第三章 彼女の事情

 まあ、ウチの事情やクソオヤジに対して言ってやりたいことは山ほどあるんだけど、細かいことを考えるのはもう疲れたんだよね。
 だから……
 とりあえず死ね!!

 ……と言って死んでくれたら何の苦労もないんだけどな。
 やっぱり結果を求めるには行動しなくっちゃね!
 よーし!
 では、クソオヤジ死ね死ね計画発動ー♪


































 『うぎぇあヴぉぁぁぁぉぉぉおお!』
 
 「…………」
 ああ、お馴染みとは言え気が重くなる。
 何でこんな呼鈴なんだよ……
 絶対おかしいだろー!!
 「はーい。今出まーす」
 心の中で不満をたらたら募らせながらディート少年は今日も客を出迎える。
 「こんにちはー!」
 入ってきたのは十七歳くらいの明るい感じの女の子だった。
 「こ……こんにちは……」
 ディートが呆気にとられる中、女の子はきょろきょろと店の中を見渡す。
 「えっと、もしかしてアルティオに用事……?」
 毎度の事ながら、客ではなくアルティオ目当ての女の子だと思ったのだが……
 「何?アルティオってここの店主さん?君じゃないの?」
 「俺は店員、というか雑用みたいなもの。じゃあ君はお客さんなんだね?」
 わーい!
 久しぶりのまともなお客さんだー♪
 いつもは女性がきたらこの店の中はアルティオに占領されて俺の居場所が無くなるもんなぁ……
 ……っていうか目のやり場に困るから自分から出ていくんだけどさ……
 「うん。ここって変わった薬とか売ってるんでしょ?ちょーっと欲しいものがあってさ!」
 「…………」
 やっぱりここの客にまともさを期待するのがどうかしてるのかな……
 わざわざこんな所で買いたい薬なんて結構限られてるんだけど……
 「えーっと……どんな薬がご入用……で!?」
 「いらっしゃいませー♪女の子なら大歓迎!しかもかわいい子なら割引だって考えちゃうぜ?」
 いつの間にか後ろに来ていたアルティオに無理矢理押しのけられる。
 「…………」
 ご機嫌に女の子と話しているアルティオの横で色々と扱いに不満を覚えるディート少年。
 「わぁー!かっこいいー♪あなたがここの店主さん?」
 女の子の目はアルティオに釘付けになっていた。
 「…………」
 確かに顔だけは上等だからな……
 でも大抵このパターンで当初の目的を忘れてアルティオに走る子が多いんだよなぁ……
 「いかにも。『まるち』の店主にして天才錬金術師、アルティオ・トーディロスとは俺様の事だ!」
 えっへん、威張って自己紹介をするアルティオの後ろで……
 「またの名を『フォルトゥーナの種馬』……」
 ディートがわざわざ聞こえるように呟いた。
 「余計なことは言わなくていいぜ?」
 笑顔のままアルティオがディートに蹴りを入れる。
 「種馬?」
 女の子がアルティオの方を不思議そうに見る。
 「あー……」
 これから口説き落とそうとしていたときに都合の悪い事実を知られてしまって少し気まずくなるアルティオ……
 「…………」
 ……ディートの奴、あとでシメる!!
 「♪」
 ギロッと睨まれるが、ディートは瓢々としたものである。
 「自業自得。たまにはいい薬だろ?」
 ……っていうかたまにはまともに仕事しろ。
 いくら金には困らないからって、人として問題ありすぎだから。
 「なーるほど!確かにもてそうな顔してるもんねー!女の子なんてよりどりみどりなんだぁ!」
 しかし女の子は大して気にしたふうもなく、感心していた。
 ……というより、この時点ではまだ目的を見失っていないらしい。
 「あ……ああ……まあな」
 その反応が意外だったのか、アルティオの方も歯切れが悪そうに答える。

 「で?用件は?」
 ひとまずお茶を用意して落ち着く三人。
 女の子はコーヒーを飲みながらにっこり笑って、
 「毒薬が欲しいんだけど!」
 その可愛らしい笑顔に似合わない物騒な発言をかました。
 「…………」
 「…………」
 やっぱりまともな用件じゃなかったー!!
 こんな若い女の子が毒薬買いたいなんて一体何に使うつもりなんだよぉー!!?
 ってゆーかだれに使うんだよー!!?
 「どんな毒薬がいいんだ?」
 「あれ?もっと不審がられると思ったんだけど。へー、以外にさっぱりしてるんだぁ。アルティオさんだっけ?うん!気に入ったかも!!」
 「そりゃどーも。俺は別に正義の味方って訳じゃないから、対価さえ払ってくれるのなら売る物も、売る相手も別に選ばないんだ」
 「…………」
 せ……正義の味方……
 この世でトップスリーぐらいにアルティオに似合わない言葉だなぁ……
 むしろ極悪人だし?
 「えっと、出来れば病死に見せかけるやつがいいんだけど……」
 しかも病死に見せかけるって……
 こっちの女の子もなかなかにすさんでるなぁ……
 笑顔のままなのが一層怖いよ……
 「…………」
 アルティオが少し考え込む。
 まさかこいつに限って売るのを迷っている、なんてことはあるまい。
 「いろいろあるけどどんなのがいい?『一瞬で逝きます心筋拘束』、『じわじわ逝けるぜ末期ガン』、『誰か助けて白血病(頭が禿るオマケ付き♪)』。まあ平たく言えばすぐ死ね、苦しんで死ね、絶望を味わって死ね、って感じなんだけど」
 「…………」
 隣でディートが頭を抱える。
 やっぱこいつのネーミングセンスって……
 「…………」
 女の子が真面目な顔をして考え込む。
 「よりどりみどりで迷うか?」
 アルティオがからかうように問いかける。
 女の子は難しい顔をしたまま、頷いた。
 「…………」
 やっぱり、迷ってるのかな……
 女の子だし、具体的な内容を口にされたら少しぐらい揺らぐよな……
 うん。この調子であきらめてくれないかな……
 
