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日本の陰謀(2) 9項


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129  陰謀の中心はオリンピック(3) 2009/1/17
130  帝銀事件とパキスタンの建国 2009/1/26
131  イスラム革命記念日 2009/2/1
132  温家宝首相の欧州歴訪 2009/2/4
133  日本の秘密兵器 2009/2/9
134  コンチネンタル航空3407便墜落事故 2009/2/13
135  誕生日で選ばれる悲しい人々 2009/2/14
135B  年齢計算に関する法律 2014/3/31
136  災害と経済(2) 2009/2/15
137  2002年2月の米国大統領訪日時の対応の繰り返し 2009/2/18
138  二・二六事件 20092/26
139  昔から与党も野党もない日本の政治 2009/3/2
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  2009/1/17  #189

日本の陰謀 (129)

陰謀の中心はオリンピック(3)

インド航空182便は何故インド人によって爆破されたのか

テロの陰謀を解明する最大の近道は、テロの首謀者になりきって陰謀計画を立案することだ。すると、テロの本質が見えてくる。ポイントを整理する。
1.目的 
攻撃の対象に大きな物理的、精神的打撃を与える。

テロ犯罪を第三者の仕業にみせかけ、離間工作(友好国同士を仲たがいさせる)を行う。

2.特徴
完全犯罪を達成する。証拠を残さない。
関係者だけが理解できるメッセージをテロの要素に含める。

当時は、テロもテロ対策も初期段階

インド航空182便爆破事件
(英語)



インド航空182便爆破事件で、
唯一有罪となった
インデリジット=シン・レヤット被告

一連のテロ、特に航空機テロを検証すると、テロリストの側も、治安対策を講じる政府の側も、ともに対策の質を向上させたことがわかる。この事件当時、対策は手ぬるく、その分、テロリストの側も手荒い対応をする。

当時は、自爆テロではなく、時限爆弾が使われた。だが、時限爆弾には大きな問題がある。不発時に爆弾が没収され、その機械や火薬から犯人が特定されやすいことだ。そこで、この事件では、カナダを攻撃しながら、不発してもうまく時限爆弾を到着空港で回収する方法がとられた(幸か不幸か爆弾は爆発し、その必要は生じなかった)。

先進国の空港でも当時は手荷物検査は甘かった。だが、国際線は国内線より検査はある程度厳しかった。しかし、テロは国際線が効果的だ。テロの範囲を拡大させ、各国に心理的打撃を与える。それで、国内線と国際線が混在するインド航空が狙われた。もちろん、他の航空会社にも同様の路線はあるが、インドの場合、着陸地のムンバイ空港のテロ対策検査は皆無だったと思われる。不発弾の回収に問題はなかった。

カナダ、インド、英国、フランスには共通した歴史上の利害がある。フランスは英国との度重なる植民地戦争で、カナダとインドを英国に奪われた。

ロサンゼルス・オリンピックでは、カナダだけでなく、英国も過去60年で最多のメダル37個を獲得した。これらの事情を勘案すると、何故これらの国々が標的にされたのかよくわかる。

かく乱・偽装工作

日本のテロでは、犯人の身代わり、かく乱目的の犯人偽装など、特に目新しいことではない。しかし、他の先進国では、こういった陰謀は皆無だった。それゆえ、かく乱工作では大きな効果を上げた。この事件のテロリストもかく乱目的に用意された者たちと考えられる。

隠れたメッセージ

これは日本のテロではきわめて重要だ。最も初歩的なものを紹介する。
1.

標的の中心人物に事前に事件をほのめかす予告を行い、テロの実行犯と同じ組織の人間であると感じさせる。脅しの効果を上げる。だが、証拠にはならない。法的にも処罰できない。

2.

テロリストや協力者の募集に際して、これを予告することで、背後に大規模な組織を有する組織の一員であることを信じさせる。特に金で買収する際、効果的だ。

3.

最終指令は敵国の諜報機関(たとえばCIAFBIなど)だと関係者に信じさせる。身内や部下さえも欺き続ける。これで犯人が捕まっても事実の解明は進まない。

4.

仲間にテロの成功を伝える際、「単なる事故」や、「第三者のテロ」を自分の成果にしているのではないか、といった疑念を払拭するために必要なメッセージだ。

参照 インドのムカジー大統領は明らかにナチス主義者であり日本人。
ドイツのナチス政権は、日本とインドの合作の可能性が出てきた
パンアメリカン航空103便爆破事件は、
伊藤博文初代内閣総理大臣103周年を記念する日本の陰謀だった
アメリカ航空宇宙局(NASA)は、日本の設立した研究機関で、
その名称は戦国時代の武将奈佐日本之介(なさ やまとのすけ)にちなんで付けられた


スペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故は、
「八木アンテナ」の発明者八木秀次(やぎ ひでつぐ)の生誕100周年を記念する
日本の陰謀であった可能性が強い


スペースシャトル・コロンビア号空中分解事故は、
NHKの日本初テレビ放送50周年を記念する日本の陰謀であった可能性が強い
インド航空182便爆破事件は、英国侯爵ソールズベリーの首相就任100周年記念のパロディだった
国家警察の真相 心理諜報戦

続く 内容には仮説を含んでいます。
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  2009/1/26  #190

日本の陰謀 (130)

帝銀事件パキスタンの建国


最近は、ウィキペディアのカレンダーを見るのが日課になった。気は進まないが、他に調べてくれそうな人もいない。今日も見つけてしまった。この話は、事件自体の信憑性が極めて低く、ここでの説明も仮説や推論の域が多い。一応、取り上げてみる。

帝銀事件

この事件は本当に古い事件だ。記憶のある人は、かなりの高齢者だろう。


帝銀事件の真相

だが、「帝銀事件」という言葉は聞いた人も多い。それは、政府・マスコミがつい最近まで騒ぎ立てたからだ。以前から奇妙な事件とは思っていたが、日本の陰謀を知ってしまった今日、調べないわけにはいかない。

