと思うけど、むしろお手柔らかにな」
 「もちろん。たっぷりとお持て成しをしてやるつもりだ」
 「…………」
 手加減の『手』の字も感じ取れない表情だった。
 「ああ、ちょっと待ってろ。情報貰っただけじゃ割に合わない」
 アルティオが薬棚の方へといってごそごそと見繕う。
 そうして小瓶を持って戻ってきたときには、
 「海理ちゃんにはこれ」
 「うわー!いいの!?ありがとー♪」
 海理の手にはトラジェメータのクッキーが手渡された。
 以前買っておいた物だろう。
 そしてアルトフォードには小瓶を手渡す。
 「なんだコレ?」
 「ふふふ……俺の職業は錬金術師だぜ?薬関係はお任せあれってね」
 「何の薬だ?」
 お礼と言うからには役に立つ物なのだろうが用途が分からなければ使いようがない。
 「それはな……」
 アルティオが面白そうに笑ってアルトフォードに耳打ちする。
 「ごにょごにょ……」
 「……いらねーよ。別に必要ねーし」
 アルトフォードは小瓶を返そうとするが……
 「ふーん。でもさ……ごにょごにょ……」
 「え?」
 「ごにょごにょごにょ……」
 「マジ!?……イタダキマス……」
 アルトフォードが赤くなりがらもしっかりと小瓶を握りしめた。
 親指をぐっと立てて心が通じ合う二人。
 「…………」
 「?」
 ディートはロクでもないことなんだろーなーと思いながらも黙っておいた。
 そして海理はクッキーを幸せそうに握りしめて二人のやりとりをよく分からないという顔で見ていた。
 「じゃあ、有り難くもらっとく」
 「おう。役立てろよ」
 「おいしくいただくね」
 「ああ、味わってくれ」
 ばいばーいと手を振る海理と一緒に去っていくアルトフォード。
 そして横にいたディートは、
 「何渡したんだ?アルトフォードさんに……」
 「何ってただの変身薬だけど?」
 嫌な予感と共に聞こえてきた内容は思ったより普通だった。
 「変身……?何で?」
 「変えられるのは姿じゃなくて年齢だけだがな」
 「ふーん、でも何でそんな物渡したんだ?」
 結局、アルティオが変身薬をチョイスした理由が分からないままだ。
 「助言しただけだよ。あれを海理ちゃんに飲ませてみろって」
 「…………」
 フフンと笑うアルティオ。
 そして……
 「アルトフォードのヤツ、海理ちゃんにベタ惚れのくせにやっぱり外見に対するコンプレックスが強いみたいでさ。十六歳前後に変身させたら押し倒しても問題ないだろって言ったらあっさり受け取ったぜ?」
 「…………」
 楽しそうに言うアルティオとは逆にディートは頭を抱えた。
 アルトフォードにとっては悪魔のささやきだったのだろう。
 最後に赤くなりながら受け取ったのはそういう訳だったのか……
 「海理ちゃんもディートと同じように体は人形だからな。あの姿のまま一生歳をとることはない。だからちょっとだけ夢を見せてやろうと思ったのさ」
 「…………」
 善意なのか面白がっているのかちょっと判断つけづらい発言だった。
 「でもよく考えたらすんごい組み合わせだなぁ」
 「確かに、言われてみれば……」
 国家魔法師の息子とグナハーンの元お姫様。
 しかも二人とも戦闘能力は折り紙付きときた。
 二人ともいいところの生まれなのに一体どんな修羅場をくぐり抜けてきたのか。
 そんな二人に興味は尽きないが今は目の前の獲物……いや、危機に備えるとしよう。
 「ふふ……ふふふふふふ……!!」
 「アルティオ……それ、どう見ても守る側の顔じゃないな……」
 どんな風にいたぶってやろうかなーなどとても楽しそうに罠を考えているアルティオの横でディートが溜息をついた。
 この二年間で彼の根性は本当に捻れ放題捻れてしまったらしい。