 なんてのはやっぱり甘い夢だったのかもしれない。
 はかなくも、女の子が次に発した言葉はディートの淡い期待を粉々に打ち砕いた。
 「うーん。さっさと死んでほしいんだけど、じわじわ苦しんで死ぬのを見るのも捨てがたいし……あー!ハゲのオマケ付きも結構魅力的なんだよねー……あー!!どーしよー!!」
 うわーっと頭を抱えて本気で悩む女の子。
 「…………」
 なんか、この子……ヤバイ……
 それほどにまで殺したい相手がいるってことか。
 笑って殺すと言い切る相手、それほどまでに憎んでいる相手とは、一体どれほどの……
 無難な線で親の仇とか……?
 「あの……誰に、使うの……?」
 悪いかもしれない、と思いながらもつい聞いてしまった。
 「ん?」
 きょとんとなってディートの方を見る女の子。
 「あ、いや……言いたくないんなら別にいいんだけど……」
 ディートがあわてて手を振る。
 にこにこ笑ってるけど、本当はドロドロの事情があるかもしれないし、気軽に聞いていい事じゃなかった……
 「ああ、ウチのクソオヤジよ」
 「お父さん!?」
 しかし女の子はあっさり教えてくれた。
 っていうか仇じゃなくて親殺し!?
 うわぁ……
 ちょっとヤバイこと聞いちゃったかも。
 「まあ、事情はいろいろあるんだけどさ、今一番殺したい相手なのよ。でもアシがつくのはよろしくないから君たちのところに来たってワケ♪」
 ふふーっとご機嫌に笑う女の子。
 「…………」
 笑いながら物騒なことを言わないでください。
 ヤバイ……
 何かこの子かなりヤバイ……
 「へー。面白そうじゃん」
 しかしアルティオだけは生き生きとした表情で女の子の方を見る。 
 「つまり、君と君のオヤジとの間には殺意を抱くほどの確執がある訳だ」
 「まーね。あいつさえくたばれば私の日常九割方平和になるし?」
 「…………」
 怖いなぁ……
 二人とも笑顔で殺意だのくたばれだの言わないでほしいんだけど……
 「よし、そんな君にはこれがおすすめだ。ズバリ!『遺言くらい聞いてやるぜ?』」
 新しい毒薬を女の子の前に置いた。
 「服毒した約十分後に心臓を止めにかかる即死性。服毒直後から体中に襲いかかる激痛。気付いたときにはもう手遅れ、死ぬ直前まで相手の意識はちゃんとあるから苦しむ様子もバッチリ観察できる!その間に恨みごとを言うなり追い打ちをかけるなり君の自由だ♪ついでに無味無臭。料理に混ぜてもばれないし痕跡も残らない!死後に解剖させてもせいぜい心不全と判定されるぐらいだ」
 「…………」
 そんな恐ろしい内容をノリノリでしゃべるな。
 「うわぁー♪それいいかも!服毒させて倒れてのたうちまわる中、クソオヤジの顔踏みつけて勝利宣言!!ああ……!考えただけで気分がいい!!」
 その様子を想像しているのか、女の子はかなりハイになっている。
 こいつらヤバ過ぎ……
 「ねぇねぇそれいくら?」
 いよいよ核心に迫ってきた。
 本気で使う気だこの子……
 「高いよ?四十万ナムス」
 「…………」
 あ、一瞬固まった。
 そして難しい顔して考え込む。
 「うー……私予算二十万しか持ってないや……」
 むむむむむー……
 「…………」
 おお、いいぞ!
 このまま諦めてくれー……って無理かなやっぱり。
 結構本気で殺意抱いちゃってるし……
 状況は違ってもいつぞやのパターンと同じで諦めてはくれないだろう。
 「ほかの毒薬も高いの?」
 「ああ。だいたい四十万から五十万が相場だ」
 「……取り置きできる?」
 「ああ。かわいい女の子の頼みとあらばもちろん♪」
 「よし。あと二カ月もあれば二十万くらい用意出来るだろうし、それまで我慢するしかないか……」
 かなり不満そうにうなっていたが、今回は二ヵ月後まで諦めてくれるみたいだ。
 その間に気が変わったりは……しないよなぁ……
 「邪魔したわね。またお金ができた頃に来るわ。これから私仕事だから」
 さっぱりとした様子で女の子が立ち上がる。
 一日でも早く残りのお金を稼がなきゃね、とガッツポーズの女の子。
 そんなに殺したいんデスカ?
 しかしアルティオは更に楽しそうだ。
 まずい兆候かもしれない。
 「けなげだねー。今からの仕事って言ったら夜の商売だろう?その歳でそこまでするぐらい必死なんだ?」
 「ア……アルティオー!!?」
 殺意にけなげもクソもあるかー!!
 っていうか女の子に対してそういう言葉はかなりよろしくないぞー!
 アルティオ笑ってるけどかなり言葉に毒があるような気が……
 珍しい。
 すごく珍しい。
 もしかしなくてもアルティオの奴この子の事……
 「…………」
 女の子は一瞬だけ恐ろしく冷たい目をした。
 しかしすぐ元通りの笑顔に戻って、
 「目的の為なら手段を選ばない主義なの♪」
 明るく答えた。
 「…………」
 っていうか今の顔すんごく怖かった。
 やっぱりこの子……本気なんだ……
 笑っているけど笑顔の裏で抑え難い殺意を渦巻かせている。
 「気に入った。今晩俺に付き合え。そうしたら二十万で売ってやるよ」
 アルティオはすごく弾んだ声でそう言った。
 「…………」
 うわー!
 本気で言ってるー!!
 アルティオが女の子に対して珍しく容赦の無い言葉を浴びせてると思ったらやっぱり気に入ってたんだー!!
 んなことだろうと思ったけどさー……
 「いいの?」
 「ああ。二十万分の奉仕はしてもらうけどな。フルコースで♪得意だろ?」
 女の子は一瞬むっとなったがすぐに不敵に笑い返した。
 「まっかせて!足腰立たなくしてやるわ♪」
 「頼もしいねぇ♪」
 「…………」
 なんつー会話だ……
 ついていけない……
 アルティオはとにかくこの子俺とあんまり歳変わらないのにな……
 「私の名前を教えておくわ。一晩一緒に過ごす相手の名前ぐらい知っておいてもらいたいしね。ティシエよ。よろしく、アルティオさん」
 「ああ。期待してるぜ、ティシエ」
 「…………」
 何も言えないよ……
 この二人、まっとうな意味でも別な意味でも怖いし……
 「じゃあアイリの噴水前で待ちあわせましょ。仕事は休むけど連絡ぐらいは入れないといけないしね」
 「了解」
 軽い調子でひらひら手を振ってティシエは店を出ていった。
 「♪」
 アルティオはご機嫌にコーヒーを飲む。
 夜がすっごく楽しみなのだろう。
 「アルティオ、ティシエの事、かなり気に入っただろ?」
 「分かるか?」
 「分かるよ……」
 分かりやすすぎるぐらいにな。
 気に入った相手には本音で行く。
 だから口も悪くなる。
 アルティオが他人を気に入るなんて、本当に珍しいけど、一体ティシエの何が気に入ったんだろう……
 まさかあのアブナイところ、とか言うんじゃ……
 怖くなって聞いてみると、
 「ん?ああ、だっていい女じゃん。ティシエ」
 「そりゃー確かに可愛いかったけど……」
 でも可愛いだけの女の子なんてアルティオの周りには腐るほど居るだろう?
 「それだけじゃなくて、中身も」
 「中身って……怖いんだけど俺は……」
 笑いながら父親殺しを宣言する女のどこがいいって言うんだよー……
 いや、アルティオならそこがいいって言いかねないけど……
 「殺したいからにはそれだけの理由があるんだろ。軽い気持ちで人を殺せるタイプじゃないよ。俺が見た限りでは」
 「…………」
 言動は軽い調子だったけどな……
 「俺が気に入ったのはティシエの行動力と考え方。女ってのは自分に降りかかった悲劇に対しては、被害者の立ち位置が殆どだろう?」
 大きな不幸な状況にあっても、その不幸を嘆くことしか、誰かの助けを待っていることしか出来ないのが大多数だ。
 少し例を外せば、我慢の限界が来て理性を失ったまま加害者を殺したりするケースもあるが。
 「でもティシエは違ったろ?あの子は自らの不幸を嘆く前に立ち向かおうとしている。まあ、殺すって方法は褒められたものじゃないが、理性を持って行動している以上それだけの理由があるんだよ。ちゃんと行動の後の結果にまで頭が回ってるしな。病死に見せかけたいと考えてるあたり相当根は深いな。だれに頼ることもなく、体張って殺すために動いている。でなければあの歳で自分から水商売なんかするかよ?目的の為なら自ら汚れることもいとわない。まったく、見上げた女だよ」
 「…………」
 た、確かに……
 アルティオが気に入りそうな要素がたくさんあるけど……
 「でもあの子、恐ろしく歪んでる気がするんだけど……」
 「バーカ、そこがいいんだよ」
 「…………」
 そうだ。こいつもバッチリ歪んでるんだった……
 もう何も言わないよ。
 好きにしてくれ……
 一応正義を志してるとはいえ、こいつといるとだんだん黒に染めあげられていってる気がする。
 ティシエの父親殺しに口を出せなくなってる時点でもう正義失格だな……

