
Goddess only for me
珍しいこともあるもんだ。
理央ちゃんと大和が、喧嘩をしたらしい。
原因は知らないし、本人達から直接、そうと聞いた訳じゃねえけど、俺でもピンときた。だって、理央ちゃんも大和も、微妙に目線を合わせないし、なぜか二人して俺に話しかける頻度が高い気がする。ていうか、二人の会話が全然無い。
だけど喧嘩をしているっていうのを周囲に悟られたくないのか、溜まり場で微妙な距離感を保ちながらテレビを見ている二人を見ながら、テーブルに陣取った俺に付き合う青山に聞いてみた。
「なー、青山」
「何ですか?」
「あのさ、何で理央ちゃんと大和、喧嘩すると俺に伝言頼むのかな」
「は?」
「いや、前もそうだったんだけどさ。あの二人が喧嘩すると、お互いに伝えたいこと、俺に伝言頼むんだよね。『〜って、大和に言っておいて』とか、理央ちゃんに言われるとさ……」
「ええ」
「なんつうか、こう、切なくなるんだよね」
俺、パシリ?
いや、理央ちゃんのパシリであれば、喜んで引き受けるよ。どこまでも走るけどさ。
でも、何となく違うでしょ。
俺、馬鹿だけど。あんま、考えんの得意じゃないけど。
でも、大事な幼馴染にせっかく利用されるんだったら、もっと違う形がいいなと思う。彼氏と喧嘩して、利用されんのは、ちょっと悲しいなって思う。
そう、俺の思いをぽつぽつと呟くように言うと、黙ってビールを傾けながら聞いていた青山が、訳知り顔で頷いた。
「なるほど」
「分かる? 俺、変じゃないよな。そう思うのって、普通だよな?」
「あ、いえ、大和さんと理央さん、喧嘩していたんですね。それが今分かりました。いやあ、何かギクシャクしてるなあと思ったんですけど」
そこかよ! ってか、気付くだろ、普通!! って思わず突っ込もうとしたら、青山がフッと微笑んで、
「俺から見たら、可愛いじゃれ合いですね」
「……じゃれ合い」
「ええ。本当の喧嘩になったら―――それが男と女であれば尚、本気になったら取り返しのつかないことになります」
「……あの、青山?」
「普段、穏やかな女のほうが、本気になったときに恐ろしい威力を発するものです」
「……」
「ですから、理央さんがあれくらいで済ませている間は、まだ可愛いじゃれ合いです」
大和の態度は、青山にとっちゃあどうでもいいらしい。
「そのうち、耐え切れなくなった大和さんが理央さんのご機嫌を伺うでしょう。それまで放っておけばいいんです」
こういう話題になると、青山の中で大和は総長ではなく、ただの彼女にぞっこんのガキンチョならしい。
「尊さんに伝言を依頼するのは、お二人とも尊さんを信頼しているからですよ」
「……そうかなあ」
「ええ。ほら、親が喧嘩すると、子供を介して会話をするようになるでしょ?」
うち、父親いねえし。そういうもんなのか、よく分かんねえけど。
でも、青山がそう自信満々で言うんなら、そういうもんなのかな。
ていうか。
俺、大和の子供じゃねえし!
ていうか。
全てを悟りきったように語る青山。
さすが、大人。超すげえし!!
感動して、静かな微笑みを浮かべる青山を眺めつつも、心の奥底で、実は青山の彼女って超怖い人なんだって悟った。
今度会った時は、ちゃんと挨拶しとこって決めた。
それから、数時間経って、そろそろ理央ちゃんを送んなくちゃなんねえなって頃。
喧嘩してる大和が理央ちゃんを送るのも気まずいだろうからと、いそいそと身支度を始めた俺。
一応、気を遣ってるんだぞ。決して、久し振りに理央ちゃんと二人きりで帰れるのが嬉しいって訳じゃねえぞ。
誰に言うでもなく、心の中で言い訳しつつ、理央ちゃんの下へと行こうとすると。
ジージャンを引っ掛けた大和が、手の中で鍵を転がしながら入り口から出てきた。
「バイク、用意した。行くぞ、理央」
……あれ?
何事も無かったかのように、いつも通り理央ちゃんを呼ぶ大和の声に、彼女もまた、いつものように微笑んで立ち上がった。
そして青山たちに頭を下げ、俺ににっこりと極上の笑みを浮かべて手を振った。
「じゃあ、また明日ね、尊」
「え、あ、うん」
「気をつけて帰るのよ。あまり、遅くならないようにね。それじゃ、青山さん、あと尊のこと、よろしくお願いします」
「ええ、お任せください。理央さんも、お気をつけて」
青山の返事に唇を綻ばせた理央ちゃんは、身軽に踵を返し、待っていた大和の腕につかまって。
そのまま、溜まり場を出て行ってしまった。
……あれ……?
