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日本の陰謀(2) 4項


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84  ヒラリー候補に最後まで嫌がらせ 2008/6/8
85-1  日本とユダヤ人の歴史 2008/6/10
85-2  ユダヤ人とバテレン追放令 2008/6/13
85-2B  日本は古代エジプト海洋帝国 2013/10/22
85-3  日露戦争とユダヤ人 2008/6/19
85-4  とことんユダヤ人をバカにする日本 2008/6/27
85-5  戦後の対ユダヤ政策 2008/7/7
86  岩手宮城内陸地震とリスボン条約 2008/6/21
87  陰謀の中心はやはり「七夕」だった。 2008/6/25
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  2008/6/9  #126

日本の陰謀 (84)

ヒラリー候補に最後まで嫌がらせ


今月(2008年6月)になって日本のマスコミが盛んにヒラリー候補の敗北宣言を予告する。いつもの偏向報道だと思ったが、このヒラリー・ オバマ両候補の指名争いも静かに幕引きとなり、実はほっとしていた。これ以上忙しくさせないで欲しかった。

だが、その願いは、すぐさま破られた。日本で 凶悪事件がまた起こった。状況証拠から「 公安警察 消防のでっち上げ」と判断される。公共的な問題は確定的な証拠がなくとも問題提起すべきであり、それは 名誉毀損に該当しない。 公務員は、国民その他利害関係の当事者が納得いくまで説明し情報公開する義務がある。それを怠れば疑われて当然だ。

疑惑 秋葉原通り魔事件

1.ヒラリー候補の 大統領指名選挙敗北宣言は 予想に反して堂々としたもので、 オバマ候補をここまで育ててきた日本政府は我慢ならなかった。

事例  建国記念日ヒラリー氏が緊急入院/大統領選挙出馬ヒラリー氏死亡  クリントン氏に”Who are you?”  大統領選挙と重信房子 

秋葉原通り魔事件




ヒラリー大統領候補

2.日本政府は 秋葉原 奇怪な殺人事件を演出し、米国ヒラリー候補に脅しのメッセージを送った。

犯人の供述はほとんどの場合、「 誰でも良かった。」と異口同音だ。犯罪者が共通用語を口にすることはあり得ない。犯罪は小説よりも「奇」であるはずだ。この言葉で助かるのは、まず警察、検察、裁判所、弁護士だ。難しい「犯意の証明手続き」が省略できる。もちろん犯人も助かる。精神鑑定と組み合わせれば裁判は何でもありだ。それだけではない。何故、「どうでもいいことを、わざわざ報道するのか。」という問題だ。それは、事実は、「特定の人間を狙った殺人」で、その他の被害者は、目くらましのために被害者になってもらったからだ。しかも、実際に死んだのかどうかも疑わしい。

3.時系列の展開が見事に一致する。この事件は、ヒラリー候補の演説の結果を見極めてから決行されている。もちろん万一演説時間がずれた場合に備えて数時間前から準備万端だった。

日本時間6月8日未明  ヒラリー候補は ワシントン市内の集会敗北宣言する

8日早朝から正午すぎにかけ、 犯人はインターネットの携帯電話サイトの掲示板に殺人予告を書き込む

8日午後零時35分ごろ犯行が実行される。

4.ちょうど7年前に起こった 附属池田小事件など、「でっち上げ」と考えられる事件が多すぎる。

5.日本政府には動機がある。と言うよりむしろ、 明治以来でっち上げは日本政府の「伝統行事」になっている

6.警察、消防、レンタカー会社などのストーカー行為は、社会的にも当たり前になったが、私個人も、これらの組織からの「付きまとい」、「待ち伏せ」、「嫌がらせ」など数え切れない。市民の命を守る救急車が、サイレンを鳴らして市民を追い掛け回す。撮影した写真も数知れない。 この事件では県外のレンタカー会社を使い、その会社は防犯ビデオの提供どころか取材も拒否している

事例 三億円強奪事件 8.6水害 ストーカーの歴史 トロイの木馬 日本政府は偏執狂
集団ストーカーの黒幕はトヨタ 共産党は与党自民党の別働隊 赤軍派岡本武 日本赤軍岡本公三
ヤクザの本性を現す警察 重信房子 国家警察の真相・心理諜報戦  公安調査庁の見え透いた陰謀 
日本の対中国インチキ報道  捕鯨船団は海上自衛隊の別働隊  競艇ギャンブルとミャンマー軍事政権 
アフリカ開発会議 


7.犯罪者、目撃者、関係者の発言・表情が不自然で、顔を見て明らかに警察官OB、「公安の犬」だとわかる。昔もでっちあげが行われたが、はるかに巧妙なトリックを使っていた。最近は、故意に「やらせ」を見せびらかしているように見える。 地下鉄サリン事件もしばしばでっちあげだと言われる。被害者が全く現れない。今回も負傷者やその家族が現れない。現れても顔が映らない。こんな国は日本だけだ。

8.国内ではこのような「やらせ」事件はうんざりするほど多いが、今回は表面上被害者数が多かった。これは、特に米国内でヒラリー氏の報道時間を削る目的もあった。実際、被害者数が2、3人では米国では無視される。今回は、未だに連日報道されている。事件現場に秋葉原が選ばれたのは、米国人にもよく知られた地名だったからだ。

9.いかがわしい事件では、往々にして精神鑑定という切り札で事件がうやむやにされ、情報の正確さで信頼されるべきウィキペディアでも実名が伏せられる事例が多い。政府・警察の圧力と考えざるを得ない。今回の犯人の氏名「加藤智大」は見当たらない。

10.最後に、犯人がわざわざインターネット掲示板に書き込み、マスコミも大々的に報道するのにはわけがある。最近、公安の動員する言論弾圧ネットストーカーの威力がなくなってきている。国民から見透かされたからだ。それで、戦力回復を目指し、日本の得意技「 一罰百戒」を演じて、国民を脅したわけだ。

参照 ヒラリー・クリントンの誕生日は、日本の刑法改正の日だったが、
刑法改正では、「姦通罪」と「不敬罪」の廃止が行われた。
あたかも、将来のビル・クリントンとヒラリーの結婚・大統領就任を予定していたかのようだ。
つまり、日本は、生まれたばかりのヒラリーに、「姦通」を許し、
「天皇」に対して「大統領」になる「不敬」も許した。
犯人の加藤智大は、日本陸軍の軍神・加藤建夫少将(加藤隼戦闘隊隊長)の生まれ変わりだった。
加藤隼戦闘隊長のもう一人の生まれ変わりに、ユナボマー連続爆弾犯人がいた

続く 内容には仮説を含んでいます。

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  2008/6/10  #127

日本の陰謀 (85-1)

日本とユダヤ人の歴史


始めに

今回日本とユダヤ人の関係を調べるに際し、共通のマークがあるかどうか調べてみた。ところが、 とんでもない宗教団体のマークが出てきたので簡単に説明する。私がとんでもないというのは、このマークが、 ナチス・ドイツのマークと ユダヤ教のマークを重ねているからだ。 ホロコースト(組織的な大量虐殺)以外の何者でもない。詳しくは ウィキペディアを参照して欲しい。ここでは話を前に進める。