 「おっまたせー♪」
 アイリの噴水前で座っていたアルティオが、元気よく手を振る姿を見つける。
 「お、気合入ってるじゃん」
 「まーね。今日はアルティオさんに奉仕するわけだし、これくらいはね」
 ティシエは色っぽい服を選んできていた。
 胸と、太股を強調するような扇情的な服装だ。
 「アルティオでいいよ。同じベッドの中で他人行儀にされたらしらけるだろ?」
 「了解!じゃあ行こうか!アルティオ!」
 ティシエはアルティオの腕をとって歩き出す。
 腕の間からしっかりと胸が当たっていた。
 「…………」
 うーん。天国天国♪
 ここで赤くなるような純情さなどもちろんこの男にある訳が無かった。
 「まずは腹ごしらえだな。俺のおすすめの居酒屋があるからそこに行こうぜ」
 

 「…………」
 「どーした?」
 ティシエが店の前で固まっていた。
 「う、うん。ちょっと想像してたのと違ってたからびっくりしただけ」
 「穴場と言ってくれ」
 路地裏に入って見た目ちょーっとボロそうな居酒屋に足を踏み入れる。
 「いらっしゃーい、っておお!?ロクデナシ!?久しぶりだな」
 アルティオが店に入るといきなり店主らしきオッサンが失礼な出迎えをしてきた。
 「久しぶりだな。くたばりぞこない。もうろくして味まで落としてたら金は払わねーぜ?」
 しかし口の悪さではアルティオも負けてはいなかった。
 「はーっはっは!ボロいのは店だけよ!味はまだまだ保証するぜ!」
 店主が豪快に笑う。
 しかしアルティオは冷静なまま、
 「訂正願おう。ポンコツなのは店とオッサンの顔だ」
 「むっ、相変わらず失礼なガキだな」
 「出会い頭に人の事ロクデナシ呼ばわりするような奴に失礼だのなんだの言われたくねーなぁ……」
 「はーっはっはっは!ちげぇねぇ!!」
 「……なんなのこの二人」
 あほなやりとりをティシエが呆れつつも黙って見ていた。
 「その辺座っても大丈夫だぜ。椅子と机はまだ壊れてないから」
 「……うん」
 ティシエは言われた通りに進められた椅子へと座った。
 アルティオもティシエの正面へと腰かける。
 「オッサン。適当に持って来てくれ。マズくないヤツ」
 「あいよ」
 店主は今日ある材料の中から手際よく作り始める。
 手慣れた包丁裁きで次々と料理が完成していく。
 「へいおまちー。たこからにニラ玉、天ぷらの盛合わせ。ほかに希望はあるか?」
 次々にテーブルに並べられていく料理の数々。
 「あとは……そーだな、刺身あるか?」
 「あるぜ。さっきまで生きてたとびきりのヤツがな」
 「じゃあそれ」
 「高いぞ?」
 「フン。俺を誰だと思ってやがる」
 「フォルトゥーナの種馬だろ?」
 「…………」
 これが客に対する言葉か!
 ……などといまさらこのジジイに文句を垂れても仕方が無いな。
 店主は刺身の方に取り掛かる。
 「どうした?食えよ。おごるぜ?」
 「え!?だって今日は……」
 私が奉仕するはずなのに……とアルティオの方を見るが、
 「サービスサービス。いいんだよ。それは後からのお楽しみで」
 「……うん。じゃあお言葉に甘えて」
 ティシエは出された料理に手を付ける。
 「おいしい!」
 「そうだろそうだろ!」
 店主がうれしそうに答える。
 腕を振るった甲斐があるというものだ。
 「こんなボロいお店でこんなくたびれたおじさんが作ってるのに料理だけこんなにおいしいなんてちょっと不思議ー」
 ティシエは素直な感想を口にするが……
 「嬢ちゃん……ボロいは余計だぜ……あとくたびれたおじさんってゆーな!!」
 さっきまでご機嫌だった店主は一転してティシエに突っかかりだした。
 「あっはっはっは!!さすがティシエ!やっぱり最高!連れて来てよかった!」
 そしてアルティオはそのやりとりをテーブルをどんどん叩きながら笑って見ていた。
 「しっかし珍しいなぁ。お前がここにほかのヤツ連れて来るなんてさ。嬢ちゃん、あんたよっぽどこのロクデナシに気に入られたな」
 「そうなの?」
 「まあな。俺のお気に入りにしたいぐらいだ」 
 アルティオがうれしそうに笑うと店主が意外そうな顔をした。
 「おーおー!?なんだなんだ!?稀代の種馬、ついに身を固める決意でもしたかぁ!?」
 「まさか。あくまでお気に入り」
 「だってさ。やめとけよ嬢ちゃん。こんなロクデナシに本気になっても人生棒に振るだけだぜ?」
 ティシエの方を叩きながらわざわざ聞こえるように耳打ちする。
 「言いたい放題だな……」
 文句は言ってみるが慣れたものなのでそこどまりだ。
 「大丈夫。アルティオとはビジネスライク。ギブアンドテイクの関係だから♪」
 ティシエが軽い調子で言い返す。
 「おー!嬢ちゃんも結構さっぱりしてるねぇ」
 「まーね」
 「おっさん。つまみ追加。精のつくものよろしく」
 「精のつくものー!?」
 店主がげーっという顔でアルティオの方を見る。
 「これから朝まで頑張るんだよ。なー?」
 「ねー」
 にこにこと返事をしあうアルティオとティシエ。
 「本当に特殊な関係っぽいな。こいつが気に入る訳だ」
 店主は言われた通りに精のつきそうなものを追加メニューとして出してやることにした。
 「これはオマケだ」
 といって店主がテーブルに置いてきたのは精力剤の大定番マムシ酒!
 とぐろ巻いた蛇さんが丸々一匹酒瓶の中に鎮座していた。
 「……オッサン。俺ゲテモノ関係はちょっと……」
 鎮座する蛇の死骸を見つめながらアルティオが嫌そうな顔をする。
 「バカタレ!これを飲めば朝までだってバッチリ絶●!女泣かせ間違い無しなんだぞ!!」
 店主が熱く拳を握りしめて力説する。
 「……試した事あんのかよ?」
 アルティオが怪訝そうに店主の方を見ると、
 店主はにっと破顔して、
 「おうよ!若い頃はこれでよくカミさん泣かせてたもんよ!」
 がはははは、と笑うエロオヤジ一名。
 「……だから逃げられたんじゃねーの?」
 ぼそっと核心に迫る一言が店主の胸に深く刺さる。
 「がっはぁー!!て、てめえそういう事は思ってても言うんじゃねぇ!!!」
 「やっぱり逃げられたのか……」
 ちょっとカマかけてみただけなのだがホントにそんな理由だったとは……
 このオヤジ侮れん……
 「あはははは……」
 とんでもない会話の中でティシエ一人が複雑そうに笑っていた。
 

