第四章 出会いはほんのり炭素風味

 アルティオは、謎が多い。
 そして俺、ディート・ラグディレルにも謎はたくさんある。
 …………
 いや、俺の場合記憶が無いだけって言われたらそれまでなんだけどさ……
 俺がアルティオについて知っていることなんてまだほんのわずかだと思う。
 だから、これから知っていくこともかなりあると思うんだよ。
 それが、どんなびっくりな内容でもね。




































 「ディート。起きろー」
 「んー……」
 午前一時。
 よい子はばっちり夢の中。
 「起きろってば……」
 もみもみもみもみー……
 「ーーーーー!!!」
 全身鳥肌が立って一気に目が醒めた。
 「おはよー♪」
 さっきまで人の……を揉んでいた手をひらひらとさせながら笑っているアルティオ。
 「ーーーーー!!」
 耐え切れなくなって枕を投げつけた。
 「ぶっ!!」
 顔面ヒット!
 「なんつー起こし方しやがるー!!男のち……乳を揉んで楽しーかよ!!?」
 そう。さっきまでアルティオはディートのぺったんこのお胸をもーみもーみしていたのだ。
 傍から見るとただの変態……
 げろげろげろー……
 「楽しいわけあるか!お前がこの前の起こし方じゃ怒るだろうと思って気を遣ってやったのに……」
 ぶつぶつと文句を垂れるアルティオ。
 こいつの気の遣い方は人として間違っている。
 「アホかー!!あんな起こし方されたら死ぬだろー!っつーかこっちはこっちでショック死しかねないし!!」
 何が悲しゅーて男にナイ乳を揉まれにゃーならんのだ……
 「じゃーどんな起こし方なら文句ないんだ?」
 「普通に起こせよ!体揺さぶるとかほほを軽く叩くとか!」
 「…………」
 うーん、と真面目そうに考え込むアルティオ。
 またよからぬ思考を巡らせているに違いない。
 
 「で?何の用?まだ起こされるような時間じゃないんだけど」
 午前一時といえば店だって営業していない。
 まさかまた侵入者?
 「弁当つくって」
 「は!?」
 「だから弁当つくって。大体五、六人分くらい」
 「…………」
 いきなり夜中に人を起こしておいて弁当作れとは何様のつもりだこのロクデナシは。
 などと聞こうものなら顔色一つ変えずに『俺様のつもり♪』とかふざけた答えを返してくるに違いない。
 「無理だよ。冷蔵庫の中ロクな材料入ってないし。食材は朝にならないと手に入らないだろ」
 「大丈夫」
 アルティオはディートの腕を引っ張って冷蔵庫まで連れていく。
 「…………」
 「な?」
 そこにはばっちりお弁当の材料に使えそうな食材が詰まっていた。
 「い……いつのまに……まさか、アルティオ自分で買いに行ったの!?」
 コイツが!?
 食材の紙袋を持って街中をかっぽする!?
 だめだ……そんな所帯じみた姿想像出来ねぇ!
 俺に買いに行かせて自分はソファーでふんぞり返っている姿なら簡単に想像出来るんだが……
 「まさか。宅配業者に届けさせたに決まってんだろ」
 「…………」
 ほっ……
 こいつらしい理由で何となく安心した。
 「と、いうわけで今から弁当作れ。一時間以内」
 「なー!!?」
 一時間以内って……
 五、六人分をかー!!?
 「よろしくー♪」
 アルティオはソファーに寝転がって再び眠りにつく。
 「この野郎……」
 俺に働かせて自分は寝るつもりか!!
 いーけどね!!
 こいつがこーゆー奴だってことは分かりきってるし!
 ディートは納得がいかないまま弁当作りに取り掛かった。


 「ふー……」
 な……なんとか弁当の形にはなったけど……
 よく考えたら何で俺は夜中にこんな事をしているんだ!?