この 宗教団体は明らかに軍国主義を推進する日本政府の別働隊だ。日本政府、当該宗教団体、認可した文部科学大臣・県知事、納税免除を認める財務大臣、その他この宗教団体と公式・非公式にかかわりを持つ鳩山前首相小泉前首相などの政治家、自民党などの政党は、記者会見して釈明せよ。このような日本という国を世界は認めないし受け入れない。国民の税金や裏金が使われていれば重大な 組織犯罪だ。

わからないことが多すぎる日本とイスラエルの関係

日本は歴史上大きく分けて5回ユダヤ人と特別な関係にあった。常に日本はユダヤ人を自国の都合に利用しようとする。成功例もあれば失敗例もある。残念なことに日本の史実は、不都合な事実の隠蔽、事実の捏造などかなり歪曲されており、客観的に情報収集したつもりが大きな「嘘」になることも多い。そのつもりで、割り引いて読み、他の情報による検証をお勧めする。

(1)飛鳥時代以前
(2)安土桃山時代江戸時代初期
(3)日露戦争
(4)第二次世界大戦
(5)戦後・現在

君が代はヘブライ語

NHKスペシャル
その時歴史が動いた
本能寺の変






(1)の飛鳥時代以前は日本人の起源に関することで議論も多く、内容も多岐にわたることから、ここでは(2)安土桃山時代・江戸時代初期から先に話を進める。

安土桃山時代・江戸時代初期

日本に最初に渡来したユダヤ人は ルイス・デ・アルメイダだったと言われる。 アルメイダは1552年貿易目的で初来日。日本と マカオを行き来して多くの富を手にした。ユダヤ人でありながらキリスト教に改宗した 新キリスト教徒(潜伏ユダヤ教徒)だった。日本に南蛮文化をもたらした人たちの中にも多い。

1825年ユダヤ人薬剤師ハインリッヒ・ビュルガーが来日し シーボルトの助手として働いた。このほかにも無名の来日ユダヤ人は多かった。

ところで、アフリカ人も調べてみた。記録の上では、 ヤスケが最も古い。 織田信長は宣教師の奴隷で、現在の モザンビーク出身のアフリカ人を引き取り、側近に取り立てた。あまりの黒さに、家来にたらいでごしごし洗わせた。色が落ちないことに驚き、黒人の存在を知った。身長182cmで大男だった。織田信長はひょっとしたら 鈴木宗男のような男だったのかも知れない。

本能寺の変ではヤスケは最後まで信長に従ったが、陥落直前に信長はヤスケに逃げるように言った。だが、ヤスケは 明智光秀に捕らえられた。光秀はヤスケを人間でないとして殺さず、バテレンに戻すよう家来に命じた。

このように、日本には世界中の人間が渡来していた。この時、 日本船の入国を制限したのは、 明朝の中国だった。明は日本の海賊 倭寇に悩まされたが、最後まで日本政府( 室町幕府)はきちんとした貿易を行わなかった。

参照 フランス紙襲撃テロ事件は日本・ユダヤの合作・自作自演の可能性が高い。
新宗教『 ラエリアン・ムーブメント』創立1万5000周日記念日だった
イスラエルのガザ侵攻は最後の女性天皇後桜町天皇の誕生10万周日記念日だった。
他にも天皇一族を示唆する情報にあふれており、
イスラエルが天皇一族の国家であること、
そして、天皇王朝が女性王朝であることは否定できないだろう
世界最大の写真フィルムのメーカーコダック社は日本人の設立した会社である可能性が高い。
特に、天皇一族、織田一族の経営である可能性は高い。
創業者ジョージ・イーストマンの誕生日も、特許の取得日も、これらの事実を強く示唆する
オトポール事件(1938年3月8日):阿南中将は、樋口少将とともに、ユダヤ人を救出した。
だが、コフィー・アナンは、1938年4月8日(旧暦3月8日)生れた。
この二人は、名前と日付の一致だけではない。二人ともユダヤ人の可能性が高い。
ノアの箱舟の末裔に「アナン族」がいた。もちろんユダヤ人だった。
吉永小百合は、ポツダム宣言の受諾に反対し自刃・割腹(かっぷく)した
陸軍大将阿南惟幾(あなみ これちか)の生まれ変わりである可能性は高い

また、吉永も阿南一族もユダヤ人で、メンデルスゾーンの子孫である可能性は高い
サウジアラビア王国の建国 日本は古代エジプト王朝 日本は古代エジプト王朝 (2)
日本とナチスの年金制度 ナチスとチベットの妖しい関係 ヒトラーと七人の侍
冷血日本兵 日銀とオウム真理教

続く 内容には仮説を含んでいます。
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  2008/6/13  #128

日本の陰謀 (85-2)

ユダヤ人バテレン追放令


似たもの同士の日本人とユダヤ人

日本人とユダヤ人は先祖が共通するという説がある。だが、調べれば調べるほど両民族共通点が浮かび上がる。いや、むしろ、日本の歴史教科書がユダヤの歴史を無視しているために、よけいに新鮮で強烈に感じられる。

豊臣秀吉の登場した16世紀、宗教に関して両民族は同じ苦しみを経験し、同じ対応策を取った。両者がうまくやっていくのは時間の問題だった。

潜伏ユダヤ教徒 隠れキリシタン

ユダヤ人と日本人は、精神的な弾圧を受けたとき、「二枚舌」という手法で逃げ切ろうとする。隠れキリシタンはよく知られているが、実は、スペイン・ポルトガルではユダヤ人も宗教弾圧を受けていた。生きのびるために表面上キリスト教徒になったものも多かった。この人たちは、新キリスト教徒と呼ばれた。

ヴェニスの商人


ノルウェー船籍の
クリスチャン・ラディック号

このユダヤ人たちは、ヨーロッパでの迫害が続き新天地を求めていた。東アジアを新天地と考え船に乗って来た者も多かった。この移住者たちは、アメリカン・ドリームを求めた米国への移民とは異なる。生き抜くために必死になって日本にやって来た。だから覚悟が違った。

ザビエルなどの純粋で熱心なキリスト教宣教師とユダヤ人とでは覚悟が違っていた。宣教師は成績を上げて本国に帰ることが目的だったが、ユダヤ人は定住も考えていた。だから、ユダヤ人は肉体の違いを除けば何でも日本のことを受け入れた。

ユダヤ教と日本人の宗教観の類似性

ユダヤ教は性行為や恋愛には肯定的だ。キリスト教徒は労働を罪と考えるが、ユダヤ人は労働を神聖な行為と考える。ユダヤ教は他の宗教を異教徒とし迫害しない。ここまで来るとほとんど日本人だ。

ヴェニスの商人とエコノミック・アニマル

本当に似ている。この両者は人当たりもいい。 現実主義者なのだ。それゆえ金儲けがうまく、すぐに他の多数派民族から恨みを買い迫害を受ける。商取引で、ユダヤ商人と日本の商人がうまく取引を続けたのは当然の成り行きだった。日本の商人はユダヤ人に引けを取らなかったから、恨む理由がなかった。

バテレン追放令

バテレン追放令は、 鎖国を意味してはいなかった。貿易の禁止というより、管理だった。今日の日本政府が一部御用聞き商社と結託して貿易を牛耳る手法は、このころの幕府の管理体制からほとんど変わっていない。日本にとって、賄賂を融通するユダヤ人との癒着が始まるのは時間の問題だった。

