セラピー・ヒーリング・医療

◆『いのちの輝き・フルフォード博士が語る自然治癒力』ロバート・フルフォード(翔泳社、1997年)NEW
◆『補完代替医療入門』(上野圭一、岩波書店、2003年)
◆『実践「免疫革命」爪もみ療法』福田稔(講談社、2004年)NEW
『免疫革命』安保徹、(講談社インターナショナル、2003年)
◆『クォンタムタッチ』リチャード・ゴートン(ヴォイス、2003年)
『昏睡状態の人と対話する・プロセス指向心理学の新たな試み』 アーノルド・ミンデ ル(日本放送出版協会、2002年)
◆『自己変容の炎』ジョーン・ポリセンコ(春秋社、1996年)
◆『生きる意味の探求・退行催眠が解明した人生の仕組み』グレン・ウィリストン(徳間書店、1999年)
◆『この世とあの世の風通し・精神科医加藤清は語』加藤清(春秋社)
◆『代替医療』上野圭一(角川書店、2002年)
◆『やさしいフォーカシング』 アン・アイザー・コーネル著  (コスモス・ライブラリー、1999年)
◆『生きがいの催眠療法』 飯田史彦、奥山輝実 (PHP研究所) 2000年
◆『快癒力』篠原佳年(サンマーク出版)1996年



◆『いのちの輝き―フルフォード博士が語る自然治癒力』 ロバート・フルフォード(翔泳社、1997年)

吉本ばななの「私はこの本を何回読み返しただろう?何人にすすめただろう?」と いう言葉に引かれて読む気になった。オステオパシーの名医・フルフォード博士の語り口から感じられる患者や人間への愛、本来の命がもつ力・生命エネルギーへの確かな実感と信頼、地に足のついた医療への態度、そうしたものが伝わってきて、 なるほど、この感じが吉本ばななにあのように語らしめたのかと思った。

オステオパシーとは、手技を通じて全身の微小関節を調節することによって生体エネルギーの流れに介入し症状の緩和をもたらす骨調整療法であり、アメリカの代表 的な代替医療のひとつだが、この生体エネルギーは、明らかに「気」といってよい ものである。 1980年代の後半、19世紀の薬剤信仰を嫌っていたアメリカの医師・スティル博士は、 からだに本来そなわっているはずの自然治癒力を最優先する治療法を研究していた。 観察を続けるうちに彼は、「どんな病気の患者にもかならず筋骨格系の異常があることに気づき、循環系と神経系のアンバランスが症状を起こしている」と考え始め た。

それを解決するには、手技によって問題の関節を調節することで循環をとりもどすことだとするのがオステオパシーの考え方だ。フルフォード博士は、その正統な後継者のひとりだ。からだには、活発に動くエネルギーの流れが存在し、その流れがブロックされたり圧迫されたりすると、心身が本来もつしなやかさや流動性を失う。 そこから病気の症状が現われる。それゆえ手技によってエネルギーのブロックを解 除することが必要になるという。

オステオパシーの治療の一例を挙げよう。からだがだるく大儀で仕事もできずに、死ぬことばかり考えているという50代はじめの男性。何人の医師が検査しても原因 が発見できず、膀胱に原因があるのでは、というある医師のすすめで膀胱を切除したが、病状はますます悪くなった。 衰弱し切った患者の診察をしたフルフォード博士は、昔の事故のことを質問した。 肋骨あたりに過去の骨折の痕跡が感じられたという。男は驚いて17年前に対向車と衝突した事故のことを語った。その事故のショックがからだの中に残り、生命力が ブロックされて、徐々に衰弱していたのだという。10分ほどの手技治療の直後、男は強烈なエネルギーがからだじゅうを駆け巡るのを感じる。数分後には自力で治 療台からおき上がり、30分もたたないうちに、男は全身に生命力をみなぎらせて、気持ちよさそうに立ち上がった。

これと同じような事例が数多く紹介され説得力があった。説得力が あったという意味は、オステオパシーが手技をつかって特定の関節の調節をするこ とでエネルギーの流れを取り戻すという点だ。治療のプロセスとその効果が具体的で、確かな印象を残すのかもしれない。 『免疫革命』は病気の背景にある共通の問題として自律神経系や免疫系の乱れを挙 げていたが、実際には、気=生命エネルギーの乱れもまた深く関係しているらしいということ、それが治療の過程で具体的な説得力をもって見えてくるのがオステオ パシーの興味深いところだ。 それにしても、病気とその治癒ということを深く追求していくと、現代文明(現代 の科学)そのものが持っている根本的な欠陥までもがあらわになってくる。病気と 治療ということを通して学ぶべきことはきわめて多い。(0423追加)


補完代替医療入門 (岩波アクティブ新書) 』(上野圭一、岩波書店、2003年)

