
小学館
<ベックマン本盗訳事件> 藤井一行
(2008.07.25)
盗訳の経緯
1999年9月、小学館の「地球人ライブラリー」の一冊として、ヨハン・ベックマン著/今井幹晴訳『モノここに
始まる』という書物が発行された。

それにたいして、同じベックマンの書物の訳書を『西洋事物起源』と題してかつて(昭和55年、1980年)、ダ
イヤモンド社から刊行していた翻訳者集団(特許庁内技術史研究会)は、それを自分たちの訳書の<海賊版>で
あるとして告発した。翻訳者集団の代表者である富田徹男氏は問題の所在について自分のHP<海賊版の発行>で
こうのべている。
「ダイヤモンド版の海賊版が現れました。……著作権の基本から見て、その訳者が、直接原著作から
翻訳したも
のについては、著作権侵害には成りません。しかし我々
の訳をそのまま用いて自分の本とすることは著作権侵害に
なります。
ところでこの訳書は我々がドイツ語から訳したものを英語版から訳したといって載せているのです。具体的には
カレンダーの項目ですが、これは英訳にはあり
ません。
読んでいると我々の訳と全く同じ文体が続いています。今岩波版を校正中なのですが、全く同じものをも
う一度
読まされている感じがします。」(下線は藤井)
私は問題の<海賊版>がどんな盗訳なのか大いに興味をそそられたので、関係書をとりよせて調べてみた。し
かし、私の調べたところでは、<海賊版>というレッテルは必ずしもふさわしくなかったように思う。
偽ブランド品のように、ダイヤモンド社版をそっくり盗用して、タイトルと訳者名を変えて刊行したというよう
な本ではなかった。小学館版の「まえがき」に抄訳と
記
しているよう
に3巻からなる厖大で、記述が煩雑で、すこ
ぶる読みにくいダイヤモンド社版の訳文から、読者に不要と思われる部分を大幅に割愛し、文章も読み
や
す
く工夫
し、全体として5分の1くらいのサイズに圧縮して一冊の本にしあげたものであった。一種の翻案もの
であり、
ベックマンの原著の主たる内容
を理解するうえでは、むしろ歓迎すべき試みとも言えるものだったと思う。
だが、問題は、その意味のある抄訳づくりをみずからベックマンの原著にもとづいておこなうのではなく、そ
う見せかけながら、実際にはダイヤモンド社版を加工したことにあった。しかもその加工はすぐに盗訳
が露見
す
るようなも
のであった。
では、盗訳はいかにおこなわれたか?
富田氏が指摘しているのは「カレンダー」という項目であった。小学館版はベックマンの英訳書から翻訳し
たものと明記していた(「まえがき」p.12ならびに巻末「本書のプロフィール」)が、実はこの「カレンダー」
は英訳版にはないものだったのである。富田氏等のグループが訳したダイヤモンド社版にある「カ
レンダー」と
いう項目は、ドイツ語版から訳出されたものであった。小学館版の訳者である今井氏は、それと知らず
に再利用
したというわけである。訳文が似ているというだけでは、必ずしも盗訳の証拠にはならないかもしれないが、こ
の偽装はまさに<頭隠して尻隠さず>の現象であった。今井氏がドイツ語の原著から訳したと言えるだけのドイ
ツ語の学力があれば、開き直れたかもしれないが、その力はなかったのであろう。
今井氏の盗訳については、もうひとつのっぴきならない証拠があった。
富田氏はこう指摘する。
「以下の文は「自然物の収集」という項目にあるもので、ドン・サルテロという珈琲屋の主人が骨董を集めた店
を開いたときの
宣伝文です。翻訳の担当者
は別の人の名前になっていますが、特にこの部分だけ面白いので、私
が
歌舞伎の口上のように訳したものです。だから初めにあるSirは「東西東西」と訳し
てあります。ところが盗訳は
「古今東西」。これは日本語に全くなっていません。」
これだけではわかりにくいので、解説を加える。
富田氏が問題にしているのは、小学館版の『モノここに始まる』にある「めずらしい博物標本の収集」という
項目である。訳者の今井氏の抄訳文は、ダイヤモンド社版の「自然物の収集」のそれと完全に一致して
いるとは
言い
がたいが、かなり再利用しているらしいことは、両者を読み比べてみれば明らかである(画像)。しかし、
それ(類似)だけで盗訳を云々するのは難しいであろう。しかし、そこでも盗訳の動かしがたい証拠があった。
末尾のところで登場する骨董屋の<口上>の訳文である。