 「できたかー?」
 そうだ。こいつのせいだ。
 グッドタイミングで起き上がってきたアルティオが箱に詰めた弁当を眺める。
 「おー上出来上出来。ごくろう」
 「…………」 
 その辺の鍋を頭にぶつけてやりたかった。
 我慢我慢……
 耐えろ俺!
 「ん?そっちのは?」
 アルティオが別の皿に入れてあった黒い物体を指さす。
 「ああ。これは失敗。一時間って言うから平行作業でいろいろしてたら油断してさ。この有様」
 苦笑いしたディートの横には鶏肉のから揚げ……の炭素化したモノが置いてあった。
 「…………」
 「アルティオ?」
 アルティオは黒いから揚げをまじまじと見つめていきなり別の箱に入れ始めた。
 「ってオイ!?食う気か!?コレ」
 「誰が食うか!!」 
 「だったらその行動の理由を説明しろー!」  
 いかにも持って行きますって感じにしか見えないぞー!
 「俺は食わん。でもこーゆーゲテモノが好きな奴が一人いてな。喜ぶかなーと思って……」
 「ゲテモノ……」
 失敗したとはいえその扱いはあんまりだと文句を言いたくなるディート。
 しかしアルティオはそんなディートの葛藤など気にするはずもなかった。
 「じゃあ俺これから出かけてくるから。しっかり留守番してろよ」
 「留守番って……」
 俺に寝るなといってるのかこいつは!
 ばいばーい、と軽い調子で出ていくアルティオ。
 手にはもちろんディートの作った弁当……&黒いから揚げがあった。
 「…………」
 行っちゃったよ……
 アレをもって……
 本当にあんな炭素を喜んで食べるような奴がいるのかなぁ……
 でもまあアルティオの知り合いだから、一癖も二癖も変わってたって今更驚かないけどさ。
 「……ってアレ?」
 机のしたには何本か酒瓶が放置してあった。
 もしかして……忘れ物?
 でもなー……
 今更追いつけないだろうし、放っておこう。
 「…………」
 って、そこで放っておけないのが俺の悪い癖なんだよなぁ。
 「ったく、しょーがねーなぁ……」
 ディートは酒瓶を袋に詰めて夜の街へと繰り出した。


 「…………」
 繰り出した、はいいけど考え無しに行動するもんじゃないよなぁー、やっぱり。
 あてもなくさまよって……
 結局見つからなかった。
 「うーん。帰ろうかな……」
 大体こんな夜中に弁当持って行ってあいつは何をしに行ったんだ?
 五、六人分って言ってたから五、六人は誰かいるんだろうけど。
 でも、結局どこにいるのか分かんないし……
 「っつーか重てぇ……」
 中身入りの酒はとーっても重かった。
 「…………」
 ぐっと拳を握りしめて……
 「よし!帰る!!」
 ディートはきびすを返して『まるち』へと帰ろうとする。
 その時……
 今まで向かっていたのと反対方向、つまり街中ではなく山の方でわずかに光っている場所を見た。
 「…………」
 あれって……何か、空間がびみょーに歪んでるように見えるんですケド……
 「……はぁ」
 ああ、どうしてだろう。
 なぜだかあそこにアルティオがいると確信してしまった……
 「仕方ない。結構距離あるけど、行くか」
 ディートは酒瓶の入った袋をかつぎ直して山の方へと向かった。
 
 「っつーかここ、うちのすぐそばじゃんか……!!」
 近づいてみたらあら不思議。
 『まるち』から徒歩十分とかからない距離でしたよ。
 「…………」
 そんな事も気づかずに俺わ……
 街中を三十分近くも……
 むかむかと込み上げてくる腹立たしさ。
 うー……
 しかし、ここまで来たからには目的を果たさなければ!

