ある男の手記

   君は、信じてくれるだろうか。今、私が見てきた事を。この世は、今だ魔物と呼ばれる者が
いる事を。
 その男は、どこにでもいそうな若者だった。年は大学生ぐらいの男で、夜、帰宅する私の前を
歩いていた。ポロシャツとジーンズといった格好で、どこも変わった所はない。
 しかし、どうも不気味な雰囲気があった。目が変にギラついているというか。そいつが近付く
と、周りの犬が殴られたようにキャンキャン鳴き出す。そして奴に睨まれるとピタリと静かになる
のだ。
 どうやら同じ方向に向かっているらしく、私はしばらく奴の後をつける形で歩いていた。すると
突然、ふっと前を行く背中が消えた。目を離していないのに、まるで何かのスイッチを消したよ
うに、突然に。驚いて周りを見回すと、いつの間にか男は公園を歩いていた。ちょうどその時、
公園の向かい側から女性がこちらに向かって歩いてきた。そして、その二人がすれ違おうとし
た瞬間、男が急に女性を抱き寄せた。女性は悲鳴をあげようとしたようだが、口を押さえられ
てうめき声しか出ないようだった。
 男がくわっと口を開けた。白い牙が、月と街灯の光にねっとりと光る。そこで私は初めて
気付いた。その男が吸血鬼だという事に。そして、ああ、恐ろしい! その次に起こった事は今
でも信じられない! 
 噛み付かれようとしていた女の首が、するりと牙を避けたのだ。カッコのような弧を描いて!
 まるで引き伸ばすように女の首は伸び、頭の位置は高くなる。そして巨大なヘビさながらその
首で男の上半身を締め付けた! 
 首を引きはがそうともがいていた男の手がだらりとたれると、女は首を縮め何事もなかったよ
うに歩きだした。崩れ落ちた男の体を残して。
 ああ、君は知っているだろうか? この世には、今だ魔物と呼ばれる者達がいる事を。

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