第八章 葛葉のその二

 「柚木様の妹君が、この村の人間に殺(あや)められたのです。そしてその後、私の前から姿
を消しました」
 まるで切っ先が目に入っていないように、詩虞羅は淡々と続ける。取り乱さないように、感情
を殺しているようだった。
「え……」
 吐き気すら感じて、鹿子は左手で口を押さえた。緑に染まっていた希月の骨を思い出す。
薄々気がついていたとはいえ、頭の中で考えていたのと、人の口から聞かされるのとはまった
く重みが違っていた。
「なんで、どうしてそんな事を」
「柚木様が狩ろうとした荒ぶる神は、長い年月を生きた、強大な力を持った物でした。柚木様
は、戦いの途中、神の呪いを受けたのです。今のあなたのように、体から力の抜ける呪いを」
 荒ぶる神と向き合って、体の力が抜ける。刀が握れなくなる。聞いているだけでも恐ろしさで
体中が粟立つ。
「私達は、いったん退(ひ)くしかありませんでした。柚木様をかばいながら。そのとき、従者の
薙覇が命を落としました」
 鹿子は唇をかみしめた。荒ぶる神を浄化できるのは巫女だけだ。村を常黄泉(とこよみ)の
地にしないためには、何よりも巫女の命が優先される。
「村に逃げ帰った所で、呪いが解けるわけではない。占司殿から援軍の巫女を待っている時間
はない。そんな時、希月様が恐ろしい提案をしたのです。柚木様の呪いを、ご自身に移してほ
しいと」
「そんな事が……」
 淘汰が呟いた。
「できるのですよ。形の似た物同士には見えない縁(えにし)がある。それを使えば。お二方は
姉妹ですから、姿形も似通っていましたし」
 詩虞羅は手をきつく握りしめる。
「私は、柚木様の呪いを希月様に移しました。そうするしかなかったのです。それに、かけた神
を浄化すれば呪いも解ける。柚木様は、荒ぶる神を浄化しにむかいました。何度も希月様に
『すまない』と『すぐに帰る』を繰り返してから」
「殺されたなんていうから、希月って嫌われてたのかと思ったら、村の恩人じゃねえか。なんで
そんな奴が殺されたんだよ」
 殺嘉の言葉はもっともだった。
「呪いが、一部の村人達の恐怖を呼んだのです」
 握り締められたままの詩虞羅の手は、細かく震えていた。
「市井(しせい)の人々は、呪いに関しては無知です。希月様の呪いが、伝染病のように他の人
間に移るのではないかと思った者がいた。呪いを得た人間を村においていたら、他の荒ぶる
神の怒りをかい、また新たな禍(わざわい)を呼ぶかもしれない、そう思った者もいた。ならば
今のうちに殺してしまった方がいいと」
「そんな……」
 巫女は、女性ならば誰でもなれるというわけではない。神を浄化するには、神の気配を感じ
取り、猛り狂う力を自分の心と同調させ、鎮める能力がなければならない。
 だからこそ。だからこそ、自分にその力があると知った少女は巫女となり刀を取る。親を、兄
弟を守れるのは自分達しかいないのだから。顔を見た事もない、誰を、その誰かの大切な誰
かを守れるのは自分達だけなのだから。
 それなのに、柚木様は自分の守ろうとした者に、一番守りたかった者を殺されたのか。
従者を失ってまで守ろうとした者に。
「毒を飲まされたのでしょう。神を狩ってかけつけたとき、希月様はすでに息絶え、枕元には毒
の入った碗が転がっていました」
「なんだか、村の奴ら全員叩っ斬ってやりたくなったよ」
 淘汰がそう呟くのも、今の鹿子には当然に思えた。殺嘉は無言で腰に差した刀の柄を指で叩
いている。
「『村の人間が生きていることが許せない』。柚木様はそう言っていました。『薙覇を犠牲にし、
希月を殺し、なぜのうのうと生きていられるのだ』と。『そして、二人を守れなかった自分自身も
許す事ができない』と」
 冷たい柚木の眼差しが見えるようだった。
「私は、そんな柚木様に巫女を続けろとは言えなかった。私は柚木様の髪を占司殿に送り、我
らの巫女は死んだと。それでも私は柚木様と共にいき、彼女の世話をするつもりでした。しかし
柚木様は目を離したすきに姿を消したのです」
「これでわかったな」
 陰欝に殺嘉が言った。
「柚木は、村の人間……いや、この世界を憎んでいるのか。そして神を斬り殺して常黄泉の地
を作り出そうとしているのか」
「でも、信じられない。柚木様が、こんなことを」
「神を斬って常黄泉の地をつくる、か」
 どこかうわの空と言った感じで凛音が呟いた。
「それだけならいいがな」
「繰吟帝」
 詩虞羅は繰吟の前に跪いた。
「凛音でいい」
 いらだたし気な調子のまま繰吟は言った。鎧を脱ごうとするが、手が震えてうまくできない。も
う少しで荒ぶる神に殺される所だったのだ。戦いなれていない操吟が恐怖を感じるのも無理は
ない。見兼ねた鹿子が手伝う。
「とりあえず、荒ぶる神が異常だという事も、神殺しの件もわかった。都に戻る」
「私達も、ご一緒させてください。朱様に報告をして、指示を仰がないと」
 鹿子は都のある方向へ顔を向けた。
「早く都に帰って、少しだけでもゆっくりしてえよ。胸クソ悪い事ばっかだったから、正直辛えわ」
 珍しく殺嘉が弱音を吐いたが、鹿子はそれを咎める気にはならなかった。


戻る   第九章 占司殿の朱へ


トップへ
トップへ
戻る
戻る