パパの縁談

 「縁談……ですか?」
 グナハーンの国家魔法師リヴィオヴェルク・サルヴァムは謁見の間でそんな話を持ちかけられた。
 「そう。リヴィオヴェルク。君ももう二十八だ。そろそろ身を固めてもいいのではないかと思ってな」
 グナハーン国王、翅月・ユーリアス・グナハーンは新任の国家魔法師に縁談の話を持ちかける。
 「はぁ……」
 しかしリヴィオヴェルクの方はあまり乗り気ではなかった。
 正直、国家魔法師になったばかりで、自分の結婚にまで頭は回っていないのだ。
 魔法師は歳をとるのが遅いので普通に三十代後半から四十代後半が適齢期とされている。
 「相手の名はラクス・ミハル・グナハーン。俺の姪だ」
 「王族!?」
 さすがにこれにはリヴィオヴェルクも我が耳を疑った。
 一体、何がどうなって、この新米国家魔法師に王族との縁談が持ちかけられているのか。
 「ラクスも今年で十八だし。外見だけ見れば君と釣り合うと思うんだが」
 「はぁ……そうかもしれませんね……」
 普通王族ならもっと力のある国や貴族などに嫁入りさせそうなものなんだが……
 自分なんかと結婚しても政略的には何のメリットもないと思うし。
 「まぁ、会うだけ会ってみてくれ」
 「え!?」 「これは命令だ」 「…………」
 それは職権乱用だ、と言い返したかった。
 言えなかったけど……

 そして縁談……というかお見合い当日……
 「ハァ……」
 王家の別荘を貸し切ってお見合いが行われるらしいのだが、未だに相手の姿は見えない。
 リヴィオヴェルクは溜息混じりに庭を散策していた。
 「僕、まだ結婚する気無かったんだけどなぁ……」
 師匠の元を離れて、ようやく国家魔法師として一歩を踏み出した。
 まだまだ未熟だけど、それでも認められるために精一杯やっていこうと決意したばかり。
 正直、嫁さんにまで気を回す余裕は今の自分にはありそうにない。
 ワーカーホリックで妻をほったらかしにするどこぞのロクデナシになりそうで気が進まない。
 しかし陛下の命令とあればそうもいかない。
 「会うだけって言われてもなぁ……」
 既に断りづらい状況に追い込まれている気がするし……
 「へ……?」
 リヴィオヴェルクは一瞬目を疑うものを見た。
 「……えっと」
 メイド服を着た女性が木によじ登って壁を越えようとしている。
 しかし思いの外壁が高くて上手く乗り移れないで居た。
 「ってゆーかあのままじゃ落ちるんじゃ……」
 結構きわどいバランスで木の上に乗っているメイドさん。
 何とか壁に飛び移ろうとして……
 「うわっ!!?」 滑り落ちる。
 「…………」
 地面までは約五メートル。
 リヴィオヴェルクが風の魔法でメイドさんを地面の衝突から免れさせた。
 そして……
 「え!?え!?あれ!?」
 体がフワフワと宙に浮かびながら、目的に壁の上へと移動していった。
 「大丈夫ですか?」
 リヴィオヴェルクがしたから声を掛ける。
 「え、ええ。ありがとう」
 メイドさんはスカートを手で押さえながらお礼を言った。
 「どういたしまして。ところで……」
 「何?」
 「その壁からどうやって下に降りるんですか?」
 「え?だからこのロープで……ロープ……ろーぷ!?」
 自分の手をワキワキと握りながら自分の手にあるはずのロープが無いことに気がついた。
 「あー!!?」
 メイドさんが指さした先には呑気にぶら下がるロープが一本。
 しまったーっと頭を抱えながら壁の外に出ることも戻ることも出来なくなったメイドさんはパニクリ始めた。
 「どーしよー!どうしよう!!早くしないと見つかるー!!」
 おろおろと慌てるメイドさん。
 どうやらここを脱走したいらしい。
 「ここから出たいんですか?」
 「そーよ!今取り込んでんだから邪魔しないで!!」
 「…………」
 いくら取り込んでいても八方ふさがりでは意味がないのでは?と思ったが聞いてもらえそうにないので黙っておいた。
 メイドさんが脱走とは……ここの待遇がよっぽど酷いのか、それとも他に逃げ出したい事情でもあるのか。
 「仕方ないなぁ……」
 困っている人を見過ごすのは主義に反する。
 それがたとえ脱走犯でも。