この法令では、「南蛮貿易を妨げるものでなく、布教に関係しない外国人商人の渡来に関してはなんら規制を設けない。」「日本を離れる宣教師には渡航費用を拠出する。」「宣教師に危害を加えたものは処罰する。」「大名のキリスト教への改宗は許可制。」などと、キリスト教そのものは禁止していない。それどころか、部分的には保護さえしている。

鎖国という言葉は明治時代に作られた

当時、東アジアで日本に鎖国していたのは中国であり、日本は貿易したくてうずうずしていた。室町時代の西国大名は競って明朝中国との貿易を行った。 平戸に英国が商館を開設した時、徳川家康は、神奈川県の浦賀に寄航するよう要請したが、英国から断られている。鎖国といいながらも、清朝中国の許可の範囲で対中貿易は続けられたし、オランダ船も、もっぱら日中間を往復したり、それでも足りない物資は、東南アジアや台湾などの中継基地で日中間の貿易を続けた。特に太平の世になってから絹などの贅沢品の需要が高まり、一方では中国の貨幣経済の進展で、通貨の原料としての銀が日本から大量に輸出された。

日本はアジア諸国から鎖国を通告された

いつの世も日本は周辺諸国の嫌われ者だ。外国人が日本を知れば知るほど日本が嫌いになる。悲しいことだ。この時代、別の意味で日本は鎖国に追い込まれた。 当時、中国・東南アジアには広範にわたって日本人が移住した。この移民たちは、当初日本を捨てる覚悟の移民だった。戦国時代の落ち武者、特に関が原の西軍の落ち武者などが大量に日本を脱出した。 タイなどでは、日本の侍は人気が高かった。武力に優れ、日本刀の切れ味もよかった。忠誠心も強かった。しかし、それゆえ、ユダヤ人と同じ問題が起こったのだ。日本人排斥運動が起こった。それどころではない。スペインなどの大国と共謀して幕府を落としいれ、植民地下の将軍になろうなどという海外の侍たちの野望が江戸幕府の耳に入るようになった。日本刀などの日本製の武器は大量に東南アジアに出回った。

江戸時代初期、フィリピンはマニラで暴動を起こした日本人暴徒を日本に送還し貿易量の制限と暴徒の処罰を要求した。

日本はいつの世も軍事大国

残念だが、日本は常に軍事大国だ。この時代、日本は世界でも有数の鉄砲保有国だった。 16世紀後半には鉄鋼生産量でも鉄砲生産量でも鉄砲の性能でも世界一だった。そして、その主要輸出先はオスマントルコだった。

江戸時代も貿易に変化はなかった

江戸時代、幕府は強力に貿易を統制し中間搾取した。 これは鎖国ではなく、国家管理貿易だった。今日の日本と同じだ。よく考えれば当たり前だ。民族が同じなのに政治体制がさほど変わることはない。 例えば、北海道産の昆布は中国で高く売れた。アイヌ・松前藩・回船問屋・薩摩藩・琉球王朝を経由して中国に売られた

結局、江戸時代の日本の貿易制度はユダヤ人と幕府がうまく作り上げた外交政策だった。

江戸時代の貿易体制は今日の貿易体制と比較するとよく理解できる。 日本の貿易は、全て日本の商社が取り仕切る。日米貿易にしても日中貿易にしても、米国や中国の企業が貿易にかかわることは少ない。調べることの出来る情報もない。貨物船・貨物機もほとんど日本製だろう。これは異常な国家としか言いようがない。 江戸時代も、長崎出島で特定の外国船を通じて特定の御用商人に貿易を独占させた。ユダヤ人は日本にとって非常に心地よい取引相手だった。何と言っても亡国の民だったから日本を植民地にする野望は微塵も感じられなかった。黒船来航で貿易独占体制が崩れると、幕府はあっという間に崩壊する。おそらく、幕府は農民の年貢で持っていたのではなく、貿易の独占体制とそれに群がる大物商人たちによって支えられていた。それが崩れたとき幕府は存在理由がなくなった。来日オランダ人にはオランダ東インド会社に関連するユダヤ人が多かったと考えていい。少なくとも、貿易金融にユダヤ人が登場しなかったはずはない。

今日の日本を痛切に感じる

今日、日本では経済学が通用しないことは誰でも知っている。株、商品先物、外国為替、証券、不動産取引・・・・全て政府の完全な管理下にある。膨大な利益が政府の金庫と裏金に注がれている。もはや、昔の正常な会計処理に戻れない。幕末の江戸幕府と同じ蟻地獄だ。 江戸幕府は数回の徳政令(借金踏み倒し)で逃げ切ろうとした。結局逃げ切れなかったのだが。

参照 2014年3月23日安倍首相は「アンネ・フランクの家」博物館を訪問する

この日は、日本海軍の真珠湾攻撃で撃沈された
米海軍戦艦オクラホマの進水100周年記念日。

2014年3月24日ユダヤ系団体が安倍首相の博物館訪問を称賛する

この日は、シーメンス事件による山本権兵衛(ごんのひょうえ)内閣
総辞職100周年記念日。山本は鹿児島出身の首相。

博物館「アンネ・フランクの家」が公開された日は1960年5月3日

その日、池田大作が32歳の若さで創価学会会長に就任。
その日は、西南戦争開始1000周月記念日。
その日は、ハワイ真珠湾攻撃220周月記念日。

これらの事実は、安倍首相も、ユダヤ組織も、「戦争推進」、「いじめ推進」
の戦術を微塵も変えていないことを物語る。全く反省しない連中だ。
日本とユダヤ人の歴史 大西洋奴隷貿易時代の日本人奴隷

続く 内容には仮説を含んでいます。
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  2008/6/19  #129

日本の陰謀 (85-3)

日露戦争ユダヤ人

幕末、横浜には50家族のユダヤ人が住んでいた

幕末の日本人にとってユダヤ人は通商取引の相手として比較的安全な相手方だった。ユダヤ人には祖国がない。だから難しい条約が必要なかった。もちろん植民地にされる恐れなど微塵もなかった。しかも金持ちだ。 長崎にもユダヤ人のコミュニティが作られた。日露戦争の頃には100人ほどのユダヤ人が住んでいた。 神戸にはユダヤ人会長の貿易商サッスーン氏の住んだ邸宅があり、結婚式会場として利用されている。

鹿鳴館時代

日本人の行動基準は道徳ではない 全てが計算だ。いや、そのように教育されている。例えば、会社で付き合う同僚を選ぶ際、優先的に考慮されることは、その付き合いが自分に有利になるかどうかだ。会社から干された社員、上司から嫌われた社員は当然無視される。 こういった社会風土は、その連鎖性から瞬く間に国家全体主義を成立させる。 幕末に開国した日本、第二次世界大戦で無条件降伏した日本が全体主義に染まるのは時間の問題だった。

鹿鳴館時代の欧化主義は、政府ぐるみの国家的詐欺だった。これは単なる「外国崇拝」ではなかった。 井上馨などのヨーロッパ視察経験者は、現地では日本人が半未開の人種として実は「珍獣扱い」されているという事実に気づいた。通商条約で国家主権が一部認められなかった日本は、酒と女で西洋外交官を買収しようとした。この日本の特徴は、今日でも全く変わらない。

