第十八章 鳥辺野 その三

   地面が鳴動した。天井から、浄化しきれないヒルコが、振動で落ちた石が、容赦なく降り
注ぐ。洞穴の表面を覆う石積みが歪んで剥がれていく。土煙で荒ぶる神の様子は見えない。い
くつか灯されていた明かりが消え、辺りは薄闇に覆われた。
「鹿子!」
 背後から声をかけたのは、魁に乗った朱だった。放心したままの鹿子の手をつかむと強引に
魁の背に放り投げる。詩虞羅も魁に衿をくわえられて背に乗せられた。鹿子は手を伸ばし、従
者の亡骸を掴もうとする。
「淘汰、殺嘉! 二人をこんなとこに置いて行きっぱなしなんてできないっ!」
 暴れる鹿子を朱は押さえ付けた。
「あほう、御主まで死ぬ気かや! 諦めいっ! 詩虞羅、鹿子を押さえておけ。魁行け!わら
わは走る!」
 もはや玄室が崩れるまで刹那もないように思えた。
 魁が走りだした。
 頭にあたれば即死の大きさの石が雨のように降ってくる。床にも無数に亀裂が入っていた。
入り口近くまで来た時、遠くで何かが崩れる、地鳴りのような音がした。
「だめ。行かないと!」
 詩虞羅の手を振りほどき、魁から飛び降りる。その衝撃で痛んだのか、体をまるめ、動きを
止めた。
「馬鹿め……!」
 もう連れ戻す時間はない。朱はそのまま魁を走らせた。

(行かなくちゃ)
 鹿子は背後で路が崩れる音を聞きながら玄室の中央へ引き返していた。走りたいのに、片
足を引きずってしか歩けないのがもどかしい。行かなくてはならない。魁の上で考えていたこ
と。その予想が正しければ、きっと。
 地下のあちこちをヒルコが通ったせいで、大きなもぐらかミミズが通ったように足元がもり上
がっていた。
 鹿子は玄室に駆け込む。玲帝も、柚木の姿もどこにも無かった。玲帝の像と棺は原型を止
めないほどに壊れている。
 床は黒いヒルコに半分覆われていた。それはまるで夜の海のようだった。水面に、金色の輝
きが所々浮かんでいる。流した砂金のような光は、柚木が浄化をしたヒルコだった。
だが、周りの黒いヒルコに穢されその光は一つ、一つと消えていく。
「淘汰、殺嘉!」
 大きな穴に足を取られながら、等身大の人形のように横たわる従者達の名を呼んだ。
 鹿子は辺りを見渡す。あちこちに黒い水溜まりができている。その一つに駆け寄り、鹿子は
金色の光をすくい取ろうとした。
 ヒルコに指を浸す。黒いヒルコに焼かれた指が、嫌な匂いを立てた。顔をしかめながら、小さ
な輝きをすくい上げた。
 鹿子は、静かに祝詞を唱えた。子守歌のように優しく。破壊の音をぬって、澄んだ声が響い
た。その響きの呼応して、金色の輝きが手の中で強くなっていく。指先に通う血の赤が淡く透け
て見えた。
 指先の傷が時間を巻き戻したように薄くなり、癒えて消える。
 光をこぼさないようにゆっくりと従者二人に歩み寄る。殺嘉と淘汰の胸にヒルコをそそぐ。乾
いた土に染み込むように、金色の蜜は消えていく。従者の前にひざまずき、祝詞を続ける。天
井から落ちてきた砂利が鹿子の肩を打つが、巫女は少し顔をしかめただけで祈りをやめな
い。
 小さく息をする音がして、鹿子は弾かれたように顔をあげた。二人の頬に赤みが戻っている。
「殺嘉…… よかった、淘汰も」
 黒いヒルコが物を腐らす陰の力の塊ならば、浄化されたヒルコは、陽の力の塊だ。草を生や
し、種から芽を出させる力の塊。ならば、それを死者に流し込めば。
 鹿子は従者二人に抱きついた。衣ごしに伝わるぬくもりが、この上なく嬉しかった。従者二人
の目がゆっくりと開く。
「鹿子!」
 殺嘉はしばらくきょとんとしていたが、状況が飲み込めるとジャレつくように鹿子に頬をすり寄
せた。
「僕は一体…… 鹿子様? は、放してください。なんか照れます」
 淘汰の声は、かすれていて石が落ちた音でかき消されそうだった。
 浮かび上がった涙をそのままに、鹿子は微笑んだ。
「お祝いと謝罪と恨み言はここ出てからたっぷり聞かせてあげる」
「無理だ。今から外に出るなんて」
 半分呆れたように殺嘉が言った。
「死んだ人間だって生き返らせたのよ。今なら私、なんでもできる気がするわ」
 鹿子は殺嘉と淘汰の腕を自分の肩に回し、二人を立たせた。二人とも足元がふらついてい
て、鹿子は何度か倒れそうになった。しかし、ここで動かなければ、二人は死体に逆戻りだ。
「あっちへ」
 鹿子が指したのは祭壇だった。瓦礫となった像の前の地面は、地下を通ったヒルコの影響で
土がくぼみ、大きな穴が開いていた。
「うまくいきますか」
 勘のいい淘汰は鹿子が何をしようとしているか気づいたようだ。おとなしく指示に従う。殺嘉も
狭い穴の中に入り込んだ。
「お、おい、見ろよ鹿子! これって……」
 何かを見つけたのか、殺嘉がさかんに話しかけてくるが、かまっている暇はない。
「いいから! 殺嘉も早くこの中入って!」
「で、でもよ、これ!」
「え?!」
 そして、その数分後、耳をつんざくような轟音と振動が体を包んだ。


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