―― zero ――                                       例えば、この世界がほんの少しでも優しくできていたなら、あんな結末には至らなかったかもしれない。                                     理不尽で不条理なこの世界が、最後の最後で二人を裏切っていなかったら、今の彼も、幸福に浸れていたかもしれない。                    けれど、それは、彼自身の責任であり、運命であり、宿命でもあった。                                                                            世界が彼を裏切ったわけではない。彼が世界を、彼女を裏切ったのだ。                                                         そこに理由などない。ただそういう事実が残ってしまっただけだ。                                                                    その残った事実が、彼の運命を戒めている鍵となっているのは、もはやこれこそ宿命と呼ぶべきだろう。人の人生に、必ずあるもの。                                                                    だから、彼も、宿命に応じなければならない。                                                                        運命のままに生きる。運命に抗いながら生きる。どちらかの選択肢を選ぶ事が許される。否、後者は不可能だったか。                                                                                いずれにしても、輪廻の輪から外れることはできない。それは、人間であるが故だ。                                                                               結局のところ、人間としてこの世に生まれてしまったからには、人間として生き続けるしかない。                                                                                               生まれ、息をし、育ち、活動し、遺伝子を残し、死んでいく。                                                                                                        だが、人間として生まれながら、人間として死んでいかなかった二人の少年と少女がいた。                                                                                                彼らは、最後まで運命を背負い、戦かった。                                                                                          彼らのことを最初から最後まで語るとするならば、随分と壮絶な話になってしまうだろう。                                                                                         それでも、二人の生き様を後世に伝えていくことには、絶対に意味がある。むしろ、伝えなくてはならないだろう。                                                                                       人の輪廻から唯一除外された、少年と少女の物語を。                                                                                     美しくて醜くて、華麗で無様で哀れな、ただそれだけの生き様を。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      000000000000000000000000000 エピソード機宗Preface ――0000000000000000000000000000000000000000000                                                                                       日本中の人間が、今日ばかりはテレビに釘付けになっている中、一人の少女のみは例外だった。                                                                                                      いや、日本中の、というのは大袈裟な表現ではあるが、彼女が今いる場と状況から考えると、あたかも本当のように思えてしまうかもしれない。                                                                                    彼女が今いるのは、日本のとある海岸だった。  現時刻は彼女自身にはわからないが、太陽がほぼ真上にあることから、大体昼あたりだろうと察しはつく。曜日も日付も同じくわからないが、なんにせよ、周りの風景に違和感を感じた。                                                                                                               普段なら、たとえ平日でも多少の通行人など人が確認できるはずだが、それがない。車は何台か通っているが、あきらかに少ない。                                                                                                     それ以上の情報を得ようと試みるが、そこで彼女は自分の惨状に気がついた。  全身が海水に濡れ、横たわっている砂浜の砂利が体のあちこちにこべりつくように附着している。 さらに、着ている衣服――白銀のドレスだった――も、元々の美しい色彩などかけらも無い程に、廃れきっていた。  と、ようやく自分の置かれている状況を、半分程だが、理解できてきた。                                                                            どうやらここはどこかの海岸で、自分はその浜辺に漂着したようだ。現代には信じがたい状況だが、 残念ながら事実である。                                                                                                                                                                       「・・・・・・・・・」                                                                                                                                  とりあえず、今思う事は、このまま弱りきった体を放置し、挙句の果てに命を捨ててしまおうか、というとんでもない思考だった。                                                                                                                                   しかし、それが望みでわざわざ自ら海に飛び込んだのだから、別にいいか、と彼女は考えを中断させた。                                                                                                                                       もしも、この考えを誰かが聞いているとしたら、たとえ根本的な部分からの性格が大雑把だったと知っていても、彼女の思考回路はどうなっているんだ、と批難したことだろう。                                                                                                                                                            なぜそんなほぼ自殺行為に及んだのかは、彼女にしかわからない。だが、そんな理由などどうでもよかった。いま目を瞑って、夢の世界に逃げ込めば、すべての柵から解放されるような気がする。                                                                                                               自分を、運命の輪廻から外すことができる。                                                                                                                                そう結論づけ、重い瞼を次はもう開かなくなることを祈り、閉じた――その時だった。                                                                                                           頭上――海面側ではなく逆、街並みが広がっている方――から、ジャリ、という足音が聞こえた。                                                                                                                        0000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000 今日、西暦二〇二〇年六月十五日日曜日は、人類の歴史に必ず刻まれるであろう日になる。                                                                                             そんなことを、世界中の学者達が口を揃えて公言していたのは、もう数えるのも馬鹿らしくなるほどの回数だろう。テレビをニュースのチャンネルに替えると、毎日一度は取り上げられていた。                                                                                                          老若男女を問わず、誰もが希望や好奇心を抱き、今日という日を待ち望んでいた。                                                                            1ヶ月ほど前、全世界の報道会社やインターネットに投稿された、正体不明の学者からの謎めいた情報。最初の一件の内容は、「「全人類が抱いた夢を具現化することに成功した」」という短い一文のみだった。                                                                                                                          当然こんな信憑性の無い発表など、ほとんど話題にすら上らなかった。しかし、事が進んだのは二件目からだった。                                                                                                                              一件目とは違い、今度は短時間の動画だった。ほんの一分ほどだったが、それが世界中を震撼させた。                                                                                                                                  動画に映っていたのは、白い研究服を着た男で、片手には細長い金属の棒を掴んでいた。男はさらに頭の上に、両目が隠れるほどの大きさ――故に顔は特定できなかった――のヘッドギアを装着していた。機械の塊であるそれは、一見鉄製のヘルメットにも見えなくは無いが、形が禍々しく異形だった。                                                                                                                     後ろに流れるような曲線を描きながら、漆黒の角のようなものが両耳の少し上についている。さらに、目を覆うのは灰色のレンズで、不気味に薄く発光していた。さらに、頭のつむじをなぞるようにして、一本の赤黒い線が伸びていた。                                                                                                                                                                  そして、手に持っている金属の棒を、頭上に掲げたと思ったら、突然その棒が                                              銃へと姿形を変えた。                                                                                                                                                      直前までただの棒だったものが、一瞬にして銃になった。何がなんだかわからないままに動画は終わってしまい、後には気味の悪い疑念しか残らなかった。                                                                                                                                                        その後、映像CG技術ではないかと多くの人々が唱え、徹底的に調べ上げられたが、最終的にそうではないという結論が出た。                                                                                                                              では、あれは一体どういうことだ?                                                                                                                                      様々な疑問が飛び交う中、今月の二日だった。三件目の情報が届いたのだ。内容は、一件目と同じで、「「十日後、この技術を世界に公表する。