奈良・天川


更新したルポのところへ、ジャンプしますか?
 奈良県天川村--------内田康夫ミステリー、浅見光彦シリーズが大好き!!
という方ならもちろんご存知でしょう(^−^)。そう、劇場化になった大作
『天河伝説殺人事件』の舞台です。

 さて、今回は奈良県吉野郡天川村をルポにしました!!

 KIYOMIこと私が「天川へ行ってみたい!!」と思ったのは、もちろん
『天河伝説殺人事件』を読んでのことだけれど、本当に……本当に私にとって
天川への思い入れが強くって--------。まず、私が浅見光彦シリーズとして
意識してみた映像化作品が『天河〜』だったし、初めて内田康夫ミステリーを
読んだのもやっぱり『天河〜』だったし、すごく、とにかく好きだった。

 天川へ行ってみたい、天川へ行こう--------という気持ちが強かった。

 『天河〜』の主人公は浅見光彦、あらすじや感想などはこちらで読んで下さ
れば!! それで私、実はもう『天河〜』は通しで4回は読んで、映画も何度
も何度も繰り返し見て、自分なりに天川のイメージをふくらませたりして。
 そして、いよいよ天川へ行こうと思ったのは、旅立つほんの数日前だった。
ちょうどサッカーのワールドカップが始まろうとしていた、4年前(1998
年)の17歳の梅雨時のことだった。

 17歳なりの悩みや将来の不安を抱えながらも、何かを見つけたくて、私は
ワールドカップ開催日、小雨が降る早朝にボストンバックひとつで旅立った。

 いざ天川へと、駅へ向かうバス停で、名古屋から娘さんに会いに来たという
おばさんとお話したりして、駅に着いたあとはふと、「京都まで各駅停車で行
こうっと!!」と思い、快速や新快速に乗るのはやめた。やっぱり、こういう
独り旅は感傷に耽りながら行きたい--------と、何だか変わった信念??に
囚われていた私だったり。

 それで各駅停車の乗ったのはいいと、ずっと窓から景色を見ていた。昔から
電車の窓から景色を見るのが好きだったから、静かに、そして安らかな気分で
柔らかい小雨とくすんだ景色に魅入っていた。当時は携帯電話もそんなに普及
していないから、車内で大声で話す人とかメールを送る人とかいなくて、心地
よかった。

 車内も名古屋まではビジネスマン風の人が多く、名古屋からはかなり乗客が
減った。岐阜に入ると、小刻みに揺れる振動が眠気を誘った。滋賀あたりから
はもう言葉も関西弁になって、新鮮。思わずナマの関西弁を聞くと感動しちゃ
って、いいよねえ、関西弁!!

 第一のチェックポイントにあたる京都駅に着いたのは、午前11時。うーん、
朝早く家へ出た割に着くのは……やっぱり新幹線に乗ればよかったかもしれない
なあって??(^^ゞ

 それにしても、京都駅は想像以上に広い!! 広くてきれいだった!! 人
も多いこと!!

 冒険への期待感と、小学校の修学旅行以来の京都へ来て、もう感傷はどこへ
やら。心が弾んでワクワクしてしまった(^v^)。
 ただ、京都駅が広すぎて30分以上も駅構内で大きな迷子になってしまった
のだが←めちゃくちゃ方向オンチじゃん!!(爆)。

 京都駅で迷いに迷って、てんやわんやとしていたところに、やっと目的地の
近鉄京都線へ辿り着いた(^^ゞ

 と……、普通に行けばすぐ着くところなのに、なぜ30分以上も私は駅構内
で彷徨っていたのだろう? それがこの旅一番のミステリーだった。。。
 それでさっそくプラットホームで迷いながらも(よく迷うなあ)、橿原神宮
前駅まで出発!!ということで、電車に乗ったら修学旅行で来ている中学生が
いっぱい!! はち切れんばかりの若さ、そしてエネルギー。とてもみんな、
楽しそうで(^−^)。

 嗚呼、私もこんな時代があったのかあ--------としみじみしながら、微笑
ましく彼らを見ていました(^^

 センチメンタルはともかく、けっこう車窓からの京都の景色も悪くないし、
小雨が降っていていて美しかった。気分も、「ここって京都だよねえ」って、
こっちまでしっとりさせてくれる古都の魅力に包まれていた。そんなに多くは
ないけれど、浅見光彦シリーズでも『華の下にて』など京都が舞台のがあるし、
もっと時間があったら歩きたかったなあと心の中で呟いてみたり。

 しかし!! そんな空想に耽っている場合ではなかった--------。ここで
とんでもないハプニングが発生したのである!!