あれあれ? そ、そうなの? そういうこと?
何が何だか、なあ……。
呆然と立ち尽くす俺の肩が、ぽんぽんと叩かれて、顔を上げると青山が静かな笑みを湛えて頷いていた。
「そんなもんです」
「……」
「だから言ったじゃないですか、ただの『じゃれ合い』だって」
「……」
「飲みに行きます?」
「……行かねえ」
唇を尖らせた俺を眺めた青山は、噴出すように笑って俺から離れ、ビールを冷蔵庫から出してくれた。
それを俺に渡しながら、
「可愛いなあ、尊さん」
と、とんでもないことを言いやがった。俺は思わず頭に来て、缶ビールを一気飲みしてしまった。
それから朝まで、グダグダと青山たちを付き合わせて飲んだんだけど、奴らが取っ替え引っ替え、
「女を作ればいいのに」
って下らないことを言うもんだから、気分良く酔うことなんて出来なかった。
特定の女なんて、要らない。面倒臭い。
俺には……そう。
あの暑い夏の日、ピーピー泣く俺の前に立ち塞がった、女神の小さな後姿がある。
ノースリーブから伸びた手には、棒っきれを握り締め、勇ましい声を上げていたけれど、その手が震えていたのをはっきりと覚えてる。
本当は自分だって怖いのに、全力で俺を護ってくれている。
そんな彼女を、護れる日が来るまでは、俺には他の女なんて必要ないんだ。
例えば、実は理央ちゃんが極悪人で、どっかの秘密結社の総統だったりとか。実は人間じゃなくて、恐怖の大魔王だったりとか。
実はあの可憐で優しい理央ちゃんが、この世界を征服しようと目論んでいたとして。
人類の敵だと分かって、それがバレてしまって、この世界に孤立してしまったとしても。
そんな理央ちゃんでも、俺は最後まで傍にいたい。最後まで、俺だけは味方でいたいと思う。
この気持ちは、誰にも負けねえ。大和にだって負けねえ。
けど、もし、負けたと感じた日が来たら……その時は、理央ちゃんを大和に安心して託せんのかなあ……?
そんなことを、うだうだと考えながらも飲んでいたら、いつの間にか睡魔が襲ってきて。
俺はテーブルにうつ伏せながら、小さく小さく呟いた。
「理央ちゃん、俺も秘密結社、入るからね……」
だから、安心していいよ。
そう呟いて深い水底へ沈もうとした瞬間。
「お前、馬鹿だろ。やっぱ、馬鹿だろ」
って呆れ果てたような、不愉快極まりない声が聞こえた気がした。
「……あれから、ずっと飲んでたの?」
聞きなれた、可愛い声がする。
あれ、理央ちゃん? 何で? もう、朝なのかな?
ぼんやりとした頭で起きようとしても、身体が動かない。
何でだろ。金縛りかな。理央ちゃん、さっそく魔術を使ってんのかな……?
「他の連中はな。俺はお前送って戻ってきてから、一本飲んで寝た。こいつは、俺が戻って来た時にはもう、意味分からん寝言、言ってた」
「ふふっ、そう。でも、もう少しだけ、寝かせてあげよう?」
ふわりと、俺の頬に柔らかい感触を感じた。
その感触は、頬から髪へと移る。
懐かしいその感触に、何でだろう。涙が出そうになった。
「全く、お前はどこまでこいつに甘いんだよ」
「うるさいの。いいの。だって、だってね……尊が甘えられるのは、私だけなんだから。だから、いいのよ」
髪をしばらく撫でていた手が、離れていく。
そして、理央ちゃんと大和の声も段々離れていき、俺は再び水底へと落ちていった。
次に目覚めたときには、理央ちゃん、傍にいてくれるかな。
きっと、いてくれる。
そしたら、思い切り抱きつこう。
俺が甘えられるのは、もう、そう長い時間じゃない。
だから、それまでの間は、全力で……
理央ちゃんがいなかった一年半。
その間、俺、あんま大人になれなかった。
ごめんね、理央ちゃん。
だけど、その分、理央ちゃんが傍にいてくれる間に頑張るよ。
見てくれているから、頑張れるとこ、絶対あると思うから。
理央ちゃんが幸せになるのをちゃんと見届けて、それから、俺、どうしよっかな。
遠くて近い未来に思いを馳せながら、俺は夢を見た。
あの、暑い夏の日。
ノースリーブの白いワンピースの女の子が振り返り、俺に眩い笑顔を向けている。
この笑顔だけは、永遠に俺だけのもの。
「いこう、タケル!」
その声に頷いて、俺達は走り出した。
恋とは違う、この想い。もうしばらくは、この想いを抱いて走ろう。
夢と現の間の、心地よいまどろみの中で、俺は充分幸せだった。
この幸せが、少しでも長く続けばいいなって、思った。
END