 「うわぁー!!?」
 「なんだコレ……からだがぁーー!!?」
 深夜一時。
 まるちの外で恐怖の入り交じった悲鳴がこだまする。
 「た…助け……助けてくれー!!」
 ずぶずぶと沈んでいくからだ。
 その様子をアルティオが楽しそうに眺めていた。
 深夜のまるちに侵入を試みる人間は例の専用空間でゲテモノの餌にされる。
 いつもは問答無用で専用空間に送り込むのだが、今回はアルティオが寄り楽しむために手を加えたらしい。
 一瞬で空間に送り込むことは是図に、じわじわと体が沈んでいくように。
 そして沈んだ先からキメラに肉体を食われるという痛みと恐怖のフルコース。
 悪趣味の上に更に外道値が上乗せされたような仕掛けだ。
 そしてそれをリアルタイムで楽しむアルティオの非人間振りは言うまでもないだろう。
 二年前の純粋さなど一体どこへ行ったのやら。
 「あー……あーーーー!!!」
 「いやだぁー!!食われ……くわれるぅうう〜〜〜!!」
 二人組の雑魚を食ってキメラ達もご機嫌なようだ。
 「さてと、見物も終わったし」
 アルティオは酒を片手に立ち上がって窓から離れる。
 「おーい。次はもう少し歯ごたえのあるヤツ連れて来いよー!!」
 「…………」
 木の陰に隠れているサイノスに気づいていたアルティオはそれだけ言って窓を閉める。
 あのまま魔法で攻撃することも可能だったがそんなことをしてはもったいない。
 もっともっと苦しんで貰う。
 サイノスには、ミルアルドを苦しめた代償をきっちり払わせなければ気が済まないのだから。
 「♪」
 今日はもう来ないだろうし、アルティオも自分の部屋へと戻ろうとする。
 「アルティオ……さっき……」
 そしてさっきの悲鳴でディートが目を覚ましたようだ。
 「ああ。バカな獲物が二匹来てた」
 「……どうなった?」
 ディートが悲しそうな顔で聞いてくるがアルティオも隠すことはしなかった。
 「ミカエルとラファエルの胃袋の中♪」
 「…………」
 つまり、例のキメラに食われた後らしい。
 アルティオは敵と見なした相手には一切容赦しない。
 ミカエルとラファエル。
 人肉大好き肉食キメラに天使の名を付けるアルティオの悪趣味さには今更文句をつける気にもなれない。
 「寝るぞ。その辺で見物していたサイノスも今日はこれ以上しかけては来ないだろ」
 「……居たの?」
 「ああ」
 その気配はもう消えているが。
 夜はこの結界が張ってある。
 次に襲いかかってくるとしたら真っ昼間だろう。
 ふふふ。楽しくなりそうだ。
 「…………」
 ディートは窓の外を一度だけ見て部屋の中に戻った。
 

 「おはよう」
 「お……おはよー……」
 なんと、今日はディートよりもアルティオの方が早起きだった。
 「どうしたの?珍しい……」
 「いや、ちょっと昨日は素晴らしいモノを見たんで寝付きも目覚めも良くてな。つい早起きしたって訳だ♪」
 紅茶を片手にご機嫌に答えるアルティオ。
 「…………」
 素晴らしいモノ、とは勿論昨日の惨劇のことだろう。
 あれを素晴らしいというか。
 朝からハイテンションだなぁ……
 呆れていいやら感心していいやら分からないままディートは朝食の準備に取りかかる。
 「また……来るかな……」
 「来るだろ。いかにも執念深そうだったし」
 「…………」
 ディートは刺客が怖いわけではなくまた犠牲者が増えることに心を痛めていた。
 「んな顔してっとつけこまれるぞ」
 「……うん。大丈夫だ」
 「よし」
 たとえ負え人死にが出ても、それは覚悟の上出来たのだから怖がっていても仕方がない。
 だからどんな結果になっても後悔だけはしないようにしよう。
 と、ディートオは心に誓ったのだが……
 それもアルティオの悪趣味加減にもよる。
 まさか……
 アルティオがあんな恐ろしい罠を用意しているとは夢にも思わなかった……