 「ごちそうさん。ほい勘定」
 アルティオが店主に金を渡して店を出ていこうとするが……
 「おーい。本当にいらね?コレ」
 いまだに未練があるのか高々に掲げられるマムシ酒。
 「いらねーよ!」
 きっぱりバッチリのーさんきゅー!
 「そんなにいいなら自分で使えよ……」
 「そうしたいのは山々なんだが相手がいなくてな……」
 「その歳で山々ゆーな……」
 まったく、六十過ぎてこのエロオヤジは……
 「店にでも行けばいいだろ?」
 「俺は金払って女を抱くのは好かん!」
 「…………」
 変なプライド持ってんなーこのオッサンも。  
 「オッサンの事情なんてどうでもいいけどさ。とにかくそれはいらねー」
 「ごちそうさま。おいしかった」
 マムシ酒には目もくれずに店を出る二人。
 中には名残惜しそうにマムシ酒を見つめるエロオヤジのみが残された。


 「…………」
 「どうだった?」
 ベッドの中でティシエが悪戯っぽく聞いてくる。
 もちろん二人とも服は着ていない。
 「すげーすげー。予想以上。その若さでよくそれだけのテクを……おにーさんちょっと見直しちゃったぜ」
 「えへへへー。客とってお金稼ぐんだから磨けるところは磨かないとねー♪」
 胸を押し付けてアルティオの上に乗っかってくるティシエ。
 「いいねぇ。本気でお気に入りにしたいかも」
 と言いながら尻を撫でるセクハラ兄さん約一名。
 「やん!私に惚れたら火傷するわよ?なーんてね!」
 ベッドの中でアホな会話が続く。
 実際ティシエのテクは最上級のものだった。
 両手の指では収まらないぐらいの女を抱いてきたが、その中でもティシエはダントツトップと言っても過言ではない。
 危うくこっちが骨抜きにされるところだったぜ。
 かくしてフォルトゥーナの種馬のプライドは守られた。
 「ティシエまだ十七そこそこだろう?すげーな」
 「え?私十七じゃないよ?」
 「ん?じゃあいくつだ?十八?まさか十六?」
 「十五」
 「…………」
 やべぇ、俺犯罪者ギリギリじゃん…… 
 って十五で水商売の上このテクかよ!?
 なんつー末恐ろしい女……
 「うーん。お兄さんびっくり」
 「みんな私の歳知ったらびっくりするんだけどね。この世界に足を踏み入れたのは十二のときなんだけどさ」
 「…………」
 すげー……
 なにがすげーってその時からオヤジ殺しの為に水商売!?
 見上げた根性だなオイ……
 「ちょっと違うかな。水商売するハメになったのはウチのクソオヤジのせい。十二歳の誕生日に問答無用で娼館に放り込まれてさ」
 「…………」
 「もちろん稼ぎはぜーんぶクソオヤジの懐。十二歳で無理矢理処女なくしちゃったときにはそりゃもー泣き喚いちゃったけどね。しかも私の懐にはビタ一文入ってこないし。少し知恵がつく頃にはオーナーたらし込んで一定以上の稼ぎはこっちに回してもらうようになったんだけどさ」
 「…………」
 「ん?どうしたのアルティオ?」
 「いや、続けて続けて」
 「え?私の身の上話なんて大して面白くないよ?」
 ティシエは首を傾げるが、
 「いや、聞いてる分にはかなり面白い」
 「……アルティオ。趣味悪いってよく言われない?」
 「しょっちゅう言われてるぞ?」
 特に相方にな。
 「身の上話も代金の内だと思ってくれ。それならいいだろ?」
 「うーん……そう来たか。なら仕方ないかなぁ……」
 こうしてティシエの身の上話は始まった。

 一番古い記憶は毎日父親に殴られているお母さんの姿。
 私は、ただ怖くて隅っこで震えていたのを覚えている。
 お母さんを殴り飽きると今度は私を殴ろうと父親が近づいてくる。
 お母さんが動かない体を引きずって私をいつも庇ってくれていた。
 その様子を、とても愉快そうに眺める父親。
 そうして、殴られまくって、ボロボロで血まみれのお母さんを、懇願するお母さんを、父親は乱暴に抱いていた。
 お母さんの悲鳴と、飛び散る紅い血と、父親の下卑た笑い声だけがいつまでも耳にこびりついていた。
 お母さんはいつも青アザだらけで、それでも私にいつも笑いかけてくれた。
 殴られすぎて顔も少し変形してたけど、私はお母さんの笑顔が世界一キレイだと信じていた。
 逃げないの?と一度だけ聞いたことがある。
 お母さんは体を震わせた後、少しだけ泣きながら……
 ごめんね、それは出来ないの、と言った。
 どうして出来ないのかその時には分からなかった。
 でもお母さんがそういうのなら本当に出来ないのだろう。
 幼い私はそれ以上考えることが出来なかった。
 父親はいつも怖かったけど、お母さんさえ私の傍にいてくれたら、いつだって安心できた。
 私はお母さんが大好きだった。
 しかし、そんな縋っているだけの時間は長くは続かなかった。
 お母さんがある日、大量に血を吐いた。
 何の病気かは私には分からなかったけど、とにかく病院に行こうと何度も言った。
 だけどお母さんは口の端に血を流しながら首を横に振る。
 大丈夫だから、心配いらないからと、真っ青な顔で私にそういった。
 私はお母さんがいなくなってしまうのが何よりも怖くて、初めて自分から父親に近づいた。
 父親の足にしがみついて訴える。
 おねがい!お母さんを病院に連れていって!!
 しかし父親はそのまま私を蹴り飛ばして愉快そうに笑う。
 血を吐きながら私に近寄ろうとするお母さんを、何度も殴って、蹴って、その顔を踏みつぶしていつまでも笑っていた。
 私は、何も出来なかった。
 あれから何日かして、お母さんは動かなくなった。
 台所で倒れているのを見つけて、私が駆け付けたときにはもうお母さんの体は冷たくなっていた。
 大好きだったお母さん。
 もう二度と、私を守ってくれることもない。
 笑いかけてくれることもない。
 私はその時大声でわんわん泣いた。
 体中の水分が無くなってもいい。
 声が涸れてもいい。
 抑えきれない悲しさを吐きだしたくて、ただ泣き続けた。
 ちょうど、私の十二歳の誕生日の日の事だった。
 台所には、倒れて動かなくなったお母さんと、床にこびりついた血と、作りかけのケーキだけがあった。
 そしてそれを父親が見つけたとき、
 なんだ、死んだのか。つまらん……
 −−−−−−
 その言葉が、耳の奥で響き続けた。
 冷たくなったお母さんを蹴り飛ばして、ゴミのように転がす。
 やめて!お母さんをこれ以上いじめないで!!
 私はこれ以上お母さんを傷つけられたくなくて、もう、安らかになってもらいたくって、お母さんの前に出て父親の凶行を止めようとした。
 じゃあ、お前が代わりに犠牲になれよ。
 私の髪の毛を乱暴に掴んで、服を破いて、父親は醜い顔を歪ませて私を無理矢理犯し続けた。
 縛りつけられた両腕。
 体中を突き抜ける痛み。
 壊れていく、からだ。
 痛くて、
 苦しくて、
 辛くて、
 私は泣き喚くことしか出来なかった。
 その中で、ただ一つ明確な言葉は、
 お母さん……
 私はお母さんを呼び続けた。
 お母さん、お母さん、と繰り返すと父親は更に私を殴り続けた。
 飛び散る血を気に留めることもなく、父親は私を陵辱し続ける。
 そうして朝まで嬲られ続けた私は、裸のまま台所の放置された。
 お母さんの死体と一緒に……
 私は痛む体を引きずって、お母さんを埋葬した。
 土を掘って、お母さんを何とか寝かせて、土をかぶせた。
 お母さんは最後まで逃げなかった。
 どうしてかは分からないけど、私は逃げた方がいいような気がした。
 このままここに居続けたら、お母さんの二の舞だから。
 
