精神世界・心に響く言葉

心に響く言葉(→ENTER

エックハルト・トール

「悟り」とは「今にあること」であり、
頭のなかの声や思考プロセスから、
それにその思考が身体に引き起こす感情から
離れることだ。

(『ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる- 』)
08/11/23

加藤祥造

現求めない――
すると
自分が貴いものと分かる

だって
求めない自分は
誰にも属さないから

(『『求めない』 加島祥造』)
08/10/2


タデウス・ゴラス

現在のレベルに安住していては、
私達はより高く昇ってゆくことはできません。
そして愛は、私達を他のどんな手段よりも早く、
高く導いていってくれます。
しかも、私達はまず、今、自分のいるところを
愛することから始めなければならないのです。

ですから、あまりせっかちにすべてを求めてはいけません。

(『なまけ者のさとり方 (PHP文庫)』)
08/09/15


タデウス・ゴラス

自分を愛するということは、
エゴを甘やかせ、巨大化させることとは違います。
エゴイズムとは自分のことが大嫌いなのに、
自分は偉いのだ、大したものなのだと証明しようとすることです。
自分を愛すればあなたのエゴは消え、
自分は人よりすぐれているのだなどと
証明する必要を、もう感じないですむようになるのです。」

(『なまけ者のさとり方 (PHP文庫)』)
07/05/15

 

A Course In Miracles

私たちが最も深く恐れているのは、
私たちが不充分な存在であるということではない。
私たちが最も深く恐れていることは、
私たちが計り知れないほどに
力に満ちた存在であるということである。
私たちを最も怯えさせるのは
私たちの闇ではなく、光である。

(マリアン・ウイリアムソン『『愛への帰還―光への道「奇跡の学習コース」』)
07/04/22


ゴーピ・クリシュナ

私は、子供の時から慣れ親しんできた
自我に統御された一つの意識単位から一挙に拡大し、
光り輝く意識の輪となり、最大限のところまでずんずん大きくなっていった。
『私という感じ』は以前と変わらないものの、
それはもはや一つの小さく固まった存在ではなくなった。
私は四方八方の広大な次元に通達する
光り輝く意識の球体の中に包みこまれていた。

(『クンダリニー 』平河出版社)
07/04/15


ティク・ナット・ハン

現在の知識が絶対不変の真実だと考えない。
狭量を避け、現在のものの見方に縛られない。
こころをひらいて他人の考えを受け入れるために、無執着を学び修する。
真実は概念化された知識のなかではなく、
生活のなかに見出される。
つねに自己および世界の現実を 生活全体として観察し学ぶ。

(『微笑みを生きる―「気づき」の瞑想と実践』春秋社)
07/03/31


ティク・ナット・ハン

いかなる教義、理論、イデオロギーに対しても
盲目的心酔を避け、また束縛されない。
いかなる思想も一手段であって、絶対的真実ではない。

(『微笑みを生きる―「気づき」の瞑想と実践』春秋社)
07/03/18


ラリー・ローゼンバーク

意識に耳を傾けると、
思考はやむことなくやって来ては去って行きます。
それらは一貫したものではなく、お互いに調和もしません。
それらは統御することも予測することもできません。
ただ、空に浮かぶ雲のように、現われては消えていきます。
このプロセスを見ることが空(emptiness)を見ることなのです。

(『呼吸による癒し―実践ヴィパッサナー瞑想』春秋社)


ラリー・ローゼンバーク

呼吸も、感受も、心の状態も、
やって来ては去って行くものすべてを見つめていると、
これらのことを「している自己」という概念が
想像上のものであることも理解されてきます。
生涯にわたって持つであろうその概念がすべて崩れ去ると、
あるいは少なくとも弱まってくると、
私たちは重荷を下ろすことができます。

(『呼吸による癒し―実践ヴィパッサナー瞑想』春秋社)


エリエール&シーヤ・カーン

ありのままであることを受け入れれば、
それは自らを完成させ、消えていく。

もし、今この瞬間に起きていることを体験していこう
と思えば、状況は楽になります。
悲しみを体験しているのなら、それを取り除こうと
悲しみに抵抗するのではなく、
代わりに幸せになろうと必要もありません。

