Devils Beat   2

 

 

 

「ここはてめえみてえなガキが来るところじゃねえんだよ。さっさと帰れ」

威嚇する切れ長の目の男に見据えられながら、友哉は腕をゆっくりと組んで微笑んで見せた。

内心は、正直見た目ほど度胸満載ではないけれど、決してそれを目の前のこの男に悟られたくなかった。

「ガキ? あんただって、ガキじゃないか。俺とそんなに年が違うわけでもないだろう」

「はあ? バカじゃねえの。そんなことを言ってんじゃねえんだよ。てめえみてえなひょろっこい男が来る場所じゃねえっつってんだよ!」

何度と無く言われた言葉だ。

正人は、佳織に惚れている。

だから、彼女と付き合う友哉が気に食わない。

それが分かっている友哉だが、彼にも佳織の男としての意地がある。

「そんなこと、百も承知だ。俺だって、佳織がいなければここに近寄ることすらないだろう」

「……」

「佳織の用が済んだら、消えるさ。彼女と一緒にね」

「……てめえ」

正人の腕が伸ばされ、友哉の胸倉を掴んだ。

ぐいと顔を寄せた正人は、普通の者であれば失禁をしてしまうほどの恐ろしさで、友哉も心臓の鼓動が早まるのを抑えられないが、かろうじて目線を正人に向けることに成功した。

「……調子に乗んのも、いい加減にしろよ? 殺されてえのか、てめえ」

回れ右をして逃げ出したい気持ちを抑え、友哉は口元を曲げて見せた。

「殺されたいなんて思ったことは、一度もないね」

「……バカにしてんのか、ああ?」

「とんでもない。正直な気持ちを言ったまでだ」

「……てめえが佳織と付き合って、あいつを護れると思ってんのか」

何とか威嚇から逃れようとしていた友哉だが、正人の痛いところを突かれた。

 

佳織を護ること。

 

精神的には、可能だと思う。

だが、決して喧嘩が得意ではない友哉に、それが可能なのかと言われたら、答えは……

 

しばらく無言だった友哉に、正人は勝ち誇った笑みを浮かべて手を離した。

「身分不相応なんだよ。佳織や俺たちと、お前は生きている世界が違うんだよ。とっとと別れろ、このバカ」

「……てになる」

「はあ?」

俯いた友哉の声に、正人は眉を寄せた。

少しの逡巡の後、友哉は顔を上げ、正人を見据え、大きくも無い声だがはっきりと言った。

「俺は確かに喧嘩は強くない。あんた達みたいな連中に殴られたら、ひとたまりも無いだろう。だが、誰かが佳織に手を出したなら……」

「……」

「俺が、佳織の盾になる」

我ながら情けない言葉だと思った。

だけど、これしか佳織を護る術が見つからなかった。

この身を犠牲にして、佳織を護ることしか思いつかなかった。

唇をかみ締めて、強い眼差しを向ける友哉を呆然と見ていた正人は、低く舌打ちをした。

もやしのように、ヒョロっこいこんな男が、『Devil』の頭の男だなんて信じたくなかった。

強く、美しく眩い佳織に一目惚れした正人は、佳織の選択が間違いだと思い続けていた。

彼女を護ることすら出来ない男が、彼女の隣に立つのが許せなかった。

正人は友哉本人に、佳織との別れを迫るのはもちろん、ずっと佳織にアプローチを続けてきた。

だが、彼女はくすりと笑って言う。

「あんたが見ているのは、本当のあたしじゃない」

本当の、佳織?