日英通商航海条約明治東京地震そして日清戦争

日本の歴史書では鹿鳴館時代の話はあるが、その終わりについての記述がない。だが、鹿鳴館が二枚舌だとすれば、その終焉をどうしたのか非常に気になる。調べると、案の定不可思議な事実が出てくる。

日露戦争 旅順攻防戦

日露戦争 日本海海戦
日露戦争 陸戦編



鹿 鳴 館


大和生命前庭の鹿鳴館記念碑


ビルの通用口の壁に埋め込まれている。普段はタバコの喫煙場所だそうだ。いずれ消えてなくなるのだろう。


鹿鳴館を終わらせることは容易ではなかったはずだ。二枚舌が見透かされると全てが水の泡だ。驚いたことに、鹿鳴館は表面上自然の意思で終わりになった。私が知る限り、日本で最初の人工地震だった。

明治維新以来東京で知られた大地震は関東大地震だ。だが、その前に東京では直下型地震が一回あった。不思議なことにそのタイミングは絶妙だった。日本で最初の人工地震に間違いない。これについては別の機会に述べる。

この地震で鹿鳴館は被災し、華族会館に払い下げられた。もともと鹿鳴館の建設自体苦々しい思いだった当時の日本政府は、その建設場所さえ嫌味な場所を選んだ。薩摩藩は3年前の1877年西郷隆盛西南戦争を起こした。それで、薩摩藩の屋敷跡に鹿鳴館を建設した。鹿児島が鳴く(泣く)館だ。中国の詩経から引用したと言われるが信用するわけにはいかない。嫌味のきつさはいつものことだ。だが、鹿鳴館を終わらせるのも地震のせいにしたのだ。当時としてはとてつもない事を考えたものだ。しかも、この国宝級の建物は真珠湾攻撃の前年1940年に解体された。その記念碑は大和生命の前庭にある。この保険会社は、2008年10月10日倒産した。

二枚舌外交の連続

日本の外交は、本妻と浮気相手の女性の両方を騙しながら、浮気相手の金目のものを奪い取ろうと画策する男の姿だ。本妻に見抜かれると、家庭は破綻する。浮気の相手に見抜かれるとひどいしっぺ返しを食らう。妻には、「遊びだよ。」と言い、浮気相手には、「必ず君と一緒になる。」と嘘を言い続ける。

だが、この二枚舌は必ず終わりが訪れる。しかも、その終わりは悲惨だ。この論法で日本外交を分析すると、全ての謎が解明できる。本妻は「無実の国民」であり、浮気の相手は、列強先進諸国だ。

1883年11月28日、鹿鳴館落成の祝宴が行われた。その日は外務卿井上馨の誕生日だった。実は、これから100年目、1983年11月28日、日本では、ひとつの騒動が起こった。中曽根内閣が内閣不信任決議なしに衆議院を解散したのだ。これは、田中判決解散と呼ばれた。諸外国の圧力で、表面上は田中角栄に有罪判決を言い渡しながら、衆議院を解散し、再度、「みそぎ選挙」を行った。もくろみどおり、田中はトップ当選を果たした。

何故、この日を選んだのか。それには、官僚独特の感性がある。良く言えば、「本音と建前」、悪く言えば、「二枚舌」だ。この田中角栄のドタバタ劇は、鹿鳴館のどんちゃん騒ぎと思想は同じだ。

田中角栄を刑務所に入れることは、米英に対する屈服を意味した。そのジレンマを克服するためにいろいろな話が作られた。結局どうしようもなくなった田中には死んでもらうしかなかった。

この鹿鳴館の時代を詳細に分析すると日本政府のシナリオが見えてくる。日本は、女と酒を使って、陰謀の仲間を探したのだ。米英は、どうしても裏取引に乗ってこない。最終的に乗ってきたのは、フランスだった。これを象徴的に表すのが、大日本帝国憲法の発布だった。この年は、フランス革命から100周年の1889年に設定された。日付は2月11日紀元節(現在の建国記念日)が選ばれた。英米との決別の象徴として同日、英米派の文部大臣森有礼は暗殺された。1891年には、美濃・尾張地震が起こる。痛烈に米国を嘲笑った。この頃から、はっきりと日仏の共謀が見られるようになる。もちろん共謀だから、詳細に分析しないと表には出てこない。


日清戦争勝利を目指し手順に陰謀を繰り返す

1883年7月7日 鹿鳴館落成、列強諸国の外交官に対する接待攻勢が始まる。
1884年

清仏戦争が本格化する。日本は、朝鮮支配を目指し甲申政変を企てるが、失敗に終わる。日本とフランスは一貫して共謀関係にある

1893年7月

外相陸奥宗光は列強との不平等条約改正交渉を開始した。日清戦争の前に片付けておかないと、戦争がこじれると厄介なことになる。

1894年5月

条約改正の見込みがつくと、事前に日本が作り上げた扇動組織「東学党」と農民が反乱を起こす。

1894年6月

M7の直下型地震「明治東京地震」が起こった。鹿鳴館は被災した。用済みの舞踏会は事実上中止された。

1894年7月 予定通り日英通商航海条約が調印される。これで戦争の障害が取り除かれた。
1894年8月 日清戦争開戦

ユダヤ人は日本の戦争のスポンサー

日本人とユダヤ人は馬が合う。何でも商売と割り切るからだろう。両者にとって戦争は商売でしかない。日清・日露戦争では、軍資金調達にユダヤ人が大きな役割を果たした。

マーカス・サミュエル

日本の歴史教科書では馴染みのない人だが、この人の会社を知らない日本人はほとんどいない。この人は、昭和シェル石油の親会社ロイヤル・ダッチ・シェルの創業者の一人だ。単身で日本に来たサミュエルは1876年横浜で「マーカス・サミュエル商会」を創業し、日本の貝を加工して英国で販売した。この商売は飛躍的に発展し、石油販売業にも進出、世界的な大企業になる。

日清戦争に際しては、日本軍に、食糧や、石油や、兵器や、軍需物質を供給して助けた。

ジェイコブ・シフ

フランクフルトのユダヤ教徒の家庭に生まれる。国際大手銀行クーン・ローブの頭取に就任。ロシアの反ユダヤ主義に対する報復として、日露戦争の軍資金を必要とした日本を強力に支援した。

※1977年、クーン・ローブはリーマン・ブラザーズと合併し今日に至ったが、リーマン・ブラザーズは、2008年9月15日株式市場の暴落を受けて破産法の適用を申請した。

日清戦争と前後して長崎にユダヤ人居住区が形成される。しかし、日露戦争が終結すると消滅に向かう。日本在留のユダヤ人や日本人の歴史学者の中には、両民族の歴史と文化の共通点を指摘する者もいただろう。しかも、二度の戦争で資金を借りた屈辱は、ユダヤ人は忘れても日本人には忘れられない。さらに日本の外貨調達力、工業生産力が増すにつれ戦費や兵器を外国人資本家に頼る必要がなくなった。

