西七条村 村誌 研究会 「平安京西市地誌研究会」

 
→ HOME
→ 写真
→ 参考図書
→ 地図 
→ ものがたり

 → 土蔵のある家 


西市の由来  なぜ西七条に「市場ができたのか」を探る。 著者 赤坂憲雄    「境界の発生」という本による。

お問い合わせ、御相談、御意見はこちらへ  http://book.geocities.jp/nanasansonshi/ 「七三村司 」
    

にしひっちょうむら そんし けんきゅううかい                   
西七條村 村誌 研究会の使命。
西七條村の歴史を考える会は、西七條村の奥の坊墓地管理委員会から生まれました。村はずれにある先祖の眠る墓地に明治時代からの六体地蔵様が祭られていました。があまりにも古ぼけてきて、ぼろぼろになってきたものをつくり直そうと話がまとまり平成二十一年に竣工いたしました。 墓地委員会が開眼供養をして4ヶ寺のお寺さんに来てもらいました。それから11人の委員たちで村の歴史ををつろうという話が盛り上がりました。私が、その中で一番の年長者でしたので、世話人代表として始まりました。  西七條村は、遠く向日町に乙訓の都が作られた頃より前の時代から栄えていました。丹波街道に面していて、また西国街道にも早くから唐橋を通って大山崎の「油屋」さんとも付き合いがあったのでした。どちらも2時間か3,4時間も歩いていける所でした。

平安京の時代になり、大いに栄えました。月読町という地名の所が墓地のある場所です。西七條村は西野町、中野町、東野町の3町内だけでした。今、平安京の西市の中心であることから自分の住んでいる家も、西市の、ど真ん中で、尚更、関心をもって、この問題に、せいを尽くすことになったのであります。委員の11人はみな古い地元の人たちばかりです。

 地図もごらんになってください。

 

Yahoo!ジオシティーズ