 そのとんでもないハプニングとは--------、乗る電車を間違えてしまった
こと(うひゃあー(^^;;;;)。橿原神宮前駅へ行くつもりが、奈良駅へ
着いてしまったし、わーはっはっはっはっ!!←わっ、笑いごとじゃないって

 それでもう必死に後戻りして、橿原神宮駅前へ行きました(爆)。

 橿原神宮といえば『箸墓幻想』の舞台でもあるし、近くには『明日香の皇子』
の舞台の明日香村もあるし。

 橿原新宮前駅もやっぱり広い、でも京都駅や奈良駅より分かりやすかった、
行く先が。着いてからすぐ、近鉄吉野線に乗り換え、「いざ吉野へ」と言い
たいところだったが、ヒロインの川島智春のように下市口へ向かう。吉野も行
きたかったなあ。。。

 昼下がりということもあって、吉野線は京都線に比べると遥かに空いていた。
というか空き空きで、京都から橿原までずっと立ちっぱなしだった私も、よう
やく休息の地を見つけたようで、ほっと安心して吉野路を楽しむことができる。

 緑が溢れ、古い建造物が車窓から見えて--------、のどかな、さりげない
歴史ある空間がゆっくりと流れている感じ。電車の中もとてものんびりとして
いて、大学生ぐらいの若いカップルが笑い声を立てておしゃべりしたり、それ
がまた大騒ぎするようなおしゃべりではなく、こちらが見ていて純粋に微笑ま
しく思えるような人たちだった。

 乗客は私を合わせてほとんどいなかったけれど、吉野路、吉野に住む人たち
をとても快く感じた。

 心地よい時間、そして風景が私の目の前に広がっていたのだから。

 その時間も緩やかに流れ、とうとう下市口駅へ着いた。そう、ここからバス
に乗ると--------、私がずっとずっと憧れ、ずっとずっと行きたかった場所、
天川へいざなってくれるのである。

 下市口駅は、普通の地方都市の小さな駅という感じだった。でも、けっこう
設備とかは整っていて、小さいながらもちゃんと売店があったから。駅前も、
きっと古くからあると思われる土産屋や食堂が並んでいて、駅前から町にかけ
丘のようななだらかな傾斜になっているみたいだ。この町も吉野の峰々に囲ま
れているのだろう。

 初めて来た町ではないような感覚。山に抱かれた小さな町だけれど、どこか
懐かしさが溢れていた。

 さっそく、下市口駅から出たところにある電話ボックスを使い自宅へ電話。
いくら一人旅ができても、私も一応当時は17歳のかよわいお嬢ちゃんだった
ので、やっぱり連絡をしなきゃ!!(^^←って、全然かよわくない人。

 それで、バスの切符売り場(バス停と離れているの、切符売り場。珍しい
で、やはり川島智春のように天川村の川合まで行きたかったから、「川合まで」
と切符を買ったら、料金が1000円を超えていた!! バスで1000円を
超えるところへ行くのは初めてだからビックリ(・▽・)

 それから、バス停へ行って天川方面行きの時間表を調べてみたら...

 「えーーーーっっっっ!!!! いっ、1日に、ろっ、6本しか天川行きの
バスが出てないのォォ(>O<)」


 そう、平日は6本(←うろ覚え、今は何本出ているかは知りませんし)しか
バスが出ていないのである。

 しかも、30分ぐらい前にバスは出てしまい、私はこの下市口駅で2時間弱
も待ちぼうけを喰らうことになってしまったのである(爆)。

 --------どっ、どうしよう?