1948年1月26日、帝銀事件が起こった。事件の詳細は他のサイトを読んで欲しい。旧陸軍の話は本当に毒々しい。この事件についても、これまでの手法で真実に迫ってみた。事件の要素で不自然なものを探した。出てきたのは、地名の「椎名町」だった。そして、1950年1月26日、インドは憲法を施行した。この事件の日は旧暦12月26日徳川家康の誕生日だった。

パキスタンの建国の父、ジンナー

バングラデシュでは、林真須美がパロディに使われた。ここでも何かがあるはずだと思った。すぐに気がついた。パキスタンの建国の父ムハンマド・アリー・ジンナーだ。「しいな」は、「ジンナー」の語呂合わせだった。

次は、日付だ。インドの憲法施行は事件の3年後の1950年1月26日だ。この日は共和国記念日として重要なインドの祝日だ。インドが帝銀事件に合わせて憲法を施行したか。そんなはずはない。日本でもそうだが、憲法公布や独立といった記念日は当然にゆかりのある日が選ばれる。調べてみた。すぐに出てきた。

塩の行進

1929年12月31日夜、インド国民会議ラホールラーヴィー川の土手で独立の旗を掲揚した。ガンディーや、ネルーが率いるインド国民会議は1930年1月26日、独立を宣言した。それ以来、1月26日はインド人にとって重要な日となった。憲法は、その日に施行された。

一方、帝銀事件の真犯人、旧陸軍731部隊は、終戦までインドでも活動した。特にインド紙幣ルピーの偽造などを行った。もちろん、殺人も多く行っただろう。ジンナーやガンディーの独立派を日本は支援した。英国をインドから追い出すためだった。インド・パキスタンは、1947年8月15日 独立を果たす

だが、日本は英国を追い出すことに協力しても独立させることなど微塵も考えていなかった。よって、この二人は前後して消された。ガンディーは1948年1月30日元禄赤穂事件の日)暗殺された。ジンナーは急速に体調を崩し、1948年9月11日、これも因縁の日付だが、病死した。ジンナーが体調を崩した頃から未遂事件が始まる。そして、1948年1月26日最後の事件が帝銀事件となった。

冤罪事件の結末

結局、帝銀事件は、日本の言うこといを聞かないインド、パキスタンに対する見せしめの事件だった。犯人として逮捕された平沢貞通は、無実を主張し、冤罪事件としてマスコミを騒がした。平沢は、刑務所で95才で死亡、天寿を全うする。当人には申し訳ないが、事件が林真須美と酷似している。それゆえ、当人までグルだろうと思わざるを得ない。そうすると、林真須美や麻原彰晃も刑務所で天寿を全うするのだろう。そうすると、豪華な刑務所が民営化の名のもとに建設される理由がうなずける。

これらは、ネット上の情報に基づく検証です。国家の陰謀を暴くことが主眼であり、関係者の個人の尊厳を傷つける意図はありません。

参照 インドのムカジー大統領は、誕生日がナチスの国旗(ハーケンクロイツ)と一致する。
しかも、与党のインド国民会議は、その設立が関ヶ原の戦い、奈良の大仏と一致し、
インドが日本の傀儡(かいらい)国家であることを強く示唆する
ボパール化学工場事故は、インド初代大統領プラサドの生誕100周年記念日に起こった。
日本の陰謀の可能性は極めて高い

帝銀事件は、東條英機が東京裁判法廷に宣誓供述書を提出した日との語呂合わせだった。
東京裁判も八百長であり、この事件は、ドラマの展開に有頂天になった軍部のパロディ劇場だった

帝銀事件年表 エイズは日本の陰謀 陸軍第9化学兵器研究所

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  2009/2/1  #191

日本の陰謀 (131)

イスラム革命記念日


BBC放送のニュースが、ホメイニ師によるイラン革命を報道した。今日は、フランス・パリに亡命していたホメイニ師がイランに帰国した日だと言う。

イランと言えば、アフマディーネジャード大統領の誕生日と名前の語呂合わせについて既に述べたが、さらに何かありそうな気がした。

本当に、次々と出てくる。 イランのイスラム革命記念日は2月11日だ。またもや、日本の建国記念日と同じだ。参考に、関連の日付を並べてみる。

2月11日が記念日の国、団体

1929年2月11日  バチカンの国家成立日 (日独伊三国軍事同盟

石油の世紀 画像

自由民権運動
1979年2月11日 イラン革命記念日 (反米運動

1982年2月11日  ブラジル労働者党の法的承認日 (反米運動、資金洗浄

日本のほのめかしは、大抵の場合、複数ある。もう少し突っ込んで調べた。

20世紀の革命的事件

不思議なことに、20世紀にはいって革命らしきものは下一桁が「9」の年に起こる。

革命
フランス革命 1789年 フランス
大日本帝国憲法公布(文明開化) 1889年 日本
ドイツ革命 1918年~1919年 ドイツ
世界大恐慌 1929年 米国ほか
第二次世界大戦 1939年 全世界
国共内戦 1945年~1949年 中国
キューバ革命 1959年 キューバ
チベット臨時政府樹立 1959年 インド
文化大革命 1966年~1979年 中国
イラン革命 1979年 イラン
ニカラグア革命 1979年 ニカラグア
中越戦争 1979年~1989年 中国・ベトナム
昭和天皇崩御 1989年 日本
天安門事件 1989年 中国
ベルリンの壁崩壊 1989年 ドイツ
ルーマニア革命 1989年 ルーマニア

これだけの数の革命事件がそろえば偶然では説明できない。フランス革命がその基準であり、フランスと日本が背後にあることは否定できない。特に、日本のこだわりはただ事ではない。

