このページに掲載した画像・文章は検証を目的とするものであり、舟崎克彦・青山剛昌および著作権者各位の著作権を侵害するものではありません。
なお、報道・批評・研究目的の引用については著作権法第32条において保護されています。
 




4.Wikipediaにおける記述出典元は? 舟崎克彦「これでいいのか、子どもの本!!」と、ノートでの『出典元』示唆


                 ■風濤社「これでいいのか、子どもの本!!」とコラム「お作法の時間どす」

作者舟崎克彦は、この作品の復刊後、「『ピカソ君の探偵ノート』そっくりのマンガが売れてて、TVアニメにもなってるらしいよ。ほっといていいの?」と読者から指摘されて初めて『名探偵コナン』の存在を知り、1冊だけ買って調べてみたところ、状況設定が酷似していることを確認。知人を介して 小学館に事情を質したところ、「作者(青山剛昌)は舟崎さんの作品を読んでいないかも知れません。だが、スタッフが『ピカソ君』のシチュエーションを面白がって、一アイデアとして提案した可能性がないとは云えない」という返事だった。



フリー百科事典Wikipedia「ピカソ君の探偵ノート」の項における、この記述の出典元は
2001年、風濤社「これでいいのか、子どもの本!!」27ページから32ページのエッセイ【お作法の時間どす】
初出は季刊誌「ぱろる」『そうだったのか!?子どもの本 ―子どもの本の解体新書』1996年12月20日発行号内、舟崎氏のコラム『童話ちゃんぷるぅ』/ リンクは同掲載誌版の記事 )。

以下、コラム【お作法の時間どす】から、記述の元となった原文を引用させていただく。
なお、抜粋による曲解・マリスの混入を防ぐ観点から、原本の記述より全文 を下に引用させていただいた。



 お作法の時間どす 


 日本人であることをこんなに恥ずかしく思ったことはない。公僕が血税を費やして国民を殺す国だ。制度は癒着の温床と化している。
 教育とはそういうシステムにも物謂えぬ子等をせっせと量産し続けている。価値のモノサシはモノとカネだけ。
 こんな国だから若者たちが茶髪にしたり、米兵のぶらさがりになりたがる。日本人をやめたいのである。日本人ではないから日本語で物も云わない。「チョベリバ」だ。
 もう、こんな国はなくなったって構やしないし、それ以上に、ロクなことをやってこなかった人類が仕切る地球など、一回ガラガラポンしちゃった方がましだと思わないわけでもないが、次代を担う人達には「兄弟よ、まだ遅くはない」と云う責任もある。この惨状を何とかして戴きたい。その為にヤクザな先輩共は自己批判せねばならない。
 そもそも、公的立場にある者は、その責任に於いて人一倍、恥の精神と深さを備えていなくてはならなかったはずだ。それがいつからどうしてこうなったのか、都合の悪いことは隠す、だます、バレても謝らない、やめない卑しい習俗が蔓延している。美学の終末だ。
 私は文壇というものにあこがれて、この道に入った。
 いかなる組織的論理にも与されず、唯一独自の世界観を展開することに最も価値を置いてくれる宇宙だと信じていたからだ。世情は殆ど右へならえで、右へならわなければ左へならえ、右でも左でもないものは前例にならう。だが、社会的拘束に馴染めない、そしてそれを恣意的になりわいにしようとする者の牙城が、アートであり文壇であったはずである。
 そのことで、彼等はさんざん弾圧も受けて来たが、それは当然のことであろう。
前文にも触れたが、時代に馴染まぬ営みこそが新たなる価値観の創造であり、しかしそのことによって文化は選択肢を多く獲得してきたのだ。

 この業界において盗作は重罪である。

 日本が国際社会で卑下されるのは、欧米の発明したものをパクって、より精密に、よりコンパクトに改良し、安価で輸出して保護貿易のもとに莫大な外貨を稼いだことにある。
 個性を尊重する欧米にあって、これは最大級の恥ずべき行為であったろう。しかし、その風潮はこの国では改められないどころか、一層はびこる気配だ。

 一時、『ドロボー歌謡曲』というタイトルの本が出て、音楽の世界でどれほどのパクりが平然と行われ、それがヒット曲になっているか、という告発本があったが、著者は、音楽界を抹殺されてしまった。

 TVや映画の世界も目を覆わんばかりだ。野島ナンタラと云う売れっ子脚本家の仕事は、過去の名作のパクりまくりで、原作を知らぬ少年少女達の共感を煽って視聴率を稼いでいるが、それで味をしめたか、本年(一九九六年)、TV回が募集したシナリオ大賞のグランプリに輝いたのが「チキチキバンバン」というタイトル作品であったのには、ガク然とした。「チキチキバンバン」は、三十年前に大ヒットした飛行機映画の超大作のタイトルそのまんまだ。
 皆さん、もっとキチンとしましょうよ。

 出版界だけはそういったお作法が守られていると信じて疑わなかったが、最近「パロル舎であなたが出した『ピカソ君の探偵ノート』そっくりのマンガが売れてて、TVアニメにもなってるらしいよ。ほっといていいの」という声が読者から寄せられた。著者としては穏やかではない。早速、そのシリーズの一冊目を買って拝読させて戴いたが、主人公の年齢こそ違え、状況設定は極めて似ている。しかしそれが偶然の一致なのかどうかは、十数冊全部を通読チェックしなくてはならない。
 私は面倒臭がりの上、全部買って印税をプレゼントするのも業腹なので、とり敢えず知人を介して版元に事情を聞いてもらった。
 返事はすぐに来て、
「作者はは舟崎さんの作品を読んでいないかも知れません。だが、スタッフが『ピカソ君』のシチュエーションを面白がって、一アイデアとして提案した可能性がないとは云えない」という内容であった。
 ここにも責任の所在がない。

