
幾千の光に祈りを込めて
「出掛けるから、支度しろ」
突然うちに来るなりそう言った大和に、私はぽかんとしてしまった。
だってもう、夜の10時過ぎ。今から出掛けるって……遅すぎない?
それにお父さんにちゃんと許可を得なくちゃ。そう思った私の心を読み取ったかのように、リビングのいつもの席に陣取った大和は、タバコを吹かしながら言った。
「お前の親父には、もう電話してある。余計なことは心配すんな。いいから早く支度しろ」
用意周到な。もう、私を連れ出すための許可を、お父さんから得ているの?
というか、私を誘う前に、お父さんから許可を得るという大和の気持ちが嬉しくて、くすぐったくて。
私はくすくすと笑いながらも慌てて支度を整えた。
車なのかな、バイクなのかな。
こんな時間だし、車だったら運転手さんに迷惑掛かっちゃうなと思っていたら、大和はバイクで迎えに来てくれていた。
私にヘルメットを被らせて、バイクを走らせること1時間。途中休憩を入れたけれど、随分長い距離に、どこまで連れて行かれるのか……明日、学校なのに。
色んな意味で大丈夫なのかと心配になってきた頃、大和は走っていた高速道路のパーキングエリアにバイクを止めた。
またしても休憩なのかな、と思っていたら、私の手を掴んだ大和はずんずんと歩き出す。
煌々と明るい店先を通り過ぎて行く先には、薄暗い公園がひっそりとあった。
昼間だったら、子供の賑やかな声が響いていたり、お仕事の途中でお弁当を食べる人たちの憩いの場になっているだろうその場所は、今はひっそりと静まり返っていた。
いっそ薄気味悪いくらい、静かで誰もいないその場所。
大和は臆することなく、私の手を繋いだまま一つのベンチに腰掛けた。
「あの……大和……?」
彼の意図することが分からなくて、戸惑う私を見ることなく、大和は顔をふいに上に上げた。
「理央、上、見てみろ」
「え……?」
釣られて私も目線を上げると……絶句した。
幾千……幾万の星々の輝きが、私と大和に降り注いでいる。
都会では決して見れないような、小さな星たちも目にすることが出来るのは、ここの場所が人工的な明かりに晒されていないからだ。
降り注ぐ……という表現は、大袈裟ではないと思う。
あまりにも多くの星が見えるせいで、私たちに迫っているような、圧倒的な迫力があったけれど、でも、途轍もなく神秘的にその星空は私と大和の眼前に広がっていた。
「……」
どう表現すればいいんだろう。
言葉無く、ただ光の乱舞に釘付けになっていた私に、同じように星を見上げていた大和がぽつりと呟いた。
「ここ、悪くねえだろ」
「……うん」
悪くないどころじゃない。
こんな場所が、うちから一時間ほどの距離にあるなんて知らなかった。
何で突然、連れてきてくれたんだろう。
だけど、そんなことはどうでもいい。
とにかく今は、この星空を満喫したい。
ベンチの背もたれに身体を預け、じっと空を見つめていた私の視界がふと翳った。
目線を動かそうとした私の唇に、暖かいぬくもりが重なる。
一瞬。ほんの一瞬だけ。
すぐに離れると、私の手を握りなおした大和が、いつもあまり変えない表情を微笑に変えていた。
「お前、すげえ嬉しそうな顔してる」
ふいに言われ、戸惑ったけど。
……でも、そうかも。
だって凄く嬉しい。
大和が私のために、こんなに遅い時間に。
こんな素敵な場所に連れてきてくれた。
凄く嬉しいプレゼント、貰った。
だから私は、繋いだ手をそのままに、大和の腕に抱きついた。
「……ありがとね」
囁くと、私の髪が柔らかく梳かれた。
「……いや」
大和は言葉数が少ない。だから、分かりづらいこと、沢山ある。
だけどね、あなたの行動、ちょっとした仕草。それで愛情表現してくれるの、実感するのよ。
気付いてる、大和?
大和の腕に抱きつきながら目を閉じて、もう一度星空を見上げてみる。
そこにはさっき見上げていた星空じゃないものが広がっているような気がした。
あなたと二人、同じ場所を見上げ、見つめている。
それに気付いた瞬間の私は、永遠にそうしていたいと思ったから。
「大和……」
「……」
「ありがと」
「……いや」
相変わらずの、口下手。だけど、照れくさそうなのが感じ取れる。
思わずくすりと笑った私の唇が、そっと甘く、再び塞がれた。
七夕の夜。
私は織姫じゃない。
大和も彦星じゃない。
川の流れに妨げられ、一年に一度しか逢瀬が叶わない二人よりも、ずっと近くに私たちはいる。
だから、何でも乗り越えていけるはず。
この日、確信になり自信になった。
永遠って言葉はまだ難しい。
だけど。
一分一秒でも長く。
少しでも長く、大和の傍にいたい。
その思いを込めて、星が流れた瞬間瞳を閉じた。
大和がくれた、サプライズのプレゼント。
私にとって……きっと、大和にとっても。
一生忘れられないものになった。
END