 何日分かの着替えと、お母さんが残してくれたわずかなお金と、一枚だけ、お母さんの写真を持って私は家を出た。
 逃げて、逃げて、遠くまで行けば、大丈夫。
 だから今は逃げよう。
 その先の事は、後で考えればいい。

 そうして子供の足で街境までたどり着いたとき、目の前には絶望が待っていた。
 卑しく笑う父親の姿。
 どうして……
 どうして……ここが……
 父親が私を殴る。
 殴って、蹴り飛ばして、髪の毛を掴んで私の体を引きずっていく。
 女の人がいっぱいいる建物の中へ入っていって、小さな部屋の中で私は再び父親に犯され続けた。
 いたい……
 いたいよ……!
 でもそれよりも分からないよ……
 どうしてこの男には、私の逃げる先が分かったのだろう。
 逃げられない。
 その事実が、大きな闇となって私の中に侵食する。
 そんなことを考えていると父親が醜く笑いながらその理由を教えてくれた。
 私の肉体には生まれたときから存在探知の魔法がかけられているのだと。
 どこにいっても、どこへ逃げても、俺には分かるんだよ。お前は一生俺から逃げられない。
 …………
 頭が、真っ白になった。
 そして、怖くなってもう一つ聞いた。
 お母さんにも同じ魔法をかけていたのか、と。
 しかし父親は首を振る。
 お前にしかしかけていない。あのバカ女にはそれで十分だからな。
 私は、震えながら泣き続けた。
 じゃあ、お母さんは、お母さんだけならいつだって逃げられたのに……
 私のためにずっと……
 私のせいでずっと……!
 こんな下衆野郎の傍に居たって言うの!?
 そんなのって……ないよ!!
 お母さん
 お母さん……
 ごめんなさい。
 私がいたから、
 私のせいで、お母さんはこんな奴に殺された。
 私は涙を流し続けたまま、父親を睨みつける。
 裸のまま、まだ父親と繋がったまま、罵倒し続ける。
 お前が死ねばよかったんだ!
 お母さんが死ぬ必要なんてどこにもない!!
 小さな体で、力の足りない両手で、父親の顔面を叩き続ける。
 大して効いてはいないのだろうが、この男には私のそんな小さな抵抗さえ許されないらしい。
 父親はそのまま重い拳を私のみぞおちにぶつけて黙らせる。
 それから何度も何度も陵辱されて、気がついたら私はここに売られていた。
 
 お母さん、ごめんなさい。
 私のせいで、お母さんはあんな目に遭い続けてたんだよね?
 結局、あの男にとって、お母さんも、私も、退屈しのぎの玩具でしかなかったのだ。
 だから、棄てられた。
 いらなくなったら、棄てられる。
 それから、たくさんの知らない男たちに陵辱され続けた。
 この体はもう、汚れ過ぎてしまった。
 キレイなままじゃいられない。
 だったらもういいや。
 汚くなろう。
 身も、心も汚くなって、せめてお母さんの復讐だけでも果たそう。
 私はあいつを許さない。
 絶対、絶対、いつか殺してやる!
 お母さんの仇だけど、お母さんのためじゃなくて私のために。
 お母さんはきっとこんなことをしても喜ばない。
 だからこれは私のエゴだ。
 それに、あの男を殺さないと、私は自由になれない。
 そうやって、何も分からないまま日々を過ごすのに半年。
 父親を殺すという決断に至るまでもう半年。
 お金が必要だと分かるまで一年。
 オーナーをたらし込んで稼ぎを回してもらう知恵を付けるのに半年。
 残りの半年は情報収集と微々たるお金の貯蓄に半年。
 そしてわずかなお金もたまって、変わった薬を売っている店がある、と客から聞きだしたのが最近の事。
 やっと、殺す手段を手に入れようと、今に至る。