 そんなある日、新聞を開いたら、『怒りをこめてふり返れ』という書物の宣伝が、著者の写真入りで掲載されていた。
私はてっきり、その彼女が翻訳をしたのかと思った。というのも、『怒りをこめてふり返れ』という作品は、三十年ほど前、イギリスの「怒れる若者たち」世代の代表作といわれたジョン・オズボーンの名作で、私の愛読書でもあったからである。しかし、宣伝に載っていたその本は、まぎれもなく日本の女流作家の創作のタイトルであった。
 そこで私は、某大手出版元の文芸部にファクシミリを送ってみた。要旨はこうである。
「評論家であり、賞の審査員も務めている著者が、あの作品のタイトル名を知らないということがあるのだろうか。
 万一、御存知なかったとしても、貴社のタイトル会議で、その話題が取り沙汰されなかったのか。
 万一、どなたも御存知なかったとして、一応、著作物のタイトル一覧など照合されなかったのか。
 他著作の一部表現をタイトルに冠するのはやむをえないとしても、題名をそのまま転用することは嘆かわしいことである。
 文壇までが他の業界のように低きに流れて平然としているのは、同業者としていたたまれない」
 返事は三ヶ月ほど経った今も戴いていない。反論のしようもないのだろうが。

 「グレてやる」。




■補足リンク

  Amazon.co.jp: チキ・チキ・バン・バン
  Amazon.co.jp: チキチキバンバン 脚本:中島たい子

   Wikipedia-野島伸司#人物

  Amazon.co.jp: Look back in anger(Faber plays): 洋書: John Osborne
  Amazon.co.jp: 怒りをこめてふりかえれ: 本: 栗本 薫


正しいパクり方――藤原定家の「本歌取りの方法」


  Law Maniac: タイトル著作権 − レイ・ブラッドベリ氏怒る

  コピライトQ&A(著作権相談から)
  
  たけくまメモ : タイトル著作権はない

  名作小説の題名転用 問題ない? : もの知り百科 : 暮らし 社会 : 関西発 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)




忙しい人のための簡略「提言騒動」話

   アイディアが著作権で保護されない理由

   パクって巨匠と呼ばれるようになった人(シェイクスピア作品について)
 

エドガー・アラン・ポーの部屋
(コナン・ドイルの生んだ探偵・シャーロック・ホームズの原型となったといわれる探偵、オーギュスト・デュパンについて)



お好きな価値観の記事を支持してください。



また、舟崎氏のエッセイにおける

野島ナンタラと云う売れっ子脚本家の仕事は、過去の名作のパクりまくりで  
というくだりについて、前後の文脈(中島たい子・栗本薫の、既存タイトル転用について言及)や
野島の過去の作品のタイトル一覧を見るかぎりでは、既存の名作のタイトルを自作品のタイトルに転用する事についての
巷のクリエイターおよび野島伸司の作家倫理を主に問うているものと判断しましたが、

このくだりに関しては、野島がよく行う「既存の名作からのタイトル転用」についての非難のみであるのか、
あるいは「内容も既存の名作の盗用である」ことについての非難なのか、このエッセイのみでは正しい判断がつきませんでした。


野島ドラマはあまり視聴していないので、そちら方面と文学に詳しい方の補足を募集します。






                 ■他記述の『出典元』

記述
Ironically, many readers are under the mistaken impression that Funazaki himself plagiarized ''Case Closed''
(日本語訳:
ただし事情をよく知らない読者からは、舟崎の方があべこべに『名探偵コナン』から盗作したと誤解されることが多い)については、

 
01:33, 12 February 2007 にて 、『Picasso-kun no tantei note』の項「Allegations of plagiarism」の節、要出典とされたこの文に<ref>Funazaki Yoshihiko, "Korede iinoka, kodomo no hon!!" Tokyo, Fūtōsha, 2001. ISBN-13 978-4892191992 ASIN 489219199X</ref>の参照タグが追加されましたが、
舟崎克彦「これでいいのか、子どもの本!!」にて、舟崎が「名探偵コナン」に言及した・もしくはそれとおぼしき文章は、『お作法の時間どす』以外にはありません。




(後日、この記述は   2007年3月5日 (月) 11:09 『ピカソ君の探偵ノート』ノートにて、(「これでいいのか、子どもの本!!」および舟崎克彦の随筆・インタビューなどの公的著作物からの出典ではなく)2ちゃんねる児童書板のスレッド「舟崎克彦とぽっぺん先生」での書き込み(における「名探偵コナン」ファンとの口論に関するレス)からの出典に基づくものであることが
示唆されました。

なお、Wikipediaにおいて、2ちゃんねるの書き込みのような、編集者による監視や第三者による事実確認が欠けた文章は
出典元として意味を成しません)






『「名探偵ピカソ」(正式タイトル:ピカソ君の探偵帳)と「名探偵コナン」騒動について』トップページにもどる