本書の意図は、膨大なCAM(補完代替医療)の領域のなかから、おもなCAMに共通す る身体観・治癒観や、すべてのCAM利用の前提となる「セルフ・ヘルプ」「セルフ ケア」という条件などを紹介することだという。著者はCAMを、技法である前に生命観であり生きかたであるととらえ、その共通の地盤を描きだそうとする。 CAMは、治療法であると同時に「健康や医療のあたらしい思考法でもある」。だから、 現代医療に絶望し、CAMに真向かう過程で、「機械論的な身体観からエネルギー的な 身体観へ、二元的な人間観からホリスティックな人間観へ」と大きな変化が生じ、 健康観・疾病観・治療観などに一種のパラダイムシフトが起こる可能性は高い。

病気とは、生命が自らを維持するために必要な一種の安全弁であり、「症状」とは 心身が心身自身を癒そうとするプロセスである。病気を適切に経過し、まっとうす ることによってこそ、健康は維持されるのだ。 こうした病気観は、前回紹介した福田−安保理論でもさかんに強調され、安保徹の 『免疫革命』でも繰り返し語られる。『免疫革命』(講談社イン ターナショナル)では、それが白血球の働きの具体的なメカニズムを明らかしつつ 詳細に説得力をもって語られ、そういう意味でも福田−安保理論は、CAMの病気・治 療観の具体的な裏づけになるだろう。併せ読むことをおすすめしたい。

たしかに補完代替医療(CAM)の領域で、ゆっくりとしかし確実な流れができつ つある。とくに欧米で、本書で語られるような大きな潮流になりつつあるとは驚き だ。 現在、欧米における中国伝統医療の研究と教育、および社会への普及は日本人の想像をはるかに超える。たとえば米国の鍼灸学校は、漢方薬の処方もみとめられた鍼 灸師を1万人以上排出している。また、たとえば日本では「放任行為」に過ぎない カイロプラクティックだが、米国にはその専門大学がいくつもあり、その施術が社 会的に認知され、医療保健の対象にもなっている。 さらに米国の医師が考案したオステオパシー(手技を通じて頭蓋骨をふくむ全身の 微小関節を調節することによって生体エネルギーの流れに介入し症状の緩和をもた らす骨調整療法)は、その専門教育を行う6年生の医科大学がいくつもあり、そこ を卒業して取得した資格は、社会的にM・D(現代医学の医師)と同等とみなされている。                      
こうした事例を数多く読むと、日本の遅れに今更ながらに驚く。医療制度とその背景にある近代科学主義の弊害が、日本の医療を蝕んでいる。代替医療が法的にも正統に認知され、社会的な評価も高まれば、それに伴って補完代替医療の背後にある世界観そのものが普及していくだろう。それは、病気とその治療を通して、私たち の生きかたそのものを変えて行くことにもつながるのだ。 「修理工ではなく庭師になろう」は、機械としての人体の故障を修理するのではな く、庭の草木を健康に美しく育てるアーティストたろうとする医師の側の自己変革 のメッセージだが、同時にそれは庭師の補助のもと、「庭である自己、自己である 庭」を管理する私たち一人ひとりの生きかたの変革にもつながる。 本書は、CAMの可能性を大きな視点から捉えつつ、CAMの現状を具体的に紹介して、 学ぶところが大きい。


◆『実践「免疫革命」爪もみ療法―がん・アトピー・リウマチ・糖尿病も治る (講談社プラスアルファ新書)
福田稔(講談社、2004年)

「免疫革命」理論の画期的なところは、自律神経という全身を統御するしくみとス トレスの関係を、信頼できるデータと治療効果によって明らかにしたことである。 自律神経は、交感神経と副交感神経のバランスで成り立っている。精神的・肉体的 ストレスがかかると、そのバランスが交感神経優位へと大きくふれ、それが白血球 のバランスを崩して、体内の免疫力を低下させる。  

こうした全体的な免疫のシステムを明らかにすることで、すべての病気は全身病 であるという東洋医学的な捉え方の正しさを見事に論証したのだ。 これは、東洋医学や補完代替医療にとっても待ち望まれた理論であろう。その有効性が、近代医学の側からの実験的なデータや理論によって、しかも細分化された 機械論を超える、生体の働きを全体的にとらえる新しい免疫学として証明されつつあるのだ。  

特にこの本が興味深いのは、西洋医学に携わる医者である著者が、気圧と虫垂炎 の関係から、自律神経と気圧の関係に興味を持って、調査するうちに、体のある部 分だけを取り上げて治療する西洋医学に大きな疑問を感じるようになったことだ。 病気観や治療法を根本的に変えていく過程が、わかりやすく報告されている。著者 は、安保徹の「免疫革命」理論に出会い、また東洋医学の針治療の驚くべき効果に 出会うことによって、やがて独自の自律神経免疫療法を考案し、アトピー性皮膚炎 や癌などの疾患に驚くべき効果をあげていく。  

