
最愛Honey 2
「……で」
三本目のビールを飲み始める青山に、俺は僅かに身を乗り出して声を潜めた。
「デートって、何すんだ」
「……はい?」
「早く答えろ。何をすりゃあ、理央は喜ぶんだ」
イライラとしながらもそう言うと、青山はそこでやっと俺の経験値の低さを知ったようで、くすりと笑って指折り数えた。
「そうですね、一般的なデートと言うと、ショッピングモールでぶらついたりとか」
……面倒くせえな。ただブラブラ歩くのは、俺の性に合わねえ。
「あ、遊園地とか喜ばれるかも知れません。理央さん、久し振りに日本に戻ってきたんですし、ネズミーランドとか」
……混んでいて、結局2,3のアトラクションしか乗れねえって有様になんだろうが。喜ぶっつうか、疲労困憊にさせるだけじゃねえのか。
「うーん、後はそうですね。映画を見に行って、その後は喫茶店でお喋りをしたりとか」
そう言った青山を一瞬凝視し、俺はふとあることを思い出し、近くにあった雑誌を手にした。
理央は確か、歴史が好きだって言ってた。
もしかしたら、興味あるかも知れない。
そして俺の記憶どおり、今現在公開中の映画が、有名な古代中国の物語を主体にしたものだった。
「理央」
俺が雑誌を手にしたまま呼ぶと、理央は見ていたテレビから俺に振り返り、立ち上がって俺の元に来た。
「なあに?」
「お前、こういうの観てえか」
そう言って雑誌のその映画の特集ページを差し出すと、受け取った理央はしばらく眺め、そして嬉しそうに頷いた。
「うん! 観てみたい。面白そう!」
「そうか。んじゃ、観に行くか」
俺の言葉に、理央は雑誌を胸に抱えて、頬を高潮して何度も頷いた。
こんだけのことで、こんなに喜ぶのか。
そう思ったら、理央がもっと愛おしくなった。
もっと喜ばせてやりてえ。
そう思った俺に、青山が苦笑めいた声を投げつけた。
「でも、公開中のそれ、後編ですよ」
「あ?」
「前編を見てからのほうがいいんじゃないですか?」
そう言われ、改めて特集ページを見て、確かに後編だと書いてあった。
どうせ観るなら、ちゃんとストーリーを理解した方がいいに決まってる。
丁度都合のいいことに、明日は土曜日だ。
だから明日、DVDを借りてきて、理央の家で前編を鑑賞した後に、日曜日に映画を見に行くことに決めた。
「映画? いいね。理央ちゃん、よく映画観てたもんね。楽しんできてね」
そう尊は自分のことのように嬉しそうに笑い、青山は俺にこっそり囁いた。
「映画の後は、喫茶店でも入って、理央さんの好きな甘いものでも食べて楽しんできてください」
「甘いもの?」
「ええ。パフェとかケーキとか。女の子は、そういうのが好きなんじゃないでしょうか」
「……」
「大和さんに食べろとは言ってませんよ。理央さんの要望に応えてあげればいいんじゃないですか?」
そう笑う青山に眉を寄せた俺は、尊と明日どうせDVDを借りに行くなら、あれも観たい、これも観たいと話をしている理央に目を向けた。
喜ばれるなら。
理央がそれだけで、笑顔になるなら。
頷いた俺は、この恋愛に、重症なほどハマってることに気付いた。
そして次の日。
理央と一緒に行くと、限りなくレンタルしそうになるのを危ぶんだ俺は、一人レンタルビデオ屋で明日観に行く映画の前編を借りてきた。
凄い数が並べてあったのに、残っていたのはこれが最後だった。それだけ人気があるんだと思うと、期待が嫌でも増してくる。
いつものように、呼び鈴を鳴らさずに玄関のノブを捻った。
すると、鍵が掛かってない。これもいつものことだ。
無言で理央の家に入っていくと、途中で髪をガシガシと掻いて歩く、理央の親父に会った。
「おう、大和。来たのか」
「あー…お邪魔します」