 後にディートは語る。
 あれはアルティオが考えた対人用仕掛けの中でも一、二位を争う悪趣味振りだったと……

 
 どっかーん!!
 まるちの先で爆発音が響く。
 「うわ!?何だ何だ!?」
 ディートが地響きにびっくりしながら外を眺める。
 「どうやらお客さんみたいだ」
 外には殺さない程度にに威力を抑えた爆弾に吹っ飛ばされた刺客らしき男達が居た。
 「ふふふふ……」
 アルティオが楽しそうに笑う。
 どうやらお楽しみはこれかららしい。
 アルティオが窓を開けて、卵を三つほど放り投げる。
 「…………」 
 「うわぁあああ!!?化け物ー!!!」
 「お……落ち着け!こっちは五人もいるんだ!何とか倒せるはずだ!」
 「あ……ああ……そうだな!!」
 「帰りたくなってきた……」
 五人ともそれぞれに混乱しながらも卵の中から出てきたキメラへと対峙する。
 「ふふふ……」
 「アルティオ……あの三匹はなんて名前?」
 アルティオと一緒に窓から様子を眺めていたディートが質問する。
 「うーん。そうだなぁ……じゃあ、ポチ、ハチ、ミケにしよう」
 「…………」
 どっかできーたよーなペットの名前らしき……
 いや、この際そんなことはどうでもいい。
 それよりも……
 「ぐわぁー!!」
 「このぉー!!」
 ポチ、ハチ、ミケも中々に頑張っているが五対三では分が悪いのか少々押され気味である。
 「大丈夫か?何かやられそうなんだけど」
 「やられるだろーな。キメラとしてはかなり雑魚だから」
 「…………」
 守るためではなくあくまで楽しむための発言だった。
 そして案の定……
 「死ねえーーー!!!」
 こうしてハチ、ポチ、ミケは倒されてしまった。
 その間に犠牲になったのは二人。
 そして……残った三人は歩値の屍を越えてまるちへと突進してくるが……
 
 ドドドドド!!!
 
 レーザー光線のような光魔法によってをの足を阻まれた。
 「なぁー!!?」
 「化け物で終わりじゃないのかよー!!」
 「ーーーーーー!!!」
 それぞれの断末魔がこだまする。
 「ふふふ……甘いな……」
 「うわ……」
 アルティオが笑っている間に一人黒こげになっていた。
 あれでは即死だろう。
 「く……この……」
 「負ける……かよ……!」
 既にふらふらになりながらもまるちへと向かう勇者(!?)達。
 その先に待ち受けるモノは……
 「さん、にー、いち、どっかーん♪」
 「なぁー!!?」
 「あぢぢぢぢぢー!!!」
 地面に穴が空いて、そこから水が……
 いや、熱湯が噴き出した。
 「んー。いい眺め♪」
 アルティオが熱湯噴射で空へと突き上げられる二人を見て口笛を吹いた。
 そして……
 「うう……なんてヤツだ……この罠を考えたヤツは天性の嫌がらせの達人に違いない……」
 唯一生き残った一人はそんな核心に迫る発言をしていた。
 まるちまではあと五歩ほど……
 ここまで来れば……
 後は邪魔する物などいないはず……
 「へへ……」
 そう確信したとき……
 「最後まで生き残った君に素敵な罠をプレゼントしよう♪」
  アルティオが窓から楽しそうに話しかける。
 「え……?」
 まだ何かあるのか、と男が肝を冷やした瞬間……
 
 「へ……?」
 『…………』
 ばりっと……
 男の服が破られた。
 破った相手、いや、モノは……
 「なんだこれーーーー!!!???」
 寄りにもよって悪趣味な動く人形が立っていた。
 しかも素っ裸で。
 