 「と、言う訳なんだけどどう?つまんないでしょ?」
 「というかそりゃー殺意ぐらい抱くわな……」
 アルティオはうんうんと納得するように頷いた。
 「あ やっぱり?私が特別気が短い訳じゃないよね?ふつーこんだけされたら殺したくなるよね?」
 「…………」
 あはははー、と明るく笑うティシエをアルティオがそっと抱きしめる。
 「どうしたの?アルティオ……?」
 「いや、こーゆーのに飢えてんじゃないかなーと思って」
 アルティオはそのままティシエの頭を何度も撫でた。
 ティシエは少しだけ複雑そうな顔をした。
 アルティオの胸に顔を埋めて、
 「うん……少しだけ……飢えてたかな……不覚にも、結構うれしいかも……」
 顔を上げないまま、ティシエはアルティオに身を任せた。
 「…………」
 誰かに頭を撫でてもらうのって、こんなにほっとすることだったんだ……
 ずっと、忘れてたな。こんな感覚……
 「……うん。確かにかかってるな。タチの悪い存在探知が」
 「分かるの!?」
 「オイオイ。これでも超・一流の錬金術師サマだぞ!?」
 「そういえばそうだったっけ?忘れてた」
 「…………」
 アルティオは面白くなさそうな顔をして、ティシエの後頭部に手をあてる。
 「アルティオ?」
 アルティオの手があったかい。
 体温じゃない。
 これはもっと別の熱。
 その熱が、ティシエの中で弾けた。
 「!」
 「な、何!?何したの!?」
 訳が分からないティシエはアルティオの方を見る。
 「何って、解呪してやったんだろ。ティシエにかけられていた存在探知」
 「え……?」
 解呪……された……?
 私を、ずっと縛り付けていたものを、こんなに簡単に……?
  「どうする?これでティシエは自由だ。逃げることだって出来るぜ?」
 「…………」
 逃げる……?
 私が……?
 お母さんの仇も討てないまま?
 私の……十五年間をボロボロにしてくれたあのクソ野郎に何一つ復讐できないまま?
 「冗談じゃないわ。あいつだけは、絶対私が殺すんだから!」
 恐怖に縛り付けられていた幼い頃とは違う。
 私は、逃げない。
 「いい女だなぁ。やっぱり、ますます気に入ったよ」
 アルティオはそのままティシエを押し倒した。
 「でも解呪してくれたことは礼を言うわ。ありがとう、アルティオ」
 ティシエはアルティオに顔を近づけて軽くキスをした。
 「こんなキスよりももっと違う礼がいい」
 「何がいいの?」
 「もーいっかい♪」
 がばーっとティシエに覆い被さったアルティオは再びティシエを抱いた。
 

 「さすがフォルトゥーナの種馬。底なしなんじゃないの?」
 「いやーそれほどでもあるけどな♪」
 照れるアルティオ。
 褒めてない、褒めてない。
 アルティオがティシエの頬に優しく触れる。
 「やっぱり、逃げないんだな。ティシエ」
 「うん」
 「いいねえ。決して安易な方へと逃げ込まない。いい女だ!俺の愛人にならない?」
 スリスリとティシエの胸にすり寄るアルティオ。
 「あははは。愛人なんだ」
 「うん」
 「本命は別にいるの?」
 「まだいない。敢えて言うなら俺は運命の出逢いを待っているのさ♪」
 「…………」
 ティシエ絶句。
 女ったらし、フォルトゥーナの種馬。
 一途とはほど遠いこのアルティオが運命の出逢いーー!!!???
 「あっはっはっはっは!!似合わなすぎ!!!」
 アルティオの下で腹を抱えて笑い続けるティシエ。
 もー傑作!!というぐらいに思いっきり笑っていた。
 「……そこまで笑うか!」
 うにににに〜っとティシエの頬を引っ張るアルティオ。
 「いひゃいいひゃい〜〜」
 引っ張られながらも笑い続けるティシエ。
 「むっ……」
 さすがにちょっとむっと来たのか、このあとちょっとティシエは泣かされることになる。
 ……いい意味で。


 「あいたたたた……アルティオってば容赦ないなぁ〜……」
 腰を押さえながら少し文句を言うティシエ。
 「自業自得。俺様の純情を笑うからだ」
 「あはは!だって絶対純情に見えないしー?」
 「まだ言うか!」
 梅干しを喰らわせてやろうとティシエに近づくが軽くかわされた。
 「ありがとう。今日は楽しかったわ」
 「俺も楽しませてもらった。いつつかうんだ?あの薬」
 「明日」
 「早っ!!」
 ティシエは即答で答えた。
 「明日ウチのクソオヤジが店に来るから。私の稼いだお金を受け取りにね。で、ついでに私ともヤリに来るから。食事にでも盛ってやるわ♪」
 うふふーっと乗り気のティシエ。
 父親を殺すことには何のためらいもないようだ。
 「いつ頃来るんだ?」
 「うーん、多分六時過ぎぐらいかな。何でそんな事聞くの?」
 「いや、見物に行こうと思ってさ。面白そうじゃんか」
 「あはは。やっぱりアルティオって悪趣味ー!」
 軽く文句を言われたが来るなとも言わなかった。
 つまり見物はオッケーらしい。
 「バイバイ。アルティオ。見物に来るんだったらまた明日会えるわね」
 「期待してろよ。祝い酒、奮発してやるからさ♪」
 「えー!?ホントに!?期待するする!」
 こうして、お互い笑いながら別れた。


 「おーい。今帰ったぞー」
 「おかえり……」
 朝帰りの主をジト目で睨むディート。
 「メシ」
 「食ってないのかよ……」
 ティーとはのろのろとした動作で食事の準備を始める。
 「いやー、ついさっきまで頑張ってたもんで♪」
 「…………」
 わざわざ言わなくていい!!
 欲求不満完全解消!みたいな顔で帰ってきたかと思ったらコレだ。
 さすが種馬。
 底無し、容赦無し、節操無しかよ……
 あんな女の子相手によくあそこまで……
 「それがさ。ティシエの奴すっごいテクでさー、お兄さんびっくり♪」
 「聞いてねーよ!!」
 その辺の小瓶をアルティオに投げつける。
 アルティオは何でもないように小瓶を受け止めて、さらに続ける。
 「気付いてたか?ティシエってさ、まだ十五なんだって」
 「…………」
 ディートは手に持っていた醤油瓶を床に落とした。
 じゅ……十五ーー!!?
 お……俺より年下ー!!?
 あ、ありえねー!!!
 「俺の愛人にならないかってモーションかけたんだけど断られた」
 「…………」
 ナイス!ティシエ!!
 「よっぽど気に入ったな」
 出来上がった朝食をテーブルに置いて、ディートは呆れたようにアルティオを見る。
 「すっげー気に入った。決行は明日らしいから俺も見物に行くことにした」
 「いや、それはどーよ?」
 殺人現場の見物って……
 こいつ悪趣味通り越して人としてヤバ過ぎ。
 「だめだろ!?それはさすがに……」
 「ティシエは嫌がらなかったぞ?祝い酒持って行くって言ったら大喜びしてた」
 「…………」
 この二人は……!!
 もう好きにしろよ!
 俺はこの件には関わらねぇ!
 「♪」
 アルティオはご機嫌に朝食を食べていた。
 これから自分の造った毒薬で人が殺されるって時にこれだけ機嫌が良くなるあたりこいつの人間性にどれだけ問題があるか考えるまでもないだろう。


 「…………」
 ティシエは服も着ないままベッドに横たわっていた。
 体にはまだ、父親の熱が残っている。
 さっきまで散々好き放題されていた。
 犯され、殴られ、その痛みと苦しみに歪んだ表情を楽しむ。
 この男の嗜好は、いつもこうだ。
 そしてあるていど満足したらルームサービスを頼んで帰っていく。
 ティシエは満足に動けないまま、固いベッドへと投げ捨てられていた。
 
