
長野・飯田
長野県飯田市といえば、内田康夫のデビュー作である『死者の木霊』を始め、
『「信濃の国」殺人事件』、『箸墓幻想』などに出てきた舞台です。
さて、今回は長野市飯田市をルポにしました!!
KIYOMIこと私が「飯田へ行ってみたい!!」と思ったのは、『死者の
木霊』を読んでのことだ。
『死者の木霊』の主人公・竹村岩男が、長野県飯田署刑事課の部長刑事で、
飯田市郊外の松川ダムに男のバラバラ死体が浮かんでおり、捜査に乗り出す。
内田康夫ミステリー第一の殺人が飯田で...
ということで、『死者の木霊』を読んだあと飯田か鳥羽(三重県)、どちら
かへ行こうと企んでいた私は、まだ花も恥じらう15歳の春だった(爆)。
そして、私は1995年の5月3日に飯田へ行くことにした。ナンとナンと
「うちのおやじさんのおまけ付き」だ!!(☆_☆)。
GWに入る前に、JR●駅の「緑の窓口」で切符を買いに行った。この間、
お披露目したばかりの「ワイドビュー伊那路」の指定席を予約しようとしたら、
駅員が「指定席はあと1枚しかありません」と言う、うちはふたり連れなのに
……まあ、何とかなるだろう??
「じゃあ、指定席1枚に自由席1枚下さい」
--------うーん、どっちが指定席に座ろっか。
なんだかんだで、5月3日にJR東海道本線●駅から電車で豊橋駅へ。
豊橋は愛知県の中でも名古屋に次ぐ人口が多く、交通の便がいいし、モノも
豊富だ。どうでもいいことだが、私もちょくちょく豊橋でショッピングする。
目的は、駅前にある精文館本店である。ここは5階建ての大型書店で、本の
他に同じビル内に文房具に画材の品揃えがいい。油絵の具とか、アーティスト
用の色鉛筆とか普通の文房具店では手に入らないものがあるから、三河エリア
にお住まいの人は本を探すのもよし、プロ用の画材を探すのもよし。
あと、ある店のチクワを手土産にするといいだろう。
話を戻して……、さすがにGWだ。人、人、人!!(+_+)。きっと豊橋
からどこかへ出かける人が多いのだろう。
さて、私とおやじさんが乗る電車は「ワイドビュー伊那路」である。人ゴミ
を縫って歩き、やっと付いた飯田線のプラットホームは--------長蛇の列だ。
私はむしろその列を見て喜んだが、うちのおやじさんはもうどうにでもして
くれという感じで開き直っていた。よろし(●^−^●)。
ホームの壁には確か、お披露目したばかりの「ワイドビュー伊那路」のこと
が書かれてあった垂れ幕があったと思う。
時が満ち、ついに私たちの前に飯田行きの特急列車・「ワイドビュー伊那路」
が姿を現わした...美しく、そして大きい車体だ--------。
私たちは、そんな新品ピカピカの電車に乗り込んだのだった。
思っていた以上に、「ワイドビュー伊那路」の車内はきれいだった。
見晴しのよい広い窓(さすがワイドビュー!!)、きっとその当時は最新鋭
だったのであろうハイテクの掲示板と、快適に旅が楽しめるようにしてある。
やはり、奥三河に天竜峡という「日本の原風景」と言うのだろうか、その美
しい眺めを、「伊那路」が最高の思い出として私たちに供えてくれるだろう。
って、おー!! だんだんと「ルポ」らしくなってきたかも??(★)。
それでまあ、さっそく私が指定席に座らせていただいた!!(爆)。えっ??
うちのおやじさんはって??(?_?)。
さあ……、世の中には「レディファースト」という言葉があり……etc,.
