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弟矢 ―四神剣伝説―

第七十九話(最終話) 勇者の誓い

 ――三ヵ月後。
 季節は初夏から中秋を迎えていた。

 弓月らが東国を出発したのは、春の名残りの時期であった。そして、夏の初めに乙矢と出逢う。やがて、上弦の月が満ち……欠け始め。真っ暗な空に朔の月を仰ぐ頃、弓月も乙矢もたくさんのものを失い、また、得たのであった。
 そして次の弦月を待たず、弓月は乙矢と別れることになる。


〜*〜*〜*〜*〜


「姫! そんなにお急ぎになられずとも、到着は明日でござる」
 長瀬も少しずつではあるが、右腕で刀が振れる様になった。だが、むさ苦しい容貌は相変わらずだ。どうやら逃亡生活の末と言うわけではなかったようである。
「判っております。でも、この格好でお会いする訳には参りません。何か着られるものを探さないと」

 着の身着のままの、西国での道中と変わらず、今の弓月は袴を穿いた男の姿をしていた。よもや蚩尤軍に残党はいまいが……。それでも、何らかの理由で、四天王家を逆恨みするものが出ないとも限らない。そのため、外出時は男の身なりをして、刀を腰に下げていた。
 しかし、逃亡中に比べれば、髪には櫛をいれて綺麗に梳かし、後ろで一つに結っている。着物も薄汚れた雑巾に近いものとは違うが……。


 東国に戻ってすぐは、一年間放置されていた屋敷や道場、神殿の修繕など課題が山積みであった。
 だが、まず初めに弓月がしたことは――遊馬一門の犠牲者を一斉に弔うことであった。
 乙矢と違って家族を埋葬する間もなく、弓月らは領地を追われたのだ。しかし、此度の謀反において遊馬家は一切お咎めなし、となる。弓月らに負わされた罪状もなくなり、改易かいえきも取り消された。
 だが、爾志家はそうはいかなかった。
 嫡男の一矢がかなりの部分、四神剣の強奪と幕府転覆の計画に加担していたからだ。乙矢自身、神殿から『白虎』を盗み出し、蚩尤軍の武藤に渡した事実もある。無論、姉が人質になっていたこと、武藤の犯した罪を申し述べれば「致し方なし」と言われたのだろうが……乙矢は決して口にはしなかった。
 

〜*〜*〜*〜*〜


「私も此処に残ります」
 乙矢が一矢に代わって……最悪、打ち首になるかも知れないと聞き、弓月もそこに残ると言い出したのだ。
「弓月様……しかし」
 さすがの新蔵も大弱りである。弓月は強い心と固い信念を持っている。言い方を変えれば、頑固で融通が利かない。それだからこそ、十七歳の娘の身で人に縋ることもせず、気丈に戦い抜いて来れたのであろうが……。

「それに、凪先生も暫くは動かせないと聞きました。私は大怪我をなさった叔父上を置いて、東国に戻るつもりはありません」
 凪の腹の傷は相当深いものであった。三日三晩生死を彷徨ったが――余程生命力があるのだろう。意識が戻り、三日後には話が出来るほど回復した。だが、ひと月はこの地より動かせぬと、医者から言われている。  

 困った新蔵が頼ったのは、乙矢であった。
 乙矢の傷も深かったが、命に関わる程ではなく……。
  
「弓月殿……東国は今、どうなってんのかな?」
 乙矢には城内の離れに、六畳一間の部屋が用意されていた。会話までは聞かれないだろうが、濡れ縁を下りた庭には見張りの兵もいる。建前は、外敵から乙矢を守っているのだと言うが……。もちろん、神剣はどれも乙矢の元から遠く引き離されていた。
 布団を上げ、部屋の中央に向かい合って座った。そして、最初に東国のことを言われ、弓月は声を詰まらせる。

「そ、それは……しかし、凪先生は動けませんし、それに乙矢殿が」
「弥太が残るって言ってんだろ? 先生は罪人じゃないんだ、津山のお殿様がちゃんと見てくれるさ」
「では乙矢殿はどうなります? 万一の時に誰があなたの味方をするのです!?」
 弓月にはそれが不安でならなかった。一矢の代わりに乙矢に切腹の沙汰が下りたら……乙矢なら従うだろう。でも、それは余りにも理不尽だ。弓月にはどうあっても黙って見過ごすことは出来なかった。

「私は……万に一つも乙矢殿が罰せられると言うなら、どんなことをしても、あなたをお守り致します!」
「ゆ、弓月殿」
 弓月の気迫に乙矢は押され気味だ。弓月は更に、障子の外を指差しながら声高に叫んだ。
「見張りの兵など……まるで乙矢殿が罪人扱いではありませんか!? 神剣を巡る争いに、乙矢殿は巻き込まれただけです。『白虎』に選ばれ、渦中に引き摺り込まれた責任を、乙矢殿が取る必要はございません!」

 半泣きの弓月に、乙矢はいつもと変わらぬ笑顔を見せた。
「なあ……弓月殿は言ったよな。俺の思うままにしていい。どちらにでもお供いたしますって」
「そ、それは……」
 不意に、崖の上で叫んだ言葉を復唱され、弓月は頬を赤らめる。
「だったら、新蔵や長瀬さん、それに……正三も一緒に、東国まで帰っちゃくれないか?」