 コンコン、と部屋の戸が叩かれる。
 「失礼いたします。お食事をお持ちいたしました」
 温かい食事。いいにおいが漂ってくる。
 「ホラ、とっとと出ろよ!このグズ!!」
 父親は服を着ないまま、倒れているティシエの体を蹴り飛ばす。
 ティシエの体はドアの近くまでふっ飛ばされた。
 「うっ……!!」
 壁に体を叩きつけられたティシエは重たい体を何とか動かして、食事を受け取る。
 「どうぞ……」
 父親のところにまで持って行って、置いた。
 「ふん。遅いんだよ!」
 バシン、とまた力いっぱい殴られた。
 いつも、いつもこんな、理不尽な扱いを受けてきた。
 私も……そしてお母さんも……
 「…………」
 でも、それも今日で最後。
 その食事にはアルティオから買った毒薬が盛ってある。
 食べたら最後。
 苦しみ、のたうちまわって死ぬがいい。
 それが、お母さんと、私を踏みにじり続けたお前に相応しい死に様だ!
 「…………」
 そうして、父親が食事を口に運ぶ。
 「…………」
 あれ……?
 「…………」
 もぐもぐもぐもぐ……
 父親は変わった様子もなく食事を続ける。
 「…………」
 お…おっかしーなぁ……
 まさかアルティオに限って不良品なんて事はない……と思うんだけど……
 信じてるからね!!
 「…………!」
 そして食事をすべて平らげた頃、期待の反応を見せてくれた。
 父親が胸を抑えてその場に倒れた。
 「!」
 やった!大成功!!
 ティシエはシーツをまとって父親の前に立つ。
 その瞳には一片の罪悪感も宿っていなかった。
 「あー良かった。ちゃんと効いてくれて」
 クスクスと笑いながら父親を見下ろすティシエ。
 本当に、うれしそうに笑っていた。
 のたうちまわる父親を見て、いい気味だと本気で思っていた。
 「ティ……シエ……!!」
 父親は苦しそうにうめきながらティシエの方を見上げる。
 「苦しい?でもそんなの私とお母さんが味わってきた痛みに比べたら全然大したことないでしょう?」
 楽しそうに笑うティシエ、激痛に苛まれる父親。
 「お前……毒を、盛ったのか!?実の……父親を……殺すつもりか……!!」
 「…………」
 楽しそうに笑っていたティシエはその笑顔を崩し、父親を蹴り飛ばす。
 「ぐっ……!」
 ふん、と腕を組みながら父親を睨みつけた。
 「これぐらい、当然の報いだわ!お母さんを殺したくせに!!よくも自分だけそんな事言えたもんね!!」
 「…………」
 しかしこの男はこれっぽっちもそれが悪い事などとは思っていないのだろう。
 この、クソ野郎にとっては、ただの退屈凌ぎでしかなかったのだから。
 ティシエは父親の顔を踏みつけて、
 「遺言ぐらいなら聞いてあげる」
 毒薬の名前にちなんだ言葉を口にした。
 「こ……の……」
 しかし遺言など残すつもりは毛頭無いらしく、今までただ支配してきた玩具に牙を向かれたのがこの上なく腹立たしいようだ。
 「ま、ないならいいけど」
 ティシエも別に無理に聞こうとは思っていない。
 この男が、しゃべるだけで勘に障る。
 断末魔の悲鳴を上げながら死んでいってくれればそれでいい。
 これで、私は自由になれる。
 「さようなら。あんたはお母さんと同じ場所には行けない。一人惨めに地獄に落ちろ!」
 笑ってやった。
 思いっきり、
 愉快に、
 このクソ野郎がもっと惨めな気持ちになれるように。
 苦しみながら、絶望を味わいながら孤独に死んでいけ!
 お前にはそれがお似合いだ!
 
 それは、一瞬の事。
 「え……?」
 突然、腹部に走る激痛。
 冷たい、刃物の感触。
 深々と突き刺さっている、果物ナイフ。
 「あ……」
 まとっていたシーツが紅い血で染まっていく。
 「この……クソ野郎……!!」
 「お前も、道連れにしてやる!」
 父親はナイフを手放して、そのまま倒れた。
 体中、激痛に苛まれているはずなのに、愉快そうに笑っていた。
 「ティシエ……言ったはずだ。お前は、一生俺から逃れられない……死ぬまでな……はは……ざまあみろ……」
 のたうちまわりながら、狂ったように笑う醜い顔。
 「…………」
 笑うな!胸糞悪い!!
 勝ったのは私なんだ!
 誰がお前なんかの道連れになんかなってやるものか!!
 「一人で死ね!クソ野郎!!」
 父親はもう絶命していた。
 目を見開いたまま。
 「死んだ……?ははは……ざまあみろ!!……っ!」
 ティシエは自分の腹に刺さったナイフを抜き取る。
 「あ……ぐ……!!」
 鋭い痛みが体中に突き抜ける。
 痛い……
 でも、痛みなら、苦しみなら、この十五年間ずっと味わってきた。
 クソオヤジが死んでやっと自由になれるんだ。
 こんなところで死んでたまるか!
 「う……」
 しかし、強がっては見たものの、これは本気でヤバイかも……
 シーツにはどんどん血がにじんでいく。
 「あはは……やばいかなぁ……私……」
 口の中にまで血が込み上げてきた。
 血の味が、気持ち悪くなって吐きだす。
 「助けて……」
 初めて、お母さんが死んで初めて、弱音を吐いた。
 「助けて……誰か……私、まだ死にたくない……」
 ポロポロと流れ落ちる涙。
 ばか。
 誰も助けてくれるわけない。
 お母さんはもういない。
 友達だってもういない。
 私が死んでも、誰も困らない。
 あーあ、ばかだなぁ、私。
 こんな事なら友達ぐらい作っておけば良かった。
 たった一人を殺すためにずっと費やしてきた三年間。
 こんな風に終わるくらいなら、もっとあったかいものも、手に入れてみたかったな。
 「お母さん……」
 私も、お母さんと同じところには行けないね……
 「アルティオ……」
 思い出した。
 あったかかった、アルティオの手。
 私、ほんの少しだけ、アルティオの事好きだったのかなぁ……
 「アルティオ……」
 最後に、もう一度会いたかったかも……
 「ティシエ!!」
 その時勢いよく部屋のドアが開け放たれた。
 「…………」
 そこには、息を切らせたアルティオの姿があった。
 「アル……ティオ……?」
 アルティオはティシエを抱き起こして、血止めの魔法をかける。
 「えへへ……アルティオ、私……殺してやったよ……でも、最後にちょっとヘマしちゃってさ。情けないなぁ……」
 血を吐きながらアルティオに笑いかける。
 「あんまりしゃべるな。話なら後で聞いてやるから」
 「私、死ぬのかなぁ……?」
 「大丈夫だろ。幸い急所は逸れてるし、後はこの天才錬金術師サマに任せな」
 「うん。また……あとでね……」
 アルティオの腕の中で安心しきったティシエはそのまま静かに眠った。
 