全ての国の中枢機関に、構造データ、実物を送る」」の一文だけだった。                                                                                                               そして、昨日。一文のとおり、日本の政府にもそれが届いた。その謎の技術は、瞬く間に日本中の学者、研究機関に渡り、解析、解明された。かのように思えたが、実際は構造が全てデータとして完成したものが送られてきており、あとは作るだけ、といった感じだった。実物も一台送られてきており、その実践(初実践をお披露目というわけではない)をテレビで放映するときたので、国民が食いつかないわけが無かった。                                                                                                     なにせ、今までだれも見たことが無い最新技術なのだ。一目見たいと欲するのは、当然の反応とも言えよう。                                                                                                                             そういうわけで今日六月十五日に、全国放送される、否、現在進行形でされているのだが、幸か不幸かここにもう一人、それに興味を持たず出歩いている者がいた。                                                                                                                                                                                                              少年だった。名は鬨羽海斗{ときわかいと}。十六歳の、私立城門高等学校に通う、高校一年生。                                                                                                                                                                           癖のある黒髪に、所々茶髪が混じっている。顔のつくりは母がクウォーターということもあり、どこか外人の面影があるが、当然のように日本語以外話せない。瞳は父の血を遺伝したらしく純粋な黒。                                                                                                                        服装は散歩がてらにフラリと外に出ただけなので、普通のジーンズと長袖シャツ。梅雨の季節には珍しく快晴となり、多少湿気が体に纏わりついて暑いような気もするが、特段意識することでもない。                                                                                                                              なぜ彼が一人寂しくこんな時に出歩いているかというと、単純に興味が無いから。みんながどうしてあんなに騒いでいるのかわからない。夢の技術だかなんだか知らないが、どうせ発表されたところで、自分達の暮らしに影響を与えるとは思えない。仮に与えるとしても、それは数年後の話だろう。                                                                                                                                        そんな冷めた思考の持ち主である自分自身に深く溜息をつきながら、自宅の比較的近くにある海岸を孤独に歩いていた。海岸といっても、遊泳客が毎日利用するほどの規模ではなく、人工的なもので、防波堤まで設置されている。なので、日曜日だというのに周りに人の気配はほとんど無く、いるのは最先端技術などに興味を持ちそうにない高齢者が二、三人程度。                                                                                                                                           俺、微妙に浮いてるかなー、なんて思いつつ、砂浜を適当に足を進ませていた――時だった。                                                                                                                                                                 「・・・・・・・・・?」                                                                                                                                                                                                                  前方に、今にも波にさらわれてしまいそうなほど弱々しく倒れている少女の姿を発見した。                                                                                                                                                         見つけるやいなや、素早くその少女のもとへと駆けつけ、声を掛けた。                                                                                                 「お、おい。大丈夫か」                                                                                                                                                    見知らぬ他人とはいえ、倒れている人間に対しての情ぐらいはあったことに、軽く驚きと安堵を感じていた。                                                                                                                                                                        少女は、海斗の呼びかけには反応を示さず、依然として瞼をとじままだった。                                                                                                                                                                                                  「まさか、死体とかそういうんじゃないだろうな・・・・」                                                                                                         呟きつつ、とりあえず脈を計るために彼女の首筋に手をあてようとして――                                                                                                                                                                          「なにがだ」                                                                                                                                                              パチリ、と意外にもアッサリと目を開いた。                                                                                           「うおぉっ!?」                                                                                                                                      あまりにも突然で端的だったため、結構な勢いで驚いてしまった。同時に、彼女の美貌と、その状態にも驚愕を覚えた。                                                                                                                                                                                   海斗と同じ、もしくは少し上ぐらいの年齢だろうか。美しく蒼みがかった腰辺りまで伸びた長髪に、宝石を散りばめたような輝きの大きな瞳。透き通ってしまうのではないかと思うぐらいに白い肌。恐らく、日本人ではない。日本人はこんな派手な格好をできるほど肝は据わっていない。                                                                                                                                                                                           身に纏っているのは、豪華そうな白銀のドレスで、その存在をあらん限りに主張しているが、元々の彼女本来の魅力を阻害することはない。最初から彼女のためだけに作られたとしても何の不思議も感じないほど、見事なまでに似合っている。                                                                                          だがそれは、体中が汚れ、ボロボロでなかったらの話だ。                                                                                                                                                                          ドレスは見るも無残に破れ、肌の切り傷などの生傷が見え、あちこちに泥や砂利がついていた。顔や身体も痩せこけていて、まるで何日も食べ物を口にしていないかのようだった。                                                                                                                                    「お前、大丈夫か・・・?」                                                                                                                                                                         心配そうな口ぶりで、労いの言葉をかけるが、彼女は                                                                                                                            「だからなにがだ」                                                                                                                    と、冷たく突き放すだけだった。                                                                               「いやなにがってお前、自分の身体見てみろよ。とてもじゃないが放っておける状況じゃないぞ」                                                                                                一応年上かもしれないので敬語を使うべきか一瞬悩んだが、年上じゃなかった場合馬鹿らしいのでやめた。                                                                                                                                                 いや、本当は使い始めるタイミングを見失っただけなのだが。                                                                                                                      「ふん。私は私の意志でこうしているのだ。貴様にとやかく言われる筋合いもないし、仮にあったとしても放っておいてもらおう」                                                                                                                                                            「いやいやいや、さすがにお前みたいな怪我をしている女を見捨てたら、男としても人間としても大切なものを無くす気がする」                                                                                                                                                  そう言っている内心、あれ?俺ってこんなフレンドリーな性格だったっけ?と混乱していた。自分はもっと、他人に対して冷酷な人間だと思っていた。しかし、彼女にだけは、見捨てられない気持ちが勝って、どうしても助けたい衝動に駆られていた。                                                                                                                                            