具体的な治療例をまじえて興味深く読むことができる。たとえば、アトピー性皮 膚炎にステロイドを使用することが、いかに生体にダメージを与え、免疫力を低め るかが、いやというほど良くわかる。  爪もみ療法は、自律神経のバランスを整えるために誰もが短時間でできる方法で、 こんなにかんたんな方法で効果があるのかと思うが、理論的な基礎と医者としての 実践の積み重ねがしっかりしているので説得力がある。私もさっそく気軽に毎日にやっている。 (0412記)


◆『免疫革命 』安保徹、(講談社インターナショナル、2003年)

この本の価値は、これまでそのしくみが充分に解明されぬままに謳われていた「自 己治癒力」「自然治癒力」ということを、自律神経・免疫系のしくみから明らかに したことであろう。ストレスによる自律神経系の乱れ、それと様々な心身症との関 係について語られることは多いが、それを顆粒球、リンパ球の増減という精妙なメ カニズムにまで踏み込んで明らかにしたのは、画期的だ。

自律神経は、交感神経と副交感神経のバランスで成り立っている。精神的・肉体的 ストレスがかかると、そのバランスが交感神経優位へと大きくふれ、それが白血球 のバランスを崩して顆粒球が過剰となり、免疫力を低下させる。安保氏は、自律神経により白血球がコントロールされる姿を明らかにすることで、免疫システムの全体像をつかみ、病気の本体が見えようになったという。 こういう根本のメカニズムが分かっていなかったのかと驚くと同時に、病気と健康 を統合的に把握する重要な理論が出現したのだという感銘を受ける。

自律神経と免疫システムの関係を理解すれば、身体を消耗させる間違った近代医療ではなく、もっ と自然に治癒に向かう医療を選ぶ選択肢があるのだという、その主張の根拠が納得 できるのだ。

東洋医学や補完代替医療は、免疫力を高めるといわれるが、それがどのようなメカ ニズムによるのか分からなかった。これまで補完・代替医療は、その治療効果につ いて経験則に頼るほかなく、いわば手探りで治療をすすめていた。それが、自律神経による白血球の支配という理論によってその一部の過程が裏付けられるようになった。福田−安保理論は、東洋医学や補完代替医療の治癒のしくみを明らかにするための非常に重要な足がかりとなっていくであろう。

しかし、もちろんこれだけでは充分ではない。あくまでも従来の科学の範囲内で語 りうる仕組みが明らかになったというに過ぎない。従来の科学では認められない、 たとえば「気」との関係などについては、福田−安保理論は何も触れていない。それは当然とも言えるが、われわれにとっての課題は、明らかになった自律神経・免 疫系の働きと「気」の研究とをどのように結びつけていくかだろう。

それにしても、ガン、アトピー、その他さまざまな慢性病など、現代医療が不得意 とする病気について、現代医療の対症療法がいかに根本的に間違っていたかが、いやというほど分かる。対症療法そのものが、治癒どころか生体を痛めつけ、病気を悪化させていた。治癒のために必要な、自己治癒力、つまり自律神経や免疫系の機 能を痛めつける方向に働いていたのだ。たとえば、ストレスの連続がもとで起こっ た発ガンなのに、抗がん剤投与でさらなる消耗を加える治療の愚かさ。

この本や、先に紹介した補完代替医療関係の本などを読むと、現代医療や、その背 景となる近代科学的な世界観がいかに多くの問題をかかえているかが再認識される。 そして健康や病気という日常的に切実な問題へのかかわりを通して、われわれ一人 一人の生きかたを深めるチャンスが与えられているのだとを感じる。


クォンタムタッチ―奇跡のヒーリング技法 』リチャード・ゴートン(ヴォイス、2003年)

クォンタムタッチは、ハンズ・オン・ヒーリング(手技療法)の一種だ。気による 療法の一つだと言ってよい。著者は、ライフフォース(生命力)という言葉を使っ ているが気に対応するだろう。最初に、この療法による素晴らしい効果が語られている。たとえば脊椎が完全にずれてひどく歪み突起したような状態でも1時間ちょ っと手を当てエネルギーを流しただけで、まっすぐに伸びてしまった例などだ。2 日間ほどのトレーニングを受けることで誰でもこのヒーリングワークを学ぶことができるという。

原理は共鳴エネルギーである。施術者はただ、非常に調和したエネルギーを維持するだけで、クライエントのエネルギーがその波動に同調する。あとは、そのエネル ギーを受け取った肉体の内なる知性がヒーリングを起こすのに必要な作業をするというのだ。具体的には、周波数を維持しながら、患部を両手で包みこむようにする。 すると患部の波動が、施術者の波動と共鳴し、その共鳴した波動が、ヒーリングに 必要な働きを起こすということだ。