ただ悲しみという感情を、自分が感じることを許しましょう。
そうすれば悲しみは自己完結し、消えていきます。

(『今ここに生きる力―「瞬間的に人生を変容できる」生き方の極意 』VOICE)。


エリエール&シーヤ・カーン

あなたが誰かを許したとき、
そこで本当に自由を得るのはあなた自身です。
ほとんどの人が理解していないのですが、
誰かの行動に対して恨みを抱いたとき、
それによってあなたが罰しているのはあなた自身なのです。

たとえあなたが「正しく」ても、
自分が正しく、相手が間違っているということにこだわれば、
あなたの内側で何かが死んでいくのです。

(『今ここに生きる力―「瞬間的に人生を変容できる」生き方の極意 』VOICE)。


K・ウィルバー

もし、わたしが、内的な独白(絶えまないひとりごと)を前にして、
能動的な聞き取りの態度を取り、
この独白に何でも好きなようにいうことを認めてやれば、
つまり、「聞いてやるから話なさい」 とうきまり文句で定義されるような態度を取るなら、
独白が(わたしの強制や抑圧なしで)止まるのが観察できる。
それは、用心深く待ち受けるわたしの姿勢が崩れるまでは再開されない。

(ウィルバー『意識のスペクトル 2 (2) 』春秋社)


鈴木秀子氏

自分の人生に起ることは必然であり、
無駄なことは何一つありません。
そして、人生には余計な回り道というものもありません。
嫌なことや苦しいことは、私たちが自分自身を大きくするために
自ら引き寄せたものであり、それを乗り越えたときに
ひとまわりもふたまわりも大きく成長することができるのです。

(鈴木秀子『「こころの目」で見る 』(清流出版))


ガンガジ

問題は、どこかへ行こうとする試みはみな、
結局のところ、あなたはまだそこに到達していない、
と示唆しているということです。
実際、どこかへ到達するためにあなたがする行為も、
常にそこに完全に実現しているものを
あなたが最も深いところで認識するのを邪魔しているのです。

(『ポケットの中のダイヤモンド―あなたはすべてをもっている』)


ガンガジ

今、この一瞬、すべてを止めてごらんなさい
―― 探し求めることも、否定することも、拒否することも、
すがりつくことも、それら全部を手放し、
今この一瞬だけ、あなたの存在の真の姿の中に
身を委ねてごらんなさい。

(『ポケットの中のダイヤモンド―あなたはすべてをもっている』)


盤珪

「仏心は元来不生なものなれば
 その不生のままに  
その起こる念は起こらば起こり次第   
取り合わず育てずにおけば   
やむより外はおじゃらぬわいの」

その独特の禅は不生禅 (ふしょうぜん)と呼ばれ、
人は生まれながらにして不生不滅の仏心をもつと説き,
形式的な座禅修行を否定した。


ガンガジ

「刷り込まれた思考による幻惑は深く、複雑ですが、
『止める』というシンプルな行為に対しては無防備です。」

「『止める』とはまず、理性の活動に気づきつつ、それに従わないことです。
理性の活動を追わない、というのは、理性に逆らったり思考を抑制するのとは違います。」

「『止める』というのは訓練ではありません。それは単に、
尽きることがないように思われる思考の流れの中に、
思考を追いかけないという選択肢があることに気づく機会です。」

07/2/19  (『ポケットの中のダイヤモンド―あなたはすべてをもっている』)


ジェラルッディン・ルーミー

悪魔を見たことがないのなら、おまえの自己を見るがいい。

06/10/8 (イスラーム神秘詩人


ラマナ・マハリシ

見る者と、見られている対象物とは、ロープと蛇のようなものである。
蛇という間違った知識が消えないかぎり、実体であるロープという知識はやってこない。
同じように、実在するものとしての自己の実現は、
世界が実現するという信念が消えてしまわないかぎりは得られないだろう。

05/2/6 (ラマナ・マハリシの教え 』)


アーノルド・ミンデル

あなたが自分のエネルギーを支配しようとしたり、操作しようとすると、
結局のところ、病いや死に直面することになる。
一方、あなたが自分の身体感覚に従うならば、今ここにいることを十分に感じ、
真に人生を生きて創造している感覚 が得られる。
たとえば、痛みやめまいといった感覚を大切にするということが、
ド リーミングボディを生きるということなのである。


04/12/20 (
シャーマンズボディ―心身の健康・人間関係・コミュニティを変容させる新しいシャーマニズム 』)