まず今井訳をダイヤモンド版と
を画像で示すので、比べて欲しい。
だれが訳しても<歌舞伎調の口上>になるということはまずありえない。今井訳が富田氏の苦心の訳文を下敷
きにしたことは疑いない。あちこちを加工することで、多少の独創性をつくりだし、完全な盗訳ではないことを
偽装して。
今井氏は、<東西東西>の意味も知らなかったのであろう。広辞苑によれば、こうである。
<(相撲で東から西までお鎮まりなさいと言ったことに始まるという) 興行物などで、東西四方の客のさわぎを
鎮め、または口上を述べる時などにいう語。>
原文でたんに Sir と記されている単語に富田氏は、客に対する呼びかけのことばとして<トーザイ・トーザイ>
という訳語をあてた。それが適訳かどうかという問題は残るだろうが、それはひとつの工夫であった。今井氏
は、おそらくろくに原文も見ずに、時空を示す<古今東西>と勘違いして、偽装加工でぼろをだしてしまったと
いうわけである。
ところで、富田氏等はその頃すでにかつてダイヤモン
ド社から出した『西洋事物起源』を岩波書店から刊行す
る準備をすすめていた(岩波文庫版は、1〜4冊で、1999.10.15〜2000.3.16発行)。その第1冊は
1999.10.15日発行
であるから、小学館の<抄訳>版が出た時には、おそらく製本にかかっていたであろう。小学館版の<抄訳>の
登場は、岩波文庫版
の発売になにほどかの妨げになるおそれもあっただろう。
翻訳者集団は、なおのこと<海賊版>の発行を許せなかったと思われる。抗議を受けて、小学館側は対応措置
をとった。
結果的には、富田氏によれば
、「この事件は出庫停止、回収、廃棄と、ダイヤモンド社及び我々特許庁内技術
史研究会宛の謝
罪文の提出で解決しました。」(前記「海賊版の発行」)
つまり、小学館側は、
『モノここに始まる』を著作権侵害の刊行物と認めたわけである。
しかし、
『モノここに始まる』のどの部分がを著作権侵害にあたるのかは、明らかにされていない。
また「回収、廃棄」とあるが、問題の本は、公共図書館にあるし(現に私はそれを借り出している)、古書店
で入手したりもした。盗訳本はすでに流通し、盗訳の経緯を知らない読者はそれを入手している。
新版の発行
その1年後、同社は新版を発行した(2000年11月)。

新版発行までの経緯について富田氏はつぎのようにのべている(<翻訳者への連絡>
「先に我々の著作をほとんどコピーして『モ
ノここに始まる』を出版した小学館から、国会図書館にあ
る英訳から
訳し直したので、新版を発行するという通知がありました。
商業道徳上問題があり、良く懲りずにと思うのですが、商業道徳はともかくとして、著作権法上は死後50年以上
なので、独立に訳しているならば、これは問
題ありません。
今回の版は独立して英訳から訳し直したというのですが、いろい
ろと問題があります。しかし今回は全て無視する
ことにして、ダイヤモンド社及び岩波と私と
でこのように決定し、小学館に回答しました。
ご承知置き下さい。
また翻訳者個人がとられる対応については、一切関知しません。
でも酷いもんですね。
多少経過を申し上げますが、小学館から連絡がダイヤモンド社に来たのは8月末で、私がプラハからゲッティンゲ
ンに参り、そこでベックマン協
会が開かれて、私が今回の記念メダルを受けて居る頃でした。
それでダイヤモンド社から自宅に連絡があり、また小学館からも全文のコピー(印刷用の校正刷り)が送られてき
たので、帰国してから至急にその内容を検討
しました。詰まらぬことで余計な時間を割かれ馬鹿馬鹿しいのですが。
その結果、ここでは公表しない理由で、一切無視することとして、上記の通り決定しました。ご承知置き下さい。」
(2000年9月30日 )
<> 新版発行後の富田氏のコメント。
>
「小学館から『モノここに始まる』につき、「出版のご快諾をいただき」という手紙とともに本が送られてきました。
快諾する気はないので、ダイヤモンド社の三枝さんからその旨再度手紙で申し入れしました。」(2000年11月6日)
新版の旧版との違い
両者を比べてみると、新版では、富田氏が問題にした「カレンダー」という項目
のほか、いくつかが削除され、か
わっていくつかの項目が新たに追加されたが、大部分の項目はそのまま残されている。
問題の、「めずらしい博物標本の収集」という項目は?