クォンタムタッチの原理と言われるものをいくつか紹介する。
★「共鳴と同期化は 癒すべき場所の波動を修正し、施術者の波動と一致させる。施術者はただ周波数を 高め、それを維持するだけでよい。」
★「施術者はワークを行うことによって自ら も癒されている。」
★「呼吸法と瞑想テクニックを併用すると、エネルギーが整い、 パワーが何倍にも高まり、レーザー光線のようになる。」

波動の同調という考え方は、野口晴哉(野口整体)がいった「気と気が感応して、 相手の中に元気が沸き起こる」という考え方とかなり似ているが、「感応」を「波動の同調」と考えることで、ヒーリングがなぜ可能なのかを理論的に探求する足がかりができる。その意味でも大切な指摘だ。

以前紹介した『バイブレーショナル・メディスン』でリチャード・ガーバーは、ホメオパシーの原理をみごとに説明している。ホメオパシーでは、薬物の濃度を水で希釈すればするほど、その効果が増大する。これは、通常の医学では全く説明のつかないことだ。しかし、必要な周波数の微細エネルギーを患者に供給し、からだを刺激することで、共鳴によるエネルギー移動がおこって、バランスが回復すると考えたのだ。『魂の記憶』の喰代栄一氏が紹介したシュワルツ仮説でも共鳴原理によ る仮説が見られる。波動の同調ということが、気功治療やヒーリングの根本にあるのではないか。

ではクォンタムタッチは、具体的に従来の気功療法やヒーリングとどこが違うのか、 この本を読む限り、従来知られている方法と違う新しいものがあるように思えない。 たとえば気(ライフフォース)の流し方は、基本的に気功でいう大周天であり、呼吸法との結びつきは、西野流呼吸法と大きくは違わない。ただし気を流すルートは少 し違うし、最終的にエネルギーを両手に集め、癒しに用いるところがポイントかも 知れない。 またトレーニングがシンプルで誰にでもかんたんに出来そうなステップがあり、パートナーと相互に行う効果も有効そうで、このシンプルな方法がとくに優れているのかもしれない。あるいは、リチャード・ゴートン氏その人の波動の質にも意味があるのか。

ともあれ一読して、ヒーリングや癒しにとっての根っこにあたる大切な方法が語られているという印象が残った。さら探求してみたい。


◆『昏睡状態の人と対話する―プロセス指向心理学の新たな試み 』 アーノルド・ミンデ ル(日本放送出版協会、2002年)

  この本は、おそらくミンデルの本の中でいちばん平易で読みやすいものの一つだ。 ミンデルが創始したプロセス指向心理学は、個人療法、家族療法、集団療法などに 適用されると同時に、コーマワークとしても新たな展開を見せている。コーマとは 昏睡状態、コーマワークとは昏睡状態の人とのワークを意味する。この本は、コー マワークという特異で独創的なワークの視点からのミンデル世界への入門と考えて もよい。

  昏睡状態の人と対話などできないという常識にがんじがらめになっていた医師や セラピスト、その他多くの人々を驚愕させる成果の積み重ね。これまで誰もなしえ なかった対話を可能にした驚くべき才能と独創性。その成果を基礎にした説得力。

   しかも、その対話や実践的な成果から自ずと明らかになるのは、肉体を超えた魂 の永遠性や、肉体の死に直面しつつそれを乗り越えて成長する精神の感動的なあり 方なのだ。昏睡状態の人と対話をするという、きわめて具体的な実践を踏み外さず、 その視点からのみ語りつつ、とてつもなく深い精神の世界を語っているのに驚く。 その実践に基礎付けられた事実の重みがこの本に、他に類を見ない価値を与えてい る。

   昏睡状態にあった魂が、肉体に閉じ込められた視点から認知する「現実」を超え て、はかり知れない精神の世界へ飛び立とうとする。そのとき、愛、自由、癒しと いった偉大な課題を成し遂げていく様が、ミンデルとの感動的なワークを通して明 らかになってく。昏睡状態は「閉じられたアイデンティティから、より大いなる命 に向けての自由を生み出すための歓喜に満ちた最後のダンスの試みであるかもしれ ない」とミンデルは捉えるのだ。

   彼は、「旅の道のりは、しばしばトランス状態や昏睡状態といった影の部分をさ まよい、通り過ぎる」とも言う。旅とは、もちろん大いなる命へ向けての旅だ。そ の旅の道のりにおいて昏睡状態は、しばしば積極的な意味を持つ。「命に関わる病 気が死のきわで表す症状は、光明につながる道なのだ。身体から発信されるシグナ ルは、それがいつ現われるかに関わりなく、自覚を捜し求める夢なのである。」

   身体のどのようなシグナルが、「自覚を探し求める夢」としてどのようにミンデ ルに受止められ、どのように応答されていくかは、ぜひ本をとって確かめていただ きたい。ここではミンデルの次のような言葉を紹介するに留めよう。