 フィリップ・カプロー 

真の創造は、心からあれこれの思いがなくなり、
手元の仕事に完全に専心しているときにのみ可能となる。
自意識の重圧から解放されて仕事と一如になったときに、
はじめて超越と成就の喜びが味わえる。
こうした創造的行為のうちでこそ、直感的叡智と喜びが
おのずと働きだすのだ。


04/12/19 (
禅への鍵 』序


 カール・ロジャーズ 

私が自分自身を受け入れて、
自分自身にやさしく耳を傾けることができる時、
そ して自分自身になることができる時、
私はよりよく生きることができるようです。
‥‥言い換えると、私が自分に、
あるがままの自分でいさせてあげることができる時、
私は、よりよく生きることができるのです」

04/8/1 (
『』


 クリシュナムルティ 

あなたは自分自身を知れば知るほど、
はっきり物事が見えるようになってきます。
自己認識には終わりというもがなく、
目的を達することも、結論に達することもないのです。
‥‥それを学び、その中に深く突き進むにつれて、
あなたは心の平安を見出してゆきます。
自らに課した自己修練によってではなく、
自己認識を通して精神が静寂になったとき、
そのときにのみ、その静寂と沈黙の中から、
真の実在とうべきものが誕生しうるのです。

04/5/30 (
自我の終焉―絶対自由への道


クリシュナムルティ

根本的な変革と、創造的・心理的な解放をもたらすことができる唯一の方法
――それは、私たちが毎日毎日怠りなく自分自身を観察することなのです。
すなわち私たちの意識的、無意識的な動機を
一瞬一瞬目を凝らして見つめるていることなのです。
そして訓練や信念は『私』を強化するものに過ぎず、
それゆえそれらは全く無益なものであることを認識し、
それを私たちの日常の中で毎日観察してその真相を理解したとき、
私たちは問題の核心に達したのではないでしょうか。

  04/5/30 (自我の終焉―絶対自由への道


 エリエール&シーヤ・カーン 

「今」に生きるための方法の一つは、
人のいうことに心から耳を傾けることです。
一つ一つの会話を大切にして、
新たな気持ちで相手がどんなことを伝えたいのかを、
「本当に」聞こうとすれば、あっという間に人生を変えることができます。
 

04/2/21  (
今ここに生きる力―「瞬間的に人生を変容できる」生き方の極意 』voice


ユング

私の一生は、無意識の自己実現の物語である。
無意識の中にあるものはすべて、外界へ向かって現われることを欲しており、
人格もまた、その無意識的状況から発達し、自らを全体として体験することを望んでいる。

  04/2/20ユング自伝―思い出・夢・思想 (1)


オリン

自分の内側にすでに苦痛があるときだけ、他人はその苦痛に引き金をひきます。

  03/12/7 『「パーソナル・パワー』


 アーノルド・ミンデル 

責任を持つということは、自分のアイデンティティに都合の良い出来事だけでなく、
自分が排除したい出来事に対しても、しっかりとした自覚を向けていくことを意味する。

責任を持つためには、自分に起こっていることを、
潜在的には意味がある出来事として尊重することが必要である。
‥‥起こることすべてを大切にし、それを生かし、その意味を見出すのだ。

  03/11/8 『シャーマンズ・ボディ』


 ケン・ウィルバー 

現在までの進化のコースをみるがよい。アメーバから人類までの道のりを! 
それならば、このアメーバから人間への進化率を未来の進化に適用したらどうであろうか。
つまりアメーバが人間に対する関係は、人間がXに対する関係に等しいのである。
Xとは何か? 
この「X」が、本当にオメガ点、ガイスト、超越心(スーパーマインド)、
霊であるかもしれないと言ったら嘲笑されるだろうか。
下意識が自己意識に対するのは、自己意識が超意識に対する関係に等しいのではないか。
前個人的なそれは個人的なそれに道をゆずり、
個人的なそれは超個人的なそれに道をゆずるのではないであろうか。
あのブラフマンはたんに進化の根拠であるだけではなく、
その目標でもあるのではないであろうか。