 「アルティオ……何あれ……」
 「ふふふふ……」
 男に迫る人形はムキムキ親父の姿で●●●をいきり立たせて男に迫る。
 「くくくく……くるなぁあああーーーーーー!!!!!」
 しかし有機人形にしては動きは不自然で、言葉も一切しゃべらないのもおかしかった。
 「有機人形は無理でも俺にだって自動人形くらいは作れる」
 「自動人形?」
 「カガクの力だ。前文明ではロボットとか言ってたけどな。決められた内容を記憶させるとそれに沿った仕事をしてくれる人形だ。魂はないし、生きてもいないが、場合によってはもの凄く役に立つ」
 男に迫る自動人形をアルティオがにやにやしながら眺めている。
 「……ちなみに、あの自動人形の名前は?」
 何を記憶させたのかを聞くよりも、まずは名前から聞いてみるというディートの判断は正しかった。
 アルティオの場合センスはとにかく名前でその在り方を表している場合が多いからだ。

 「ズバリ!『抉れ!カマホリ君』だ!!」
 「…………!!」
 すべしゃー!
 ディートは頭を抱える通り越して盛大に転けてしまった。
 抉れ……?
 カマホリ君……!?
 ああ……このネーミング……
 もしかしなくても……

 「や……やめ……うわぁぁぁぁっぁーーー!!お……俺の……俺の●●●があぁぁぁ!!???」
 泣き叫ぶ男。
 勿論死の恐怖からではない。
 ある意味殺された方がマシだと思える地獄が広がっていた。

 「だーっはっはっは!!ここに踏み込んだのが運の尽きだな!」
 アルティオは腹を抱えて笑っている。
 そして起き上がったディートは『抉れ!カマホリ君』の仕事ぶりに目を背けるしかなかった。
 「うう……確かにコレは殺してやった方が情けかもしんない……」
 目の前には素っ裸の『抉れ!カマホリ君』と同じく素っ裸にされた涙目の男がいた。
 「いや……あっあっあっああああああーーーー!!!」
 ばっちり腰を振る『抉れ!カマホリ君』。
 そして、ばっりちホラれている哀れな男。
 恐怖と快感の一混じった声が響き渡る。
 「あっ……いや……あああ〜〜〜!!いや……いっそころして……こんなのあんまりだぁぁぁぁーーー!!!」
 そして『抉れ!カマホリ君』の●●●にホラれ続ける男……
 「なあ……そろそろ勘弁してやれよ……」
 さすがに見ていられなくなったディートはアルティオにやめるように言うが……
 「いーや。気絶するまで続けるようにプログラムしてあるから無理♪」
 帰ってきたのは悪魔のような答えだけだった。
 「…………」
 ディートは哀れな男に合掌した。

 「お……おがーぢゃん……俺……男に……ああ!生まれたこと……ああああああ!!!今……あうあう〜〜!!猛烈に後悔してるよ……おおおおおおお!!!」
 ばたっ……
 男は●●●しながら気絶した。
 そしてアルティオに向かって親指を立てる。
 『抉れ!カマホリ君』
 制作者同様情け容赦のない仕事ぶりでした……