   「私が出会った昏睡状態になった人々は脳の構造上深刻なダメージを受けた人以 外は、全員目を覚まし、パワフルな体験を言葉で語ってくれた。脳にひどい外傷的 なダメージをこうむった人ですら、プロセスワークに対して非言語的な合図によっ て肯定的に反応した。一方、脳にひどい損傷を負っていない人々は目を覚まし、未 解決の愛や学ぶべきテーマを完了させた」

  この本でもう一つ興味深いのは、ミンデルの他の本には見られない、霊的な世界 についてのかなり踏み込んだ発言も見られる点だ。  たとえば、「死に瀕した人々の多くがベッドに横たわりながら、同時によその町 中を歩き回るという体験を私にきかせてくれた。私はこのようなケースから、人間 の意識は肉体の外に飛び出すこともあり得ると考えるようになった」等々の発言。  いずれにせよ、ミンデルのコーマワークが、以上のような生命観をもとに実践さ れ、またコーマワークの実践が、このような生命観を育んでいったのだということ を忘れてはならない。

   ミンデルは最後の章を「脳死と死の倫理学」にあてている。最近のニュースでも 長い昏睡状態から目覚めた事例があったが、昏睡状態での体験を味わい尽くした後 で、自らの決心で息を吹き返す人もいるのだ。持続的な植物状態においてさえ、脳 と精神が同一とはいえないと彼はいう。そのような状態でも患者と対話ができるの であれば、死の判定を、家族や医師にまかせてしまっていいのだろうか。「生と死」 は、瞬間毎に当人によってのみ定義され得る」というのがミンデルの主張である。
    

(2003/09/23 追加)


◆『自己変容の炎―愛・癒し・覚醒 (ヒーリング・ライブラリー) 』ジョーン・ポリセンコ(春秋社、1996年)

  世界の魂は、飢餓や公害や憎悪の炎の中におり、傷ついている。その傷の炎を意識的に使って、癒しの炎に変え、世界を変えていかないと、炎は私たちを燃やし尽 くしてしまうと著者は言う。そして逆説的ながら、痛みや虐待やトラウマのおかげで、文字どおり光を見て、個人的な癒しや社会の癒しに熱意をもってとりくむ人が 増えているという。

  闇に閉ざされたときにこそ、変容をうながす本物のメッセージが到来するときだ というのが、この本のひとつのテーマだ。人生の危機に直面したときに、自分自身 と宇宙に対する根本的な信念が、魂の闇夜とどうつき合うかを決定する。「何で私 が?」というギリギリの問いこそが、自分がほんとうに信じていることに対面させ てくれる。不幸の原因について自分を責めるだけの無力なペシミストなのか、人生の難題に挑戦することが心理的・霊的成長の一過程だと信じるオプティミストなのか。

 40代はじめのレスリーという女性は、3年前に夫を亡くした。二人の娘をかかえる彼女は銀行勤めをはじめたが、やがて自分自身が、右の乳房に悪性の腫瘍があることを知る。「何でこの私が」と「最初は考えました。でもそのあと思ったんで す、私がこうなっちゃおかしい理由もないって。だって何が起きるかなんて、私たちにわかるわけないんですもの。‥‥‥ひとつだけわかることは、胸の奥のどこかではっきりわかることは、こういうつらいことが、最後の最後には私のためになるんだってことなんです。なんでそうなるのかはわかりません。死ぬまでわからない かもしれませんが‥‥」

 著者によれば、自分の病気や不幸に意味を見出すことができた人は、自分の置かれた状況をより大きな自由と幸福を手に入れるためのチャンスとして活用し、それ によって人生の責任をとろうとした人たちだという。レスリーも、今の不幸に愛ある目的が込められていることが、いつの日か明らかになると信じ、自分の人生に責任をとる努力を惜しまない。しかもその信念は、硬直したドグマではなく、柔軟で 開かれている。

 魂の闇夜は多くの場合、新しい存在の仕方へのイニシエーション(通過儀礼)だ と考える人が、心の健康の専門家のなかにもあらわれているという。病気は、肯定的な移行であり、「恵み」でさえあり、たとえばうつ病は、究極的には自分を心理的・霊的に強めるようなイニシエーションであるという。

 人は、無力なものでも、縛られているものでも、役立たずでもない。苦しむだけの価値がじゅうぶんにある浄化に向かって、炎のなかをくぐり抜けているのだ。苦 しむことの価値は、それがもっとも神聖なものの探求をうながすところにあるのだ。

 知的な興奮を覚えるような新しいメッセージの本ではない。やや冗漫な感じもも った。しかし読んでいて魂が気づかぬうちに影響を受けている、そんな印象をもっ た。


◆『生きる意味の探究―退行催眠が解明した人生の仕組み 』 グレン・ウィリストン (徳間書店、1999年)

 これまでに読んだ退行催眠による過去生の探求や、いわゆる「前世療法」を扱っ た本に比べると、実証的な姿勢がある点がよい。クライエントが語った過去生の記 憶を実証的に確認した結果をある程度語っているのだ。ただ全訳ではないので、も っと実証的な部分は翻訳では省略されているかも知れない。少なくとも、いくつか 挙げられた事例から判断して、実証的に確認できる事例を、著者がかなり持ってい るようだということは分かる。

