(連載)長編小説「十倭国の刃」 byたこ焼き


序章、刀士

 十倭国・・・
 アーリア大陸の東に浮かぶ小さな島国だ。
 閉ざされた国で、他国との貿易どころか人一人として国を出入りする事が許されていない。 この国を統治する女王の魔術によって国を丸ごと見張られ、出る者、入る者に刺客が差し向けられる。 もし、この国を出入りする事ができる者がいるとすればその刺客たちより強い者だけだが・・・2000年の間、 そのしきたりを破った者はいない。

 この国の歴史は2000年以上前から始まる。
 まだこの国が国として統治されていなかった頃。 人々は小さな集落を作り、作物を育てたり狩りなどをして生活をしていた。
 当時、この国は魑魅魍魎が跋扈し、人々を苦しめていた。 人々は集落ごとに自警団を作り、集落への侵入こそ妨げていたが、被害を完全に止める事はできなかった。
 長年の魑魅魍魎を恐れながらの生活に終わりを告げる日は突然やってきた。
 どこからともなく現れた一人の刀士が魑魅魍魎たちの王を倒したのだ。 その刀士は山をも食らう巨大な姿の魔物を刀一本で倒してしまった。 自分達の王を一人の人間に倒されてしまったと知った魑魅魍魎たちが今度は人間を恐れる番だった。 魑魅魍魎たちは人々の目から隠れて過ごすようになり、人々には平安がもたらされた。

 魑魅魍魎の王を倒した刀士はその後10人の弟子をとり、剣術を伝えた。 やがて老いた刀士は死に間際、弟子たちにこう言い残した。
 「力を育てよ」
 師を埋葬した弟子たちの一人がこう言った。
 「俺は師から学んだ剣術をもっと昇華させ、後世に伝えていく」
 そして去っていった。
 一人はこう言った。
 「人にはそれぞれ才能がある。極限まで鍛えるほどその差は歴然としてくるだろう。 その才能は親より子へと引き継がれる。俺は究極の才能を持った人間を作る」
 一人はこう言った。
 「剣術、刀士はやつらに任せて、俺は刀を作ろう。月をも斬る最強の刀をな」
 一人はこう言った。
 「師は力を育てよと言った。力とは個人の力ではない。 人は数人が集まり力を合わせる事ですさまじい力を発揮する。 一人の力では魑魅魍魎たちに敵わなかった者たちも集団で力を合わせる事によって魑魅魍魎から集落を守ってきた。 私はその力を育て、もっともっと大きくする」
 こうして一人一人、力についての考えを秘め、師の墓から去っていった。

 刀士の弟子達の一人が国という組織を作り、村や畑などを発展させていった。 自警団の能力も高まっていき、たまにいる人間を恐れない魑魅魍魎たちに対する抵抗力も高めていった。
 それが十倭国の歴史の始まりだった。


一章、

 人里離れた森の中。激しく金属のぶつかる音が連鎖する。 その金属音は剣のぶつかる音で、二人の男が人間離れした戦いを繰り広げていた。 片方は中年で、もう片方は少年と言えるほどの年齢だった。 黒髪に黒い瞳。顔立ちもどこか面影のある二人だった。
 二人が持っているのは細く、軽い反りのある剣だった。 この国では刀と呼ばれている特殊な武器だ。 その刀がお互いの首をとろうとすさまじいスピード、激しい勢いで襲い掛かるが、どちらも譲らない。 その動きは常人では目で追うのも難しいほどだが、しかし、どこか気が抜けた感じがある。 刀は本物で、一つのミスが命取りになる。それでも覇気が感じられないのはどちらも本気を出していないから。 殺気がないからである。
 二人は親子だった。そして剣術の師弟でもある。
 師である父が手を抜いているのは弟子である息子に実力を合わせる為。 息子が本気になれないのは相手が父であるからだ。いや、父でなくても本気にはなれないかもしれない。 彼の性格は温厚で、人を攻撃する事はあまり好きではなかった。
 それでいてこれだけ激しい剣戟。本気になった二人の実力ははかりしれない。

