<世界航空機年鑑2013>

ベル/ボーイングV-22オスプレイ

 史上初の実用ティルトローター機。固定翼機の主翼両端にローターとプロペラの両機能を備えたプロップローターと、それを駆動するエンジンおよびトランスミッションを装備、ヘリコプター同様の垂直離着陸が可能であると同時に、巡航中はエンジンをナセルごと前方水平に倒してターボプロップ機同様の高速・長航続飛行ができる。

 ティルトローター開発の発端は1955年8月11日にベル社で初飛行したXV-3実験機。1958年に飛んだ2号機も加えて、1966年まで10年余にわたって試験飛行が続けられた。この結果を受けて1977年5月3日XV-15実験機が初飛行する。2号機も79年に飛び、10年近い研究開発が続いた。これらの成果に着目したアメリカ国防省は陸海空の3軍が共同で使用する統合VTOL計画(JVX)を立案、1983年ベル/ボーイング・チームと契約を結び、Vー22オスプレイの開発が始まった。

 その設計仕様では垂直離着陸、ホバリング能力、長距離飛行、高速巡航といった基本能力に加えて、戦闘行動半径850km、空中給油、空対空ミサイル2〜4基、20mmまたは40mm機関砲2門、折りたたみ機構、防塵防雪、放射能や生物化学兵器に対する防御能力などが求められた。機体は59%が複合材で、プロップローターも複合材製3枚ブレード。それを駆動する各トランスミッションは主翼の中を通るクロスシャフトで連結し、片発が停止しても両ローターは回り続ける。

 操縦系統は三重のフライ・バイ・ワイヤ。自動安定装置や自動操縦装置が組みこまれ、ヘリコプター・モードから飛行機モードヘの操縦系統の切換えは自動的に行われる。ローターの変向角は水平位置から垂直位置を超えて、後方7度30分の位置まで。ブレードは折たたみ可能。主翼も全体を水平に90度回転させて、84秒問で機体全体を小さくまとめることができる。

 エンジンは、アリソンT406ターポシャフトが左右1基ずつ。最大連続出力は5.890shp。異物吸入防止、氷結防止ならびに赤外線抑制装置がつく。

 機内は与圧され、乗員は機長と副操縦士。ほかにジャンプシートがあって、指揮官などが搭乗する。主キャビンには兵員24名と射手2名、あるいは担架12床と看護員の搭載が可能。

 ペイロードは機内搭載4,450ks、機外吊下げ4,500kgまたは6,800kg(二重フック)。キャビン・ドアは前方右側。胴体後方にはランプ・ドアがあり、大型資器材の積み込みに使われる。降着装置は前輪式の引込み脚。

 原型1号機は1989年3月19日に初飛行、半年後の1989年9月14日、初の完全遷移飛行に成功した。2号機は1984年9月9日、3号機は1990年5月9日に飛び、空母への着艦テストなどに使われた。

 こうした試験飛行が続く開発段階で、V-22オスプレイは4件の重大事故を起こした。最初は1991年6月11日、試作5号機が初飛行の際、操縦系統に配線ミスがあったため、地上4〜5mでホバリング中に横操縦ができなくなり、左ナセルが地面に触れて落下、機体が大破し火災が発生して乗員2人が軽傷を負った。2度目の事故は翌92年7月20日、原型4号機のエンジン・ナセルから火災が発生、ポトマック川に墜落して乗っていた7人が全員死亡した。

 この2件の事故によって、V-22はテスト飛行が中断、一時はティルトローター機の将来も危ぶまれたが、設計仕様が見直され、1992年10月新しい技術契約が締結された。これにより従来の原型機の中から2機を改修して予備的な試験飛行を進めるとともに、新たに先行量産型4機を製作することになった。

 こうして1993年オスプレイの飛行が再開された。同時に4機の先行量産型V-22Bが製造され、初号機が97年2月5日に飛行した。同機は後に完成した3機とともに海軍のパタクセント・リバー基地で試験飛行に使われた。

 1997年4月には、量産5機の製造が認められた。1号機は1999年5月海兵隊に納入され、同年中に合わせて3機が引き渡された。ところが2000年4月、その1号機が墜落し、乗員と海兵隊員19名という大量の死者を出した。これは人質救出作戦を模した訓練飛行で、敵陣営内に急降下着陸し、そこに捉えられた人質を救出するというもの。事故機は低速で急降下をしたためボルテックス・リング状態に陥り、自らのダウンウォッシュに叩き落とされるような格好で墜落した。さらに2000年12月4度目の死亡事故が発生、乗っていた4入が全員死亡した。原因はエンジン・ナセル内部の油圧系統と電気配線の束が擦れ合って油液の漏れを生じ、油圧が低下したためであった。

 そこで、さまざまな改修が行われ、2002年5月から飛行再開となったものの直ちに実用飛行とはいかず、その後17ヵ月間、安全性を再確認するための試験飛行が5機で1,000時間近くおこなわれた。その結果、2006年6月最初の作戦部隊が編成され、MV-22Bの実戦配備が始まった。空軍向けCV-22Bも2006年11月最初の部隊が発足した。そして2007年10月、12機のMV-22Bがイラクに派遣され、砂漠の中でも安全に作戦任務を達成し、成果を挙げて半年後に帰還した。

 こうした実績を背景にアメリカ政府は2011年6月、12機のMV-22Bから成る海兵隊1個中隊を、沖縄へ配備すると発表した。これに対し配備反対の声が沖縄県を中心に高まり、オスプレイの安全性と騒音が問題視された。たしかに実用段階に入ってからも、オスプレイは2010年アフガニスタンで視界不良による事故で4人が死亡、2012年にモロッコで強い背風を受けながらホバリング中に墜落、2人が死亡した。

 しかし、いずれも人的エラーで、ティルトローター機構に起因する事故ではなく、また同じ事故原因が繰り返された例もない。その事故率は、MV-22が飛行10万時間あたり1.93件で、米海兵隊の全機平均2.45件よりも良好な安全性を示し、オスプレイがことさら危険ということでもない。というのでアメリカ側は計画通りにオスプレイの配備を進め、2012年10月普天間飛行場を基地とする訓練飛行が始まった。

 米3軍のオスプレイ調達計画は当初1,200機以上が予定されていたが、現在は海兵隊向けMV-22Bが360機、空軍向けCV-22Bが50機、海軍のHV-22Bが48機、合計458機となっている。日本も2012年末の新聞報道によれば、防衛省がオスプレイの導入を検討中と伝えられる。

[データ]ロータ一直径11.61m、全幅25.78m、全長17.48m、全高6.73m、翼幅13.97m、全備重量VTOL23、859kg/STOL25、855kg/滑走離陸27、443kg、カーゴフック容量6、804kg、発動機RR AE1107C(6、105shp)×2、最大巡航速度463km/h(回転翼モード)、975km/h (飛行機モード)、実用上昇限度7、620m、ホバリング限界1、646m、乗員2〜3名、原型初飛行1989.3.19      

(西川 渉、世界航空機年鑑2013版所載) 

 

 

【関連頁】

   ティルトローター機の民間活用構想(2012.12.4)
   オスプレイのモロッコ事故報告書を読む(2012.9.29)
   オスプレイの日本配備を考える(2012.9.27)

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