
| EpisodeV 「さよなら愛しき日々」 C | |||
| 4 森の彼方の国―― それが悪魔公の息子と呼ばれた、かつての吸血鬼序列第二位ドラキュラ公が生まれた国の名が持つ意味だ。 東方にある遥か遠くの国という意味という点では、この日本という国のこの土地は同じように新たな吸血鬼の王が生まれるのに相応しい場所であるのかもしれないと彼は思った。 「第二のトランシルヴァニア……か」 深い深い森の奥、この国の人間からは樹海と呼ばれている人はほとんど踏み入れる事のない場所に彼は歩みを進めていく。 雨季も間近い温かな風が森の中を通り抜け、木々が揺れる度に差し込んでくる木漏れ日に不愉快に目を細めた。 彼は屈強な体格の持ち主だった。180センチはゆうに超える身長と、丸太のように太い腕が自慢のごつい体格のスイス人の男だ。 その首にはライフルをぶら下げてはいたが、それに彼が手を掛ける様子もなく森の奥へと力強く歩を進めていく。 と、視線の先に輝く何かを発見すると彼の足が止まった。 「あのお方がおっしゃった通りだ。見つけたぞ――」 木漏れ日に反射して、銀色の光を放つそれに近づいていく。 それは銀色の砂の塊のように見えた。 彼はその砂の山を見下ろし、その精悍な顔に不敵な笑みを浮かべた。 「残念だったな哀れな人間ども、そして仲間だと信じていた俺に殺されていった部隊員達。お前達の世界は儚く、崩壊の道を辿る……」 彼はその銀色の砂をすくい上げ、木漏れ日にかざした。 その冷たく光る銀色を心酔したような視線で見つめる。 「死して猶、強い生命力を帯びているな。この朽ちぬ魔力を以って、新たな我々の王国は誕生するのだ。無限に栄える、永遠の王国が――」 彼――教皇庁から忌むべき名を受けた男は呟き、笑む。吸血鬼の血の起源とされている人間の名を持つ男、カインの高い笑いが森の奥深くに響き渡った。 Alea jacta est. 〜賽(さい)は投げられた〜 ガイウス・ユリウス・カエサル あの夜の光景が現実の物であったという信じがたい事実を、漠然とではあるが、恭介が受け入れることになるのに時間はかからなかった。 そうはあったが、それを受け入れる為に行われた繰り返しの葛藤は恭介の心を蝕んでいた。 顔は生気のない疲弊しきった表情を浮かべては、ため息ばかりついていた。 現実の事だったのだとおぼろに認めざるを得なかった理由は至極簡単だ。二日が経っていても、深憂は失踪したまま姿を見せないのである。 右隣を見れば、そこには空席になった深憂の机だけが恭介の視線を迎え入れた。 休日開けの月曜。深憂は学校に来てはいなかった。土日、そして朝にも深憂の家に行ってみたのだが、部屋は前に行ったときのまま。主をなくした空の部屋が待っているだけだった。 「……」 恭介は言葉さえ出せなかった。 少しでも元気があれば、「くそっ」とでも悪態が口からこぼれ出ただろうが、そんな気にもなれないのがまたもどかしい。 深憂が吸血鬼である事を隠し、自分を騙し続けていた事実。そして、現れた抹殺者を名乗るエクソシスト達。しかし、それが夢だったと言わんばかりに何事も無く目覚めた朝。そして、それが夢ではないと主張する深憂の不吉な不在。 それらをどう解釈して良いか本当に訳がわからず、思考は恭介の頭の中で空転を繰り返す。しかし、考えに整理がつかない。 左隣の席に目をやればその席の主、音無林檎も当然のように教室に姿を現してはいなかった。 恭介は思った。 ――学校への潜入はここまでということなのかもしれない、きっと。 それもそうだ。もしも夢ではなかったとして彼女が吸血鬼を狩る者だったとしたら、深憂が討伐対象として確定すればわざわざ登校してくる用件も無いはずだ。 恭介がぼんやりと視線を上げる。教室の時計に目をやれば、九時三十分になっていた。 恭介はそっと窓外の風景に目をると、日差しが明るく照りつける校門への並木道に帰宅する生徒達の姿がまばらに存在しているのが見えた。 