 二人の横には似つかわしくない光景があった。
 一抱えほどの岩に腰をかけた少女が二人をぼぉっと眺めていた。 少女にとってその光景は見慣れたもののようだ。
 「ふぅ」
 刀を止めた父、幻雲が溜め息をもらした。
 「夕日。そんなとこで見られていては気が散るよ」
 「だって、修行が終わったらお兄様にお花畑に連れてってもらう約束をしてるんだもん」
 夕日と呼ばれた少女はいたずらっぽく言った。 夕日はここで見ていれば兄の修行が早く終わる事をわかっているのだ。
 「夕日・・・」
 妹をたしなめようと口を開いた兄、三雲を幻雲が制した。
 「構わんよ。三雲。行ってやりなさい」
 「ホント?やった〜。行きましょ、お兄様」
 困り果てた顔した三雲に構わず、夕日はその手をとって走り出した。
 二人の背を見送った幻雲の顔が厳しいものになる。

 三雲よ・・・
 お前はもう俺の実力を超えているはずだ。いつかはやらねばならん。 師殺し・・・それはお前の宿命だ。どうあっても避けられないのだぞ。 時間はもうあまりない。早くせねば取り返しがつかない事になるんだ。三雲・・・

 氷村家は代々剣術を一子相伝で伝えてきた。物心つく頃にはすでに刀を持たされ、厳しい修行が始まる。 やがて子は師を超え、その証明として父である師を殺さねばならない。 師を殺した子はその剣術を更に昇華させ、また子に伝える。 もし、子が父を超えられなければ父は子を殺さねばならない。 そして次の子を育てなければならないのだ。 自分の寿命が尽きるまでに、いや、自分の腕が劣ってくる前に師殺しを済まさねばならないのだ。

 幻雲の子は三雲と夕日だけだ。幻雲は夕日に剣術を教えなかった。 女の子だからではない。夕日には剣術の才能がなかった。逆に三雲の才能には目を見張るものがある。 2000年続いてきた氷村家最強の逸材かもしれない。幻雲は剣を伝えるのは三雲だけで十分だと判断したのだ。
 しかし、幻雲も見誤っている事があった。それは三雲の性格である。 温厚すぎるその性格が実力を半減させている。才能もあり、そして努力をする事も全く怠らない。 すさまじいスピードで強くなり、そしてこれからも強くなるだろう。 だが、その温厚な性格ゆえ、師殺しを果たせるのかが疑問である。 もし、三雲にそれが果たせないのであれば幻雲は三雲を殺し、次の後継者を育てなくてはならない。
 幻雲は決断を迫られていた・・・

 花畑につくと夕日は三雲の手を離して駆け出し、その中に飛び込むように身を投げた。 三雲は近くにあった大岩の上に飛び乗り、腰を下ろした。
 花と会話するかのように見つめている夕日に目をやりながら、三雲は過去を思い出していた。

 あれは4年前。三雲が13才。夕日は8才の時だった。
 父にしかられた夕日は泣きながら家を飛び出し、一人で森に入ってしまった。 陽はまだ沈みきってはいなかったが、森はすでに暗くなりかけていて、三雲は夕日を見失ってしまっていた。
 目で探していては見つけられない。 夕日が走っていった方向を知る為に足音に耳を済ませるが、 夕日はもう足音が聞こえないほど遠くまで走っていってしまったようだ。
 三雲はあせった。夜の森は危険だ。この辺りに妖魔は現れない。 しかし、動物はいるのだ。毒蛇や肉食獣にでも遭遇すれば8才の夕日ではひとたまりもない。
 「きゃーーーー!!」
 夕日の悲鳴が三雲の耳に届いた。思ったほど遠くではなさそうだが最悪の事態かもしれない。 三雲は考えるよりも先に走り出していた。