 「…………」
 そしてディートがたどり着いた先には……
 「ねーアルティオー……お酒はぁ?」
 ごろごろとアルティオにすりよりながら甘えてくる金髪美女。
 「忘れた。いいじゃん、弁当あるし」
 そして美女の太股を撫でながら弁当をつまむアルティオ。
 「酒があれば言うことないんだがな」
 「うん。アルティオ抜けてる」
 「うるせーな」
 そのほかにもいかついマッチョやお爺さん、小さい女の子までいた。
 「……にがにがー♪」
 小さな女の子は例の炭素から揚げを食べてそんなことを言っていた。
 「…………」
 そりゃー苦いだろう……
 しかし問題はそこじゃない。
 「んー……にがにがー♪」
 もう一口。
 「にがにがにがー」
 もう一口……?
 「…………」
 オイオイ……
 見間違いじゃなければ何かおいしそうに食べてるように見えるんですけど……
 本当に好きこのんで食う奴がいるとわ……
 しかもあんな小さな女の子が……
 「んーー?」
 アルティオに寄りかかっていた金髪美女がくんくんと鼻をひくつかせている。
 「どーした?」
 「お酒のにおい……」
 「…………」
 金髪美女が指さした先にはディートがいた。
 「お酒だぁー♪っていうかかわいー!この子誰!?」
 「…………」
 ってゆーかアナタの嗅覚は犬並みですか!?
 においで探知されるなんて……
 「ディート……」
 アルティオが意外そうにディートを見る。
 「忘れもん」
 ディートがアルティオの前に酒瓶の入った袋を置いた。
 「お……おう。ごくろう」
 驚きながらも態度はでかいままというのが何ともこいつらしい。
 「どうしてここが分かったんだ?」
 「どうしてって……そりゃー山の中で光ってる場所を見つけたら誰だって分かるだろ?」
 「光る……?」
 アルティオは首をかしげる。
 「アルティオ……?」
 「いや、そうか。お前は俺の魔力の影響を受けてるんだったな。そうか……だったら見えるか……」
 ぶつぶつと難しい顔をしながらよく分からないことをつぶやくアルティオ。
 「?」
 「いや。何でもない。せっかく来たんだからその辺座れよ。つまみもあるぜ」
 アルティオがその辺の石に座るように勧めるが……
 「…………」
 っつーかそれ作ったの俺!俺だから!!
 「うふふ♪ねぇ……そこのボク♪アルティオとどういう関係?」
 金髪美女がむちむちの胸を顔面に押し付けて迫ってくる。
 「ーーーーー!!!」
 む……胸!!
 胸が……!!
 「やめとけサラ。そいつには刺激が強すぎるって」
 危うく鼻血を噴き出しそうになったところでアルティオによって助けられる。
 「んもぅ。ウブなのね♪」
 「……サラ?」
 どっかで聞いたような……
 「サラは私の名前よ。よろしくね、ボク♪」
 ぷるん、と胸を揺らしながら自己紹介をするサラ。
 「ーーーーー!!」
 お……思い出した!
 いつぞやのアルティオの夢の主!
 ムチムチ巨乳のサラちゃん!!
 うあぁぁ……
 ついでに嫌なことも思い出したよーう……
 「で?アルティオ。このことはどういう関係?」
 質問が原点回帰した。
 「下僕」
 「誰がだー!!」
 即答するアルティオ。
 更に即答で否定するディート。
 「違うのか?」
 不思議そうに聞き返すアルティオ。
 こんのロクデナシめ!
 「違う!断じて違う!相方だ!助手だ!!下僕でも家来でもない!!!」
 力一杯否定するディートとは裏腹にアルティオは不満そうな顔をしていた。
 「…………」
 恩人だが下僕は認めてたまるか!