  03/7/20 『構造としての神』


トーマス・キーティング

 「思考は川面を流れる小舟の群れのようなもので、
船どうしがあまりくっつき合っていると、下を流れる川が見えません。」
 「意識の川面に漂う思考から川そものもへと注意を移すことです。
 その川こそが神性の顕現なのです。」
 「私たちの生命は、川面をつながって流れていく小舟(思考)ではなく、
 
川そのものだということがわかりはじめる。
 
同時に小舟は一過性のものだけれど、川は永遠にそこにあるという現実が見えてくる。
 そのとき現実のものと現実でないものについての知覚が変るのです。」

03/4/27 『自己変容の炎』)


E. キューブラー・ロス

すべての苦難は、あなたにあたえられた成長のための機会です。
成長こそ、地球 というこの惑星に生きることの唯一の目的です。
‥‥もし病気だったり、どこかが 痛かったり、喪失を体験したりしたときに、
それに立ち向かえば、あなたはかなら ず成長するでしょう。
痛みを、呪いとか罰としてではなく、とても特別な目的をも った贈り物として
受け入れることが大切です。

03/4/27 『「死ぬ瞬間」と臨死体験』)


アーノルド・ミンデル

自分ひとりだけのプロセスなどはない。
私たちはみんな一緒に、ものすごく大き なひとつの場の中に生きていて、
その一部分を受け取っているだけなのだ。
だから、 私たちが感じるすべての感覚に感謝し、できるかぎり、
そのすべての感覚を活かさな ければならない。
こうなると、すべてのものが私であると同時に、
これが私だという ものは何もない、といえる。

02/12/22 (『うしろ向きに馬に乗る』春秋社


妙好人・森ひな

われのちからで、でるとはおもうた、
そうじやなかった、おやちから。
たりき、たりきと、おもうていたが、
おもうたこころが、みなじりき。
じごくきらひの、ごくらくのぞみ。
のぞむこころも、みなじりき。

02/12/15 (『真宗入門』 鈴木大拙,、春秋社


クリシュナムルティ

あなたは全体で怒りに気づきます。そのとき、怒りはあるでしょうか。
不注意 が怒りであり、注意深さは怒りではありません。
ですから、あなたの全存在による 注意深さが全体を見ることであり、
不注意とは特定のものを見ることなのです。
全体に気づき、特定のものに気づき、そして両者の関係に気づく
――これが問題のす べてです。

02/12/14 (自己の変容 新装版 』クリシュナムルティ著、めるくまーる


 エリエール&シーヤ・カーン 

ここに来られたら
今、この瞬間に着いたら
毎日が特別になるでしょう
毎日は同時に 「深遠」であり、「普通」でもあるのです
 

02/10/28  (
今ここに生きる力―「瞬間的に人生を変容できる」生き方の極意 』voice


 エックハルト・トール

どんな欲望も、『大いなる存在とひとつになる喜び』の代用品として、
外界に満足を求めることからはじまります。
この次元にとどまっているかぎり
、「自由になりたい」、「さとりをひらきたい」という思いも、
『欲望のひとつ』になってしまいます。
ですから自由になる方法を追い求めたり、
さとりをひらこうと努力したりしないでください。
ただひたすらに、『いま、この瞬間』という時を、 生きるのです。
『思考を観察する人』になってください。(P47)

02/9/6  (『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる(徳間書店、2002


 盤珪

悟りとういことはござらぬ
そなたの心が本来仏でござるに
仏心に何の不足があってか
又外に悟りを求めさっしゃる

仏になろうとしおうより、仏でいるが造作がなうて、近道でござるわいの

02/8/27 (『新風盤珪の不生禅』


 道元

仏道をならうというは、自己をならうなり。  
自己をならうというは、自己をわするゝなり。  
自己をわするゝというは、万法に証せらるゝなり。  
万法に証せらるゝというは、自己の心身および他己の心身をして  脱落せしむるなり


Dogen To study mysticism is to study the self.
To study the self is to forget the self.
To forget the self is to be one with all things.
To be one with all things is to be enlightened by all things,
and this traceless enlightenment continues forever. Traceless


神秘主義を学ぶとは、自己を学ぶことである。
自己を学ぶとは、自己を忘れることである。
自己を忘れるということは、一切とともにあるということである。
一切とともにあるということは、一切によって覚醒するということであり、
この痕跡なき覚醒は、永久に続くのである。
 