 「ざっとこんなもんだな。ディート!?」
 ディートは敵がいなくなったのを確認して家を飛び出した。
 生きている人だけでも介抱しようとしたのだが……
 「大丈夫ですか?」
 素っ裸で気絶した男に歩み寄るが……
 意識はなく譫言のように……
 「うう……●●●が●●●で……悪夢だ……」
 「あう……ごめんなさい……」
 一応加害者側として謝っておいたが……
 「悪魔……のようなヤツ……」
 「返す言葉もありませんです……」
 ディートはシーツを男に羽織らせて、方を貸そうとするが、
 「ディート!!」
 切羽詰まったアルティオの声が聞こえたときには既に遅かった。
 「え……?」
 後ろから伸びてくる手。
 「むぐ!!?」
 大きな手に口を塞がれた。
 「〜〜〜〜〜〜!!」
 バタバタと暴れるディートを押さえつけてサイノスが笑う。
 「びっくりしたよ。まさかここまで悪趣味極まりない仕掛けを用意しているとはね。どうやらかなり甘く見ていたようだ」
 ディートを手中に収めたサイノスが冷や汗混じりに笑う。
 「いたー、そんなに褒めるなよ。照れるじゃないか♪」
 「〜〜〜〜〜!!(褒めてねー!!)」
 ディートが口を塞がれながらも何かを言っている。
 「君を殺すのは諦めるよ。ミルアルドが手に入っただけでも良しとしよう」
 「〜〜〜〜〜!!」
 サイノスは勝ち誇った笑いを浮かべる。
 そしてアルティオは、
 「逃げられると思ってるのか?」
 アルティオはサイノスを睨みながらも不敵に笑う。
 仕掛けはそれだけではないとでも言うように。
 「…………」
 サイノスは周囲に気を配りながらオーブを懐から出した。
 その中には魔法陣が刻まれていた。
 「転移の魔法か……」
 アルティオが顔をしかめながらサイノスを睨む。
 「その通り。昨日の件でここが危険なことぐらいは百も承知だ。逃げ道の一つぐらい用意していないと思ったか?俺は魔法は使えない。でもこれなら砕くだけでここから消えることが出来る!」
 「〜〜〜〜〜〜!!!」
 サイノスがオーブを砕く。
 転移の魔法陣がサイノスとディートを囲んで光り出す。
 そして二人ともアルティオの手の届かない場所に転移する。
 「ミルアルド。お前は俺のモノだ……これでやっと!!」
 「〜〜〜!〜〜〜〜!!!」
 バタバタと暴れるディートを押さえつけてサイノスが笑う。
 「さようなら。アルティオ・トーディロス。ミルアルドは返して貰うよ」
 「…………」
 「…………って……あれ!?」
 転移する……筈だった。
 「え!?え!?何で!?まさか……不良品!!!???」
 サイノスが慌ててもう一つのオーブを取り出そうとするが、
 「無駄だぜ。何度やっても」
 「え?」
 「だから転移魔法はこの一帯では使えないと言ったんだよ。ばーか」
 アルティオがざまーみろ、とサイノスを見下す。
 「なん……で……」
 「俺がこの一体の磁場を乱しているからな。お前が逃げ道を用意していたように俺だって逃げ道を塞ぐ準備ぐらいはしていたって事だ」
 「…………」
 アルティオが一歩一歩サイノスへと、ディートへと近づく。
 「く……来るな!!来るなぁーー!!!」
 サイノスはディートを抱えて後ずさる。
 目の前の錬金術師に対する恐怖、そしてミルアルドを奪われる恐怖から。
 「来るなぁー!来たらミルアルドを殺して俺も死ぬー!!」
 「ーーー!!〜〜〜!!」
 その発言にディートオが再び暴れ出す。
 「一人で死ねよ……」
 アルティオは呆れながらも懐から何かを取り出す。
 黒い、鉄の塊を……
 「来るなぁー!!いや、来たら殺す!!魔法も使うな!!ミルアルドが巻き込まれる!!」 
 「…………」 
 頭わりー……
 殺すって言っておきながら巻き込まれる心配までしてどーすんだよ……
 確かにこの距離で魔法を使ったら確実にディートを巻き込むけどな。
 「断る。ディートも殺させないし、お前を見逃すつもりもない」
 