何か、懐かしいような、胸が締め付けられるような、そんな感情が心の中で渦巻いていた。                                                                                                                                        「あ〜もうウルサイナッ!じゃあ聞くぞ、貴様になにができるのだ。私を助けるのか?どうやって?あと数分もしないうちに私は死んでしまうぞ?ああぁ〜苦しい苦しい」                                                                                                                                             「ほんとに死にそうな奴は自分が死ぬことをそんな気軽に口にしない」                                                                                                                                                    呆れながらも、眼下の少女を見下ろしながら考える。                                                                                                                                          さて、どうしたものか。この調子ならまだ当分大丈夫だろうとはいえ、もしこのままにしておけば絶対問題になる。具体的には誰かといざこざが起きる。今こうして話せているのは、海斗の気だるげな性格が功を奏しているからであって、一般の人間ならそろそろ苛立ちを募らせてくる頃だろう。そうなれば、最悪の場合ずっとこのままで、数日後ぐらいの新聞に「海岸に少女の死体発見。目撃者は多数いたものの、放置を決め込まれた模様」という、状況がいまいち把握しづらい記事が載ってしまうかもしれない。                                                                                                                                                      ・・・それはチョット、こいつのプライド的にはどうなんだ・・・?                                                                                                                        なんて考えつつ、砂浜に寝そべる彼女に慈悲めいた視線を向けた。                                                                                                            「とにかくだ。私にかまうな。ここで貴様が私を置いて去ったとしても、見捨てたなんて思わなくていい。私が勝手に一人でくたばるだけだ。そこに引け目を感じたりなんかしたら、余程の大馬鹿者だな」                                                                                                                   「・・・・・・けど」                                                                                                                           反論しようとするが、なかなか言葉が出てこず、言い淀んでしまう。                                                                                                                                             ふと、そこで気づく。彼女の全身にあったはずの傷が、跡形も無く消えていることに。確かに救急措置が必要になるほどの重傷ではなかったが、会話の間の数分で完全に治ってしまうような傷でもなかったはずだ。                                                                                                                            その事を尋ねようと口を開く――直前だった。                                                                                                                                            パァン!、と乾いた音が辺り一面に響いた。                                                                                                                              「・・・・・・はっ?」                                                                                                                          海斗には一瞬、いやたっぷり二、三秒なにが起こったかわからなかった。音の正体も、音源の出所も、全く理解できない。                                                                                                                                                                                  それが銃声だということに理解が及んだのは、自分の下で横になって睨み合いを続けていた少女の身体が一度ビクン、と脈を打ったように撥ねた後、脇腹付近から真っ赤な液体が滲み出てからだった。さらに、それが血だと認識するのにも数秒掛かった。                                                                                                                                                      「は・・・・・・?」                                                                                                                                                  もう一度意味も無く短く発音し、少女の横に膝を着き、身体を抱え起こしながらしどろもどろに今日何度目かになる台詞を叫ぶ。                                                                                                                                                                     「お、おい!お前!大丈夫か!」                                                                                                             ――なんだ。なんでだよ。そういう局面じゃなかっただろう。せめて、前置きぐらいはしてくれよ。                                                                                                                                         慌てて周囲に目を向けて、防波堤の砂浜に降りるための階段の下に、ソイツを視た。                                                                                                                                                                        「おやおや、これはこれはミレア−ルお嬢様。このような異郷の地で再開するとは、これもまた運命の悪戯でしょうか。さすればわたくし、それを定めなさった神に感謝しましょう」                                                                                                                                                  不気味げに海斗のわからない他国語を滑らかに使ってそう述べたのは、執事服を着た男だった。ミレアールという単語だけは聞こえたような気がした。                                                                                                                                                            年齢は三十代前後のように見えるが、顔に刻まれた皺によって底上げされている。刃物を連想させる輪郭に、同じく鋭利な形の目。くすんだ色の金髪を全て後ろに流し、威圧感のある顔立ちを前面的に押し出している。                                                                                                                                                                              手に持っているのは先程発砲した銃。形状からしてハンドガンだ。銃口の直径が通常より小さめなため、 回転式拳銃{リボルバー}で、二十二口径の十発装填 式だと予想できる。                                                                                                                                                                    予想できたのは、海斗が常日頃から銃器類に対する興味関心が深いからだ。家に居る時は大体ネットなどで知識を広めているので、そこそこの知識はあった。まさかそれが発揮されようとは思いもしなかったが。                                                                                                                                        「な、なにが神だの運命だ・・・・・・貴様には到底似合わない言葉だろう・・・・・・」                                                                                                                                                                     腹部からの出血で、かなり苦しそうな状態にあるミレアールと呼ばれた少女は、男にそう投げかけた。決して冗談では済まされない出血量なのだが、その声にはまだ弱々しく芯が通っている。                                                                                                          「それに・・・運命の悪戯だと?フン、ただ単純に私を追ってきただけだろうが」                                                                                                                                                        「・・・そうです。わたくしは、愛しい我が姫を求め、こんな日本などとという小汚い土地へと足を運んだのです。貴女のためにですよ、お嬢様」                                                                                                                                      男は、看破されたことには特に何の感情も抱かずに、やはり海斗には知りえない言語であっさりと首肯した。                                                                                                                                  無論、海斗に会話の内容はまったくわからないのだが、しかしそれでいても、いくつか推測できることはある。                                                                                                                                        まずこの二人には何らかの関係があること。服装がお嬢様と執事の形式になっているので、たぶん主従の類なのだろうか。といっても、温厚な関係でないのは表情を見れば明白だ。                                                                                                                                     そして、この状況から、どうみても海斗とミレアールは危機的な立場にある。それだけは確定情報といえる。                                                                                                                                                                                                       ならば、どう切り抜けるか。相手は銃を持っているし、こちらは生身の体一つだけだ。絶望的、その言葉がしっくりくるというのも珍しい。                                                                                                                                     ――いや、ちょっと待て。そもそもなんでこんなことになったんだ。