 「ん?」
 そんな決意に拳を握りしめていると、小さな手に服の裾を引っ張られた。
 「…………」
 「な……なに……?」
 例の、炭素から揚げをおいしそうに食べていた女の子だった。
 「お兄ちゃんが、あのから揚げ作ったの?」
 もじもじと恥ずかしそうに聞いてくる。
 「え……?うん……ごめんね。苦くて」
 よく分からないまま笑いかけるが女の子はもじもじとしたままだ。
 「お……おいしかった!!」
 「えー!?」
 うう……結構可愛い顔して味覚が絶対おかしいよこの子……
 「こ……これ!あげる!!」
 女の子は赤く頬を染めながらディートに花を渡した。
 「え?その……ありがとう……」
 花……に見えるんだけど……
 でもそれにしては妙に硬いような……
 まるで石で出来た花みたいだ……
 「石華(せつか)って言うんだよ」
 「石華?」
 「ああ。この世界にはない、他次元に咲く花だ。貴重品だぜ?」
 アルティオがにやにやした顔でディートの方を見る。
 なんか、その顔いやだ……
 「リーア。ディートの事気に入ったのか?」
 アルティオが女の子にそう聞くと、女の子は赤くなってこくん、と頷いた。
 「だってさ。良かったな。色男♪よ!炭素で芽生える恋心?」
 面白そうにけたけたと笑うアルティオ。
 「…………」
 こいつ絶対おちょくってやがる……!
 でもまあ、好かれるのは悪い気しないけどな。
 「えっと、ありがとう。リーア……でいいのかな?」
 「うん。ディート……お兄ちゃん……」
 「…………」
 うわっ!今何かヤバイものが体の中を支配したんですけど……!
 ディートお兄ちゃん……
 い……いいかも……
 ディートは石華を握りしめながら一人心地いい感覚に浸っていた。
 リーアは再び炭素から揚げに手をつけていた。
 少しだけ、ディートの方を気にしながら。
 「アルティオ。今更なんだけどこの人達って一体……」
 深夜に酒盛り(酒は今俺が届けたんだけど)をする人達。
 でも……さっきの空間の歪みといい何か違和感があるというか……
 「そうだな。一応紹介してやるよ。サラとリーアはもういいよな。こっちのマッチョがギルス。で、そっちの枯れたのがカムナじじいだ」
 アルティオが残りの二人を紹介した。
 マッチョの方はよろしく、と軽く頭を下げた。
 結構寡黙な人っぽい。
 一方カムナと呼ばれたお爺さんの方は……
 「こりゃ!!誰が『枯れたの』じゃ!まったく、年寄りをうらやまんうつけ者め!!」
 などと激怒していた。
 「けっ。そーやってムキになるあたりが自覚してる証拠だろ?」
 アルティオもさらに容赦が無い。
 「あははは……よろしく……ところでアルティオ。この人達って本当に人間?」
 「おっ。鋭いな。もちろん人間じゃねーぞ」
 「…………」
 おそるおそる聞いてみたつもりなのだがあっさり暴露された。
 「えーっと……人間じゃなかったら、もしかして……竜!?」
 前にアルティオに竜は実在すると聞いたことがある。
 前文明を生き残った人間の突然変異である竜達はこの世界とは別の次元に今も生きていると。
 空間の歪み、人間にしては違和感が漂う存在感。
 アルティオなら、竜の知り合いぐらいいても別に驚かない。
 しかし……
 「ハズレ」
 「え?」
 「こいつらは魔属だ。竜じゃない。まあ、竜と同じく通常は別次元に身を置いているがな」
 「…………」
 魔…属……?
 初めて聞く言葉。
 何それ?