「それは……私とは二度と会えなくとも構わぬ、と?」
 弓月は拗ねて甘えた声を出すと、乙矢ににじり寄った。頬を膨らませ、上目遣いで見上げる。それは乙矢にとって初めて見る弓月の顔であった。それには思わず、乙矢も立場を忘れそうになる。
 だが、慌てて咳払いをすると、乙矢は弓月を宥めるように左手を彼女の肩に置いた。
「そうじゃないって。でも……宗次朗さんや一矢のことを思い出すんだ。俺は――勇者の役目を果たせたんだろうか、って」
「一矢殿が仰ってました。乙矢は弱い……だから強くなれたんだ、と」
「いつ?」
「乙矢殿が来られる少し前……『青龍一の剣』を抜かれてすぐのことです」

 一矢は最後に「だから『白虎』は乙矢を選んだ」そう言った。
 自分のせいで人が死んだと言っては泣き、誤って敵を殺したと言っては泣く。乙矢は泣きながら、それでも、震える手で神剣を抜いた。
 乙矢が乗り越えたものの大きさは、一矢や宗次朗の比ではないはずだ。


 神剣ちからが無ければ誰も守れない。だが、神剣ちからだけでは自分すら守れないのだ。
 
 そして最後に、乙矢はその神剣ちからすら凌駕したのである。一矢の鬼の剣を止めたのは、『白虎』の勇者ではなく、乙矢自身であった。


「弓月殿……もし俺のことを少しでも信じてくれるなら、どうか、東国に戻ってくれ。その――む、迎えに行くから、さ」
 それは、今の乙矢に言える精一杯の言葉であった。
「本当に? 簡単に死なないと約束してくれますか?」
「す、する。そん時は、牢破りでも島抜けでもして、会いに行くから。二人で逃げようぜ。弓月殿が守ってくれるんだろ?」
 乙矢の言葉は半ばヤケクソに近かった。おそらく、こうでも言わなければ弓月が引きそうもないと思ったからであろう。そして、乙矢の優しさは弓月に痛いほど伝わったのだ。弓月は乙矢を信じると決めている。例えそれが、どれほど荒唐無稽な話であったとしても……。
 弓月は微笑み、肯いたのであった。

 
〜*〜*〜*〜*〜


 皆実家は後継もおらず、そのまま取り潰しとなった。領地はしばらく幕府の直轄地となるようだ。
 喜多家は宗主と妻、長男の死亡が確認されている。しかし、次男・己十郎こじゅうろうが神剣『玄武』と共に行方不明であった。姻戚となる宗主の義兄が家督を継ぎ、己十郎と神剣の探索にあたるとこととなった。
 もちろん、遊馬家にも神剣『青龍ニの剣』の探索命令が出ている。落ち着き次第、再び発つ事になるだろう。

 そして爾志家は――取り潰しは免れ、改易にもならなかった。だが、宗主となった乙矢は、領地も家禄も幕府に返上したのである。
 乙矢が処罰されなかった理由は、奇しくも神剣にあった。
 『白虎』『朱雀』『青龍一の剣』は、現在纏めて遊馬家の神殿に奉納されている。だが、『玄武』『青龍二の剣』の行方と共に、幕府は『鬼』の出現を懸念したのだ。その時に頼れるのは神剣に選ばれた勇者・乙矢のみ。

「もう一晩泊まっても良かったのだ。到着は今日以降だと、連絡をやっただけなのに……」
「そんなに女の肌が恋しけりゃ、お前だけ泊まってくりゃいいだろ」
「違うと言っとるだろうが!」
 乙矢と新蔵のやり取りは、相変わらず気の抜けたものであった。だが、凪を迎えに吉備までやって来た新蔵は、東国に戻ってすぐ、今度は乙矢を迎えに来たのである。乙矢に逢いたがる弓月のため、と言えば聞こえは良いが……。

 全てを返上した乙矢が望んだのは、一矢を爾志家の墓に埋葬することであった。
 母の最期の願いを乙矢は叶えられなかったが……だからと言って、乙矢まで来いと言う母ではない。乙矢は正三から、失敗が過ちではないと教わった。失敗から何も学ばず、後悔のみに終始することが過ちなのだ、と。

「だが、お前――本気なのか?」
「何が?」
「四神剣を揃えたら、その守護を返上する。そう言ったのであろう?」

 ――四種五本の神剣を揃えたら、全て炉に放り込み、神剣をこの世から消し去りたい。
 そう、乙矢は幕府に言上ごんじょうしたのだ。決定は下ってないが、乙矢は本気である。二度と同じ悲しみを生まないために……己の身を危険に晒しても、やり遂げるつもりであった。

「神様が、民を守れって勇者を選んで神剣を遣わしたんだろ? だったら、要らない時は返そうぜ。本当に必要になったら、きっとまた勇者と共に現れるさ。――遠い未来にな」
「ま、お前がそう言うんなら、俺は構わんが」

 二人が遊馬の領地に入り、小高い丘に差し掛かった時だ。遠くに人影らしきものが見える。街道沿いの木々は紅葉を見せつつあるのに、そこだけ桜色に染まっていた。
「弓月殿だ!」
「お前……どういう目をしてるんだ!? まだ一町はあるぞ。あれが弓月様とは……おいっ!」
 止める間もなく乙矢は走り出す。
 
 乙矢の背は小さくなり、やがて桜色と重なった。
 
 そして――神剣を手に戦う勇者は、再び伝説となる。


                                          (完)
 




【あとがき】

拙作にお付き合い頂きまして、ありがとうございました。
と、言いつつ……申し訳ありませんm(__)m
四神剣なのに『玄武』を出せませんでした。どうやっても、このストーリーには組み込めないのが最初から判っていたんですが。(←おいっ!)

数ある作品の中から、本作を選んでご覧頂きまして、本当にありがとうございました。
どうにか『玄武』にも日の目を見せてやりたいと思ってますので、その時には、何卒よろしくお願い致します。
ご愛読ありがとうございました(平伏)

御堂志生 (2010/3/10転載)


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