昭和天皇の崩御だけでなく、明治天皇の崩御にも疑惑があった。ルーマニアと日本の関係は、笹川良一以来だ。創価学会の旗も疑わしい。

フランス革命100周年記念の1889年、日本は憲法を制定した。200周年記念の1989年は昭和天皇崩御に始まり、世界中が騒がしかった。最後は、ルーマニア革命で終わった。チャウシェスク大統領は、12月23日平成天皇最初の誕生日に逮捕された。その時掲げられた旗は、創価学会の旗を暗示した。

1947年から1989年のルーマニア共産主義政権下においては、三色旗の中央に紋章を配置したものを使用していた。 創価学会の三色旗 日の丸
革命勢力が用いた旗。当時のルーマニアの国旗から、共産主義を示す国章が切り取られ、穴が開けられた。これは、創価学会の旗と日の丸を強く示唆した。


ルーマニア革命の前後、日本の国力はピークに達する。私は、ルーマニア革命の進展をテレビで見ていたが、今でも当時の日本社会の高揚感を覚えている。だが、日経平均株価は、その年の大納会(12月29日)に最高値38、915円87銭を付けたのをピークに暴落に転じ、それ以来今日まで、日本は歴史を失い続けている。ルーマニアは、第二次世界大戦では枢軸国側についていた。

実は、この株価は事前に計画されていた可能性が大きい。1989年はフランス革命200周年記念。12月29日は、松平家康が徳川姓を朝廷から許された日(永禄9年12月29日)。そして、1989年12月29日は旧暦の12月2日で、1804年12月2日ナポレオンがフランス皇帝に即位した日だった。三つの事件が同日に重なる日は滅多にない。

1990年代に入ると、米国が湾岸戦争をきっかけに、対テロ戦争モードに入り、国家や民衆を煽動する革命タイプの陰謀は影を潜め、9.11テロなどの大規模テロとハリケーンや地震などの災害テロが主流となる。

話を元に戻そう。ここで、わざわざ他の事件を取り上げたのには理由がある。

イラン革命の次は中国革命だった

フランスや日本が操る者は、特定の日付に特定の行動を起こす。だが、しばしば、特定の日に死ぬ。他殺か自殺かはわからない。一生日本の特務機関員として外国を渡り歩き、少数民族の女性などとの間に子供をもうけたりした男がいる。ネット上の情報によると、この男はつい最近、最も重要な日本の伝統的祝日に突然死亡した。この男と同様にホメイニ師の死んだ日にも意味があった。

1989年6月3日ホメイニ師は死去。最期の言葉は「灯りを消してくれ。私はもう眠い。」だったと言う。

だが、この時、中国も日本も政治的には大騒動だった。6月2日 竹下登内閣が総辞職、6月3日 宇野宗佑内閣が発足する。 そして、6月4日中国で天安門事件が起こる。日本は、外国で陰謀を行う場合、常に国内で予防線を張る。非常にわかりやすい。

結局ホメイニという男は、イラン版フランス革命に利用されてイランで生き、中国版フランス革命に合わせて死んだ。つまり、背後の組織は、ホメイニを通して、世界的革命が一本の糸で繋がっていることを世界に示したかったのだ。

リクルート事件はでっち上げ

もし、ホメイニの仮説が正しければ、竹下登内閣総辞職は、やらせであり、そのもとになったリクルート事件も、事件の真実はさておき、政治の混乱や報道の過熱は、「やらせ」だったことになる。つまり、平成天皇の相対的イメージアップをはかりながら天安門事件に日本が関与していることを見抜かれないようにするための演出だった。それゆえ、事件後の影響がうやむやで、竹下を含む政治家の影響力にも大した変化はなかった。日本は、新天皇のもと、新たな政治体制の構築にかかり、日本新党細川政権の誕生となる。これも演出が過ぎていた

バブル経済は天皇崩御に合わせた演出

天皇崩御は日本が世界の注目を集めるまたとない機会だった。それで、日本政府は後先も考えずバブルを演出し、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と触れまわった。

ノストラダムスの大予言は日本とフランスの陰謀だった(2009年2月3日追記)

私は迷信めいたものが嫌いだ。日本政府の陰謀を起草する時、頻繁にこの種のサイトに出くわす。出来るだけ無視してきた。だが、このイラン革命の件で、ある掲示板に「ノストラダムスの大予言」の一部だと指摘する投稿があった。気になったので調べたが、まさに一致した。驚いた。以前から、この予言には日本とフランスの影がちらついていたが、影ではなく、首謀者だった。

上にも書いたとおり、1999年には何も起こらなかった。ノストラダムスの予言者たちも同じことを言っていた。しかも7月だと言う。当然だろう。7月14日はフランス革命の勃発した日だ。

そうすると、評論家や作家などで、ノストラダムスを話す者たちは、両国の特務機関員だったことになる。どこまで陰謀を知っていたのか聞いてみたい。

結局、この予言は、日仏の陰謀をはぐらかすための工作だった。

参照 テニス選手の錦織圭(にしこり けい)は、日経株価最高値の日に生まれた。
錦織のツアー連勝の勢いと株価上昇は連動しているように見える。
皇族の佳子(かこ)さまと5才違いの同じ誕生日。
「圭」と「佳子」の類似は、親戚であることをうかがわせる。
ちなみに、俳優の渡哲也・渡瀬恒彦兄弟は母方筋の親戚だ。
日経株価最高値は、ベートーヴェン生誕8万0000周日記念日だった。