 これが唯一、私の中で浮かび上がった言葉だ(大笑い)。今だから笑い話で
済むけれど、さすがにこの時は堪えてしまった(^^;)。
 まさか、ここで足止めされちゃうとは夢にも思わなかったし……、悩んだ末、
私はまだお昼ごはんを食べていないことに気付いた(^^ゞ

 もう午後2時少し前、ハプニング続きの旅でとにかく「ごはん」など後回し
だったから、もしかしたらこの待ちぼうけは、天からの「旅もいいけれど、ちゃ
んとごはんも食べなさい」
という教え??だったのかなあ

 私は駅前の古い食堂に入り、エビピラフを注文。店構えもそうだけれど店内
はかなり古臭い。でも、私は洒落たレストランよりか、こういうところのほう
がなぜか落ち着く。妙にレジや注文に急かされたり、気取ったところは苦手で。
あまり周りを気にせずに、ゆっくりできる店が好きだったり。うーん、変?

 ごはんはなるべくゆっくり食べるようにした、時間をつぶすためにも。エビ
ピラフの味はここが関西だからかもしれないけれど、淡白であっさりしていた。

 食堂を出てから、駅前あたりでぶらぶらしたりして--------、ようやく、
ようやく待ちに待った天川・洞川のバスが来た!!

 「やったー!!」と心の中で喜び、私はワクワクしながらバスに乗ったので
ある!!。

 バスの車内は、当たり前だけれど「ふつうのバス」。それがかえって、いい
味が出ていたりして。バスには私の他には、顔見知りらしい地元の人たちと、
若い20代の女性がひとり。まっ、まさに、「川島智春」と「須佐千代栄」の
シチュエーションじゃないのー!!!!(・▽・)。

 とは言っても、バスが発車してから、近くのバス停で地元の人も、その若い
女性も降りてしまい、バスの中には私と運転手だけになってしまった(^^ゞ
下市口を出てしばらくは町中を走っていたけれど、徐々に山へ登ってゆく。外
の風景も、小雨のせいか緑が冴えて美しいが鄙びていて侘びしくもあった。

 --------ずっと、ひとり静かに窓の外を視ていた。

 かなり山を登っていって、やがて人家がまったく見当たらない、それこそ山
と谷だけの峠道へ入っていった。

 Uターンに近い急カーブの連続に、アップダウンも激しく道幅も狭い。バス
と乗用車がすれ違うだけで、こっちはハラハラしちゃう。向こうがトラックだっ
たらなおさらだ。ただ、目に飛び込んでくる風景は、この旅の中でも一、ニは
争う美しさだった。光の当たらない深い森、下界にはない自然そのものの神秘
が溢れていて、山や谷に吸い込まれるような雰囲気--------、まさしくここ
が霊気満つる谷だろうか? この谷の奥に天川は在るのだから。

 やがて、この深い谷を越えると、トンネルが見え--------天川へ入った。
私は、川島智春や須佐千代栄と同じように、川合のバス停に降り立った……。

 天川村--------、ずっとずっと小説を読んで憧れていた場所に、私は立ち
すくんだまま、やさしい小雨に打たれた。天の恵みである、雨と山の“気”、
少しだが霧も降りている。山と谷に抱かれた、地だった……。

 ただ、思っていたよりも、“秘境”という感じはしない。高い建物はないが
(今はどうか知らない)、普通に集落があるみたいな。

 --------時計の針は、夕方の5時を過ぎていた。

 私は、バックから傘を取らずに、そのまま雨に打たれながらバス停から歩き
出した。幸い、近くに観光案内所があって(看板が掲げられてあった)、まず
そこに向かった。バス停からそんなに距離はない。

 観光案内所は、外見も内部もけっこう新しいみたいで、私が中へ入ると所員
のきれいなお姉さん方が、「こんにちは」と挨拶してきたのには正直、面を喰
らったけれど、嬉しかった。
 前に浅見光彦倶楽部の会報誌で、ある方が天川村へ赴いた時、「こんにちは」
と挨拶してくれたという話を読んで、それは知っていたけれど、何だか自分が
いざ体験してみると、ちょっぴり照れくさいような、でもやっぱり嬉しくて。

