<追  悼>

山野 豊 さん



 

  HEM-Net国際講演会の報告を締めくくるにあたって、その開催に大きな貢献のあった山野豊さんのことを書きもらすわけにはいかない。
 かつて伊藤忠グループにあった山野さんは、ドイツ製ヘリコプターBo105(上の写真)の輸入を担当していたことから、ドイツ自動車クラブADACのヘリコプター救急事業を創設したゲアハルト・クグラー氏(2009年没)との親交を深め、日本へもヘリコプターそのものばかりでなく航空医療システムの導入を強く希求していた。
 ADACの活動によってドイツの交通事故死が半分になった実情を紹介した1989年12月のNHKスペシャル『死者半減』のテレビ放送も、山野さんが仕掛けたものである。そして2006年に理事としてHEM-Netに参加、ドクターヘリの普及活動を続けてこられたが、クグラーさんとの交流を中心とするヘリコプター救急への熱情はHEM-Net15周年記念誌『救命の未来へ』(2015年10月刊)に山野さん自身が詳しく書いている。


クグラーさんと山野さん

 ところが今年1月初め、講演会から2ヵ月も経たずして、山野さんは不慮の鉄道事故に遭い、急逝されたのである。
 そもそも、この国際講演会のきっかけは2016年7月、山野、西川両理事による欧州4カ国の調査行であった。このときスイスでステファン・ベッカー氏、ロンドンではニール・ジェファーズ機長のレクチャーを受けたが、そのお膳立ても山野さん自らの手配によるものだった。
 ベッカーさんとの交流は、氏がクグラーさんの秘書役のような立場にあった当時から始まった。以来、山野さんは連絡を絶やすことなく、普段のメールやクリスマス・カードの交換はもとより、ドイツを訪ねたときや、ドイツ以外でもアメリカなどで開催された国際学会で必ず一緒に食事をするなど親交を重ねてきた。その結果、今回の講演会についても、ベッカーさんは「昔からの友人のためなら」といって二つ返事で講師を引き受け、謝礼のお金もそのままHEM-Netへ寄付していただいたほどである。
 ジェファーズ機長はロイヤル・ロンドン・ホスピタルで半日のご案内をいただいたが、山野さん独特の丁寧な招請メールに対して即座に「喜んで」という快諾が戻ってきた。機長は初めての来日だったため、山野さんは空港まで出迎え、帰りもホテルから送って行くなどの労力を惜しまなかった。
 その数日間の日本滞在中にジェファーズ機長から山野さんが聞いたところによると、機長は東京都心部のホテルに入るなり、すぐに衣服を着替えて皇居の周囲をジョギングしたという。お堀端に沿った景色が非常にきれいで気持ち良かったと褒めていたらしい。
 そんな熱意を秘めた山野さんの背景にあったのは、上智大学でドイツ教授陣に学んだカソリックの教えであった。その人が不意にいなくなって、残されたHEM-Net一同ただ茫然とするばかりだが、今も毎月の役員会に目を細めた山野さんが親しげな表情を浮かべて現れそうな気がする。
 ここに、山野さんが国際講演会の蔭の功労者だったことの一端を記し、あらためて感謝申し上げ、心からご冥福をお祈りする次第である。
 どうぞ安らかに……。



HEM-Netの会合で挨拶する山野さん(2011年)

【追記】
 NPO法人HEM-Net(救急ヘリ病院ネットワーク)は2017年秋、スイスとイギリスから講師をお招きして、東京で国際講演会を開催した。その速記録は間もなく印刷物となって公刊され、HEM-Netホームページにも掲載される予定である。その巻末から追悼文だけをここに抜き出した。
 山野さんは1936年、私より半年早いお生まれで、過去半世紀近いご交誼をいただいた。一緒に外国旅行をした回数も数えきれない。かつての勤務先としてもいろいろお世話をいただいたが、この追悼文はHEM-Netの立場から書いたもので、個人的なことには敢えて触れなかったことをお断りしておきたい。
 山野さんは、まれに見る人徳のひとであった。享年81。

(西川 渉、2018.7.4)


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