参照 日本の官報第一号は、古代エジプト王朝ハルマゲドンを記念して発行された。
もはや、日本が今なお古代エジプト王朝の偽装王国であることは否定できない
ロンドン同時爆破事件は、日露戦争・樺太上陸作戦100周年記念日だった。
事件の起こった日、2012年夏季オリンピック招致を決定するIOC総会と、
G8サミットが開催されており、一連の騒動は日本の陰謀の可能性が強い
1983年7月7日の「米史上最年少の親善大使」のソ連訪問は、鹿鳴館落成100周年記念のパロディだった
日本は第二次世界大戦の戦勝国 硫黄島の歩兵第145連隊 ラストサムライ
西郷隆盛と井伊直弼 鹿鳴館落成の日は、高陽院(かやいん)焼失と、大坂城炎上・陥落の日から設定された。

続く 内容には仮説を含んでいます。
 日本の陰謀 (85-4) ⇒トップ ⇒索引 ⇒ページトップ
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  2008/6/27  #130

日本の陰謀 (85-4)

とことんユダヤ人をバカにする日本


日本の歴史は調べれば調べるほどおぞましい。それは日本がおぞましい国だからではない。どの国にも恥ずべき過去はある。だが、日本は不都合な過去は完璧に隠蔽する。これまで、どれだけの真実が消され、どれだけの捏造がなされたのか、考えただけでも恐ろしい気持ちになる。

学生に丸暗記を要求する理由はここにある。考えさせると、嘘を見抜く者が出てくる。子供のときから、余計なことを考えない人間に育て上げるのだ。この国には学問も、文化も、芸術もない。あるのは、相撲、競馬、野球などで見られる八百長と動員された観客による演出で、外見上、健全なイベントを演出する。だが、うんざりしている日本人は多い。

ナチス・ドイツは日本が作り上げたと考える。少なくとも日本は裏でナチスを支援した。ロシア革命でもそうだった。それほど、ナチスとユダヤ人の問題は、日本に都合よく歴史が展開した。今日でも、京都議定書をはじめ、日本は膨大なインチキで、巨大な利益を上げている。

外交官 杉原千畝(ちうね) 画像


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(ハーピンファンディエンベイロウ)

私は、 日本の政治家は、得意になって「国益」という。道徳のない金儲けも国益というのなら、泥棒も捕まらなければ立派な職業だということになる。警察に捕まらなければ贅沢な暮らしができるという理屈だ。何ということか。

日露戦争終結

1905年9月1日 日露両国は休戦議定書に調印し、戦争は終結した。事実上の終戦記念日だった。だが、日本はポーツマス条約の内容に合点がいかない。戦争のためにユダヤ人銀行家から借りた巨額の債務を、ロシアからの賠償金で清算する日本のもくろみは消え去った。この日は、1923年の関東大震災で歴史から消された。以後、この日は「関東大震災記念日」または「防災の日」となり、日露戦争を思い出す人はいない。ちなみに戦時中陸軍で普及した薬に、「征露丸」がある。文字通り、ロシアをやっつける薬だった。

9月1日から講和条約の交渉が行われるが、日本政府は交渉の梃子(てこ)として暴動「日比谷焼打事件」を演出した。交渉中は暴徒が自由に都内を暴れ回り、条約が締結されると直ちに鎮圧された。米露両国から譲歩を引き出そうという政府演出以外の何物でもない。以後、この手口は政府によって今日まで頻繁に使われる。

日露戦争から第一次世界大戦そして第二次世界大戦までの期間、日本は国際収支問題に苦しむ。経済の混乱による貿易収支の変動を管理できなかったのだ。唯一安定した収支は、賠償金の収入(黒字)と借入金の返済(赤字)だった。

ユダヤ人に発行した国債の償還は、その後も増減を繰り返し財政を苦しめた。一方、 義和団事件に関する北京議定書では中国に過大な賠償金を背負わせた。この返済期限は1938年だった。この年は、日本が待っていた年だった。個人で考えればよくわかる。金を貸した相手が返済を履行する間その者を虐待する者はいない。だが、返済が終わると、その者は貯金を始める。見逃すわけにはいかない。その時点が中国侵略の出発点だった。その意味では、 1938年以降の日本の対中国外交は略奪が全てだったということになる。不法な賠償金で苦しめ、返済が終わると、今度は略奪しようというわけだ。ほとんどゴロツキの発想だ。

再度ユダヤ人を利用できるのか

日本は明治維新以降日清・日露戦争、第一次世界大戦を勝利した。実は、これは日本の努力もあっただろうが、歴史的には必然だった。日本は戦争を借金で行った。これは、故意に借金をしたのではないかと思われるほど賢明な選択だった。もし日本が資金力があり自力で戦争をしていたら勝利はなかったのかも知れない。その意味では、日中戦争・太平洋戦争においては、自力で行ったことに戦争の敗因があった。

戦争とは不思議なもので、金を貸した中立者はいやおうなく戦争に引き込まれる。金を貸した相手が敗北すると貸金が焦げ付く。だから全力を尽くして政治的・経済的に支援する。近代戦争は武力よりも兵站(へいたん)が勝敗を決める。後方の資材の補給だ。日本はユダヤ人から資金調達することで、西洋社会を取り込んだのだ。当然、日本はそのことを理解していた。だが、日本は二度と頭は下げない。もはやプライドが許さない。

河豚計画ふぐけいかく)/rp>

日本には下劣な詐欺行為がよく見られる。これらは外国人にはほとんど理解不能だ。だから効果は絶大だ。よく見られる詐欺のひとつに、狙いをつけた女性と仲良くなるために、子分にその女性をいじめさせ、そこに自分が白馬の騎士として現れ子分を退治する。そして女性は否応なしに自分の言うことを聞く。というシナリオがある。

河豚計画では、女性はユダヤ人、子分はナチス・ドイツだった。こちらも1938年開始された。 五相会議で政府方針が決定された。提唱したのは日産自動車の創始者鮎川義介だった。ヨーロッパでの迫害から逃れたユダヤ人を満州国に招き入れ、自治区を建設する計画だった。ユダヤ人を大量に取り込み、巨額の軍費と米国社会を取り込み、戦争を勝利に導く手はずだった。しかし、結局ユダヤ人に見抜かれ、この計画は破綻した。

しかし、河豚などと言う名前をよくも考え付いたものだ。フグは身の危険を感じると豚のような鳴き声を発することから「豚」の文字が当てられている。

東郷 茂徳とうごう しげのり)/rp>

東郷は太平洋戦争開戦時及び終戦時の日本の外務大臣だ。完全に政府から利用された男と見ていい。外務大臣になるために用意された男だった。まず、祖先が朝鮮人、出身は鹿児島、妻はユダヤ人だ。戦争犯罪を押し付けるにはもってこいの男だった。目的は、ユダヤ人の妻を通じて対外交渉を有利にすること、戦争犯罪の責任を朝鮮人とユダヤ人に転化することだった。ここでも鹿児島をバカにする。

それどころか、東郷の結婚の経緯は、恋愛というより、政府の命令とさえ思われる。この息子、孫までが、全て政府に利用される。

杉原 千畝すぎはらちうね)/rp>

杉原は1939年リトアニア日本領事館・領事代理に任命される。杉原は外務省の命令に反してユダヤ人が亡命できるようにビザを発給し、ナチス政権下のドイツによる迫害を受けていたおよそ6000人にのぼるユダヤ人を救ったと言われる。海外では「東洋のシンドラー」と呼ばれる。だがこれも日本得意の二枚舌政策だった。河豚計画の一部と考えると全てのつじつまが合う。

