Devils Heaven 考   3

 

 

「わざわざ来て下さったんだから、お茶でもお出しした方がいいよね。ええと、テツさんはコーヒーと紅茶と麦茶とコーラと、どれがいいですか?」

 

突然聞かれ、オレは面食らい、呆然としたんだけど。

じっとオレを見上げる総長・大和さんの眼差しに気付き、慌てて手を振った。

さっきまで探りてえって思った想いも、大和さんの冷え切ったビームを食らえば簡単に吹き飛んでしまう。

すげえ目ヂカラあるお人だ。

てか、何でそんなにオレを睨むんだ。

超怖ぇよ!!

「と、とんでもないっす!! あの、すぐに帰りますので、失礼します!!」

そう言って踵を返そうとしたんだけど……それこそ、逃げるように。

だけど、総長の彼女がそれを許してくんなかった。

オレの腕をがっしりと掴み、引き攣った顔で振り返ると、にこりと笑って俺の腕を捕まえたまま、もう一度聞いてくる。

「飲み物、何がいいですか?」

……空気読まねえ女だな。

オレがこの場にいて、オレの利益になることなんてもはや一つも無えんだよ!!

大和さんを初見で間違えた時点で、オレに対する心証は終わってるんだよ!!

てか、もうオレの野望は終わってんだよ!!

もう放って置いてくれ、後は最下層でチマチマやっていくからよ!

 

その心の叫びが伝わるはずもなく、大和さんの女はキラキラとした目でオレを見上げてくる。

そして返事をせずに、固まっていたオレにじれったくなったのは、大和さんの女ではなく。

……あろうことか、大和さん本人だった。

「……早く言えや」

「へ?」

「何飲むんだ。とっとと答えろや」

……キレてる!?

ひくん、と頬を引き攣らせたオレは、「じゃ、じゃあコーラで……」と情けない声で答えると、理央さんは顔を輝かせてオレからやっと離れてくれた。

そして、自らグラスに褐色色の液体を満たして手にした理央さんは、にこりと笑ってオレにグラスを差し出した。

「どうぞ?」

「……」

信じられねえ。

総長の女だぞ。

『湘南連合』のトップの女なんだぞ?

そんな人が、何でオレみたいな下っ端のために、コーラ運んでんだ。

あり得ねえ。

ポカンとしたオレの手にグラスを渡した理央さんに、大和さんはまだ不機嫌そうな顔で名を呼んだ。

「理央」

「なあに?」

「来い」

手を伸ばす大和さんに、自然な様子で理央さんが身体を預けると、大和さんは彼女の肩を抱いたまま、テレビの前に設置したクッションに向かっていった。

ぽかんとそれを見送っていると、入れ違いにテレビを見ていた高校生が、伸びをしながらこちらへとやってくる。

「あーっ、身体いてえ。青山、ビール残ってっか?」

その高校生の言葉に、『大和さん』だと思い込んでいた男がくすりと笑って頷き、小さな冷蔵庫から缶を取り出し彼に手渡した。

大和さんと同じ学校の制服なんだろうけど、めちゃくちゃ改造しまくった制服を着た彼が、その缶を受け取り。

そしてプルタブを開けて。

グビッと飲んで、立ち尽くすオレに気付いたらしい。

「……んだ? お前」

「……」

余計なことは喋らない方がいい。

そう、オレの本能が教えてる。

そして、オレの本能は正しかった。

「理央さんのお父さんのために、湘南ハムを届けてくれたんですよ」

「あー……おじさん、そこのハム好きだもんなあ」

「ええ、そうらしいですね。大和さんが、キャットの頭に手に入れるように依頼して、それで彼が届けてくれたんですよ、尊さん」

 

 

尊さん!!

 

突然ヘヴンに現れ、そしてすぐにNO.2に君臨した、喧嘩で負けを知らないという鬼神・尊さん!?

 

茶色い長めの髪で、まだあどけなさが残っているような童顔の彼をじっと見つめていると、尊さんは訝しげにオレを見据えた。

「……んだよ」

「え? いや、何でもないっす」

「……」

「……」

二人無言でいると、オレがさっき大和さんと間違えた人……青山さんが仲立ちをしてくれた。

くすくすと笑いながら。

「彼、俺のことを大和さんと勘違いしていたようですよ?」

とんでもないことを言い出した!!

