<空飛ぶ救命室①>

ドクターヘリの誕生

 最近ようやくドクターヘリの存在が広く知られるようになった。危険な状態に陥った人の救護のためには、もはや不可欠の手段ということもできよう。この連載では、その実態を見ながら、ドクターヘリにどのくらいの医療効果や経済合理性があるのかを探っていく。また海外の事情も参照し、将来に向けての課題とあるべき姿を考えてゆきたい。



(2018年4月号)

ヘリコプター本来の使命

   「誰かが助けを求めているとき、飛行機はその上空に飛んで行って頑張れと言いながら花束を投下するだけだが、ヘリコプターはすぐそばに降りて行って直接助けることができる」
 これは、ヘリコプターの開拓者として知られるイゴール・シコルスキー(1889~1972年)の言葉である。まことにヘリコプターこそは人命救護のために創案された機材といってよいであろう。
 事実、第2次大戦中に実用化されたヘリコプターは、先ずアメリカ陸軍の採用するところとなり、最初のシコルスキーR-4はビルマ戦線に送りこまれた。そして日本軍の銃撃で不時着した連絡機から負傷兵3人を救出、近くの飛行場へ搬送した。
 次いで朝鮮戦争(1950~53年)では、ベル47やシコルスキーS-55ヘリコプターが連絡や偵察にあたると同時に、前線の負傷兵を野戦病院へ送りこむのに使われた。さらにベトナム戦争(1964~75年)では最初から負傷兵の救護を想定したヘリコプターが数多く投入され、ジャングルの中で大きな成果をあげた。
 こうした実績から、アメリカ国内では軍や警察のヘリコプターが時折り実験的に交通事故のけが人を救護するようになり、迅速な治療こそが人命を助けるという考え方が救急医療の世界に定着してきた。
 ドイツでも1960年代になって自動車ブームが到来、アウトバーンの交通事故による死傷者が増加した。そうなると保険金の支払いが増える。ドイツ自動車クラブ(ADAC)も、走行中に故障した自動車の修理その他の支援にあたる一方、自動車保険を扱っていたことから、人道上の問題に加えて経済的な面でも出来るだけ死傷者を減らす必要に迫られた。
 そこからミュンヘン大学医学部の協力を得て、小型ヘリコプターに医師を乗せ、アウトバーンの事故現場へ派遣、その場で治療にあたるという実験を開始した。その結果、ヘリコプターの利用は医療面で有効であることが明らかとなる。
 そこで、ミュンヘンのハラヒン病院にヘリポートを設け、救急装備をしたヘリコプターを待機させ、救急本部から要請が出ると直ちに医師とパラメディック(救急救命士)を乗せて離陸、現場へ向かう体制をととのえた。これが1970年9月のことで、世界で初めての日常的、恒常的なヘリコプター救急制度である。
 担当地域は病院を中心とする半径およそ50kmの範囲。ヘリコプターの飛行速度を200㎞/hとすれば、50km先でも15分で到達できる。地域全体では平均8分程度で現場に着陸し、その場で治療にあたる。この方式は「ミュンヘン・モデル」と呼ばれ、今日世界中でおこなわれているヘリコプター救急システムの基本形態となった。


ミュンヘンのハラヒン病院を飛び立つADAC救急機(2016年夏)

   
   
死者半減・社会復帰倍増 
   
    このようなドイツに遅れること30年、日本では1999年夏、内閣府に「ドクターヘリ調査検討委員会」が設置された。ヘリコプター救急を実施すべきかどうかを検討するためで、翌年春までに結論を出すことになり、筆者を含む10人の委員が任命された。ところが欧米諸国で日常的におこなわれていることが、救急専門医やヘリコプター関係者を除いて、日本ではほとんど知られていなかった。
 そのため高価なヘリコプターを使って、どれほどの医療効果があるのかといった問題が前面に出て議論が沸騰し、その議事録に残されているように、なかなか結論に至らない。
 そのとき委員会に並行して、当時の厚生省がドイツとほとんど同じ方式で、岡山と神奈川の2ヵ所の病院に救急装備をしたヘリコプターを置き、その地域の消防本部の要請に応じて現場へ飛ぶ試行的事業をおこなった。その結果、医師の現場治療により、救急搬送にくらべて死者はほぼ半減、完全になおって社会復帰のできた人は2倍以上という成果(下表)が実証され、委員会も3ヵ月ほど長引いたものの、ようやく結論を出すことができた。
 これにより日本でも2001年4月1日からドクターヘリの本格的事業が開始される。以来17年を経て、今では全国51ヵ所でドクターヘリが飛ぶようになった。が、ここに至るまで普及の経過は必ずしも順調ではなかった。
 理由のひとつは運営費である。拠点ごとに約2億円の費用を想定し、その半分を厚生省、残り半分を都道府県が負担することにした。患者の負担はゼロで、その点は良かったが、多くの県が財政上そんな費用負担はできないとして導入を諦めてしまったのである。
 そこへ2007年6月、議員立法によって「ドクターヘリ特別措置法」が成立する。これでドクターヘリの法的根拠が確定したというので、総務省が自治体負担分のうち最大8割までを支援することにした。これで自治体の負担は大きく軽減され、当時まだ11ヵ所しかなかったドクターヘリが今日の51ヵ所まで普及するきっかけとなったのである。
   
   
年間25,000回の出動
   

    では、ドクターヘリはどのように配備されているのだろうか。現状は全国47都道府県のうち東京都、石川県、福井県、鳥取県、香川県などを除く41道府県に導入されている。自治体によっては、北海道のような広いところでは4ヵ所で飛んでおり、青森、千葉、長野、静岡、鹿児島の各県では地形が細長かったり離島があったりするので2ヵ所に配備されている。
 拠点病院では毎日休みなく、午前8時頃から日没までヘリコプターと一緒にパイロット、整備士、医師、看護師が待機する。そのクルーに向かって救急出動の要請を出すのは各地の消防本部で、電話で要請を受けるのはCS(コミュニケーション・スペシャリスト)と呼ばれる運航管理担当者。救急現場の気象状態を見ながら、有視界飛行が可能ならば、ドクターヘリの出動指令を出す。
 こうして2017年度は全国50ヵ所のドクターヘリが25,000回余りの出動をした。1ヵ所平均500回だが、1,000回を超える拠点は3ヵ所、最も多いところは1年で1,900回を超えた。
 これらの数字を見るだけでも、各地の救急医療にとって、ドクターヘリが如何に重要な存在であるかが分かるであろう。
   



桜島を背にして待機する鹿児島県ドクターヘリ(2012年夏)

【表】ドクターヘリ試行的事業の結果(人数)

患 者   死亡  傷害  軽快  中等症  軽症  合計
 実 績  26  22  83  48  4  183
 推 定  48  49  34  48  4  183

〔資料〕首相官邸ホームページ「ドクターヘリ調査検討委員会」
〔注〕実績:ヘリコプターによる救護の結果
      推定:ヘリコプターがなかった場合の推定値

(西川 渉、月刊「航空情報」2018年4月号掲載)



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