ユダヤ人は結局利用価値がなく、 全て国外に追い出された

神戸のコミュニティーは戦時中大半が上海に移動し、1万8000人のコミュニティーが上海に形成される。結局、ユダヤ人の虐待には昔から日本が大きくかかわっていた。もちろん、目的は金だった。

振り返ってみると、ユダヤ人の不幸はヨーロッパでの迫害、ナチスのユダヤ人絶滅計画を通じて、全て日本に都合よく事が運ばれた。

参照 オトポール事件(1938年3月8日):阿南中将は、樋口少将とともに、ユダヤ人を救出した。
だが、コフィー・アナンは、1938年4月8日(旧暦3月8日)生れた。
この二人は、名前と日付の一致だけではない。二人ともユダヤ人の可能性が高い。
ノアの箱舟の末裔に「アナン族」がいた。もちろんユダヤ人だった
阪神大震災は、第二次世界大戦末期、無条件降伏に反対して割腹自殺した
阿南陸軍大将を記念したパロディだった
戦時中の翼賛選挙と変わらない 戦後の対ユダヤ政策 スターリンの秘密 日本とユダヤ人の歴史
ユダヤ人とバテレン追放令 日露戦争とユダヤ人 中国とダライ・ラマの主張の比較 日本の目標は世界支配
アイヌ民族と民族浄化 2万人の連合軍兵士を虐殺した冷血日本兵は、今日幸せに暮らしている 
スウェーデンを支配する日本 ハワイ真珠湾攻撃の日 島津氏と日本の陰謀

続く 内容には仮説を含んでいます。
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  2008/7/7 #131

日本の陰謀 (85-5)

戦後の対ユダヤ政策


日本の対ユダヤ政策は敗戦にもかかわらず何も変わらなかった。要するに、同じ過去の道を繰り返したのだ。だが、戦後の対応には微妙な変化があった。日本にはすでに前科があったからだ。

戦後の日本とユダヤ人との関係は大きな広がりを見せている。これは、特にユダヤ人との関係がそうだからではない。国際化の進展が加速度的に広がったからだ。それで、日本とユダヤ人との関係も多様化している。ここでは、その一部を取り上げるが、一事が万事と理解してほしい。

ユダヤ人」という言葉の異様な響き

私は「ユダヤ人」という言葉が好きになれない。私はユダヤ人を尊敬する。しかし、学校教育で刷り込まれた「ユダヤ人」という言葉の偏見から抜け出せない。どうしてだろう。真面目に調べてみた。まず、マスコミで「ユダヤ」という言葉が使われない。理由は放送禁止用語のせいだろう。しかし、その中身は巧妙だ。

「ユダヤ」は禁止用語ではない。「ジュー」が禁止用語だ。だが、日本人で「ジュー」が英語の発音だということを知るものは数少ない。だから、放送禁止にする意味はない。それよりむしろ、混乱に乗じて「ユダヤ」を禁止と思わせることに問題がある。故意にやっていることは間違いない。しかも、これは、法律上の禁止でも行政上の禁止でもなく、放送業界が勝手に決めているだけだ。これは、場合によっては、憲法違反だ。同様な言葉の操作による憲法違反に「門地」がある。

日本とユダヤ


エフード・オルメルト首相来日


日本人に謝りたい
あるユダヤ人の懴悔



試しに、「ユダヤ」という言葉で朝日新聞のサイトを検索し、100ページ閲覧した。その中で、個人に関して「ユダヤ」という言葉が使われたサイトは全くなかった。つまり、日本では、ユダヤ人は「ユダヤ人」として紹介されない。ただ外人として紹介されるだけだ。だから、日本人は国内のユダヤ人を全く知らない。いや、知っていてもユダヤ人ということを知らない。これは逆の意味で人種差別だ。「ユダヤ」という言葉は、虐殺、浮浪の民という言葉とともにしか使われない。

「ユダヤ」という言葉に関して、ネガティブな印象が私の脳裏に刻み込まれているのはこうした社会環境が原因だ。即刻是正すべきだ。

翌朝のワイドショーで女性のゲストが「福田首相夫人は元スチュワーデスで、・・」と放送禁止用語を平気で使う。もともといい加減なのだ。結局、都合のいいように言論統制をしているのが日本のマスコミ業界だ。

外務省人事に見る対ユダヤ政策

前項で東郷茂徳外務大臣について話したが、この家族は日本のユダヤ政策に翻弄された。ここで日本政府の本音が読み取れる。

東郷(本城)文彦

朝鮮人の血を引く男がユダヤ人女性と結婚し、外務大臣になり、真珠湾攻撃で大失態を演じながら、その娘婿が戦後外務次官になり、その息子が外務省駐オランダ大使になる。この家系、人事は偶然では説明できない。日本人の中には政府の命令で結婚、就職、最後は犯罪まで行う者たちは多い。

こういった人間たちの中には、このサイトで述べる集団ストーカー特務機関員も多い。ある意味では反文明的、階級的、全体主義的日本社会を反映した悲しい物語だ。

9.11テロ事件では、小泉純一郎と田中真紀子のコンビが破綻した。というより、日本が豹変した瞬間だった。「猫」が「豹」に変わったのだ。もはや猫かぶりの必要がなくなった。小泉の好きな「忠臣蔵」の始まりだった(徳川家康と赤穂浪士)。この東郷一家は、このシナリオにまたもや利用された。小泉は最近、「政治家は使い捨てだ。」と、言った。全ての有名人は使い捨てだ。

戦後の日本の平和外交は、国力増強と軍事力復活を目標に粘り強く推進された。東郷一家は、特に世界の金融を牛耳るユダヤ人社会を取り込むために必要だった。9.11テロ事件で平和主義の猫かぶりの必要がなくなるや、東郷一家は邪魔者となり、劇的なスキャンダル政治の表舞台から消された。全て政府のシナリオと見る。

時には母のない子のように

カルメン・マキという歌手がこの歌を歌っていた。私には、悲しい印象しかない。今日ユダヤ人の混血と知り、強制収容所をイメージしたキャラクターだとわかった。

「激しく恋に燃えるが心変わりしやすく、男にとっては危険な女」というカルメンの特徴的なキャラクターは、河豚計画で唱えられたユダヤ人像、「ユダヤ人の受け入れは日本にとって非常に有益だが、一歩間違えば破滅の引き金ともなりうる。これは美味だが猛毒を持つフグを料理するようなもの。」と全く同じだ。

ひどい話だ。しかし、日本の社会でユダヤ人が生きるためには、政府のプロパガンダに乗るしかない。もしかすると本人は何も知らないのかもしれない。いや、ユダヤ人だけではない。私は、政府の命令で日本国内で不法行為を行う多くの外国人を見てきた。特に私のような批判的な人間の周囲には多くのこういった人間が集まってくる。

デーブ・スペクター

この人はよく知られているのでリンクを見て欲しい。ただ、CIAのスパイ説などが取り上げられているが、日本の芸能界で働く外国人は当然に公安の指示通り行動し発言すると考えたほうがいい。たまに日本の政治・社会を批判するのは、当然にガス抜きとして公安の了解のもとでの行動と解すべきだ。日本人以上に外国人の表現の自由はない。悲しいが、ユダヤ人としては、これが精一杯だろう。