日銀総裁は、戦後しばらく12月17日に総裁就任するのが慣例だった。
この日は、ベートーヴェンの誕生日だった。
日銀のベートーヴェンへのこだわりは、ただ事ではない
「万歳三唱」は、キリスト教の十字軍を記念する言葉だった
イラン革命は、自由民権運動の政治結社『以文会(いぶんかい)』結成100周年記念日
中越戦争(中国・ベトナム国境紛争)もまた、自由民権運動の政治結社
『以文会(いぶんかい)』結成100周年記念日に勃発した
ローマ法王ヨハネ・パウロ2世が英国を訪問、イングランド国教会首長と会談し、
ローマ・カトリック教会とイングランド国教会との正式な和解が450年ぶりに成立した日は、
自由民権運動の父・板垣退助が暴漢に襲われ、「板垣死すとも自由は死せず」と
叫んだ「岐阜事件」の100周年記念日
日本の裁判員制度はイランのアフマディネジャド大統領を記念する。 (年表 原油流出事故は日本の陰謀
政治的語呂合わせ 自由の女神と米国の終わり イランを支配する日本 ナポレオンの秘密

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  2009/2/4  #192

日本の陰謀 (132)

温家宝首相欧州歴訪


ヨーロッパでダボス会議が開かれた。世界の経済が混乱する中、これまでの会議と異なり、かなり控えめな会議となった。だが、会議の前後、ヨーロッパの空には異変が起きていた。時系列で示す。

1月23日 中国が温家宝首相の欧州訪問を発表。
1月25日 欧州南部(フランス)で10年ぶりの暴風雨が吹き荒れる
1月27日 温家宝首相スイスのダボス訪問。
1月28日 温家宝首相ドイツ訪問
1月29日 温家宝首相ベルギーのEU本部訪問
1月30日 温家宝首相スペイン訪問
1月31日 温家宝首相英国訪問

ダボス会議で演説する温家宝


英ケンブリッジ大学で2日、
講演する温家宝
   2月2日 英国では18年ぶり大雪
   2月2日 温家宝首相、ケンブリッジ大学で講演中、会場にいた男から靴を投げつけられる
   2月2日 温家宝首相英国から帰国の途に

日仏テロの特徴がよく表れた

これまで再三述べてきたが、今回も気象テロと嫌がらせが行われた。日本のテロでは、原因と結果をさかさまにしようとする陰謀が行われる。

温家宝首相はフランスを訪問しなかった。これは、暴風雨があったからではない。フランス政府は温家宝首相を招待していたが、中国側は招待を黙殺した。これでは、フランスの面目は丸つぶれだ。それで暴風雨を起こして、あたかも温家宝首相が怖気づいて訪問を取りやめたように取り繕った。

ロンドンでは、全て予定どおりだった。しかし、テロ側は、温家宝首相が靴を投げられ、大雪に参って中国に逃げ帰ったように見えるよう環境を作った。これらの手法は、きわめて日本的だ。

中国各地で再び反日デモ
「尖閣国有化に反対」

知られざる中国
「反日デモ」の正体

ブッシュ大統領は、イラク最後の訪問で、温家宝首相は、欧州訪問最後の日に、それぞれ靴を投げられた。

英中関係に対するテロの事例は多い

2005年7月7日 小泉首相訪英とロンドン同時爆破事件
2007年4月11日 温家宝首相来日とアルジェリア連続爆弾テロ
2007年12月1日 高村外相訪中とETA「バスク祖国と自由」のテロ
2007年12月27日 福田首相訪中とパキスタンのブット元首相暗殺
2008年1月17日 ブラウン首相訪中とボーイング777墜落事故

西暦 1942年5月11日 ★客船大洋丸が米潜水艦の雷撃により沈没。民間人乗客1300人以上が犠牲となる。
旧暦 ★ナチス・ドイツがラインハルト・ハイドリヒ暗殺の報復としてチェコのレジャーキで住民を虐殺。
西暦 1942年6月24日
旧暦 ★日本海軍の戦艦『武蔵』が竣工。
西暦 1942年8月5日
旧暦 ★温家宝首相誕生。
★米国空母「ワスプ」が自沈。潜水艦「伊19」の雷撃で大破。
西暦 1942年9月15日
旧暦 ★ガダルカナル島の戦いで第二師団が総攻撃を開始。大失敗。
西暦 1942年10月24日
旧暦 ★(マンハッタン計画)米国が持続的な核分裂の連鎖反応に成功。
西暦 1942年12月2日
旧暦 ★ラエ・サラモアの戦い(ニューギニア戦線)。
西暦 1943年1月7日
旧暦 ★米軍のアイゼンハワー将軍がヨーロッパにおける連合軍の司令官に任命。
西暦 2006年11月21日
旧暦 ★日本の防衛庁が防衛省に昇格
西暦 2007年1月9日
旧暦 アカデミー賞授賞式で、渡辺謙とカトリーヌ・ドヌーヴが舞台で演説。
西暦 2007年2月26日


参照 中国共産党は創価学会初代会長牧口常三郎(まきぐち つねさぶろう)の
50才の誕生日に設立された
対日強硬策は、胡錦濤(こ きんとう)国家主席ではなく、
中国共産党の次期総書記に内定している習近平(しゅう きんぺい)国家副主席が主導していた


だが、そこには、 習近平の誕生日に隠された歴史上の使命があった
気象テロの事例 温家宝首相の誕生日は、関ヶ原の戦い
胡錦濤中国国家主席の誕生日は、日本の傀儡(かいらい)政権
「汪兆銘(おう ちょうめい)政権」に関する重大な御前会議の開かれた日だった

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  2009/2/9  #193

日本の陰謀 (133)

日本の秘密兵器


秘密兵器と言えば、軍事技術の集大成だと思う人も多い。だが、日本の場合は、少し事情が異なる。これは、事実の調査より、むしろ歴史の分析である程度実証出来る。まず、戦争や科学技術における日本の特徴を分析した。

