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「……このおひな様、かわいいわ」
和室に広がった無邪気でやさしい、幼い声--------。つやつやとした黒い
髪に、本当におひな様のような小さい女の子は、大事に、そしてとても愛おし
そうに雛人形を手に言った。女の子の大きく透き通った瞳には、雛人形に憧れ
が込められている。
今日は、女の子のお祭りだ。
「そのおひな様、祐子に似てるよ」
ちょっぴりかわいらしくて、ちょっぴりいたずらっ子のような男の子が、隣
にしゃがんでいる妹に笑いかけた。
男の子はひな壇の飾り付けをしながら、きれいで鮮やかな色合いの着物に身
を包む妹の姿に、本当に「おひな様みたい」と思えたのだ。
「えっ、わたしに?……」
女の子はとたんに頬を赤く染め、雛人形を眺めた。うつむき加減の上気した
顔が愛らしい。
「うんっ、今の祐子にそっくりだよ」と、男の子は五人囃子を慣れた手付きで
並べたあと、「へへへ」と笑ってひな壇に備えてあるあられをつまんだ。
「あっ、だめよ小さい兄さん! お母さんがおひな様のお飾りができるまで、
あられは食べちゃいけませんって……」
「ほらっ、祐子も!」
男の子はさっと「小さいおひな様」の口に、あられを入れてあげた。
「にい……、ううん……」
女の子は「兄さん!」と言えず、兄とあられを一緒に頬張った。お行儀も、
お作法も、小さい兄さんのおちゃめのせいで頭から一瞬消えてしまった。
やっと、女の子の口から出た言葉は...
「こんなこと--------、おひな様はしないもん--------」
女の子の目からは、ぽろぽろと大粒の涙を流れていた。
いきなりのことで、男の子のほうが大いにとまどってしまい、泣きじゃくる
妹の顔をおそるおそる覗いてみた。(何かぼく、いけないことしたかな?)。
「ひっく、ひっく」
「祐子、どうしたの?」
「ぐすんっ、兄さんが、ぐすんっ、兄さんがあられを……ひっく」
「泣かないで、おひな様が泣いたら、祐子はおひな様じゃなくなっちゃうぞ」
「ひっく、ひっく……うん」
男の子は妹の涙を手でやさしく拭いてあげ、「祐子は、ここ」と女の子の手
に持っていた雛人形--------おひな様をひな壇に飾った。
「じゃあ、小さい兄さんはどこ?」
女の子は涙をぬぐいながらも、さきほどとはうって変わって嬉しそうに兄を
見つめた。
「ぼく? ぼくは祐子の隣。おだいり様だよ!」
と言って、男の子はおだいり様をおひな様の隣に飾り付け、はにかみながら
「小さいおひな様」と満面の笑みを交わした--------。
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