おじいちゃんの予言

  「もし、私が死んだらね」
 急におじいさんはそんなことを言い出した。
「やだ、どうしていきなりそんなことを? 縁起でもない」
「縁起だなんて、若いのにそんな言葉を知っているんだね」
 ふふっとおじいさんは笑った。
「私が死んだらね、ある男の人が訪ねて来るかも知れない」
 おじいさんの言葉は、予言めいていたものの、怖い感じはしなかった。
「その人は、きっと背が高いだろう。そして、明るい茶色の目をしていて、髪はネコっ毛で、手の
甲にほくろがある」
「知ってる人なの?」
 おじいさんは古美術商だ。お客さんならはっきりと名前を言えばいいのに。
「さあ、数回会っただけだから、知り合いと言えるかどうか。もし、そんな人が来たら、蔵の中に
ある瓶(へい)を渡しておくれ」
 おじいさんは、瓶のある場所を詳しく私に教えてくれた。
「その人は、ひょっとしたらちょっとした額をくれるかも知れないよ」
 そう言っておじいさんはいたずらっぽく笑った。
「おじいさん、そういえばあの瓶を一度も店に並べたことないよね。高い物なの?」
「いや、あれはそんなに大した物じゃないよ」

 数年後、おじいさんは老衰でなくなった。部屋には祭壇がつくられた。お葬式に訪れる人を父
と一緒に出迎えていると、見かけない男の人が会釈をしてきた。
「あ、あの……」
 父さんと同じくらいの男性は、おじいさんが言った人にそっくりだった。手の甲にほくろもある。
「私、健三郎さんに生前お金を貸してもらっていた者です」
 男の人は、おじいさんの名前を言った。その言葉に、お父さんは驚いたようだった。
「え? 父がお金を貸していたなんて聞いたことありませんが」
「昔、私は貧しい青年でした」
 静かに、彼は話だした。
「父は働き者でしたが、それでも十分な稼ぎはもらえず、母は病気がちでした。それでも、い
え、だからこそ、私は大学へ行って勉強したかった」
 昔のことだから、大学に行くのは今ほど一般的でなかったのだろう。
「私は、父の許しを得て、祖父が遺したというこの瓶をこちらの店に持ち込んだのです。そし
て、かなりの高額でこの瓶を買い取ってくれました」
 幸運な人だなあ、と私は思った。大勢の人々が色々な品物を持ってくるけれど、高値がつく
のは本当に少ないのだとおじいさんは言っていた。
「働きながらも、無事大学を出ることができました。それから、生活に余裕がでるようになると、
私に勉強をさせてくれた骨董に興味が出てきました。そして私も骨董の勉強をしてみたくなった
のです」
 骨董の趣味は結構お金がかかるものだ。生活に余裕なんていってたけれど、結構成功した
んじゃないかと私は俗なことを考えた。
「そして、自分が骨董についてある程度知識がついて初めてわかったのです。私が売ったあの
瓶は三文(さんもん)にもならないほどの安物だということ}
「じゃあ、父はそれに気付いていて……」
 父は少し驚いたようだった。
「その瓶って……ちょっと待って!」
 私は鍵を持って急いで蔵へ走った。
 そして、おじいさんに教わった場所にある木の箱を持ってきた。
「おじいさんが、これをあなたにって……」
 私が箱を開けて見ると、それは白いツボだった。
「ああ、これは……まだ捨てずに取ってあったのですね」
 とてもなつかしい物なのか、彼の目に涙がにじんだ。そして私の手の中にある瓶を見つめて
言った。
「やはり、これは大して出来のよくない偽物です」
 男の人が何か封筒のような物を取り出した。
「これを。今まで不当に多く手にしていたものですから」
「では、こちらはこの瓶をお返ししましょう」
 父の言葉を聞いて、私は瓶を箱にいれると、元の持ち主に手渡した。

 あとで知ったことだが、その男の人は鑑定士として少し名の知れた人だったようだ。おじいさ
んはその人が昔瓶を買い取った青年だと気付いたのだろう。そして、例の予言になったのだ。
だったら、あの瓶が偽物だと気付いたかも知れない、と。
 というわけで、おじいさんの予言は成就したのだった。

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