 パン……

 「え……?」
 「あ……」
 そうして、アルティオは黒い塊の引き金を引いた。
 肩を打ち抜かれたサイノスはディートから手を離す。
 そして介抱されたディートはアルティオの元に駆け寄る。
 「アルティオ!!」
 「無事か?」
 「無事……無事だけど……今の何!?魔法じゃないだろ!?」
 ディートは見たこともない武器に対してアルティオを問いつめる。
 「ああ、これか?」
 アルティオは黒い塊をあげて楽しそうに笑った。
 「錬金術師アイテムその二。ハンドガン。こっちの引き金を引くことによってこの穴から鉄の塊が高速で飛び出すんだ。殺傷能力はイマイチだけど今みたいに特定の的を狙いたいときには役に立つ」
 「それも……前文明の技術!?」
 「まあな。前文明では割と一般的な武装だったけどな。遺跡からも結構似たようなものは発掘されてるんだぜ」
 「へえ……」
 楽しそうに説明するアルティオに少し呆れながらディートはサイノスを見る。
 血を流しながら倒れたサイノスはアルティオを睨みつける。
 「地べたに這い付くばってんのが負け犬にはお似合いだな」
 それを見下し全開のアルティオ。
 「く……そ……」
 そしてアルティオはハンドガンをサイノスのこめかみに当てる。
 「それでもちゃんと死ぬ部分を狙えば殺せるけどな」
 アルティオは引き金に指をかける。
 「アルティオ……!!」
 殺す気満々らしい。
 「体、動かないだろ?薬を塗ってたからな」
 「……ミルアルドは、俺のモノだ……。俺にはミルアルドしかいないんだ!!それなのに、何でお前が奪う!!」
 「だったら棄てるなよ。自業自得だろ?」
 「うるさいうるさいうるさい!!ミルアルドは俺のモノだミルアルドは俺のモノだミルアルドは俺のモノなんだ!!」
 自分でも何を言っているのかちゃんと分かっていないのだろう。
 サイノスはメチャクチャに叫び続ける。
 「うるせー。こいつはディートだ。もうミルアルドじゃない」
 「ミルアルド!ミルアルド!!ミルアルド!!」
 「通じてねーな」
 アルティオが面倒くさそうに引き金を引こうとする。
 「アルティオ!!やめてくれ……!!」
 そしてそれを止めたのはディートだった。
 「…………」
 「…………」
 沈黙……
 しかし、アルティオはディートを睨む。
 「殺す権利は、殺される覚悟と共にあるべきだ。この結末は自業自得だ」
 「…………」
 分かってる。
 サイノスは俺達を殺そうとした。
 そして、生きている限りサイノスは俺とアルティオを狙ってくるだろう。
 ここでサイノスを生かしておく理由はない。
 殺すのが最善だと言うことは分かっている。
 それでも……

 『マスター』

 俺の中の、ミルアルドの記憶が……
 サイノスを殺すなって、ずっと言い続けてるんだ……
 今の俺はディートだけど……
 ミルアルドとしての自分も捨てたくない。
 だから……
 「アルティオ……頼む……」
 「…………」
 しばらく二人にらみ合う。
 アルティオも、そしてディートもお互いに譲らない。
 しかし……
 「分かったよ……」
 先に折れたのはアルティオの方だった。
 「え……?」
 「サイノスは殺さない。それでいいんだろう?」
 アルティオはハンドガンを懐にしまう。
 それにディートがほっとしながらも聞き返す。
 「い……いいの?」
 「いい訳あるか!」
 「…………」
 またお互い黙り込む。
 「でも……」
 「…………」
 「ディートが俺に我が儘を言ったのは初めてだったからな。一度くらいは聞いてやってもいいって思っただけだ」
 「…………」
 ディートと目を合わせないまま、少しだけ顔を赤くしながら不器用に返した。
 その仕草にディートも吹き出しながら、
 「ありがとう。アルティオ」
 「…………」
 アルティオは答えない。
 サイノスは殺さないと言ったが、勿論このままただで帰す気はない。
 サイノスの頭に手を当てて魔法を発動させる。
 「何をする気だ!?」
 体が動かないまま、サイノスはアルティオを睨みつける。
 「記憶を消すのか……?」
 「似たようなもんだ」
 アルティオが容赦無しに魔法を発動させる。
 「あ……やめろ……やめろ……やめろ!!」
 サイノスがやめろと繰り返しながら意識を失った。
 「…………」
 「…………」
 アルティオがサイノスから離れて、ディートは辛そうにサイノスを見る。
 「あ……う……」
 サイノスはすぐに目を覚ました。
 「…………」
 目が覚めたサイノスは目の焦点が合っていない。
 あたりをきょろきょろとしながら、ディートの方を見る。
 「…………」
 「……あ」
 ディートは何を言っていいか分からなくなって言葉に詰まる。
 しかしサイノスは……
 「うー……」
 首を傾げて虚ろな瞳のまま、街の方へと歩き始めた。
 「…………」
 何かこう……
 変な人っぽい……
 「アルティオ……記憶を……消したんだよな?」
 ちょっと不安になってアルティオに聞いてみるが。
 「記憶の封印は不完全だからな。お前みたいにちょっとしたきっかけですぐに思い出す。だから今度は記憶を破壊したのさ」
 「破壊……?」
 「正確には脳の一部を破壊した」
 「…………」
 記憶ではなく記憶を司る脳の一部を破壊したらしい。
 「サイノスは一生あのままだ。命は助けてやったんだからあれで十分だろ」
 「…………」
 サイノスは、これから自分が誰かも分からないまま、二度と記憶を取り戻すことなく、欠陥を抱えたまま生きていく。
 それも仕方のないことだとティートは自分で自分を納得させた。
 記憶だけではなく一部とはいえ脳まで破壊されたサイノスはこれから不自由な生活を強いられるだろう。
 「ざまーみろ」
 アルティオは一切の情けを持たずまるちの中へと戻る。
 「うわっ……」
 ついでに転がっていた死体はミカエルとラファエルが地面から出てきて食べている。
 敗者の末路はいつだって報われない。
 せめてもの情けとして『抉れ!カマホリ君』の餌食になった男だけはそのまま生かしておいた。
 しかし彼はしばらく立ち直れないだろう。
 