 挨拶って、なかなか出来るようで出来ないものだし、天川村の人たちのこう
いう習慣って見習うべきかなあと。

 話は戻すけれど、私も恥じらい(??)ながらも、「こんにちは」と挨拶を
返し、宿のことを尋ねた。そう、宿を探さなければいけないのである。それに
対し返ってきた言葉は、「電話で予約してみたらどうでしょうか?」と。まっ、
それが当たり前のことだろうなあ(^^ゞ

 でも、「当日」に電話予約ってアリなの? 宿泊のシステムは知らないので、
浅見名探偵のように「行き当たりばったり」で、宿を探すことにして、案内所
では観光パンフレットだけ頂いて、後にしました。

 また観光案内所からバス停に戻り、そのバス停の先に旅館(と言っても、限
りなく民宿に近い)があった。。。

 これも、天の恵み? 天河の“気”が導いてくれたから? それとも……、
たまたま……? とにかくこれはラッキーかも!!v(^▽^)v

 小雨降り続く天川村の川合のバス停、6月の夕方の空はまだ明るいが、雲と
微かな霧に覆われいた。

 私は勇気を出して、限りなく民宿に近い木造の旅館の表に立った。

 かなり年代物の旅館、というのは外見からでも分かる。玄関が引き戸だった。
うちが今の家に引っ越す前は、やはり木と擦りガラスだけの引き戸だったから、
なお懐かしい思いを抱いた。

 これぞ“秘境”の旅館かな?--------と。

 初めて自分独りで、旅館と言う場所に入る決意をした。静かに引き戸を引き、
「こんにちはー」と中に呼び掛けた。入り口の傍には、これまた年代物のレジ、
というべきだろうか、大きなガラスケースの台の中には、奈良や天川の特産品
が並び、その上にレジがあるみたいな。何かタバコ屋の勘定するところに感じ
が似ている。

 やはり内部の木造で、レジの奥に勝手場所というか、事務室というか、何か
部屋があって、その隣に地下へと下る階段もある。雨降りで、建物が古いせい
か、やや視野が暗い。

 何度も、「こんにちはー」、「どなたかいらっしゃいませんかー」とか呼び
掛けてみたが、なかなか応答がない……(^^ゞ

 やっと奥から人が出てくれて一安心。50代ぐらいのシャキシャキしたエプ
ロン姿のおばさんが出てきたら、何とその方はこの旅館の大女将だった!!

 大女将、舌が回る回る。ちょっとこっちが戸惑うくらいに回る(笑)。ザ・
気品のある大女将ではなく、良くいえばアットホーム、悪くいえば初めての客
にもお構いなしという、とにかく私はその場で圧倒された(笑)。

 ただ、「予約も何もしてないですけど、今夜泊めてくれませんか?」という
頼みを聞いてくれた。もしも、この大らかで舌の回る大女将が快く応えてくれ
なかったら、私は見知らぬ土地で立ち往生していたに違いない。

 夕食の時間など聞かれ、それに答えたあと、私は大女将に今回の旅の目的の
ひとつでもあることを尋ねた。

 「天河神社へ行きたいのですが……」

 そう尋ねてみたら、大女将は「それなら、バスで送ってもらいましょう!」
バスって言われても?--------と。
 大女将は私に説明せずに外へ出て、タイミングよく(??)やってきたバス
を旅館の前に停めて、それも「回送中のバス」を勝手に停めちゃって(笑)。

 正直、心の中で「おいおい、いきなり停めちゃって大丈夫かい」って叫んで
しまった。その回送中の、しかもごく普通のバスを、まるでタクシーのように
手を上げて停めちゃう大女将もある意味「大物」だし!!

 バスを個人のために停める光景を初めて出くわした。このバスに乗せてもら
えば、本当に天河神社へ行けるのだろうか……?