 「お手をどうぞ。メイドさん」
 「うわー!?う…浮いてるー!?」
 リヴィオヴェルクは風を纏ってメイドさんの所まで飛んで移動した。
 「外に出たいんでしょう?連れ出してあげますよ」
 「……いいの?」 「ええ」
 メイドさんはリヴィオヴェルクの手を取って無事城の外へと脱出した。
 「ありがとう。本当に助かったわ」
 「どういたしまして。このあとどうするんですか?」
 脱走者ともなれば多少問題あるだろうし、まさかこのままお家に帰るー、などとは言い出さないだろう。
 「うん。まだ家には帰れないから今日一日は街で時間潰すわ。要は今日一日逃げ切ればいいんだから」
 「今日一日?」 「そ。一日待ちぼうけ喰らわされれば相手も怒って断ってくれるでしょ」
 「?」
 なにやら脱走メイドという境遇らしからぬ話。
 「あのー……」 「何?」 「君、本当にメイドさんですか?」 「え?」
 明らかにバヤイ、といった顔になったメイド……もとい偽メイドさん?
 「あはは。実はこれあの城のメイドさんに借りて来ちゃった!」
 「何でまた……」
 「だって元のドレスのままじゃ逃げるにも目立ちすぎるし」
 「ドレス?」
 「今日のお見合いさえ凌ぎきれば叔父上も当分諦めてくれるだろうし、今日が踏ん張りどころなのよ!」
 「…………」
 「あれ?どうかした?何か固まっちゃってるんだけど……」
 ぱたぱたと目の前で手を振る偽メイドさん。
 しかしリヴィオヴェルクは固まったまま恐る恐る指さす。
 「あの……もしかしなくても……ラクス・ミハル・グナハーンさんですか?」
 「うん。よく知ってるわね。あ、そうか。あの場所にいたんなら話はいっててもおかしくないか」
 うんうんと一人納得したり考え込んだり忙しいラクス嬢だった。
 「…………」
 うわー、マジですか? この人が縁談相手?
 しかも早速脱走されてるし。(手を貸しておいて言うセリフではないが)
 「そーだ。お兄さん。ちょっと私に付き合わない?手伝ってくれたお礼にお茶ぐらいおごるわよ?」
 「え?いやでも……」 「よし、決まり!行こう行こう!!」
 ぐいぐいとリヴィオヴェルクの手を引っ張るラクス。
 「…………」 かなり強引だ……
 というか僕も脱走したことになるのかなぁ……
 陛下に怒られなきゃいいけど……