「一体何が起こってるんだ……あれから……」 自分以外の生徒が出払った教室で、恭介は一人ぽつりと呟いた。 そう、恭介からすれば「一体何が起こっているんだ」という言葉は本心からの物なのだ。月曜日の午前九時、しかも日が照っている時間帯。本来ならば一時限目の授業中で聞いてるだけで眠くなるような数学という時間に全校生徒が一斉下校するというこの状況は異常な事態としか言いようがない。 「恭介、まだ帰らないのか?」 突然声がかけられ、思考を深く巡らせていた恭介はその声にハッとした。 振り返り、目に飛び込んできた人物の顔に恭介は疲れ切った表情で呟いた。 「道彦か……」 教室に残っていても仕方がないという事で、恭介は道彦と下校することになった。 「くそっ、わけがわかんねぇよ!」 不機嫌に眉を歪め、道彦は足元のコーラの空き缶を蹴飛ばす。 空き缶は数メートル飛ばされ、道を歩いていた野良犬をかすめた。 野良犬がこちらを睨んできたが、それを尻目にして道彦が言った。 「これから解除が出るまで無期限で学校閉鎖で、しかも絶対に外出禁止。聞いてもその理由は答えられないなんて妙な話だよな。正直、口の軽いタマちゃんが頑なに『理由は聞くな』なんて言うんだから、相当やばい事情が絡んでるに違いねぇよ」 「ああ……」 道彦の言葉に、恭介は気のない返事を返す。ちなみに、タマちゃんとは担任の金内環先生の愛称だ。 相変わらず道彦は一人で好き勝手なことを話すなと思いながら恭介は彼の隣を歩いていた。 道彦と下校路を共にするのは随分と久しぶりのように恭介は感じていた。2年になってから陽子にオカ部に引き連れられるようになってからというもの、帰り道は専ら深憂と陽子の三人で帰っていたからだ。 ぼんやりとしている恭介に、道彦がこれでもかというくらいに顔を近づけて恭介の目を覗き込んできた。 「返事に元気がねぇな。神良が休んだからか?」 「別に……」 『顔が近いんだよ、息が吹きかかるだろ』などと口に出すのさえ億劫で、恭介はおざなりな返事をする。恭介から鼻先を離し、道彦は口を開く。それはやけに真剣な表情で―― 「……なあ、恭介」 「ん……?」 「うちのクラスの連中、今日何人休んでたか覚えてるか?」 恭介は妙な質問だと思った。 今朝の教室の光景を思い出してみる。考えてみれば、今朝はぼんやりと考え事をしていた為に特に気に止めていなかったが、教室に居たクラスメイトがまばらだったように恭介は思った。 「今朝は欠席が多かったような気はするけど……。なんだよ、急に……」 「二十人だよ」 「それがどうし……」 恭介が言い終わる前に、道彦の手が恭介の肩を強く掴んだ。 「絶対おかしいだろ! 急に理由もなく二十五人も同時に休みになるか!? 二十人も休んだから閉鎖って言うんならまだ納得も行くさ! でもよ、特に理由の説明もなく学校閉鎖、しかも連絡網で連絡が来るまで外出さえも禁止なんだぞ!? おかしいと思わない方がおかしいんだよ!」 声を荒らげる道彦の手が、更に強く恭介の肩を握る。あまりの勢いに、恭介は気圧された。 「ど、どうしたんだよ……」 どう言葉を返して良いかもわからないと表情を返す恭介に、道彦は「すまん」と一言。掴んだ恭介の肩を離し、しばし沈黙する。 道彦のここまで真剣な表情を初めて見るの初めてだった。普段は馬鹿みたいにふざけた態度ばかり取っている姿しか見ていないだけに、その真剣さは相乗して増しているようにさえ思える。 取り乱した様子を見せていた道彦が落ち着き、口を再び開く。 「渡辺も無断で欠席してたんだ。それって絶対におかしいんだよ」 「渡辺さんが……? 考え過ぎじゃないのか……?」 道彦が首を横に振る。 「休んだだけならまだ普通なんだけどな。でも、連絡もつかないんだ。失踪状態だ」 「連絡……? 道彦ってそんなに渡辺さんと仲良かったか……?」 「恭介には言ってなかったが、あの後俺達付き合う事になったんだよ。ほら、証拠に俺の携帯の待ち受けだ」 道彦が差し出す携帯のディスプレイには、ご大層にも満面の笑顔を浮かべる道彦とその隣で照れくさそうにっしている渡辺さんの姿があった。 