 夕日の目に映ったのは自分と同じくらいの大きさの狼だった。狼は一匹だった。 どうやら群れからはぐれてしまったらしい。その体は痩せこけていた。 どうやら一匹ではうまく狩りができず、長い間食事にありつけていないようだ。 しかしそれは極めて危険である事を意味していた。
 ぐぁああっ!
 狼が雄たけびをあげて夕日に飛び掛ってきた。
 「・・・」
 二度目の悲鳴はあげれなかった。あまりの恐怖に萎縮してしまったのだ。 夕日はその恐怖に耐え切れず、目をつぶった。
 しかし、激痛は夕日には与えられず、代わりにどさっという鈍い音が聞こえてきた。 夕日が目を開くと狼と取っ組みあいをしている三雲の姿が映った。
 「お兄様!」
 三雲は首にかみついてこようとする狼の頭を抑えながら必死で狼に蹴りを入れる。 姿勢が悪く、蹴りでは大きなダメージは与えられなかったが、渾身の蹴りでなんとか狼を自分から引き離した。
 一瞬で自分も立ち上がり体勢を整えて狼に隙を与えない。
 くそ・・・刀を持ってくるんだった・・・
 身のこなしではおそらく狼には負けない。しかし、刀を持たない今、攻撃力に自信を持てなかった。 逆に相手の攻撃は一撃必殺。咽喉をやられれば終わりだ。 相手の牙をかいくぐりながら少しずつダメージを与えていくしかない。
 狼の攻撃は牙と爪。どちらもかわす事はできない。牙の攻撃だけは受けないように集中する。 爪での攻撃を受け、鮮血を飛び散らせながらも自分の攻撃も狼に与えていく。 痩せていても野生の狼。その筋肉が三雲の攻撃を妨げるが、それでもダメージは与えられた。
 次第に狼は三雲の攻撃に耐え切れなくなり、走り去っていった。
 その場にくずれ落ちる三雲に夕日が走りよった。
 「お兄様!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
 大声で泣き喚く妹の頭を三雲は優しくなでた。
 「怪我はないか?」
 「お兄様が怪我だらけだよ!」

 それから夕日は三雲から離れなくなった。 特に森には入らず、たまにこうして花畑に連れてきてもらうのが日課となった。
 いつまでもこんな穏やかな日々が続けばいいのに・・・
 三雲はそう願ったが、そんな日々に終わりを告げる日が近づいている事を本能的に感じ取っていた。 基本的には温厚であったが、心のどこかで戦いを求める自分がいる。 特に父と稽古をしている時、心の奥底から何かが燃え上がってくる。 本気を出してみたい衝動。自分の実力を試してみたい衝動。 しかし、その衝動を爆発させる事は、今の三雲にはできなかった。 もしその衝動に身を任せれば手加減は一切できなくなる。おそらく相手を殺してしまうまで。 そう思うと自然と制止をかけてしまう。

   その日、いつもの稽古。しかし、幻雲の様子がいつもと違うのは一目でわかった。 もう甘えは一切無い。今日、どちらかが死ぬまで戦う気だ。
 「三雲…刀を構えろ。今日で最後だ」
 「ち、父上…!」
 三雲が刀を抜くと、いつもの如く斬りかかった。いつもの立ち合い。だがその一撃一撃はいつもと違った。 手加減は一切無く、そして殺気がみなぎっていた。
 三雲の背筋が凍る。
 これまでも真剣を使い、一歩間違えば死もありうる修業をしてきた。 しかし、修業と殺し合いとはこうまで違うものか。
 三雲は防戦一方だった。守る事に手一杯だったわけではない。相手を、父を殺す覚悟ができなかったのだ。
 激しい攻防かなり長い時間続いた。
 幻雲の息が乱れかけている。繰り出した攻撃は数百。だが三雲にかすり傷一つつけられない。 三雲が本気を出せばおそらく幻雲と互角以上に渡り合うだろう。 その三雲が防御に徹してるのだ。幻雲の体力が続く限り攻撃を続けたところで三雲は隙を見せないだろう。
 幻雲は間合いをとり、刀を下ろした。
 「父上…」
 三雲はどうすればよいのかわからなかった。いや、父を殺す事、それが父の望みなのだ。 父殺し、それが最大の恩返しになる。しかし、三雲にはできなかった。 人を斬った事のない三雲には越えられない壁がそびえていた。
 「最後のチャンスだったんだぞ…」
 悲しげな表情を見せ、そう言うと幻雲は立ち去った。
 三雲はその場から動けなかった。刀をしまう事も忘れ、ただ俯いていた。
 いっそこのまま逃げてしまおうか…
 そうすればきっと刺客が差し向けられるだろう。 もし刺客にみつかり剣を交える事になっても父子で殺し合うよりも数倍マシだ。
 遠くへ逃げよう。海を渡った向こうにあると言われている他国へ。いや、もっともっと遠くへ。 刺客も届かないほど遠くへ…