いや、「途中で変わろうか?」と一応聞いてみたけれど、私に気を使わって
くれて……嬉しかったなあ。いつか……できたらいいなっと(*^−^*)。
話を戻すが、私と同じテーブルの席の--------相席の人たちは、私よりも
あとに席に着いた。ちょうど30すぎのとても気さくで、どことなく品がある
奥さんと、まだ小学校前だった(と思う)かわいい男の子、そしておばあさん
というには早い、男の子の老婦人(奥さんのお母さんにあたる)だった。
席順は、私と老婦人が廊下側(指定席だから席が決まっている)で、奥さん
と男の子が窓側だ。
相席ということで挨拶を交わしてみたが、とてもいい人たちだった。話しが
しやすくて、それでいて丁寧でやさしい。
この人たちと出会い、いい旅になりそうだった。
そして、「ワイドビュー伊那路」はゆっくりと動き出す--------。
豊橋のビル群を目に、街から「ワイドビュー伊那路」は離れていった。私と
相席の方たちとお喋りをした。どうやら、このGWを利用して親類の家に行く
らしい。男の子がとてもかわいらしくて、車内で大騒ぎするちっちゃいお子と
違って、ちゃんとちょこんと席に座っている。お坊っちゃんみたいで--------
どこか浅見光彦の小さい頃がこんな感じだったのでは?、と見つめてしまった。
キャンディの包み紙を折り込んで、紙の小箱を作り、「はい!」と私にくれた。
この子のお母さんも、お祖母さんも気さくに、喋りかけてくれた。やはり旅
の良さをひとつあげるとしたら、人との出会いだろう。
売り子が売る品に魅かれたが、ぐんぐんと北に昇る「ワイドビュー伊那路」
が映し出してくれる風景に私は目を見張った。
一面に若葉が溢れた深い森を駆け抜け、山は大きくその澄んだ空気を包んで
いる。風は涼やかに葉を揺らし、太陽がその葉に穏やかな光を与える--------。
そんな、人間たちがいつの間にか忘れていた心を、自然がそっと語りかけて
くれるような--------。
奥三河から伊那へ行く緑もいいが、天竜川の美しく透き通った青さもまた心
が震えるくらい素晴らしい「日本の原風景」だった。
しかし--------、忘れがたい感動の自然に別れが近づいていた。
「ワイドビュー伊那路」、飯田へ--------。
そして、三人のご家族とも別れた。さよなら、また、いつかどこかで...


城内(??)は、やはり落ち着いた和風テイスト。外の駐車場で観光バスや
乗用車が多かったから、中は土産を買い求める人でいっぱい!!
私は旅の興奮と物珍しさで、思わず目を輝かせてしまった(☆_☆)。
「あ〜、この野沢菜おいしそうだよ〜♪ あ〜、これ見て見て〜♪」
・・・我を失っていたようだ(爆)。土産を見てはしゃいでいた。
信州の名品、特産物がずらりと並び、とりわけ私が気に入ったのは、木箱に
入ったリンゴあめだった。かわいいのである、おいしそうだったし、安いし。
今、このリンゴあめが売っているかはどうかは知らないけれど、リンゴの味
が生きていて、アメもリンゴの形になっており食べるのがもったいないぐらい★
しこたま、土産を仕入れ飯田城を出て、またタクシーを呼んだ。
いよいよ行き先は--------、あの松川ダムへ...
私たちがこの旅をしている時に、タクシーを何度か分けて乗ったのですが、
松川ダムへ行く時の運転手さんが一番面白く親切だった。
笑顔を絶やさない人で、飯田のリンゴ並木の話をして下さったり、気持ちを
和ませてくれる。時には冗談をいってくれて、本当に楽しい。
タクシーは市街地からだんだん畑の風景へと入ってゆく、山が一面に見え、
ふるさとへ帰ったような懐かしいところ--------。小高い山へ登っていくと、
まだ淡いピンクの桜が咲いていた。やがて、広場のようなところに着き、ダム
の前へ到着。運転手さんに礼を言い、車から降りてみると思ったよりも涼しく、
空気が澄みきった--------秘境を思わせるような場所だった。自販機も土産
屋もなく、あるのは管理事務所と小さなベンチとテーブルのある休憩所だけ。
けれど、私はそこに“無限の宇宙”を感じてしまった。静かで、山の自然に
抱かれながら鳥のさえずりを聞いて--------。
眼下には、松川が森林の中を巡るように流れていた。
私たちは、前方にあるコンクリート造りの管理事務所を通り抜け、ダムへ。
まず、前方に大きな看板があって、小さい子供や小学生でも分かるようにダム
の説明が書かれてあり(下の写真をご参照して下さい)、そこから左へ行くと
橋があって松川ダムが一望できるのだ!!