1. 日本では、商業技術においては、安くて高性能の製品を生み出すが、基礎的な研究開発でノーベル賞に該当するような革新的な技術は少ない。
2. 戦争、特に第二次世界大戦では、ゼロ戦を始めとする最新兵器で米英軍を破竹の勢いで打ち破った。だが、すぐに技術の優位は崩れた。
3. 米国占領軍の日本軍解体は不十分であり、戦時中の特殊秘密軍事技術は温存された。

日本の極秘軍用機

遊就館に展示されている
零式艦上戦闘機

4. 個人的にも、常識を超えた技術を用いる嫌がらせを受けている。動物とハイテク技術を組み合わせるもの。気象、特に風や雨を伴う技術による嫌がらせ。

日本は想像もつかない軍事技術を隠している

日本の政治家、軍人、官僚の思考の特徴と過去の日本の歴史を考証すると、日本が過去に理不尽な戦争を引き起こし、また現在も好戦的主張を全面に出してくる理由の一つが明らかになる。

日本は、明治維新以来、いやそれ以前からかもしれないが、常に秘密軍事技術を蓄積してきた。米英などの先進国では、軍事技術でさえも、技術自体は一般に知らされ、兵器も公開される。もちろん、技術の中身は秘密だろうが、徐々に特許などの形で民需に生かされる。

だが、日本人の気質から考えると、この展開は、ありえない。これは、仮説だが、日本社会の状況を考えると、間違いないと思われる。日本では、ある企業のある社員が革新的な技術を発明すると、その研究者は、すぐに政府または軍部に配属になり、家族もろとも社会から隔絶される。研究用試作品は次々に作られ、多額の資金が投入されるが、新製品が市場に出回ることはない。

一方、米英では、特許の形で技術は公開され、情報公開で技術の公開は一層拍車がかかる。日本は米英の技術をただ同然で習得するが、米英は日本の技術の存在さえ知らない。

これは、筆記試験に例えれば、日本は自由にカンニング出来るが、米英は日本の答案を見ることができないのと同じだ。

ボクシングに例えれば、日本のボクサーは透明人間だ。

これでは、勝負にならない。日本は、この状況を100年以上も続けている。それゆえ、想像を絶するような軍事技術を有している可能性は大きい。

この技術を統括する日本の官僚たちの中には、技術の使い方次第では、米国を打ち破り、世界を支配できると考える者が出てくる。この欲望が、平和主義を上回ったとき、日本は戦争を仕掛ける。真珠湾攻撃がそうだった。

戦争の初期段階では圧倒的だが、すぐに技術面で追いつかれる。

日本は第二次世界大戦当時、合金の技術、航空機設計の技術、造船技術などに多くの秘密技術を持っていた。しかし、戦闘機の撃墜などで、軍事技術が暴露されると、すぐに米英に研究され、軍事的優位は失われた。

第二次世界大戦後60年以上の蓄積が日本にはある。もちろん、それ以前からの技術の蓄積もあるが、核爆弾も含めて、その脅威は想像を超える。

日本の核開発

日本は、第二次世界大戦中、米国同様核開発を行っていた。たまたま米国に核爆弾を先に落されただけだ。それゆえ、原子爆弾投下で米国を非難する資格はない。

だが、日本は、第二次世界大戦後も継続して核開発を行っている。世界は、これを知っており、国際原子力機関(IAEA)は、日本に対して世界で最も厳しい核査察を行っている。

しかし、これは事実上、無意味だ。日本は、他の同盟国、北朝鮮イランで自由に核爆弾の研究と実験を行っている。もちろん、フランスも加わっている。

自然地震と見せかけるために巧妙な核実験が行われていることもウィキペディアは指摘する。

だが、人類の征服は軍事面だけではない。政治家の腐敗による買収、傀儡(かいらい)政治家の育成、しかも世代を超えた政治家や資産家家族の形成などで、軍事資金はいたるところに保管できる。

日本政府が、「埋蔵金」などとうそぶくのは、そのほのめかしだ。核兵器も、日本にとっては、秘密兵器の一部でしかない(戦時中の海蛍を利用した爆弾風船爆弾など)。

最近の
自然大災害は、ほとんど、その実験を兼ねたテロと考えていい。

参照 オンライン百科「ウィキペディア」は、平成12年旧暦12月21日開始。
だが、この日付は、明らかに天皇一族、とりわけ昭和天皇・皇后両陛下を祝福している。
このことは、政治・経済のみならず、インターネットの世界まで、
天皇一族の支配が完成していることを物語る
1972年のあさま山荘事件は、1972年4月10日調印される「生物兵器禁止条約」について、
日本がそれをきちんと守ることを世界の関係者に見せつけるために演じられたパロディだった
埼玉県富士見市が市制施行された1972年4月10日は、「生物兵器禁止条約」
調印の日だった。もちろん、富士見市は(不死身・死)との語呂合わせだった
ノーベル賞と日本の秘密

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  2009/2/13  #194

日本の陰謀 (134)

コンチネンタル航空3407便墜落事故


時期尚早かもしれないが、この航空機事故について、簡単にコメントする。仮説に留意してほしい。 墜落場所と日時が気になった。調べてみた。

日付

2009年2月12日、コンチネンタル航空3407便がバッファロー郊外に墜落した。 2月12日は、カナダにとって大事な日だ。来年の2月12日、バンクーバー冬季オリンピックが開催される。

実は、この日、ジャック・ロゲ IOC会長出席のもと、バンクーバーでは冬季五輪開幕のカウントダウン開始式典が行われた。この航空機墜落は、IOCとカナダに対する強烈なテロのアピールだった。

墜落場所

バッファローは、ナイアガラの滝で有名な観光地で、日本人にもよく知られた都市だ。何故、カナダと米国の国境近くで墜落事故が起こったのか。米国は最近、冬季オリンピックでも力を伸ばしている。このままいけば、地の利を生かして、世界一は確実だろう。

コンチネンタル航空
3407便墜落事故(英語)
画像

バンクーバーオリンピック 名場面


カウントダウン365日を
喜ぶ記念式典参加者たち

米国の冬季オリンピックの成績
大会名 金メダル 順位
1988 カルガリー 9位
1992 アルベールビル 5位
1994 リレハンメル 5位
1998 長野 5位
2002 ソルトレイクシティ 10 3位
2006 トリノ 2位
2010 バンクーバー ?? ??