俺はただ、散歩気分で――                                                                                                                 そんな逃避じみた思考を遮るように、もう一度先程の音が響いた。                                                                                                                                                                  すなわち、銃声。                                                                                                                             「うっ・・・・・・!!」                                                                                                                                                                        腕の中のミレアールが、苦痛の声を漏らした。二発目が撃たれたのだ。                                                                                                                                       なんのためらいもなかった、ということは、余程慣れているのか。それとも最初から狂った人間なのか。                                                                                                                                                         どちらでもない・・・?否、どちらでもあるのだろう。                                                                                                                                          早く逃げなければ、と思うのとは対照的に、体が動かない。意思があるのに、身体が呼応しない。竦みあがってしまったのか。情けない。あの程度の銃なんて、毎日一回は画像とはいえみてるのに。                                                                                                                                                               所詮、認識だけの弱虫なのか。                                                                                                                                                                自分で自分を追い込んでいるところに、さらに追い討ちを掛けるように不気味な男は言葉を吐く。                                                                                                                                                            「さぁ、お嬢様、帰りましょう。旦那様がお待ちになられています。と、その前に、そこの汚らわしい猿を始末しておきましょうか。放って置いたらいろいろと面倒なことにもなりそうですし」                                                                                                                                                                                                                                             そう言って、海斗に向けて銃口をむけた。黒い淵から溢れ出る嫌な威圧感に身を捩じらせながら、必死に思考を手繰り寄せる。おもに疑念と混乱、そして憤慨が心を蹂躙していく。                                                                                                                                                                                               理不尽だ。何もかも。運命なんて、信じているわけではないが、それでもそんなものがあるとするならば、俺は自分の運命を呪ってやる。こんな結末になるぐらいだったら、せめて人生に一つぐらい好機があってもいいじゃないか。                                                                                                                                   もういい。 どうでもいい。                                                                                                                                                  諦め、最後にこの少女だけは、自分の代わりに生きてくれと祈り、潔く目を閉じようとして――                                                                                                                                                  ドンッッ!!と、地面に敷かれていた砂が、一斉に巻き上げられた。                                                                                                                 視界すべてを砂の嵐が覆う。当然目を開けていられるはずも無く、目を瞑り、両腕で顔をできる限り隠す。同時に大量の砂利が全身を叩く。                                                                                                                        長袖の服を着ていたことが功を奏したのか、痛みというほどの痛みは無かった。それでも、頭部や、裾から入ってくるのには致し方がない。                                                                                                                                                    どのくらいの時間その体勢でいたのかはわからない。気づけば、砂嵐は止んでいた。                                                                                                                     恐る恐る顔を上げると、目の前に驚くべき光景が広がっていた。                                                                                                                                 砂でできた檻。そう表現するしかないものだった。                                                                                                                                                                                          周囲の砂利が一箇所に集まり、人間二、三人分ぐらいの大きさの立方体として形を成している。隙間は無く、完全な密閉状態で、檻というよりは<箱>に近いかもしれない。                                                                                                                                                                                          どういう原理でああなったのかのは知らないが、<箱>の出現に伴い、この場にいる者の数が変化した。いや、いなくなったというのが適切か。                                                                                                                                             さっきまでは海斗、ミレアール、そして不気味な執服の男だったのだが、その不気味な男の姿が消えていた。                                                                                                                                  どこかに逃げた・・・?だが理由が無い。圧倒的に優利だったはずだ。あと数秒あれば、銃の引き金を引いて海斗を始末できていたのだ。                                                                                                                                                                   じゃあ、どこに・・・・・・?                                                                                                                                            そこまで考えて、改めて目の前の<箱>を見る。人がすっぽり入ってしまうほどの大きさだ。                                                                                                                                                       「まさか、あの中か・・・・・・?」                                                                                                                             考えられないといった表情で、ボソッと呟いた。別に返事を求めていたわけではないが、呟いた疑問に答えがあった。                                                                                                                       「そうだ・・・奴は今動けない。逃げるなら今のうちだぞ・・・」                                                                                                                                              ミレアールだ。いまだに起き上がらず、地面に横たわったままだ。                                                                                                                              「そ、そうだな。ひとまずここから離れないと。お前、歩ける・・・わけないか。じゃあ、背負ってやるから肩貸してくれ」                                                                                                                                                    「・・・・・・」                                                                                                                                                                                                                              それは私に貴様の、人の手を借りろと?なにを言っているんだこの愚か者は、と一瞬思って飲みこんだが、素直に従ってやるのも癪なので結局そのまま言った。                                                                                                                                                        彼女は、誰かの世話になることが嫌いだった。理由は色々あるのだが、一番は自分の家柄が嫌いだった。ほんの数ヶ月前までは、嫌悪感など抱かなかったし、むしろ裕福にうまれた事に感謝さえしていたのだ。                                                                                                                                                                  だはそれは、もう過去の話。いまは、あの頃の自分が滑稽に見えてきて、いても経ってもいられなくなる。                                                                                                                                                                それほどまでになるほどの、きっかけが彼女にはあった。                                                                                                                                                                        「何を言ってるんだ、じゃないだろ。お前こそ何を言ってるんだ。