 人間じゃないけど、竜でもない。
 「まあ知ってる奴はそういない。魔属はめったにこっちの次元には来ないし、竜みたいに表立った伝説を残しているわけじゃないからな。ほら、前文明で妖怪とかもののけとか言われてた奴がいるって前に言ったろ?」
 「う…うん」
 そういえば、アルティオのヨタ話の中にそんな内容があったような……
 「こいつらはそれだよ。セイヨウでは『悪魔』とか呼ばれてたりしてたけどな」 
 「私は妖怪やもののけよりも悪魔って響きの方が好きだなぁー」
 サラが人差し指をくわえながら怪しく笑った。
 「具体的にどんな存在なの?魔属っていってもちゃんと人の姿をしてるし……」
 「そうだなぁ……カムナじじい。よろしく」
 アルティオは説明するのが面倒になったのか、カムナにバトンタッチした。
 「そうじゃなー。ディート、といったかな。お前さん精霊は知っとるかね?」
 カムナが試すように問いかける。
 「はい。たしか……永い刻を経た物質が意思を持つことによって生まれる生命体、ですよね?」
 「まあな。物質だけとも限らんよ。永く存在しているものなら風でも炎でも水でも大地でも精霊と呼ばれるものに昇華できる」
 「…………」
 「ワシらは元々そういうものじゃ。ただワシらが居た頃には精霊とは呼ばれてなかったんでな。ニホンという国では九十九神と呼ぶ者もおったがはてさて、分かりやすい区別としては、今の精霊は前文明以降に生まれたモノ、ワシら魔属は前文明から存在している精霊と考えればよかろう」
 「…………」
 「分かったかえ?」
 頭がこんがらがっているらしいディートに確認してみるが、
 「えーっと……結構こんがらがってるんですけど、同じ存在でも新しいのが精霊で、古いのが魔属ってワケですね?」
 「ま、そういうことじゃな」
 カムナはうんうんと満足そうに頷いた。
 「なげーよ。分かりやすく『ぴちぴち』と『オイボレ』でいいじゃねーか」
 「…………」
 アルティオの奴またそんな暴言を……
 「何よー!!私までオイボレ扱いする気ー!?」
 サラが激怒する。
 たしかに、サラやリーア、それにギルスをオイボレ呼ばわりするのはかなり失礼だろう。
 「歳だけ考えりゃな。リーアだって七千歳は超えてんだぜ。あー見えても」
 「…………」
 あ、少し落ち込んでる。
 気にするなよそんなロクデナシの言うことなんて……
 ディートがよしよしとリーアの頭を撫でると少しうれしそうに笑った。
 「でも外見は歳取らないからな。その分サラやリーアは俺好み♪じじいに用はない」
 「クソガキめ……」
 これ以上アルティオなんかと言い合うのは不毛だと分かったのかカムナの方も取り合うのをやめた。
 「それで?何で魔属の人達がアルティオと知り合いなの?」
 「…………」
 結局、そこが一番の謎だった。
 人間の中でも魔属の存在を知るものは少ない。
 それなのにアルティオは知っていて、しかもこーやって一緒に酒盛りまでしてる。
 「それは……」
 サラがアルティオの背中に抱きついた。
 「アルティオとはねー、前文明からの付きあいだもーん♪ふかーいふかーい関係よぉ」
 「ん」
 リーアもこくんと頷く。
 「え……?前文明って……アルティオお前一体何歳!?」
 「…………」
 突っ込みどころはそこか……と頭を抱えながらため息をつくアルティオ。
 「俺は正真正銘今年で二十二だ!こいつら年増と一緒にすんな!」
 「え……?でも……」
 じゃあ前文明からの付き合いって……どういう事……?
 「だからーアルティオは葬……もが!?」
 何かを言おうとした口に無理矢理食べ物が突っ込まれる。
 「ふぁ……ふぁひふんふぉひょー!(な、何すんのよー!)」
 アルティオがサラを睨みつける。
 「余計なこと言うんじゃねえよ」
 「…………」
 サラはきょとんとなった後、すごく意地悪な笑い方をした。
 「ふーん。つまり、あの子に知られたくないんだぁー。アルティオがこの世界にとってどんな存在なのか」
 「…………」
 アルティオは何も言わずにそっぽ向く。
 「ま、いいわ。私が言う事でもないしね。ディート君、気になるなら本人の口から聞いてみなさい。しゃべるとは思えないけどね」
 「…………」
 「…………」
 気まずい空気が流れる。
 アルティオの正体……?
 この世界にとっての?
