第十四章 傀儡その二

 過刺は木に寄りかかり、腕を組む。戦いには参加せず、高見の見物を決め込むつもりのよう
だった。
「兵達と同じ、傀儡だよ。よくできているだろう。柚木が造ったんだ」 
「嫌がらせのためだけに、わざわざ術まで使ったの? いい趣味してるよ、本当」
 淘汰がひどくまずい物を飲み込んだような顔をして、過刺と告屠を見比べる。
「わざわざ、告屠さんの姿を似せて……?」
 抑揚のない鹿子の声で、殺嘉は彼女が胸の底で怒りを抱え込んでいるのが事がわかった。
小さな拳があまりに強く握り締められたせいで細かく震えている。
 死者を冒涜(ぼうとく)し、人の過去を掘り返し、心を傷つけ、踏みにじり、嘲笑う。確かに、そ
んな行為を鹿子が許せるはずもなかった。
 告屠はとても作り物とは思えないなめらかさで唇をなめ、完全に戦意を喪失した詩虞羅にむ
かって走りだした。
「僕の仇、だよ、薙覇」
「こいつ!」
 鹿子は刀を抜く。
 告屠の刀が詩虞羅にむかって振り上げられた。鹿子は二人の間に割り込み、詩虞羅に迫る
刃をはらう。そして返す刀で斬り降ろした。
「よせ、鹿子!」
 朱が声をかけるより早く、鹿子の刀が告屠の肩から脇腹まで真っ赤な線を引いた。血が、刀
を伝う。
「え……」
 鹿子は流れる赤い液体を呆然とみつめた。
「クハハハ!」
 告屠が口の端から血を流しながら、笑い声をあげた。その声がしわがれ、低くなっていく。そ
の異様さに、鹿子達は動く事ができなかった。
 曇った鏡に映したように告屠の姿が滲んだ。煙が風に吹き飛ばされるように、その顔が、胴
が、手足が粉のようになり宙へ消えていく。その煙の中に、告屠よりも大きな人影が現われ
た。過刺だった。
 弾かれたように鹿子は振り返った。茂みに立っていたはずの過刺は、いつの間にか消え失
せていた。いや、人型となって低木の根元に転がっているのだ。
「幻影呪」
 苦しそうに詩虞羅があえいだ。
 告屠に化けていた過刺の懐から、破けた符が見えた。この符で告屠に化けていたのだろう。
 胸の傷口から滲み出た血で、符は赤黒く染められていた。致命傷だ。すぐではないが、間違
いなく失血で死ぬだろう。
 体を大きく斬り裂かれなれながら、過刺は笑った。
「ハハハ。都を守る聖地ともいえる占司殿で、あろうことか巫女が人間を殺すとは。薙覇にさせ
るつもりだったが、これで面白みが増した」
 鹿子は、艶やかな唇を噛み締めた。
「最初から、ここで殺されるつもりだったのね。占司殿を汚すために」
 肯定の代わりに唇を歪め、過刺は膝をつき、うつぶせに倒れた。
 鹿子の肩が小刻みに震える。神を斬ったことはあっても、人間を斬ったことはない。
 倒れたまま、禍刺が言葉を搾り出す。
「玲帝は確かに治世は下手だった。しかしそれでも心根は優しい人だったよ。繰吟様の恨みを
晴らし、この世を道連れにしてやる」
 過刺は笑みを消し、咳こんだ。血の気がみるみる失われていく。呼吸をするたび、擦れた雑
音が口から漏れる。
「聖地は穢された。これからますます神が転じるぞ」
「ちいっ」
 殺嘉は舌打ちして、刀を逆手に持ちかえる。そして一気に刃を過刺の背に突き立てた。心臓
貫くほど、深々と。
「殺嘉、何を!」
 鹿子が怯えすら混じった驚きの視線を殺嘉にむけた。
「黙れ。こいつは放っておいてもここで死んだ。占司殿の森から運びだす時間もねえ。だったら
トドメを刺してやるのが情けってものだろう。朱! 俺が過刺を殺したぞ」
 殺嘉は刀を振って血を払うと、そう宣言した。
 殺したのは鹿子ではなく自分だ。だから、鹿子は罪悪感を感じる必要はないし、占司殿が穢
されたのも自分の責任だ。そう鹿子に伝えたかった。
「幻影呪。柚木の使っていた呪じゃの。禍刺は柚木と組んでおったのか」
 朱が唇を噛み締めた。
「鹿子よ」
 朱に名を呼ばれ、鹿子はいたずらを見咎められたように体を強ばらせた。
「占司殿が穢された。都は守りの力を失った。これから、何が起こるか予想ができん。覚悟して
おけ」
「はい」
 鹿子が頭を下げた時だった。ざわざわと、神経が逆撫でされるような、不吉な予感に似た感
覚に襲われる。

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