一緒に逃げるんだ、早く」                                                                                                                                                                            「だから、貴様一人で逃げろって言ってるだろ。奴の目的は私だ。私と一緒では追跡されるに決まっている。そうなれば、貴様個人程度で逃げ切れる相手ではない。即刻つかまってジ・エンドだ」                                                                                                                                                                                       「けど――」                                                                                                                                                                                                      海斗の声が続く前に、<箱>の中から発砲音が聞こえた。                                                                                                                                          パァン、パァン、パァンと三発。明確な目標を狙って撃たれたわけではなく、でたらめに乱射しただけのようだ。                                                                                                                                                              撃たれた弾丸は、砂で構成されている<箱>に内側から小さな穴を開けた。といっても銃弾なので、指一本が入るか入らないかぐらいの直径しかない。                                                                                                                                    直後、その穴は跡形も無く消え去った。消えたというより、埋もれた、といった感じだ。穴が開いたところで、上からの砂に揉み消される。よって、ほとんど無意味というわけだ。                                                                                                                                               それを理解したのか、銃声はそれっきり止んだ。しかし、穴が埋まった後も、砂の流れは収まらず下へと流れるように落ちていっている。時間が経てば、いずれ崩れてしまうだろう。                                                                                                                                              「もう考えている暇はないか・・・・・・、ちょっと失礼!」                                                                                                                                        「え?なにを――」                                                                                                                                                                         言い切る前に、海斗は寝そべっているミレアールの腰と脚に手を回し、そのまま持ち抱えた。腕に真っ赤な血が附着して生温かい感触が伝わってくるが、いちいち気にしている時間は無い。                                                                                                                                                                           「きゃっ・・・・・・!お、おい放せ!」                                                                                                                                                                                              「大丈夫!これでも筋肉はついてる方だから!」                                                                                                                                                                                              「私が言ってるのはそんなことじゃない!」                                                                                                                                          静止の声を無視し、抱えている彼女を落とさないように注意しながら、全速力でその場を後にした。                                                                                                          000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000  奇しくも同時刻。アレイロンド家の豪邸。                                                                                                                                             周りを木々に囲まれた敷地の中、ひっそりとそびえたつそれは、御伽話に出てくるようなつくりではなく、豪邸というより洋館のほうが雰囲気的にはピッタリだ。建物全てが黒紫色で、外見を見る限り人が住んでいそうには見えないが、実際はかなり大きな家系の人間が住んでいる。                                                                                                                                                     アレイロンド。元々は二十世紀序盤から中盤にかけて勃発した世界大戦の際、勝利国に武力・資金援助したことが成功し、歴史に刻まれるほどではないが、その家系の価値と存在を大いに知らしめた。世界大戦が起こる以前から莫大な財力があったのだが、それとは別に、アレイロンドの家系には、代々継承される不思議な<力>があった。                                                                                                                                                 曰く、<天使セフィラの力>。この力がアレイロンド家の存在理由と言っても過言ではない。                                                                                                                       力を得た者は、世界を手に入れることもできるとまで考えられている。しかし反面、受け継ぐ人間には必ず災いが訪れるという言い伝えも先祖代々残されており、歴代の継承者たちは一度もその力を行使することなく、次の代へ継承したという。よって、いつしかアレイロンド家の禁断のタブーとして、継承者はその身に宿る能力を使用してはならない、という掟が成された。                                                                                                                   なぜ使用してはならないのか、災いとは何なのか、そういった疑問はもう、現在は忘れ去られてしまっている。一体いつの時代からかもわからない。後代に伝えられるべき情報が少なすぎて、今はもう本当にそんなものがあることすら疑わしい。                                                                                                                                                  だが、その<セフィラの力>を継承されたことを証明した者が、現代にいた。                                                                                                                                           名はユリアール・アレイロンド。女性だ。生まれて物心がつく頃には、もう既に継承されていたそうだ。母親は先代の継承者だったが、彼女を産んだと同時に命を落とした。大層可憐な女性で、百年に一度の奇跡の美貌とまで言われていた。                                                                                                                 若い年齢の時に、家柄の問題で同じ貴族階級の男と政略結婚。男の名はイクシム・アレイロンド。旧姓が嫁の方なのは、アレイロンド家が<セフィラの力>を受け継いでいるので、その名に価値があったためだ。                                                                                                                 そして今から十六年前、ミレアールという一人娘が誕生した。母親に似て、とても美しい少女だ。ユリアはたった一人の我が子を溺愛した。まるで、宝石を磨くように丹念に育て、自分の命のように大切に愛した。実際、彼女の生きる希望そのものだった。                                                                           しかし反面、夫、イクシムは真逆で、ミレアという自分の娘に興味すら抱かなかった。一度も名を呼んだことも無いし、会話すら全く無かった。恐らく、彼はユリアやミレアといった人間が目当てなのではなく、アレイロンドの名を背負う事に目的があったのだろう。                                                                                  ミレアールが十六歳の誕生日を迎えた、二〇一九年の十二月二十五日。運命の日になった。                                                                                                                       ミレアの母親、ユリアール・アレイロンドの命日。これが運命の日の由縁だ。死因は心臓麻痺だった。ユリアは、娘にプレゼントを渡す前に亡くなり、中身の詳細は誰にもわからなかったという。                                                                                                                         ユリアの死。これは、必然的にミレアに<セフィラの力>が継承された事を意味した。それまで母の手一つで育ってきたミレアは、その替わりに英才教育や社交辞令を教え込まれた。もっとも、本人は全く関心を示さなかったが。                                                                                                                                                        その頃から、父親のイクシムが表舞台に顔を出す機会が格段に減少した。それどころか、自室から出ることも、他の者を中に入れるのも躊躇するようになった。なぜか、何をしてるのか、これもまた謎に包まれている。                                                                                                                                                              時は流れ今日。西暦二〇二〇年六月十五日。アレイロンド家の屋敷の一室。部屋の中は広く、学校の教室と同じか、少し劣るぐらいだ。電気は点いておらず、窓辺のカーテンも閉められ、光はほとんど遮断されている。そのため、室内全体が闇に覆われたように陰っていた。さらに、大きめのテーブルに、何かの薬品と思わしき試験管がいくつも並んでいて、普通の生活部屋とは思えない風貌だった。                                                                                                                  そんな場所に、一人の初老の男がぽつんと突っ立っていた。 イクシム・アレイロンドだ。                                                                                                                                                                                                              逞しい武将髭に、長い揉み上げ、それらが色素を失い、薄く白みがかっている。お世辞にも体格が良いとは思えないし、目元にも深い隈が刻まれているが、弱々しさは微塵も感じられない。むしろ、全身から威圧感のようなものが漂っている気がする。身に纏っているのは、汚れ一つ無い白衣で、その清潔すぎる純白がまたいっそうと彼のオーラを引き立てている。手には、無線機に似た作りの鉄の塊を握り、耳に押し当てていた。                                                                                           