 どれくらいそうやって突っ立っていたのだろうか。長く感じたが、それほど長くなかったのかも知れない。
 幻雲が戻ってきた気配がし、三雲ははっとなって顔をあげた。 目があった幻雲の瞳には、もう情のかけらもなかった。そして頬には血がついていた。
 いや、頬だけではない。黒いその服はよくみると血まみれだった。
 三雲はその時、やっと幻雲が持っているものに気付いた。全身が凍りつく。
 足元に投げて寄越したそれは…母と夕日の首だった。
 「もう終わりだ。俺を殺す気がないのなら大人しく殺されてくれ…」
 三雲の返事はなかった。もう幻雲を見ない。三雲の心は壊れてしまったのかもしれない。
 「さらばだ…」
 幻雲の刀が三雲の首に向かって疾った。その刃が三雲の首に届くギリギリ、三雲の姿が消えた。 と、同時に熱い何が幻雲の体を通り抜けた。
 「がは!馬鹿な…!?」
 それはもしかしたら三雲の意志による攻撃ではなかったのかもしれない。 死を直感した体の防衛本能。条件反射のようなものなのだろう。 それ故に無駄の無い最速の一撃だったのだ。幻雲にはその太刀筋どころか身のこなしすら見えなかった。 気付いた頃には幻雲の上半身と下半身は切り離されていた。
 まさかこれほどとは…
 幻雲は自分の育てた化け物に恐怖し、それを遥かに上回る幸福感と達成感の中、息絶えた。
 呆然と立ち尽くす三雲。その虚ろな瞳から涙がとめどなく溢れ出した。

 三人の墓の前で三雲は肩を落として座りこんでいた。三人の墓を作ってから三 日三晩、飲まず食わずでそうしていた。
 三雲に歩み寄る人の気配にも反応しない。
 「いつまでそうやってるおつもりですか?」
 人影は三雲に語りかけた。しかし三雲は応えない。
 そんな三雲に、人影は溜め息を落とし、語り始めた。

 この十倭国に生きる者なら誰もが知っている刀神の伝説。 その物語は十人の弟子が散り散りになるところで終わる。
 氷村家の歴史はそこから始まるのだ。
 他の者達と別れた氷村千己は師から受け継いだ剣術を可能な限り磨いた。 しかし、一生自分を鍛え続けたところでいつかは老い衰える。その前に自分より強い 者を育てなければならない。千己は自分の子に全てを伝え、そして実戦で自分を殺させた。 同じ事を繰り返す約束をさせて…
 それ以来、氷村家はそうやって師殺しを繰り返し、剣術を磨いていった。
 そんな中、生み出された技が三つある。
 無限斬。刃の能力を極限まで活かし、全てを切り裂く剣技。 この技は避ける以外術はなく、受けた刀や盾すら斬り裂く。
 守護神。氷村流剣術は二刀流で、左手には短めの刀、小太刀を持っている。 その小太刀の防御をくぐり抜ける事のできる攻撃は無い鉄壁。
 朧。特殊な足運びで一歩目から最速のスピードを出す事のできる故に、その動きを予測する事は不可能。

 「その三つの技は氷村家の者たちが代々鍛えあげてきた家宝。 貴方はそれを更に鍛え、子へ伝えて行かねばなりません。それが貴方の宿命…!」
 三雲は突然人影に斬りかかり、その腕を飛ばした。しかし、人影は顔色一つ変 えない。
 「…宿命だと?ああ、俺は刀士だ。刀に死ぬ事になってもその宿命を受け入れよう。 だが…何故夕日は死ななくてはならなかった…夕日は刀士ではなかったというのに…」
 「…それが彼女の宿命だったのです」
 「勝手な事を言うな!!」
 三雲の刀が人影の胴を真っ二つにする。
 「いくら斬っても無駄です。この体は幻術ですから。都へ来なさい。そこに答えはあります…」
 そう言い残すと人影は音も無く消えた。
 夕日…俺が成すべき事から逃げなければお前は死なずに済んだ…どうすれば俺の罪は許される? 俺はお前に何をしてやればいいんだ…
 三雲の問いに答えてくれる者はいなかった。


<表紙へ (続く)