それは間違いではないけれど! でも、言うべきことじゃないんじゃないだろうか! 内緒にしていてくれてもいいんじゃないだろうか!

顔を蒼白にしていると、尊さんはさほど興味を引かなかったようで、「ふーん」とさっきまで大和さんが座っていた席に座り込んだ。

その隣に座った青山さんは、自身もビールの缶を手にして。

「きっと、尊さんと理央さんをカップルだと思って、何でここにいるんだろうって思ってたんじゃないでしょうかね?」

と、更にそんなとんでもないことを言い放った。

青山さん!!

あんた、Sですか? ドSですか!?

オレを窮地に追いやって楽しいのでしょうか!?

……楽しいのかもしんない。

だって時折、ビクつき満載のオレを見て、ニマニマ笑ってるし。

……終わった。やっぱ終わった、オレ。

がっくしと肩を落とす俺の肩に、ふいに重みが掛かり、はっと顔を上げると。

鬼のような形相の尊さんがそこにいた。

「ひっ……!」

「てめえ……俺と理央ちゃんがカップルだと……!?」

「あ、いえ、そんな、ええと、……」

「ざけんじゃねえぞ。そんな妄想、二度と脳内に浮かべんじゃねえ」

「……はい……」

「そんな、俺と理央ちゃん? は? 何ておこがましい!! あり得ねえだろう、なあ、青山!!」

「ええ、まあ、そうですねえ」

「ふざけんじゃねえっつうの!! そんなこと、あり得ねえっつうの!!」

「……」

「理央ちゃんは、俺にとってそんな次元の存在じゃねえんだよ。二度と言ってみろ」

「……」

「……ぶっ殺すぞ」

ひぃい!!

尊さんのちょこっとベビーフェイスが凶悪なものに変貌する瞬間を見て、俺は顔を引き攣らせた。

そしてトイレだか何だか分からないけど、尊さんが席を立った瞬間、オレは体中の息を吐き、今までの人生で無いくらいの深呼吸をしてた。

すんげえ怖かった。

何でこんなに怒られるの? ってくらい、激怒されたような気がする。

辟易してたオレに、青山さんがクスクスと笑う。

「尊さんに、理央さんのネタは禁断だな」

「え?」

「二人の関係を知らなくて、迂闊に邪推すると、お前みたいになる」

「……」

「もう、二人のことには触れるな」

……よく分からないけど。

でも、理央さんと尊さんは、特別な関係なんだろうか。

……もう考えるのは止めよう。頭が爆発しそうだ。

ただでさえ、あまり頭がよくないオレは、深く考えることに向かない。

深い溜息をついた後、ふと青山さんに聞いてみた。

「あの……」

「なんだ」

「理央、さんって」

「……」

警戒してる。

ような気がする。

何だ、どうしてだ。

そこまで厳重警備をする彼女って、どんな女なんだ。

見た目普通っぽいけど。

総長の女にふさわしくない程、普通っぽいんだけど。

だからこそ、余計違和感があるんだけど。

オレは勇気を振り絞り、青山さんの目を見つめた。

「理央さんって、……ヘヴンに認められてるんすか?」

オレにとって重要なのは、そこ。

だって総長の彼女だぞ? しかも「Devils」系トップの頭だぞ?

「湘南連合」の総長の彼女なんだし、誰もが認める女じゃなけりゃ、ダメだろ。

だからオレは、至極当然の質問をしたと思う。

なのに、青山さんは口元に笑みを浮かべたまま「フッ」と笑った。

「お前、若いな」

「え?」

「人を好きになったことってあるか」

「……」

女を作ったことはあるよ。抱いたこともある。だけど……何でそんなことを聞かれる必要がある?