 生まれて初めて乗った「回送中のバス」、運転手ひとり、乗客ひとりという
状況。大女将はバスの運転手さんに天河神社まで乗せていってあげてと言い、
運転手さんは快く笑顔で了解してくれた。そんなこと、普通の都市、普通の町
では考えられなかった。ただひとりの旅人のために、バスに乗せてくれる天川
の人たちの「やさしさ」にふれて、戸惑いながらも正直とても嬉しかった。

 私はバスの一番前の席に座り、運転手さんにまずお礼を言った。運転手さん
は気さくな人で、「いいよ、いいよ」と言ってくれて本当に親しみやすい。
 「よく若い女の子がちょくちょく、天河神社へ行くようだよ。本の影響か何
かで」みたいなことを教えてくれて、大喜び!!

 もしかして、その若い女の子って「浅見光彦ファン」??(^−^)……と。

 やがて、バスは集落を抜け、だんだんと家が少なくなってゆき、天河神社は
すぐそこだということで、私は改めて運転手さんはお礼を言いバスから降りた。
短い時間だったけれど、弾んだ会話と運転手さんのやさしさに、やはり別れは
名残惜しかった。

 小雨はまだ頬をかする、深い山の湿った空気と眼下に見える「天の川」の澄
んだ(といっても、雨で微かに濁った感も)清流が、「天河」らしい雰囲気を
醸し出していた。バッグから折り畳み傘を出す必要もないほど、私にとっては
小雨に当ったほうが気持ちがよかった。
 しばらく、「天の川」の橋のたもとで川を見つめていた。それほど大きな川
ではなく、ちょうど夏にキャンプをするにはもってこいの川という感じ。

 それから、私は天河神社へ歩き出した。橋を渡り、道沿いに進むと……、

 あった--------、ここが--------、

 天河神社だ!!

 天河神社は思ったよりも、新しい神社だった。シンセサイザーの音は聴こえ
ないが、相も変わらず小雨は続いている。静かな神社だった。

 前から私、榎木孝明さんが演じた劇場版の『天河伝説殺人事件』で出てくる
神社が天河神社だと思い込んでいたし、まさか違うとは……(^^ゞ
 ご存知の方が多いと思いますが、実際は辰巳啄郎さんのほうの『天河〜』に
出てくる神社が、「本物の天河神社」です。

 入り口にちょっとした橋みたいのがあって、風情はあるけれど、私が小説を
読んでイメージ(映画やドラマとは別に)とは異なった。

 建て替えてからそれほど年月が経たないため--------、でしょうか?
 それとも、やはりイメージがそうさせたか。。。

 御手洗の付近で、小学生の男の子、3、4人ぐらいが自転車を傍らにお喋り
をしていた。私の顔を見ると、「こんにちは」と挨拶をしてくれたから、私も
照れながらも挨拶を返した。天川の人は、子供も大人も挨拶してくれて、正直
えらいなと思った。できるようで、なかなかできないことだから。

 須佐千代栄がやったように、手を洗い、口をすすいで……を実行しようと、
やってみた。龍神の口から絶えず溢れ出す聖なる水を、備え付けの杓で掬おう
としたら、「ブワーッ!!」と水が杓に激しく当たるものだから、周りに水を
飛ばしちゃって、もっ、もとい!! 水をまいてしまったし(^^;)。

 これ、かなり恥ずかしかった。境内にいた人の注目を集めてしまって、冷や
汗をかいてしまって(←ダメじゃん)。

 始めっから、たまっていた水を汲めばいいことなのにな(爆)。

 それでとりあえず、何とか難を超え境内を歩き出した。神社の中はけっこう
広い、というか広い。神社もあるし、蔵みたいのもあるし、社務所はもちろん。
入り口からまっすぐ歩いて長めの階段を昇ると、“能舞台”があった。
 気分が高まる、目の前にある客席、“能舞台”。薪能の夜、水上和鷹と須佐
千代栄は結ばれた場所。本当に樟脳の匂いはするのか……昼間なのに、小説で
抱いたイメージが頭に駆け巡った(ドキドキ(^−^)。