 一例を挙げよう。アメリカ人である女性が、アレックス・ヘンドリーという男性 として19世紀後半のスコットランドに暮らしていた人生を語った。  アレックスは、肉体的なハンディキャップを克服し、エディンバラ大学で医学を 修めた。その生き生きとした大学生活の描写は、証明可能な二つの事実を含んでい た。

   ひとつは家族がハンプシャーに住んでいたこと。もうひとつは、彼が1878年に医 学校を卒業したことだった。こうした100年以上前のスコットランドの一無名人の 情報を、クライエントが入手できたはずはないが、勉強のたいへんさや、家族から のプレッシャーを語る彼女の描写は真実味が溢れていたという。

   著者はその後、エディンバラ大学に問い合わせて返事を受け取った。「アレクサ ンダー・ヘンドリー。スコットランド、バンプシャー郡カラン出身。1878年、医学 士過程及び修士課程終了」  この本でも改めて確認したのは、クライエントが過去生で死ぬ場面を語る描写が、 臨死体験者の報告とほとんど同じだということだ。これは驚嘆に値する。体外離脱、 上から自分の肉体を見る、愛を発散する光に包まれる等々。これも具体例を示そう。

 「自分の遺体が見えます。自分の体を、見下ろしているんです。暴徒たちは、そ の遺体に覆いかぶさるように立っています。ひとりの男が、足で私の遺体をひっく り返して、何かぶつぶつほかの人たちに話しかけています。遺体を運び去ろうとし ているんです。もう、自分の肉体にとどまりたいとは思いません。自由になったん です。そして光が‥‥‥とっても感じのいい光です。安らかな気持ちにさせてくれ ます‥‥‥恐怖も苦痛も消えました。私は自由になったんです。」

  もちろんこれは退行催眠で過去生での死とそれに続く場面を思い出しているのだ が、臨死体験についてある程度知る人なら誰でも、両者の驚くほどの類似性を認め るだろう。

   著者は言う、「退行したクライアントがどんな宗教を信じていようと、過去生で の死の体験は、みな驚くほどそっくりである。死とは移行の瞬間であり、平和と美 と自由の瞬間である。着古してくたびれた衣装を脱ぎ捨てて、新しくもあり、また ふるさとのように馴染みある世界へと、踏み込んでいく瞬間なのである。」

   多くのクライアントが繰り返し語る死の特徴は、「身の軽さ、浮遊感、自由さ」 だというが、これはまた、多くの臨死体験者が繰り返し語る特徴でもあるのだ。

   臨死体験の報告と一つだけ相違する部分があるとすれば、退行催眠ではトンネル 体験を語るものは、ほとんどいないらしいということだ。

   それにしてもきわめて高い共通性があるのは確かで、今後しっかりとした統計的 な比較研究をする必要があると思う。これほど臨死体験が知れ渡っている以上、ほ とんどのクライエントはその内容を知っているだろうから、たんに共通性が高いだ けでは、あまり意味をなさない。細部に渡る比較研究のなかで、この共通性が積極 的な主張につながるかどうかを検討しなければならない。

   クライエントが語る「中間生」、時空のない世界の描写にも、臨死体験の報告と 高い共通性がある。「宇宙を満たす感触、すべての生物を包み込む感触、見えるも のも見えないものも含めたすべてのものの真髄に触れる感触、あらゆる知識に同化 して文化の制限を超えた真実に目覚める感触、それが、中間生である。」

   悟りにも似た精神変容を遂げる臨死体験者も、同様の世界に触れた体験を語るこ とは、『臨死体験研究読本』の読者なら、容易に理解してくれるだろう。

   中間生の描写は、別項で取り上げた『魂との対話』での「魂」のあり方とも非常に よく似ている。「魂」は、それ自体、時間による制限を受けず、時間の外側に存在 している。「魂」の視野は広大で、その知覚はパーソナリティー(個々の人生を生 きる自己)のもつ限界を超越している。パーソナリティーは、愛や明晰さ、理解、 思いやりなどに自身を同調させることで「魂」に近づく。  

  退行催眠は、クライアントが療法家の世界観の影響を無意識に受けやすいという 面があるかも知れない。そうした点に充分慎重である必要はあるが、著者が豊富な 臨床例から解明した「人生の仕組み」を参考にして見る価値は充分にあると思った。  人生という名の学校で、私たちは、繰り返し学び続けているのだという「仕組み」 を。 (030621追加)


◆『この世とあの世の風通し―精神科医加藤清は語る 』 加藤清(春秋社)

