第十三章 傀儡(くぐつ)

  息の根を止めぬよう、なるべく血が流れぬよう、力を加減して戦うのは、全力で荒ぶる神を
たたき斬るよりもよほど骨が折れる。
 それは淘汰も同じらしく、「ああ、もうっ!」といらだった声を上げる。
 兵の一人が殺嘉に向かって突きを放った。殺嘉は、真横に体をずらして刃を避ける。伸ばさ
れたままの相手の右腕を片手でつかみ、鳩尾(みぞおち)を蹴り付けた。
 男が倒れるのを確認するヒマもなく、新たに襲いかかってきた刀を払い除ける。つんのめっ
た兵の喉に、手の平を叩きつける。これで相手はしばらく刀を持つ事もできないほど咳き込む
はずだ。
 殺嘉は新たな敵に向き直った。すぐ傍で、足音がして振り返る。さっき喉を潰したはずの兵が
顔色も変えずに斬り掛かってきた。
 もう相手を倒したとみなしていた殺嘉は完全に不意を突かれた。敵は、刀を振り下ろそうとす
る。刀を構えなおすが、間に合わない事は殺嘉にも分かっていた。襲いかかってくる痛みを覚
悟する。その時、穴にでも落ちたように、相手の姿が下に消えた。
「なん……」
「何やってるんだよ、って言いたい所だけど、今のは仕方ないね。喉殴られても平気だなんて
普通ありえないから」
 淘汰がいつの間にか傍に立っていた。どうやら淘汰が足払いをかけたせいで、さっきの兵は
床に倒れこんだらしい。
 淘汰は、起き上がろうとした兵の右肩を踏み付ける。そして手を兵の喉に当てた。柳形の眉
が軽くしかめられた。
 兵は腕をはねのけようともがく。殺嘉がとめるヒマもなく、淘汰はその左胸に無造作に刀を突
き立てた。その傷口から血がでないのに、殺嘉が気づく。
「さっき、喉を触ったけど脈がなかった。呼吸もしない、脈がない、そんな人間いるわけない」
 刀が引き抜かれると同時に、蒸発するように兵の体が消え失せる。代わりに、左胸に穴の空
いた、小さな人型の木札(きふだ)が床に寝ていた。
「木?」
 目を円くするヒマもなく、殺嘉達に兵が襲いかかってくる。
「つまり、コイツらは傀儡(くぐつ)ってわけか」
「というわけだから、遠慮なく斬っちゃていいよね!」
 今まで手加減していた分、そうとう不満と苛立ちが溜まっていたのだろう。淘汰が刀を閃かせ
る。 
 なんとか衝撃から立直ったらしく、詩虞羅も刀を握っていた。さすがもと従者だけあって、戦い
方に危なげがない。守ってやらないと駄目かと思っていた殺嘉は、見くびっていた事を心の中
で密かに謝った。
 何とか兵の半分に減らした時だった。
 不意に殺気を感じて振り向く。斬り掛かってきたのは告屠だった。汗と一緒に恐怖がわき上
がった。
 淘汰との立ち回りを見る限り、この子供は腕がたつようだ。邪魔の入らない一対一ならやり
あえる自信はあるが、こんな乱闘状態では話が別だ。攻撃や防御で大きく動けば、どうしても
体勢が不安定になる一瞬ができる。大きく刀を振りかぶったとき、脇から横腹でも突かれては
防ぎようがない。
「くそ」
 殺嘉は思わず毒づいた。
「殺嘉、淘汰!」
 凛とした声が戦闘のざわめきを貫く。垂れ幕のむこうから誰かが駈けてくる足音が聞こえた。
「鹿子か!」
 今度は、鹿の子の物とは違う幼い声がした。
「神聖な占司殿の中で何をやっているか! 皆刀を収めい!」
 朱の一喝に、告屠が動きを止める。少年は構えを解いて、外へ出ていった。まるでこの小屋
の中にも飽きたというように。
 斬り掛かってくる兵の間を縫い、殺嘉はその後を追う。 
 兵に囲まれるようにして、鹿子と、魁に乗った朱が立っていた。
 告屠はおどけた様子で朱に礼をした。薄い唇が余裕の冷笑を浮かべた。
「お久しぶりです、朱様」
「御主は……」
 朱は信じられないというように目を見開いた。
「殺嘉、何があったの?」
 鹿子が駆け寄ってくる。
「知るか。なんかいきなり現われて斬りかかってきやがった。おまけに、」
 思い出したように斬り掛かって来た兵を殺嘉が切り捨てれば、真っ二つに割れた札が地面に
落ちる。
「この通り、この兵は作り物ときてる」
 殺嘉に睨み付けられても、告屠はシレッとしている。
「形代(かたしろ)か」
 朱が眉をしかめる。
「先輩に会いに来ただけですよ。ねえ薙覇先輩。僕らは同じ巫女様に仕えていたのだもの。柚
木様にね」
 告屠の視線を追えば、小屋の戸口から兵が蹴り出される所だった。勢いで幕が外れ、小屋
の中が見える。
 まだ戦い続けている淘汰の裏に、詩虞羅が立っていた。 
 額に汗が浮かんでいるのは、戦いのせいばかりではないようだ。いやな記憶で心を壊される
のを防ごうとしているように、片手で胸をおさえ、荒い息をしている。
 柚木には、死んだ従者がいたはずだ。では、この告屠がその従者で、死んだ者が甦ったとで
もいうのだろうか。
「告屠。なんでお前が」
 詩虞羅の言葉は呻きに近かった。
「そうだよねえ。僕に会いたくなんかないよねえ。あのとき柚木様を逃がすのに手一杯で、僕の
こと助けられなくて、見捨てたんだもんね、先輩」
「詩虞羅様。告屠さんは確かに亡くなったのですよね、間違いなく」
 鹿子が告屠を見据えたまま、詩虞羅に聞いた。その口調は静かなものだったが、殺嘉には
長いつき合いのおかげで、鹿子が腹の底で怒り狂っているのが分かった。
「ええ。荒ぶる神の爪にかかって。私の、私の目の前で。間違いありません」
 告屠がまたくっくっと笑った。
「痛かったよ。荒ぶる神の爪で引き裂かれて。胸からいっぱい血が出た。それでも助けてくれな
かったよね。僕が喰われている間、先輩は逃げた。柚木様とね」
 薙覇の頬を涙が伝う。彼は力なく地面に座り込んだ。
「当たり前だよ、そんな事は」
 呆れたように淘汰がいう。
「優先されるのは何よりも巫女の命だ。巫女の力がなければ、神を浄化することはできない。
神を浄化できなければ、村人が死ぬ。場合によっては全滅だってありえるし、常黄泉の地がで
きる。もし僕が詩虞羅の立場だとしても、同じ事をしたろうね。殺嘉だって恨んだりしないさ。な
あ」
「い、いやまあ、そりゃそうなんだけど。なんだろう、お前に言われると素直にうなずけねえな」
 突然、隅の木にむかって魁が吠えた。
「帝の兵がこの祈りの宮になんのようじゃ。出てきや、過刺!」
 幹の影から、赤い甲冑がのぞく。柚木の村で襲いかかって来た帝の兵、過刺だった。

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