厳しい男たちの中にあって、威風堂々と立ち振る舞う佳織が全てではないのだろうか。

男相手にも、決して引けをとらない彼女の姿が、本当の彼女ではないのだろうか。

 

彼女を護れるのは、自分しかないと思っていた。

腕っぷしだけで言えば、恐らくチームの中で上のほうにいるだろうと思う。

だから、いつでも友哉ごときは潰せると思っていた。

なのに、この男は言う。

『佳織の盾になる』

その言葉の意味を考え込んだ正人の隣に、爽やかな風が吹き抜けた。

「お待たせ!」

明るい声と共に、正人の横を駆け抜けた佳織が、友哉の胸に飛び込んだ。

「おかえり」

「ただいま」

微笑みあう二人を見て、……正人ははっきりと敗北を悟った。

どうあっても、この二人を引き裂くことは難しい。

なぜなら、佳織が幸せそうに微笑んでいるから。こんな顔を、自分ではさせることが出来ない。

そう気付いた。

正人は低く舌打ちをして、踵を返した。その彼に、声が掛けられる。

「正人!」

ゆっくりと振り返ると、友哉の手を握り締めた佳織が、彼に目を向けていた。

その表情は、なぜだろう。清々しいもののように見えた。

「んだよ」

悔しさを見せたくなくて、わざとそっけなく言う正人に、佳織は笑顔でとんでもない事を言い放った。

「あたし、今年一杯で引退する」

「……は?」

「え?」

正人と友哉が、異口同音に驚きの声を発する。

その反応を見る限り、友哉も初耳だったようだ。

呆然とする男たちを可笑しそうにみやり、佳織は更に続けた。

「引退して、友哉の支えになりたい。勉強が大変な友哉を、護ってあげたい」

「佳織……!」

目を見開く友哉に微笑んだ佳織は、正人にもう一度目を向けた。

「チームの頭を、実力で勝ち取んな」

「……」

「信頼される頭になりたいんだったら、あんたの実力で頭の座を手に入れな。あんただったら出来るよ、正人」

「……佳織……」

「行こう、友哉。お腹空いた。今日は友哉がゴチして」

佳織は友哉の腕に甘えるようにぶら下がり、まだ呆然としながらも、友哉は彼女に引かれるままに歩いていった。

二人を見送った正人は、両手で髪を掻き毟り、盛大に舌打ちをした。

「あーっ、ちくしょっ!!」

誰に向けるでもなく大きく叫ぶと、再び正人は踵を返し、仲間の下に歩き出した。

最愛の女に託されたもの。

それを確実に自分の手に入れる。そして更にそれを大きくしていってやる。

そう、心に誓いながら。

 

 

 

それから一年後。

佳織の精神的な支えがあって、勉強に専念することが出来た友哉は、無事に医師国家試験に合格した。

これから、長い研修生活が始まる。まだまだ、佳織を幸せにしてやることは難しい。

だけど、誰よりも試験合格を喜んでくれた彼女を抱きしめて、友哉は耳元で囁いた。

「待たせて、ごめんな」

「え?」

「貧乏生活になるかも知れないけど、俺と一緒に苦労してくれるか?」

こんな情けないプロポーズの言葉でごめん。

心の中で詫びながらの友哉の言葉に、佳織は大きな目を潤ませて、何度も何度も頷いた。

 

 

数年後、友哉は人生で一番の悲しみを負うことになるが、それまで幸せな日々を送った。

 

 

友哉と、佳織と、一歳を迎えたばかりの一粒種の娘、理央。

今、彼の目の前には写真館で撮った記念写真がある。

 

それを眺めながら、友哉はビールを飲みながら呟いた。

「なあ、佳織。理央がよう、男作りやがったんだ。それも、お前の作ったチームの末裔だってよ」

微笑む佳織からは、無論返事は無い。それで、良かった。

友哉はすっかりと白髪が増えた髪を掻き揚げて苦笑した。

「運命って、本当にあんのかも知れねえな」

 

 

運命って、信じる?

 

 

そう佳織が囁いたような気がして、友哉は手を伸ばして写真の表面を撫でた。

「信じるよ。信じる。……お前と出会えたことこそ、俺にとっては……」

 

その先の言葉は、紡がなくても良かった。心の中で、永遠の愛妻に告ぐ。

 

 

これまでも、これからも。

ただ、お前だけを愛してると。

 

 

 

END

 

 

 

 

 


 

 

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