加藤清は、日本の精神医学界に大きな影響を与えた精神科医だ。国立京都病院に精神科を設立し、その医長となり、精神病理・精神療法学会、芸術療法学会などの設立などにも貢献している。また、精神医学会の多くの指導者やセラピストを育てた。他に『癒しの森―心理療法と宗教』、『霊性の時代―これからの精神のかたち』などの著書がある。

この本は、翻訳家かつ鍼灸師である上野圭一が聞き手となって、加藤清の深遠な思想の一端を語ってもらうという試みだ。読み始めて思わず夢中になった。 内容は、「精神医学への道」と「魂の深層からの癒し」とに分かれ、医学者になるまでや治療の現場での様々なエピソードを中心に語られており、きわめて平易で興味深い。日本の精神医学界の指導的な立場にいる人物が、これほどに「この世とあの世の風通し」を持ち、しかも魂の真の癒しを求めて「あの世」に通じる精神を治療の根本にすえている事実は、感嘆にあたいする。

幼いころから「この世とあの世とがツーカーになっていた」という加藤清は、精神医学的な治療の現場でカルマの問題に突き当たると、信頼できる霊能者の協力すらえている。にもかかわらず、ターミナルケアについての次の言葉は示唆的だ。 「ターミナルケアに一番必要なのは、治療者が本当に落ち着くことだ。魂や、死後の世界ということは、あまり強調しなくてもいい。自分が深く深く落ち着いた状態 で、死んでいく人に向かえばいいのです。そうすると、人間というのはどこかでお互いに落ち着いていくことを求め合っているから、相手も安心する。」

すでに取り上げた『彼岸の時間』のあとにこの本を読んだのは偶然だが、取り上げられているトピックスにサイケデリックスや沖縄のシャーマンなど、重なりが多く興味深かった。 彼は、スイスの某社からLSDの効果研究を依頼されて治療研究だけでなく自分も 試している。自身のLSD体験や、LSDによる治療例が語られていて、これがまた興味深い。 サイケデリック心理療法が、いかに生と死という魂の根源からの治癒を促すかとい うことを認識させられた。また、そこで生と死の根源に触れている精神科医の援助がいかに大きな意味をもつかも、具体的な事例から知ることができた。 サイケデリックスは、人間の究極的関心である根源的リアリティーへの志向を活性化するとする点は、蛭川立の主張と同じだと思った。   (03・6・14 追加)


■『代替医療―オルタナティブ・メディスンの可能性 (角川oneテーマ21) 』上野圭一 (角川書店、2002年)

  まず、1960年代半ばから1970年代に北アメリカを中心に起こったカウンター・カルチャ ー(対抗文化)から説き起こし、代替医療の成立を解説している。

  対抗文化は、大量採取、大量生産、大量消費、大量廃棄に支えられた現代文明を批判し、 よりエコロジカルな文明を提起した。その中でつぎつぎ具体化された各種の代案に共通する 思想が「オルタナティブ」であった。

 医療・健康の分野では、還元主義的な現代医学や心理学にたいするオルタナティブとして、 ホリスティック医学運動がさかんになり、代替医療も、ありうべき代替文明の一翼を担うも のとして、その中から生まれてきた。

 生体にとってそれなりの理由があって表面に出ている症状(適応プロセス)を、現代医学 は無理やり抑圧し、さらに健康な組織や細胞にもダメージを与えてしまう。これに対し代替 医療の多くは生命エネルギー場の歪みそのものに働きかけ、それを正すことによって結果的 に症状を取り去る。それゆれ代替医療に真剣に取り組むことは、「いのち」そのものに真剣 とりくみ、自己や森羅万象とのつながりに取り組むことになるという。

 そんな広い視野から代替医療を振り返ったのが本書だ。

 最後に紹介されている柳原和子氏の『がん患者学』の内容にはとくに印象に残った。ノン フィクション作家が卵巣がんの宣告を受けた後、現代医学の治療を受けながらも代替医療を 徹底的に取り入れ、みごとに生還をとげた話だ。  がんを生んでしまったこれまでの暮らしとは「反対の暮らし」に」徹し、「徹底して自分 の体内に蓄積したであろう化学物質を排泄し、全身の機能をいかに高めるか」をテーマにし たという。食生活の根本的な改変。イメージ療法。郭林気功、樹林気功、登山、祈り等々。

 その結果は、驚きと発見に充ちたものだったようだ。数十センチの便が一日四回も出たと うすさまじい便通の変化。肥満、肩凝り、偏頭痛などの解消。心理面では、日常的にあった 苛立ちが一切消えたこと。自然やいのち、周囲の人々への敬意と感謝。  たとえ、健康な人間であろうと食生活を含めた生活のあり方の改変がいかに大切かとこうことを感じた。 (読 0210)


■『やさしいフォーカシング―自分でできるこころの処方 』 アン・アイザー・コーネル著 (コスモス・ライブラリー、1999年)