エメラルドグリーンというか、こんなに澄んだ水の色のダムは初めて見たし、
とにかく言葉には言い表せないほど美しいダムであった...
美しい碧のダムを眺めていたら、いきなり父が叫んだ。どうやら野生のサル
らしき生き物を見かけたらしい。残念ながら私は「それ」を見逃してしまった。
あーあ、見たかったなあ、おさるちゃん![]()
まあ、サルは諦めたが、私は松川ダムに興奮して使い捨てカメラ(←笑)の
シャッターを切りまくった!!(本人談(爆★)
不謹慎??でしたが、「きっと、あそこらへんに“例の浮遊物”が……」と
ついついシゲシゲと(^^;;;;)。
--------ずっと、それからしばらくダムを眺めていた...
とても名残惜しかったけれど、私たちはダムに背を向け管理事務所を訪れた。
帰りのタクシーを呼ぶため電話を借りにきた(下の写真をご参照して下さい)。

当時、都会のほうにしか携帯電話やPHSが出回っていなくて、公衆電話や
ポケットベルが主流だったのである。
そして--------当然といえば当然だが、この飯田の郊外のダムに公衆電話
などない。
正面玄関にはカーテンで閉ざされており、私たちは横に回って事務所の中へ
入った。勝手口(というか通用口??)の前にいた、番犬??????のわん
ちゃんはとてもおとなしかった(爆)。たまたま、エサに目がいってしまい、
銘柄は「●●半生」ということまで憶えているのだが(^∀^)。
中は静かな、昼間なのに薄暗い、人の気配すらあまり感じない……小規模の
役所という雰囲気だった。「ごめんください」と何度か声をかけたら、初老の
小柄な男性が出てきて、どこからどう見ても、「見知らぬ怪しい二人組★」を
快く事務所の中に入れてくれた。。。
こういう旅にふとしたやさしさを感じる時が、一番いい思い出になるものだ。
松川ダムの管理事務所内は、何だろう? 私の頭の中に描いたイメージでは、
「学校の職員室」という感じ。ちょうどデスクの並べ方というか、雰囲気が似
ていたのだが、ただ、人気のないことと、やっぱり部屋が薄暗いこと。そして、
壁にはダムの情報を示す大きな電子掲示板のモニターが目に付く。
私たちを案内してくれた初老の小柄な男性は、松川ダムの管理人らしかった。
「管理人」といっても、このダムの管理人は常時ではなく、当番制でローテー
ションということを、壁に貼ってあった当番表で知っちゃったのだ(^^ゞ
パッと見、職員室っぽいけれど、どことなくサイバーでドキドキ
(爆)。
こういう巨大モニターを見ると、「司令官! ご命令を!(←謎笑)」と言い
たくなっちゃうしなあ←私だけか、嗚呼お恥ずかしい(^^;
それで、帰りのタクシーを呼ぶために電話をお借りして、私は帰り際、管理
人さんにお願いをしてみた。
「すいません、記念に一緒に写真入ってもらいませんか?」
いや--------その、すごい唐突なのは、もちろん分かっていた。だけど、
やっぱり憧れの松川ダム、そして竹村コロンボも、そして内田康夫先生ご夫妻
も入ったという(光文社文庫の『浅見光彦のミステリー紀行 番外編1』参照)
管理事務所。
私はすごく--------、 すごく思い入れが強く、この見知らぬ親子を親切
に案内してくれた管理人さんと一緒に最高の思い出が欲しかったから。
管理人さんは嫌がる様子もなく、この願いを気軽に引き受けてくれた。外で
私と管理人さん、わんちゃんとのスリーショット写真は今でも私の宝物だ……。
そのうち、タクシーが来て私たちは松川ダムに別れを告げた。きっと、もう
なかなか来られないだろうが……、何物にも変えられない素晴らしい出会い、
たくさんの思い出を信濃の柔らかい風は私の心の中へ運んでくれた。
さようなら……、さようなら……、信濃よ。そして、ありがとう……。
おわり