 「はい。遠慮無く食べちゃって!私のおごりだから!」
 ラクスはテーブル一杯に出された料理の前で手を広げてリヴィオヴェルクに勧める。
 「はあ……どうも……」
 リヴィオヴェルクも空腹だったのでひとまず食べることにする。
 「あの……ラクスさん」 「何?」 「どうして、脱走しようなんて思ったんですか?」
 「…………」
 「いえ。言いたくないんならいいんですけど」
 もしかしたら自分との結婚がそこまで嫌だった、という結構凹む答えかもしれないし。
 「私ね、どうしてこの年になって結構得していないか分かる?」
 「え?さぁ、分かりませんけど……」
 ラクスはフォークを置いて語り出す。
 「親がね、どてもじゃないけど政略結婚には使えないって言うのよ」
 「はぁ、それはまたどうして……」
 「私が王族や貴族に嫁入りできる性格じゃないんだって」
 「ちょっと分かる気が……」 「なんか言った?」 「いえ!何も!!」
 睨みつけるラクスに慌てて手を振って誤魔化すリヴィオヴェルク。
 「それで、叔父上が国家魔法師との縁談を持ってきたの」
 「…………」 何故ここで僕が?陛下?
 「国家魔法師といっても新米で、貴族意識なんて全然持っていないだろうから私なんかを押しつけられても疎まれることはないだろうって」
 「…………」
 なんか厄介払いの受け皿にされている気がしてきたんですけど……
 「そんな厄介払いみたいに嫁がされるのは嫌だし、私なんかを貰う国家魔法師の人も嫌がるでしょ?こんなんじゃ」
 「…………」
 「私はもう一人でいいんだ。どうせ今から女の子らしくなんて出来ないし、肩身が狭くなったら家を出てどっかで働くわ」
 「なるほど。それで脱走してたんですね?」
 「そう。メイド服奪い取ってきてね」
 「…………」
 「あ……」
 ラクスがしまった、と目を逸らす。
 「あのー……さっき借りてきたって言ってませんでした?」
 「か…借りたわよ!ちゃんと後で返すもの!ゆ……郵送で!!」
 「……ちなみに、どんな手段をつかって借りたんですか?」
 「……城のメイドさんふんじばって無理矢理服取り替えた」
 「…………」
 「今頃は掃除用具入れの中で暴れてると思う……」
 「…………」
 リヴィオヴェルクもさすがにこれには頭を抱えた。
 こ……この人が僕の結婚するはずだった相手?
 一応、姫なんだよね……?
 何というか……がさつ、乱暴通り越して人としてかなり……
 「それに新米って言っても相手は二十八だって言うし、私から見ればすっごいおじさんだもん」
 「……すみません」 「え?何であなたが謝るのよ?」
 「いや……その……僕も二十八なんで……」
 「えー!?」
 ラクスはリヴィオヴェルクを指さしてまじまじとその顔を観察する。
 「うーん……見えない。どう見ても私と同世代……詐欺だわ」
 「…………」
 詐欺まで言わないで欲しいなぁ。 僕が詐欺なら師匠は……
 「でもそういうのも悪くないと思うわ」 「え?」
 ラクスはリヴィオヴェルクに顔を近づけた後、嬉しそうに笑った。
 「あ……」 「い…いえ。何でもないです」
 嫁のもらい手がなかったり、お見合い脱走したり、メイドさんをふんじばったり、やることなすこととんでもなくて、お姫様にはとても見えないけど、今の笑顔はすごく可愛かったかも……とか思ってしまったのはかなり不覚だった。

 「ねえ、お兄さん今日暇?」 「え?暇と言えば暇ですけど……」
 何せ用事がある相手には逃げられましたから。
 不思議なことに目の前にも居たりするけど。
 「じゃあもう少し付き合って」 「えぇ!?」
 ラクスはリヴィオヴェルクの手を引いて、街の喧噪の中へと繰り出す。
 「あ……あの……」
 「いーからいーから。私こうやって外で遊ぶの久々なんだ」 「…………」
 姫というだけで、窮屈な建物の中で、小さな世界で外のことも知らずに過ごしてきた。
 その少女が、今は外に出て、楽しそうに笑っている。
 女の子らしいとはとても言えないけれど、でもそれは自分に素直なだけ何じゃないだろうか。
 だから彼女はこんなにも輝いた笑い方が出来る。
 リヴィオヴェルクが城で会う女性達は表面上は笑っているけど、どこか仮面を付けているような、一線引いた態度の女性ばかりだった。
 自分をよく見せようと、本音を隠して他人と接する貴族達。
 その、嘘みたいな人間関係に比べて、この子は何と素直に生きているのだろう。
 その在り方が、とても眩しかった。
 