「それで、逃走したミレアと東洋人の若僧は見つかったのか。目星ぐらいはついているんだろうな」                                                                                          低い、だがしっかりと脳に響くバスの声だった。                                                                                                        話している方法は、電話ではなく、特秘回線用の<WTF{World・Telephone・Function}>だ。                                                                                                                                 この<WTF>は、二〇一五年に主流し始めたばかりで、機能的には旧来の携帯電話とさほど変わり映えはしない。だが、根本が同じなだけで、性能は格段に違う。従来の携帯が国際電話の利用に多少制限や費用が掛かるのに対して、<WTF>はほとんど掛からない。これは、ある画期的なシステムの応用によるものだ。                                                                                                                                                          電波塔の世界的設置。つまりは、世界中のいたるところに電波受信・送信用の装置が置かれたのだ。なので、以前の電波が届く届かないかの問題が一気に解消された。メリットはそれだけではなく、通話と同時にテレビ電話の通信も可能になった。                                                                                                                                         概要としては、例えばA地点から地球の反対側にあるB地点に電波を発信した場合、直接AからBへ電波が届くわけではなく、一度近くの電波塔に受信される。これではタイムラグが大きいと思われるかもしれないが、電波塔から電波塔へと繋ぐ回路は、加速機能(言葉ほど大胆なものではなく、背中を押すような簡単なもの)が施されていて、一つ一つはそこまででもないが、それがB地点に着くまで何度も繰り返されるので、結果として通常より速くなるというわけだ。よって、最初の地点から近辺の電波塔に送るだけで、どこにいても相手に繋がるのだ。                                                                                                                                                 いたるところ、といっても例外はあり、無人島や紛争地は設置が難しいので、現在はまだ見送っている最中だ。しかし、既に見込みは立てられている。                                                                                                                  <WTF>は、二〇一二年の暮れ頃にロシア連邦から発表され、ほんの約二年半で実現に成功した。もちろん経済面の課題も楽視できないほどあったのだが、同じくロシアが想定した二〇三〇年までの予想費用が、それまでより下回ったため、実施に及んだ。現在、個人が持てる<WTF>の携帯端末を、全世界の総人口の約七割弱の人間が使用している。                                                                                                                                そんな最新技術の塊から、声が鳴った。                                                                                                                                       「申し訳ございません、イクシム様。想定外の自体によって目標を逃がしました」                                                                                                                                                      相手は、アレイロンド家に代々仕えているウェンアル家の執事、デシル・ウェンアル。まだ若干二十九という若さで、頭脳分野や武術分野の全てにおいて歴代最強と謳われる天才だ。デシルの居場所は、日本。ある少女の捜索のため、現地に赴いている。                                                                                                               ある少女とは、イクシムの一人娘、ミレアールのことだ。二、三日前に行方知れずになってから、今日この日まで消息不明だった。それを、表面上、親子として当然だ、という理由で彼女を追っているのだ。無論、実際には親子の縁など無関係だが。                                                                                                                                                                                                       「ほう。デシル君、私はこれでも君のことはかなり信用しているつもりなのだがな。そんな君が、どのような自体が起きれば目標を逃すのかね?」                                                                                                                                                苛立ちを含んだ言葉だった。                                                                                                                                                                            「はい。実は――<セフィラの力>を使われました」                                                                                                                                                                           「何だと?」                                                                                                                                                    今度は、いぶしげな態度を腹に含もうともせずに、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。そのまま、再度苛立ちの募る声で問う。                                                                                                                                                                      「それで、追跡可能なんだろうな」                                                                                                                                                                              「問題ありません。現在地から半径三キロには既に包囲網を布いています。さらに海沿いの地域ですので、街の外への逃走ルートはほぼ全て潰しました。仮に海を渡る場合も、海岸全てにも人員を配置しました。ぬかりはありません」                                                                                                                                                                       「ふん。さすがと言いたい所だが、初めの段階で捕らえて欲しかったものだな。まぁいい。では頼んだぞ」                                                                                                                                                                       「イクシム様の仰るとおりに」                                                                                                                                                                              皮肉の言葉で締めくくり、<WTF>の通信を切った。今の会話は、通常の回線では、近辺の電波塔に通信履歴として記録が残るのだが、特秘回線{シークレット・コード}という特別な場合は残らない。正確には回線回路の機能ではなく、<WTF>の携帯端末自体が特別なのだが、このシークレットコードを知る者はほんの一握りの人間のみだ。これは、一般普及可能なまでの大量生産に至っていないからであり、同時に製造が困難なためだ。                                                                                                                                                       ちっ、と舌打ちをし、<WTF>をポケットにしまう。                                                                                                                                                                                                       ――やってくれたなミレア。我が娘ながらなんと愚かで軽率な事を――                                                                                                                                                                                                                                              それがなにを意味するのか、遠く離れた地にいる海斗はもちろん、ミレア本人すら、今はまだ知りえないことだった。                                                               00000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000  門出市。人口十六万人、面積は22.58平方キロメートル。海に隣接するこの街は、科学技術において数年前から日本のトップまでに上り詰めた、今となってはかなり知名度のある都市だ。主な分野は脳科学や神経細胞の研究。なぜ、門出市がそれほどまでに技術改革に成功したかというと、ほんの五年前、二〇一五年に門出市で起きた、歴史的大災害<Anonymous{エノアニマス}>が根本の源だろう。                                                                                                                                                    <エノアニマス>。名の由来は、何もわからないことから「名無し」という意味だ。実際の詳しい経緯などは不明で、突然勃発的に生じた大爆発によって、街の一部が焼き払われ、死者は千人強に上ったという。                                                                                                                                                                         しかし、それだけでは当然、技術進歩には結びつかない。そこで、二つ目の原因、ロシアの複数の研究機関と富豪達が、<エノアニマス>発生に基づいて負った門出市の損害を全て肩代わりしたのだ。当時日本は、二〇一一年にも起きた大災害の影響の余波を拭いきれておらず、言われるがままにロシアの援助を受け入れた。その結果、たった五年で驚異的な技術革新に成功したのだ。                                                                                                                                              それと同時に、門出市一帯は事実上ロシアに権力を握られてしまった。望む望まないに関わらず、「借り」を作ってしまったからだ。                                                                                                                                                                                                だからといって、人々の生活に制限がつくわけでもなく、むしろ、以前より快適になった。他の地域に比べ、圧倒的に技術の格が違うのだ。唯一同等なのは<WTF>ぐらいか。                                                                                                                                                                     この街の学生達は、高等学校卒業後には九割がた有名な大手企業に就職することが確定されており、毎年外の街からの入学希望がこれでもかというほど押し寄せてくるのだ。