まずタイトルがなぜか「めずらしい博物収集」と変えられた。本文は、ちこちで改訂・加筆をおこなっているが、
旧版の訳文を随所にそのまま残している。
問題の末尾に登場する骨董屋の口上だけは、さすがに
全面的に修正された。
冒頭部分だけを一部示すと、こう変わった。
「皆さま、私はアイルランドはロドマン生まれ、ここチェルシーに越して五十年、
気まぐれのままにあちこちをうろつき、いろいろな仕事をしました。
靴磨き、骨董屋、設計者、歯医者、荷繰り人、
いまは安ぴか骨董品の店主です……」(p196.)
このように新版では一定の重要な改訂をおこなっている。しかし、驚くことに、旧版発行から1年あまりで<新
版>を発行することに
なった経緯にはいっさい言及していない。
ところで、富田氏によれば、小学館側は新版について、<国
会図書館にある英訳から訳し直した>
と説明している
という。これは、きわめて重大な発言である。いうなれば、期せずして<語るに落ちている>のだ。
旧版も英訳本から<抄訳>したとされている。その底本はいったいどんなものだったのか? <国会図書館にある
英訳>でない底本とは? 自分で入手した底本? <国会図書館にある英訳>とどこが違う底本だったの
か? なぜ
新版にさいして、わざわざ<国会図書館にある英訳>を利用しなければならな
かったのか? 実に不思議な説明だ。
この説明は、旧版の<抄
訳>作業にさいしてベックマンの原著=英訳本を底本にしていなかったという事実を問
わず語りに告白
しているものではないのか? 言いかえれば、旧版『モノここに始まる』の全編がダイヤモンド
社版
のテキストの再利用による翻案であったということになる。
私はそれが気になり調べてみることにした。
試しに、共同研究者の中島章利氏に依頼して類似度を分析してもらった。
小学館版に「釣り鐘式潜水器」という項目がある。ダイヤモンド社版ではタイトルは「つり鐘型潜水
器」。
その結果は下記のサイトで確認していただきたい。中島氏が用いたテキストは、『モノここに始まる』とほぼ同
時に発行された岩波文庫版であるが、一部の表記をのぞいてダイヤモンド社版と同じである。富田
氏等
の翻訳集団
の訳業をかなりとりこんで<抄訳>を仕上げたようすがうかがえる。
中島章利「今井幹晴訳
『モノここに始まる』(小学館、1999年初版)の検証
この項目は新版ではなぜか「潜水鐘」という別のタイトルに変わっている。<抄訳文>も前記の項目と同じよう
に、あちこちで改訂・加筆をおこなっているが、旧版の訳文を随所にそのまま残している。
盗訳ののっぴきならない痕跡がのこっている部分は、英訳書にもとづいて改訂したのであろうが、そうでない部分
は、やはり富田氏等の訳書を適宜アレンジして<訳し直し>したと見せかけているのではないか? 盗訳の明確な証
拠が得られないだろうと見透かして。
だが、常識的に考えて、<国会図書館にある英訳書>から訳出されたという新版=新たな<抄訳>書が1年ほどで編
めるはずがないであろう。大部のベックマンの原著を読みこなし、そこから<抄訳>を自分の訳文で仕上げるという
たいへんな作業がわずか1年で完成するはずがない。
今井氏の新版<抄訳>を丹念に吟味すれば、旧版同様、新版にもきっとどこかになんらかの形で盗訳の決定的証拠
が見つかるはずである。
ともあれ、小学館側が率直に、旧版『モノここに始まる』が著作権を侵害した著作物であることを認めて、それなり
に必要な措置をとったという事実は、評価すべきことであるし、他社も見ならって欲しいことである。