
見合い本番開始其の二
「だけど、……俺は……」
俯いた宮城店長の眼差しを、追っていた。
だけど、私には見えない角度で目を伏せている。
そんなことよりも、もっと気になること、あるけれど。
心の中の、飽和状態が多分ずっと続いてる。
私、多分これから、今まで知らなかった宮城店長っていうか、気持ちっていうか、心境っていうか、何かよく分からないけれど。
でも、仕事で付き合っていた彼とは違う姿を、見せられるんだと思う。
そしてまた、私も、もしかしたら職場とは違う私を曝け出してしまうのかもしれない。
何だか、すごく、怖かった。
今まで過ごしていた毎日を、必死で築き上げていた関係を、ここで一挙にぶち壊してしまうんじゃないだろうかという恐怖が、私の中で生まれていた。
その気持ちだけじゃない。
全てを知っていて、黙っていた宮城店長への怒り。
結局、最終的には周囲に流されてしまう自分への情けなさ。
それらが混濁してしまって、結局私はどうしていいのか分からなくなってしまっていた。
もっとちゃんと、覚悟を決めて、この場所に立っているべきだった。
気合を入れてきたけれど、覚悟なんて、到底出来ていなかったと、今更ながらに実感する。
私や宮城店長のお母さんが談笑する声が遠く聞こえる中、私を覗き込み、心配そうに彼は眉を潜めた。
「もしかして、具合、悪いですか? 顔色良くないですし……」
そう言って手を伸ばし、私の額に触れそうになる宮城店長が、突然怖くなってしまって。
私は思わず、身体を硬直させて、ぎゅっと目を閉じた。
何でだろう。どうして、宮城店長を怖いなんて思ったんだろう。
確かに彼は、セクハラまがいのことを言ったりしていたけれど。こんなにこの人のことを怖いなんて思う理由が見当たらなかった。
……違う。宮城店長が、怖いわけじゃない。
私自身の、問題だ。
私が、この状況を受け入れていないから。気持ちが、定まらないままにここにきてしまっていたから。
だから、今、私は混乱の極みに立ってしまっているんだろう。
考えてみれば、これはある意味チャンスだ。
この場をお見合いだということを忘れてしまえば、いい会議場であるといえる。
社内の誰にも邪魔されず、宮城店長の本音が聞けるかもしれない。
私たちのミッションは、まだまだ始まったばかりだ。お互いを、知らな過ぎるのかも知れない。
今までの仕事では、必要が無かったことも、今回は必要になるかもしれない。
すなわち、店長との、一歩進めたコミュニケーション。
そうだと思えば、この機会を利用しない手は無い。
……うん、そうだ。そうよ。
怖がっていては、駄目だ。
恐れる前に、立ち上がろう。
私は、ぎゅっと閉じていた目を開き、目の前で心配そうに眉を潜める宮城店長に、にこりと微笑んだ。
「ごめんなさい。もう大丈夫です。私、怒ってなんていませんよ?」
「え……?」
「私、お見合いなんて初めてだったんです。そのお相手が、まさか店長だなんて知らなくて。少し混乱しちゃいました。ごめんなさい」
「いや、そんな。俺のほうこそ、黙っていて本当に申し訳ないっていうか、何というべきか」
宮城店長は、珍しいことに慌てているようで、一人称が「僕」じゃなくて「俺」のままになってるし、私の手を掴んだままになってるし。
もうこのまま、今日は謎に包まれた宮城店長のヴェールをはがして、彼の本音を聞きだして、花柳店の売り上げを上げる策を一つでも練れればいいなと思っていたんだけど。
さっきまで、超余裕、みたいな顔をしていたのに、何で突然豹変したんだろうか。全然さっぱり分からない。
私、何か困らせるようなことを言ったのだろうか……。
だとしても、この貴重な休みを費やしたわけだし、何か収穫を得なければと思っていた、その矢先。
事態は、私の思惑と全然違う方向に進んでいった。