あの衝撃的な告白と強烈な返事の間に、どのようなプロセスがあってその結果になったかを恭介は聞かなかった。そんな事を聞く気分でもなかったのもあるが、それ以上に話を茶化す事ができる雰囲気でも無かった。 道彦がまくしたてるように続ける。 「俺、渡辺と土日に二日続けてデートしたんだ。正直、別れ際のあいつは元気だった。それに昨日寝る前には電話だってしてるんだよ。急病の可能性は考えられない。それに、そもそもうちのクラスだけでも二十五人が示し合わせたように急病になるなんて事がありえねぇよ。どう考えても何かに巻き込まれたとしか思えない」 「何か……って」 呟く恭介に、道彦は頷く。その表情は、行き場のない憤りを押さえ付けるかのように表情を殺していた。 道彦は言った。 「例の吸血鬼事件だよ」 「……」 「馬鹿馬鹿しいって思うかもしれねぇけど、俺にはそうとしか考えられないんだ。それに、現に既に何人かが失踪してる。もし、その全員が何らかの形で吸血鬼が関わる事件に巻き込まれたとしたら……この訳わかんねぇ学校閉鎖も、謎の集団失踪も、タマちゃんが理由を言わないのも説明がつく」 「……」 「……そうだろ?」 黙り込む恭介に、道彦が更に念を押すように言った。 「……多分、神良や音無が来なかったのも吸血鬼事件が関係あるんじゃないのか?」 「……」 道彦の推測は間違ってはいない。少なくとも彼が考えているのは二人が被害者となり、失踪してしまったという事なのだろうが。 ふと、恭介にある考えが浮かぶ。 この前に見た事をありのまま話せば、ずっと自分の頭を悩ませている問題に道彦が答えをくれるだろうか。 そんな馬鹿な、と恭介は自嘲気味に心の中で自分に返事をする。そもそも吸血鬼とそれを狩る組織などという現実離れした話を聞いて、それを本当の事だと簡単に受け入れれるはずがない。 しかし、胸の中にあるわだかまりは口に出して吐き出さなければ消えそうになかった。 「……道彦」 「ん?」 恭介が真剣な表情を道彦に向けた。 「俺の話、聞いてくれるか……?」 終わりを告げる音があるとするならそれはどんな音なのかを恭介は考えていた。 学校で就業を告げるのはチャイムの音、または鐘の音だ。では、続いていた日々がある日終わりを迎えた事を告げるのは何か。 それもきっと時計の鐘の音なのだろう。この世のどこか――人間の手が届かない場所に時計塔があって、人間ではない誰かがその鐘を鳴らすのだ。 その鐘を鳴らすのは天使か、それとも悪魔か。 恭介にとって深憂との日々に終わりを告げる鐘を鳴ったとするなら、それはきっと悪魔が鳴らした鐘なのだろう。残酷な悪魔の手によって鳴らされた、重く、荘厳な鐘の音と共に愛おしい日々は崩壊を迎えていくのだ。 学校から帰宅するや否や、恭介はすぐにバイクで外へと飛び出した。 外出禁止は撫欄高校の生徒だけに課された物ではなかった。帰宅後にテレビの報道番組でわかったのは森彼方市全体に封鎖命令に出ているという事だった。 報道番組では森彼方市で大規模テロ予告があった事を告げ、その警戒の為の封鎖を報じていた。 「嘘だ――」 被ったフルフェイスのヘルメットの中で、恭介はくぐもった呟きを漏らした。 大規模テロの警戒。それは嘘だ。それならば、担任の国語教師があそこまで頑なに理由を言うのを拒むはずがない。もっと公的に口にできない理由があったはずだ。 そして彼女との日々が終わりを迎えた事も、きっと嘘だ。例えあの出来事が現実だったとして彼女が音無林檎達に狩られていたとしても、それを認めるわけにはいかない。認めたくはない。 だから、見つけたい。彼女の手掛かりを。そして彼女を。 そう切に願いながら、恭介はバイクのスロットルを全開にして速度を上げた。 この丘の向こう、急な下り坂を降りれば森彼方市の象徴イグドラシルが視界に飛び込んでくる。 森の奥にそびえ立つコンクリートの巨樹を目指して、恭介はバイクを走らせた。 