まだ技術確立してから五年やそこらだが、もはや東京以上の大都市だ。けれど、人口は十六万人に固定しており、東京ほど過密地域ではない。出ていくのは簡単で、入るのが難しい。一定以上の人口に到達しないように、工夫がなされている。端的に述べてしまうと、外、外部の人間を街に入れないようにしているのだ。                                                                                                                                                      門出市内に存在する教育施設は、小学校が七、中学校が四、高等学校が二つで、学生人口は二〇二〇年現在で五千人弱。大学は無く、小中高合わせて十二年間が義務教育となってい る。                                                                                                                    その二つの高等学校の一つ、「城門高等学校」の一年生である鬨羽海斗は、とある路地裏で頭を抱えていた。それもそのはず、つい十五分ほど前に、普通の人間ならまず体験しないであろう修羅場を掻い潜り、さらにその後、同伴した少女に事情を訊きこんでいるのだが、如何せん全く会話にならない。何を訊いたところで、帰ってくるのは「うるさい」だの「放っておけ」だの、話を訊こうともしない。                                                                                                                                               さすがにそろそろうんざりしてくる反面、少女に対する不可解さが募ってくる。まず、誰に追われているのか、どうして追われているのか。もしかしたら、ただの家出という些細な事かも、とは一瞬考えたが、そんなことならあの銃はなんだ。怪我を考慮していたとは思えないし、それどころかあの「不気味の男」からは、殺意が滲み出ていた気がする。よって、彼女の問題は決して軽いものではないだろう。                                                                                                                                                                                                                             そして、一番の謎。視線を、彼女の身体に向けた 先程撃たれた傷が、塞がっている。傷口の周りの銀のドレスは真っ赤に染まっているが、肌の傷口そのものからの出血はもう止まっている。本人も気にしている様子はない。                                                                                                                「・・・・・・」                                                                                                                                   となると、ますます不審さが増してくる。もやもやと霧がかかったように、彼女の事情が分からない。                                                                                                                                                            「いつまでそこに突っ立ているつもりだ変態。さっさと消えろ」                                                                                                                                             「・・・・・・チッ、可愛い顔して嫌な奴だな。まあ、とりあえず追ってが来る前に警察にでも行くか」                                                                                                                                                                                                               海斗が歩き出そうとしても、ミレアはその場に留まったままだった。                                                                                                                                                        「行くぞ」                                                                                                                                                        「勝手に行け」                                                                                                                                                         そこで海斗は、奥の手(?)を使うことにした。                                                                                                                                                      「また無理やり運んでくぞ、さっきみたいに」                                                                                                                                                    「・・・・・・っ」                                                                                                                               意外と効いているようだ。先程海斗にお姫様だっこなるものを強行されて、湯気が出るほど顔が真っ赤になっていた。もしかして、性格に似合わず乙女な少女なのだろうか。どちらが本当の彼女なのかは分からない。                                                                                                                                                                                          なんだかわからないことばかりだ。もういっそ家に帰って惰眠を貪りたくなった。だが、ここで彼女の言うとおりに去るのも癪だった。                                                                                                                                                                                時間が流れ、数分経ったのち、ミレアはやっとその重い腰を上げた。どうやらプライドより羞恥が勝ったらしく、黙って海斗の後ろについた。                                                                                                                                             路地裏を出て、海斗はズボンのポケットから機械を取り出した。                                                                                                                                                         通常タイプの<WTF>だ。特秘回線用のものでは用途が限られてしまうのだが、一般人が持ち歩いている通常タイプは色々な用途がある。電話、TV電話、カメラ、地図、身分証明までできる。                                                                                                                                                                               <WTF>が世界中で爆発的に流通した一番の理由は、「立体パネル」だ。映像を空中に映し出されたパネルを通して、立体的に見ることができる技術。ホログラムを基盤とした最新鋭技術だ。実際にパネルに触れることができ、数十年前では考えるのも億劫なほどだった。                                                                                                                                                  その科学の塊に指を滑らせていく。                                                                                                                                                                                  開いているアプリは地図だ。現在地周辺の警察がある場所を探している。いくら自分が住んでいる街と言えど、さすがに全ての構造物を把握しているわけではない。警察の場所を完璧に覚えているのは、不良とか暴走族ぐらいだろう。 もっとも、この門出市にその類の人間はほとんどいないが。                                                                                                                                                                               「そういえば貴様、やけに落ち着いているな。この国では銃は珍しくないのか」                                                                                                                                                                                 ずっと下を向いていたミレアが、気づいたように顔を上げた。                                                                                                                                                                                 「あ? そんなわけないだろ。俺が銃に慣れてるせいかもな。実際に見るのは初めてだったけど」                                                                                                                                                                                 「・・・・・・あっそ」                                                                                                                                                                                 自分から訊いたくせに素っ気無い態度だな、と心のなかで毒づいた。                                                                                                                                                                                 いらいらしているうちに警察にたどり着いてしまった。後は警察に引き渡して終わりだろう。                                                                                                                                                                                 はぁ、と一段落ついたつもりで息を吐いて、警察署の敷地に足を踏み入れようとする時だった。                                                                                                                                                                                迂闊だった。今更になってその重大な違和感に気づいても、遅いかもしれない。                                                                                                                                                                                 人が、いない。                                                                                                                                                                                 