02/8/12 (
『正法眼蔵』


 道元

ただわが身をも心をも、はなちわすれて、仏のいへになげいれて、
仏のかたよりおこなはれて、これにしたがひもてゆくとき、
力をも入れず、心をもつひやさずじて、生死をはなれ仏となる、
たれの人かこころにとどこほるべき。
 

02/8/12 (
『正法眼蔵』


 エックハルト・トール

いつでも「いま、この瞬間」を「Yes!」と言って、抱きしめるのです。
「すでにそうであるもの」に抵抗することほど、無益なことがあるでしょうか?
いつでも「いま、この瞬間」である人生に逆らうこと以上に、
非建設的なことがあるでしょうか?
「あるがまま」に身をゆだねましょう。人生に「Yes!」と言って、
無条件に受け入れましょう。
そうすれば、向かい風だった人生が、
突然追い風に変わっていくのを体験するでしょう。
 

02/8/11 (『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる
(徳間書店、2002


 エックハルト・トール

まず、受け入れます。それから行動を起こします。
『いま、この瞬間』が運んできたものを、
まるで自分であらかじめ選択したかのように、すべて受け入れるのです。
どんな時でも、『いま、この瞬間』と協力するのです。
それが難しい時でも『いま、この瞬間』を敵に回さないことです。
これが人生を根底から奇跡的に変化させる魔法です。
 

02/8/9 (『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる
(徳間書店、2002


 エックハルト・トール

たんなる手段としておこなっている動作に、全意識を集中させるのです。
すると『手段』が『目的』そのものに変わります。
たとえば、家や会社で、階段をのぼりおりする時に、
呼吸はもちろん、その一歩一歩に、全意識を集中させるのです。
これが『完全に[今]に在ること』です。  
手を洗う時も、同じ要領でします。
行動がどんなことでも、それをする時に、
自分が受ける感覚を、ひとつ残らず意識しましょう。
水の音を聞き、水が手に触れた時の感触を感じ、
せっけんをあわ立てている時に、その香りをかぐ、という具合です。
 

02/8/6 (『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる
(徳間書店、2002


 エックハルト・トール

自由への第一歩は、
自分の思考は、『本当の自分』ではない、と気づくことからはじまります。
そう気づくと、 『思考を客観的にながめる』ことができるようになります。  
思考を客観的にながめると、高次の意識が活動しはじめます。
思考をはるかに超えた、果てしない『知性の世界』が存在することや、
思考はごく小さな一面にすぎないことも、気づきはじめます。
 

02/8/2 (『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる
(徳間書店、2002


 エックハルト・トール

「大いなる存在」とは、死を運命づけられえた無数の生命形態を超える、
唯一の「不滅の生命(いのち)」です。
しかも、「大いなる存在」はあらゆる生命の奥深くに、
目には見えず、絶対に滅びることのない本質として、宿っているのです。
つまり、「大いなる存在」は、
人間のもっとも深いところに「ほんとうの自分」として存在しており、
わたしたちはそれに「つながる」ことができるのです。
 

02/8/1 (『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる
(徳間書店、2002


 デーヴィッド・ケスラー

ほんものの自己に立ちかえることは、
人間の自己というものの完全性をひきうけることである。
そこには、わたしたちが隠したがる暗い側面もふくまれているかもしれない。
人間は善なるものに惹かれる存在だとおもわれがちだが、
じっさいに惹かれているのは善でも悪でもなく真正なもの、ほんものだのだ。
その証拠として、わたしたちは
余分な飾りをつけて真の自己を隠している人よりも、
偽りのない人に好感をいだく。
 

02/7/23 (『ライフ・レッスン (角川文庫)
(角川書店、2001


 エリザベス・キュブラー・ロス

どんな人でも偉大さの萌芽をもっている。
『偉大な』人物が、ほかの人たちのもっていないものをもっているというわけではない。
『偉大な』人物はただ、
最良の自己のまえに立ちはだかる余分なものを脱ぎすてているだけなのだ。
 

02/7/21 (『ライフ・レッスン
(角川書店、2001


 『タオ・老子』

ぼくらはひとに
褒められたり貶(けな)されたりして、
びくびくしながら生きている。
自分がひとにどう見られるか
いつも気にしている。しかしね
そういう自分というのは
本当の自分じゃあなくて、
社会にかかわっている自分なんだ。