『夢か現実かなんかどうでも良い、封鎖命令なんかどうでも良いだよ。今お前にとって大切なのは神良の行き先の手掛かりを見つける事だ』とは、恭介が一連の出来事を話した道彦が返答した弁である。この言葉はその後こう続く。 好きな女が失踪していて、探そうとしないで待っているんじゃ男じゃない。 道彦らしさを表した雄弁な言葉だった。しかし、言われてみればそうなのだ。待つだけでは、自分が思うように状況が変わるはずがない。自分が動いてその先に待っているのは望まない結果なのかもしれないが、それでも待っているだけで得た結果に何の価値があるというのか。 うねるようにカーブした林道を、恭介は加速と減速を繰り返しながら走り抜けていく。道に鬱蒼とした木々が覆い被さり、恭介が目指す場所への視線を遮る。 目指す場所は、最後に深憂の姿を見たはずの場所だった。確信は無い。だが、動き回らなければ手掛かりは何も見つけられない事だけは確かだ。 茂みを抜け、再びイグドラシルの姿を恭介の視界の中に現す。 その瞬間、視界の中のタワーが歪んだように見えた。 「何だ……?」 思わず恭介は呟いていた。 錯覚だろうかと思い、ヘルメットのバイザーを上げて自分の目を擦る。 しかし、視界の中に映る森彼方市の象徴は歪に曲がって見えた。 錯覚ではなかった。本当にその周囲の大気が、タワーの姿を歪に曲げる程に醜く歪んでいたのだ。 大気の歪みは更にその度合いを増し、渦を巻く。 そして、たちまち世界樹の名を冠した塔は忽然と姿を消した。 その瞬間、鐘の音が鳴った。 鐘は12回打ち鳴らされた。その音はまるで、灰被りの少女に掛けられた魔法が解けたかのように。森の奥深くに眠っていた姫君が目覚めた事を告げたかのように。そして、何かが終わった事を告げたように。 それは多分、愛おしかった何気ない日常が終末を迎えた事を告げた鐘の音なのだと恭介は思った。 イグドラシルのあった場所には、天を貫かんとするばかりにそびえ立った時計塔が姿を現していたのに恭介は言葉を漏らした。 「何だよ、あれは……」 そう呟きつつも、恭介が突然突きつけられた幻想物語にもう驚くことはなかった。何故なら、それが例え目を疑うような光景であろうと実際に起きている現実の出来事であり、彼が受け入れていくべき物だったからだ。 恭介はこれからどんな事が起きようと、それを受け入れる覚悟を決めていた。 減速をすることなく、バイクを時計塔に向かって走らせる。 森彼方市の市街地へは目と鼻の先、長かった林道も終わりを迎えようとしていた。 ――と、恭介は視界の隅、脇道の茂みに男の人影を見た。その刹那。 ごばあっ。その人影が、鈍い炸裂音と共に弾けた。 「うぐっ……うがあああああっ!」 恐慌の叫びを上げ、人影は吹き飛ばされた傷口を押さえてもがき苦しんでいた。 急ブレーキを掛け、恭介はバイクを停車させる。 舗装されたアスファルトに身を投げ出した男は、恭介が見下ろす眼下でたちまち肉体を灰化させ消し飛んだ。 「吸……血鬼……?」 何が起ころうと受け入れる覚悟を決めた矢先ではあったが、恭介はその光景に驚きを隠せないでいた。 地面から視線を戻した恭介は、何があったのかと覗き込んだ茂みの奥に人が立っているのに気づいた。 立っていたのは、顔をすすだらけにした黒髪のショートボブの少女。彼女が着た服はあちこちが切り裂かれ、黒い布地にできた無数の隙間から露わになった肌からは多くの傷から流れ出るおびただしい量の鮮血が見えた。 少女は、薄暗い林の中、朦朧とした表情で恭介に視線を向けている。 恭介はその少女の姿を見た瞬間、息を呑んだ。 「音……無……」 音無林檎。 深憂を狩ると言ったエクソシストがそこには立っていた。 先ほどまで幾数もの吸血鬼と対峙したのだろう、顔にまでこびりついたすすはきっと討伐された吸血鬼達の灰化した元肉体だ。 「街にはもう吸血鬼が溢れかえっている……何故ここに来ているの……。早く……逃げなさい……」 肩を震わせ、林檎は、恭介に向かって言った。 