 そういえば、浅見光彦と川島智春さんも薪能の夜のシーンがあった。あちら
ロマンスは微妙ですが(^^ゞ

 一通り、見てからまた階段を下った。社務所の近くで、宮司さんらしき方と
出会った。やはり宮司さんも挨拶をして下さって、「どちらからお越しですか」
みたいなことを尋ねられたから、名古屋方面からですと答えた。ちょっと緊張
してしまって、あまりお話はできなかったけれど、思い出のひとつとなった。

 社務所で美しい巫女さんたちの視線を感じながら、品をじっくりと見てみる。

 ……、
 ……、
 ……、
 「あー、“五十鈴”だー!!」

 と(さすがに声は出してないが)、“五十鈴”を発見した時はエキサイトも
エキサイト!!
 かなり小さいサイズなのですが、“五十鈴”のネックレスをためらず買って
しまいましたーv(^▽^)v。

 それからしばらく、小雨に包まれし神社を、違う社務所らしきところの縁側
に座り、雨宿りをしながら眺め続けました。そこの雨戸(ここは普段から閉め
切っているかも)に色んなポスターが貼ってあって、その中に、

 「ガイア シンフォニー3(ナレーション・榎木孝明)」

 という映画のポスターが貼ってあった。天河神社でこのお名前と出会うとは、
すごく嬉しかった。

 ずっとその場で座っていると、いかにこの神社が静かで、柔らかな雰囲気が
満ちているのだろうと、心で感じた。雨が降っていたせいかもしれないけれど、
これは--------、これが、天河の“気”じゃないかなと--------。

 己の迷いを見つめ直してくれる、そんな空気があった。

 私はあるべき場所へ帰ろうと思い直してくれた、その“気”を身も心も委ね
られた--------と。

 神社の中にあった公衆電話で、旅館へ連絡した。「天の川」の橋の上で私は
待ち、旅館のご主人に迎えに来ていただいた。途中、村役場か何かをご主人が
指を差し、「息子があそこで働いています」と教えてくれた。天川はさすがに
見渡す限り山、である。微かに夕闇がかかり美しかった。

 旅館へ戻ると、やはり古い木製の引き戸を開け、中に入る。地下にある客室
へと続く階段の近くで、ひとりの女の子に出会った。小学校中学年くらいの、
ここの旅館の孫娘らしい子。客である私を見て、人見知りなのか、無言で立ち
去った。

 待ちに待っていた夕食、畳の10畳ほどある部屋を与えられ、若女将が付き
添ってくれる。
 --------ぼたん鍋、鹿さし、鮎の塩焼き、名は分からぬが、いかにも日本
料理って感じの、思ったよりもゴージャスでそそられる夕食だった。

 その中で一際、目を引いたのが「ごろごろ水」という、日本名水100選に
選ばれた水を使った、とうふ!!

 そしてその傍にあったキッコーマン醤油とか(くすっ)。

 市販で売られている絹どうふとはワケが違う!! 口どけなめらかで、雪の
ようにさらっと溶けちゃうくらい。
味もしっかりしていて、大豆の味も分かる。
もうこれほどまでに美味しいとうふを食べたのは、これが初めて(^−^)。

 ていうか、あのとうふをもう一度食べてみたーい!!(>▽<)。

 ……とりあえず話を戻して(照っ)、舌つつみしながらも、若女将との話は
収穫ありだった。若女将は30代(だと思う)のきれいで柔らかな人だった。
京都からこの天川に嫁いできたらしい。
 天川の夜は、6月にしては肌寒いくらいで、昼間に京都で味わった「汗ばむ
炎天下」
とは比べ物にならない、涼しさがあった。
 私が「涼しいですねえ、夏とか過ごしやすくないですか?」と聞いてみたら、
若女将も頷いて、「ここに嫁いでくる前ですが、京都に居た頃は真夏だと30
度を超えて暑かったですけど、ここは確かに過ごしやすいですね。夜は静かで、
川のせせらぎ(すぐ近く(隣ともいえる)に渓流があったから)」が聴こえて、
もっと涼しく感じられますよ」と。

 それから私が浅見光彦が好きで、この村に来たといったら、若女将も土地柄
上、辰巳啄郎verの『天河〜』ドラマロケの際、ロケ見学をなさったとか!!
原作も読まれたようです(^−^)。
 榎木孝明verのウラバナシとも言えることも聞いた。日本映画界の巨匠・
市川昆監督が天川村や天河神社を訪れ、「(原作での神社の)イメージが違う」
とおっしゃって、滋賀にある神社で録ったということを。

 現地の方からこのことを聞くと、妙に生々しかった。私も天河神社に関して
は原作を読んだ時のイメージは異なっていたけれど...