 よく分からない。
 気になる。
 だけど……
 「…………」
 アルティオが気まずそうな目をしてディートから視線を逸らす。
 「…………」
 つまり、これはアルティオにとって言わないんじゃなくて言えないこと。
 「いい。聞かない。誰だって知られたくない事の一つや二つぐらいあるだろうし。これ以上は聞かない」
 「あら。見た目通りやさしいのね♪」
 サラはディートをからかうように笑う。
 「…………」
 リーアは複雑そうな顔でディートを見ていた。
 ここにいる人(?)達はアルティオの事をよく知っているんだろう。俺なんかよりずっと。
 「いいんだよ。俺にとっては今一緒にいるアルティオが全てなんだから」
 今、一緒にいる、ワガママで俺サマで天才の女ったらしのロクデナシ。
 それ以上でも、それ以下でもない。
 「ディート……」
 アルティオがこのとき、少しだけ救われたような顔をした。
 「……リーア?」
 リーアが背伸びして、ディートの頭をよしよしと撫でる。
 慰めているのか、それとも褒めているのか、でも、元気付けようとしてくれている心が伝わってきた。
 「うん。ありがとう、リーア」
 ディートはリーアの頭を撫で返して精一杯笑いかけた。
 
 それからどんちゃん騒ぎが続いた後、お開きの時間になった。
 日が昇って、空が黎明にさしかかる頃、
 「さーってと!明るくなってきたことだし、帰りましょーか!」
 サラがんーっと伸びをしてお開き宣言をする。
 「ん」
 リーアもそれに倣って立ち上がった。
 「朝になったら退散するって……やっぱり陽の光は苦手なんですか?」
 根拠は無いが魔属って言う属性からして、光よりも闇に動く方が似合う言うな気がした。
 「まさか。そんなありきたりな弱点なんてありゃせんよ。ただ単に夜の方が人目につかなくて動きやすいだけじゃわい」
 やれやれと思い腰を上げるカムナじーさん。
 「精霊と魔属は相性がよくないんでな。出来るだけお互い関わらないように動くんだ」
 今まであまりしゃべらなかったギルスが説明してくれた。
 「ふーん」
 よく分からないけど、きっと魔属には魔属の事情というやつがあるのだろう。サラのすぐそばで再び空間が歪む。
 彼らの、住む世界の入り口が開いていた。
 「アルティオーまたねー♪」
 サラが軽く手を降って異空間の中へ消えていった。
 一番アルティオにべったりだったのにさっぱりとした分かれ方である。
 「ひょっひょっひょ、ではワシらも行くとするかのぅ」
 「また来る。アルティオ、ディート」
 カムナとギルスも続いて消えた。
 そしてリーアは……
 ディートの方を見上げて、
 「ま……また……来てもいい?」
 と少し恥ずかしそうに聞いてきた。
 ディートはリーアに笑いかけて、もちろんだよと頷く。
 「大事にするよ。リーアがくれた石華。今度お礼に別のモノ用意するから期待してて」
 「うん!ディートお兄ちゃん!」
 「…………」
 やっぱりいい……
 お兄ちゃん……
 ちょっとした新感覚。
 癖になりそうかも。
 …………
 いや、でもよく考えたらリーアの方が俺よりもずっと年上なんだよなぁ……
 見た目はとにかくとして。
 「…………」
 「リーア?」
 最後に、リーアが何か可哀想なものを見るような目でディートの方を見た。
 そしてアルティオに方を見て何か目くばせすると、アルティオは首を横に振る。
 「何でもない。やっぱり、自分では気づいていないんだね……」
 「リーア?」
 リーアはそれ以上何も言おうとはせず、背中を向けたまま帰ろうとする。
 「ばいばい。アルティオ、ディートお兄ちゃん。また来るね」
 リーアはそう言い残して最後に消えていった。
 「リーア……?」
 なぜだろう。
 リーアがさっき言おうとしていたことはなぜかとても大切なことのように思えた。
 もしかしたら俺の失われた過去に関係しているのかもしれない。
 アルティオは弁当の空を片付けて、まとめて袋へと詰める。
 「帰るぞ。ディート」
 「……うん」
 ディートはリーア達が消えた虚空を見つめたまま、ぼーっとしていた。
 弁当の空はアルティオが、空になった酒瓶はディートが持って帰ることになる。
 「アルティオ。時々夜中に出て行ってたよな。リーア達と会っていたのか?」
 帰り道、ディートの方から話しかける。