もうひとつ
天との地のむこうの道(タオ)に
つながる自分がある
 

02/7/13  (
加島祥造『タオ・老子』(筑摩書房、2000


 エリエール&シーヤ・カーン 

起きていることをそのまま認め
ニュートラルにあなたの人生を観察しましょう
見えるものを操ろうとしたり変えようとしないことこそ、
「変容」を起こす鍵であり、本質なのです

「判断しないものの見方」 それこそが「気づき」なのです
「気づき」は、何も裁きません
自分自身と、 自分と人生とのかかわりに立ち会って
ただ、眺めていることです
 

02/6/29  (
今ここに生きる力―「瞬間的に人生を変容できる」生き方の極意 』voice


 アーノルド・ミンデル  

プロセスワークの重要な考え方は、
怒り、嫉妬、どん欲などを含む、どんな感情でも、
それを受け入れ、そのプロセスに従うことによって、
そこからいのちをよみがえらせる可能性が現れてくる、ということです。

 プロセスワークの基本的な考え方は、自分が体験できるすべての体験は、
それ自身の展開、解決、成長を含んでいる、ということです。
自分に見えるビジョンや、聞こえる声や、
からだの痛みの中にあるメッセージは、
決して幻想などではなく、自分自身に向かう急行列車なのです。
 

02/6/8 (『自分さがしの瞑想―ひとりで始めるプロセスワーク
地湧社)


内山興正

「なんとか少しでもウマイ方へころんで,損をしまい」
という小さな我の分別を投げ出してしまって,
かえって「どっちへどうころんでも出逢うところわが生命」
という坐りに坐ることが大心です。

 
02/6/1 (『人生料理の本―典座教訓に
』)


星野富弘   いぬたで

かすかな風にゆれ
さわれば ポロポロとこぼれる
私も、この小さな花と
どこが違おう


 02/4/27 (『速さのちがう時計』)


坂村真民 本気

本気になると
世界が変わってくる
自分が変わってくる

変わってこなかったら
まだ本気になっていない証拠だ

本気な恋
本気な仕事

ああ
人間一度
こいつを
つかまんことには


 02/4/14 (『念ずれば花ひらく』)


星野富弘 れんぎょう

わたしは傷を持っている
でも、その傷のところから
あなたのやさしさがしみてくる

 02/4/10


鈴木大拙

禅は、毎日、毎時間修するにつれて、人の心を大いなる神秘へと開く。
人をして、エデンの園を歩くように世界を歩かせる。
その理由は説明できない。また説明を要しない。
だが、日が昇るときには全世界が慶び踊り、誰の心も至福に満ちる。

 02/3/31


ゴエンカ

‥‥『わたし』という大きな執着の対象がある。
自分、自我、自分のイメージに対する執着だ。
だれにとっても『私』は世界じゅうでいちばんたいせつな人間である。
『わたし』は、まるで砂鉄のなかに置かれた磁石のような行動をとる。
磁石はいつのまにか自分を中心にして砂鉄をならべえ、きれいな模様をつくりあげる。
『わたし』もまた、いつのまにか好きなものを引き寄せ、嫌いなものをはねのけ、
本能的に自分の好みにあわせて世界をならべかえようとする。」
『ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門』ウィリアム・ハート(春秋社)  

 02/3/29


 ラリー・ローゼンバーク

 私たちはどこか目的地に着きたいと思っている――そう思わなければそもそも修行など始めたりはしなかったでしょう――のですが、しかしそこに行きつく方法はただここにしっかりと存在することだというのです。A地点からB地点へ行く方法は、真にA地点にいることだというのです。何かを改善したいという希望を抱いて呼吸を見つめているとき、現在とのつながりがいい加減になってしまいます。現在こそ私たちが手にしているものすべてなのに。もし呼吸が浅く、あなたの心身に落ち着きがないなら、きっとそうである必要があるのです。ですからそのあいだはそうさせておきなさい。ただそれを見つめているのです。(『呼吸による癒し』(春秋社P48)

 02/3/28


◆エミリー・ディキンソン:Emily Dickinson

Hope is the thing with feathers
That perches in the soul
And sings the tune without the words
And never stops at all.

希望は、羽をもって魂に舞い降り、 ことばなき調べを歌うもの、 終わりなく、果てしなく。

 02/3/27

 

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