 こうして、ディートとミルアルドを巡る事件は一応解決したと言っていいだろう。
 
 思い出した過去
 喪った人
 まだ色々整理できないことはあるけど、今日も明日もこの先も、俺はここで生きていく。
 アルティオと一緒に。

 
 「アルティオ。あの自動人形はアルティオの趣味なのか?」
 「…………」
 趣味かのか?と聞かれてアルティオはあからさまに嫌そうな顔をした。
 「んなわけねー!俺は女の子が大好きだ!」
 「あー、うん。それは知ってる」
 伊達に女ったらしじゃないよな。
 「『抉れ!カマホリ君』はまあ、ちょっとな。アイオードを思い出してたらつい……」
 「…………」
 ファウミーのオカマ人形師。アイオード・イシス。
 例のシグノージェナスの国家魔法師『フィーちゃん』を毒牙にかける変態さん。
 「いやー。実際ホラれるのってどんな感じなのかなーって思って造ってみたんだ」
 「…………」
 ディートは頭を抱えた。
 そんな理由。
 そんな理由でアルティオは自動人形を一体造ってしまったのだ……
 殺された四人よりも、生き残って餌食にされた最後の一人を一番可哀想だと思ってしまうのは何故だろう。
 「ははは……やっぱりアルティオはロクデナシだ」
 「……歪んだ天才と言ってくれ」
 「歪んでることは否定しないんだ」
 「…………」
 歪んでいることを突っ込むとアルティオがぶーたれた。
 
 「げっぷー」
 「ぐっぷー」
 ミカエルとラファエルは食事が完了してゲップをしながら地面に沈んでいった。
 あたりには食い散らかされた肉片が転がっていると思ったが、意外と行儀がいいらしく、肉片残らず平らげていた。

 「アルティオ」
 「ん?」
 「俺、ここにいていいんだよね……?」
 期待と不安の入り交じった問いかけ。
 ミルアルドではなくディートとして。
 ここで居場所を見つけたい。
 このロクデナシと一緒に、毎日を過ごしたい。
 「当たり前だろ」
 そしてアルティオもあっさりとここにいていいと言ってくれた。
 そしてそのあとに、
 「お前にはまだまだ働いて貰うんだからな」
 「分かってるよ。うん」
 アルティオに助けて貰った恩はまだまだ返しきれてない。
 喪われた右腕の分ですら、まだ返せていない。
 だからこれからも相方としてアルティオを手伝いたい。
 「ついでに毒薬の実験も……」
 「それは断る!」
 「…………」
 そして嫌なことははっきりと嫌だというディート少年。
 「…………」
 「そこ舌打ちするな!!」
 残念そうに舌打ちしているアルティオに突っ込みを入れる。

 こんな日常が好きだ。
 バカ言い合って、
 罵り合って、
 時にはむっとなるけど、
 でもそれに負けないぐらい毎日が楽しい。
 俺はここで、ディートとして生きていく。
 アルティオの家族として……