 「まあな。いつも唐突なんだよあいつらは。今日だって通信球で夜中に行くから弁当用意しろーっとか勝手なこと言ってきやがって……」
 ぶつくさと文句をたれるアルティオ。
 しかしこのアルティオがそんな要求を素直に聞いているあたり、リーア達との関係はそれなりに深いことが分かった。(通常ならば言うことを聞くどころか半殺しの目に遭わせているだろう)
 いつもは無敵に見えるその背中が、少しだけ小さく、寂しそうなものに見えた。
 「…………」
 知らないこと
 知りたいこと
 言いたいこと
 言えないこと
 言葉に出来ない、たくさんの想い、疑問。
 でも……
 このままじゃいけないっていうのも、ちゃんと分かってるんだ。
 だから、今は一つだけ……
 「アルティオ……」
 「んー?」
 アルティオは振り返ることなく、背中を向けたまま返事を返す。
 「俺さ、まだまだ知らない事って、沢山あると思う」
 「ああ……」
 「記憶もないし、知っていかなければならないことも、たぶん沢山、あると思う」
 「そうかもな」
 ディーとは微かに緊張して、拳を握りしめる。
 「そして、アルティオのことも、これから沢山知っていきたい」
 「…………」
 「だから俺は、アルティオが話してくれるときまで待ってるよ……」
 ディートはちょっとだけ泣きそうな顔をして笑った。
 「さっき、リーアの言っていたことも含めて、俺は待ってる……」
 「ディート……」
 その時アルティオは初めてディー度の方を振り返った。
 きっと、お互いに複雑そうな顔をしていたと思う。
 きっと、笑えてなんかいなかった。
 でも、何かが伝わった気がした。
 伝えられた気がした。
 「俺……は……」
 「アルティオ?いいよ。今無理しなくても」
 「俺はきっと、全ては話せない」
 ディートの目を真っ直ぐに見れなかった。
 無垢な心は、俺には眩しすぎて、吐き出す言葉で汚したくなかった。
 だけど、全てから逃げることも出来なくて、今ここにいることで、繋ぎ止められる何かもある。
 「一つだけ、今は一つだけ教えてやるよ……」
 「……うん」
 「ディート。お前、人殺しって、どう思う?」
 「え……?」
 唐突に聞かれた言葉。
 人殺し。
 これからアルティオが教えてくれようとしていることに、関係しているのは間違いなかった。
 きっと、俺の言葉一つでアルティオの心に大きな傷を付けるかもしれない。
 でも、嘘もつけない。
 「いい事とは、思えない……」
 「…………」
 「でも全てを否定することも、出来ない……ティシエの時みたいに、自分を守るために殺さなければいけないときも、あると思う」
 そう。ティシエは守りたかったんだと思う。
 お母さんと、自分の誇りを。
 本人は結構軽い調子だったけど、本当はすごく悩んだんだと思う。
 すごく、重たかったと思う。
 人の命は、とても重い。
 「そうか。じゃあ、意味もなく殺すのは?」
 「え……?」
 「意味もなく、その重みも知らず、多くの人間を殺すのは、許せないか?」
 「…………」
 それはよくないことだと、言いたかった。
 でも、言えなかった。
 声が、出なかった。
 「俺は、殺したよ。遠い昔、多くの命を。どうでもいい奴らの命を、根こそぎ奪った。大人も、子供も、老人も、女も、全部な。生きたいって泣き叫ぶ人々の願いを全部、俺が踏みにじった」
 「…………」
 「きっと、この世界で最も多くの人を殺したのは俺だ。そして、遠い未来、俺はきっと、同じ事をもう一度繰り返す」
 「…………」
 吐き出した気持ち
 吐き出した過去
 受け入れてとは言わない
 知って欲しかったわけでもない
 ただ俺が、隠し続けているのに限界がきただけ。
 「ディート。俺はそういう奴だ。いつもお前が言っているとおりの、ロクデナシだろう?」 史上最悪の人殺し。
 ディートは今、どんな顔をしているんだろう。
 やっぱり、軽蔑するだろうか。
 それなら、それでもいい。
 俺は、許してもらいたかった訳じゃない。
 「……それが、アルティオの過去?」
 ディートは俯いたまま、アルティオに問いかける。
 「過去の、一部だ」
 「一部……」
 つまり、すべてじゃない。
 だったら……
 「だったら俺は、もう少し待つよ。それが、その罪も、今のアルティオを形作っているものだとしたら、もっと知るべきだと思うから。アルティオを怒るかどうかは、それから決める」
 「怒るって……」
 そういう問題か?