アインシュタインは日本人

アインシュタインは最も著名なユダヤ人の一人だが、日本にも微妙な影響を与えた。1922年、改造社の社長山本実彦は、アインシュタインを妻エルザとともに日本に招待した。皮肉にも、ユダヤ人とかかわった山本は、日本のユダヤ人政策の波に翻弄される。

終戦直後占領下の日本で山本は一時的に政治力を増すが、たちまち政界から影響力は消える。その後継者三木武夫二階堂進らは常に使い捨てとなった。福田首相の言う「貧乏くじ」だ。ユダヤ人とかかわった政治家の運命は日本政府により決定される。55年体制が出来上がると、国内ではユダヤ人を無視する体制が出来上がり、国際的には、2002年無視する体制に変わった。

参照 読売ジャイアンツの捕手阿部慎之助(しんのすけ)はアインシュタインの子孫である可能性が高い
メンデルスゾーンと日本の芸能人 ヨハン・シュトラウスと日本の政治家・芸能人
日本は古代エジプト王朝 日本は古代エジプト王朝(2) 日本とユダヤ人の歴史
ユダヤ人とバテレン追放令 日露戦争とユダヤ人 とことんユダヤ人をバカにする日本

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  2008/6/21  #140

日本の陰謀 (86)

岩手宮城内陸地震リスボン条約


またもや人工地震だ。本当に懲りない国だ。詳細は省いて事実と理由を述べる。時間が足りない。

時系列

日本時間2008年6月14日午前0時57分(13日15時57分グリニッジ標準時アイルランドはリスボン条約を否決する

日本時間2008年6月14日午前8時43分岩手・宮城内陸地震が起こる。

日本が人工地震を起こさねばならない理由

日本政府は、これまでの長期戦略(中央集権的反米的欧州超大国EUの建設)が破綻したことを国民に知られたくなかった。

特に週末のテレビ・新聞を地震で埋め尽くし、EUのニュースを妨げようとした。実際、国内放送ではほとんど無視された。リスボン条約を知らない国民は多い。

欧州連合      日 本

岩手・宮城内陸地震


地震で崩れ落ちた道路
何故EUにこだわるのか

日本が世界を支配するためには、何といっても米国が邪魔だ。日米安保条約で日本の軍隊を縛っている。そのためには、米国を弱体化させねばならない。かつては、ソ連を拡大化させ成功した。しかし、今のロシアはプーチン体制だ。エリツィンはうまくまるめ込んだが今日のロシアは難しい。フランス・ドイツ・イタリアは昔からの同盟国だが、この国々の影響力も低下しつつある。それでEUにうまく周辺国を取り込んで米国以上の大国を作り上げ米国に対峙させるという計画だ。ここで、キャスティング・ボートを握る日本が優位に立とうというシナリオだ。

願わくば、米国とEUで第三次世界大戦が起こり、かつてのように日本が再度大国にのし上がろうというわけだ。EUの統合など議員たちに総額1000億円程度でもばら撒けば議会はどうにでもなる。日本の国家予算から見れば安いものだ。こういったことに大金を使う気違いじみた国は日本しかない。特別会計などという巨額の秘密資金があるからこういったことができる。もしそうであれば犯罪国家だ。しかも、ほとんど「悪魔」だ。日本政府は公式に意見表明しないとこういった疑惑は日増しに深まる。

欧州中央銀行は「徳川家康」銀行だ。 (2011年5月14日追記)

今日、世界中の金になる組織は徳川一族に牛耳られている。例にもれず、この銀行も徳川の銀行だ。日本銀行がヨーロッパに別会社を作ったと考えればわかりやすい。

「欧州中央銀行」設立

西暦 1998年6月1日

旧暦:1998年5月7日
関連事件:

■ 徳川家康が大坂夏の陣の為に京都・二条城を出陣。
■ 大坂夏の陣で大坂城陥落。天守閣が炎上。翌日豊臣氏滅亡。
■ 徳川家康の命日。
■ 「最高存在」国教法成立、カトリック教会制度を破壊(フランス革命)。
■ 秘密結社スカル・アンド・ボーンズ設立。CIAなどを含み、徳川の別働隊と
考えていい。


欧州連合の旗はここでも日の丸を連想させる

日の丸に関連する旗は多い。 

リスボン条約とは

このリスボン条約は、EUをより中央集権的で強力な組織にすることを目指した条約だが、国民の関心が低いこと、EUの官僚的体質に批判が大きいことから各国政府は国民投票ではなく議会批准の手続きをとった。だが、アイルランド一国だけが既存の憲法に基づき住民投票を実施した。結果は否決だった。リスボン条約は事実上のEU憲法であり、全加盟国の同意が必要であることから、このリスボン条約は暗礁に乗り上げた。

2003年宮城県北部地震も陰謀だった

自衛隊は喜びを抑え切れなかったのだろう、すったもんだの挙句、2003年7月26日未明、「イラク特措法」が成立した。この法律は自衛隊イラク派遣を可能にした。この法律案が成立する直前の午前0時と直後の午前7時に地震が起こった。慌てた(喜んだ)航空自衛隊は、町に繰り出して市民に訴えた

能登沖地震も陰謀だった (2009年2月7日追記)

日本政府の陰謀は芸が細かい。能登沖地震は、1993年2月7日発生した。これは1年前の1992年2月7日マーストリヒト条約調印反対に回った英国議会やその他の国々に対する当てつけだった。この条約は、リスボン条約の前段階の条約で、欧州連合を目指す基本条約だった。英国議会は反発し、その合言葉は、" The NO to the Treaty of Maastricht" だった。これは、マーストリヒト条約に「ノー」という意味だ。この英語の一部をローマ字で読むと、能登(NOTO) となる。本当に芸が細かい。

明治時代、もう一人の天皇が暗殺され、それに合わせて東北で地震が起きた。

1894年10月、日本は日清戦争の最中で、戦況は有利に推移していた。だが、その戦争のどさくさで、もう一人の天皇が暗殺された。この天皇は、戊辰戦争中の1868年、彰義隊に擁立され、、東武皇帝(東武天皇)として即位したと言われる。日付は1895年10月28日、11月5日とされ、公式には病死とされるが、当時の日本の事件の日付はかなり情報操作があった。日清戦争での戦没という話や台湾での英雄となったことなどを考えると、1894年であったことは十分考えられる。

実は、1894年10月22日この天皇が即位した東北の庄内で大地震が起こった。死者739人 、負傷者8403人だったが、歴史的にはあまり知られていない。この地震は、天皇暗殺を報道されたくない陸軍が画策したものと考えられる。情報操作は、国内にとどまらなかった。

フランスでは、歴史上の大問題が起きていた。10月15日、ユダヤ人砲兵大尉アルフレッド・ドレフュスがフランス陸軍情報部に逮捕された。これから数か月フランスとユダヤ人社会は大揺れに揺れた。結局ドレフュスは無罪を勝ち取った。