 「ラ…ラクスさん……」 「何?」
 「あの……僕……そろそろ限界なんですけど……」
 一日中引っ張り回されたリヴィオヴェルクは心身共にくたくただった。
 息を切らしながらギブアップ宣言。
 「何?もうへばったの?やっぱり歳ね。これだから三十路前は……」
 やれやれと溜息をつくラクス。
 「……はぁ、すみません」
 結構傷つきながらも謝ってしまうリヴィオヴェルク。
 
 「はい。どうぞ」
 ラクスはベンチに座り込んだリヴィオヴェルクに飲み物を買ってきて手渡す。
 「あ、ありがとうございます」
 リヴィオヴェルクは受け取って一気に飲み干す。
 「今日はありがとう。私の我が儘に付き合ってくれて」
 ラクスは心からの笑顔でリヴィオヴェルクに礼を言う。
 「どういたしまして。楽しんでいただけたようで何よりです」
 リヴィオヴェルクも柔らかく笑い返す。
 「うん。やっぱり今日はバックレて正解だわ!」 「え?」
 「だってあなたみたいな人に会えたもの。おかげで今日はすっごく楽しかった!」
 「…………」 リヴィオヴェルクの顔が赤くなる。
 「僕も……」 「え?」
 「僕も、今日あなたに会えてよかったと思います。ラクスさん」
 ラクスの笑顔に応えるべく、リヴィオヴェルクも心からの笑顔でそう言った。
 「…………」 「ラクスさん?」
 「名前、教えてくれる?私のだけ知ってるなんて不公平」
 「…………」
 リヴィオヴェルクは気まずそうに目を逸らした。
 「だめ?」 「いえ、駄目ではないんですが……きっとびっくりしますよ?」
 「?」
 ラクスが首を傾げるが、
 「リヴィオヴェルク」 「え?」 「リヴィオヴェルク・サルヴァムです」
 「…………」 「…………」 「国家魔法師の?」 「ええ」
 「今日のお見合い相手?」 「一応」 「…………」
 しばらくラクスが固まった後……
 「あっはっはっはっは!!何……何やってんだろう!!私達……!!」
 腹を抱えて笑い出した。
 「笑うところですかねぇ、そこ」
 「もうおかしー!!だめ、お腹痛ーい!」
 ラクスが更に笑い続ける。
 ラクスがひときしり笑った後、リヴィオヴェルクが立ち上がる。
 「リヴィオヴェルク?怒った?」
 「いいえ。僕そろそろ戻らないと。明日早いんですよ。今日の分も併せて書類が山のように溜まってまして……」
 困ってるんですよーと頭をかくリヴィオヴェルク。
 「今日は楽しかったです。ラクスさん。いつからクスさんが心から好きになれて、そしてありのままのラクスさんでいいと言ってくれる人に出会えることを祈ってますよ」
 最後にラクスの頭を優しく撫でて、その場所から立ち去ろうとする。
 「リヴィオ……!!」
 「…………」
 「って呼んでもいい?」
 引き止めたのは、そんなラクスの必死な声だった。
 「ええ。かまいませんよ」
 リヴィオヴェルクは笑って頷く。
 「リヴィオは、ありのままの私は、どう思う?」
 「…………」
 リヴィオヴェルクは一拍置いた後、
 「ラクスさんはとても素直で、魅力的な女性だと思いますよ。他の人が気づきにくいだけで」
 そう言った。
 リヴィオヴェルクが笑った後、ラクスもまた嬉しそうに笑った。
 「だったらもう出会えてるわ。その人に」
 「ラクスさん……」
 ラクスは再びリヴィオヴェルクの手を取った。
 嬉しそうな顔で手を繋ぐ。
 リヴィオヴェルクも確かな意志でラクスの手を握り返す。
 
 こうして、二人のお見合いは脱走を交えつつも成功した方だと言えるだろう。
 二人が結婚してアルトフォードが生まれるのはそれから約一年後のことである。