易経への道、いよいよ本運転開始。

当サイト開設にあたって
◇昨年(2007年)の初め、易経に出会った。興味はずっとあったのだが、本屋で岩波文庫をペラペラめくってはみても、やたら漢文が並んでいてチンプンカンプンの印象ばかりで、やたら敷居が高そうであった。
◇そこで、ふと思い立って図書館に頼ることとした。もっと早くに思い付けば良かったものを、ぴったりの入門書に出会うことができた。以来、易経の虜となって蔵書検索を繰り返しては、書庫に眠る易経関連の図書を何冊も借りた。
◇おかげで易経世界の概略は俯瞰できるようになった。しかし、まだまだ一年足らず、ほんの入口が見えてきたばかりである。でも、もしかしたら易経の面白さを人に伝えることは出来るかもしれない。自分と同じように興味がありながら足踏みしている人がいるとしたら、もったいない限りだ。当サイトを開設しようと思い立ったのはそんな理由からである。
◇いわば公開学習帳である。これまでの学習成果を踏まえて、これから先もずっと続くであろう易経への旅、公開旅日誌でもある。
◇まだ易経世界に辿り着いてはいないだろう。だから易経”への”道なのだ。早く易経”の”旅(Trip in I-Ching)と名乗れるようになりたいものだ。
◇当サイトがきっかけになって、易経の面白さに目覚める人が出てきてくれますように。そう祈りつつ学習帳を開くこととしよう。


何故いま易経なのか?
◇易経が今ある形に完成を見たのは、古代中国は孔子の手によるというから、ざっと2500年も昔のことである。そんな古い書物が何故現代にも通じるのか? おそらく文明はとてつもない発展を遂げたものの、人間の性や業といったものは当時からたいして進歩していないからだろう。あるいは文明の利器に眼がくらんで、世界を見る力は逆に退化しているかもしれない。
◇易経はたった二つの記号で世界の構造・流れを見せてくれる。それは今風にいえば、実によくできたRPGであり、ナビである。
◇卦辞や爻辞(占いの言葉)には、そのままでは現代にそぐわない箇所もないではない。もとより文王と周公そして孔子が解釈したもの、現代に当てはめて補完すべきところもあるだろう。大それたことではあるけれど、そんな作業もやってみたい。

                                     2008年睦月