 そんなこんなで、初めて食べるぼたん鍋やら、鹿さしを美味しく食べながら、
『天河〜』エピソードに耽っていた。。。

 --------天川村の夜は、静かで、涼しくて、それこそ下界では味わえない
雰囲気が漂っていた。

 おいしい山の料理らしい食事を終え、京美人の若女将に「お風呂があります
ので、いかがですか?」と勧められたが辞退した。

 なぜならば、私は公然の風呂というのに、とことんダメなのだ。
 旅の疲れを癒すため、風呂に入るといいだろうけれど……、

 何しろめちゃくちゃ恥ずかしいー(///・・///)。
 自信、なし。

 それでさっそく就寝タイムー。ふっかふかの布団、畳に直に敷かれた、久し
ぶりの布団の感触!! やっぱり日本人はコレ(^−^)。

 「さむっ」
 それにしても、天川村の夜って6月なのに、寒いくらいに涼しい、その日の
昼間の京都は暑かったし、汗ばむ陽気だったのに……。

 電気を消しても、月明かりの淡い光と、川のせせらぎがちょっとしたミステ
リアスで、冒険心とそれとは逆の癒しを与えてくれるような気がして、寝つけ
なかった。

 なかなか眠れそうにないから、部屋に置いてあったファイルを手に取った。
中身は天川村の観光案内とか大抵はそういうの。その中に『天河〜』のパンフ
レットもはさんであったのだー!! 確か天河神社の写真とキャストが載って
あったきれいなパンフレットを発見したことにより、エキサイト

 いつの間にか、この村の夜に抱かれながら、眠りに落ちた。。。もう明日の
朝にはこの村と離れなければならない--------。


 山の朝--------、私は前もって伝えた、若女将からの電話アラーム。早朝
の確か5時過ぎ頃に起きたと思う。普段だったら夢の世界にいる時間だった。
 部屋の中からでも分かる、外のうっすらとした霧。霧と川のせせらぎが天川
らしい雰囲気を醸し出していた。

 ちょっとした支度を済ませ、若女将が朝食を運んできてくれた。昨夜の食事
に比べるとあっさりめで、朝のおなかを満たす。ごはん、みそ汁、海苔、生卵、
おかず……、これぞ日本の朝ごはんだなと。うちは元々朝はごはんだけれども。
我らが浅見光彦は朝はパンで、ごはんにみそ汁というのに憧れるらしい。

 食事のあと、TVを付けてみたら近畿のローカルニュース番組が!! 昨日
はまったくTVを見なかったのだが、内容は今でも憶えている(^^ゞ
 現在はやっているかどうか分からないけれど、タレントの山本太郎が出演、
ちょうどドリンクのランキングみたいのをやっていて、当時新発売されたサン
トリーのなっちゃんがランキングの上位に並んでいた、という内容。なぜ憶え
ているか、ちょこっとミステリー?

 それはともかく、刻々と天川への別れの時間は過ぎている。

 6時15分過ぎには、お世話になった旅館に礼を言い、おみやげも買った。
残念ながら、あのなめらかなとうふに使われた水は売り切れだったが、勘定が
終わり、この古めかしい旅館を出た。

 おしゃべりで憎めない大女将、人当たり柔らかな若女将との別れを惜しむ。
本当にいい人たちだった。

 霧に包まれた天川村の朝は、まるで幻想のように美しかった。天河の“気”
が霧となってやさしく包んでくれた。

 川合のバス停からバスに乗る、乗客は私以外にいなかったと思う。トンネル
を抜けたら、この思い出深い村との別れを告げることになるだろう。

 本当に、夢のような感覚がした旅だった。。。

おわり     

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