ツイッターにて日々の情報を小出しにしておりますので、ご覧ください。
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2012年1月1日(日)
謹賀新年。
『パペラキュウ』第6話を当HPにて公開。
2012年2月1日(水)
『パペラキュウ』第7話を当HPにて公開。
2012年3月1日(木)
『パペラキュウ』第8話を当HPにて公開。
2012年4月1日(日)
『パペラキュウ』第9話を当HPにて公開。
2012年5月1日(火)
『パペラキュウ』第10話を当HPにて公開。
2012年6月1日(金)
『パペラキュウ』第11話を当HPにて公開。
2012年6月13日(水)
きょう、漫画界の巨人・畑中純先生が腹部大動脈瘤破裂のためお亡くなりになった。享年62歳。
僕より14歳上の畑中先生と初めてお会いしたのは『ナニワ金融道』の漫画賞受賞式会場。
それから実質3年間ほどだろうか、深くお付き合いさせて頂いた。ご自宅へ遊びに行ったり。電話もよく頂いた。
畑中先生は、アシスタントを使わない、ストーリー作りに編集者を介入させない、など僕と同じ執筆スタイル。
なので尊敬から始まった付き合いだったけれど、似た者同士だからだろうか、わだかまりが生じ、関係は長続きしなかった。
青木先生の葬儀でお会いしたのが最後になってしまった。失礼にも僕の方から拒否して。
だから畑中先生のことは『邪宗まんが道』には数行しか書いていない。
もし書いていれば400字原稿用紙で100枚以上になっていたと思う。
でも失礼すぎて書けなかった。学ぶことが大きかった人なのに。
畑中先生の描くオンナ、ヤクザ、本物だった。物凄かったし、深くて大きかった。
ずいぶんとお世話になった恩人、恩師のひとりなのだけれど、葬儀には参列できない。
合わせる顔も無いし、カネも無い。四畳半の穴ぐらからご冥福をお祈りするだけです。
そういえば先週、毎日新聞に畑中先生の絵が掲載されているのを見た。
鯉のぼりにまたがった金太郎の絵。
なのに、いつもの力強さが全く感じられず、おかしいとは思っていた。
実は、死のにおいを感じていた。金太郎の目が、死んでいたんだ。
だからきょうのニュースは、そんなに驚かなかった。
畑中先生との関係を自伝に書かなくて正解だったのかどうかは、今は分からない。
たぶん、このまま、書かずにおくと思う。
二人だけで、創作の、深い話をしたんだ。とっても深い話を。
我々が表現者として生きていく上で避けられない、いや、避けなければならない、ある問題についての議論。
2012年7月1日(日)
『パペラキュウ』第12話を当HPにて公開。
2012年8月1日(水)
『パペラキュウ』第13話を当HPにて公開。
2012年9月1日(土)
『パペラキュウ』第14話を当HPにて公開。
2012年10月1日(月)
『パペラキュウ』第15話を当HPにて公開。
2012年11月1日(木)
『パペラキュウ』第16話を当HPにて公開。
2012年12月1日(土)
『パペラキュウ』第17話を当HPにて公開。