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本郷兄弟決闘殺人事件

本郷兄弟決闘殺人事件(ほんごうきょうだいけっとうさつじんじけん)とは1969年4月に発生した殺人事件。

概要

兄による弟殺し

1969年4月13日、京都大学4年生(当時24歳・以下兄)は下宿先の京都府から上京。翌14日に郵便局から東京都赤坂で寝泊りしている弟の早稲田大学3年生(当時22歳・以下弟)に「ゴゴ 6ジハン ヤスダ コウドウ マエニコイ」と決闘状じみた電報を打つ。この兄弟は小学生時代から喧嘩が絶えなかった(後述)。

兄は午後6時に東京大学安田講堂前で弟と合流(3箇月前に東大安田講堂事件が起こったばかりであった)。2人は兄が予約していた本郷の旅館に戻り、暫くは何事も無く時間を潰したが、午後11時頃に弟の「今度会った時は、空手でやってやる」との挑発に対し、兄が隠し持っていた登山ナイフで弟を刺し殺した。騒ぎを聞きつけた旅館の従業員が警察に通報し、駆けつけた警察官によって兄が現行犯逮捕された。この兄弟の父親が自由民主党衆議院議員の橋口隆だったことも注目を集めた。

仲が悪く喧嘩が絶えなかった正反対なタイプの兄弟 体が弱い秀才だった兄に対して暴れん坊のガキ大将の弟とタイプが正反対であったが、兄弟ともに負け嫌いであり小学生の頃から喧嘩が絶えなかった。

2人の性格の違いは中学、高校と進学するにつれて益々顕著になっていく。親戚が自宅に訪問すると兄は正座して挨拶するのに対して弟は寝そべったままであり、兄としては弟の態度が気に入らなかった。弟は良い子ぶって運動神経の鈍い兄が気に入らなかった。

腕力だけでなく、学業も互いに対向意識をもった。高校受験では兄が名門都立高校受験に失敗したが弟は都立高校受験に成功となり「弟が勝ちで兄が負け」となった。大学進学では共に東大受験に失敗したが、兄は京大で弟は早大となり、ともに名門大学でありながら国立の分だけ「兄が勝ち弟が負け」となった。

京大に入った兄は空手の有段者の弟に腕力で勝つために空手部に入部。1968年3月に上智大学のグラウンドで兄弟が大喧嘩をし、兄が怪我をしている(兄は「引き分け」と主張している)。

親も仲の悪い兄弟を引き離そうと、弟は杉並の自宅から離れて寝泊りさせるようにした。だが、自宅で兄弟が出会うと喧嘩が絶えなかった。

事件のその後 兄は「弟とは小学生の頃から喧嘩ばかりしてて、大学に入っても反目は深まるばかりだった。これ以上反目していた家の中が暗くなるばかりと考えるようになり、場合によっては弟を殺してでもこの状態をなくそうと思った」と供述。

兄に対して精神鑑定が行われた。1971年3月3日に東京地裁は「心神耗弱であったが刑事責任能力はある」として兄に懲役6年(求刑10年)を言い渡して確定した。

関連項目

■兄弟

■橋口隆

■渋谷区短大生切断遺体事件
犯罪の構造 【決闘】
アルツハイマー・イブ


これから書くことはかなり怖ろしく、深刻に暗い話題なので、苦手な方は、すっ飛ばしていただきたい。ただ、興味深い。人間の深い心の奥底が見えてくる。

劇作家・別役実の書いた評論集『言葉への戦術』(1972年刊)。

巻頭に登場するのが、『犯罪の構造』。実際に起きた事件を別役実が新聞で読み、相当な関心を抱いたのか、熱意をもって書いている。

 四月十四日夜、文京区本郷五の十、鳳明館別館に於て、自民党国会議員橋口隆の長男順臣(のぶおみ)、京大文学部四年(ニ四歳)は、その弟和人、早大政経学部三年(ニニ歳)を刺殺した。

これが書き出し。 長くなるが、続いて朝日新聞の記事を引用している。

「小学校の頃から性格が合わず、仲良くしたことも思い出せない。大学に入ってからも反目は深まるばかりだった。今年三月頃、これ以上反目していたのでは家の中が暗くなるばかりだ、場合によっては殺してでもこのいやな状態をなくそうと決心し、登山ナイフ二丁も、そのために買った。懲役の覚悟もあった。  十四日夜、東大安田講堂前に呼出した弟の和人と本郷の旅館に行き、二人の不仲にケリをつける決闘の日取りを決めようと話し合ったり、二人でブランデーを飲んだりした。決闘について考え直そうかと思っていると、和人が『いつやる?今度やるときにはこうしてやる』と云って身振りをまじえているうちに、『おそくなったから帰る』と云ったため、『めんどくさいからやってしまえ』と決心した。」

以上を読んで、何かおかしいと思われないだろうか。 兄順臣が、場合によっては殺してでもこのいやな状態をなくそう、としていたのであれば、ましてや懲役の覚悟もあったのであれば、何故登山ナイフを二丁買ったのだろう。

そもそも、兄順臣にとって、これはどうしても決闘でなければならなかったのだろうか。 結果的にこれは殺人事件になるが、別役実は、『言葉への戦術』という本のなかで、二人の兄弟を、巨大な山のような愛情を背景に、鋭利な言葉を駆使して、救済する。 そのことに感動したので、少し長くなるが連続して書く。