ここに来るまで、人間を見なかった。                                                                                                                                                                                 おかしい。そういえば、たしかに今日は、テレビで何かの歴史的な実験だか発表だかが放送されるとは知っていたが、いくらなんでも誰一人いないのは異常だ。                                                                                                                                                                                 なにか、なにかが引っ掛かる。                                                                                                                                                                                 海斗は、本能的にか、警察へ踏み入れることを躊躇した。そして、ミレアの手を握り、身を翻し走り出した。                                                                                                                                                                                 たかが手を繋いだ程度で顔が赤くなっているミレアに構っているほどの時間はない・・・と思った。                                                                                                                                                                                 途中、やはり人の姿が見えないこと、やけにミレアが従順しいことに、さらに一抹の不安を感じた。                                                                                                                                                                                 特に行き先があった訳でもなく、ただひたすらに見えない何かから追われるように走り続けた。                                                                                                                                                                                 そうして着いた場所は、公園だった。                                                                                                                                                                                 もちろん、ただ遊具が置いてあるだけの公園ではなく、門出市で一番広大な面積を持つ自然公園だ。周りを木々に囲まれたこの公園は、身を隠す場所が多い。木々の陰に隠れることができたり、逆に広さを利用し先に相手を見つけることができる。                                                                                                                                                                                 建物のなかに籠もるという手もあったが、それを思いついたのは今だ。走っている最中に余程焦っていたのかが伺える。                                                                                                                                                                                 海斗は、足りない頭で必死に考えていた。                                                                                                                                                                                 「(なぜ誰もいない・・・・?もし外に居るのが俺達だけだとしたら、かなりマズイ展開だな・・・。そもそもなにから逃げているのかすら分からないのは話にならない・・・)」                                                                                                                                                                                 その姿を横で見ていたドレスの少女は、ようやく閉ざされた口を開いた。                                                                                                                                                                                 「どうやら、お前の疑問を解く鍵は全て私が持っているようだな」                                                                                                                                                                                 「・・・・・・どういうことだ?」                                                                                                                                                                                 ドレスの――ミレアは説明をするためか、んんっと喉を鳴らした。それから、深刻そうに話し始めた。                                                                                                                                                                                 「最初に言うと、この件は全て私に関係している」                                                                                                                                                                                 正直な話、半信半疑にしか受け取れなかった。それもそうだろう。一人の少女が街規模の事件の鍵なんて話、おそらく誰も信じまい。けれど、ここで話の腰を折るわけにはいかなかったが。                                                                                                                                                                                 「やっとまともな会話ができたと思ったら、そんな真実があったとはな」                                                                                                                                                                                 「フン。事態が事態だからな。・・・・まず、この街の人間が全て消えたことだが――」                                                                                                                                                                                 海斗が口を挟む。                                                                                                                                                                                 「それはいくつか俺のほうでも予想は立ててある」                                                                                                                                                                                 「ほう・・・?」                                                                                                                                                                                 「まず、こんだけの規模だ。偶然ってのはありえないだろう。そう考えると、なにか他の理由があるのは間違いない。そこでだ、今日はテレビで、なんかの発表があるらしい。そのテレビの影響で、人がほとんど家に籠もっているという可能性が高い」                                                                                                                                                                                 「私はそんなこと知らないがな」  「・・・で、実際についさっきまで、お前と会う前まではほとんど人がいなかった。けど。ほとんど、だ。全くいなかったわけじゃない。それが、この短時間で0になった」                                                                                                                                                          結論を告げる。                                                                                                                                                          「つまり、この街全体を丸々動かせるような権力を持った人間または組織ってことだ」                                                                                                                                                          「・・・・・・」                                                                                                                                                          ミレアの沈黙がなにを表しているのか、すぐに分かった。                                                                                                                                                          「貴様の予測はほぼ正しい。・・・で、この街を牛耳っている組織は知っているか?」                                                                                                                                                          「牛耳ってんのかどうかはしらねえけど・・・まあ、この街のほとんどがある貴族の家に支えられてるのは知ってるけど・・・確か、アレイロンドだったか?」                                                                                                                                                          「・・・そうだ」  再び俯き、後ろめたそうな表情で言った。                                                                                                                                                          「私の名はミレア―ル・アレイロンド。この街を事実上支配している一家の娘だ」                                                                                                                                                            「は・・・・・・?」                                                                                                                                                          ミレアがあまりにもあっさりと、堂々と言うので、理解するまで少し時間がかかった。