墜落時間

深夜に墜落したのは少し奇妙に思えた。日本とは日付が一致しない。どうして、この時刻だったのか調べてみた。墜落時刻は、現地時間で午後10時10分だった。これは、東京オリンピックの開催日10月10日と語呂合わせになる。

航空機メーカー

墜落したのは、ボンバルディア社製双発プロペラ機だった。同社は、ボーイングエアバスに次いで世界三位の民間航空機製造会社でありながら、最近日本からひどくいじめられている。 今日は、老朽化した国産機YS11などの後継機として、同社のDHC8-Q300を8機導入する海上保安庁で、引き渡し式が開かれたばかりだった。海上保安庁としては、悔しいところだろう。

被害者の中に、9.11の遺族代表

墜落した3407便の中には、9.11事件で夫を失い、遺族団体の活動を行っていたビバリー・エッカートさんもいた。エッカートさんは、亡き夫の58才の誕生日を祝うためにバッファローに向かっていた。私は、世界貿易センターも二度攻撃されたことを思い出した。

結論

全て、仮説であるが、偶然の一致が多すぎる。日本政府の陰謀を考えざるを得ない。もちろん、考え違いであることを祈ります。

参照 2011年の航空事故は大幅改善
航空機は最も安全な交通手段

だが、この裏には、世界を支配する天皇一族の巧妙な戦術が見え隠れする。
航空機のパイロット、スチュワーデスを支配者階級が独占するのは、当然のこと。
だから、「航空機は最も安全な交通手段」である。
しかし、これでは高収入の説明がつかない。
それで、故意に華々しい航空機墜落事故を演出して、
高い運賃、高い給料を利用者に納得させる。
墜落事故には、実際に多くの犠牲者を伴うものもある。
中には、先進技術を駆使した遠隔操縦による無人捏造事故もある。
最近、航空機の墜落事故(特に大事故)が減少し、
航空運賃が急激に下落してきているのは偶然ではないだろう。
この航空事故もバンクーバー冬季五輪もリンカーン米大統領生誕記念の語呂合わせ
リンカーンを記念してアメリカ攻撃する日本
パンアメリカン航空103便爆破事件は、
伊藤博文初代内閣総理大臣103周年を記念する日本の陰謀だった
アメリカ航空宇宙局(NASA)は、日本の設立した研究機関で、
その名称は戦国時代の武将奈佐日本之介(なさ やまとのすけ)にちなんで付けられた


スペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故は、
「八木アンテナ」の発明者八木秀次(やぎ ひでつぐ)の生誕100周年を記念する
日本の陰謀であった可能性が強い


スペースシャトル・コロンビア号空中分解事故は、
NHKの日本初テレビ放送50周年を記念する日本の陰謀であった可能性が強い

続く 内容には仮説を含んでいます。
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  2009/2/14  #195

日本の陰謀 (135)

誕生日で選ばれる悲しい人々


昨日のニュースで久しぶりに小泉の顔を見た。だが、よく考えると、この主人公の誕生日を調べたことがない。太平洋戦争の重要な時期に生まれていたことは、本人の弁で聞いたことがある。

だが、小泉もアフマディーネジャードと同様、誕生日で選ばれていた。残念だ。小泉は、真珠湾攻撃から1月後の1942年1月8日に生まれた。この日は、日本が大東亜戦争完遂のための国民運動を開始した日だ。戦争中、この日は「大詔奉戴日」として戦争遂行の重要な記念日となった。

他にも誕生日で選ばれた者は多い。思い出す者を表にしてみた。これらは仮説です。それぞれ検証して判断ください。

またもや悲しいパフォーマンス

今回の小泉の訪ロを聞いて、過去に似たようなことがあったことを思い出した。それは、福田前首相の訪ロだった。日本にとってロシアはかけがえのない友人だ。いつでもアリバイ作りに協力してくれる。

2005年日露首脳会談


J.F.ケネディVS.二つの操り人形
小泉純一郎と中曽根康弘

福田前首相は、日本でのオリンピック聖火リレーが気に入らない。それで、そのリレーに合わせて突然ロシアに行き、すぐに帰国した。今回は、小泉がヒラリー国務長官の来日(16~18日)が気に入らないのだろう。関係ないのに日本を逃げ出してロシアに行く(14日~20日)。「アッカンベー」の意思表示だ。だが、ロシアもよく付き合ってくれる。フランス同様同盟国なのか、簡単に買収に応じるのか、どちらかだろう。

もちろん、小泉の麻生批判は、二人がぐるになった演出で、小泉の訪ロをアピールしたかったのだ。せっかくロシアに逃げ出しても、マスコミが報道しないと、なおさら惨めだ。 前回二人の国務長官も来日の際、大変な招待を受けた

誕生日を捏造する (2009年8月23日記事追加)

私は、これらの誕生日の一致が起こる理由は、日本政府がとりわけ誕生日の一致する者を選ぶからだと思っていた。だが、どうもそうではないようだ。

今、テレビで昔の映画が放送されている。「涙くんさよなら」という映画だ。画面には堺正章が出ていた。私には、この芸能人が長い間不可解だった。ザ・スパイダースというグループサウンズのリードヴォーカルだが、決して歌はうまくない。見栄えもよくない。何故だろう。