 何かが違う気が……
 「あのね、アルティオ。俺は知っていく事って、結構大事だと思うんだ。だって、知るって事は、理解するって事だろう?」
 「…………」
 ディートは目を閉じたまま笑う。
 「俺はそういう人と人との繋がりを大事にしたい、そう思うよ」
 「…………」
 「ね?アルティオ。だから、そんなに急いで結果を求めなくてもいいんじゃないかな」
 「……バカだろ、お前」
 「お人好しと言ってくれ」
 「バーカ」
 「何だとー!!」
 アルティオはそのまま歩き出した。
 でもその背中から感じる気配が、少し和らいだように見えたのは、きっと気のせいじゃない。
 「…………」
 バカだな
 アホだな
 本当に、どうしようもないほどのお人好し。
 でも、やばいなぁ……
 この居心地の良さに慣れてしまったら、俺は……
 「……今日はこの話は終わり!帰るぞ」
 「うん」
 明るくなり始めた帰り道を、少しだけ足を速めながらあの背中に追いついた。
 「アルティオ。実は一つ困ったことが……」
 「あー?何だよ」
 「これ……」
 ディートがおずおずと出してきたのはリーアから貰った石華。
 「それがどうかしたか?」
 「花、なんだよね。一応」
 「ああ。そうだな」
 「でも……石……だよね」
 「まあな」
 「何に……植えたらいいのかな?」
 「…………」
 そう。異次元の花をくれたのはいいが、肝心の育て方が分からなかった。
 「あーそりゃー灰の中に植えとけば結構保つぞ?」
 「灰……?」
 石に……灰?
 何かしっくりと来るような……
 「水とか、あげなくていいのかな?」
 やっぱり花なんだから水は必要かな、って思うんだけど……
 「水なんかやったら枯れるぞ」
 「えー!!?」
 さ、さすがは異次元の花……
 こちらの常識が一切通用しない……のか?
 「でも半永久的に枯らさない方法もある。そこが貴重品たる所以だ」
 「え?どうすればいいの!?」
 期待に満ちた目でアルティオに問いつめるが……
 「生物の生き血」
 「……は?」
 「だから一日二、三滴、生物の生き血を垂らしてやると半永久的に保つんだよ。石華は」
 「…………」
 どこぞの吸血花か!!
 っていうかリーア……
 君は何という物騒なものを……
 「生き血がないと一ヶ月ほどで枯れる」
 「…………」
 それでも一ヶ月は保つのか……
 「と、いうわけだ。頑張って献血してくれたまえ!」
 アルティオがディートの方を軽く叩く。
 自分は関係ありません、とでも言いたげに。
 くそう……
 「まさか枯らしたりしないよなぁ〜?リーアがせっかく勇気を振り絞って愛しのディートくんにプレゼントしたってのに」
 「う……ぐ……」
 い、痛いところを……
 というか愛しのって……この花からそんな物を感じ取れと言ってもかなりの無理があるんですけど……
 「枯らしたって聞いたらリーア泣くだろうなぁ……あんなに勇気を振り絞って渡した花なのになぁ〜」
 「うぅ……」
 やっぱり、日々俺の生き血をあげなければイケマセンカ?
 せっかくのプレゼントだし仕方ないかなぁ……
 うう……
 アルティオだけが楽しそうにディートの葛藤を眺めている。
 「…………」
 ちくしょう。
 自分だけ楽しそうにしやがって。
 悪趣味め!
 
 日が昇る坂道で、二人でバカを言いながら家路へ急ぐ。
 出逢いはほんのり炭素風味。
 未来はちょっぴり流血風味。
 今日も『まるち』の住人は普通とはちょっとずれた一日を送るのでしょう。