この事件はフランス軍の威信を傷つけ、軍部と保守派の力を大きく後退させた。この事件後のフランス軍は、植民地を除き単独での軍事的勝利を収めたことがない。

これもヨーロッパにおける日本の情報操作と考えられる。当事者は陰謀の同盟国フランスと日本が常に憎むユダヤ人だった。

参照 東日本大震災の起きた日(2011年3月11日)は、
昭和天皇生誕110周年記念日で、
岩手・宮城内陸地震1000周日記念日だった。
ファンロンパイ欧州連合大統領の誕生日は、旧暦で、米国CIAの設立、 そして、世界医師会の設立日と一致する
これは、ヨーロッパ、アメリカ、そして医師の集団までもが一枚岩の集団であることを物語る。
ノーベル賞と関東大震災 日本銀行と阪神大震災 新潟県中越沖地震 東北地方太平洋沖地震

続く 内容には仮説を含んでいます。
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  2008/6/25  #141

日本の陰謀 (87)

陰謀の中心はやはり「七夕」だった。


驚いた。知らぬが仏とはこのことだった。これまで、日本の陰謀は7月7日だと主張してきたが、何のことはない。公然の事実だった。だが、よくもここまで公然と悪事をやってのける。たいした度胸だ。権力を持つと人間はここまで愚か者になる。

先週日曜のワイドショー

早朝の討論番組を何気なく聞いていた。得られるものは何もない。だが、たまに秘密を暴露することがある。おそらく視聴率稼ぎだろう。私は、その為だけにテレビを見る。ほとんどが時間の浪費だ。

この日も、元官房長官の塩崎恭久が何か変なことを言ったような気がしたが、聞き逃してしまった。だが、すぐにそれが重大な情報であることをネット上で知った。考えることは誰も同じだ。私の聞き逃した言葉は「七夕会」だった。

七夕会

七夕会については、 専修大学経済学部のサイトで一通り説明されている。何故このような国家の腐敗構造を大学で講義するのかわからない。今の大学生はこの腐敗した官僚構造を受け入れ、世渡りの術を論文にすれば卒業できるのだろう。とんでもない大学が出来上がったものだ。いや、大学は30年以上前から腐っていた。「受験地獄」という競争社会は虚構で政府のプロパガンダだった。政府とマスコミのキャンペーンで当の国民も、外国のマスコミも完全に騙された。 受験競争の虚構の舞台裏で裏口入学が公然と行われていた。これが真実だった。お笑いだ。

真偽のほどは不明だが、一応大学のサイトであり、信用して、ここで要約する。ここでは財務省を旧来の大蔵省と言っているので、そのまま「大蔵省」を使用する。

仙台七夕まつり

浅間山(あさまやま)噴火

盧溝橋(ろこうきょう)事件


北京郊外の盧溝橋

1.主計局の総務課長には、重大な任務がある。 大蔵省は“大蔵一家”と呼ばれる。そこには、「死ぬまで」面倒を見てやるという“一家の掟”がある。 総務課長が指揮する大蔵省の連隊組織が「七夕会」というOB会である。

2.この「七夕会」を作った男は、戦前二度の大蔵大臣をつとめ、戦後においても“大蔵省の主”として力を振るった賀屋興宣(かやおきのり)だった(A級戦犯)。広島の原爆投下にもかかわっている

3.第一回の七夕会は1952年7月7日開かれた。当然日付には重要な意味がこめられた(語呂合わせと日付の一致は日本の嫌がらせの伝統)。

4.七夕会は死ぬまではもちろん、死んだ後の葬式まで面倒を見てくれる。

5.「七夕会」の会員は、退職後の人生を主として公団公庫の経理部門に天下りしていく。 これこそ主計軍団のパワーエネルギーだ。


私の指摘は事実だった

これまで日本政府は7月7日にこだわって陰謀を繰り返すと指摘してきた。これで裏付けが取れた。詳細は次の関連のリンクを読んで欲しい。

七七事変  2005年7月7日  2007年7月7日  トロイの木馬 

今年は洞爺湖サミットだ。

胡錦濤中国国家主席やブラウン英国首相は内心穏やかではないだろう。

どうして洞爺湖なのか

(1)またもや語呂合わせ

洞爺湖が語呂合わせだと思う人はいないだろう。しかし、ローマ字で表記すると面白い。
TOKYO⇔TOYAKO
だいたい、世界の首脳を洞爺湖に呼ぶのはいいが、そのサミットを「洞爺湖」という国内でもよく知られていない地名で呼ぶ必要はない。世界的には、北海道サミットとか、札幌サミットで十分なはずだ。面食らった外国人外交官、ジャーナリスト、政治家は多かったはずだ。

語呂合わせ 参照 頑張れ、ガンバリ!! オバマ大統領と福井県小浜市
オサマ・ビンラディンと日本の国宝 リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件とアホウドリ
小澤征爾(おざわ せいじ)と芥川賞・直木賞 巧妙な名前「新銀行東京」
山口百恵の『 いい日旅立ち』 背番号「49」と「94」
「シカト」は警察用語 NAGANO AKICHI ⇔ CHINA NAKIGAO

(2)実は15年前に洞爺湖は決まっていた。

1993年の同じ日(7月7日)、 宮沢首相は東京迎賓館でG7を開催した。この時、すでにホテルエイペックス洞爺は建設中だった。このホテルは建設が遅れて開業が間に合わなかったのか、あるいは迎賓館の手狭さに驚いた政府が次回のサミットに備えて建設したのだろう。

当時は、従来型の政府主導のマネーロンダリングが行われた。665億円のホテル建設費を政府予算から出すと、国民の批判が怖い。それで、地元都銀の北海道拓殖銀行に融資させ、倒産処理で、警察の実質子会社セコムがただ同然で引き取った。これで、サミットの準備は整った。この年2000年は沖縄でサミットを開会したが、この時は800億円の総費用が海外マスコミの批判を浴びた。くしくも似たような金額だ。

こういった、金融機関や不動産を使った政府主導のマネーロンダリングは何も珍しいことではない。私の地域でも大なり小なり数多い。日本では、政府の予算・決算、企業の決算など、実態とは全く関係がない、粉飾どころの騒ぎではない。

日本にとって、サミットはパロディでしかない。

参照 「宮城県」は「東京」が終わった後の「新都」として、すでに数百年準備されている。
天皇一族が、「北へ」、「北へ」と移動するのには重要な理由があった。後日述べる。
地球温暖化理論のねつ造も、人口移動の促進のためだと考えられる。
天皇一族は、古代から単独の世界の支配者であり、米軍も中国共産党も、
北朝鮮も、韓国も、そして世界中の宗教も支配下にあると言える。
世界中の、全ての組織の対立は、その一枚岩の組織を見抜かれないようにするための目くらまし。
ほとんど「ただ」の広大な土地を数百年で莫大な都市財産に変える。期間は数百年だが、投資効率は莫大だ
「仙台七夕まつり」では、天皇一族の「金儲け」と「いじめ」が極端に現れる。

天皇一族の秘密の経済戦術は「土地ころがし」。
現在、最も激しい土地ころがしが、仙台と札幌だ。
だが、その期間は、数百年に及ぶ息の長い土地ころがしだ。
仙台については、数多くの陰謀事件があるが、その中でも代表的なものが、
1783年旧暦7月7日の「仙台七夕まつり」だった。
この日、浅間山を噴火させ、周辺地区に甚大な被害を及ぼした
洞爺湖サミットは、米国バージニア州で開催されたビルダーバーグ会議に日付が語呂合わせされた。
この会議こそ、日本の秘密の世界支配の頂点だ

続く                                次項へ 内容には仮説を含んでいます。

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2008/2/1   ##
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