ウィキペディアで誕生日を見て納得した。もちろん二代目なのだが、生まれたのは広島原爆投下の1年後、1946年8月6日だ。しかし、父親が届け出を2ヶ月忘れたと書いてある。だが、役場の届け出は、さかのぼって出来る。医師の証明はいらない。だから、この父親の言い訳は通らない。広島の原爆投下に合わせただけだろう。

そして、誕生日で選ばれた他の人たちについても、その経緯が納得できた。つまり、誕生日の届け出の時点で、何かの記念日に合わせていたのだ。

日本政府は、こういった者たちは、極めて手厚くもてなす。彼らは社会の出世の階段を簡単に登る。

参照 1917年5月29日、ケネディ大統領は、英王室の家名変更の日に生まれた。
この日、日本の国鉄も連結器の一斉交換で語呂合わせした


1917年4月9日、第一次世界大戦で典型的な八百長戦争が行われた。
結局、ケネディ大統領の誕生日は、世界八百長戦争の日本の陰謀を示唆していた
1972年巨人が8連続セリーグ優勝を決めた日は、
プーチン・ロシア大統領の20才の誕生日で、
石原慎太郎の40才の誕生日というめでたい日だった
ケネディ大統領暗殺事件はハワイ真珠湾攻撃作戦開始22周年記念日だった。
その日は、大詔奉戴日創設22周年記念日で、小泉純一郎22才の誕生日だった
プーチン露首相は日本人 プーチンとメドベージェフは、日本の暦で同じ誕生日だ。二人とも日本人だ
プーチン露首相は柔道の黒帯保持者として知られるが、それは、バーコードとのパロディだった

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  2009/2/15  #196

日本の陰謀 (136)

災害と経済(2)



以前、災害が経済的利益をもたらすと述べたが、最近それを象徴するニュースが多い。

2008年、日本に上陸した台風はなかった。それゆえ、街の構築物や建物は危険な状態にあり、定期点検が必要なものが増えているはずだ。それを放置すると、このような事故(1) (2)が起こる。

看板の落下で通行人がたまに負傷するのは自然なことだ。逆に、こういった事故が全くない社会は気味が悪い。だが、○○百貨店の看板が落下して通行人が死亡などというような報道は、企業にとって大きなスキャンダルだ。

定期点検は、コストも手間もかかる。しかも、後ろ向きな経費で、企業の利益につながらない。台風や地震で建物や橋などを壊してくれれば、自然災害ということで保険金の支給を受けられ、損害賠償の責任や建設会社や所有団体のイメージを損なうことも回避できる。

吹き付ける強風の中を歩く
女子生徒たち、JR仙台駅前


政府、自治体、建設会社、企業が地震や台風を利用してもうかる構造を作り上げた理由が、ここにある。

参照 気象テロリズム

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  2009/2/18  #197

日本の陰謀 (137)

2002年2月17日の米国大統領訪日時の対応の繰り返し

2009年2月17日米国のヒラリー国務長官が来日したCNN中曽根外務大臣との共同記者会見を生放送した(17日12時40分)。日本のテレビに切り替えたが、残念ながら私の地方では、NHKをはじめ生放送したテレビ局はなかった。NHKが臨時ニュースを放送したが、それは意外にも、中川財務大臣の辞任記者会見だった。NHKは、午後は終始国会中継を放送した。

この時、以前にも似たような状況があったことを思い出した。それは、2002年2月17日のブッシュ大統領来日だった。

9.11テロ後、最初の大統領来日とあって、日本政府は狼狽した。そのドタバタ劇は、今回の国務長官来日と酷似する。当時の小泉首相は大統領来日直前、大物政治家・官僚三名の首を切った(田中真紀子外務大臣、鈴木宗男衆議院議院運営委員長、野上義二外務省事務次官)。株価は、9.11テロ直後の暴落から回復基調にあったが、再度9420円まで暴落させた

こういったドタバタ劇の目的のひとつは、マスコミを誘導して、国民に外国要人来日を知らせないことだ。日本政府のみじめな有様は選挙に響くのだろうか。

中川昭一辞任劇

クリントン米国務長官来日(英語)


東京・明治神宮で神楽の鑑賞を
終えたクリントン米国務長官

中川大臣は酒癖が悪いという話もある。だが、こういった単純な「やらせ」を繰り返すことを考えると、政治まで「マニュアル」がある。あるいは、政治を操る官僚がもはやシナリオを作る能力さえ失っているのかもしれない。

参照 イギリスのウィリアム王子の結婚式でのキスは、ビンラディン暗殺計画の秘密の暗号だった
クリントン米国務長官来日は、2009年1月23日の観測技術衛星「いぶき」の打ち上げに合わせたもの。
実は、観測衛星「いぶき」は、リンカーン米大統領生誕200周年を記念日したものだった

続く 内容には仮説を含んでいます。
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  2009/2/26  #198

日本の陰謀 (138)

二・二六事件


今日は2月26日、誰もが知っている軍事クーデター(1936年)の日だ。だが、他の事件同様、この事件も軍部のシナリオであることは明白だ。場合によっては被害者さえも共謀していると思われる節がある。

日本のことだから、当然日付のメッセージがある。1993年2月26日、世界貿易センター爆破事件が起こる。それでは、何故、日本の軍事クーデターが2月26日に起こされたのか。

日本とフランスの共謀関係はこれまでも繰り返し強調してきた。だが、振り返ってみると、これは歴史家の間では常識で、驚いているのは私だけかもしれないと思うほどだ。それほど奥が深い。

1815年2月26日、エルバ島に追放されていたナポレオンエルバ島を脱出し、フランスに上陸、ルイ18世を追放して再び皇帝についた(百日天下)。日本は、当時からフランスと重大な関係を築いていた。時間がないので詳細は後日説明するが、際立つ事例を紹介する。