 フォーカシングとは、「からだを使って、自分の気づきを促し、こころを癒していく」現 代心理療法のエッセンスを凝縮した方法だという。 ジェンドリンが、カウンセリングの成功例を研究しているときに、成功事例にはクライエ ントの側にある共通の特徴があることを発見した。それはクライエントが、面接のどこかで 「話し方がゆっくりになって、言葉の歯切れが悪くなり、その時に感じていることを言い表 す言葉を探し始め」るということ。自分の内側の「心とも身体ともつかない曖昧な漠然とし た感じ」を確かめるように話していたのである。 この「内面の曖昧な感じに触れる」という内的な体験のプロセスをジェンドリンは、フォ ーカシングと名づけた。

  先に紹介した『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる』の著者、トールは、 「自分 の感情を知るのが難しいなら、からだの内面にあるエネルギー場に、意識を集中させてみま しょう。からだを内面から感じるのです。これで自分の感情を感じることができるはずです」 といっている。

 トールも、からだの内への気づきを重視しているのだが、フォーカシングは、それを誰もが いつでもできる取り組みやすい技法(わざ)として方法を確立。心理療法から生まれでたこ うした細やかに洗練された方法を利用しない手はない。

「フォーカシングは、からだとの信頼関係を結んで、からだの気づきを通して、この自分 自身の豊かな部分が伝えてくれる智恵に耳を傾けられるようにしてくれます。フォーカシン グは、からだが大声で叫び出す前に、ささやいているうちに、そのささやきを聴けるように してくれます。フォーカシングは、内なる正しさの感覚にかなうよう、人生を変えていきま す。」  

 その変化は、おだやかでゆっくりしたものであるようだ。  

 ヴィパッサナー瞑想も一瞬一瞬の体内感覚への気づきを重視するが、あわせてフォーカシ ングを学ぶことは、体験を深めるのに役立つのではないかと思う。  

 自分のからだを観察して、何か感じをつかんだら、その感じをただそのままそこに置いて おく。自分で判断を下したり、自分の感情を回避したり、なぜそう感じるのかを突きとめよ うとしても、結局同じところにとどまるか、もっと嫌な気分になるかだろう。  

「あなたの感情をあるがままに置いておくことができたなら、その時こそ、感じが変わる のです。変えようとすると、変わらないのです。」  

 誰がやってもそれを感じ取り、意識の光にもたらす、つまりあるがままに置いておくおく ことができるよう、ひとつひとつステップを踏んで進んでいけるよう、工夫されている。 私も、自分ひとりでいつでもどこでもできるフォーカシングの方法をぜひ学びたいと思っ た。文章はやさしく、説明はかゆいところに手が届くような細やかさだ。       (読 0209)


◆『生きがいの催眠療法―光との対話が人生を変える 』 飯田史彦、奥山輝実 (PHP研究所) 2000年

 副題に「光との対話が人生を変える」とあるように、催眠療法で過去生とその死を追体験して、死んだその肉体を抜けて浮上すると、多くの受診者が光との対話をはじめる、その対話の記録がメイン。  臨死体験でしばしば報告される圧倒的で感動的な愛の光の体験ほどではない。しかし、催眠中の光との対話によって、過去生や今の生の目的や課題が示唆される。その対話を通して受診者は、自分に対してより受容的になり、前より豊かな人生を歩むようになる。
 こんなに多くの人々が、催眠療法という危険を伴わない方法によって自分の過去生に触れ、光からのメッセージを受け止めているとは。  

 退行催眠によって受診者たちが旅した数々の過去生。 とりわけ過去生で死んだあと、その後の世界での光との対話。 光が受信者に語るメッセージ。 そのメッセージの真実性が、じわりと心に染み込んで来て影響されているのを感じる。
  この地球上のひとつひとつ、すべての人生が、愛を育み、成長するための学びの学校。 その学びの場で 「まず自分を愛しなさい、許しなさい」 「人生を楽しみなさい」と光は言う。 臨死体験者や覚醒者が語るのと同じメッセージを、 これほど多くの人々が催眠中に語るという動かしがたい事実。
   受診者の語る個々の過去生の重みや光との対話の真実性、 それらのすべてが共鳴しあいながら私の心に触れてくる。 自分のこの人生を、大きな大きな生死の流れの中で相対化する視点が育まれるのを感じた。(読了:0011)


◆『快癒力』 篠原佳年 (サンマーク出版) 1996年

 「私たちは病気を通して、生や健康を学んでいる」「病気は熱きメッセージ」というのが、リウマチを専門とする医師である著者の病気観。

 病気を治す大元は、結局「意識を変える」ことにつきるという。病気を意識しない、意識を病気に向けないですむような生き方をすればいい。今日一日を精一杯楽しく生きる。心がわくわくして楽しいことにのみエネルギーを振り向ける。それがどんな薬や先端治療法にもまさる最高の治療法だという。

 長年、病気治しに情熱を注いで来た医者の言葉だから重みがある。 (読了:0011)



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