第十二章 亡霊

  占司殿の深部は、男子禁制になっている。だから、祓いの旅に出る前の打ち合せや、逆に
旅から帰り、占司殿にあげる報告書をまとめる時、巫女と従者が話し合う事ができるように、
塀の傍に専用の小屋がある。
 これから、神殺しの件や最近の異常について、いずれ占司殿から呼び出しが来るだろう。と
いうわけで、殺嘉と淘汰は占司殿に居場所を知らせた上で、その小屋でくつろいでいた。板を
組合せたような簡素な造りだが、冬用に小さい囲炉裏もあり、適度な広さで居心地は悪くない。
外からはのどかに鳥の声が聞こえてくる。
「しっかし、なんでここにいるんだ詩虞羅」
 殺嘉は床板に置かれた敷物の上にあぐらをかき、詩虞羅に言った。今小屋の中は大の男三
人だけというなんとも花のない状況になっている。
「い、いや、こうなったら、どうなるか最後まで見守ろうと思いまして。どうせ家にいても待ってる
人もいない身ですし」
 自分でも場違いと思っているのか、詩虞羅はわたわたと慌てたように言った。
「ふーん」
 殺嘉は半眼を詩虞羅にむけた。
 鹿子を助けてくれたし、悪い奴ではないのだろうと思う。けれど、どこか完全に信用できない
男だ。この男はまだ何かを隠している気がしてならない。まったく根拠のないただの印象だが、
だからこそそういった感覚を軽視できない事を殺嘉は知っていた。
「あの。すんませーん」
 戸代わりの皮の垂れ幕のむこうから、誰かが問いかけてきた。
「詩虞羅さん、いますか?」
 殺嘉と淘汰は同時に顔を見合わせた。誰が訪ねてきたのだろう。そもそも、ここに自分達が
いることを知っているのは数人のはずだ。
 戸口の近くにいた淘汰が、首をかしげながら垂れ幕に手をかける。 
「開けないでください!」
 詩虞羅は悲鳴じみた叫びをあげた。だが、少し遅かった。
 戸の外に立っていたのは、少年だった。年齢は殺嘉より少し年下くらいか。細身の体が従者
の着物に包まれている。細い手足は日に焼けていた。少し幼い目の上に、生意気そうな眉が
乗っている。少年は、詩虞羅を見つけるとにっこり笑って大きく手を振った。
「せぇんぱい! お久しぶりです」
「告屠。なぜ」
 気を失いかけたのか、詩虞羅の体が一瞬かしいだ。
「ええっと、君は一体……」
 淘汰の質問に答えもせず、告屠というらしい少年は刀を抜きながら小屋に駆け込んで来た。
「うわっ」
 いきなり斬りかかられた淘汰は跳びすさって銀光を避けた。足に引っ掛かった水瓶が倒れ、
水が床を濡らす。
「禍刺といい、君といい、なんで皆僕を見ると問答無用で斬りかかってくるんだか!」
 水音をさせ、淘汰が踏み込む。刀を抜き放った勢いのまま、告屠の肩口を狙い斬り下ろす。
 告屠は水平に構えた刀を頭上にかかげた。その刃に引っ掛かり、淘汰の切っ先は勢いを殺
された。
 二人は刀を離し、間合いを取る。
「君は誰かの従者かい? なんだかおかしいな。なんで、従者が帝の兵達を従えて……」
 横から脇腹を蹴とばされ、淘汰は息を詰まらせた。
「何するんだ殺嘉!」
「あほんだら! 獣(ケダモノ)かお前は! 場所がらをわきまえろ」
 殺嘉は一気にまくしたてる。
「ここは外に近いとはいえ、占司殿のある聖域だぞ! 血で穢す気か? 朱様に言われなくて
も、この状態でそんな事になったらえらい事になるくらい分かれよ」
 淘汰も相手を殺すつもりまではないだろうが、大量の流血でも穢れのうちだ。帝の使いであ
る禍刺に斬りかかった事といい、なぜこいつは女みたいな顔しながら狂暴なのだろう?
「でもさあ、殺嘉」
 淘汰は入り口を顎(あご)で指した。
 薄笑いを浮かべる告屠の後ろ、垂れ幕が跳ね上げられ、甲冑を着た兵達がなだれ込んでき
た。
「そのうち、そんな事いう余裕なくなるかもよ?」
「……確かに厳しそうだな」
 殺嘉はしぶしぶと刀を抜いた。
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