「え……?」 思わず、ついで出た言葉はそれだけだった。 ――どういうことだよ。 と聞き返す暇もなく。 「あの塔に近づいては駄目……」 それだけ言って林檎がその場に崩れ落ちた。 恭介が彼女に駆け寄る。 「逃げろって……。一体、何が起こってるんだ……」 彼女を見下ろしながら恭介は、何がなにやら分からないと言った表情でここ数日で数え切れないほど口にした言葉を呟いた。 恭介は林檎に向かって叫んだ。 「教えろよ、あの塔に何があるって言うんだ!」 「……神良深憂が……」 「深憂さん!? 深憂さんがどうしたんだよ!?」 「……」 林檎は恭介の言葉にそれ以上答えなかった。彼女は地面に突っ伏したまま気を失っていた。 彼女が流していた血が固い土の上に紅い水たまりを作っているのを見、恭介はこの状況を理解できないと眉をひそめた。 林道の向こうの時計塔に視線をやる。その白い巨塔に何があるかはわからなかったが、林檎の言葉に逆らうかのように何故かその塔に行かなくてはいけないという気持ちになった。 とにかく、突然現れた謎の時計塔と深憂が関係しているらしい。どう関係があるかは気を失っている林檎が知っている。それだけが今の恭介にとって確かな事だった。 恭介は林檎に視線を戻し、呟く。 「本当に、何が起こっているんだ――」 恭介の呟いた言葉に対する答えは、林檎からではなく他の所からすぐに出た。 『――聞こえますか、この地に生を成す人間達』 厳かに囁くような声が、森彼方市一体の空に響き渡った。 その声が発せられたのは恭介の視線の先。街の中心に建つ時計塔からだった。 それをすぐに確信できたのは、何もなかった時計塔の上空にふわりと映像が浮かび上がったからだ。 声は恭介には聞き覚えのある物だった。そして、空に姿を現した人物の姿に息を呑んだ。 『初めまして、私は吸血鬼の女王。残念ですが今までのあなた達の世界はここで終焉を迎えます。そしてこの地に新たな国が生まれます。それは永遠の生を持つ吸血鬼の王国、そして人類の理想の世界です。私は理想の世界とは何かを考えてきました。それは死の無い世界です』 信じられない―― それが空に浮かび上がった巨大なホログラムが映す人物を見、その声を聞いた瞬間の恭介が心に浮かべた正直な言葉だった。 そこには、紅の瞳を持つ銀色の少女の姿があった。 『あなた方の中に、死を恐れている者はいますか。あなたを取り巻く世界との境界を拭い去れないまま孤独な死を迎える事を恐れている者はいませんか。元来、人間は永遠に生きるように神に創造されました。しかし禁断の果実を口にした罰により人間は永遠を失ってしまったのです。今の人間には終末はいつか必ずやってきます。世界と遠いまま死を迎えてしまうそんな未来を無くす、それをこの新たな国であなた達に保証します』 聞き覚えのある声が、感情の込められてない口調で淡々と話す。 その内容など恭介の耳には届いてはいなかった。 ――嘘だ。ありえない。嘘であってくれ。どんな事が起ころうと受け入れようって覚悟したけど、こんなの受け入れられる訳がない。 あの夜の出来事を否定したかった。彼女が生粋の吸血鬼である事を否定したかった。そして―― 『人々よ、恐れることはありません。何故なら、私達は元はあなた達と同じなのですから。私と共にこの世界の新たな第一歩を踏み出しましょう。そして、かつての人間が失った姿を取り戻すのです』 彼女との愛しい日々が本当に終わりを迎えた事、ホログラムが映し出した人物が彼女である事を否定したかった。 恭介の痛切な願いを打ち消すように、空に浮かぶ映像の中の彼女がその名を告げた。 『紹介が遅れました。私は神良――いいえ、高潔なる血族の祖カーミラ・カルンシュタインの血を受け継いだ純血の吸血鬼、ミウ・カーミラ・カルンシュタイン。この深緑の地に、アルター・トランシルヴァニアの建国を宣言します』 |
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