いつの間にか、私と宮城店長は二人きりになっていた。
おばさま達が、お決まりのごとく気を利かせてくれて、私たちを二人きりにさせてくれたらしい。
スーツ姿の宮城店長。振袖の私。
二人、ホテル内のカフェで、無言で向き合う。
何か、喋ってくれればこちらも話しようがあるというのに。
宮城店長は、気難しそうな顔をしたまま、アイスコーヒーを飲んでいる。
多分、言葉を選択しているんだろう。
私たちの関係上、それは致し方ない。
だけど、こんな空気にずっと晒されているのは嫌だ。
覚悟を決めた以上は、サクサクと話を進めていきたい。折角のチャンスだもの、宮城店長が本当は花柳店をどう思い、どうしていきたいのか、未来予想図をしっかりと再確認して、私たちの勧めていくべきビジョンを明確にしていきたい。
だけど、このままお流れになりそうな雰囲気を感じた私は、胃の苦しさを限界に感じ、手を伸ばしてテーブルの上に置いてあった手をがっしりと掴んだ。
「へっ?」
「宮城店長!」
「な、なに?」
「私、脱ぎたい」
「え……ええ!?」
「すみません、いいですか?」
「え、いや、あの、とても嬉しいお申し出だけれど、どう答えればいいのか……」
「よかった、ありがとうございます。じゃ、着替えてきますね。少しお待ちください」
「え、あ、え、そういうこと? あああ、もう、……あああ」
宮城店長に許可を得て(というか意味不明な呻きを後にして)、私は立ち上がってホテル内に用意してもらっている控え室へと歩いていった。
背後で、深い溜息が聞こえたような気がするけれど、それどころじゃない。
本当は、私は、この場から逃げたくて仕方なかった。
こんな駆け引きみたいなの、得意じゃない。
お見合いをして、気持ちを引き立てて、なんて手段を使いたくない。
だけど、自分が希望している状況ではないけれど、流れを失うことはしたくない。
ここで、結婚するとかしないとかって話は別としても、宮城店長と懇意になれるのであれば。
利用していかなくてはならないんだと思う。
振袖を脱ぎながら、私は深い溜息をついた。
きっと、私は考えすぎなんだと思う。もっと気楽に生きていけばいいんだと思うけど、でも。
それが出来ない限りは、今出来ることをやっていくしかないんだ。
「うっしゃ!」
誰もいない更衣室で、一人。
私は小さく拳を作って気合を入れた。
もう、恋なんてしない。
出来ないよ。
だって、怖い。
裏切られるの、怖い。
だから、仕事に走るの。
そう決意した私に、お見合いの席で仕事をさせようなんて、神様って本当に意地悪ね。
だけど。
宮城店長が、いつもとどうも違うことに気付かない訳じゃなく。
私自身も、いつもと同じではないことを知っていて。
「暗闇から、一歩進んだ私の未来は、どこに向かっていくのかな……?」
どこか青白い顔をしている、見慣れた顔が映る鏡に向かって、私は小さく呟いた。
そして、いつものスーツ姿に着替えてみれば、気分は颯爽とする。
そうだ、この気持ち。この気分。
このまま、宮城店長に会いたい。そして、話をしたい。
衣装一つで気持ちが変わるなんて可笑しいかもしれないけれど、でも、私は振袖を着て、宮城店長に会って良かったと思う。
その時のお互いのぎこちなさ、きっと未来には笑い話になるはず。
未来……。どこまで先の、未来だろう……。
ふと掠めた疑問はすぐに忘れ去り、私は宮城店長の待つカフェに戻っていった。
何か考え込んでいたように俯いていた宮城店長は、私の気配を感じたのか、顔を上げて私を認めると、柔らかく微笑んだ。
「ああ、いつもの華さんだ」
「そうですね。……だけど」
だけど。
さっきの振袖姿も、私なんですよ?
そう言いそうになり、慌てて口をつぐむ。
私は一体どうしたいんだろう。
その小さな困惑が、また一つ心にひびを入れてしまうことに、私は気付かなかった。