<電子書籍>

焚書無用

 

 元旦の本頁ご挨拶で、これから電子図書が爆発的に普及するであろう。その結果、紙の本は余り読む気がしなくなった――などと書いたところ、むろん拙文とは無関係だが、1月5日付のウォールストリート・ジャーナル紙に「印刷本は今後も残る」という趣旨で、「焚書無用」と題するエッセイが掲載された。要旨は次のとおりである。

 ……電子本の人気はたしかに急速に上昇した。ところが早くもピークに達し、売れゆきが下がり始めた。読書家は矢張り紙の手ざわりとインクの匂いが好きなのだ。印刷本は死んだなどという報道は大げさで、分を過ぎた言い分ではないか。

 2012年の調査では、電子本を買ったことのあるアメリカ人は、わずか16%しかいない。アマゾン書店が5年前に電子本を読むためのアプリケーション・ソフト「キンドル」を売り出した頃、本はこれから電子化されるだろうと予測するお調子者が多かった。中には、紙の本は2015年までに消え去るなどとのたまう御仁もいたほどだ。

 だが、アメリカで電子本が普及し始めて5年ほどたった今、驚いたことに紙の本の将来が明るさを増してきた。ハードカバーの印刷本が力強い復元力を見せ始めたのだ。逆に電子本の売れゆきが落ちつつある。iPadなどのタブレット端末を使う人は増えたが、電子本の読者は減ったのである。推測するに、電子本は印刷本の代わりではなく、動画や写真を取り入れたオーディオ・ブックのようなものが本来の役割らしい。

 過去1年間に紙の本を1冊でも読んだ人は89%だが、電子本を読んだ人は30%しかいない。全米出版者協会の調査でも、電子本の成長率は2012年中に急落し、約34%になってしまった。34%とは高い成長率のように見えるが、前の4年間の成長率は、毎年100%を超えていたのである。

 電子本が登場した当時、その爆発ぶりは異常であった。しかるに、ある調査では、2012年に電子本を買った人は、アメリカ人の16%しかいなかった。そして何と、59%の人が電子本に興味はないと答えたのである。

 なぜ電子本の売れゆきは落ちたのか。何かほかの理由があるのではないか。われわれは電子本の本質を誤解しているのではないだろうか。

 たとえば、電子本が登場した当時、その内容はフィクションが多く、売れゆきの3分の2を小説が占めていた。電子本のベストセラーもスリラーやロマンスなど、小説のジャンルが上位にあった。電子画面で読むには、そういう軽い読み物が適当なようにみえる。これまでスーパーマーケットや空港の売店で売れていたようなペーパーバックが、形を変えて電子本になったのである。したがって電子本は読み終わったあと、書棚に飾っておきたいようなものではない。

 長編小説や理論的、学問的な解説書などが好きな読者は、軽くて読みやすいだけの電子本よりも、書棚に並んだ重厚な「本物の書籍」を好む。無論そういう人も、軽いペーパーバックを買って読み捨てることもあろう。それが電子本ではあるが、だからといって紙の本を買わなくなるわけではない。事実、ある調査によれば電子本の読者の9割近くは、今も印刷された書籍を買いつづけている。

 すなわち電子本も印刷本も、それぞれに異なった役割をもっているのである。

 グーテンベルグの印刷術は、その発明から500年、電子本の激しい攻勢にもよく耐えている。真っ白な紙の上にくっきりと印刷され、しっかりと綴じられた書籍は、とても棄てる気にはなれない……。

 「紙の本は不滅です」というのが、このエッセイの趣旨であろう。一方、日本の電子出版は始まったばかりで、上の数字に見るような統計はまだ見たことがない。したがって今後、増えたり減ったり、電子本がどのような経緯をたどるかは分からぬが、おそらくは当面、もの珍しく、簡便で、しかも安い、といった特性から電子本が伸びつづけるであろう。それが、上のアメリカの例に見るように、何年かたったところでピークに達し、そのままか、やや下がったところで落ち着き、一定のレベルを保って、出版事業の一角を占めるようになるにちがいない。

 私としても、まだしばらくは電子書籍を買い続けるだろう。その一方で、どの本も電子化されているわけではないので、印刷本も買うことになる。

 ともかくも、電子書籍という新しいものが出現し、本の世界が面白いことになってきたことは確かである。

(西川 渉、2013.1.16)


1ヵ月ほど前から始めた電子本の購入書棚。
合わせて20冊ほどになるが、ほかに
20冊ほどのマンガがある。マンガは、これまで
手塚治虫と田川水泡しか知らなかったが、
電子本によって最近のマンガもなかなか面白いことを知った。

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