一応そう返事をすると、理央の親父はニヤリと笑い、俺の肩に手を回した。
「なんだなんだ、お前、明日理央とデートすんだってな?」
「あー…まあ」
理央の親父は面白いおっさんだ。
俺みたいな、人から嫌われたり怖がられたりする立場のヤツでも、全然平気で話しかけてくる。
「言っとくが、俺は出来ちゃった結婚は認めねえぞ」
「何の話をしてんだ」
思わず理央の親父を睨み上げると、やつは飄々とした態度で俺の肩に掛けた手に力を入れた。
「まあ、理央を泣かせんな。それだけ分かってりゃ、何も言わねえよ」
「……ああ」
大事にされてんだな、理央。
そう改めて思い、俺が親父に口を開こうと思ったら。
「大和? いらっしゃい」
リビングから、理央が出てきて嬉しそうに笑っていた。それを見た親父が、無精髭を生やした口元を、にやりと歪めた。
「尊が来ねえうちに、イチャイチャしてた方がいいんじゃねえか? あいつが来たら、ラブラブになるどころじゃねえだろ」
「おっ、お父さん!?」
親父は俺から手を離し、慌てる理央の頭をぽんと叩いて台所へと直行した。
そして缶ビールを手にして、俺の横を通り過ぎようとするから、つい。
「理央の親父」
「……んだよ」
「明日、理央、借りる」
そう短く言うと、「ちゃんと家まで送り届けろ」と言って、親父は自分の部屋に帰っていった。
俺と親父のやり取りを見ていた理央は、くすりと笑って俺の元まで歩み寄り、そして俺の手から借りてきたDVDを受け取った。
「ありがとね。早速、観よう?」
「……ああ」
「楽しみね。凄くヒットしてるんだって、このシリーズ」
「……そうか」
「大和、こういうの好きなの?」
「別に」
そっけなく、そう応えた俺の手を、理央がするりと握って……そして俺をはにかんだ笑顔で見上げてた。
「そっか。でもきっと、面白いよ?」
「ああ」
「……私のために、選んでくれて、ありがとね」
そうもう一度笑った理央の笑顔は、とても柔らかく……胸を締め付けられるような気がした。
こいつには、全部バレてる。
そんな気がしてならないけど、でも。
それでもいいかと思った。
そして二人並んで、映画館のようなデカいテレビを前にして、迫力ある映画を鑑賞した。
時折触れる肩先が、何だか少しくすぐったかった。
俺を見上げる理央の視線が、いつもよりも優しく見えたのはなぜだろう。
そして、俺は……理央を見下ろす表情が、ブスッ面のままだったかも知れねえけど、でも。
お前を……お前だけを愛してる。
そう心の底で思った言葉に、多少なりとも気付いてくれていればいいなと思った。
そして次の日、映画を観た後、青山に教えてもらった喫茶店に入り、デカいパフェを理央に食わせた。
目を見開き、喜んでいた理央を見て満足した俺は、その後バイクに理央を乗せて体育館に戻っていった。
「何です、そのまま夜まで二人きりで過ごせば良かったのに」
そう笑う青山に、俺は理央の肩を抱いたまま反論しようとしたんだけど、その前に、柔らかい声がした。
「いいの」
理央だった。
驚いて目を向ける俺を、微笑んだ理央が見上げている。
「最後はここがいいんです。ね、大和?」
敵わないって思った。だからいいのかなとも思った。
「そうだな」
そう呟いて、苦笑する青山が背中を向けた隙に、理央の頬に手を当てて。
そっと唇を塞いだ。
一瞬だけのキス。だけどそれで十分だった。
唇を離したら、理央は顔を真っ赤にして、「やだ」と呟いていたけど。
続きはまた後で。
そう心の中で呟いて、俺はくすりと笑って理央の髪をくしゃりと撫でた。
一人の女に執着。
そんなこと、今まで無かった。
チームをデカくすることだけを考えてた。
だけどこれからは……
護るべきものが増えた俺は、幸せ者なのかもしれないと思った。
END