 お母さん……
 仇、うったよ……
 私、これで自由なんだ……
 でも、これから何していいか、まだ分からないんだ……
 「お母さん……」
 「だーれがおかーさんだって?」
 「ふぇ?」
 ほほをぐいーっと引っ張られて目が醒めるティシエ。
 「アルティオ……?」
 「この色男を掴まえて『お母さん』はねーだろ?」
 「あはは、ごめん。寝ぼけてたみたい……いたたたた!!」
 起き上がろうとするとお腹がすごく痛かった。
 「無理すんなよ。まだ絶対安静なんだから。っつーかあんまり無理すると、死ぬぞ♪」
 笑顔で凍りつくような事を言うアルティオ。
 「あー……そういえば……」
 私、あいつに刺されたんだっけ?
 「アルティオが、助けてくれたんだ……」
 「その通り。うらやまってへつらえ!」
 「ありがと……」
 ティシエはベッドに横たわった。
 「もーびっくりしたぞ。見物に行くつもりで店に入ってティシエを指名したらいきなり血まみれで倒れてんだもんよ。ツメが甘いんだよ」
 「うー……返す言葉もございませんデス……」
 本当に最後の最後でツメを誤ってしまった。
 情けなくなったティシエは涙目のまま布団を顔半分かぶった。
 そこにアルティオの手がやさしく添えられる。
 「でも、良かったな。ちゃんと殺せて」
 なでなでしながら物騒な発言をかますロクデナシ。
 「うん!」
 そしてそれに対してうれしそうに笑うロクデナシ予備軍。
 「これからどうする?」
 「…………」
 「ティシエ?」
 ティシエは困ったように黙りこんだ。
 「実はさ……クソオヤジ殺すので頭一杯だったんで正直その先は考えてなかったんだよねー……あははははー……」
 「…………」
 笑い事じゃねーよな……
 ティシエらしいと言えばそれまでだけど。
 「どうしたらいいのかよく分かんないってのも大きいんだけどね」
 自由って言うのは、初めての感覚だから。
 「じゃあティシエは今何が一番やりたいんだ?」
 「やりたい事……?」
 うーん、とまじめに考え込んでみる。
 何がやりたいんだろう、私。
 死ぬかなって思ったとき、一番心残りだったこと……
 それは……
 「やりたい事、というよりなってみたいものはあるかな……」 
 ティシエはアルティオに笑いかける。
 「何?」
 「アルティオの彼女」
 「おー♪ついに愛人になる決心をしてくれたのか!?」
 アルティオは目を輝かせるが、
 「ならない」
 「……オイ」
 ヌカ喜びさせんなよ……
 「私がなりたいのはアルティオの本命。愛人はヤ」
 やっぱり想われるなら一番がいい。
 でもアルティオは……
 「…………」
 「だから、私を一番に想ってくれる人との出会いを待ってみるよ。アルティオみたいにね」
 「……愛人はダメか」
 結構がっかりしているらしいアルティオは割と本気でため息をついた。
 「アルティオってさ、運命の出会いを待ってるって言ってたけど、本当はたった一人の人を待っているんでしょ?」
 「ティシエ?」
 「運命の出会いじゃなくて、その人と出会える運命を待っている。違う?」
 「何でそう思うんだ?」
 ティシエはアルティオの唇に人差し指を軽く充てて、
 「女のカン♪」
 と呟いた。
 「へぇー」
 「で?どうなの?当たってる?」
 「……ヒミツ♪」
 アルティオは悪戯っぽく笑っただけだった。
 ティシエもこれ以上は聞こうとしない。
 一瞬だけ余裕に満ちた表情が崩れたのを見て、答えが分かったから。
 「私も待ってみるよ。たった一人との出会いってヤツをさ」
 「そっか。でも俺様よりイイ男を探そうと思ったらかなり難しいぞ?」
 自信家約一名。
 「そうかもね。でもいるところにはいるかもよ?」
 ティシエは明るく笑う。
 もう、何も縛られなくていい。
 私は、どこにだって行けるし、なんにだってなれる。
 運命だって、この手で引き寄せて見せるんだから!


 「と、いうのがティシエのオヤジ殺しの顛末だ」
 『まるち』へと戻ったアルティオは事の顛末をディートにも話してやった。
 「……なんか、凄まじいね。ティシエも、ティシエのお父さんも……」
 たとえ自分か殺されてもティシエも道連れにしようとするなんて、転んでもただでは起きないというか、筋金入りで根性腐ってるというか……
 ティシエがお父さんに殺意を抱くのはよく分かったけれど、それを差し引いてもティシエの行動も大分歪んでる気がするし……
 「一つ、謎が残ってるんだけど」
 「ん?」
 「ティシエはまだ入院してるんだよね?」
 「ああ」
 腹部をさされて重傷だったティシエはアルティオの応急処置が終わった後、速やかに診療所へと運ばれた。
 現在は入院中である。
 「じゃあ、ティシエのお父さんの葬式とか、お墓とか、どうなったんだろう……」
 どんな悪人でも死んでしまえばただの肉片。
 同じモノになる。
 そしてティシエのお父さんは……
 「してないだろ。葬式なんて。する身内がいないんだから」
 「ティシエは?」
 「すると思うか?」
 「……思わない」
 っていうか殺した相手に葬送されたくないだろうし……ティシエのお父さんも……
 「じゃあお墓は!?」
 さすがに、お墓ぐらいは……
 「…………」
 「アルティオ?」
 「ティシエの言葉、そのまま言うぞ?」
 「……うん」
 「ああ、あいつなら無縁仏に放り込んでやった!本当なら海なり山なり棄ててきたかったんだけどねー♪ま、今回はこれで妥協しましょう!」
 「…………」
 惨い……
 死んでまでもこの扱い……
 相当に根が深い。
 まー分からなくもないけどさ。
 「ティシエ、退院したらどうするんだろう……」
 「旅に出るって言ってたぞ」
 「旅ー!?」
 また唐突な……
 十五年間、この土地に縛りつけられていた反動か!?
 「いや、世界中を旅してこの俺様よりイイ男を探し出してモノにするそうだ」
 「…………」
 ディート絶句。
 アルティオも腕を組んでため息をつく。
 「まったく、そんな事しなくても素直に俺の愛人になってくれればいいものを……」
 「…………」
 いや、それもちょっと違うような……
 とにかくティシエは大丈夫らしい。
 お父さんの事は何とも言えないけど……
 でもティシエが選んだことだし、起こったことはもうやり直せないから。
 彼女の幸せを願おう。
 自由にどこにでも行けるようになったティシエがいつか、アルティオなんかよりずっといい男を掴まえられるように。
 「ディート」
 「何?」
 「酒買って来い」
 「はぁ!?昼間っから酒かよ!?」
 「ヤケ酒だよ。いいから買って来い」
 結構ティシエに執着していたらしいアルティオは腹いせにこれからヤケ酒を煽るようだ。
 「ハイハイ。ふられた可哀想なご主人様の為に買ってきますよー」
 昼間っから酒を飲むのは感心しないがその程度なら自分に被害は及ばないのでおとなしく言うことを聞くことにする。
 「行ってきまーす」
 ディートはまだ明るい街中へ、酒をゲットするべく繰り出した。
 
 本日のロクデナシは珍しく落ち込みモードでありましたとさ。