「好きでもない女と付き合っている自分の上役を見ているのは、結構辛いもんがある」

「……」

「その女に、自分がどう対応していけば分からなくなる」

「……」

「自分の上役が、その女が好きで付き合っているんじゃないのに、段々女が調子付いて、手に負えなくなることもある」

「……」

「その後始末を考えたら、今は天国みたいなもんだ」

「……」

「理央さんは、……お前を怖がらなかっただろう」

「……」

「あの子は、普通のお嬢さんだ。だから、お前らには不服に思うかも知れねえ」

もう、それ以上いいって思った。

自分がそう感じたことが、恥ずかしくなってきた。

だから、それ以上聞きたくねえって思った。

だけど、青山さんは容赦ねえ。

いかつい顔に笑みを浮かべて、オレに止めを刺す。

「理央さんは、人を選ばねえ」

「……」

「見た目で人を判断しねえ」

「……」

「素直なお嬢さんを選んでくれて、俺は総長を誇りに思う」

「……」

「お前らには、物足りねえだろうけどな」

そう言った青山さんに、オレは小さく首を振った。

物足りない?

そんなこと、無い。絶対ない。

だって、見てみろよ。

こんなデカイ室内の端っこで。

身体寄せ合って、テレビ見てる二人……すげえ、羨ましく思った。

時折笑う理央さんを見下ろす大和さんの眼差しが柔らかくて、すんげえいいなって思った。

大和さん、理央さんのこと、メチャクチャ惚れてんじゃんって伝わって……それってこっちがドキドキするほどいいなって思った。

 

 

やがて大和さんが上着を脱いだ状態でこちらに戻ってきて。

壁際に目を向けると、理央さんが眠ってしまったようだった。クッションに横たわる彼女の身体の上には、紺色のブレザーが掛けられている。

ビールを煽る大和さんに、……すげえ無謀なことを言うかもしんねえけど。

でも、どうしても聞いてみたくて。

「……あの、大和さん」

「あ?」

手の甲で唇を拭う大和さんに、オレは恐る恐る聞いてみた。

「あの……差し出がましいし、……余計なことを言います。でも、オレも、信頼できる彼女を今後作りたくて、それで、その参考にさせて頂ければ嬉しくて……」

「……」

「理央さんのことなんですけど……」

「……」

どこに、惚れたんですか?

そう言うのはマズいと思った。どこに惚れたかって聞いたら、オレからしたら、理央さんに全然いいとこ無いって思ってるっぽい印象与えるかもしんないし。

どう質問すればいいのかな。

悩んでいる間に、大和さんは缶をぎゅっと潰しながら、目線を理央さんに向けながら。

小さく微笑んだ。

「理央は、尊を護ってる」

……?

言葉の意味が分からない。

だけど、尊さんはぴくりと身体を動かし、息を呑んだ。

「だけど、理央を誰が護る?」

「……」

「あいつは、気持ちの底を明かさねえ。そういう奴だ。誰かが悟ってやんねえと、……分かってやんねえといけねえ」

「……」

「そういうことだ。分かったか?」

……深すぎ。

ていうか、最終的にはのろけられたんだろうか。

 

 

 

やがて短い眠りから醒めた理央さんが、再びテレビを見始めて。

自然に隣に座った大和さんを、嬉しそうに見上げた。

「大和、可笑しいね!」

「ああ」

理央さんの言葉に、ふわりと笑みを浮かべた総長。

……これが、現在最強といわれる男。

 

凄く……幸せそうで、いいなって思った。

 

 

 

「なに、理央ちゃん! 何が面白いの!?」

「俺にも見せてください。どれどれ?」

 

そう言いながら、見た目普通な彼女に寄り添うチーマー達。

不思議な光景だけど、でも……

 

「オレも混ぜてください!」

 

 

そう言ったら、柔らかな暖かい笑みが待ってる。

 

「うん、一緒に、楽しもう?」

 

 

 

全然想像と違ってた。

だけど、……

想像よりも、上行ってた。

 

 

明日、頭に言おう。

 

 

ヘヴンは……

やっぱ、最高だって。

キャットもこういうチームになれるよう、頑張りますって、そう言おう。

いつか……

 

いつか。

 

きっと、いつか。

 

そうなれるよう、力の限り頑張りたいって思った。

 

オレの考え方、意識、全て。

全部一新させられた、貴重な一日だった。

 

 

END

 

 

 

 


 

 

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