ラストサムライ

この映画は、日本でもよく知られている。主演はアカデミー賞を受賞した米国の俳優トム・クルーズで、渡辺謙は日本人侍の役を演じた。日本での観客動員数は1410万人だった。日本人9人に1人が映画館に足を運んだことになる。これは誰も信じないだろう。チケットの売上などどうにでもなる。裏金100億円を振り込んで、チケットを500万枚注文すればいい。映画を見に行くかどうかはどうでもいい。売上は事実だから、嘘ではないのだ。

この映画で渡辺謙は、アカデミー賞にノミネートされたが、受賞にはいたらなかった。トム・クルーズは、米国の南北戦争での北軍の士官を演じた。だが、歴史的には、明治維新でモデルにされた外国人は、フランス人ジュール・ブリュネだった。西南戦争神風連の乱の史実もモデルにされた。日本とフランスは、「サムライ」で結びついているのだ。こういった、米国を出汁に使う情報操作は日本の得意とするところだ。

チャップリン 五・一五事件

二・二六事件の4年前、1932年5月15日、五・一五事件が起こる。チャップリンは前日来日し、暗殺された犬養首相と会談することになっていた。チャップリンは運良く難を逃れたと言われるが、これは日本得意のほのめかしプロパガンダだ。チャップリンはヒトラーの影武者であり、ナポレオンまで含めて、日本には大きな関連がある。チャップリンの運転手は日本人高野虎市で、家の使用人はすべて日本人で占められていた。この事情は、金正日の料理人藤本健二を強く連想させる。

山花貞夫

このクーデターの日に生まれた政治家が一人いた。偶然とは思えない。誕生日で選ばれた政治家の特徴を備えている。カリスマ性が全くない。社会党を破滅に追い込み、今日の自民党腐敗の土台を築いた。死亡した日を調べると、またもやフランス革命の日だった。革命からちょうど210年後の1999年7月14日だった。死去された当人や遺族の名誉を傷つける意図はないが、葬儀のコメントには意味深なものがある。実際、その日、アフガニスタンのカルザイ大統領の父が暗殺された。

映画『226』 予告篇


ラストサムライ


徳川幕府軍(1864年)
ロンドン・イラスト新聞


洋装の徳川幕府軍(1866年)


画像拡大
西南戦争で洋式の軍服を着て
士官と話す西郷隆盛(1877年)
ル・モンド・イラスト新聞


新政府軍甲鉄艦(1869年)

幕末、すでに日本は軍国国家であり、江戸幕府の鎖国制度や明治の富国強兵は、日本政府のプロパガンダだった。
幕末の日本の軍事活動には、フランスの軍人が大きくかかわっていた。

西郷隆盛の肖像は明らかに政府の捏造で、写真が全く現存しないという事実だけで、情報操作は十分証明できる。

参照 二二六事件は、元軍の南宋攻略を記念したパロディだった

二二六事件は1936年旧暦2月4日、南宋無血開城は皇紀1936年2月4日だった
幕末から明治にかけて日米の戦争は日付が語呂合わせ ナポレオンと二・二六事件
西郷隆盛と井伊直弼(なおすけ) 西郷隆盛と勝海舟 処刑・自殺の大部分は偽装工作
陸軍省・海軍省設置は、勝海舟・西郷隆盛談合の廃仏毀釈(鹿児島破壊)の4周年を記念した

続く 内容には仮説を含んでいます。
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  2009/3/2  #199

日本の陰謀 (139)

昔から与党も野党もない日本の政治

悲しい話だが、日本には最初から民主主義は存在していない。いや、最初から偽装民主主義の国で、その偽造の技術をますます磨き上げている。前項で元社会党委員長山花貞夫の誕生日の意味を書いたが、この人の名前も語呂合わせだった。

山花貞夫の父山花秀雄は、1925年労働農民党に入り、以後、日本労働組合協議会、全国労農大衆党などに参加し、合法左翼の道を一貫して歩んだ。

1936年、二・二六事件発生により戒厳令が敷かれ禁止されたメーデーを全評幹部個人名義で実施指令を発し検束拘置された。この二・二六事件当日に生まれた(戸籍上生まれたことになっている)息子の名前に、「貞夫」という名を付けた。この名前は、山花にとってただ事ではない名前のはずだった。

1936年2月の二・二六事件を主導し、戦後A級戦犯として終身刑を受けた陸軍大将皇道派の重鎮、荒木貞夫がいた。息子の名前は、この荒木の名前を取って付けたことは間違いない。最も憎むべき男の名前と同じ名前を息子に付けるはずがない。小澤征爾の名前も二人のA級戦犯の名前にちなんでいる。

本来対立するはずの
民主・自民談合政治




巣鴨プリズン」から市ヶ谷の
法廷
に戦犯を運ぶ米軍のバス
左手前が荒木貞夫、その
左後方が東條英機

彼等の態度に敗戦の感情は
微塵も感じられない。ある意味
で、日本は戦争に勝利した。

結局、明治以来日本の政府は江戸幕府の幕藩体制を続けており、官庁も議会もすべてインチキで、政治家は、もっぱら無知な国民と外国報道機関、外国政府の目を欺くための「芸人」だったのだ。それゆえ、「小泉劇場」などといいう言葉を平気で使えるのだ。今日、何も変わっていない。

参照 二二六事件は、元軍の南宋攻略を記念したパロディだった

二二六事件は1936年旧暦2月4日、南宋無血開城は皇紀1936年2月4日だった
インサイダー天国 証券市場の破綻 議員たちの引きこもり
麻生太郎が自民党総裁に就任 西郷隆盛と井伊直弼 日本の平等と公平
人事院は、内閣の「天の声」 20世紀の戦争は、「人類全体の洗脳」の歴史だった
セーラー服と機関銃

次項へ続く 内容には仮説を含んでいます。

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2008/2/1   ##
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